登場人物はふたりだけ。付き合っている二人の物語。青島くん視点のお初後。
B面とストーリーに繋がりはありません。







セカンド・ヴァージン~A面 青島俊作の事情






「室井さん・・・俺・・・・」

言い掛けた言葉は喉で痞えた。
こんなに傷つくのが怖かったっけと、こんな局面で気付く。
普段俺が笑っているから周りが勘違いしてくれるだけで、本当はそんなに豪胆じゃないし楽観主義でもない。
器用に見えるかもしれないけど、打たれたり批難されるのが面倒なだけの、要領悪い弱虫だ。

「青島?」
「えっと・・、じゃ、じゃあ、ぎゅってしても、いいですか、ね?」
「なんだ突然」
「だめ?でした・・・?」

営業スキルも吹っ飛んで、日本語もなんだかアヤシイ口調に、室井が訝し気な目を眇めた。
ソファの端と端に座り込み、テレビを見ている最中のことだったから、より不自然さは際立ち、脈略はどこにもない。
不審な顔を残しつつも、室井の方から青島の腕を引いてきた。
ぱふりと男らしい筋肉質の胸板に傾れ込む。

「駄目ではない・・・」

室井の呆れたような吐息混じりの低い声が耳元を掠めた。
掠れた、男の声だ。
ぞくりとした肌を悟られたくなくて、青島はその首筋に甘えるように額を押し付ける。
室井の神経質な手が穏やかに後頭部から背中を擦り、あやされているのが分かった。
本当なら嬉しくなるのだが、今はちょっと辛くなる。

一緒に居られる時間はやはり、室井の時間を独占している証な訳で、それを自分に赦してくれる室井の意志に
彼の真意を見る。

普段は大抵青島の部屋で酒を飲んだり泊まってくれたりしていたが、今夜は初めて室井の部屋へ上がってみたいと、青島の方からおねだりした。
訝しげな顔をしながらも、室井は渋々了承してくれた。
確かに後ろ暗い関係になったからには無闇な官舎出入は警戒した方が賢明だった。
それでも一度だけ、どうしても一度だけ見てみたかった。
この聡明な男の過ごす、プライベートの空間とスーツを脱ぎ去る男の素朴な姿と、それと――
その誘い文句だって、上等だったとは言えない。

「や、やっぱ、いいです・・っ、変でしたよね・・っ、・・・・ァッ、」

テレビの音だけが流れていく空気に堪えられなくて、青島は両手で室井の胸を押し返し、だが
照れ笑いを浮かべる間もなく、離した身体はすぐに、今度は室井によって引き戻される。
そのまま室井が顔を傾けた。
うわっと思って堅く目を閉じる。

男同士でこんなことする状況に、未だ慣れない。というか照れ臭い。
もっともそんなことを気にしていられるのは最初のうちだけだ。
あの指先が齎す濃密な官能と雄の支配に、青島には脆弱さだけが残されるのを知ってしまった。

「・・?」

だが、思った箇所に口唇は落ちて来ず、青島は片目を開けた。
意思を深めた室井の双眼がそこに広がる。

「・・・厭か?」
「ぇ、あ、ちが・・っ、・・そおいうわけでは・・・っ」
「強張ってる」
「それは・・・あんただから」
「無理をさせたいわけじゃない」
「ちがうよ」

意味の成さない平行線を辿るやりとりに飽きたのか、室井がそっと青島の前髪を宥めるように梳いた。
切れ長で淡麗な、貫禄と達観を備えた男の眼差しが青島を映し込む。
何者をも排除しない潔癖の熾烈さは、寂し気に揺らいだ。

「尤も――嫌だなんて今更言われてもな・・・、もう、手放せないんだが」
「手、離したら張っ倒しますよ」
「でも、君からシてくれたことはない」
「っ」

また言葉に詰まる。
どうして気持ちは真っ直ぐに伝えられないんだろう。

昔は恋も付き合いも楽だった。
好きなだけで理由になったし、気持ちのままに行動して良かった。
思ったことをそのまま口にしても問題がなかったし、思うままに忠実になれた。
好きだと囁いて好きよと返ってくる言葉に、単純に喜べた。

