登場人物はふたりだけ。仕掛けて相手の本音を引き出す方法。理詰めで追い込むのが室井さん
A面とストーリーに繋がりはありません。







偽証~B面 室井慎次の疑惑






ふわりと風が流れ、人工的な芳香がした。
冷蔵庫へビールを取りに行く帰宅したばかりの青島の後姿を室井の目が追う。
滅多に逢えない仲だが、付き合って半年、その間、彼が香水を付けていたことはなかった。
使うようになったという話もまだ聞いていない。
本来は使うような男だったのだろうかと、室井は視線を外さないままぼんやりと見つめた。

普段の青島は、一着に金を掛ける室井のファッションセンスとは異なり、一点物やマニア向けといった、質ではなく種類の拘りを見せ
それが妙に様になる男だった。
一言で言えば、大勢の人目を引く。
時計やバックル、リングなど、室井には縁のなかった装飾品を付けて現れる外デートでは室井をどぎまぎさせたし
それら小物にも彼なりの一貫したセンスが垣間見え、彼自身の魅力をより高めていた。
その中に香水というアイテムが含まれていても、然程不思議はない。

「・・・・」

しかし、少し甘さの残るタイプで、メンズパルファムにしては珍しい。


青島がビールを煽りながら、今度は着替えるためにクローゼットへと向かう。
ほぼ半同棲のような形となりつつあり、この部屋にも青島の私物が増えてきた。
最近はボディソープやシャンプーまで同じものを使う。
共有の生活用品が日常を埋めてくる。
限られた時間の中で、言いたいことや願うことは、言葉だけじゃないことに気が付いた。

スーツを脱ぎ、ラフな格好で室井の元へ戻ってきた青島が、室井の作業中だった手元のパソコンを背後から覗きこんできた。
寛げた胸元が屈んだ拍子に覗き見え、鎖骨が浮き上がっているのが男くささを惜しげもなく晒し、婀娜っぽい。
ふと感じる嗅ぎ慣れた煙草の匂い。
合わせて、香水の芳しさが更に強まった。

-誰かの、残り香だ-

「お仕事?」
「・・・ああ」
「まだかかりそうですか?」
「いや・・・」

生返事で応答する室井に軽く小首を傾げ、青島が曖昧に笑う。

満員電車などで触れたぐらいでは、第三者である室井が嗅ぎ取れるほど移り香が強く薫るとは思えない。
警察官という職務上、現場を汚さない目的で、香水の類は控えるよう指導を受けるはずだが
職務柄、取り調べや逮捕の瞬間に、他人と密着することは多々あり、気にすることではないかもしれない。
だが、日常で染み付いた残り香というものは、ほぼスーツ、シャツ等、当時使用していた着衣に付着するものであって
スーツを脱ぎ、ワイシャツも脱ぎ、部屋着に着替えて尚も薫るということは
肌に直接付いているということだ。
それはイコール、誰かと素肌で触れ合ったことを意味する。

「・・・・・」

薄らいだ記憶は決して存在しえない生々しさをもつ実体を、もう一度、今度は意識した感覚で室井は探る。
そんなことは気にも止めず、青島は室井が打ち込んでいた資料を興味深そうに、覗いていた。

同性同士というマイノリティな交際では、この関係はほぼ感情の合致のみに因って成立している。
好きだと言う恋愛感情がなければ、通常の男女交際のような、社会的地位や出産育児といった社会的責務の枷が無く
経済的に依存している事情もなければ、共に居る意味さえ疑問視されてくる。
もし、青島が浮気や心変わりをしていたら、二人の関係性は途端に、無意味で無価値なものに成り下がるのだ。
ましてや、滅多に逢えない仲だ。
逢わなくてもお互いの日常が成立してしまうのなら、この関係をそうまでして維持する意味も目的も消えてしまう。

「ビール。・・・呑みます?」

ある程度の理論武装をして、室井は自分の堅い思考を意識の奥深くに沈めた。
ただ眉間の皺だけが深まる。

「ムズカシイ顔してる」

青島の洩らした微かな溜息に、ハッと顔を上げれば、ビールを差し出している青島が首を傾げている。
柔らかそうなトパーズの瞳は美しい。
それが艶冶に染まる時、引きずり出される飢餓感は、青島の執着を欲しがっている。

「考え事?」
「いや・・・・」

ふわりと指先が伸びてきて、室井の眉間に少し冷えた人差し指が押し当てられた。
青島の体温が、点から伝わる。
そんな僅かなことさえ、室井をドキリとさせた。
どれだけ自分はコイツに侵されているのか。そして、試されているのか。

この半年の間に、数え切れぬほどその肌に溺れ、境目が分からなくなるほど肉を溶け合わせた。
細胞にまで刻みこんでしまったような彼の温もりも質感も、縋ってくる腕の直向きさも、全部室井のものだと思っていたのに。
全部、自分のものにしたのに。

