登場人物は青島くんと室井さん、一倉さん。第三者視点から見た室青






トライアングル~一倉編 






1.
エントランスホールに、冷たい北風が一気に吹き込んだ。
西日がタイルを反射させ、縮こまる視界に、足の長い男が軽やかに入ってくる。

赤いチェックの裏地が彼の愛嬌を匂わすような上質のコート、ブランドスーツに全身を固めた背格好は、およそこの国威の城塞に相応しくない。
それだけでここの空気を一変させた存在は、優雅に長い睫毛を伏せる。
男の品性を香り立たせる、汚れ一つない深いブラウンの革靴が、澄み渡るような華麗な音を奏でた。

輪郭の美しさと、ふくよかな赤い口唇が目を引く面差しに最後の夕陽が映える。
その男は、一倉の中では既に馴染みとなって久しい顔だが、いつものコートではない雰囲気に、違和感と胸騒ぎを覚える。
誰かを探しているような様子に、一倉はヒュウと軽く口笛を鳴らして意識を向けさせた。

「なんだ一倉さんか」
「なんだとはなんだ」

しげしげと眺め下ろす一倉の視線に、青島が裾を広げてひらりと回ってお道化て敬礼をする。
まるで子供がお菓子でも強請るような仕草に、一倉は拳を口許に充てた。
昔から青島にはこういう子供染みたというか、人懐っこく、相手の心に無暗にさざ波を立てるところがある。

「これから女の一人や二人、引っ掛けにでもいける・・・ああ、誑かすのは限定だったか」
「似合ってるって素直に言いなよ」
「待ち合わせか?」
「まぁね」

内から溢れるような物柔らかな青島の顔に、コイツにそんな顔をさせる男を一倉は思い浮かべた。
楽しそうな、嬉しそうな、それでいてちょっと照れているような顔は、愛しさが溢れている。
それは、一倉を警戒していない青島の無防備さでもある。

コイツにキャリアの心理戦は無理だな。
苦笑いする一倉の思惑とは別に、青島は一旦現場に降り立てば誰をも圧倒させる策士でもある。
そんなギャップが、人を狂わせるほどに魅了するのだ。

「ご指名ってわけか」

隠しもせずにあっけらかんと本日の予定を公言する姿に、青島がどれだけ愛され大事にされているか、そして
それを憚らない態度に室井への絶対的な信頼が見て取れた。

「ああ、今日は確か」

クリスマスだったな、とぼんやりと思う。
乱交パーティにならなきゃいいがと、良からぬことが過ったが
イベント系を外さないのは、室井にしては上出来だ。

室井と青島のもう一つの関係に、一倉が気付いたのは小さな綻びからだった。
あれは、信頼だったのか或いは牽制だったのか。

いつもの洗い晒しの青島の細髪も、今日は丁寧にセットされ、艶めくうねりと洗練された美学の裏に、室井の影を見る。
この恋路に二人が何を仕掛けるのか。
それは知りたくもない気がする一倉である。
あれから数年が経つ。
室井の異動や降格、様々な環境変化があったが、付かず離れずの相変わらずな仲に、関わる者の方が羞恥を抱くってものだ。

「その格好も室井の指示だろ?」
「遊んでるんでしょ俺で、あのひとは」
「よくあの偏屈に合わせられるな」
「そうでもないよ」

どっちの意味だ?
答えを持たさぬ熟した外見が、一倉の興味を絢爛に誘う。
待ち合わせ場所は本庁エントランスなのだろう。
一倉には目もくれず、ウールのロングコートのポケットに手を差しこみ、青島が近くの壁に寄りかかった。
無造作に足元で交差する足まで、どこかファッション誌を切り取ったような腹立つ視界に、一倉は圧し掛かるように青島の背後の壁に片手を付いた。

