登 場人物は青島くんと室井さん、益本さん。第三者視点からみた室井青島。まだ片恋のふたり。






トライアングル~益本刑事の場合 





1.
バッシャーンと弾けた水は、細かい飛礫に光を受け、四方に霧散した。
水たまりがコンクリートを色濃く染め、かなりの水量だったことを伺わせる。
呆然と立ち尽くし、リアクションも忘れた青島の頭上から、追い打ちをかける下品な笑い声が降りかかった。

「ああん?人がいたのかよ?!こんなとこに誰かいるとは思わなくてよ!いる方が悪いよな~?」

三階のテラスから数人の影がチラつく。下卑た忍び笑いも複数混ざる。
バケツから汚水をぶちまけたことが分かった。
青島によって突き飛ばされた益本が、2メートルの外れから拳を上げる。

「おい!おまえら、ガキみてぇな真似してんなよ!」
「益本さ~ん、先輩は所轄の肩、持つんすかぁ?」

んだとコラァ!躍起になって罵声を浴びせるくらいは、益本だってまだ枯れてはいない。
警視庁の花形、殺人を扱う一課は、そもそも血の気の多いエリート連中の集団だ。

「降りて来いお前らァ!」

いきり立って腹から叫べば、ようやく我に返った青島が益本の袖をちょこんと引いた。

「いいよ、いいって益本さん、どうせやったやらないの押し問答になるだけだって」
「何クソマジメなこと言ってんだよ!こういうことはケジメも大事だろぉ!」
「いいのいいの。騒ぎにしたくないし」
「またそれか?」

青島といえば室井だ。
それは此処霞が関でも変わらない。青島が何か揉め事起こせば必ず室井が引き合いに出された。
室井に事の次第を耳に入れたくないらしく、青島はいつもこうやって黙ってやりすごしている。

益本はチラッと窓辺を見上げた。

この騒動が、ノンキャリの癖に本庁に入る青島が気に喰わないものからくるのか、キャリアレースによって恨みを抱く室井への腹いせなのか
そこのところはもう曖昧だろう。
青島が本庁をうろつく度、いつもイザコザが起きる。
どうも青島は事件体質のようだ。否、この性格と顔が問題なのだと益本は思う。
何も知らないであろう室井の顔が浮かんだ。

「お前なぁ、」

そこまで庇う相手じゃねーよと再び憤慨する益本に、青島は、みてて、とウィンクして上を向いた。

「君たちね!バケツの水は外に撒いちゃだめでしょ!」

騒ぎを起こしたくないと言ってる傍から、青島が中指を立てて舌を出し、好戦的な口調で囃し立てる。
水を弾いた肌が夏の陽射しを受けてきらきらと光り、濡れて畝った前髪の奥から、勝ち気な瞳が天を仰いだ。

「小学校で習わなかったの!」
「所轄が吠えんな!ノンキャリが入れることじゃねんだよここは!」
「だったら規制線でも張っとけ!」

間髪入れず、生意気な口が応戦すれば、太陽に反射して水滴が弾けた。
眩しくて、鮮やかで、きらきら輝く。
夏の太陽に踊る光は青島の奥から発せられたように益本の目を眩ませ、こんな状況すら楽しそうな笑顔に魅せられた。

「追いだせるもんなら追い出してみなってんだ!」
「所詮勝ち組はこっちだよ!」
「おまわりさんは人助け出来て一人前なの!」

煽り文句に誘い文句で、奴らだって黙っちゃいない。
二度目の汚水が降ってきた。
だが、今度はステップを踏むように、益本と青島が両サイドに飛ぶ。

「ざまみろっ」

片手を地面に付き、膝を追った体勢から勝ち誇ったような顔を浮かべる青島に、益本はもう堪え切れずに吹き出した。

「え、え、なに、益本さん?おれ、そんなに笑われることした?」
「おっまえ、俺には止めておきながら、んな強気で・・っ、だから狙われんだよ、馬ッ鹿・・!」

てへ?と笑う青島の顔も和らいだものに変わっている。
どうやら大人しくヤられているタマではないらしい。
そうだった。黙って護られているような奴じゃないし、ヤられて引き下がる男でもなかった。
そんな扱いにくさも、青島の魅力であり、危なっかしくて目が離せないし、簡単には落とせない由縁だ。
益本の大爆笑に、同じく気勢をそがれた上階の奴らは、拍子抜けしたように窓を乱暴に閉めてしまった。

