登場人物はふたりだけ。付き合っている二人の物語。室井さん視点のお初後。
A面とストーリーに繋がりはありません。







セカンド・ヴァージン~B面 室井慎次の事情






1.
それに気付いたのは、ほんの些細な切欠だった。
本庁に車で送り届けてくれるという青島の厚意に室井が頷いた時、たまたまぶつかった手を弾かれ るように避けられた。

「・・・ぁ、・・じゃ、車回してきますんで。室井さんはここで待っててくださいね」
「・・・ああ」

ぎこちなく笑みを乗せる視線は重ならず駐車スペースへと投げられる。
小走りに走っていく楚楚とした背中を室井は漫然と見送った。

小さく感じたその違和感は、車の中で確信に変わる。
他愛ない世間話で和ませてくる素振りはいつもの青島なのに、視線が全く合わない。
合わせないようにしているのだと室井ははっきり感じとった。
何故だ。・・・・会話はいつも通りなのに。

「――んで?そいつに何言ったんですか?どうせ室井さん、また関係ないだの下がってろだの冷たいこと言ったんでしょ」

ウインカーを出しハンドルを回しながら青島が楽しそうに室井の苦労話に興味を示す。
揶揄うような青島の口ぶりは、それだけなら一見何の違和感も感じさせなかった。
その辺りは、さすが元一流営業マンだ。

浮かれた言葉の一つも言えない室井の、官僚然とした透徹の態度は時に冷酷に映り、少ない言葉は残酷に響く。
端然とした立ち振る舞いはエリートキャリアとしての高貴な本質を誇示しつつも
他者との踏み込めない一線を常に軽侮しているかのような距離で見せつけてい た。
キャリアは慣れ合うことを忌避し、所轄は室井と関わることを諦める。
交遊術の加減を知らぬ室井に、最初から人懐っこく歩み寄ってくれたのが、この青島だった。

「あの程度に反論もできない方が悪い」
「これだからキャリアは」
「なんだ」
「お世辞を言う室井さんって想像付かないですけど。ちょっとは気遣いって学んだら」
「元営業の君には朝飯前なんだろうが」
「まぁね~」

軽口を乗せる口調は楽しげで、特に冷評されている気配は感じない。
元々室井は青島の、権力に媚びない、相棒となってもシンパにならない、緊張感ある物言いが好きだった。
だが視線が合わない。
室井はしばらく様子を見ていたが、思い切ってこの当たり障りのない会話を断ち切ってみた。
パタンとファイルを閉じる。

「今晩、空いているか」
「――ぇ。・・・・ぁ・・・はい」

車内の空気が変わった。今、亀裂が確かに走った。
やはり気のせいではないらしい。
前後脈絡のないぶっきらぼうな提案だったせいでもないんだろう。青島はいつも室井の言葉には耳を傾けようとしてくれた。
今、公務中でプライベートな話題をしたことへのルール違反は、室井の頭から抜け落ちている。
それどころではない事態への危険信号が内から発していた。

「君の部屋へ尋ねてもいいか」
「でも、俺、帰り・・・何時になるか・・・」
「待っている。合鍵はこのために渡してくれたんだろう?」
「・・・まあ」
「何時頃になりそうだ?」
「えと・・・早くて10時くらい・・・かな」
「いいだろう。私も多分そのくらいになる」

バックミラー越しにさえ、視線は一度も合わなかった。












2.
夜、室井が青島のアパートへ訪れた時には、青島は先に帰宅をしていて、にこやかに出迎えてくれた。
丁度今帰ったところだと言うが、多分、違う気がした。

「・・・・いつから待っていた?」
「そんなには」

室井のために早めに切り上げ、色々やっておいてくれたのだろう。
見た目の朗らかさとは違い、そういう気遣いの出来る男であること室井は知っている。
合鍵を使ってみたかった室井は少し残念に思いながらも、青島が室井の質問を額面通りに受け取ってもいないことも、勘付いていた。