「そのスーツ・・・タイ、カフス、ピン。シャツも靴も、全部室井が買い与えたのか・・」

息が触れるほどに顔を近づけ、強かな目で声を低めれば、青島はちょっと嫌そうな顔をした。
片眉を歪めるその仕草が、艶美となる。

「別に、囲われているつもりはないよ」
「向こうはそうじゃないぜ?」

心当たりがあるのか、青島は不満そうに視線をガラスの向こうに投げた。

「遊ばせるつもりはないだろうな」
「しつこさなら警視総監にもなれんじゃない」
「愛されてんだ。昼も、夜も」
「奥さんいる人に言われても」

それはつまり、本命にしてくれれば青島の目に適うということとも取れる。
あの時の自分は、何故コイツを諦めたんだったか。
まだ室井のモノでもなかった頃だ。

「室井だって、いずれ妻を娶る。出世に伴侶は条件だ」
「・・伴侶じゃなくて、派閥だろ。くだんねぇ」
「そうやって屁理屈言ってもな、結局お前は愛人だ」

その時どうするかの結論もないやつに、火遊びする資格はない。
すぅっと撫で上げるように、一倉の指先が青島の顎の輪郭を辿った。
その仕草に、上目遣いでじっと睨んでくる青島の瞳が、美しい。

「その目で室井に抱かれてんのか」
「ダイレクトだなぁ」
「俺は初心だからな、具合ってどうなんだ?」
「初心な人間はそんなこと聞きません」
「社会勉強だろ」
「そこは・・・試せばわかるんじゃないっすかね?」

その日も確か、クリスマスイブの夜だった。
涙に濡れた青島の艶めいた瞳と、それを追いかけた室井の背中。
消えない焦燥は苛立ちとなって、いつしか雪のように降り積もり、一倉の心の裡にこびりつく。
やっぱりあれは、牽制だったのかもしれない。

「おまえで試させろよ」
「ざんねん。俺、許可制」

惚気られた言葉の端に潜む微かな怯えに、一倉はふふんと鼻で笑い、青島の顎に人差し指を当てて少し、持ち上げた。
無抵抗の無垢な顔が、より一層禁忌的な何かを抱かせ、曇らない光彩は危うい雰囲気に引き摺り込む。
錆びた情火に、いっそ可笑しく思いながら、一倉はあの頃躊躇った理性が、尽く馬鹿げていたものに思えた。
自分のものにしてしまえば良かった。
愛人でもいいのなら、俺が奪ったって良かったんだ。

「室井に仕込まれて・・・ここまでなるとはな」

されるがまま、茶色の透明な瞳が一倉を映し出す。
この瞳に魅入りながら、夜毎あの室井が熱に狂わされているのかと思うと、年甲斐もなく一倉の下半身もゾクリとなった。

「キャリアは二度とごめんですけどね」

相変わらず、面白いことを言う奴だ。
アンタも同罪だと言わんばかりの恨み節に、一倉は青島の中で、まだ自分もそこそこの位置にいることを感じた。

「ほう」
「世界が違うから」
「そうか?」

今更キャリアとノンキャリの交わらない政治理念を、ベッドの上で討論しているとでもいうんだろうか。こいつら。
そんな変態的なセックスは、だが、室井なら有り得そうだ。
ちっとも燃えないだろ、それ。
いや、その方が、滾るのか?資料見ながら腰を振れる男だ。

ちょっと倒錯的な方向へ意識が飛んだ一倉の前で、加えて青島の口から投下された言葉は、別な意味で直撃する。

「アンタらって時間の観念とかも、違うじゃない」
「うん?同じだろ?」
「いーえ!違いますね。会議だか出張だかしらないけどさ、深夜遅くにやってきちゃあ、そこから冴えまくるってどおゆうこと?」

何を、と聞くのは、流石にカマトトなのか?