「行っちゃった・・・」
「びしょびしょじゃん」

水が降ってくる直前、先に気付いた青島が益本を突き飛ばすことで、益本は難を逃れた。
自分はこんなめに合ってるくせに。

「なんで俺なんか庇うんだよ」
「夏だし、そのうち乾くんじゃない?」
「駄目だ。何の排水かも分らんし。それに、ちょっと臭うぞ」
「まじ?」

膝を払い、青島がちょこんと立ち上がる。
くんくんと袖を嗅ぐ仕草はまるで子供のようだ。捲った袖からぽたぽた水滴が滴り落ちる。
上から不意打ちされた攻撃によく気付けたなという敏い感性と、瞬時に対応できる機敏な運動神経に
成程、これを欲しがる人間は室井に限らず多いのも納得した。
本庁に於いて、見初められるのも恨まれるのも、青島くらいであり、青島の周りは今日も両極端に騒がしい。

「うへぇ~・・・、あっちぃ」

青島が鬱陶しそうに濡れた髪を片手で掻き揚げた。
垂れてきた水滴を、ぷるっと振って弾く。
真夏の強い陽射しが色濃い影を作っていた。
白シャツの二の腕が透け、スタイリッシュなきらめきの元、だらしなく緩めた首筋の長いラインが目に入り、益本は改めて目のやりどころを失った。

季節が動き、人の心も動く。
ワイシャツの白さが目に眩しくなり、甘く焦がしたようなこの年下の肌は夏の陽射しに似合う。
もふもふとしたモスグリーンのコートを着ている方が印象が強く馴染んだが、青島の魅力は夏の方が分かりやすかった。
なんつーか、変わった奴だよなぁ。
普通に整ったカオだし、面白れぇし、おまけに優しいし。
童顔だが人好きのする顔はこちらの警戒心を削ぐ。スラっと伸びた足なんか長くて腰回りの肉付きとか、男の目から見ても色香あんし
一課にはいないタイプだ。

「一課専用のシャワールームで浴びてけば」
「いいよ車だし」
「駄目だ。いいから、来いよ」
「で、でも、俺一課の人間じゃないし」

尻込みするのは、やはり室井の存在なのだろうか。
腹立たしくなり、益本は乱暴に青島の手首を掴むと、もう強引に引っ張った。
よたよたと、引き摺られて青島が付いてくる。

「・・ぁ・・っ、わ・・、ま、益本さんっ」
「どうせ誰もいねぇよ。それに、元はと言えばあいつらのせいじゃねぇか」
「それはそうだけど」

こういうところ。
事件となったらイケイケで自信満々に謀ってくる癖に、青島はどうも煮え切らない。
こっちが素なのだろうか。それともこれも、室井のために隠された外面なのだろうか。
良く解からない曖昧な一面が、益本を不穏に苛立てる。

「こっちの気が収まんねぇんだよっ」

青島の手懐けられない野生の瑞々しさと、同じく扱いにくいという意味では引けを取らない室井の頑固な朴訥さは
似ているようで似ていない。
無口だが我が強く料簡が狭い室井と、傷つけられても人間が好きで底抜けに甘い青島は、まるで正反対なんだなこのふたり。
そもそも室井は誰かを庇うなんて、しないだろう。

