登場人物はふたりだけ。夏祭り。室井さん視点。
A面とストーリーに繋がりはありません。







夏日~B面






「わたあめ、半分食べます?」
「・・・・結構だ」

なんでこんなことになっているんだろう。
室井は頭を抱えたい思いで、だがガンと前を向き、遊歩道を進む。

男二人、浴衣を来て夏祭りを満喫、もとい、警衛している。
紺地に花火模様の裾をハラハラをひらめかせながら、青島が下駄を鳴らす横で、室井は灰鼠の無地の浴衣を楚々と着こなす。
実家が田舎町なので、こうして家族と毎年浴衣を着込んだものだから、室井の所作は手慣れている。
だが、田舎なだけに、夏祭りはどちらかというと納涼より鎮魂の意味が強い。

青島の括れあるラインを浮き出す薄い布は、風鈴の音に晒され、夏の夜風に溶け込んでいく。
ここだけは正解だったなと室井は目のやりどころを奪われながら、満たされていた。


***


連続強盗殺人の指名手配となっている人物を見たとの一報が入ったのは、退庁間際の夕刻だった。
一昨日から始まっている区の夏祭りで見かけたらしい。
招集を受けたものの、そこで全権を与えてももらえず、厄介払いのように会場に向かえと指示を受けたのは、室井にはほぼ嫌味にしか聞こえなかった。
しかも警備に携わるわけでもなく、夏祭りの観客に混じって“現場”を歩いてみたらどうだと、脂ぎった顔で提案された。
囮捜査は禁止されている筈ではと苦言を申し立てたが、これも立派な現場捜査だろうと切り返された。
しかも抜け抜けと、余計な気回しまでしてきたのだ。

「浴衣でも着ていったらどうだね、室井君」

クスクスと騒めく背後の失笑。
晒し者にされているのは、重々承知だ。
反論を開きかけた室井に更に畳みかけられた言葉は。

「ほら、なんと言ったっけね、君の贔屓の所轄の若い男。湾岸署の青島刑事だったかね?彼の浴衣姿なんか美しいだろうねぇ」
「管轄が違います」
「ほう、随分と格好つけるね。まあ、君も地方出身なら祭には血が騒ぐんじゃないかね?色々と。色々とね」

あんの糞狸!


***


「室井さん?どうかしました?」
「なんでもない」

そ?
こてんと首を傾げて不思議そうに室井を覗き込む飴色の瞳には、木々に並んで夜道を照らす赤提灯が映り込む。
妖艶な艶を持つ瞳の危うさに、室井は無関心を装って一瞥しただけの視線を人混みへと投げた。

「楽しくない?」

楽しんでどうする青島。
しゅんと項垂れる青島の前で、室井は深い息を吐く。

「あ。室井さん、かき氷食べません?」
「甘いものばかりだ」
「水分摂らないと駄目なんですよぅ」

頭上では、まだ蝉が忙しなく鳴いている。


***

だズらあだりめに浴衣どご着てやンる・・!!

室井は奥の会議室で、がばっとジャケットを脱いだ。
浴衣の着付けなど、ああ、確かに嫌というほど知っている。
人差し指でネクタイを緩めつつ、紙袋からどんどん装備品を摘まみ出していく。
ネクタイを引き抜き、ワイシャツを放り、片付けは後にして、丈を確かめるため、渡された浴衣に袖を通した。

「しっつれーしまぁっす」

用意された浴衣の丈を左右調節しながら帯を手繰っていると、誰かが入ってくる。
どうせ、厄介払いを笑いに来たのだろうと顔すら向けなかったが、ふと聞き覚えのある声に動きを止めた。

「あれ、室井さん?すいません、誰もいないと思って・・・、ってか、その、」
「なんだ」

室井の姿に、青島が眉尻を下げ、口許に手を当てる。

「笑いたければ笑え」
「笑いませんよ。似合ってますけど」
「・・・」
「なにしてんすか?」

段ボールを仕舞いに来ただけなのだろう、棚にそれを戻す背中に室井は事の次第を掻い摘んで説明する。
適当な相槌を打つ青島に、不思議と室井の中で怒りも収まってきた。
このくらいの嫌味で上に気に入られるのなら、安いものか。
現場に出られる許可は、勘を鈍らせないためにも有り難いじゃないか。