「こっちが幾ら逃げようとしても命令は絶対でしょ。やめる気ないもんね?」

急速に一倉の中で湧いていたやましい気持ちが、疑問符に変わっていく。
命令ってなんの?これは仕事の話か?ちがうよな?
キャリアは常に攻めの姿勢でピラミッド型組織を維持しなければならないとでも返せばいいんだろうか。

「普段走り回るだけの俺らと違って、しっかり足腰から習って鍛えているから、元々基礎から違う。敵うわけないじゃん?」

上意下達の課題を述べている――わけでもないよな。

「捜査会議でもおんなじ」

一倉を下から覗き込んで、青島が饒舌に口端を持ち上げた。
いつもよりセットされ整えられた外見が、その主張の洗練された主旨を惑わせる。
一倉は口を半分開け、だが次の言葉が出てこない。

「地べた這い蹲るこっちの体力とか都合とか、受け入れる側の苦労なんて考えてないだろ、アンタら?配分はこっちでってのは、ちょっとズルいよ」
「何の証拠も残させないだろ?」
「ええ、モチロン。こっちには何もさせてくれない。なのに自分はギリギリのライン攻めてくる」

室井、お前・・・。

「感じるポイントの違いって相性の問題になるんすかね?」
「違ったのか?」

口唇が触れそうな距離まで顔で迫り、荒げもしない呼吸がかかるその距離に、一倉が舐めるように見下ろせば
青島は薄っすらと笑みを浮かべて、赤い舌でぺろりと下唇を舐めた。

「揃いも揃ってたら、飽きない?」
「実際問題、楽しませてくれんならいいだろ」
「行動原理の違いって、こういうとこにも影響すんだなって思いましたよ」

激しいキスをしているかのように掠れ声で睦み合う戯言は、それだけで男の欲望を刺激してくる。
ベッドの中で、こんな風に挑発してくれるのなら、室井が手放せないのも解かるってもんだ。
病みつきになりそうだ。

「組織論を知りたいのなら、俺が教えてやってもいい」
「そんなだから出世出来なかったんじゃないの」
「キャリアがみんな階段登れるとでも思ってんのか?」

絢爛に閃く薄茶色の瞳。青島が自慢気に笑んだ。

「俺の室井さんはちゃんと出世しましたよ」
「・・・そんな話、俺に聞かせてどうしようってんだ」
「あれ?」

するっと青島が一倉に口を寄せる。
肩に手を置き、耳打ちするように、或いは慰めるように、わざと息を吹き込んでささめいた。
“あんたが聞きたがったんだろ”

湿った息と、耳を擽る熱。
迂闊にも下半身が反応した。
飼い馴らせないこの曲者に、それでいてどこか脆い誘いを残すジレンマに、一倉の目がじっとりと青島を凝視する。
これだ。これが欲しいのだ。
行動原理とか心理とか常識とか、吹っ飛んだ室井の気持ちが解かった気がした。

「室井のどこがイイんだ?」
「決まってるでしょ。俺だけに夢中なとこだよ」

瞠目する一倉の腕を擦り抜けざま、青島は一倉の目線の高さに指鉄砲を作った。
その指先が、そのまま一倉の背後を指す。
ハッと振り向く。
丁度現れた室井に、青島が身軽に靴音を慣らして、離れていく。
一倉を通り過ぎる風、微かに鼻腔を擽った煙草の残り香、室井の前で挨拶をする、そのコートが優雅に揺れる。

タクシーを拾ってくると言い残して青島が扉を出て行く後ろ姿まで、一倉は目で追った。

一連の青島の動きに、一倉の足も目も、思考も竦んでいた。
胸の奥が、ひどく、疼いている。

一瞬で、心を鷲掴まれた。
追いかけて、引き寄せて、あのふっくらとした生意気な口を塞いで、熱く硬いものを挿し込んで、それから。
強請らせた言葉に溺れて。俺だけ見ろと命令して。啜り啼かせたら、どれだけ陶酔の世界に浸れるだろう。