「大体何で俺なんか庇ったんだよ。俺の被害にしときゃ、あいつらチクれたのに」
「仲間、売れるの?」
「奴らの評価が落ちて、俺の出世が一歩近づく。二度オイシイ」

背後で青島が小さく吹き出し、和らいだのを感じた。

「ね、この間のお礼になります?」
「・・っかやろう・・」

照れもあって顔を顰める益本に、青島が朗らかに笑って付いてくる。
ほんとコイツ、真面目なのかアホなのか。危なっかしいほど実直だ。んで、笑うと幼くて無邪気なんだよなぁ。
ひょんなことで言葉を交わすようになってから、益本は青島のことを以前より知れる立場になった。
今もこうやって、青島のいろんな面が見えてくる。
ふと、あの時、執務室で見事に室井と青島の二人だけの空気感に当てられたことまで思い出し、益本は腹立たしいまま建物の中へと青島を連れ込んだ。
そのまま益本はシャワールームまで引っ張っていく。
案の定シャワールームには誰もいない。この時間だと使う人間もいないことは想像がついた。

「ほら、さっさと脱げよ。洗濯機もそれ使えっから」
「う、うん・・」

青島が緩く結んでいただけのネクタイを引き抜き、ワイシャツのボタンに手を掛ける。
衣擦れの音に、矢継ぎ早に益本の口が言葉を重ねた。

「タオルとか着替えも、俺の貸してやるから、先浴びてろ」
「・・・」
「いちお、扉付きのとこ使えよ。鍵もしとけ。マッパじゃ襲われたとき致命傷だ」

返事がないので、チロッと視線を投げると、青島も益本を見ていた。
躊躇うように上目遣いで窺う仕草に、うっと詰まる。

「な、なんだよ・・・」

やばい、ヘンな気分になりそうだ。
ふたりきり、ハダカ、シャワールーム・・・。

「益本さんさぁ・・・、この間から妙にやさしいですね」

益本の肌がざわついた。
上半身の素肌を晒し、胸板は程良く引き締まり、スラックスに手を掛けた指先と、骨が浮き立つ腰骨に辛うじて引っ掛かる下着。
肋骨に続く括れたラインが鋭利に隠された胸元へと伸びる。
シャープなフォルムに、濡れた髪が後ろに掻き揚げられ、晒されたうなじが長くて。
あああ、色っぽすぎんだろ!

「ぃ、いいから!さっさと寄越せよ、洗濯もしといてやる!着替えも、俺のが入るだろ」
「益本さん、身長いくつ?」

ふわりと覗き込まれ、思わず益本は後退った。
ち、近づきすぎー!
そのまま両手で肩を押され、トン・・と壁際に追い詰められる。

「な、な・・」
「ん、俺よりちょっと高い・・」
「へ?」
「少し、目線が上だ」
「大差ねぇ」
「ふまん」

じ、と益本を見つめてくる飴色の瞳は、確かに似たような高さにあって、こういう暗がりで見ると蕩けそうだった。
湿った息遣いさえ感じる距離に、益本は指先も強張り、息を止める。
吸い込まれそうな瞳はあまりに近くて、あまりに繊細な輝きを持ち、長い睫毛の思わせぶりな瞬きに、魅入った。
思わず口を閉ざして見つめ返していると、青島がにやりと口端を持ち上げた。

「一緒に、入る?」
「!」

言い当てられ、益本の心臓はドキンと高く脈動する。
ったく、この小悪魔は!誤解を招くようなことばかり口にしやがって!

「喰われたいのかよ?」
「ここじゃ誰かに見られちゃいますね」
「じゃ、見られないとこ行くか?」
「昼間っからお盛んなんだ、下半身」
「トクベツに、触ってもいいぜ?」

口唇が触れそうで、声なんか掠れていて、そんな際どい駆け引きに、益本の脳味噌が茹だり、真っ白になってくる。
このまま美しい曲線を描く青島の魅惑に耽溺して、狂ってみても悪くない気にさせられる。
こんなのの傍にいて、室井は本当に何もせずにいられたのか?

「この間、キスもしちゃったしね?」

何コイツー!もぉぉー!俺、ホントに誘われちゃってんの?!襲っちまうぞ!