「で?じゃあ、これからその夏祭りに行くんですか?」
「ああ。命令だからな」

帯までしっかりと締め上げると、室井はスーツを畳んだ。
今更になって、何故青島がここにいるのだろうということが気になったが、今更なので聞けない。
会話が途絶え、室井がスーツを仕舞う音だけが部屋に息苦しく満ちる。
エアコンの音がやたらと聞こえ、顔を上げると真っ赤な夕陽が射し込み、もう時刻は迫っていた。
テーブルに尻を付き、長い足を片方ぶらぶらさせながら、もう片方を折り曲げ、その上に顎を付く青島が、何か言いたげに視線を向ける。

「なんだ」
「俺も行っちゃお・・・っかなぁ・・・」

室井は目を剥いた。
何だってこんな罰ゲームみたいなものに参加したがるんだ?

「・・・・」
「・・・・」

じいっと青島が室井を下から上目遣いで見上げてくる。
室井の許可を待っているのだ。

「おまえも浴衣、着てみるか?」
「俺がぁ?」

軽い揶揄いだったのに、お祭り好き男には冗談も通じないらしい。
尤も室井が冗談をいうとは誰も思っていないという世間の風潮は、室井本人が認識していない。

「やる!」

意気揚々と拳を上げ、青島がはしゃぐままにテーブルからジャンプした。


****


「ソーダなんて、最後に飲んだのいつ以来だろ。ビールよりしゅわしゅわな気がする~」

ガラスの瓶を煽って、青島の美しい喉仏がごくんごくんと上下する。
少し汗ばむ肌が夜に映えて、室井は静かにガッツポーズをした。

なんって役得の大仕事なんだ。
大正解だ。
嫌味の仕事だなんて敬遠して、申し訳ない。こんなオプションが付いてくるのなら、幾らだってやってやる。
というか、他の奴らには譲りたくない。

共に歩いていると、三人に一人は青島を振り返る。
男二人ということで、女性連れから声も掛けられる。

「あ、めずらしー!すいかだって!室井さん!すいか!」
「おまえ、目的を忘れてないだろうな?」
「ちゃんと無線入るからだいじょーぶですって!今度はすいかたべたい!!」

たべたい!ってそんな大声で強請られても、今は職務中なのに。
と思いつつ、室井はスイカを二つ買う。

「流石にこれは食べ歩きはきついから、どこか座るぞ」
「ふわぁ~い」

しゃりしゃりしゃり。
返事をしたのに、もう食べてる音がする。

「あま~い」

零すからと今忠告した筈だが、という苦情を、室井は飲み込んだ。


***

遠くの櫓で夜空が染まる。
いつの間にか日は暮れて、お囃子が聞こえ出し、メイン会場で盆踊りが始まったことが分かった。
川縁の石段の上に二人で座り、スイカを齧る。
確かにあまい。

夜風が蒸した熱を浚うが、まだまだ蒸し暑い。
青島の浴衣は室井が着付けをした。
紺地の浴衣は青島のこんがりとした肌にもよく映えて、涼し気な見た目の裏で危うい色香を醸す。
襟足からの細長い首筋を美しく見せ、鎖骨のラインを覗かせる胸元は、花火の紋様がまるでアクセサリーのように肌を魅せる絶妙な角度だ。
無造作に片足を一段、石畳に乗せるポーズはまるで、写真撮影でもしたくなる美男子である。
我ながら、見事な仕立てだ。

