登 場人物はふたりだけ。両想い直後。当サイトでは珍しく、室井さんにメロメロな青島くん。というかばかっぷる?室井さん視点。
A面とストーリーに繋がりはありません。







ノックアウト~B面 室井慎次の誤算






「室井さん・・・俺たち、付き合ってもう結構経ちますよね・・・」

何を格好つけているのか、物憂げな表情で青島が憂いを帯びた瞼を伏せ、フッと気障な仕草で前髪を流す。
室井は首を傾げて手を止めた。

「ついにここまで来ちゃったか・・」
「一週間だが」
「違いますよっ、こう・・食事したり、お互いの家に行ったりとかっ、そこからカウントしてんの!」
「そ、そうか」

青島がぶんぶんと拳を振って地団太を踏む。
これまで純粋に上司部下として食事をしたり酒を飲んだりする仲だったが、先週室井は「いつか迎えにいくから」と言葉にした。
意図は正確に伝わったみたいで、室井としてはその日から恋人、もとい、婚約者くらいには昇格できたと思っていたのだが
青島の認識は違うようだった。

「言ってくれてなくても!俺としては、とっくにトクベツだったしっ、室井さんと、その、好き合ってるんだなって思ってたしっ」
「・・・」

確かに、隠しようのない爛れた情欲は、室井自身、持て余していた。
意味のある視線は周りにも気づかれるくらいで、こっそりと陰口も叩かれたものだ。
“所轄の男と出来ているらしい”“上に逆らいメス犬となった”“媚び売る先を見誤った”
まあ、その辺は言わせておけばいい。物証も出ない事案だ。本人にさえ気付かれなければ問題ない。
どうやら本人にもバレていたらしい。
青島にだけは隠したかった室井は片手で口を覆い、目を反らす。

「そんなに・・・俺は明け透けな顔をしていたか」
「まあ・・」

室井は眉間を寄せて絶句した。
目の前でほんのりと目尻を赤らめ、青島も髪を掻き回す。
目線が定まらない男二人、向き合ったまま立ち尽くす此処は、室井の官舎だ。

今夜も大分酒が入った二人は、仲良く並んで台所で片づけをしていた。
片付け、もとい、始末に近いと室井は思う。
青島が来ると、冷蔵庫の残り物が片付き、クローゼットの段ボールケースが一新する。
今夜も随分と食い散らかしたものだ。

室井が皿を洗い、隣で青島が受け取っては食洗器に入れたり、戸棚に仕舞ったり、布巾で拭ったりする。
仲睦まじい連係プレイは付き合う前からなんとなくルールとなっていることだ。

「このペアのマグカップ、すっごい使い込まれてますね」
「上京するときに持ってきた」
「マジで?何年モノだよ?もしかして元カノの忘れ形見とか言わないですよね?」
「言うか・・・両親からの餞別だ」
「へぇ・・じゃ、大事にしないとね。あ、こっちのお皿は、どこに仕舞えばいいですか?」
「ああ、それはその辺に置いといてくれ。君を送ったあと、私が片付ける」
「・・・」
「青島?」
「やです」
「?」
「きょ・・・今日、は、帰らない、もん」
「!」

背中を向けたままだったので青島の声が上手く聞き取れず、否、逆にはっきりと聞こえてしまったので聞き間違いかと思って、室井は流しっぱなしだった水道を 止めた。
途端、音がなくなる空間が緊迫する。
しまった、テレビくらい点けておけばよかった。

