登 場人物はふたりだけ。告白された側の男の意地。室井さん視点。
A面とストーリーに繋がりはありません。







抜け駆け~B面 






透きとおるような煌めきを放つアーモンドアイが、恥じらうように反らされた。
面伏せた、照れ臭そうにも嬉しそうにも見える長い睫毛が、震えて濃い影を象る。
魅入られる間もなく、一瞬天井を向けてから、また青島の視線は室井を探った。

「えーと。困ったな・・・、断られた時のことしか考えてなかったから、どーしていいか分かりません」

チラッと横目で青島をいなすことで、室井もまた強張った顔を反らした。
あまりマジマジと見続けるのも無礼な気がするし、まともに顔なんか見れない。
部屋の、噎せ返る胸苦しさを拳に感じ取った。

青島から、忘れてくれていいと10年分の胸の内を告白されたのは、一カ月ほど前だった。
心底惚れ抜いた男からの誠実な感情に、室井が心躍らぬわけがなく、むしろそれより長く思慕を患ってきたのは室井の方である。
想い人から告白されるという、夢のような体験をした室井は、未だ尻が据わらない。
歯の浮いたような言葉はあげられなかったが、室井はきちんとそれを奪い取った。

「別に気遣わなくていい」
「でもさぁ・・」
「だから。・・・これが初めてのデートだ」
「ああ、おうちでぇと」
「・・妙な言い回しをするな・・」

そうは言いつつ、室井も強張った頬を隠すようにそっぽを向いた。
お互い、ソファの端と端から近寄れないまま、正面を向いて、既に小1時間である。

「じゃあ、密会?とかね?逢引きも悪くないか」
「・・・」

交際を快諾したのも束の間、ようやくふたりきりとなれたこの日、人目を避ける理由で室井は初めて自宅に青島を連れ込んだ。
正確にはお節介な一倉が気を利かせたつもりなのか、二人揃って本庁から叩き出したのだ。
他に行くところもなく、やることもなく、仕方なく、もとい、棚ボタで、室井は青島を連れ帰った。
まさかオモチカエリが出来る日が来るとは思わなかった室井にとって、緊張しているのはお互い様である。

「なんつーか、調子狂いますね~」
「まあ・・・確かに」

言わせてしまった手前、無関心を装っているが、こうしてようやく二人きりになれた空間に
こうも青島が可愛いと思う日が来るとは思わなかった室井である。
照れ臭いのか、しきりにそわそわとし、困ったようにくしゃりと笑い、それでも嫌悪のない瞳で室井を見つめ、甘い息を落とす。
青島が見目麗しいのは承知の上だが、自分を選んでくれた相手としての可愛さは、また格別だった。

「それにしても殺風景な部屋ですね~・・・」
「・・・」
「俺んちなんか、ごっちゃごちゃだけどね・・・」
「・・・今度見せてくれ」
「家デートって・・・なにしてたかなぁ・・・」

ぼんやりとした独り言のようなその言葉に、青島がかつて惚れた女のことを思い出しているのが分かった。
室井の顔がむっつりと険しくなる。

なにか、言うべきだ。
なにか、落ち着かせるものを。笑わせられるものを、何かするんだ。

「帰ろっか?俺」
「!!」

室井がジロリと視線を向けた。
ビクついて、青島が口を噤む。

・・・脅えているじゃないか・・・。

がっくりと項垂れる室井の向こうで、青島が視線を彷徨わせる。

こうして密室に閉じ込められたところで、この間両想いと知った相手と何をすればいいのか分からない。
ナニかをしていいのなら話は別だが、早すぎるだろう。
男として恋した相手に抱くものなど、胸の内に秘め、室井は眉間を寄せた。

「そのぉ、また改めてってことでも、いいですよ?今日は・・・急だったし」
「用事でもあったのか」

あったからといって、どうしろというんだ。

「ないけど・・・。だって・・、でも、なんか・・・なんか、怒ってますよね?」
「?」

そんなつもりはなかったが、いつにもまして口数も少なく、眉間の皺も多く、頑ななままに冷淡で強情な気配を発している室井に対して
好意的な感情を汲み取る人間は少ない。
青島もそれを感じ取っているのだろう、妙に戸惑っているのが肌で感じ取れた。・・・が、室井がこういう時の対処法を知る由もない。