「あがって?なんもないですけど」

ぶっきら棒な言い方だったが、室井もまた曖昧に頷いて見せるしかなかった。
青島はスーツのジャケットだけを脱いだ姿で台所へと消えていく。
出来合いのもので良いから何か弁当でも買ってきてやれば良かったと、室井は今になって思った。

「失礼する」

この部屋へ訪れるのは今夜が二度目だ。
だが長い片想いが実ってようやく恋人として付き合えるようになってから、青島が合鍵をくれた。
官舎だからこちらの合鍵は渡せないと気にする室井に、恋人アイテムじゃんと言って照れていたのはほんの数ヶ月前のことだ。
出番がなかった今夜でさえ、この部屋へ入るパスポートだと室井は思っている。

靴を脱ぎ、青島の転がっていたブーツも揃え直してやる。

「ごめんなさい、散らかってます・・・マジで。適当に座ってくださいね?」
「ああ、急に来たいと言ったのはこちらだ。気にするな」

この部屋には青島の匂いが満ちていた。
黒で統一された物の少ない室井の私室と違って、カラフルでポップな配色はそれだけで彼の愛らしさやあどけなさを伝えてくる。
だがメインの家具は全てシルバーやブラック、ベッドは深い群青色。
元々はシックな男部屋だったことが、垣間見れた。

ちゃぶ台の置きざりのマグカップは黒。
時計の専門誌が投げ出されている。

以前一度だけ入った時とほぼ同じ気配に、室井は少しだけ肩の力を抜いた。

キャリアは全国への異動が多く、なるべく物を持たないよう、訓練された。
だからこの生活の気配がするこじんまりとした部屋が、すごく温かいものに見えた。
物を持たない人生、そんな中、繋ぎとめたいと唯一つ思えたものが、ここにある。

台所からビールを抱えて戻ってきた青島を促し、並んで座ると、なんとなく会話が途絶え、青島が差し出してきたビールを片手に取る。
新木場の閑静な工場地帯は夜になると東京とは思えないほど鎮まり返っていた。
キンと冷えた炭酸は喉から胃へと沁み渡った。
二人きりに慣れていない訳ではないのに、空気の振動さえ耳鳴りになりそうな空間に、室井は緊張は連鎖するのだと思った。
室井まで、青島は恋人なのだと強く意識する。
好きだと決死の想いで告げたあの告白に、まさか頷いてくれるとは思わなかった。

「なんか見ます?でもこの時間だと・・・」

青島がザッピングをする腕が、袖を中途半端に捲くられ、美しい輪郭がここが彼のテリトリーであることを室井に伝えた。
ラフな、あまり見ない青島の緩んだ格好に、無防備に見せてくる隙が苛立ちと安堵という矛盾する感情を室井に突き刺してくる。

視線が合わない理由を問い詰めたいとは思っていないが、避けられている理由は知りたい。
何と言って切りだそうかと悩む室井の前で、ネクタイを寛げた青島の胸元が、動いたことで際どいラインまで室井の目に入る。
無意識に室井の手が伸び、その頬を甲で触れようと指先を伸ばす。
途端、青島が室井の手にビクッと後退った。

「・・ぁ・・、ごめん、何?」

首を傾げて誤魔化そうとするが、室井はもう誤魔化されなかった。
無言のまま、知らしめるように室井はもう一度青島に向かって両側から腕を伸ばす。
しっかりと掴むと同時に青島が身体を逸らした。
瞬間、青島がしまったという顔をする。