意識に沈めた理論武装など、そんなのは全部、嘘ではないが建前であり理屈だ。
我儘を通し、青島を引き留め、愛を受け止めさせているのは、室井の方で、合意の上とはいえ、半ば強引に青島を繋ぎ止めたのだ。
もし、青島が別れたいと言ったら、手を離してやるべきだろう。

「じゃあ悩み事だ」

室井の座るチェアの背凭れに片手を乗せ、ビールを口に運びながらくるりと回って室井が作業していたデスクの縁に腰掛ける。
すらりと伸びた長い足が、宙ぶらりんに揺れ、無防備に至近距離を許す青島の、無造作に付いた腕からのラインが、鎖骨を綺麗に浮き上がらせた。
ふわりと指先が近づき、室井の眉間にちょこんと触れてくる。
室井の肌を人差し指で弄ぶ青島の体温が、じりじりとした熱となって室井の肌を焼いていく。
クラリとした。
この熱の中で永遠に溺れてみたくなる。

無意識に手を伸ばし、その身を引き寄せようと腕を掴む指先に力を込めた。
室井が何をしようとしたのか察した青島が、ほんの一瞬、身体に力を入れたのが分かる。

「じゃあね、ちょっと待っててくださいね、今風呂浴びてきちゃいますから。そしたら話――」
聞いてあげますよ、と言おうとした青島の手を力任せに手繰り寄せ、室井はいきなり立ちあがり、青島を掻き寄せた。

「・・・わ・・・っ」

腕に閉じ込め、首元に顔を埋めた。
やっぱり強く惑わす、香水の匂い。

突然の室井の変貌に、背中に片手を回して不完全な態勢を支えながら、青島が訝しげな声を出した。
強めに拘束している腕を解かず、顔を埋めたまま、室井がくぐもった声で詰問をする。

「どうして今日遅かったんだ」
「あぁ・・・、すいません、連絡入れられなくて・・・」

ようやく言葉を発した室井に、何処かホッとした様子で青島が応えてくる。
室井の背中をゆっくりと擦って、同じように室井の肩に頬を押し当てた。

「待ちくたびれちゃいました?」
「誰と会っていた」
「はい?」
「誰と何処にいたかを聞いている」
「むろ」
「何処に居たんだ?」
「何言って・・・・」

青島が回した手が緩み、動揺が走ったその瞬間。
自分でも驚くほど、唐突に、抗えぬ強さで、室井はどうにもならなくなった。
室井の手が青島の襟ぐりと袖口を引き、流れる動作で右足を絡ませる。
軽い、慣れた動作で、軸足を高く背後に払い上げた。

「ふ、わ・・・っ、・・ッ、・・・しま・・・っ」

そのまま床に二人、倒れ込む。
青島が持っていた呑みかけのビール缶が、中身を零しながら床へカラカラと落下した。
受け身も取れず、思わず眼を瞑った青島に、室井は青島に乗り上げ、優雅なその両脚に体重を掛ける。
反応が遅れ、室井を退かそうと伸ばした両手首を掴みかかる。
多少してくる抵抗を難なくいなし、室井は床に広げて縫い付けた。

「んっ、何す・・・っ」

今頃、驚きと怒りを露わにした青島が、いつになく真剣で無表情な室井の険しい顔に息を呑み、次の言葉を噤んだ。

「・・・・・」
「・・・・・」

し・・・ん、とした閑静さが空気の緊張を高めていく。

「放せよ・・・」
「・・・嫌だ」
「室井さん」
「まだ質問に答えてない」
「質問て・・・、聞かれる意味が分からないよ」

動揺を見せる瞳を見つめながら、そっと顔を近付け、緩められた首筋を室井は尖らせた舌先で辿った。
殊更ゆっくりとなぞる焦れた仕草に、ぴくりと身体を奮わす青島の反応を尻目に、次の瞬間、室井はかなり強く吸い付いた。

「・・・ィッ・・・」

そのまま歯を立て、鎖骨を甘噛みする。

「・・ゃ、ふざけッ・・・っ、ちょ・・、室井、さん・・・っ」
「無意識か」
「何がですか・・・ッ」
「残り香を付けてるぞ、おまえ」
「え・・・・」

元々開けられていた第二ボタンの下のボタンに、室井が歯を掛ける。
くるりと噛んで外した。
少し汗ばんでいる肌理の細かい若く瑞々しい肌が、青島自身の熟れた果実のような芳香を持ってシャツから肌蹴け、室井の眼を誘う。

「心底惚れた相手が、何の連絡もなく遅く帰宅し・・・、嗅ぎ慣れない香水の匂いをさせ・・・、そのまま触れさせもせずに風呂で洗い流すと言われれば、 誰だって冷静じゃいられなくなる」
「!」

