登場人物はふたりだけ。別れを選ぶふたりのお話。ラブラブエンドではないのでもやもやします。青島くん編。
B面とストーリーに繋がりはありません。







サウダージ~A面 青島俊作の結論






室井が目覚めた時、隣には誰もいなかった。
布団は半分、すっかりと冷え切っており、誰かがいた痕跡さえ朝闇の中に消している。
もそりと起き上がり、室井は垂れ落ちた前髪を掻き上げた。
重力のある溜息と共に、何も身につけていない素肌にシャツが流れ、ベッドサイドからタオルケットが落ちていく。

もそりと抜け出した。
部屋を全部回ってみたが、誰の影も無い。
全てが夢だったかのように消えていた。

「くそ・・・っ」

室井は再びベッドに腰を下ろし、悔しそうに舌打ちをした。


****

昨夜、まともな承諾を得たのかどうか、滾る欲望のままに青島を抱いた。
確かにこの手で抱き締め、若く瑞々しい肌を暴いた生々しい感触が指先にまだ残る。

見つめ合う瞳は甘く、酩酊の中に溶け込まされ、軽蔑の言葉を聞きたくなくて、何度も何度も口を塞いだ。
逃げなかった。逃げられなかった。
それを口実に、幾度も甘く口唇を擦り合わせては、身体を寄せて。
組み敷いた時、少しだけ怯えたような瞳をしていたことが、僅かに記憶に刺さっている。
だが、甘い体温と噎せ返るような青島の匂いに、どろりとした蜜が室井の思考を爛れさせた。

ただ一つの拒絶もなく、室井に与えるだけ与えてくれた。
情熱も、滴る肉の温度も、全て室井に遺し、消えてしまった。
これが、青島の出した結論ということなのだろう。
下手な嘘で誤魔化されるよりは、この方がずっとマシだった。


****

強張る指先で落ちた前髪を強く握る。
下着すら付けていない室井の身体には、まだ甘ったるい余韻があった。
一度切り、最初で最後と、愛し合ったベッドがいたたまれず、室井はのろのろとキッチンへ移動した。
冷たい水でも飲もうと思った。

換気扇の下。
そこに、見慣れた煙草が一本残されていた。
アメリカン・スピリット。青島の愛用していた煙草だ。
何故一本だけ。
ガラスの灰皿には、こちらにも一本だけ煙草が残されている。こちらは吸い終わった煙草。去る前、最後にここで一本吸ったのだろうか。

室井は置かれていた一本を取り上げた。暫し指先で弄んだ後、口に咥えた。
瞼を伏せライターで火を点ける。
深く深く吸い込んだ。


好きだった。欲しかった。
こんな状況になって初めて、如何に自分が青島に救われ、甘えていたかを知る。
そして、見捨てられたのだということを実感する。
埋め込んだ欲望は確かにみっちりと灼ける温度で室井を包み込んでくれていたのに。

煙草からは、リーフ本来の香りがする。
アメスピは、煙草では馴染みの燃焼剤もほとんど使われていないアメリカン・シガレットだ。
青島らしい拘りな気がする。
この煙草を吸ったのはただ一度。
青島と出会ったばかりの春だった。

二人で本部を抜け出して、賭けに出た。あんな乱暴な暴挙に出たのはあれが初めてだった。
あの時、バーで二人で吸ったシガレット。
あの時以来のリーフの香りが、室井の肺から鼻孔を潜り抜ける。
あの時は二人で吸った。あの時と同じシガレットが今は片側からだけ紫煙を上げる。

もう駄目だと思う傍らにはいつも青島がいた。

無線で切々と届くノイズの中の青島の声。
血の衝撃と共鳴の瞬間の清浄さに、何故あんなにも栗立つほどの悦楽が走ったのか。
仕事に於いて、あれほど昂奮したことはなかったし、あれほど満ちたこともなかった。
何が大切なのか、護るべきものは何なのか。
霞みに消えるような真理を与えられ、突き動かされるように脊髄反射した共鳴は、室井に足りない原始的な何かを
まるで見せ付けるように目の前に広げていった。
青島といると、いつも違う自分を引き摺り出される。

青島から剥き出しの瑞々しい感情をぶつけられるまで、自分の孤独がどれほど深く、自分の中で凝り固まっていたか、室井は気が付かなかった。
息吹を知り、魂に応えようとして、自分の魂がいかに凍え、固く閉ざし小さく縮こまっていたのかを思い知った。
独り善がりだった自分を解き放ってくれた。

好きも嫌いも、ごちゃまぜになって、室井の胸を掻き毟る。
天上に顎を向け、ひたすらに煙を吸い込んだ。

なんとなく、何故青島が煙草を置き土産にしたのか、分かった気がした。

二人で見た世界には自由があって、希望が見えた。
自分の傍で身を震わせていた彼を愛おしいと思った。
青島に向かう全ての感情は苛烈で、どれも鋭い刃を持って室井の中に突き刺さっている。
照らしてくれた道の隣に君が居てくれたら、それだけで俺は倖せだった。
そこに、確かに生きていた。

もう何もかもが遅い。
素直に感謝を述べることすら、出来なかった。
欲望のままに抱くことしか、出来なかった。
時を超え、空間を越え、同じ煙草で締め括る。
あの時も、覚悟と絶望の味がした。

室井が生きるのは、この先の堅牢の場所だ。
この先の椅子に座ったら、友人一人すら、この手で助けることができない。

紫煙がゆらゆらとゆっくりとした動きで登っていく。

きっと今、二人並んであの時のようにこの煙草を吸っているのだと思った。
始まりと終わりを告げる煙草の味は、苦みを以って室井を苛む。
初めて知った口付けも、そういえば微かにこの煙草の味がした。

紫煙が視界を悪くする。・・・視界が悪いのは紫煙のせいだ。

いつかこの道の先でまた巡り逢い、見つけることができるだろうか。
遠い未来に、いつかまた。
この道を進む限り、自分たちの道は何処かで必ずまた交差する。
その時は、ここまできちんと生きてきたと胸を張れる自分でありたい。しっかりと役目を果たしてみせた誇れる自分でありたい。


煙草が感傷の残り火を消滅させる。
最後まで丁寧に味わって、室井はそっと揉消した煙草をガラスの灰皿の中でクロスに置いた。



***

「よくあの人を決断させたな」
「ま、ね」
「後悔してるのか」
「するわけないでしょ、これが正解」

柱の表と裏で、お互いの気配だけを探り合う。

「無理をしてるのが丸分かりだぞ」
「無理。・・・してないと思う?」
「――」
「でも、いいんだ・・・俺、あのひとの描く未来が見たいから」
「どうやって説得させた」

小さく苦みを潰したような苦笑が風に消える。

「そこは、秘密」
















Happy end?

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元ネタはポルノグラフィティの「サウダージ」から。私的神曲。
「メリッサ」「アゲハ蝶」「サウダージ」はポルノさんの三大名曲だと信じて疑わない。

別れることで愛を貫いたふたり。でも室井さんと青島くんは運命が絶対また引き寄せる。
恋愛生物学5題のうちのひとつでした。(初出:狂愛ネクローシス)(細胞死。外部要因が切欠で壊死する現象

20200502