登場人物は青島くんと益本さん。益本さんの切欠話。
益本編の直前のお話です。
トライアングル B面~益本くんと青島くん
ポケットに突っ込んだままのハンカチを取り出す。幽かなアメリカンスピリットが胸を搔き乱し
た。
持ち歩くのも大分変態染みているけれど、でも部屋に仕舞い込んでおきたくはない。
返す予定もない。
行き場を失った薄い布は、まるで自分の気持ちそのものだ。
*ー*ー*ー*ー*
「わあぁ、タイヘン。益本さんだいじょーぶ?ごめんね?」
「何で俺の名前知っているんだ?」
「えぇえ?今そこ?・・・んん、血、でちゃってますよ。ぁ、コレ撒いときなよ」
「汚れる」
「いいって。それより何で俺なんか庇おうとしたの」
庇ったわけじゃない。たまたまそういう結果になっただけだ。
そんな言葉さえも言い訳めいて、益本は不貞腐れた顔で悪態を吐く。
「ぐちゃぐちゃじゃないか」
「細かいことは気にしない」
ぎこちない手付きでハンカチを巻き付け青島が擦り傷と青あざとなって腫れた傷痕を手当てしてくれる。
一課の連中に絡まれていたのを、たまたま加勢、もとい、仲裁に入ったら、拳を幾つか交わしきれなかった。
名誉の負傷とするには、少々格好がつかない。
公園の大木の下に投げやりに座り込む益本の横で、青島が巻き付けたハンカチーフを手と口できゅっときつく結ぶ。
覗き見えた白い歯が、獣のような生々しさを持ち、湿った息遣いが指先に触れた。
スッと通った鼻筋、肌理の細かい肌、影を造る睫毛。
記憶にあるより綺麗な男だ。
こんなに近くで彼を見たのは初めてだということに、益本は今更ながらに気が付いた。
「・・・ちゃんと話したの初めてだな」
「そうね」
「・・・・」
「だぁって、益本さん、いっつもすんごい目で俺んこと睨んでくるから。・・・笑っちゃって」
「チッ、笑うのかよ」
青島がハンカチを巻いてくれた指先。
小さく触れただけなのに、それはひどく熱を感じた。
「あの程度のキャリア、適当に交わせただろ」
「うん・・・まあ」
「なんでヤらせとくんだよ?そのうちカマ掘られんぞ?」
「あはは~」
「笑い事じゃねぇよ。今更カマトトぶって媚びりたいわけ?」
「キャリア脳っすね」
「そんなだからお前の大好きな所轄がまた馬鹿にされんだぜ?」
「うん・・・でも、ここだと、やっぱ、迷惑かかっちゃうから」
誰に、と言おうとして、誰か、なんて、簡単に予想が付いた。
「ハッ、そこまで庇う相手かよ」
「俺にとっては重要なことですもん」
黙っていても、青島の行動には全て室井を引き合いに出される。そんなのは益本に限ったことではない。
それはある意味、振り回されているのは青島の方だなと感じる。
それを出さないようにしているのだとしたら中々の食わせ者、流石キャリアを手玉に取るに相応しい演技力であり、それはそれで大した度胸だが
博打だけで騙せるほど、ここの連中も馬鹿じゃない。
ハンカチの上から腫れた拳を両手で包み、できた、と言って、ごめんねと微笑む青島の柔らかい表情を間近で見ることになり
益本は目を奪われた。
けっこ、可愛い顔して笑うんじゃん。
「これで出世もしてくんなかったらお前、どうするつもりだったんだ?」
「行ったでしょ?上」
「チッ」
その顔が誰を思い浮かべて染み出たものか、なんて、やっぱり簡単に予想がついて、なんか、ムカついた。
「デレデレしてんなよ」
「益本さん、口ワルイ」
「これで奴ら、調子に乗ったぞ」
「ガス抜きも必要だって」
「・・・一課の連中の名前、全部覚えてンの?」
「元営業なんで。名前と顔、覚えるのは専売特許」
「へぇ」
そういや、大昔にそんなこと聞いたような聞かなかったような。
けど、一課なんて花形は出入りが激しく、若手も入れ替わる。
単純にすげえなと益本は感心し、しげしげと青島を眺めた。
近くで見ると、イケメンだし、肌なんかぴちぴちだし。幾つ差だったっけ。
「益本さんこそ、俺のせいで、拗れたりしないですか?」
「だったらお前がケジメつけてくれるわけ?」
どうせノンキャリの立場では何もできないと分かっていて、益本は答えられない質問をぶつけてやる。
そもそも別に青島に助けて貰おうだなどとも思っちゃいない。
ただ、困らせたいだけだ。
案の定、どうにもできないことに項垂れ、青島の眉尻が下がり、情けないような、泣き出しそうな、悲痛な面持ちで見上げてきた。
心配してんのか?