「居て、いい」
「じゃ、なんか言ってください・・・」

ああ、困っているじゃないか。
どうしたもんか、視線だけ向ければ、青島も視線だけ返してきた。
じっと見つめ合うと、青島だってここに居たいのだと瞳で気付く。

「君が何か喋れ」

得意だろうと水を向けると、んなこと言ったってなぁ、と青島が天上を向く。
会話で済む情報など、室井と青島の間に於いては、とうに交換済みだ。
困っているのは、分かっている。

「あのさぁ・・・、聞きたいことあんですけど。・・いい?」
「言え」
「どーして・・・、どして俺んこと、OKしたんすか」

室井は驚いて視線だけ向けた。
見れば、青島が上目遣いで不安げに室井を窺っている。

ステレオタイプのエリート官僚である裏で、危うい無抵抗な領域に冒険を赦す行為は、確かに自殺行為だった。
それを青島も分かっているからこそ、「忘れていい」という前置きを付けたのだろう。
だが青島の本音を知ってしまった今となっては、もう迷いはなくなった。逆に不思議な安堵感すら室井は憶えたのだ。
この戒律に縛られた生き方を選んだのは自分自身だ。
しかし同時に戒律の如く囚われた呪縛の中で、青島の与えてくれた仄暗い恍惚感を抱いている自分にも自嘲する。
だからもう、怯えてやるつもりもない。誰かに譲ってやるつもりもない。

「避けていたって何も変わらないだろう」
「う、ん」
「君に誤魔化しきれるものでもない。だったらこれでいい」
「・・・気が合いますね」
「結局、同類なだけだろ。もう慣れたことだ」
「あ。俺のせい」

ソファの端と端の距離は50cm。
その近づかない距離の上で、横柄な青島のいじらしい手がもごもごと動く。

「・・けどさ、同類なんて取り繕ってもさ、それってつまりシンパシーじゃん?唯の」
「・・・・」
「同情ならさぁ・・、俺」
「同情、だと思うか?」

ようやく青島が押し黙った。
行き場を失った目が意味を求めて室井を視界に捕らえてくる。
その崩れそうな、脆そうな、危うい色を持つ美しさに、室井の息が詰まった。

「怒ってるから」
「俺が好きなくせに、隠そうとするからだ」
「へ?」

確かにその意味では室井は怒りも感じていた。
青島にではなく、青島の巧妙に隠された気持ちに10年も気付けず騙され続けたことに、腹立たしい思いすらある。
忘れていい、だと?忘れられるわけないだろう、誰が忘れてなんかやるものか。

「一人で余裕かましてるんじゃない・・・馬鹿野郎」

バクバクと室井の心臓が早鐘を打っているが、室井は腕を組んだまま重く窘めた。

好きで好きで、どうしようもなく好きで、持て余した想いが苦しくて、狂ってしまいそうだったのだ。
口説けるものなら室井だってとっくに掻っ攫っていた。
それが出来る立場になかった。

「キタイ、しすぎです。この先ガッカリしても知りませんよ」
「期待するに決まっている。どれだけ欲しかったと思っている」

でも、知ってしまったこの狂気のような感情を受け止めてくれるのだと期待すれば、もう溢れ出した室井の想いは止め処なかった。
抑え込む自信もない室井の目が、しっとりと青島を見据え、視線を絡めとる。
泣き出しそうな顔にも見えたが、青島は今度はゆっくりと小首を傾げて、目を細めた。
愛らしく、無防備なその姿に、室井は思わず眉間に皺を寄せる。

「・・・また、言わせんの」
「君は泣かないから。弱音も分からない。自分のことは語らない。本音も上手に隠して、入り込ませる隙すら突かせなかった。完敗だ」
「・・・」
「その度、俺はどうしていいか、分からなくなった。これからは、俺にも護らせろ」

謎めいた青島の瞳が壮絶な艶をもって室井を虜にした。
逃さないという傲慢な意志が無意識に握る室井の拳を強張らせる。

「どうしたらいいのか分からないのは、こっちもだ」
「・・・そっか」

色濃い情欲を湛え笑う様は、男の性感をダイレクトに刺激する。
告白で後れを取った男の不甲斐なさを揶揄うように、青島が得意気な顔をして、ネクタイを緩めた。
恐らく無意識だろう。