「・・・・」
「・・・・」

無言のままに二人は見つめ合った。
嫌がられているのだと、室井の脳裏が認めたくない結論を導き出してくる。
ここまでされたら室井だって認めざるを得ない。

「俺に触られるのが、嫌なのか・・・」

どうして。何故。
空疎な言葉ばかりが室井の脳を駆け巡る。
僅か数日前、ここで初めて身体を重ねたばかりだったのに。

青島の甘い肉に溺れ、膨張した欲望を埋め込み、誰も知らない秘肉を最奥まで貫いた。
全裸となって跳ねる青島は男の目にも豊艶で、室井を必死に受け入れようと長い脚を大きく開く様は、健気でもあり淫猥でもあった。
その凄艶な媚肉に包まれ、擦り合わせる快楽と濃密な嬌艶に、脳髄から爛れた夜は甘さだけを刻み
ようやく合わせた息遣いは確かに一つになれたと思ったのに。

「・・・そんなこと・・・ないです」
「だったら何故逃げる」

無理強いではなかったと思っていたが、そうではなかったのか。
心震わせたのは独り善がりだったのか。
室井が腕を掴んだままだった指先に知らず力が入る。きつく指先が食い込み、青島が眉を顰めて身じろいだ。

「まさか・・・逃げて、ないし」
「この場で嘘は止めてくれ」
「嘘じゃないです、ホントに」
「・・ッ」

こんなにもビクついて室井を拒絶しているのに認めようとしない呻吟に、室井はまるで平手打ちを食らったかのような痛みを覚える。
室井は咄嗟に青島の後頭部に手を回すと、男の力で思い切り引き寄せる。
無理矢理口付けようと顔を傾けた。
倒れるように態勢を崩し、上向いた青島が、ギュッと目を瞑り眉を寄せて目を閉じる。

室井が動作を止めた。

触れる直前で寸止めた口唇が、青島の甘い息遣いを感じ取って湿らせる。
キスをされても構わないという意志表示をする身体は、微かに震えているのが分かった。
それはきっと寒さのせいなどではない。
恋人としての裏切りというより、信じ合った同志としての裏切りだ。

触れて来ない室井に不審に思った青島が、強張ったままに薄っすらと瞼を開け、やっぱりしまったという顔をした。

「これでも白を切るつもりか」
「!」
「おまえが嫌がるのを踏みにじってまで、俺が欲望を押し付けるような男だと思うのか」
「・・ぁ・・、ごめ・・・」

今、ここで謝られるほうが切なかった。

人は誰しも肯定されれば有頂天になる。
ただ、青島は無条件に甘えさせてくれるのではなく、一定のポリシーや理念があって、琴線に触れた物だけを伝えてくる。
それが不思議と室井の信条や主義と重なり合っていた。だから青島の信頼と崇拝は室井の自己尊厳に直結し、背信ではない自覚と自信を導いた。
だからこそ、今目の前で起きている、この拒絶がより一層隠避なものに映った。

「・・・今日は帰ろう」
「・・そん・・っ」

弾かれたように青島は顔を上げたが、それ以上続ける言葉を失い、指先一つ動かすこともなかった。
引き留めても貰えない。
室井は絶望的な痛みを抱えながら、荷物を纏め、玄関に向かう。

バタンと閉まった音はまるで心の扉が閉ざされたかのようだった。


抱き潰すほど、この汚れた両手で嬲り、もう一度自分だけのものにしてしまえばよかった。
俺のことだけ見ていろと強要してみたかった。
好きな気持ちが消えない。消えないからこそ、室井は手を出した。

手元に残されたアパートの扉を絶望に澱むままに暫く見つめていたが、やがて室井は駅に向かってのそりと歩き出した。










3.
「・・って!・・ってよ・・っ、室井さん・・・っ」


後ろから足声が聞こえ、不覚にもそれに鳥肌が立つ自分に室井は舌打ちした。
ゆっくりと足を止め、寸暇置いて、仕方なしに天を仰いだ。
愛しい男の声が背後から聞こえる。
なんだって、こんな。

半分だけ振り返れば、白シャツの上にコートを羽織っただけの青島が息を切らして走ってきているのが見える。
髪を振り乱し、頬が赤らんでいるのが遠目でも分かる。
何でそんな一生懸命なんだ。・・・俺なんかに。

