登 場人物はふたりだけ。片恋室青。デートマニュアルは豊富なだけに色々と探りを入れちゃうのが青島くん。
A面とストーリーに繋がりはありません。







デート~A面 青島俊作のトリセツ






1.
新橋から少し離れた居酒屋で軽く一杯を引っ掛けてから、若者がたむろするゲームセンターでUFOキャッチャーに没頭し
そうして束の間の休息を共にした今夜も更けていく。

「なーんか、こうして室井さんとメシ食うのも当たり前になっちゃって。なんだかな~」
「嫌なのか」
「気ィ合っちゃってるんですかね俺ら?ま、あんた友達も味方もいなそうですけど」
「・・・くだらない時間を過ごすくらいなら一人でいる方が楽なだけだ」

大きなお世話だとジト目を向ける室井の表情は硬い。
持ち帰った戦利品の内の一つ、焼き物のストーンが付いたキーホルダーを月に翳し、青島がより目となって覗き込んだ。
勿論本日の成果はこれだけじゃない。
元々青島はゲームの類は常連だったし、数学的な軌道を描く機器動作に的確な室井の指示で、黒いスーツの男が二人、UFOキャッチャーに興じる様子は
店内でもちょっとした騒ぎになった。
いくつかヒットしたぬいぐるみは、近くにいた女の子たちに青島が愛想良くプレゼントしていく。
高校名などを聞きだすことにも成功する土産話も、最早毎度のことだ。
青島の背後で渋面を崩さない黒い男に脅える少女らは、黄色い声で青島にだけ礼を言い、早く帰りなよの台詞に素直にスカートを翻す。

唯一手元に残ったキーホルダーは、艶めく陶器の付いた和製ストラップで、緋色と紺碧の二種類だ。

「最近の俺の記憶、室井さんで埋まってますよ」
「君が誘うからだ」
「断ってくれてもいいんですよ」

貴方だって二つ返事だったでしょと暗に突き刺す青島の言葉は、当然室井の魂胆も正確に撃ち抜いている。
中年同士、時間を潰しているのだから、傍から見たら寂しいオヤジには違いなかった。

「だぁってさぁ、最近夜遊びする時間もなくってですね」
「忙しいのか」
「事件って三つも四つも重なるんですね、特捜掛け持ちってどんな状況!?って思います」

前回のデートで室井が、掛け持っていた四つの特捜が終わったと話したことを引き合いに出すと
室井は双眼を伏せ、穏やかな顔を見せた。
青島が理解しつつある警察機構の実態が、嬉しくて仕方がないって顔だ。

ったくなぁ、んな顔すんだもんなぁ。

最初の頃は室井の許可をとるのに恐る恐るという様子だった青島も、今や同意もそこそこに室井を連れ回す。
青島としては、ほとんど駄目元で数を打ち、掠ればいいかなぐらいの感覚なのだが
的中率は意外と高い。
室井に酒を突き合わせれば、オプションとして遊んでもらえるというのが青島の認識だ。

「おかげ様で室井さんとばかり酒呑む機会増えちゃって。トモダチいないひとみたい」
「不良小僧が」
「室井さんは?つまんなさそ~なイメージですけど」
「・・・大学学士を終え東京へ出てからはキャリアとして生き残ることに精魂を費やした。よそ見している暇はない」
「うへぇ~まんまじゃん。学生時代は?」
「東北の片田舎に何かあると思うか?」
「なんかすいません」

肩を寄せ合い瞳を交わす、青島の人懐っこい顔は、室井だけが見られる無防備な笑みである。
トトンとリズムを取って、青島は弾んだ気持ちのまま地面を蹴った。

「じゃあ、今、遊べてラッキーですねっ」
「どんな理屈だそれは」
「たまにはバカもやりましょうよ。・・俺で良ければね」

ちょっぴり付け足した一言に、青島の大雑把な性格の裏の繊細さが透けている。
キャリアとして精進してきた室井の時間に、大変でしたねとか努力されているんですねとか、或いはご苦労されたのですねとか
そういう平たい感想しか漏らさないその他大勢もいるだろう。
だが青島にとっては打ちのめされても貫いてくるその姿勢こそが神々しい。
だから室井にはそんなことを間違っても言いたくはなかった。