「今夜は帰らないって、言って来ちゃった、もん」
「・・・・・・・・・・・・・・誰に」
「署のみんなにっ」

室井は額に手を翳して天井を仰いだ。
それは一体どういう意味なんだ。そういう意味なのか?
混乱する室井の視界が眩暈を起こして、眉間の皺がいつもの三倍となった。

「・・・・バラしたのか」
「・・・バレてんです」

更に室井はふらつく足元を踏ん張り、奥歯を噛んだ。
なんということだ。
自分が知らぬ間に、事は随分と大袈裟になっているらしい。

「どうしてバレた」
「だからぁ、・・・あんたが・・・」

青島が言いかけ、頬を赤らめて睨んでくる。
室井は心の中で悲鳴を上げた。

そんっっなに私は分かりやすいか!そんなんで私はキャリアが務まるのか!いやそこじゃない、どこまでバレているんだ。聞くのも恐ろしい。

室井が恐る恐る青島にジト目を向ければ、顔を片手で覆った青島も、指先の隙間から目を合わせてきた。
しばし沈黙を保った後、室井は、それで、と、青島を促す。

「今日も行くってことがバレて、すっごい茶化されました・・・、どうせそんなことだろうとか、遅すぎるとか・・・、いろいろ」
「何故今日のことがバレた」
「あんた、言わなかった?神田署長が本店で仕入れた情報だ・・って」
「・・・」
「どっちから言ったんだとか、責任とれるのかとか、突っ込まれましたけど」
「同性ということについては」
「ん~・・・、そこは興味津々っていうか・・みんな揶揄い半分ですよ。今んとこ」

少しだけほっとし、室井は肩の力を抜く。
そこが一番心配していたところだった。
青島の相手が、こんな年上で男となると、仲間意識の強い所轄ではチームが乱れるのではないかと憂慮していた。
職場が違う以上、室井が庇うにも護るにも限界がある。
だが、青島にとって重要なのはそこではないらしい。

「室井さんのキャリア、キズもんにするわけにはいかないからさ、とりあえず、すんげえ仲の良い酒飲み友達ってことで押し切りました」
「・・・こじ付けたな」
「でも、一線超えるってどこからだって話になって・・・」

室井が腕を組んだまま眉間に指を当てる。
湾岸署の悪ノリが目に浮かぶようだ。一所轄の情報なんて簡単に漏れる。周辺界隈でどんな状況になっているのか考えるだに恐ろしい。

「どうせ越えられるわけないだの、室井さんは不能だの、ヘタレだから無理だの、やたら俺らを挑発してくるから・・・」
「乗ったのか」
「つい、よぉし分かった、今夜勝負かけてくる・・・って。言っちゃって」

馬鹿かー!
それじゃ身体の関係も匂わす間柄だって白状したようなものじゃないか。
というか・・・一線、越えてもいいのか?

不意に雄の焔を宿した目を向けると、青島も片手で顔を覆ったまま、指の隙間で、ちらっと室井を見返した。
その瞳には期待も不安も動揺も入り混じっている。
いいのか?という意味を込めて、しばらく視線を奪っていると、青島の頬がますます赤らんでいるのに気付いた。

いいのか?いや、これは、どうする?だな。

ふう、と大きな溜息を落とすと、青島が呪縛が説かれたように、俯いた。
言葉は発せず、丸っこい指先を玩びながら、食器棚に寄りかかって長く美麗な足を組んでいる。

言葉を待っているのだとは解かるのだが、室井はこういう時にかける気の利いた台詞など持ち得ない。
いきなり行動に出られるだけの自信もない。
お互い黙ってしまって、ただ室井も無愛想な頬を強張らせた。
中座した台所を発見、先に片付けてしまおうと、室井はスポンジを手に取る。人はこれを現実逃避という。
その仕草に、青島が何かを誤解した。