退くことも向かうことも出来ずに、漆黒の深い闇色の瞳はただ一心に青島の姿を捕えた。

「待てってッ、・・・間に合った・・・っ」

やがて5mほどの距離を残して青島は立ち止まった。
膝に両手を充て、荒い息を整える。
汗ばんだ肌はここまで薫って来そうだった。
長い足の先はブーツではなくサンダルで、必死で追いかけてきたことを室井に伝える。
乱れ畝った髪が電信柱の下で亜麻色に光り、その奥から必死な瞳が室井を縫い止めようとしていた。

「・・・どうした」

低く事務的な声をかければ青島はまた痛みを乗せたように顔を歪ませた。
拳を口元に宛がい、身体を起こす。

「ハナシ、聞いて、ください」
「混み入った話ならお互い後日の方がいいだろう」
「違・・っ、あんた、誤解してるから・・っ」
「――、お門違いだったのは多分君の方だろう」

5mのこの距離を縮めようとしない青島に、5mの距離を縮められない室井が、黒々と立ち尽くす。
それが彼の答えの様な気がした。
瞳に映る、でも触れ合わない、微妙な距離に、湿った風が吹き抜ける。

「室井さん、あの、・・・俺ッ」
「俺に触れられるのが嫌なんだろう?それだけで充分だ。・・・そんな君を見ているのはこっちだって辛い」

室井が取り合わないことに焦れた青島が、事の次第を説明し始めようとしているのを感じ
今は未だ聞ける心境ではない室井は、その言葉にわざと被せて青島を遮る。

「だから・・、そうじゃなくて・・・っ」
「悪いが、逃げた、逃げられた・・・それだけが俺にとっては事実だった」
「厭じゃない、ですよ・・っ、そりゃ、その、ちょっと、キツイ、んですけど。今言いたいのはっ・・・」
「男に触れられることに抵抗があるのは自然な摂理だ。気にするな」
「そうじゃなくて・・!」

説明力、表現力などコミュニケーションの能力の高い青島が、何故か言葉を上手く使いこなせなくて危なっかしい脆さを覗かせる。
思わず付け入ってしまいそうな自分の貧欲な獣欲に、室井は戸惑いと微かな徒労感を憶えて俯いた。
場違いにも、透明の瞳に射し込む月の光が綺麗だと思った。

「なんなんだ、触られたくない、でも傍にいろっていうのか」
そんな生殺しみたいな仕打ち。

躰を触らせてもらえて、あんな奥まで挿れることができ、記憶の奥まで忘れられないほど刻み付けて、嬉しくて感動して、有頂天になって。
仏頂面の奥で、傲慢で背徳の、倖せというものを初めて噛み締めた。
永遠なんかを願ってしまった。
そんな夜を手の平返されて、だから、言い訳めいた想いも、今は何も残せない。

ここまで立ち話みたいな態度を取っていた室井が、ゆっくりと身体を向き合わせる。
もう、終わらせてやりたかった。

「俺は君を――、本気で欲しいと思っていた。だから抱いた。今更なかったことになんか出来ない。・・・でも君は忘れたらいい。楽になればいい」
「んなの!・・・無理ですよ!」
「記憶は消せないだろうな。だが可能な限り、忘れていい」
「俺・・っ!違うよ!そうじゃない、あんたにそんな台詞言わせたいわけじゃ!」
「俺もそうだ。君を悪戯に怯えさせたいわけじゃない」
「!」
「・・・忘れてくれ」

それだけ言うと室井は背を向ける。
今はこの甘い眼差しを受け止めるだけ、辛かった。

・・・・俺が悪かった。そう言って、引き寄せて、抱きしめてやりたかった。
あんな泣きそうな顔をさせたくない。泣くなと言って戦慄く口唇を塞いでやりたい。
でもそれをしたら、もう、駄目だ。
知ってしまった甘い躯は滴るように香り、縋るような視線は痺れさせるように今も室井の脳髄を麻痺させる。
同じ空間にいたらまた無意識に求めてしまう。

