登場人物はふたりだけ。仕掛けて相手の本音を引き出す方法。勘で挑発に出るのが青島くん。
B面とストーリーに繋がりはありません。
偽証~A面 青島俊作の疑惑
1.
沿道に並ぶ紺地の制服。無線機に入るノイズ交じりの指示。
野次馬の歓声が蝉の鳴声さえ掻き消した。
最高潮に達する直前の、浮き立った群衆は手が付けられないほどのエネルギーを凝縮する。
朝陽が射し込む方角から、はためく国旗と群衆の奥手に、黒光りする車が威風堂々と隊列を組んで進んできた。
ぶわっと、大気が膨れ上がるように観衆の歓喜が破裂する。
青島の立ち位置はエントランス近くだ。
次々と車が横付けされれば会場の緊張もボルテージも最高潮に達した。
自分の声さえよく聞こえない。
指紋一つない、高級車の後部座席の扉を次々と白手袋を着用したホテルガードマンたちが開け、格式高いフォーマルスーツが次々と降り立った。
颯爽と現れてくるのはどれもテレビやメディアを騒がす見知った高級官僚や著名人たちばかりだ。
警備の応援に駆り出されたが、これはこれで悪くない。
青島は帽子を目深に被り口端を持ち上げた。
人手が足りないからと湾岸署が警護の要請を受けたのは昨夜遅くだった。
夜勤で渋る青島に、袴田は「じゃ、朝はそっち行ってね」と、押し付けた。
とっくに返却していた懐かしの警官服に全身を包み、首元までしっかりと正しているせいか、いつもより律義な窮屈さを感じる。
それでも、随分とフレッシュな気分だ。
初夏の陽気に相応しく、何かが始まりそうな予感に、青島の表情も密かに緩む。
せめて襟元を緩めようと指先でネクタイを触ったところで、だが、青島の第六感が惨烈な気配を伝えた。
なんだ?
神経を集中し、青島は辺りに気を配る。
周りはまだ誰も違和感に気付いた様子はない。
刹那、何か光るものが視界に入った気がした。
青島が視線を変えたせいで人混みの中の時計が太陽光を乱射したのが目に入ったのだ。
ハッとする。
目を眇め、注視した視線の先。
その人物は手に野球ボールほどの石を握っていた。
投げる気だ。誰に?
目の前には今ゴシップ誌を騒がせている大物政治家。そのすぐ後ろには馴染みとなって久しい男の姿。
「下がって・・!!」
叫ぶ声は届かない。
青島は持ち場を離れ、ターゲットであろう大物政治家の腕を引いた。リズム良く息を合わせてきたSPに続きを任せ、青島は迷いなく室井を突き飛ばす。
投げ込まれたブロック片ほどの石がコンクリートで叩き割れ、弾けた欠片が円状に飛散する横で
犯人に警官が山積みと圧し掛かり、歓声は悲鳴に変わった。
金切声に引き裂かれた付近は大混乱となり、待機していた警備の人間がやってくるのが見えた。
全ては一瞬の出来事だった。
2.