勝ち気で誘惑的なその笑みは、もう室井だけのものだ。
恋に不安がっていた青島に、やはりシンパシーも併せて感じ取り、可愛さも愛おしさも、何もかもが室井を狂わせてくる。
意を決し、一時間も我慢した指先を室井は思い切って伸ばしてみる。
そっと触れた手は、思った以上にふくよかで弾力があった。

振り解かれなかったことに勇気を持ち、室井はしっかりとそれを握り直した。

「・・・いいんですね?」
「良くなければ断った」
「オトコ同士ですよ?もう若くない中年だよ?俺たち、警官で、それから、あんたはエリートキャリアで、俺の理想で、加えて・・・」
「青島」

短く名を呼んで遮り、室井はついに腕を引き寄せ、青島を手元に手繰り寄せた。
徒然に重ねていく言葉に、青島の10年分の迷いと決意と、強烈な照れが伝わってきた。
それでも伝えずにはいられなかった熱情に、室井の眉間も深まる。
最後に震えるように吐息で付け足した、室井の耳にだけ届いた言葉は、室井を狂わせるのに充分だった。

何か格好いいことを言ってやりたかったが、やっぱり出てこなかった。
ただ、こうして触れることを赦されているのであれば、恋人と認められているのだという感動に、室井はただ腕に力を込める。
幾度か躊躇った様子の青島も、やがて力を抜いて室井の首筋に額を押し付けた。
可愛い反応に室井の身体が熱くなる。

「で、その、結局俺は、どうしたらいいですか?」

ふざける調子で肩に額をゴリゴリと押し付けながら、青島がくぐもった声で囁いてくる。
室井はさらに抱き締める腕に力を込め、後頭部を掻き混ぜた。

「ただ、愛されてくれれば、それでいい」

思わず零れ出た、掠れたような室井の惚けた溜息に、青島の苦笑が吐息に変わった。

どうにかしようと思ってくれている青島が愛しい。
先程囁かれた「すきです」という余韻が耳朶を熱くする。
言葉足らずで黙ったままの沈黙に、青島は柔らかい頬で室井の首筋を擽りながら、僅か身じろいだ。
逃げられると思ったが、青島の腕も室井の背に回ってきて、しがみつくように室井の首筋に顔を埋めてくる。
その仕草に室井は息を呑んで、回していた腕を青島の腰に回し、引き寄せた。

「正直、君を満足させるだけの言葉を、俺は持っていない」
「あ~・・、そこはあんまし期待してません」

ウッと言葉に詰まった室井に、青島が続ける。

「俺こそ、あんたに関してはなんにもできないですよ」
「・・・そこはそんなに期待してない」

同じ言葉を返せば、青島に誘導されたことを室井は悟り、青島は意味深に小さく口端を持ち上げた。
相手を和ませるためのデートスキルだと察する。

「オレの片思い、軽く見ないでください。たぶん、あんたより、ずっと、煮詰まってる」
「・・・舐めるなよ。片思いの長さなら負けない」
「へぇ?知らなかった」

睨みつけてくるくせに頼りない声で促され、室井はこれがどんなふうに甘く蕩けるのか知りたくて堪らなくなった。
腕の中のキャリアにはない、柔らかさも華奢なラインも、そそられる。
そんな淫らなことを考えていたら、室井の声は自然と低くなった。

「他に、何が知りたい」
「教えてくれんの」
「ああ、どんなことでも」

ゆっくりと青島が顔を上げた。
腕で拘束したまま、息遣いさえ伝わる青島の吸い込まれそうな瞳に、室井の漆黒に焔が宿る。
濡れた瞳が男を弄ぶように揺れ、強烈な妖艶さで形の良い顎が上向いた。

「たとえば――・・・」

そう告げた次の瞬間には、強くネクタイを引き寄せた青島の長い睫毛が伏せられ、室井の視界を覆う。

「――・・・、こんなことでも?」

徐に青島の頬を鷲掴みにし、今度は室井が乱暴に青島の口を塞ぎ治した。
先に告られ、先に奪われ、男の本能に火が点けられた。

リードされ、あやされ、この先も主導権すら奪われる予感がした。
啄むようなキスからねっとりと肉を重ね合わすものへと変わり、やがて深まるままに室井は青島を後頭部から押さえ付ける。
首を傾け、舐め回すように何度も何度も擦り合わせ、甘い口唇に背筋を戦慄させた。
時折乱れる青島の息と、シャツにしがみ付く青島の指先が、震える。
自分へのキスで感じている青島にぞくりとすると、室井は口唇を吐息ごと幾度となく塞ぎ治した。
その腰に手を回せば、青島もすがりつくように回した手で室井の首を引き寄せ、口唇を求めてくる。