無口な室井だが、青島だって根はおしゃべりな方ではない。
他人に対しては自分は確かに器用に慮れるかもしれないが、自分のこととなると無頓着でさっぱりだった。
営業ならば口説き落とせる話術も、官僚の室井が自分を見つめる温度は堪え難く、忍び難い。

―そもそもこの歳まで生きてきて、恋愛で苦労したことなんかなかったんだよな俺・・・。

胸に燻る痛みを持て余し、青島は苦肉の末にもう一度室井の首に両腕を巻き付けた。
条件反射のように室井の腕が青島の腰を引き寄せる。
穏やかに背中に回してくれる室井の手に胸がいっぱいになった。

言いたい事の半分もまだ言えていない。
というか、今夜の目的がまだ果たせていない。
そもそも胸に溢れる沢山の感情の甘い蜜に溶け出してくる苛烈な熱も、伝わってない気がした。

室井に気障な仕草で顔を上げさせられる。
至近距離にある崇高で気高い眼差しに魅入った。
美しい宇宙のような黒目がちの瞳には、自分が映り込んでいた。

どちらからともなく顔が寄せられ、瞼を伏せ、ぎこちなく、たどたどしく、引き寄せられていく。
戸惑って、躊躇って、そして、淡雪が溶けるように、そっと重ね合った。

少し冷えた、薄い男の口唇だ。
それは硬く青島の膨らみを押さえ、閉ざされたまま誘い、直ぐに熱を帯び、同じ温度に融和する。

女のようにふくよかではないが、しっかりとした形は青島の膨らみを逃がさぬ雄の強さを持って吸い付くように、擦られた。
触れる先から走る電流のような刺激に青島は小さく呻き、思考が散在していく。
舐めるように含むように繰り返し戯れて擦り合わされて、自分の口唇が震えていることに気が付いた。
情けない、けど、相手がこのひとだと思うと。

後頭部に五指を差し込まれ、上向かされると、更に深いものに変わり、痛みに近い感覚が青島の身体を走った。
それだけのことなのに、息が苦しい。
好きって熱が膨張する。
くらりとして、青島が口唇を離せば、室井の口唇が名残惜し気に頬を滑り、耳を愛撫された。

「青島。逃げないでくれ」
「・っ・・、・・逃げて、ません」
「そんな顔されたら、壊したくなる」
「あ、あんたになら・・・俺・・・」
「大事にしたい」
「大事だから、・・・仕舞うの」

そうさせたのは、このひとなのに。
でもそれは、何も言えない俺も同じだ。

「・・・、勝手だよな、大人は」

遣る瀬無い吐息は、そのまままた室井の口唇に吸い込まれた。
好きなのに離れる。奪えないのに離れない。
恋は、歳を取る程にパラドックスに満ちている。

触れるだけのキスは優しすぎて、暴かれた青島の剥き出しの感情を鋭利に抉った。
苦情も悲哀も僅かな背徳も、みんな吸い込まれるように室井の口唇に塞がれ、青島は切なさに眉を顰めた。

「・・や、だ・・・っ」

青島が抵抗とも言えない抗いで身じろぐが、室井は緩やかな、だが抗えない大人の仕草で、青島の抵抗を封じた。
抱きすくめられ、また口唇を塞がれる。

室井はいつだって一人、先に行く。
俺は、いつも、おいていかれる。

「室井さん・・っ」
「嫌か?」

こんなとこで強引に食い下がるくらいなら、もっと、奥底から意識も理性も分からなくなるくらい、奪い去ってくれればいいのに。
俺ばっかり燻る熱に殺される。
室井の指先は口よりも雄弁だ。