「ああいうときはまず通達が先だろう」
「んな悠長なこと言ってたら間に合わないんですよ」
「間に合ってないじゃないか」
「・・・・・・ねえ?」
用務室で休憩を取っていると、閣議をこっそり抜け出した室井が様子を伺いに来た。
他人事のように笑う青島に、室井もさもありなんという顔で肩を竦める。
「持っていたのが石ではなかったらどうするつもりだったんだ」
「SP、さすがっすね」
「あのSPはいきなり飛び込んで来た君を不審者だと思ったんだ」
「ソレほんと!?」
随分と久しぶりに見る男を、丸い回転椅子に座ったまま青島はこっそり盗み見た。
相変わらず、堅苦しいくらいかっちりとした男だ。
この初夏の陽気に、正装したフォーマルな姿は凛として、どこか格式の高さを思わせた。
こんな男とかつて、やんちゃをして一緒に降格処分と減俸を喰らっただなんて、一体今は誰が信じるだろう。
「警服、ひっさびさに着たんですよね」
「似合っているとでも言ってほしいのか」
「割としっくり来てると思ってるんですけど。俺、新人に混じっても違和感なくない?」
あどけない青島の軽口に、室井の気配がほんの少しだけ和らぐ。
「今更ひよっこに戻りたいのか?」
「気合い入るっていうか、俺の原点っていうかね」
「そうした結果がアレか」
鋭く指摘され、照れ笑いを浮かべて青島が、したり顔で視線を斜め上に逸らす。
何が照れ笑いなのかも分からず、分かりたくもない室井はただ見据えるに留めた。
「ちょっとカッコ悪かったです」
「そうでもなかった」
あの時。
青島が室井を突き飛ばした――というか、飛びついた瞬間に、室井は青島の二の腕を掴んで抱き込んだ。
そのまま身体を捻って地面に受け身を取った。
真横に、石の欠片が鈍い音で落下する。
別の角度からも、コンクリ片が投げ込まれていた。
敵は一人じゃなかったのか。
抱きすくめられ、驚く間もなく、折り重なるようにして倒れた二人に、勿論石は一つも当たらなかったが
飛び掛かってきた人物が青島だと何処で気付いたのか、室井は青島こそを庇うようにあの場で身を挺した。
青島は室井によって庇われてしまったことで、面目も立たず、飛び掛かる直前飛んできた石を素手で払って負った傷と
自分で転んだ拍子に擦り剥いた腕と額が、今回の武勲である。
「かっこ悪ぃですよ。あんたを護れなかったんだから」
「私は無事だ。君たちよりは訓練している。こっちこそ君に怪我一つ負わせるつもりもなかった」
「~~っっ」
このひと、どうして素面でこんなこと言っちゃうんだろ。
室井にとって今も世話の焼ける落第生のままであることが忌まわしい。
護ることくらい、かっこよくさせてほしかった。
こんな失態に、そこはかとなく嬉しそうな顔もしないでほしい。
折角久しぶりに逢ったって、これじゃ。
所詮、錆び付いた友情ごっこが、青島に身の程を知らしめる。
朴訥で毅然とした室井の、本来は押し隠されているどうしようもないくらいの優しさに触れた時、青島は素直な気分を憶えさせられた。
だからだろうか、いつもは意地を張る本音もつい、零れ出た。
「俺が、護りたかったんですよ」
「私のために無理はしなくていい。・・が、気持ちは汲み取っておこう」
「ちぇ~、上から目線」
「・・・なんだ、不満か?」
「そんくらい、させてくださいよ」
「・・・」
「そんくらい、も、だめですか」
室井が黙ったまま青島に近づいた。
急に詰められた不自然な距離が、音を失う。
「こんな怪我までして・・・馬鹿が」
躊躇うまま、包帯の巻かれた青島の額を室井が長い指先で辿り、それから壊れ物に触れるかのように、青島の頬の傷にゆっくりと触れた。
神経質そうで、細長い、美しい男の手だ。
まるで慈しむようなその動作に、青島はどうしてよいか分からなくなる。
こんなに優しくされる覚えはない。
でも思い起こせば、室井が青島に触れるときはいつも、繊細だった。
久しぶりに逢ったのに、あまりに変わらないこの空気感も、奇妙であることを感じさせない歪さが、恐ろしくもある。
申し訳なさと、ごくつぶしな自分に、動揺は虚しさにとって代わり、青島は片手でそっと室井の手を払い除けた。
・・と、小さく、払い除けた筈の小指が触れ合う。
青島の丸い指先がぴくりと揺れる。同時に室井もビクリと手を退けた。
「・・・ぁ、ごめ」
「――いや」
ぎこちない空気に変わった至近距離で、漆黒の瞳が少しだけ見開かれた。
じりじりと灼け付くような視線は、あの馴染みの温度を湛えていた。
どちらからともなく視線が外せなくなる。
同じ、色の温度だ。
その先にあるものを、見ぬふりをして、見る度思い起こされて、それでも竦んだように身動きを取れなくなって
佇む世界に甘んじている。
お互いに。
自分から壊したくはなかった。
室井は官僚であり、桁違いの身分だ。
室井が言ってこないことに、ほっとしているのも確かだった。
この馬鹿げた友情ごっこが、最上の及第点なのだ。どちらにとっても。
でも、この先、俺は一体このシーソーゲームをどうしようとするんだろう。
途端、ゾクリと悪寒が走って、青島の視界が暗くなる。
今度は怖くて、視線が外せない。
外したら、嘘になる。嘘?何が?