「このあと花火が7時からで」
「・・・・・・満喫中だな」

スイカを片手に、青島が途中で貰ったチラシに目を通す。
今夜のスケジュールは一応本部でも掌握しているので、室井はとっくに記憶している。
つまらないだけの任務だと思っていたのに、青島とこうして夏を感じられて、窮屈な埃の部屋から脱出し、思いの外室井も楽しいと思った。
役目を与えて貰えない無能さを、見せ付けられるだけの筈だった一夜が、今は鮮やかに夏夜に熱を帯びる。
青島といると、いつも世界の色が変わる。

しゃり、しゃり、しゃり。青島がスイカを齧る音がする。

横目で見て、室井もスイカを一口齧った。
いつか、青島に、あんたの傍にはいられないと断れる日が来るのを自分はずっと脅えていた。
永遠を願うには、夏の夜はあまりに現実の腐臭が強い。
それでも、今夜のことを、室井は一生忘れないだろうと思った。
大したことない夜だが、きっと、自分は一生思い出す。
この夏の温度と共に。

「君も」
「ん?」
「君も、浴衣、似合っている」

青島の茶色い髪が風に揺れて、室井を映した。
汗を弾いて、襟足を光らせる背後で、赤く揺れる提灯が果てまで連なっていく。
驚いたような顔で室井を探る瞳に、ただ物言わぬ真黒な瞳を向けた。
何の返事だったのかは、青島なら気付いてくれるだろう。

「室井さん・・・」
「なんだ」
「モテないでしょう」
「やかましい」

吹き出した青島の顔に馴染んだ色を見て、青島には伝わったことを室井は感じ取った。
こんな風に関われる人間と、この先出会えるんだろうか。
大切なものを、欲しいと言葉にすることは、そんなに罪なのだろうか。
気持ちの平均律は時に重役会議より難しい。


刹那、二人の間を無機質な電子音が切り裂く。


無線が入ったと同時に察し、室井と青島は耳元に集中する。

――容疑者らしき男性を発見。職質をかけたところ、川沿いに逃走

「川沿いって?どっち?此処?!」

室井と青島が同時に視線を交わす。
時を待たず、二人が据わる石畳の下から、一人の男が駆け上がってきた。

「室井さん!アイツ!?合ってる?」
「合っている!青島!」

室井が指示を出そうとするその前に、青島が数メートルまで迫った男の顔にスイカを投げつけた。
驚き足が止まった男に、室井の横で風が舞う。
藍色の夜空に、影が散り、そのままジャンプした青島が足蹴りを喰らわす。
浴衣の裾が舞って、生足が夜空に咲いた。

「・・・って、乱暴はするな!まだ!!」

余計な邪念を振り払い、呆れた顔で室井が叫ぶと同時に、青島が片手を付いて着地する。
少し着崩れた浴衣を気にも留めず、青島が闇に婉然と口端を持ち上げた。
さあどうする?という挑戦的な瞳は、もう刑事の目だ。

「ったく、本当に目を離せないな・・・」

挑戦的というか、挑発的というか。
室井が手錠を取り出し、膝まづく青島を追い越し、男に向かう。

「何で追われているか、分かっているな?」

淡々と男に問いかける室井の声に抑揚はなく、やはり上級キャリアのそれは手を出さなくとも男を威圧していた。
スイカの種に塗れた男の手に手錠を掛け、立たせると同時に時刻を確認しようと室井は腕時計を見た。
その時。

「ぁ」

小さく青島の呻く声が聞こえた気がして、室井が振り返る。
すると、そこには後ろ手に拘束された青島と、そこに覆い被さる大きな黒い影があった。
その態勢に、室井は思わず絶句する。
しまった――!