「そうじゃない!ないですけど・・!けど・・っ」

拳で口元を拭った手も取られ、両手を拘束されたまま、室井に慈しむようにキスを落とされる。
塞がれる口唇に、青島は呼吸も忘れた。

自分よりずっと大人で卓越した男の強靭さに、歴然とした力の差を思い知る。
こんなに成熟した大人の男が、自分を選んでくれるだなんて。
このまま流されてしまってもいいのに。このひととなら。
だから、欲しいのは、こんなキスじゃない。

「けど、何だ。言いたいことがあるなら言え」
「それはあんただろ・・、あんたが勝手に俺を・・っ」
捨てるんじゃんか。

「青島」
「もっ、俺、ばっかり・・・っ、辛いんですよッ」

降り注ぐキスに追い詰められて。
こんなやさしいキスは、欲しくない。

「だってあんた!あれっきり抱かないじゃん・・・っっ」
「・・・・・・・・?」

目の前で目を見開いて固まる室井の表情に、青島もハッと我に返る。
みるみる恥ずかしさに身体が火照り上がった。
自分からは言うつもりもなかった言葉がするりと飛び出てしまったことに、青島は自分で赤面する。
室井の視線も堪え難く、居たたまれなくなり、青島は視線をあちこちに彷徨わせた。

「ぁ、あれ?・・や、や、や!・・・え、えと!・・ちがう!、そう、じゃなくもないっていうか、そう、でもない、んですけど・・・っ、俺、ちょっと――」

ソファの端まで後退ってから、室井に背を向けた。
顔なんかまともに見られない。
部屋も出たい。
切羽詰まっていた思いとは真逆に、静謐なままの室井の断行に煽られて、とんでもない白状をした気がする。いや、した。
とりあえず、馬鹿なこと口走ったのは置いておいて頭を冷やしたい。そうだ頭を冷やしたい。

目も合わせられず、青島はソファから立ち上がろうと腰を浮かした。
その腕を素早く取られ、背後から室井の胸まで強い力で引き戻される。

「うあっ、ゃ、えっと、わす、忘れて・・・」

室井が青島の後髪に顔を埋め、青島の耳朶をまるで駄々っ子を諌めるように柔らかく噛んでくる。

「ぅんっ、・・っ」
「今の、本当か?」
「・・ぁあの・・・はな、離して・・・・・今、今のは、なかったことに・・・」
「・・・には、してやれないな」

うーわー。

「おまえ、男を煽って、どうなるか分かっているのか?」
「な、何、何言って」

背後から顎を掴まれ、羽交い締めにされたまま室井が青島の耳元に息を吹き込んだ。
視線を捕えられ、室井が目を眇めて雄の色気を帯びた視線に変わっているのを目の当たりにする。
ドキリと心臓が飛び跳ね、青島は視線を外した。
それでも、室井の闇色の目が力を帯び、彼が本音を告げようとしていることを肌で察する。
本音――それはつまり、今青島が叫んだことに発する、判決だ。

急に怖くなって身を竦ませる青島を、室井は威圧するように両肩を掴み、視線を向かせられた。

「ぁ・・、怒り・・・ました・・・?」
「そういうことか・・・」

青島の頬を室井の少し冷えた指先が辿り、その指はそのまま、青島のだらしなく外された胸元の襟際を、意味深に辿る。
ぞわりとする感触に、青島が微かに身を捩る。

「初めておまえを抱いた時――俺も初めての男だった。だから逆にまだ理性的でいられた。おまえが痛くないか、おまえが苦しくないか、おまえにキツイことを 強いて いないか・・・」
「ぁ、ぁ、そ、そうですか・・・」
「どうやったら感じてくれるのか、どこを触れば鳴いてくれるのか。そもそも生物学的倫理に反する行為で快楽を得るのは俺だけじゃないのか」
「も、もぉ、もぉその話は・・」
「でも次は」

室井が親指で青島の下唇をスッと撫ぜる。
大人の色が香る仕草だ。

「次抱くときはきっと、もうそんな風に構ってやれるか分からない・・・。そんな余裕が残っているか、あまり自信がない」
「っ」
「劣情に負けて、嫌だと言ってももう止めてやれるかどうか、一度で終われるかも分からない」