「良くなければ、誘わない」

なんとなく横を盗み見れば、室井は月の澄んだ光の中で穏やかに頬を緩めていて、それを認めて、青島は足元を見る。
二人並んで歩く歩幅。同じリズムで奏でる靴音。

自分の意思でここにいるのだと素直に言えない室井の不器用さも、青島の前では簡単な計算式だ。
嬉しい気分そのまま、青島は、キーホルダーをふたつ、天に翳した。

「室井さん!どっちの色がすき?」
「男二人で揃いのものを持つのか?」
「だめなの?」
「・・・・」

ほんっとこのひと、堅ったい世界で生きているんだよなぁ。

たかがキーホルダーに過剰に反応する室井に抱く感想は、青島にとっては生真面目、だ。
もっと気楽に、もっと気軽に、遊んで捨てて振り回しちゃえばいいのに。
そんなことしたって、誰も責めない。

その辺りの反応に、青島は室井攻略の難しさをみる。
感触は悪くないんだけど。

多くを受け入れた方が柔軟性も出るだろう。が、この男がそれをすることはないのだろう。
それを見るとき、知るとき、青島の中に湧き上がる言葉に出来ない数多の感情は、生涯誰にも知られちゃいけない秘密と共に
ただひたすらに、カッコイイと思う。
カッコ悪いんだけど、カッコイイんだ。

ただ――・・・。
青島の片眉だけがへの字に曲がった。

こりゃ、こっちがある程度主導権を取らないと、小さな話さえ大ごとにされていく。
数百円の話が、この酒の席ごと玉座に接見した幕臣だ。
強ちそれは間違ってはいないのだが、今の青島にはそれを露骨に肯定することは避けたかった。
この分じゃ、友人付き合いさえ気の遠くなる話で、客人を望む前に、プロポーズさえされそうである。
これは数百円と居酒屋の話だ。

建設的な結論に至った青島は、手の平の二つの石をじっと見た。
足を止め、片手を差し出した。

「じゃあ、青い方!あげます。大事にしてくださいね」
「・・・・」

多少我儘でも、このくらいは言っちゃったもん勝ちだろう。

こうやって幾人もの女を堕としてきた香りは、同じ男として一方で室井がムキになってくることは、いつものことだ。
悪戯っぽく挑発してやれば、絶対断ってはこない。
それもまた、室井にとっては不服なものの一つの筈だからだ。
負けたくない。劣りたくない。その居丈高な態度を室井が見せるのも、青島だからということを青島自身知っている。

キーホルダーなんて、要らなきゃ捨てちゃえばいいのにさ。

それでも、きっと自分がこのキーホルダーを捨てることはないんだろうけれど。
案の定、諦めたように苦笑した室井は、子供の駄々を受け入れるように手を差し出した。
気高く開いたその男の掌に、ちょこんと紺碧のキーホルダーを置く。ダメ押しに、青島はにっこりと微笑んで見せた。

「これでまたひとつ、青春時代を取り戻しましたね」
「これで私は何を取り戻せたんだ?」
「甘酢っぱい思い出」
「・・・」

青島の目の前で、室井が小銭入れを取り出し、なんとそのキーホルダーを取り付けた。
律義な男に、可笑しくて首をちょこんと傾ける青島の眼が、驚きと共に嬉しそうに夜光に揺れる。
案の定、室井はキーホルダーを捨てなかった。
分かりやすい室井の本音は、こういうところに透けている。
こんなちっちゃなことが、ただ、それだけで青島は嬉しい。