乱れた服の間に顔を埋め、青島の艶肌の胸元を、室井がゾロリと舐め上げる。
体重だけでは大差ない二人だが、的確な関節を攻める抑え込みに、経験の浅い青島では抜け出すのも容易ではない。
上に逃れようと反り返った喉元に、室井が歯を立て嬲った。

「・・・ぁ・・・っ、ンッ・・」

押し殺した声が上がり、四肢を床に縫い付けられた青島の身体は、室井の下で敏感に反応し、背筋が床から微かに浮く。

「・・くそ・・・ッ」

必死に身動ぎするが、服と髪を乱すだけで抵抗にもならない。
徐々に上がってくる荒い息遣いが、誘っているようにも挑発しているようにも見える。
その誘惑的な嬌態に、室井の胸が言い尽くせないほど軋んだ。

香水は、体温でラストノートを強める。
ムスクやホワイトウッドの官能的で温かみのある香りが、性の誘惑を仄めかし、男の嗅覚と本能を目覚めさせるのだろう。
見え透いた、そして手頃な催淫剤だ。

花に誘われるように、半分以上肌蹴た鎖骨から胸元へ舐め取るように舌を這わせた。

「んぁ、ゃだって・・・!」
「心も奪われたか」
「他の・・・ッ、選択肢はないのかよ・・・っ」
「服ではなく肌に付いている香水に、どんな可能性が?」
「は・・・っ、・・ぁ・・・・、裏切るよなこと、してません・・・っ」
「具体的に、おまえが言う裏切るとはどこまでだ」
「・・・・っ、そこまで疑ってんのかよ・・・!」

キッと下から睨み上げてくる眼差しは、強気な光を失わず、蛍光灯を反射して実に蠱惑的に揺れる。
この宝石のような瞳が、ベッドの中で幾重にも色を重ねるのを見るのが、室井の性感を淫らにも獣的にも刺激するのだ。
香水なんかより、ずっと。
青島の瞳の深さが、室井を賢者にも愚者にもする。

室井は不安げな色を混ぜる瞳を、魅入られるように上から覗き込んだ。
青島の匂いに香水の残り香が混在していく。

「他の誰かに捕られるくらいなら、と思ったことは一度きりではない」
「どうする気・・・?」
「いつか、惚れた相手が出来たと君に打ち明けられる日を恐れた。君のために手放してやれるかと、自問した」
「・・・・」

返事を待たず、室井は押さえ付けている両手を青島の頭上で纏め、片手で強く絡める。
両脚にはまだ室井の足を乗せたまま、頤を固定し、常人よりも形の良い青島の顎のラインを舐め上げていく。

「・・・・んんっ・・・・っ、・・ぅ」

耳朶を歯を立てながらしゃぶると、縫い付けられたままの青島の躯に力が込められ、室井に晒すように横を向いた首筋が綺麗なラインを描いた。
前髪が汗で束になっていて、額から崩れる。

「君は本当に敏感だな・・・いい反応だ」
「何で・・・、何で、今更そんな下らない嫉妬するんですか」
「下らない、か・・・。そうだな、君にとっては下らないことかもしれないが」
「俺にあれだけのことしておきながら、まだ何が不安なの」

少しだけ悔しそうな、決して屈しない瞳と生命が、美しく危うく、だからこそ幾度抱いても、どんなに抱いても、零れていってしまう気がする。
手に入れたという実感がない。

逢えば必ず下肢が砕けるまで抱き、朝まで離すことはなかった。
躯の奥深くまで貫き、そこから溢れる狂いそうな快楽と、確実にひとつになっている、官能と安堵感。
どんな女性を抱いても得られなかった未拓の一体感がそこにはあった。
それらを頭ではなく躯で知ってしまって、自らの与える刺激に悶える彼の熱さを憶えてしまった今
それを手放しリセットすることなど、室井にはもう想像も出来ない。

その美しい宝石が、透明な光を纏って搔き乱すように室井を映す。
動揺というよりは、困惑している青島を見降ろし、室井はフッと口の端を持ち上げるだけの、性質の悪い笑みを滲ませた。

「室井、さんっ」

青島が怒ったように睨み上げるが、それすら室井を雄として興奮させた。
そのままベルトを抜き、ジッパーを下してスラックスの中へ手を差し入れる。

「ァ・・ッ・、ヤだ・・・っ!」
「おとなしくしろ」

中心に緩く手淫を与えれば、押さえ付けたままの開かせた太股が痙攣するように躍動した。

性の刺激に容易に囚われ、声を堪える貌は、自分しか知らない、そして室井が教えた貌だ。
半分勃ったそこを慰めながら、身動ぎしたために露わになっている胸元に口唇を下ろし、胸の突起を舌で押し潰す。
青島の匂いに混じる妙な人工香が、何処までも凶悪な気分にさせる。