「ソイツを解放しろ」
「同じ言葉を返そう。彼を離せ」

室井ともう一人の影が鋭く睨み合う。
仲間がいたのか。いや、この祭り会場にいるということは誰かと約束をしているのではという可能性が当初から指摘されていた。
もっと周囲に気を配るべきだった。

室井はまだ足元に転がる男を同じように拘束することで、交渉には応じない姿勢を示した。

「我々の行動は捜査本部に既に筒抜けだ。応援も到着している。包囲されるのは時間の問題だ。その前に彼を解放しておいた方が君のためだ」
「・・・これでも?」

男が懐から取り出し、青島の細長い首筋に当てた銀色に光るものは、果物ナイフだった。
仰け反らされ、夜に浮かぶ青島の白い肌に、刃先がスッと押し当てられる。
倒錯的な艶めかしさに、灼け切るような怒りが室井の中に沸いた。
室井は青島の目を見る。
青島も気付いて室井を見た。

夏虫が、一斉に、鳴き止む。

次の瞬間、室井が捕らえていた男を力任せに青島の方へぶつけると、拘束された男が呻くまま躓いた。
合わせて青島が膝を折る。
カクンと身を下げた青島の上に、室井が投げた身体が覆い被さり、二人のバランスが崩れた。
男同士が折り重なり縺れ合う隙に、青島の(足癖の悪い)長い足が、背後の男の鳩尾にヒットした。

「っしゃあっ!」
「青島、下がれ!」

そこへ、ようやく周辺で警備を行っていた捜査員らの声が聞こえてくる。
全ては一瞬の出来事で、即座に取り上げたナイフを室井が見せつけるように男に翳して見せた。
事態はあっけなく幕を閉じる。


****


花火が幾つも上がっていた。
室井が、刃先を押し当てられた青島の首筋に、そっと指先を延ばす。
顔を顰めて青島が赤い舌を出した。

「切れてはいないか?」
「ん、ちょっとヒリヒリする」

馬鹿が、と思いつつ、室井は青島を見つめた。
大丈夫ですよと青島は誤魔化すように笑うが、室井はにこりともしなかった。
指先で、躊躇うままに髪を梳き、許されるままに耳朶を撫ぜる。

「ほんとうは上手く交わせただろう?妬かせたかったのか?悪い男だな」
「室井さんがどう出るか見たかったんですよ」
「満足したか?」
「どうだかね?」

花火が幾つも上がっていく。
その度に遠くで上がる歓声に、夏が終わっていく。

「あんな・・・、あんな男に触られやがって」
「えーっと、じゃあ、やっぱり妬いたってことで?」

困ったように眉尻を下げる青島の顔はどこかで見た気がした。
そうだ、祭に連れて行ってくれと強請った時の顔だ。

室井は髪を梳く手を止め、闇色の目で青島を捕らえる。

「君は私のものだ。勝手に傷つけられることも、勝手に消えることも許さない」

その横柄な言葉に、流石に驚いて瞠目した青島が婉然とした瞳を瞬かせた。
少しの怯えを含んだそれに、室井は吸い寄せられるままに顔を近づけた。

「忘れるな」

ドン、ドンと破裂する花火の音は、心地好いほどに下腹に響いていた。

「行くぞ」

呆然と息を呑む青島を放り、室井はその場を後にする。
石畳の下ではパトカーの赤色灯が並び、撤収した捜査員が後始末をしているのが見えた。
また明日からうだつの上がらない日々が始まるだろう。
だが室井の頭はすっきりとしていた。

「む、むろいさぁん」
「どうした、早くしろ」
「腰抜けちゃった」

はぁ?なんだって?
振り返れば、石畳の最上段で四つん這いになって涙目の青島がいる。
その背後で最後の花火が打ちあがる。
なにやってるんだ君は。
戻り、青島の前で膝まづけば、青島の頬が少し赤らんでいることに気付いた。

「だだだだって、室井さんが・・。室井さんがあんなこと、言うから・・・」

片膝を付いた室井はそのまま天を仰ぐ。
だから。
だから頼むから俺の理性を試すようなことは止めてくれ。なんだってこいつはこうも俺のことをいつもいつも掻き回すんだ。
隙だらけの危うさで、俺にどうしろってんだ。

「だったらもう、そろそろ付き合うか」
「つつつ付き合うって???」
「こういうことだ」

後頭部を引き寄せ、室井はもう強引に青島に口付けた。











Happy end

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未発表作品。室井さんは見た目以上に青島くんにぐるぐるしていると思っている。

20210822