胸の奥がじりりとする気持ちのまま、青島は歩き出した。
再び並んで橋を渡っていく。
夜風に海の匂いが混じる場所だ。

「次は何にしよっかな~?」
「次は何に付き合わされるんだ?」
「いろいろやりましたね~。室井さんの味覚も知れたし、室井さんのつまんない私生活も聞けたし、意外と頑固なとこも巻き込まれたし」
「悪かったな」
「あとなんだろ?あと試してないのは身体の相性くらい?」
「・・・やってみるか?」

聞き間違えたのかと思い、だが過剰反応するのも青臭く、青島は数歩、考えるように足を進める。
隣でも、同じように室井が一部の隙も見せずに規則正しい靴音を立てていた。
小さく横目で盗み見る。
室井と視線が合った。
――しまった。フェイクだ。

一片の感情も悟らせないいつもの室井が、青島の視線が向くのを待っていたかのように、足を止めた。
えっと、あれ、このひとってキャリアってやつじゃなかったでしたっけ?

「性欲が捌け口になるひと?」
「それで逃げ切ったつもりか?」
「・・・なにするつもりだよ?」

青島の透きとおるような虹彩が夜風に溶け込み、不意に神秘的な光沢を放つ。

そおだった。お綺麗で堅物の官僚かと思いきや、室井はこうやって時に青島の手応えを上回るときがある。
だから、青島は室井がいい。
ワクワクするような、ドキドキするような、熱い躍動感に魅せられて、だからそれは二人が互角で対等なんだと青島に教えてくる瞬間だ。

こうした瞬間をもっと見たくて、もっと知ってみたくて、自分だけが知る室井というものが増えていく度
それは青島の胸の奥に降り積もり、秘密を知ってしまったような、悪いことを共有した共犯みたいな、甘美で妖しいスリルと昂揚感を連れてくる。
室井もそうであってくれたら、もっと嬉しいというのが、可愛い下心だ。

下品な痴れ言に淡々と乗ってきた室井の言葉に、青島が優美に口端を持ち上げながら、ステップを踏んで室井の顔を窺った。
まさか室井が乗ってくるとは思わなかった。でも、乗ってくるなら、脈アリだ。
このくらいは想定内だと切り替えた青島は、青島らしい誰もが魅了してしまうような男の笑みを湛えた。

「官僚ってけっこーカゲキなんですね」
「そこで笑うか、おまえは」
「室井さんがワイ談するってことにびっくりしちゃって」
「・・・君が知らないことなど山ほどある」
「へぇ?知りたいって言ってほしい?」
「そうだな」

あどけなく問いかけた青島の言葉に、平素と変わらぬ素っ気ない応答に、青島は少しだけ声色を変えた。

「相性、どっちでしょうね?」
「悪くないと思っているが?」
「根拠は?」
「試せば分かる話だ。・・・教えてやってもいい、その躰に」

背後に張り出すレインボーブリッジに、ゆりかもめの最終列車が音を立て、通り過ぎた。
夜の空に光の河を描き、向き合う影の向こうに流れていく。
べえっと、青島が赤い舌を出し、くるりんとコートの裾を揺らした。

「そうカンタンには落とせませ~ん」
「駄目か」
「だぁめ、です」

数歩先まで歩いていた青島が、ぽんっとジャンプして橋の終わりに両足で着地した。
ポケットに両手を突っ込んだまま、肩越しに振り返り、室井を呼ぶ。

「帰ろ?」

室井は先程の場所からまだ動いておらず、闇に溶け込むように、佇んでいた。
じっと見つめ合った視線はお互いを探るもので、その空気は焦れるほど生温い風の中にあり、それが思ったほど洒落っ気のあるものにならなかったことを伝え る。
あれ?と思った青島の顔を認め、室井が漆黒の瞳を微かに爛熟した諧謔に変えた。
整髪料の落ちた室井の黒髪が小さく揺れ、室井は困ったように眉を顰めた。

