登 場人物はふたりだけ。男の覚悟と騙し合い。嘘を吐いて逃げようとしたんだけど失敗。室井さんの本音を見破った青島くんのお話。
A面とストーリーに繋がりはありません。







罠~B面 






1.
「黙ってこれから言うことを聞いてほしい。反論はなしだ」
「どしたんです急に?・・・改まっちゃって」
「君と私で誓った、あの約束のことだ」

いつもとは違うただならぬ気配に、青島は詰まった。

「君の中では反故にしてもらいたい。理由はこちらの都合、だ」
「・・・護りたく、なくなった?」
「・・・」
「護れなくなった、とか」

室井が浅い息を落とし、足元を見た。
黒のコートが揺れもしないもっさりとした重たい気配は、そのまま室井の心境のように見えた。
青島が心配げに一歩近づくが、結界のようなものがあるのか、その先に踏み込める勇気が出ない。

本庁までの送迎を命じられ、いつものように室井を送り届けただけだったのに
近くの遊歩道に連れ込まれた。
初めて見る室井の冷然とした一徹さは、やはりこの男もまた、あの灰色の建物の住人であることを青島に証明する。

しばらく言葉を選んだあと、室井が視線を上げた。
どうせ、説明しなきゃならなくなることくらい、想定内だったに違いない。
やはりなという顔は、蒼白した能面のようだった。

「・・・あの日約束した気持ちに偽りはない。その根幹の部分は今も変わってはいない。状況が悪いのも、まあ変わらない。ただ」
「ただ」
「そこにもうひとつ、理由が出来てしまった。これはこちらの勝手な都合だ。だから君は関係ない」
「関係ないって・・・!ふたりで決めたことじゃないですか」
「だからだ。あのときの、穢れない信念にまで、泥を塗りたくはない」
「・・・にまで、って?」

初めて室井が言い澱んだ。
捜査会議で決められた手順を説明するように単調に言葉を並べていた口が、不意に貞潔な歪みに澱んだことに
青島はそこが本題だったことを知らされる。

「私は、思った以上にどうしようもない人間だったらしいな」
「・・・」
「才能がない、出身が汚い、田舎者・・・色々言われたが、どれも事実だ。私の勝手な理由で君を巻き込みたくはない」
「!」
「だが私は私の都合の上で、これからも上を目指す。現場に息がかかるような未来を君にもう一度誓う」

命令に従って、ここまで黙って言い分を聞いていた青島は、小さく息を吐いてから、煙草を取り出した。
火を点けることはなく、くるくると弄んだ。
ここは、風が冷たい。

「なーんかさ、あんたいっつもそうやって勝手に決めちゃうよね。なんなの?ちゃんと言ってくださいよ理由。あんだろ?」
「言う必要がないことだ」
「俺たちも、仲間じゃないの?俺はそう思ってたよ。堅苦しいあんたのことだから、どうせ今も頭でっかちな理由ぐるぐる渦巻いて一人でドツボはまってんだろ うけど?」

青島の真実を好む強い眼差しに、室井はただじっと目を向けた。
反らしはしなかった。
逃れられない、或いは、囚われてしまった、そんな物憂いの顔が、室井の身勝手な決意が翻らないことを伝えていた。
この程度の理屈じゃ青島を説得できない、そう踏んだのか、室井が玲瓏な瞼をそっと閉じる。

「君の・・そういうところが、私を落としたんだろうな・・・」

どういう意味なのか、考える隙が青島を固まらせた。

「聞いて後悔するのは君の方だと思ったから、言わなかった」
「・・ぇ、ちょっ・・と待っ」

室井は決定的な言葉は使わなかった。
だが、気付かれても構わないというように、青島の理解に全てを任せ、じっと青島をその瞳に映し込む。
漆黒の眼差しは、まるで、これが最後だと告げるように、青島を焼き付けていた。

「待たないし、待つつもりもない。今後一切、君とは関わらない。姿を消すつもりだ。二度と近寄らないから安心しろ。軽蔑も侮辱も勝手にしろ」
「安心て」
「私のことは、なかったこととして、忘れてくれていい」
「んなこと出来るわけ・・・!」
「そうなんだろうな。君ならそう言う気がした。だから。だからもう二度と君の前には現れない。君も、私の前に現れるな」
「!」