「次は何シてほしいか、言ってみろよ」
「ここで誰かとシたんだ?」
「少なくともこっちは相手、間違えねぇ」

グッと詰まった瞳の奥に、何か宿ったものを悟らせないまま、ふいっと青島が離れた。
まるで呪縛が解かれたようにスラックスまで脱ぎ始める青島とは対照的に、益本の心臓はまだバクバクいっている。

「覗かないでね~」

トランクスまで大胆に脱ぎ捨てられ、本当にぷりっとした尻が益本の前に晒された。
鍛え抜いた一課の連中の男の肉付きとは違う、ノンキャリの素人あがりの丸みを帯びた媚肉だ。
弓なりに反る背骨が節張って、肌理の細かい肌は香り立つようだった。

「さっさと行け、ばか!」
「ははっ」

オーガニックな色気振りまきやがって!
一糸まとわぬ裸体で、丸みがあって思わず触れたくなるような身体を晒し、楽しそうに笑みを残して、青島がシャワールームの個室に消えた。
ぷりんと持ち上がった尻がつるんと光る。

「はあぁ~~・・・」

喰っちまいてぇ~!
ああもぉ、隙だらけじゃんか。

期せず見れた惚れた相手の素肌に、眩暈すら起こして益本は着替えを取りにその場を後にした。










2.
「ここ、着替え置くぞ」
「ありがとございまーす。もう出まーす」
「ちゃんと洗え」
「母ちゃんみたいなこと言わないでください」

シャワーの音は途切れない。
一課に備え付けの安いソープの匂いがした。

「なあ、その後どうなった?」
「どの後?」

益本はドア越しから揶揄い半分興味半分で、話題を振った。

「室井サンと」
「・・別に、どうも?」

ニュアンスで少し声の暗さを察し、さっき一瞬感じた違和感の記憶を益本は手繰る。

「メシとか行ってんの?」
「行きませんよ」
「誘ってこねーんだ?」

軽くジョークを言ったつもりだったのに、今日の青島は小さく含み笑いを零してシャワーを止めた。
途端静まる室内に、開いた窓から蝉の声が入る。

「たおる」

ガチャッと鍵が開いて、青島の顔が見えた。
しっとりと張り付いた柔髪に、濡れた口許、上気した肌に滴り落ちる光。
ふわんと薫った湯気に、眩暈がした。

「えっち」

思わず凝視してしまった益本に、青島はぷうと膨れて見せた。
滑らかな素肌から水が幾つも滴り落ちる。水を玉のように弾く瑞々しさは、なんなんだ。
ほんと、無駄にイケメンだなこいつ。

早く、と甘えて手を出す青島に、バスタオルを放ってやった。
その横顔は、少し元気がない。

「誘えば?お前から誘ったら断んねぇだろうし?」
「・・・そうでもないよ」
「なんで?仲良いじゃん」
「そう見えますかね?」

なんか、違和感が残った。

「あの日さ、ほら、執務室でかち合った時。なぁんか入り込めない空気ってのがあったのよ、お前らに。見せ付けられた」
「・・・」
「少しは悔しいって思ったんだぜ?羨ましいってかさ」
「・・・ふーん」
「なぁ、お前ら、本当に別に好き合ってたわけじゃなかったんだな。てっきり俺、そういう仲なんだとばかり思ってた」
「だから今日、俺を指定したんですか?」

今日益本は捜査本部の仕事で湾岸署を訪れた。その帰り、わざわざ運転手を青島に指定した。
こっちだって一応キャリアだ。断れないと踏んでの命令である。

「なんか、あった?」
「ぇ、なんで?」
「カオ」

もう見え透いた探りはバレているだろうと踏み、益本は単刀直入に切り出した。
しばらく返事はなく、先に扉が大きく開いた。
腰にバスタオルを撒いた青島が、ぴちゃぴちゃ足音を立てながらシャワールームを出ていく。

「これ?着ていいの?」
「ああ」

益本の用意したTシャツを被ると、だぼっと肩がずり落ちる。
思わず益本は卒倒しそうになった。
可愛すぎんだろ・・・!!!!