「そろそろ、限界か」
「・・ぇ・・?」

青藍の大気に、気迫に呑まれた青島の殺した息が舞い上がる。
幽婉と室井が目を情の灯ったものに変えた。
朴訥としているから忘れがちだが、急にキャリア然とした高慢な男である室井は、獲物を逃す筈もなく、そのような素人くさい隙を与える筈もない。
半拍、間を置き――
白い月光だけが冴える桟橋で、青島の瞳の奥にうずく艶めきの影に吸い寄せられるように、室井が歩を進めた。

自分が主導権を握っていたつもりだった青島は、ただ室井を見つめ、立ち尽くしていた。
人通りも途切れ、誰もいない。
穏やかな呼吸が感じられるほど間合いを詰めた室井が、黒々と立ちはだかった。
長い指先が持ち上がり、青島の顎に、少し温度の低い指先が触れる。
その熟爛した動きに、青島の心臓がどきんと跳ね上がった。

「・・室井、さん・・?」

名を呼んだだけなのに、その声は妙に掠れ、青島は舌打ちをした。
その仕草に室井が目を眇める。

雄の色香が増した影に、大人にしか出せない色気と卓越した深みが、青島に室井も男だったことを思い出させた。
なんだか室井に見られていることも、室井の前でだらしなく襟元を寛げていることも、室井の視線が痛く、気恥しさに身体が震えた。
制圧される恐怖は、男としての矜持なのか惚れた負い目なのか、良く分からないまま、青島は視線を彷徨わせると
それを許さず、室井の指先が青島の顎に掛けられた。

「おまえのために、合わせてやっていたんだがな」

その言葉は、見事に青島を黙らせることに成功した。

急に、反則だ。
青島は舌打ちしたい気分で、室井を見つめ、思慮深げに眉を寄せる。
こちらが仕掛けていた筈が、仕掛けられていたことに、青島が気付く。

「誰とでも、こおゆうことしてるんだ・・?」
「おまえだけだ」
「・・俺と、トクベツに、なりたかったの?」

その問いに、室井が応えることはなかった。ただ何もかも受け入れてしまって、どうしようもないなって大人の笑みでゆっくりと瞼を落とす。
なにそれ。やばい。
欺くことに失敗した青島が、視線を避けて俯き、一歩下がり、見えない表情が戸惑ったような気配だけを夜の帳に残した。

「何言ってっか、わかってます・・?」
「特別になりたくない奴となんか、こんな風に時間は割かない」
「・・・マジか・・・」
「気付け」

室井の目が、大人びた憐憫に滲んだ。

全然、対等でなんか、ないじゃんか。
負けたくない。置いていかれたくない。意地を張るまま、同じ気持ちを同じ瞬間に抱いていると思っていた。
室井はとうに一歩先へ行っていて、とっくに全てを受け入れちゃってて、まるで共鳴するこの感情が恋だと認め切れない俺が、子供みたいだ。
悔しさよりも、情けなさよりも、今青島の胸中を満たすものは、目の前の室井の、強かでありながら、こんな不謹慎で不埒な感情を受諾し
それでも失わない貴族的なしなやかさだった。
その凄絶さに圧倒される。

いっそ青島の方が拗ねたような顔に変わり、青島を絡めとる指先にも傲慢な支配欲が透けていて、悔し紛れに呟く。

「俺・・・が、すき、かどうかなんて、あんただって知らないでしょ?」

せめてもの皮肉に、ゆったりと、初めて室井が眉を下げて微笑した。
その顔に、また青島の心臓が跳ねた。

「君の。・・喧嘩っぱやくて向こう見ずなやんちゃ坊主の相手が出来るのが、他にいるか?」
「それ・・・バカにしてます?それとも褒めてんの?」

いじけた声音で青島が頬を膨らませる。なんか今は、ものすごく子供になった気分だ。
警戒していた筈なのに、しくじった。
仲だってちっとも進んでいないことに、焦れていたのは青島の方の筈だった。
青島はもうちょっとだけこの時間を長引かせたかった。
それだけの、数百円の話だった。さっきまでは。