青島はきっとどれほど室井が飢えているかも知らない。
欲しいなどという生易しい感情ではない。兇悪な飢餓が室井の身体を支配し意志より遥かに強かに突き抜け惑乱させる。

こんな結末を呪いながら首を振り、室井はぎゅっときつく瞼を閉じた。

たった一度触れた甘い身体の記憶を生涯忘れることはないだろう。
棘となって刃となって、それでも甘美だと愚かにも思った。

もう近付けない。さよならだ。
思ってもいない言葉を苦し紛れに呟く。
奥歯を痛いほど噛み締めた。

刹那、夜を切り裂く青島の呻きが届く。

「そばにいるって!・・言ったじゃん・・・っ!!!ばか・・!」

無自覚のまま叫んだのだろう、青島の声は悲痛に歪み、掠れていた。

「俺!・・・ぁ、あんたが!・・・怖かったんだって・・・・!」
「?」
「でも俺はッ!・・・ぃ、行くなよ、室井さん・・っ」

聞く者のほうが胸が締め付けられそうな涙声に、室井は思わず振り返る。

「オトコ抱いたこと、後悔しないで・・っ、こんな終わり、やだよ・・ッ」
「・・・」
「あんたは綺麗なままだ。俺たちは恋をしただけだ・・!」
「――、でも君は」
「挿れられたことが厭なんじゃない、触られんのも・・・・厭じゃなかった・・!」

こんな時まで自分の痛みではなく室井を気遣う青島に、室井は胸が掻き毟られる。
言葉を挟まず青島をただじっと見つめ返した。
うろたえたように青島の頬が紅くなる。
その一瞬の変化に、室井が少し不可思議なままに瞳を惑わせた。

「だ、だ、だってあんた、待ってって言っても待ってくれないし、やめてって言ってもやめてくれないし、ヤだって言えばそこばっか攻めるし・・っ」
「・・ッ!!!!」
「あんなにでっかいとは思わなくて、信じらんないくらい奥まで入れるから・・!」
「・・・サイズの話はいい・・・」
「どうなっちゃうんだろうって、怖くなった。すっげぇ怖かった・・!俺、オトコなのに、・・・その、キモチ、良くなってくるのも・・・それも、怖かった・・!」
「・・・//////」
「あんたキャリアなのにあんなことさせて・・・!しかも床上手って反則じゃん???」
「・・・!!」
「どんどん自分じゃなくなるみたいで。・・・あんなとこに挿れられて、このままもっと蕩けちゃったらどうしようって怖くて!・・んな単純な話じゃないんで すよっ」
「・・・!!!」
「翌朝だって!・・ぃ、言えなかったけど、ナカ少し切れてたみたいで血が出てて、ぱんつ汚しちゃうし、腫れちゃってるし、歩く度に痛いし・・ッ」
「!!!」
「こんなこと、誰にも相談出来なくって、俺・・・っ、・・ぁああ・・くっそ、なんでこんなこと・・っ」

――どんだけ自分は彼に乱暴したんだ。

真っ赤な顔へと変わり、外された視線が柔らかい髪の奥へと隠される。
もどかしそうに前髪をくしゃくしゃと掻き回す青島を、室井は呆然と見ていた。

怖かったと青島は言った。
挿入した後は壮絶な快楽に白濁にさせられ、確かに室井も夢中で、必死に甘い肌に溺れていた気がする。
滑らかな素肌が果実のように熟し、ほんのり赤らむのがなんとも言えない妖艶さで、むしゃぶりついていた。