「何を話していたんだ?」
「!」

スッと横に音もなく並んだ室井が、抑揚もなく一倉に問いかけ、一倉はハッと意識を戻した。
均整の取れたボディラインを引き寄せてみたいと叫んでいた手を、硬く握った。

「・・・・・ああ・・、えーっと・・・・・本庁と所轄の意識格差?いや、ノンキャリとキャリアの理想主義?」
「何言ってんだお前」
「いや待て、お前こそなにやってんだ、一体」
ベッドの中で。

不思議そうな顔をする室井に、一倉は額に汗を掻いていることに気が付いた。
渋い笑いが込み上げてくる。

そうだ、何故あの時俺は青島を諦めたのか。
あの時も、室井にこうやって先手を打たれたのだ。
こうやって、その存在を思い出させて波風を立てた。
憎らしい思いと、抜け目ない強かな室井の行動に、室井の本気度を見る。
端っから、誰にも渡す気ねーじゃねぇか。
室井には元より手放す気など早々になく、出来ることなら独り占め出来た自分を褒めたいのだ。

顎で、ガラス戸の向こう側でタクシーに華麗に手を上げる青島を指す。

「あんな恰好させて、所有権の主張かよ?ありゃあ、マジなやつに声かけられたりするんじゃねーか?」
「・・・昔からだ」

室井の光を通さぬ瞳がじっと一倉を観察する。
居心地の悪さに、一倉は揶揄う眼差しを窓に戻した。

「・・・・・・・なぁ」
「駄目だ」
「まだ何も言ってねぇだろ」

警戒は、彼氏の危機感か。

「想像がつく。その顔を見たら、な」
「!」

二度も手に入れ損ねた相手は、雄の本能がより攻撃的に飢餓を自覚させた。

「泣かすしか出来ないだろ」
出世していくお前だと。

被せるように、低く太い声で一倉がまくし立てれば、室井は鋭い目を一度だけ一倉に向ける。

「お前もだろう?」

じっと、二人の男は睨み合った。
立ち尽くす影に不穏な色が纏わりつき、長年の友情があるからこその、踏み込めるライバルに、お互い引けを取らない。
室井は、お前も、と言った。
つまり、自覚済みか。

「俺に譲れよ」
「断る」
「じゃあ奪うっていうのは?」

ギョロリと室井の大きな目玉が一倉をまっすぐに見上げた。
その時、青島の室井を呼ぶ声が届く。
見つめ合った無言の攻防は、やや短く、北風に水を差された。

「で?これから恋人時代に戻っていちゃつくわけか」
「そうだ、羨ましいか」

コイツもまた何かのはずみで本気になる位置に立っている――聡明な室井には、そこまで見抜かれたんだろう。
馬鹿言うな、今更じゃねぇか。
ああ今更だ。出会って何年経ったと思っている。
信用ならない室井にも、危険な色香を放つ青島にも、やっぱり苛立ちが募っていく。

それほどまでにあの男の存在が侵食しているのかと思うと、一倉の口からは冷めた蔑みが口唇を震わせた。
誇らしげな笑みで、戻ってきた青島の下へと歩き出す室井の背中の向こう側で、青島の視線が一瞬、一倉を捕らえた。

室井しか見えていないくせに、わざと挑発しやがった。

いい度胸だ。
それでこそ室井の相手に相応しい。ならば、奪い合うのもまた、組織論の醍醐味だろう。
キャリアは皆、自分だけを認めさせたくて選ばれたがっている。前へ倣えで上を向くのは警察学校までだ。

あの二人、どうせ別れる気ないんだから、もう少し引っ掻き回してやっても面白い。

いつか、あの生意気な口から、愛の言葉が零れ落ちるだろうか。
甘く啜り啼く声を、腕の中で聞けるだろうか。
そんな日は来ないと知りながら、そこまでの夢を男に見させるだけの相手だと、一倉は思った。









Happy end?

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