しかし、室井がそんな中途半端な考察を、由をする筈がなかったのだ。
くっそ。

四つ差が、今はひどく、遠い。
青島の心細そうな顔に合わせたように、海風が揺らす栗色の髪が頬を打つ。

「この先は、道ならぬ決意をさせることになる。それまでは待つ」
「んじゃ、俺が無理って言ったらナシになるわけだ?」
「!」
「じゃ、・・今回は止めときますか」

室井を口説き落とすのはわけなかったが、こんな風にこちらに選択権を委ねられるとは思わなかった。
急に告白めいたことを迫っておきながら、決断を青島に委ねる室井に腹が立った。
室井がこんな乱暴な決意をするわけがないと、どこかで高を括っていたところがあり、その隙を室井に見抜かれていたことも
まるで試されているようで、口惜しい。

大体、あんた、キャリアじゃんか。
本気なわけがない。
遊ばれて、捨てられるのは御免だ。

けれど、今宵の夜風に透ける室井の本音らしき欠片は、確かに青島が抱くものと同じ匂いがした。
お互い同じ想いを抱いて同じ失恋をするって、なんかそれも悪くない。
建設的な撤退だ。
都合の良い気がする理屈を、今夜の潮風に任せて青島は苦笑う。
戯言の夜は、ちょっとしょっぱい。けど、その哀しさも預け合えるのなら、俺は今の気持ちを否定しなくていいのかもしれない。

なんだか理屈にあっているんだかいないんだか、良く解からない力説も、室井と向き合ってすると妙に説得力が出てくるから不思議だ。

「帰りますよ?」

ったく、のぺーっとした顔だから、どこまで本気か判かりゃしない。
今度こそ本当に青島は背中を向けた。
が、冗談で終わらせようとした青島の予想を裏切った室井が、低い声で遮る。

「残念だが、後戻りする気は――ないな」
「へ?」
「誤魔化したくない。君には」

そう小さく付け足した室井の瞳が宇宙のように深い色を持った。
その余りの深い情愛を湛えた眼差しと、強い意志と覚悟が滲む言葉は、蒼い大気を味方につける。
しばらく室井を見つめ返し、だが、青島は返事をしなかった。

背中を向けた青島のコートが風を包み、その姿が夜に溶け込んでいく。――刹那、大股で駆け寄った室井に腕を取られ、男の力で振り向かされた。
バランスが崩れた流れで、この距離でしか嗅げない室井の清潔そうな匂いが噎せ返りそうなほど青島に迫る。

「ここで引き下がったら、君のことだ。本当に逃げられる。そのくらい、私でも分かる」
「ま、まった、まず待って・・・、」
「青島、私は」
「あああぁあっっ、待てってば・・っ。てか、その先は言っちゃダメです室井さんっ」

慌てて青島が空いている手で室井の口許を隠してしまえば、室井は目だけで廉潔な笑みを見せた。
どきんとして、思わずその手を外す。
宙に浮いた青島の片手を、空かさず室井に静かに盗まれた。

「そうやって、私を庇ってくれるのはおまえだけだ。だから少しは私も庇ってやる」

ニヤッとして、室井にしては性質の悪い悪ガキのような顔で、ほくそ笑んだ。
挑発的な青島の視線に、今夜の室井はたじろがない。いつもは隠される、図太く高慢な官僚を見る。
高潔な精神をもつからこそ、その信念にも情熱にも、嘘が吐けない。
なんって諦めの悪い人なんだ・・!

青島のトリセツにはこんな面倒臭い男は書かれていない。
恋愛下手で、深刻になりがちなタイプは深入りさせないように適度な距離を導き出して、軽くあしらって――
あしらえてないじゃん俺!