「やっぱ、まずい、ですよね・・・すいません、忘れてください。俺、今日は帰ります」
「待てッ」

慌てて室井はシャボン玉を飛ばしながら青島の腕を引き戻す。

「・・・いいから!」
「へ?」
「いいから。そこにいろ」

しばらく室井を唖然と見つめていた青島も、まだ赤い顔で力を抜いた。
室井に掴まれた腕を見下ろした後、そっぽをむく。

「じゃあ・・・お言葉に甘えて?」
「今夜は、帰らなくていい」
「!」

残りの皿に戻りながら、室井はそう付け加える。
いいんだな?
覚悟をしてきた、そう取れる話の流れに、室井は無心で皿を洗う。

いつまで待っても返事がないので室井が振り返ると、青島が見たこともないくらい真っ赤な顔をして横を向いたままだった。
短めに刈り込まれた髪のせいで、赤らむ目尻も頬も隠れていない。
口許を抑え、動揺した目でどぎまぎとしている。
こんな顔されたら、抱くぞなんて到底口に出来る筈もなく、告白の時と同じで、またもや遠回しな言い方になってしまったが
やっぱり青島には届いたみたいだった。
というか、室井の顔だって火が出そうである。

「返事は」
「・・・」
「早く言え。こっちだって恥ずかしさの限界を超えて心臓が持たない」

帰らないでそこにいるということが青島の答えでいいのか?

蛇口を閉め、腰に巻いていたエプロンを外し、室井は青島に近づいた。
いっそ強面となって迫力の増した高潔な男に、青島が不安気な瞳を合わせてくる。
髪の毛をくしゃりと混ぜてやれば、ようやく目許をほころばせた。
そのはにかむ顔が可愛くて、室井が手を伸ばす。
腕を引き寄せ、抱き締めた。
後頭部をくしゃりと混ぜながら、しっかりと抱き留めると、青島の手も室井の背に回されてくる。
心臓が破裂しそうだ。
顔を上げさせ、室井は口唇を近づける。

「・・ァ・・・ッ、あの、さ」
「なんだ」
「そっちはバレてないの」
「ああ・・、とっくだ。さもありなんって顔で晒し者だ」
「はは・・・」

こつんと額を合わせると、後頭部を抑えつけ、室井は目を瞑る。

「補佐に着任した――東大出の優秀な女性なんだが」
「うん・・」
「何かと君を目の敵にしている」
「美人?」
「そうじゃなくて・・・、君にもらった助言を口にしたり、君と現場に飛び出したりすると、口を聞いてくれなくなる」
「そりゃあ、俺たちの方が、あんまりにも上手くいくからでしょうね」
「――!」

見つめ合い、微笑み合い、室井は顔を傾ける。

「あ・・っ、ぁ、待って、それからさ、」
「まだ何かあるのか」
「他の・・・俺の知ってるキャリアさんたちって、何か、言ってました・・・?」
「アイツらこそ、今更って顔だ」
「はは・・・、今度会う時どんな顔すりゃいいんだろ・・・/////」

会わせたいような、会わせたくないような、複雑な気持ちのまま、室井が天上を仰いだ。
考え込むように青島の後頭部を掻き混ぜていた手を止め、青島の顎を持ち上げ、もう一度顔を近づける。

「あ・・ぇ、えっと、」
「何をする」
「何をって」

口付けようとする室井の口をばってんで塞ぎ、青島が上目遣いで探ってくる。

「だからっ、・・・いいの?」

室井は青島の片手を掴んで外し、握り返した。

「今更いいの?なんて聞くな。堂々と俺を巻き込んでみろ」
「ずるい。・・・あんたはそうやって、またひとつ、俺をときめかせるんだ」

青島は一度目を伏せると、溶けるように笑った。
照れ臭そうな、嬉しそうな、その無防備でありながら臈長ける笑みに、どうしてか、敗北感が室井の全身を駆け抜ける。
愛の告白に何故か渋面となった室井に、青島は染まる瞳を輝かせた。
誘い込まれるまま、室井が顔を傾ける。
すると、慌てた青島にまた口を押えられた。

「待って、・・ぇと、ぁ、あの、」
「何だっ」
「もうひとつ、聞きたいことが、えっと」

まだ聞きたいことがあるのか。
ちがう、これは――
もう待ちきれずに室井は青島に口付けた。









happy end

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蜜月のいちゃいちゃ。砂吐いてください。
ここは復刻シリーズですが、これは書下ろしです。

20210409