絶句する青島の目の前で、室井は威厳に満ちた低い声で、青島を牽制する。

「今後、もし君が私の前に現れるようなことがあったら、その時は問答無用で私のモノにする。嫌がろうが抵抗しようが、無理矢理にでも攫うから、そのつもり でいろ」
「・・・・・・・・・俺だって、抵抗くらい、できるよ」
「・・・私に敵うとでも?」

言葉を失った青島の前で、室井がくるりと背を向けた。
高貴な背中は、いつかのままで、何も語らなかった。
話が終わったことを、今更ながらに理解する。
勝手なことを言いたいだけ言い切った男は、一度も振り返ることなく、堅牢の奥へと消えていった。
青島の足は、一歩も動けなかった。









2.
ぬらりと唾液で光る口唇から押し殺していた息を浮かばせ、青島が拳で拭った。
目尻は甘く羞恥に染まる。

「・・・っとに、すんだ、あんた・・・」
「そんな顔で言われてもな・・・。すると、言っただろう?」
「雰囲気とか、シチュとか、ねぇの?」
「あるか、んなもん。いろいろ限界超えてんだこっちは」

青島の横に片手を付き、尚もギラついた気配を隠しもしない室井は、いつになく乱暴な言葉で鼻息を荒くした。
押さえ付けられた青島の身体が、少し震えている。

「ファーストキスじゃんか」
「・・・」
「なに」
「美人な女と夏の浜辺でとでも思っていたか」

室井が人差し指で、今しがた翻弄した下唇を知らしめるように軽く触れてくる。
せめてもの反抗に、青島は上目遣いで睨みつけてやった。

「こんな署内でなんて、想定外でね」

本当は室井の官舎にだって押し掛けてやったって良かった。
でも、自宅にまで踏み込むということは、ストーカーみたいだし、何より男のプライベートに身一つで踏み込むということはそうなってもいいというアピールに も見えて
流石に躊躇った。
なので、適当な用事を袴田課長から奪い取り、車をかっ飛ばして、堂々と本店に乗り込んでみた。
迷ったふりをして、ようやく室井を見つけた途端、室井に腕を取られ、近くの部屋へと連れ込まれた。
あれ、なんかこないだとデジャブ?
なーんて、余計なツッコミが青島の頭に浮かんでいる間に、閉めた扉にそのまま押し付けられ、室井に口唇を奪われた。

粗雑に、乱暴に押し付けられたにも関わらず、それは妙に長く深く遊玩され、ついには青島は口腔への侵入も許してしまっていた。
男に貪られるなんて恥ずかしいやら、照れ臭いやら。だが力が抜けるほどには、淫蕩させられた。
相手が室井だと思うと余計に顔から火が出てくる。
まともに目すら見れなくて、青島は口許に拳を充てたまま、赤らんだ目元を斜めに彷徨わせた。

「・・・何故、来た。来るなと、あれほど警告をしたのに」
「・・・・・・・シゴト」

青島の見え透いた嘘に、室井が攻寄るように身を寄せた。
微かに室井の匂いが青島に伝わってくる。
黙ったまま威圧する男に根負けし、青島は小さくぼやいた。

「むろいさんは、俺がいなくてもへいきなの」
「君を心に、生きていく。それだけが、私の、愛し方だ」

初めて、愛という言葉をこの男から聞いた気がした。
室井によって引き起こされた熱った身体が、まだ冷めない。
さっきの奪うようなキスが青島の脳裏に焦げ付き、もう一度あんな風に翻弄されたら溺れてしまうような、もう一度激しくされたいような、危険な誘惑がそこに ある。
良く解からない動揺が平衡感覚を失わせ、青島は返答に困った。
だが室井はそのまま、力を抜いて青島の肩に額を押し付けた。

「ったく・・・君は、なんで来るんだ・・・」
「あんたが・・・あんなことゆって、消えたから・・」

なんとなく咄嗟にそう答えたが、特に用意していた台詞ではなく、言葉尻は頼りなく途切れた。
肩に額を押し付け、困っている様子の室井に、青島はここにきて初めて、室井が本気で自分のことが好きなのだと思った。