思えば、青島は同性に抱かれるのは初めてなのだ。
女性で言えばヴァージンというもので、その結果がどうなるかということも、まるで知らない無垢だった。
室井も同じで、そこまで意識してなかった。
なのにどんどん果実が滴るように売れる躰が甘美で、かなり強引に床に縫い付け、悲鳴染みた彼の嬌声に理性が飛び、甘さを錯覚し
もっと聞きたいと欲深に強請った行為が室井の脳裏に残酷に蘇る。

室井は自嘲するように瞼だけを伏せる。

もし、もう一度抱いたらその時はきっともっと獣欲に支配される予感がする。
行為の快楽はどこか恐怖と紙一重で、際限のない愉悦に蕩けてしまいそうだった。
そんな予感を、青島も感じ取っていたのだろうか。

「こんなんで終わりになるのヤです・・!平気なフリ、してたけど、ほんとは俺・・・っ」

俯いてとうとう聞き取れないくらい小さくなって吐き捨てられた青島の言葉に、室井は言葉もなく瞼を上げた。
夜明けも遠い夜道は人も車も通らず、鎮まり返った工場も今は眠りに付いている。
黙ってしまった室井に、青島も5mの距離は保ったまま、畝って揺れる前髪の奥から上目遣いに見つめ上げてきた。

今まで見た中で一番あどけなく、一番愛おしかった。
その可愛い顔もやめろと言いたくなる。

「本当は・・・あんたの、俺に向ける熱が・・・少し、恐かったです」
「・・・そっか」
「シてる時のあんたの顔も、違うひとみたいで・・・、オトコなんだなって・・・」
「ん」
「・・・男として楽しませてあげられなかったことも・・・」
「ああいうことされるの、厭だったか・・・?」

ふるふると無言で青島が首を横に振る。

「あんたを独り占めできたんだよ、俺」

溜息のようなトーンで言葉を探すように舌足らずに語る青島に、室井の強い虹彩はただ色を深めた。

青島はいつだって陽気に飄々としているから、つい騙されてしまった。
根っこは繊細で、優しさの分、多感で脆く無垢なことを忘れていた。
忘れていた――正確には青島の見せるマジックに巧みに騙されてしまった。

畜生と心の中で室井は己をなじる。

「抱きしめられたい・・・、あんたのキスも、指先も、・・・厭じゃないよ・・・」
「・・・止まれないぞ」

くしゃりと青島が泣き笑いになる。

「俺、あんたが好きなんだよ」
「――ああ」
「本当だよ」
「分かってるから。・・・そこを疑った訳じゃない」

深夜を回った往来で、いい歳をした中年男が二人、何をやってんだろうなと思う。
思うが、先程まで室井の胸を突き刺していた棘は、甘い痛みに変わっていた。

人は優しくされなきゃ優しくなれない。
青島の真摯な覚悟が室井を芯から震わせ戦わせてきた。ならきっとそれは青島も同じなのだ。
いつも青島に先走られ悔しい想いをしてきたからこそ、青島の孤独感は理解出来た。
一緒がいい。一緒じゃなきゃ俺たちは意味がない。
健全とは言えないその答えは、だがとてもしっくりと室井を満たした。

「・・・行かないで・・・」

なんて可愛い顔をしてるんだ。
いつからか、どこからかは今となっては曖昧だが、もうとっくに好きになっていた感情は室井の一部となっていて、切り離すことなんかきっと一生かけても出来ないんだろう。
恋をすることさえ怯えていた室井を、いとも簡単に踏み出させた。
特別な時間をいっぱいくれた。
こいつが大好きだと思う。伝えきれないほどの想いは溢れて。

――抱き締めたい。もっと、いっぱい。
それでも一つだけ確かなこと、室井は青島を愛しているのだ。

「・・・・来るか?」

室井が、少しだけ両腕を広げた。
青島の顔が泣き出しそうに歪む。
室井は黙って青島の答えを待った。

もう答えは知っている気がした。それは当たり前の日常を刻むように、俺たちの間から溢れてくる。

次の瞬間、涙を堪えた瞳がくるりと煌めき、室井の大好きなあの悪戯気な色を湛えた色彩でニヤリと口端を持ち上げる。
青島はステップを踏む様に助走を付けて駆け出した。
モスグリーンのコートが大きくはためく。