高く、いっそ悲鳴のような嬌声を上げて鳴き喚いた青島の嬌声に、雄の劣情を一層煽られ、それが今も室井の耳奥には鮮やかに滴るように残っている。
青島が身の奥深くまで自身を受け容れてくれることも、埋め込んだ雄が淫らな肉に包まれる苛烈さも、分かってしまった。
今度こそ獣欲に支配されたまま暴走するだろう予感が室井にはある。

重みのある溜息を落とし、シャツの隙間で遊んでいた室井の指先が、奥へと入り込んだ。
素肌を弄り、青島の胸の突起を優しく玩弄する。

「・・っ・・」
「俺がそれほど冷静な男でないことは、おまえだって知っているだろ」
「~~っっ」
「男の欲望を押し付けてしまいそうだから手を出せなくなった。年上の俺が先走るわけにいかないだろ・・・。だから、少し大人の余裕を取り戻すまで待とう と」
「・・・・」

恐らく真っ赤な顔しているのだろう。
室井の肩に顔を埋めてしまった青島の頭を、室井の手で強制的に上げさせられる。
恥ずかしくて伏せたままの瞼にキスを落とされ、そしてその指先がそのまま頤に触れ、軽く持ち上げられた。
強く固定される。
雄に支配される屈辱のような制圧が青島の煽情を生み、指先の冷たさと痛さと、闇色の瞳に焔が鋭く走る深甚に従わされた。

「尤も、そんな枷、意味がないとは思っていた・・・。時間の問題で、いつか俺は君を抱いてしまう」
「・・ぁ・・・ぅ・・・うん、も、分かりましたから・・」
「一度、抱いてしまったからな。なかったことにはしてやれない」

羞恥で反らそうとした顔を、力でグッと戻される。

「・・アッ」
「大事にしたいのに、逃げようとするし、うちに来たいと言うし、無防備だし、その上そんなこと言われたら、抑えも効かなくなる。おまえ、もう少し、自重し ろ」
「そん・・・なこと、言われましても」

もう、室井は多くを言い訳してこなかった。
じっと見つめ合う視線は強く、絡み合い、その真摯な眼差しに、青島は観念した。

「だから・・・俺、あんたが、やっぱり俺には興味無いって思っているのかと思ったんだよ」
「どうしたらそんな結論になる」
「あんただって、一度試して、男より女がいいのかなとか思う可能性だって」
「ないな」
「ずっと抱こうとしてこないから、呆れられたんかなって・・・思うじゃん」
「・・・」
「悪かったよ・・、ぁ・・あんたを求めていいのか、迷ってんのは認めますけど・・・」


初めて室井に抱かれた夜。
室井の勢いに押された部分は確かにあったし、些細な抗いも吟味させてくれなかったことも事実だ。
覚悟を決めてしまった室井の理不尽な意志は、脅える青島を圧倒していた。
明確な意志を掴み損ねたまま、肉を引き裂かれ、欲望を埋め込まれた交接は
子供みたいに覚束ない心許なさに、羞恥と快楽を煽られ、熱い男の筋肉にただ縋っていた。

この先、男に抱かれることを受け止められるかと考えると、三十年以上男として生きてきた人生では紛れもなく存在しない命題であって
そう簡単に軽々しく結論は出せない部分もあった。

色んな事を考えた。堂々巡りになって、それでも確かなことがひとつだけあった。
青島は室井を満たしたいのだ。
室井の足りない一欠片となれるのだったら、躯も命も、本望だった。
欲しいというのなら、くれてやる。
それで、この勇ましく気高い男が来たる未来の世界を変える使者となれるのだったら、いっそ捧げ、貪られたかった。――たかったのに。

たった一度。
熱く爛れた記憶だけを残して、それ以来この男は青島に一切触れようとはしない。
求められないということよりも、敬愛した男に必要とされないことは、何よりしんどかった。