縋るような脅えた目線に変わった青島に、室井の漆黒の奥が微かに焔を強めた。
「生傷が、絶えないな」
「・・・そう、ですね・・・」
室井にしては穏やかに笑み、そっと手が離れていった。
多分、室井にしてみれば、これでも迂闊だったのだ。
「そろそろ失礼する」
確かにここにあるのに、何もなかったまま平静を装い、誤魔化し合って、この先どんどん遠くなるこのひとの背中を見送って。
ぎこちなく下げた握り締めた室井の拳が膝のあたりで堅く閉ざされていた。
そのまま室井が背を向ける。
まっすぐに凛と伸びたそれを、青島の視線はただ追った。
「室井さん・・」
「・・・なんだ」
呼び止めたのに、室井は振り向かない。
「今日は早く帰って休め。うまいもんでも食うといい」
「そう、ですね・・・」
室井が望んでいるものを正確に汲み取って、青島は小さく微笑んだ。
ありがとうございますと呟けば、その高潔な背中が、少しだけほっとしたかのように緩んだのが分かった。
こんなにも隙がないのに、時折見せられる余白のようなものは、室井が青島には気を許している証なんだろう。
だけどこんなにも確かなものが嘘だと握り潰される人生を、室井は生きている。
それが突然、切なくなった。
その目で見て感じて得た息吹まで嘘にされるのは、あんまりだ。
俺ではなく、室井の抱いた感情はいつも無意味だと切り捨てられる。
あれも、それも。これも、どれも。なにもかも。
「俺・・・あんたが隠しているもの、知ってる・・・」
思わず青島の口から言葉が零れ出ていた。
瞬時、室井の背中が殺気立ったのを感じる。それが青島の確信になった。
「これからも、なかった・・ことに、するの、それ」
「・・・」
「俺にも?」
「・・・・なんのことか分からないな」
「あんたが望む形を俺も付き合うつもりですよ。でも、それだって無駄なものじゃないって、知っててほしいです」
「・・・」
「人の感情は、無駄じゃないですよ」
室井の生きる世界は、いずれもっと苛酷な孤独の世界となる。
座る椅子の居心地が良くなるほどに、敵味方の区別が付かなくなる。
こんなに自己完結して、突っぱねられて、独りで生きていける室井に、俺でも役に立てることはあるんだろうか。
室井の視界に、本当に青島はいるのだろうか。
「無駄なものだろう」
「そんなことない・・!」
思わず口走れば、高潔な背中に激しい怒りのような感情が迸ったのを感じた。
殺気立つほどの気配が、室井の抱え込む激情の烈しさを伝えてくる。
きっと、俺以上にこのひとは、こんなことを何百回と考えたのだ。
そうさ、言ったって何も変わらない。そんなこと、分かっている。
変えられない。俺たちの関係は何も変えることなんかできない。
それでも。
「あんたを気遣うひとだっているんだよ!」
「気安く分かったようなことを言うな。責任も取れないことは簡単に口にしない方が良い」
「責任って?目の前のもの見て見ぬふりをすることがオトナってこと?なかったことには出来ないんですよ」
こんなものにまで制限される室井の人生に、青島の中で同情と憐憫が入り混じる。
「そうだ。口に出してしまったらなかったことには出来ないんだ」
「ここまできて隠したってもうどうにもならないだろ・・っ、まだ隠すのっ」
室井が振り向き、凛冽に立ち尽くした。
その瞳は、光さえ嫌う黒々としたもので、険しい顔は、多くを物語らない。
「そやって忘れて、またイイ顔して。あんたの人生ってなに?」
「君に私の苦労が分かるのか・・!」
つられて青島が室井の胸倉を掴んだ。
立ち上る高潔なオーラに呑み込まれそうになる。でもそれを、青島は歯を食いしばって持ちこたえた。
俺がここで簸るんじゃだめだ。・・・室井のために。
漆黒に広がる闇を、青島は破裂しそうな想いで見つめた。
「・・・言えば?」
「言ってどうなる」
「だよね、あんたはそういうひとだよね」
「・・・・」
届かない?俺のこの言葉も、思いも、みんな無駄?