「ッ!、待て、ちょっ、その勢いでか・・・ッ」
「うんっ」

タックルをするように青島が室井の腕に飛び込んでくる。
満面の笑みで室井の首に頬を擦り寄せてきた。
たたらを踏み、数歩後ろに下がりながらも、室井もしっかりと受け止める。

「ばかっ、加減しろ・・っ、転んだらどうすんだッ」
「二人一緒ならいいもん」

甘えるというよりは室井を甘やかすように青島はくたりと室井に身体を預けてくる。
その可愛さに室井の鼓動がはしたなく高鳴った。
肩と腰に手を回し、室井も首筋に鼻を押し付ける。
慣れた匂いに包まれ、ささくれ立った感情も思考も全て鎮魂していくのを感じ取った。

「俺はまだ君の傍にいてもいいか」
「ありがとうって言うべき?」
「気の効かない男だ。出来合いの弁当一つ買ってきてやれてない。君をいつも傷つけてばかりだ・・・」
「そんな朴訥な男を選んじゃった」
「いいのか」
「うん、俺をあんたのものにしてよ」

今度は問答無用で、そのぽってりとした膨らみを室井は自分の口唇でしっかりと塞いだ。
少しぴくっと竦ませた身体を、躊躇いなく腰から引き寄せる。
青島も委ねてくれた。
首に回された青島の両腕がしっかりと室井にしがみ付き、後ろ髪を愛おしそうに掻き混ぜてくるのが、室井の胸を熱く切なくする。
ここが往来であるとか、どうでも良かった。

温かく切ない躯が確かに室井の腕の中にある。
そのとき、世界はどうしようもないくらい俺たち二人だけのものだった。

「行こうか、青島」
「――うん。一緒に帰ろ?」











4.
部屋の電気を付けずに入ったのは、わざとだろう。
その背中を後ろから抱き締める。

「恐がらなくていい・・・感じたまま全てを俺に任せてくれ。絶対に離したりはしないから」

口説き文句なら青島の方が達者だろう。だから室井はストレートに想いの言葉だけを伝える。

「青島」

優しく名前を呼ぶ。
青島はただ俯いたまま回した室井の腕に両手を添えた。
受け容れたようにも拒絶しようとしているようにも捉えられる仕草は、青島の心境そのものなのだろう。
今なら分かる。

首筋を口唇で辿るように愛撫すると、青島はふるんと震えた。
怖いほど辺りは音が聞こえない。

「おまえが欲しい」
「うん・・・任せた」
「仕切り直す。今度はちゃんと愛すから」
「あの日だって、愛されてないと思ったわけじゃないよ」
「・・・あの晩のことはやっぱり忘れていい」
「ヤですよ、初夜だったのに」
「初夜は今夜だってことにしてくれ。男の沽券にかけて誠意を見せるから」

ぷはっと笑って、えいっとばかりに振り仰いだ青島がちゅっと勢い良くキスをしてきた。
悪戯気な丸い瞳が暗闇で光る。
笑ってくれるなら、それでいいと思えた。



*:*:*:*:

翌朝、全身を舐め回され口で指で達かされ、とろとろに淫蕩させられて別の意味でいやだと啜り啼いた青島にやっぱり理性が飛んで止められず
室井のしつこいほどの愛撫にすっかり照れてしまった青島は、布団を頭まで被ったまま室井に中々顔を見せてはくれなかった。

どっちにしても顔は見せてくれない青島に、室井は今度は甘い溜息を落とした。
















Happy end 

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室井さん視点。
終末的ダンスフロア5題のうちのひとつでした(初出:黎明レクイエム)

2017040