登場人物はふたりだけ。恋人時代。室井さんの過去に探りを入れる青島くんのお話。ヤってはいませんが軽くR指定です。
B面とストーリーに繋がりはありません。







駆け引き~A面






1.
「おめでとうって言ったの、俺が最初?」

扉を開けた途端、室井は扉を思い切り閉めようと思った。
後退りながら背を預け、天上に向かって目を閉じ、目の前の光景に頭痛がする額を抑える。
青島が丁重にも室井を出迎えていた。
それはいい。それはいいのだが。

「その格好は」
「どおです?これ。ハダカ・エプロン~」
「どうとは・・・」
「あれ?男の夢だと思ったんだけどなぁ。やっぱ俺じゃ色気が足りないか・・・」

そういう問題ではない。
色気なんかむしろ駄々洩れだ。ムンムンだ。
胸がないとなぁなどとボヤいているが、裾から覗く豊潤なラインだけで、充分艶めかしい。
元々ベビーフェイスの青島のことだ、抱くほどに色香を放ち、優男でもあるわけだし、これで落ちない女も男もいない。
愛らしい瞳で見つめ、あなただけだよなんて。
勃ったらどうしてくれる。

「室井さんは~、ひらひらのレースと、スケスケのシフォン、どっちが好み?」
「――!」

下着も付けているのかいないのか。
ほぼ全裸で柔らかい紺地のエプロンから長い生足が覗く。
青島は肌理の細かさがあり、艶やかなもち肌がオレンジの光の下で惜しげもなくしっとりと汗ばんでいた。
浮き上がる鎖骨、薄っすら男の想像を掻き立てるボディラインが、室井を扇情的に誘ってくる。

「エプロンより網タイツの方がよかった?」
「誰の入れ知恵だ。恩田くんか?」
「すみれさんがんなこと考えるわけないっしょー」
「なら、誰だ」
「そこで一倉さんに会った」
「!!」
「このエプロン、くれた」
「!!!」
「これで誘ってみろとご指名を受けましたんで、そこまで言われちゃあ、ホンキでお応えしないとね?」
「あっちゃある野郎・・!いづまでも青島構ってんじぁねッ、おまこそ飛ばされっぞ!」

低く訛りが飛び出た室井に、青島は面白そうに首を傾げ、室井を下から覗き込んだ。
そのせいで胸元から乳首が見えそうな位置までエプロンが撚れる。
誰もが誑かされる愛嬌と、後ろ手に組んだ仕草が4つどころじゃない年下を思わせ、室井を背筋からぞわりとざわつかせた。

「ねぇ、そんなことよりさ・・・」
「ああ、おまえが最初だッ」

やけくそで室井は半ば目を閉じで叫ぶと、急いで靴を脱いで家に上がった。
本日付で室井は警視正に昇進することとなった。警視から警視正への昇進は3年と非常に早く、特進に等しい形での出世となる。
その裏には色々とあるのだが、室井の頭を悩ます色々は目の前にある。

鞄を突きつけるように押し渡すと、青島は両手で抱えて室井の後を付いてくる。
だから、そんな恰好で官舎の中でフラフラ、ひょこひょこしないでほしい。

「ねぇ、ねぇってばー、驚いた?びっくりした?」
「オドロキを通り越してモモノキだ」
「やぁ~っぱりさぁ、普通にお祝いしても印象に残らないだろうしさぁ、キョーレツなことったって家ん中じゃ限られるしさぁ」
「おかげ様で痛恨の一撃だ」

ソファに脱いだコートとジャケットを放ると、室井は指で無造作にネクタイも緩めた。
室井には時々青島の言うことは分からない。
祝儀が下ネタになる意味もどうなんだ。
どいつもこいつも、好き勝手に振舞いやがってッ。

ネクタイを放り投げ、そのままベスト姿で今度はキッチンに向かい、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「先に飲んじゃうの」
「飲まなきゃやってられるかって心境にさせられたが」

それでも二本、取り出した片方をクルリと回しながら青島に渡しせば、青島も嬉しそうに飛びついた。
テーブルには物取りが入ったかのような、惨状が広がっている。
恐らく何か手作りしてくれたのだとは、想像がつく。

二人でプルトップを同時に引けば、青島が腕を伸ばし缶ビールをこつんと合わせてくる。
視線を交差させてから、口に含んだ。
こくんこくんと、青島が喉仏を生き物のように上下させて飲み干す様子を、室井は対目の端で追ってしまう。
いっそ視界の暴力だと思いながら、えいやっとビールを煽った。

「うっっまっ。ね!いつもより格段に美味いね」
「味なんか皆一緒だ」
「んもぉぉ~情緒ないなぁ」
「そんな恰好をしているやつに情緒を説かれてもな」

室井がチロリと盗み見る。
紺地は青島の小麦の肌に良く映えていて、いつもより濡れたように光る柔肌は、薫るまま室井だけに晒されていた。
健康的で弾む肌には、どうやら本当に何も付けていないようだ。
組まれた長い足がエプロンの裾からギリギリ上向くヒップを想起させる。