その上目遣いの角度に、益本の方が頬を強張らせる。
「なんだよ・・・どうせ、申し訳ないとも思っていないんだろ・・」
「そんなの・・・とっくに、思ってますよ・・・」
捨てられた猫みたいな途方に暮れた顔に、仏心が湧かせるのが、こいつのやり方なのだろうか。
何だか絆された気分で、益本は口調を変えてそっぽを向いた。
出会ったのは、室井と早々差はない筈だった。
現場の道理も知らず、警察の掟も分からず、頭でっかちな常識とやらで、随分と捜査を掻き回してくれた。
そんな無知で浅はかな部分が鼻に付いた。
平たい正義が邪魔だった。
なのに、いつしか室井と分かち合い、あの堅物の男を捕り込み、二人で幼稚な幻想に突き進み始めた。
どうやって室井をタラシ込んだのかもわからないし、無理だと分かってやる意味も分からない。
なのに、十年を超えた今も、室井と青島は繋がっている。
チロリと横目で後ろを見れば、青島が答えを待つかのように益本を窺っている。
童顔なだけに無防備に見えたその素朴な感情に触れ、益本の中にチクリと棘が刺さった。
「お前こそ・・」
「?」
こてんと首を傾げる仕草が、スーツを着込む男に似つかわしく、妙に幼い。
だぶだぶのコートも、ふわふわで、温かなその身体を引き寄せたくなる衝動を覚えさせる男だ。
「お前だってこうして被害ばっか被るじゃん。あんな男のために」
「好きでやってることだから」
なんだよ、乱暴者で、我侭で、自分本意な男かと思っていたが、直向きに思い遣っているんじゃんか。
室井をまっすぐに信じているのも、警察の未来を暗愚しているからだけで、思えば今どき珍しいくらい真面目な男だ。
なんでそんなに一途に夢中になれるのか、もっと知ってみたくなる。
「あんな堅物の何がいいんだ?つまらないだろ?」
「え~~~?そこは否定できません」
「いまいち頼りきれねーし、食い逃げされんじゃね?」
「・・・でも、強いひとだから」
「じゃ、なんでコソコソ隠れるようなことすんだよ?」
なんでそこまでするんだ?
そこまでされる価値ある男か?
そこまでして貫きたい恋か?
「所轄にとっちゃ後ろ盾って大きいからって代償に何でも与えてんのかよ?」
その、カラダさえも?
現に、キャリアに取り入ろうとするノンキャリは多い。
最初は仕事をしやすくするためだったのだろうが、オコボレの甘い汁を求めて、欲望のままに群がってくる。
青島も、そうだと思っていた。
「隠すのは、恥ずかしいからだろ?」
激しい妬ましさが込み上げ、益本の手を包んだままだった青島の手首を、逆に掴む。
思わず力が入って、青島が益本を見上げた。
だがすぐに視線を落とす。
「なるべくさ、俺の名前も存在も、あのひとから消しておきたくて」
優しく──寂しそうに笑った。
仕方なくという風に白状した青島に、益本はギリリと奥歯を食いしばる。
それが、どれほどの想いか、なんて。
一途な想いに触れ、これを向けられていたらどんなに幸せだろうかと思えた。
ああ、だから、室井は幸せなのだ。あんな冴えない人生でも。
だったら、コイツは?
「だから、ナイショね?」
“それでいいのかよ!”
苛立ちを隠さないまま、益本は青島の手を力任せに引いた。
そのまま、益本は顔を傾け、至近距離で艶を乗せる大きな瞳も見れずに、雄の支配欲のまま、口付ける。
ねっとりと絡みつく肉の甘さに、陶然となる思考を必死に抑え、ゆっくりと放す。
青島は、逃げなかった。
熱く湿った息が、益本の口唇にかかり、一瞬でも重なり合った熱が、ただ名残惜しかった。
透明な瞳が、益本を映し込んでいた。
「これでもか・・?」
「う・・ん・・」
こんな扱いでいいのかよ。
思ったより初心な反応に、少し違和感が募る。でもそれよりも、純潔のようなものを穢した背徳が妙にキた。
もしかして、室井は触れていないのか?これに。
「逃げるってことかよ」
「ちがうって。俺もあのひとも、縛りがない方が動けるでしょ」
「惚れてんの?」
「・・・まさか」
嫌になるほど掠れた声が、干乾びた喉から絞り出る。
俺は一体何が腹立たしいんだ?
室井がのうのうとしていることか?青島をこんな扱いしていることか?それとも、青島本人が身も心も捧げていることか?
それを先に見越した青島が、やんわりと微笑んだ。
「安心して?ちゃんと最後まであのひとに付いて見送ってくるから。俺が」
「んなこた、心配してねーッ」
また、あははと声を上げて笑う青島に、少しだけほっとする。
刹那的な恋に溺れただけじゃ、抱き締めたくなってしまう。
室井に、ひっそりと味方がいて良かったじゃないか。
ただ、それだけのことなのに、それだけが、なんか、憎たらしい。
思わず力の抜けた益本の腕から、青島はするりと抜け出した。
このキスも、青島にとっては口止め料ってことなのか。
だったらこっちも、このくらいのお礼は貰っておくと割り切ればいいのか?
「あんた、割とイイヒトだったんだね」
「口唇奪われてイイヒトとか言ってりゃ世話ねーよ」
「いきなりするんだもんな」
「室井は許可を取ってからシてくるわけ?」
くすりと笑った青島の笑みが、妙に艶冶な色を乗せ、ハッとさせられる。
その隙に、青島がひょいと身軽に立ち上がった。
ぽんぽんと両手で膝を払う。
「早く行ったほうがいいよ。俺と一緒にいるとこ見られたらタイヘン」
「・・ああ」
こんな時まで他人の心配かよ。
室井に身体を差し出し、肉の奥深いところまで与えて、どんな顔を見せているんだろう。
そして、使い捨てられるのか?
その底なしの優しさが、いつか仇にならないことを祈って、益本は立ち上がる。
一途な想いが切なくて、なんだかこっちの胸が痛んだ。
「じゃあな」
「またね」
「またがあるのかよ」
「そっち次第だろ」
手応えのあるリアクションに、益本は意地で口端を持ち上げ、笑みを造った。
今までで一番親し気な色を乗せて、青島が笑い返してくれる。
ほんの少しの名残惜しさが益本を困惑させた。
こいつを支えてくれる誰かがいれば、いいのに。
それが、自分でもいいのだと益本が気付くのは、このちょっと後だ。
Happy end ?

これも書下ろし。
益本VS室井のちょっと前のお話。益本さんはなんとなく「相棒」のいたみんをイメージして書いた。
20210522