登 場人物は青島くんと室井さん、新城さん。第三者視点からみた室井青島。まだ片恋のふたり。






トライアングル~新城賢太郎の場合 






1.
「告げないんですか」
「100%の見込みがないのに言えるか」
「いざとなったらヘリまで飛ばすんですから、今更恥じらうところもないでしょうに」
「・・・」

流石に癪に障ったのか、不躾なオーラをムンムンと放つ室井を、新城はジト目で鼻を鳴らした。
別に興味がある話題でもなかったが、うっとおしい。

「もう飛ばさない」

寡黙で頑固。およそ冗談という言葉からは一番遠い堅物な男だ。
だが堅実という意味では事足りる。

「誰かに捕られますよ」
「・・・これでも友人の一人だ。祝福しよう」
「祝儀袋に呪符でも入れて?」

ふぅと大きめの溜息を落とし、室井が黒いファイルを閉じた。
行き先がたまたま重なったため同乗している車中の一幕だ。
隣に感じる、キャリアの中でもうだつの上がらない男は、それでも長い付き合いとなって、積年の野望にも仕事の愚痴にも、同僚とはこんなものかと新城を学 ばせる。
あの頃は、こんなプライベートのことなど口にしたりする仲になるとは思ってもいなかった。
眉間を揉む険しい横顔に、長い恋煩いを見る。

「バレてるんじゃないですか、貴方の気持ち」
「冗談だろう?」
「相手はあの小賢しいイケメンですよ」
「・・・それは、困るんだが」

室井は重たいほどの溜息で間を区切り、ゆったりと言葉を紡いだ。
頬肘を付き、新城は敢えて窓の外を見ることで、話を促す。

「良い交友を続けさせてもらっている。失いたくない。少しでも躊躇う隙が見えたら、それこそ呪ってしまいそうだ」
「そういう優しさは持っていそうですね彼」

あの優男は、いつも朗らかな笑みを湛えていて、明るくて、誰かを傷つけることは絶対にしない。
そんな表面的な洒脱さに誤魔化されるほどキャリアは物知らずではなく、その努力を分からないほど無知でもない。
気遣いが出来る分、その本音に近づくことは、中々に困難だ。
対して、自分のことばかり考えてしまうのは、やはりキャリアの呪いなのだろうか。

「人の感情とは、厄介なもんだな・・、苦しい、だが、時に心地良い」
「犯罪心理学でも快楽の役割は学んだでしょう?」

恋と犯罪は紙一重の暴走だ。
相手のことを思っているようで身勝手な、どこか自分に似た臭いを感じる男に
新城は優しさとは何だろうかと改めて思った。









2.
「告げないのか」
「言えるわけないっしょ、何言ってんの新城さん」
「事件となれば我々に噛みついてくる癖に、手には入れないのか」

あんなに余裕そうに挑発していた青島をたった三秒でこんな顔に出来た事が嬉しく、新城は満悦な顎を上げた。
不服そうに青島の手元は備品整理を続行する。

「誰かに捕られるぞ。負け戦だったら逃げるのか」
「あのねぇ、俺を何だと思ってるんすか。・・・祝福しますよ普通に」
「無理してるだろう」

してるに決まってるでしょと俯いて、青島は新城の肩に手を置き、いじめないで、と囁いた。
微かに薫る石鹸の香りが、雄を誘う色香となって、埃臭い倉庫においても、良からぬ気分を掻き立てる。
全く、妙な色気を持つ男だ。仕草から視線まで、計算尽くされた美学がある。
それは、ある意味キャリアにも通じる理念があり、新城は気に入っていた。

「公共電波で派手に見せ付けたモテ男も、時が経てば形無しだな」
「んもぉ、忘れてくださいってば・・あんときは必死だったんですよぅ」
「だが、アレで上層部の鼻っ柱をへし折った」

無線の向こうで、まるっと上役を無視した必死に室井だけを求める青島の声は、円卓に座る連中に目を付けられる切欠となったが
あの時捜査本部にいた室井の胸を抉ったことだけは、事実だ。

「新城さんだって、ウチで派手に拳銃振り回したこと、忘れてませんよ俺」
「懐かしいな」
「懐かしいこと、言いだしたの、新城さん」
「お前、男の経験はあるのか?」

思わず口にしてみた言葉に、青島が目を丸くして固まり、次の瞬間、真っ赤になった。
期せず、妙に純情なところを見れて、何だか得した気分になるのと同時に、答えもほぼ読めた。

「あああああったらこんなに悩みませんけどね?!」
「公開プロポーズくらいしないと、あの朴念仁には一生をかけても気付いてもらえないと思うぞ」
「それで、いいよ。オトコだし、上司だし、何望むの」
「室井さんが好きだと言ってきてもか」