本当にあの日以来、室井と話す機会はなくなった。
そもそも所轄は本庁と緊密に連携を取っているわけではない。
支配的な組織構造にあっても、事が起こらなければ縁のない世界だった。
そして、事が起こった時に関わり合いを持つ方が、目を付けられて自由度を失うのだ。

「君こそ。ここで会ってしまったということが、どういう意味を持つか本当に分かっているのか」
「分かってますよ・・・。ここで捕まえなきゃ、俺がこの先一生あんたを失うってことでしょ」

この先もずっと関わっていくことは、もしかしたら室井にしてみれば、厄介なことだったのかもしれない。
室井は、自分の出生について、あまり良い印象を持っていないようだった。

「あれからずっと、あんたのこと考えてたよ。出会った時のこととか、一緒に戦ったこととか。でも、答えが出せなくて・・・俺・・・」

室井が顔を上げ、至近距離で視線を捕えてくる。
その瞳は官僚ではなく、一人の男としての意味を問うものだった。

「青島、今度来たら、連れ去ると言った」
「・・・そうですね」
「君は分かってて来たのか?」

それはつまり、室井にしてみれば、青島さえ覚悟を決めればずっと一緒にやっていく気があるということだ。
なんだかおかしくなって、青島はへにゃっと笑った。
その意図不明の笑みに、室井が眉間を寄せる。

「そんな隙を見せるな・・・付け込みたくなる・・・」
「うん・・」
「もう、放せないぞ・・!」

青島の胸元を手荒に手繰り寄せ、室井が低い声で射貫く。
擦り切れるような鋭い口調に、問いかけの意味はなかったらしく、室井はそのまま胸倉を引き寄せ、乱暴に口唇を重ねてきた。
目を見開いたままそれを受け入れた青島は、そのまま手首を捩じられ、後ろ手に拘束される。

「重心は常に身体の中央だ。そんなんじゃいつまで経っても俺から一本取れないぞ」
「・・んっとに、あんた、色気もねぇ・・・」

壁に押さえ付けられた身体に室井が身を寄せ、間近で妖しく囁いてくる。

「君が何も分かってないからだ」
「そんなんじゃ、モテませんよ」
「・・・落としていいのか・・・?」
「さあ?」

特に抵抗も見せず、やっぱり無防備に笑ってみせる青島に、室井の方が肩の力が抜ける。
暫し、探るように青島を見据えていたが、室井はやがて参ったというように、双眼を伏せた。

「青島」
「ん?」
「青島、」

室井が瞼を伏せたまま、青島を抱きすくめるように身体を重ね、耳元に頬を寄せた。
しばらく黙り込み、室井はただ青島の気配を全身で感じていた。
後ろ手の拘束は外れない。

「これから、その躰に、俺を教えてやる。二度と、離れられなくしてやる」
「んんっ」

室井が諫めるように、青島は肌を吸い上げる。

「ここをどこだと・・」
「誘っているようにしかみえない」
「アブナイひとですよね。意外と」
「好きなんじゃないか?そういうの」

確かな答えは出せないままだったが、見つめ合った瞳は、確かなものを浮かべている。

「逃げる猶予は与えてやった。だから、ここから君は私の――」

一糸乱れぬスーツと、気品ある気配が、青島の動きを封じる。

「恋人だ」

耳に直接吹き込まれたフレーズに、青島は頼りない目で室井に縋った。
いいの?だいじょうぶなの?
たぶん、室井の抱える闇とか警察の暗澹とか、青島には分かっていない部分なんて、山ほどあるんだろう。
だが青島を得た室井は、もう動じることはなかった。
柔らかいキスで、青島に選択権が失われたことを伝えてくる。

「なら、ひとつだけ、俺からも約束してほしいことがあんですけど」
「・・・言ってみろ」
「勝手に消えてもいい、また裏切ってもいい・・・、最後の最後くらいに、俺んこと、思い出して」

その言葉に目を見開いた室井は、切なそうな顔に変わり、眉間を深め頬を強張らせ
次の瞬間、青島の腕を強く引き寄せしっかりと抱き締めた。












Happy end

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これは書下ろし。ラフから抜粋。

20210419