「こんなの、違・・ッ」

若い肌がほんのり桜色に染まり出す。
ようやく妙な満足感を得て、室井は肌を暴いていた貌を上げ、下肢への手淫はそのままに、歪ませる青島の顔を覗き込んだ。
じっと見下ろすと、その視線に気付き、青島が虚ろに目を開ける。
少し潤み始めた瞳が、幾つもの星を抱く宇宙のようで、儚く無限で、広大に広がる。

「君を正しい世界へ戻してやるのが最後の務めだろうと。大切ならば」
「・・・大切?」
「そこまで見送ってこそ愛が完結される。その心構えを造る努力は常にしていこうと決めていた」
「・・・結果は?」
「無理だった」

青島の額に浮かぶ汗を口唇で拭う。
黙ったまま、青島はもう何も言わない。

「檻に閉じ込めてでも俺はきっと君を手放せない。君を不幸にすると分かっていても、もう、止めてやれない」

逃がしてやれない・・・と、目を伏せながら耳元に吹き込み、耳朶をぴちゃりと音を立てて食ばんだ。

「最初は何処かで逃がしてやるつもりだったのにな」
「・・・・・」
「時期が・・・・・来たら・・・・・」

片手の拘束を外さず、手淫を強め、胸元に強く吸い付くと、肺から押し出される荒い息と共に、肋骨が美しい彫刻のような造形を描いて背中が浮き上がる。
狂気染みたあからさまな独占欲を隠しもせず、虜となっている真珠のような肌に、下から何度も舌を辿らせた。
青島の肌は、三十路も過ぎた男であるにも関わらず、若く滑らかに、淫らに室井の雄を誘い込む。

んもぉ、と、青島が甘やかすような陥落した声で、喉仏を無防備に晒した。

男相手に、青島が躯全てを預けるように開いてくれることが、何よりの証拠だと分かっているのに
零れ落ちていきそうで、乾いた心が、何度も何度も肌の匂いも、手触りも、溶かし合う身体の奥も、確かめ合う。
青島を感じている時だけ、室井は束の間の休息と、隔離された癒しを得られるのだ。

「――どうして、女だと?」
「このフレグランスは女物だ」
「・・へぇ・・」
「何ならメーカーまで当ててみせようか」
「マジで?」
「警察官を舐めるな」

執着していた肌から顔を上げた室井を、降参という顔で全てを晒したように、青島が見上げてくる。
抵抗を止め、身体の全てを室井に委ね、無防備に晒してくる。
荒い息を残す口唇を、紅い舌でペロリと舐める仕草に目が釘付けになった。

「俺に・・・・あんたの味を憶えさせたのは誰でしたっけね?・・・今更なかったことにしろなんて方が都合が良いんじゃないの」
「・・・・・」
「ヤるだけヤって、捨てる気?」
「悪徳業者みたいに言うな」
「悪徳なのはどっちだ」
「・・・浮気の匂いをさせているのにか」

もう一度首筋に鼻を埋め、室井は今度は柔らかく歯を立てる。
すると、甘い吐息を漏らしながら、今度は青島が室井の耳朶をぴちゃりと舐め上げた。熱い吐息が吹きかかる。

「なら・・・・消せよ・・・・あんたで・・・・」

ささめく青島の声が巧みな妖しさを帯びる。
ざわり、空気の色が変わった。

「・・・煽るな。手酷く自分のものにしたくなる」
「すればいいだろ」
「・・・ッ!」
「全部、確かめてよ俺んこと・・・・あんたの全部で」

強請ってくる瞳は一心に室井だけを映し込んでいた。
室井が目を見開く。

「浮気、ねぇ・・?俺だったら浮気なんてさせないくらい夢中にさせますけどね?」
「・・・・」

嗚呼、もうこれが嘘か誠かなんて、どうでもいい。

「いいのか・・」
「好きなだけ抱いていいって、いっつも言っているのに」

青島が何ともたおやかに笑った。
果たして、参ったのは、どちらなのか。


ややして、青島が顎を少しだけ反らせ、紅くふっくらとした口唇を室井へと差し出すようにして、キスを強請る。
余りのその破壊的な仕草に、躯の芯が熱くなるのと同時に、瞼の裏も胸の奥も熱くなる。

愛の言葉が零れ落ちる前に、憎まれ口が口を吐き、室井は誘う口唇に自分の口唇を重ねていた。

















Happy end

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二人の違いってこういうところに出ますよね。とりあえず付き合ったら室井さんって独占欲は高そう。そして青島くんにメロメロ。
数奇な運命5題のうちのひとつでした(初出:それでも私は、優しい君を道連れに )

20150725