ムッと頬を膨らます青島に、新城は強く二の腕を掴んで引き寄せた。

「欲しいんだろう?」
「・・・ほしいよ」

カラカランと、青島の手が取り損ねた警棒や手錠、警笛が地面に落下して、潮風が頬を叩く。
じっと睨み合えばその視線は新城の背筋をゾクゾクとさせた。

面白いッ、実に愉快だ。
ひょんなことから青島の本音を知ってしまってから、青島は新城にだけ素直に打ち明けてくる。
身勝手に恋して溺れている室井とは対照的に、相手のことばかりだ。
これがノンキャリか。これが庶民というものか。
こうして、生意気盛りの少年のような一面を曝け出させ、新城だけが知る青島を確認するとき、そこに蜜のような得難い昂揚感があった。
室井はこんな顔を知らないのだと思うと益々面白い。
これを欲しがっているキャリアが室井の他にもいることを、新城は知っている。
そんなバランスは、力加減で幾らでも簡単に崩れることも、知っている。

「そんなに警戒するな。これでもお前のことをそれなりに心配しての発言だ」

口調を変えて忍ばせると、解かっていたように青島の身体からは力が抜けた。
簡単にバランスを崩す軸足の弱さに、ノンキャリの素性を見る。
口端を持ち上げ、ゆっくりと解放してやれば、青島は泥の付いた手で口許を覆った。
困ったような気配と、隠された指の間から見える朱を叩いた頬が、妙に年下の脆さを思わせた。
どうせこのふたり、両想いなんだからもう少し掻き回しても楽しませてくれそうだ。











3.
「ああっ!弐号機っっ」
「・・なんだそれは」
「何しに来たの?」

新城は迎えの車の送迎担当に片手を上げ、少し時間を取ることを伝える。
湾岸署にいるワイルドキャットは、どうも話が通じない。いつものことだが、それに本人が気付いていないというのが一番の問題点である。
いや、それよりもそんな彼女を疎ましく思わない自分が異様だと思う。
ここも馴染んだものだと新城は目を眇めた。

「ああ、そんな顔しないで?別に追い返すつもりなんてないのよ。ほんと」
「青島は?」
「青島くんに用事なの?裏口の備品倉庫で掃除してなかった?」
「またなんかやらかしたのか、あの悪ガキは」

ケラケラとすみれが笑う。
あまりにあっけらかんと笑うので、特に悪い気はしなかった。

「新城さんの中でも青島くんってそういうイメージなんだ」
「違うのか」
「そうやって誑かすのが彼の十八番」
「で、真相は」
「交通課の女の子の前でイイカッコしてみたかっただけよ。女の子に甘いの彼」
「なるほど」

目に見えるようだ。
青島に心の中で同情とエールの入り混じった回想を送ると、脳裏の男はそれでも太陽みたいだった。
迂闊に手を出せば火傷どころでは済まない。フン、実に准えているじゃないか。
背中を向け、皮肉っぽく笑みを残し、そこで新城は退散しかけた手を、一度止めた。

「・・・ちなみに壱号機は誰だ」
「分かるでしょ」

やはりアレか。アレなのか・・!
寸時、脳裏に浮かんだ男もまた同じ顔をして睨んでくる。
頭を抱える思いで、あからさまに表情を変えた新城に、すみれはくすっと肩を竦めて、この所轄特有の潮風に黒髪を靡かせた。

「そっくりよ、貴方たち」
「誉め言葉なのか、嫌味なのか」
「それは、貴方が決めていいわ」

どうせノンキャリにとってキャリアなど皆一様なのだ。一括りにされることにも、どこの所轄も一緒だし、然程嫌悪感はない。
今となっては、あの朴訥な男の真の才能に触れられたのであれば、自ら堕ちたいとすら揺らぐ。
それでも、あの前途多難な仏頂面の弐番手と思われていることが非常に不満だと思った。

「参号機の出動はあるのか」
「今のところ考えてないけど」

自分だって負けず強面の風貌であることは棚に上げ、新城は悪態を残す。

「いいだろう」

ドアを自ら開け、新城は滑るようにバックシートに沈み込んだ。
車はすみれを残し、夕暮れに走り去る。

今日は実に愉快な一日だった。
交友関係とやらを深めてみるのも悪くないものだ。
まだまだ色々楽しませてくれそうなネタは、幾つも転がっている。

「むふふん」

帰りの車中、鼻歌まで飛び出した新城に、その日の送迎担当は三日三晩、恐れ慄いたという。








Happy end?

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20210626