「室井さんはさぁ、本店で脂ぎったオヤジたちの餌食になっていないの」

なんたる直球。
青島にしてみれば、何気ない会話の延長だったかもしれないが、それは見事に室井の腹にヒットした。
その一瞬の間は、敏い青島に、色々と泥濘を伝えてしまったようだ。

出世という男の欲が絡むキャリアレースは、醜い諍いも化かし合いも日常茶飯事だ。
それこそ、警察官に憧れて所轄に勤務するような人間には口に出来ない類のものまで。

「そうなんだ・・、セクハラって常套手段ですもんね。特にあんたみたいな優等生には」
「セクハラと出世の関数をグラフにしたら白目を剥く連中が出るだろうな」
その前に抹殺されそうだが。

「寝た?」

じぃぃっと、探りを入れるジト目で、青島が室井を穏やかとは遠い目で見つめてくる。
言葉を選ぶことなく臆せず聞いてくる辺り、青島の中ではもう随分前からモヤモヤしていたことなのかもしれない。
成程、それでこの恰好か。
室井から答えを引き出そうとする、きっと内心はとんでもなくドキドキしているのだろうと思うと、可愛らしかった。
それが愛おしくて、室井はわざと明後日の方角に視線を投げて、さあな、と応えた。

この程度の尋問で白状するとも思っていなかったのだろう、青島は下手くそな取り調べに、ぺろっと舌を出した。

いつものトランクスではなく紐タイプの黒のTバッグがそのラインを際どく浮かび上がらせる。
ビールを頻りに煽るたびに蠢く喉仏、羽根を広げたような鎖骨。
きっと、室井の視線も、聡い青島が気付いていない訳がなく。
何だかこれだって青島の手の平だ。

このままでは女体盛りならぬ、男体盛り、否、どこまでカゲキに暴走するか分からない男に(それも見てみたい気もするが)室井は
缶ビールを静かに置いた。

「いつもそんな恰好でサービスをしてきたのか」
「・・・俺のことはいいんですよ」
「何処まで奉仕出来るかが決め手となる」
「取り入ってくればいいってことでしょ」
「君の得意分野か。尤も、そんなことはさせやしない」

急に支配欲を見せ付ける室井の言葉に、青島は小さく詰まって頬を赤らめる。

「んだよ、もぉ」

敢えて矛先を変えた会話に、風向きが変わったことを敏感に察した青島が、口惜しいようにむくれて俯いた。
こんな風に、簡単に感情を曝け出せる彼が、室井には眩しい。
そして、そこに純潔を見る。

「襲われても文句を言えないビッチだな」
「こんな風に今まで誘われたことは?」

辱めたつもりが、それすら悦ばせたように青島が姦淫な笑みに変わる。
この変貌ぶりが、いつも室井を狂わせる。
ゆっくりと室井が近寄り、手の甲で青島の頬を子供を宥めるように撫ぜた。

「寂しい男の胸の内を覗いて、どうするつもりだ」
「本人を前にきちんと言うもんでしょ」
「・・恋人に白状するものは、もっと、別のことがいい」

青島が室井の手の上に手を重ね、小さく小首を傾げる。
それからどうするの?―――瞳がそう語るのを、室井は魅入られるままに青島に吸い込まれ、壁際に追い詰めた。

「そこに、キッシュ作ってみましたけど」

背後のオーブンを指差し、これまた斜め上の返答は、恐らく青島なりの意趣返しのつもりなのだろう。

「後で食べてやる・・・ぜんぶだ」

意味深に、室井は静かに囁いた。
青島の目が爛と揺れる。

「ぜんぶ。きれいに食べてね」
「皿までだ」

無邪気なくせに、熟した果実のように背伸びしてくる笑みに、ぐちゅりと頭の中で何かが腐敗し、溶けていく。

「誘い方が、不満でした?」
「悪くはない」
「意外とイヤラシイもんね、あんた」
「こんな俺は嫌いか?」

敢えて口唇には触れず、室井の高貴な指先が、エプロンだけの陋劣な青島のボディラインをゆっくりとなぞった。

「カレシに対する苦情なら、割と出てきますけど」
「言ってみろ」

室井の指が青島の背筋に回り、つつ、と辿り下りれば、布の少ないTバッグの紐に触れる。

「滅多に逢ってくれない、下手くそな会話、加えて言葉が足りない・・・結構ゴーイン・・・それから・・」
「それから」
「隠し事してる。あとは――」

紐を辿りながら、直接素肌の丸い尻のラインを撫ぜ、室井が布の中にスッと人差し指を差し入れる。
それまで室井の愛撫を楽しそうに受け止めていた青島が、ぴくんと震えた。
感じやすい躰は、些細な動きに顕著な反応を返してくれ、本人よりもずっと正直だ。