このひとを救いたい、ただその想いだけで青島は室井を挑発する。
「でもそれ、一人抱えているうちは、あんたも大した男じゃない。んなの、ないも同然なんだぜ」
「それは私も望むところだ」
「・・・っ」
きっと後悔しているのだと思った。その感情も、出会いも。約束も記憶も、そして、疎ましく思っているのだと分かった。
青島ごと、切り捨てようとしている。
あんなふうに俺んこと護ったくせに。
突き放すような室井の責めに、青島の気勢が僅かにたじろぎ、陰る。
「放してくれないか」
「そやってすぐ逃げるんですね・・また」
言葉もなく、鋭い動きで室井も青島の胸倉をつかみ上げた。
首が絞められ、息苦しさに青島の端正な顔が歪む。
怯む気持ち裏腹、青島は虚勢を張る。
「私の何が分かる」
「お節介なことは分かってます、けど、独りで苦しまないでくださいよ・・・」
「君は関係ないことだ」
さっと青島の顔が強張り、口唇を噛んだ。
――互いの胸ぐらをつかみ合い、至近距離で見つめ合いながら、低音でささやかれたそのセリフに、青島の悲哀が抜け落ちる。
落とした視線の先に、青島の前髪が覆われた。
出過ぎた真似を後悔するその前に、二人の間柄も歴史も過去も全部要らないと思われてる気がした。
「俺じゃ、役不足ですか」
「・・・」
「俺の、・・・勘違い?」
「君に後ろめたいことは持たない主義だ」
「この先もまだ知らないって言い張るの」
「・・・必要なことだからだ」
しばらく睨み合い、そして青島は、くしゃくしゃと髪を掻き混ぜる。
「ああぁぁ~もぉ!分かってたよっ、あんたがそうすることは!」
「ならいいだろう。この話は終わりだ」
「・・・・帰ります。あんたに怪我なくて良かった」
「・・・ああ」
「引き留めもしないんだ」
ムリに口端を持ち上げ、青島は最後の嫌味を突きつけた。
ゆっくりと手を放せば、室井も力を緩めた。
愛情も友情すらもない、薄っぺらな間柄だ。
これじゃ、腐れ縁ですら、胸張れない。
俺はその雑魚と同じなんだ室井の中で。
苦しいから、要らない存在だ。
「でも俺は、捕まるなら、あんたが良かった」
勘違いしていたのはいつだって自分の方で、正確には確かにあるであろう熱も慕情も、室井にとっては押し殺すべき厄介な感情で。
それをお互い確認しあったところで、確かに生産性もない。
分かっている。
解かっていた。
決めた男にかける言葉はない。
青島は背を向けた。
「青島」
「――俺にアクセル踏ませないで」
振り返りもせず、青島はドアノブに手を掛けた。
突如、足音がし、大股で駆け寄った室井が青島の開けかけたその扉を片手で閉める。
苦情が口から出る前に、その二の腕を乱暴に掴まれて振り向かされ、そのまま掬い上げるように室井が青島の半開きの口唇を塞いだ。
息も吐かせんばかりに室井が青島を力任せに扉に叩きつければ、青島の喉が苦し気に呻いた。
「これ・・っ、でも!まだ知らないって言い張るのかよ・・っ」
跳ね除けようとした手首も掴んで、室井は閉じた扉に押し当てた。
Happy end?

二人の違いってこういうところに出ますよね。本当は黙っている筈だったのに、青島くんがあんまりに悲しそうにするから、プッツンきちゃった室井さん。
青色3題のうちのひとつでした(初出:冷たく透ける海)
20180502