なんだよこの頑固さ。前だけを見て、不器用でも強引でも、諦めない。
ああ、分かっていた筈だった。知ってた筈なのに。
室井にとっては、最初から数百円のキーホルダーじゃなかった。


どうしたらよいか分からなくなって、強く見つめられる視線に、青島は無意識に縋った。
青島の顔を見つめていた室井が、その変化に小さく眉を寄せる。
同じ憐憫の色を知る瞳が、瑠璃色の大気の中で、最後のトドメを指すために、青島の手を握り返す。
初めて握られた手が、初めての知らない体温を知らせた。
すこし、冷たい。女の子とは違う、大きな手だ。知ってみたかったけど、知りたくはなかった。

「いいから。私が欲しいものは、たったひとつだけだ」

至近距離で告げられ、青島は不覚にも真っ赤になった。

色んなことを含めて、いいのかと青島が聞いた。
だが室井は、会話の内容にも不似合いな淡泊な態度で言い切った。
カッと赤くなって、うっと唸って、口をもごもごさせて、しばらく視線を彷徨わせていた青島が、やがて小さく項垂れた。

「・・はぁ、ギブアップ」

片手を上げる。

「観念します。俺がきっと先」
「・・・・」
「いいよ。もぉ、付き合いますよ、どこまででも」
「・・・・」
「無茶苦茶だよなぁ、・・・もぉ」

手を掴まれたまま、憎まれ口は力なく夜風に消える。
こんな顔してちゃこのひとにバレバレじゃんか俺。 逃げ切れるわけない。まいったなぁもぉ。
きっと室井には青島の気持ちなんて、最初から見透かしていて、その上で覚悟を決めてくれていた。かっこわりぃのはどっちだって話で。

室井がゆっくりとその手を解放する。でも、青島の丸っこい指先がくいっと室井の上着の裾を摘まむ。
途端、室井は身体の向きをぐるんと180度回転させ背を向けた。
目を丸くして青島が室井を見る。

「ぇ、ななななに?」
「・・・ちょっと状況に追いつけなくて」
「はぁ?」

そんだけ強気な発言してて?

「・・・・」

まあ、でも。

間を取って、青島の声が甘く室井を呼ぶ。
強張った顔だけが振り返り、躊躇うように伸ばされた室井の掌が、慣れない手付きで青島の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
目を瞑って、その粗雑な愛情を感じ取る。
アタマ真っ白で胸が痛いから、今はこれでいいや。きっと室井もそんな感じなんだろう。
だから、先のことはまた後で二人で考えよう。

「場所を、変えようか」
「っ」

思わずびくっと跳ねた青島に、室井が不思議そうな目を向けた。
赤い顔を更に逆上せさせた青島に、どうした、と室井の口唇が動く。

「だからっっ、・・・確かめに行くの・・?相性を」
「・・・・」

目を見開いた室井が、ぐいっと青島の腕を引き寄せた。
とんと室井の胸にぶつかる形で男の腕に囲まれる。

「そんな顔でそんなことを言うな」
「あ、あれ、違いました?」
「もう少し色々話せたらと思っただけだ」

後頭部を小突かれて、青島が安心したようにへへと笑った。

「どこかに連れ込まれんのかと思っちゃった」
「・・・」
「相性が悪かったらどうしましょうかねぇ?」
「・・・」
「室井さんはどっちだと思います?サイズの問題にしろ、長さの問題にしろ、ストロークの数とかも、あっ、それに前戯派とか後戯派とか、」
「ッ」

照れて口が止まらなくなってる青島の両頬を鷲掴み、室井が聞いてられないとばかりに問答無用でその煩い口を塞いだ。







happy end

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恋に仕掛けていた青島くんと、逃げたようで逃げてなかった室井さん。
表現で気をつけてるのは原作一途。欲のままに室井さんを欲しがる青島とか、好きも返せない室井とか、いない。

恋愛生物学5題のうちのひとつでした(初出:心象アイソトープ)(アイソトープ:同位体。原子番号が等しく質量数が異なる原子核)

20190716