口許を抑え、顔を反らし、だがしっかりと視線は青島に釘付けで、益本は辛うじて崩れそうな膝を必死に堪える。

「ちょっとおっきぃ・・・」

そっか。胸板と肩回りがないから、ワンサイズ下で良かったんだ。
となると、もしかしたらパンツの方も・・・。
シャツだけ羽織った青島はごそごそと洗濯籠を漁り、下着も付いていない太腿が際どいところまで開く。
なんでシャツを先に着る?コイツ。

「下着もいいの?」
「予備のやつ。ロッカーにあったから。ちゃんとオニューだぞ」
「おにゅうってコトバ、今使います?」
「うっせ!どうせ昭和だ!」

案の定、ウェストも緩く、だぼだぼだ。だが丈は余っていない。チッ。
益本のシャツとパンツを身に着けた青島は、さっぱりとした顔で、足は勝った、と服を引っ張って見せてくれる。
その昔、カノジョにカレシャツをさせて抱いたこともあるが、あの時以上の衝撃だ。
写真撮りたいっつったら怒られんだろうな~。

「・・・・・なに?」

タオルでわしゃわしゃと髪を拭きながら、青島が怪訝そうに益本に首を傾げる。
そんなにガン見してたか俺?

「いや・・、なんか、だぼだぼで、その、可愛いなと思って」
「どうせキャリア様みたいにイイ身体してませんよこっちは」

可愛いの意味を逆に解釈した青島が、不満そうに口唇を尖らせる。
んっとに可愛いツラしてやがんな。
不意に俯いた瞳に憂いを見つけ、益本は次の言葉を待つ。
言わせないという選択肢は、今はなかった。

「んで?」
「あのひとは・・・俺とは、もう、関わりたくないんじゃないかな~~~なんて」
「あの室井が?まさか」
「振られましたっ」

えええぇぇえええっっ???うっそだろ?
あの室井が?まさか!
あの室井が!?

「まっさか」

パッと顔を上げて、やっちゃったって顔で、青島が苦笑いする。

「言っちゃった」
「断られたのか」
「・・・はい」

どういうことだ?あれだけ俺にえっらそうに説教しておいて、自分は。
・・・自分は?
はーん、なるほど、そういうことか。

自分がいなければ青島が潰れるだなんて自信たっぷりに言い切ったが、大切だったからこそ、護り切らなければ青島を余計傷つけると踏んだか。
いざとなって怖じ気づいたのだ。
恐らくあの挑発は、青島が自分と同じくらいの愛情を抱いていないと思っていたからこそ、言えた台詞だった。
同じような意味で、深く純潔な情愛を伝えられ、自らの原罪と、警察が抱える闇の深さに気が付いた。

「なあ、俺と寝てみる?」
「ダイタンですねぇ。でもおれ本店の中の誘い文句って信じないことにしてるんで」
「そりゃ残念。外で言うわ」

確かにこの間も酒を断られたっけな。――あ。酒!

「そうだ、本当に、呑みに行くか。俺と!」
「ぇ」
「今日何時までだ?」
「え?え?あの、同情はいらないっす」
「勤務外ならいいんだろ?交友を深めるのが、なんで同情だ?」
「・・・・」
「センパイだからな、奢ってやろう」
「はは」

弱った今こそ口説いたってよかった。傷に付け込んで、甘い言葉で誑かしたってよかった。
でも、どうやら青島の甘さがこっちにも移っちゃったみたいだ。
しょうがねぇから今は友情演じてやる。

「でもなぁ、キャリアの悪酒はやめとけって言われたしなぁ」
「ヨシ。まずはそこんところの誤解から正してやるよ」

本当は今も泣きたいんだろう。
引き寄せて、抱き締めたら。
組み敷いて柔肉を引き裂いたら。
串刺しにして嫌がるままに啜り啼かせて、泣けない代わりにぐちゃぐちゃにしてやる方法だって、あった。

「から・・って、他に何教えてくれんですか?」
「オトナの恋愛講座?」
「ひでぇネーミングっすね」

今は泣かせたくない。悪戯にこれ以上傷つけたくない。俺も。
とりあえず、もう一度笑ってくれ。
これじゃ、室井と俺も大差ねぇな。

「ありがとございます」

でもその拳を、益本は今はそっとスーツに隠した。



――ま、あわよくばって下心くらいは、バチ当たらねぇだろ。







Happy endにはほど遠い

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