そっと口唇が重なり、室井の腕に深く抱き込まれた。
室井の清潔そうな匂いが青島の視界を覆い、自分だけが知るその温度を噛み締める。

ちゃんと求められて感じるキスは、なんて切ない。

何度も擦り合わせて、それでも足りないとばかりに追い掛けあった。
唾液で滑る肉の反発が心地良く、浅ましく喉が鳴る。

先走る若い衝動を室井が嫌味なほどの余裕を見せて交わし、口唇を重ねたまま、吐息で笑み、キスの仕草を変えてきた。
柔らかく舌で促され、青島は口を開いた。
殊更ゆっくりと、舌を擦り合わせられ、唾液が卑猥な音を上げて混じる。
優しく口の内壁をなぞられると、青島の背筋に電気が走る。

背後から抱きすくめられた格好ではもどかしく、青島が振り向いて室井に口唇を押し付けると
接触はより深くなった。

徐々に激しさを増す舌は、まるで競争でもしているかのように追いかけ合い、痺れるほどに絡められる。
息が乱れ、髪を掻き回され、胸元を掴んでいた筈の青島の手は、室井の後頭部をきつく掴んでいる。
室井の両手も青島の腰に回され、強く引き寄せていた。

凶暴なほどの甘い口付けは、息が上がり、すっかり潤んでいるくせに、濡れた粘膜が立てる淫靡な音に更に煽られる。

くたりと身体の力が抜け落ちて、やがて、少しだけ器用な動きで追い詰めた室井の動きに、僅か背を反らせる格好になった青島が
不安定な態勢を支えようと、室井の首にしがみついた。
口腔内で痛いほど舌を絡ませ、それでも奥深くまでを舐め回され、何度もなぞり続けられると、遂に青島の平衡感覚がなくなり、崩れ落ちた。
室井に完全に主導権を奪われ、ソファに押し付けられる。
苦し気に眉を寄せ、無意識に酸素を吸おうと顎を持ち上げる青島に、体重ごと圧し掛かるような態勢で室井が身体を預けた。
柔らかく髪を梳かれながら、知ってしまった肉の熱さが、硬さが、そこから絶望的な歓喜が、青島に蘇る。

「可愛すぎる・・」
「室井さんのキスがうますぎんのが悪い」

室井に肩から抱き込まれ、半ばソファからずり落ちた態勢で、乱した息の奥から青島がなけなしの意地で小さく睨んだ。
すっかりその目は潤んでいる癖に、焦点の合わない距離で憎まれ口を零す。
濡れた甘い吐息に、室井の背筋に甘い戦慄を走らせた。
その濡れた下唇を親指で拭われる。

「寂しかったのか?」
「・・・そーだよっ」

やけくそで吐き捨てるまま素直にむくれれば、室井が薄っすらと雄の色香を灯して眉間を深めた。
そうかと呟き、もう一度キスを仕掛けてくる。

抱かれてしまっても、同志であることを忘れないで欲しかった。

「俺はおまえにしか興味がない。俺を疑うな。抱かれたいならそう言えばいい」
「アホなこと言ってんなよ、えっちの話じゃなくって・・・。こう、いちゃいちゃしたり、じゃれ合ったり、・・・・したかった。・・・・・・・・んデス」

ふっと室井が小さく大人びた笑みを漏らす。
スッと風が靡き、音もなく体重を掛けられ、ソファの下に組み敷かれた。
手際の良さに思わず目を丸くする。
電灯を背後に背負う室井の瞳にはもう雄の色香が深みを帯びて広がっていた。

これって、結局、誘ったことになるのだろうか。
今までになく余裕の無い室井の様子に、青島は身の危険よりも苦笑を漏らす。

「なに笑っている」
「だって、室井さん・・・」
「こんなに人を好きになったことはない。でも君は、どこまでも受け容れてしまうから・・・ちょっと怖かった」
「少しでもあんたのお役に立てるならそれで」
「何の役だばか」