傾けた首で、それでも今夜はこのくらいまでかと留めた理性のまま室井が口唇を解放してやれば、そこには目尻を赤らめて瞳を潤ませている青島が瞼を上げた。
キスだけで、こんなになるのか。
欲望を孕んだ親指で、室井がその唾液を拭う。

「くそ・・」

誘い込まれるままにキスに没頭した、理性よりも本能の反応が悔しい。
敗北感が増し、悪態を吐くまま見下ろせば、だが室井によって、室井よりめろめろとなっている青島が潤んだ瞳の顔を隠してしまった。
ついでに、それは、反則だ。

「だらしないな。これからだろ」
「やかま、しい、よッ」

自分のことはさておき、室井は思わず目尻を細めた。

ようやく室井は、本当に青島も自分を好きでいてくれているのだと信じきれた気もした。
もっと先が見たい、どんなふうに蕩けていくのか探ってみたい。
しかし、いい歳してここまで敏感で感受性高いというのもいかがなものか。
室井の口からは、これが自分のものになるという幸福感が反転して、心配という名の親心のような気分すら湧いてくる。
これじゃ、この先もうかうか安心なんかしてられない。

照れた顔で、青島が室井の手を引き寄せながら、もう片方の拳で乱暴に濡れた口唇を拭った。
もったいなくて、室井は手首を掴むことでそれを押し留める。

「・・・」

視線が離せず、お互いにただ見つめ合った。
手を攫み合ったまま、瞳を奥を探り合う。
熱に色付いた青島の息遣いだけが部屋にも熱を孕ませていく。

押し倒す形となった青島の襟元が崩れ、きめ細かい肌が際どい所まで視界に入った。
これを、自分が食べていいのだと思ったら、室井の身体が熱くなった。
掴んだままの手首に、俄かに力が入る。

ゆっくりと、室井が顔を近づけた。

「青島」
「室井さん・・・」

室井のみっちりとした肉体が、青島に圧し掛かる。

「俺が、リードを取っても?」

それは、文字通り、セックスでの立場を聞く問いだった。
青島も、瞬時に悟り、息を呑む。
答えを待つ間、室井は顎を反らし、己のネクタイの結び目を緩める。
視線を反らさず、今度は青島のネクタイに指を掛け、しゅるりと引き抜いた。
成熟した男の情動を隠しもしない室井の視線に呑まれ、青島が息を止めて室井を見上げてくる。
ぽうっとなった眼差しは、室井のことが本気で好きでいてくれているのだと、室井に確信させた。

室井がゆっくりと覆い被さる。
耳元に口唇を寄せ、うっとりとキスを落とした。

「返事がないなら、了解と取らせてもらうが」

ちゅう、と肌を吸い上げれば、青島が切なげに眉を寄せた。

「そんな顔されたら、酷くしてしまう」
「いきなりのこの態勢に戸惑ってんすよっ」
「焦れた」

囁くように告げる室井の声も、熱に掠れる男のものだ。

「そもそも先に抜け駆けされたことにも、苛立ってんだ」

その意味するところを正確に理解した青島が、小さく吹き出す仕草に、男の色香を見る。
赤い舌が唾液の付いた口端をぺろりと見せ付けるように舐めた。

「それは、誘っていると解釈しても?」
「この男前が好きなんでしょ?」

青島の顎に指を掛け、顔を戻させ、室井が婉然と目尻を細める。
これを、さっさと自分のものにしておきたい。
誰かに捕られる前に。

「ああ、そうだ」

はっきりと断定した雄の欲望に、青島の瞳も呼応する。
うっとりと室井を見上げてきた青島の、先程のキスで赤らんだ口唇に親指を宛がい、もう一度とキスを強請った。

「ああ、じゃあもぉ、気の済むまでキスしていいですよ」
「キスだけで済むか馬鹿」








Happy end

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キスして10題のうちのひとつでした(初出:気の済むまでキスして)

20200712