「ベッドが長い・・・」
「それは不満なのか・・・?」
「マメ過ぎるのも、・・ンッ・・、考えものです・・」

フッと吐息だけ笑み、室井は両手で青島の腰を掴むと、今度はエプロンの裾から忍び込ませ、脇腹、そして胸元へと指を動かしていく。

「一倉に仕込まれたのは、それだけか?」
「それだけ・・って?」
「善からぬことをされていないか・・・喰われていないか・・・」
「・・ふ、一倉さんがぁ?」

顔を崩して少し身体の力を抜いた青島の胸の尖りを、両手で摘まみ、こりこりと捏ねた。
同時に耳元に、忠告を注ぐ。

「一倉の助言は真似するな」

青島が息を掠れさせた。
硬く尖った胸の尖りを執拗に嬲られ、手先の器用な室井の齎す快楽に追い詰められた青島が、後の食器棚のヘリに両手を付く。

「・・ぁ、・・あぁ・・・」

俯いて、青島が口唇を噛み締めた。
前髪で表情は隠れている。
汗ばむ肌を重ね、室井が細長いその首筋に舌で辿れば、押し殺しきれない息が熱を孕んだ。
熱の上昇と共に躊躇いや戸惑いを脱ぎ捨てていく青島は、しなやかで、野生的で、この上なく、美しい。

「・・じゃあ、咬まれてないか、確かめていいですよ・・」
「隅から隅まで確かめてやる」

口唇と口唇が触れ合いそうな距離だ。だが呼吸すら肌に感じるその距離に脅え、仕掛ける目がお互いを探り合う。
まだスーツを着たままの室井の前で、エプロンの肩紐も片方が垂れ、少し上がった息遣いが生々しい。
ラインを誇張するベストで室井のみっちりとしたボディが青島に圧し掛かるように迫り、その男らしい腰つきに、青島がゆっくりと両手を回して引き寄せた。

「おめでと、ゴザイマス」
「・・・ああ」

前髪が擦れ合い、額を擦り付ける仕草で青島が眼前で微笑む。
その無垢な笑みに、室井はただ胸が締め付けられた。
室井のことを自分のことのように喜び支えてくれる青島に、こうして二人だけで生きる意味を知る。

頬に宛がった手を顎から肩へと滑らせ、そのまま指先で、室井はエプロンの紐をスッと引き解いた。
二人の足元に布が音もなく形を失い、黒い紐を腰で結んだだけの下着を付けた青島の裸体が、室井に晒される。
太腿を差し込み、室井が青島の両脚を開かせた。

「キス、ください」
「・・・オアズケだ」
「足りなかった?シゲキ」
「刺激なんか、君一人で充分だ」
「愉しませてあげたくって」
「出会ってから、これ以上ないくらい愉しませてもらっている」

お互い浮かされた声で囁き合い、青島をじっと黒い目で見つめ、室井は額に軽く口付け、それからおでこをコツンと押し当てた。
先程までしつこく嬲られていた青島の胸の尖りが、赤く腫れあがり、存在を主張しているのが目に入る。

「今夜は特別に、好きにしてもいいですよ、俺んこと。どんなことでも」
「男への祝儀ということか」
「ダイレクトに」
「最高の褒美だ」

素っ気ない物言いとは裏腹に、室井が空いている方の人差し指で小さく青島の手を擽った。
気付いた青島が、握り返すように室井に指を絡ませてくる。

これは、二人の合図だ。
まだ恋人とも名乗れなかった頃。
この張り詰めた恋心が自分だけのものでしかなくて、行き場を見失っていた頃。
青島の中に隠された純潔で誠実な願いに、気付いてもやれなかった頃。
交わす視線の隙間に、何か別の熱を感じながらもお互い確信が持てなくて、頼りないものを手繰りながら逃げていた。

いつかの夜、怯え喚く青島を、ようやく両手で抱き留めた時、弾けた世界に不意に触れ合った指先が、熱くて、放したくなくて、ついに臆病な心に観念した。
この指先から、恋が始まった。
どんなに淫らな行為をしても、室井と青島のはじまりは、この指先を離さないことからだ。

「結局、さっきの質問に答えてくれなかったね」
「本庁のことは俺に任せておけばいい。いいな、先走るなよ」

ぶぅとむくれて、青島が室井の耳に歯を立てる。
室井は、総身が痺れるほど、感じた。

未来の因数分解が出来なくても、室井は青島が見せてくれる世界がいい。
どんなにこの手を汚してしまっても、室井は青島の傍がいい。
室井がそう思っているくらい、青島にも室井が描く未来がみたいと思ってくれているだろうか。
切ないほど直向きで健気な本音は、いつだって派手なパフォーマンスの裏にある。

さて、今夜はどこまで読み切れたか。

「君は俺が惚れている唯一の人間だ。もっと素直に欲しがればいい。・・・何度でも」
「もぉ、分かってるってば」

どこか拗ねた声音だった。
薄っすらとそれに淫奔な笑みを返し、室井が青島の顎を人差し指で上向かせる。
潤んだような澄んだ瞳が、たまらない。

「ご期待通り、今夜は思い切って超絶いやらしい室井でお送り致そう」








Happy end

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暴走する青島くんに付いて行けるのも実は室井さんだけ。この設定だと、室井さんは本店で身体使って媚びてるってことになるのかしら。
甘い恋10題のうちのひとつでした(初出:指先から恋が始まる)

20201011