毒づくと、髪を撫でていた室井の手が頬に回された。
包み込むように添えられ、頬に可愛いキスが落とされる。

「こんなに・・・おまえしか欲しくなくなって・・・」

上から柔らかく塞ぐだけの、甘ったるいキスを何度も何度も落とされ、目尻から耳へと、室井の指が辿る。
 たった一度だけ抱かれた時の、目も眩むような陶酔した時間が、青島の脳裏に蘇った。

「俺のものになってくれ。そうでないと、もう、俺は、自分がどうなるか分からない」

掠れた男の情欲に染まった声で囁かれ、ただ満ち足りて青島は身体の裡から蕩けて砕けるように感じた。

室井の言葉は、五感を越えたあらゆる所で共有する運命に従う達観者のようであり
淫らな激情家のようでもあった。
そこから更なる繋がりを求め、そこに一点の曇りも赦さないという傲慢さと狂気に 縁取られ
野生の本能のままに手順もなく欲しがられ、青島の肌がそそけ立つ。
これが欲しかったんだ。

強くて折れないこのひとにも迷いはあったのだと、ようやく察した。
剥き出しの感情も、強烈な痛みを伴う快楽のようで、男の熟れた包容に青島は敗北感を抱く。
青島もそっと震える指先を伸ばし、その凶悪で聖なる情愛に触れるように、室井の頬に添えた。

「傍にいます。困った時は、俺呼んで」
「君が慰めてくれるのか?」
「いいですよ?」
「――。本当に意味が分かっているのか、おまえ」
「――あ~・・」

そういうことか。
きょとんと首を傾げ、青島はただ無垢に室井を見上げた。
そんな青島に室井は成熟した中年の男の寛容を乗せる。

「じゃれ合いだなんて可愛いことを言う。・・俺がオトナの付き合いってものを教えていってやる」

とっくに青島と共に堕ちてしまう定めを受諾してしまっている男の情熱は、柔らかい真綿で首を締めるように、青島に絡みつく鎖だ。
その波を止める術はなく、止める者も既になく。

このひとは、矛盾を矛盾のままに受け止めている。
恋をして弱くなった俺と違って、このひとは恋をして強くなった。
勝てっこない。
おんなじだ。おんなじだった。やっぱりこのひとには敵わない。

―そうだよなぁ・・・いっちばん最初に、このひとだぁって思っちゃったんだもんなぁ・・・しょうがないよなぁ・・・

青島が色香を仄めかす微笑を乗せ、口端を小さく持ち上げてみせた。

始まりの季節を思い出す。
あの時あの季節を思い出して、きっと何度だって俺はこのひとに心を奪われるんだろう。

覚悟が決まらなかった勇気の最後の一欠片を掴むように青島は室井へと虚ろな指先を伸ばし、その後頭部を引き下ろした。
コツンと額を合わせて上目使いで視線を捕える。

「何教えてくれるつもりだよ?」

婉美な男の不器用な愛は、確かに最初から青島だけに注がれていた。
認めた男が見染めてくれている。
それは青島に仄暗い歓喜と滴る官能を植え付ける。
何も持たない自分が室井に捺した烙印は、決して赦されることではないから。
でも、もうじたばたしない。折角好きになったその気持ちを疎かにしない。

室井の後ろ髪を悪戯気に弄ぶ青島の指先を取られ、両手を男の力でソファに縫い付けられた。

「まずはその躰に」

惚れぬいた男に尽くすことで得られる歓びなど、知らない。

「・・・今度は俺からも誘ってい・・・?」
「できるか?」

煽り立て、誘い合う、低い囁き。
この不埒で愚盲な決断に、俺たちは自ら貶められる。
罪を犯すと知っていて、見えぬ明日に束の間の幻惑を見ながら確かなものを手放さないために。


「今夜、この部屋にあげてくれって頼んだの・・・、本当は抱かれにきたって言ったら・・・?」

そうして俺はまた恋に堕とされる。












Happy end 

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青島くん視点。
終末的ダンスフロア5題のうちのひとつでした。(初出:酩酊ポルカ)

20161129