ショートショート~present
メルフォから可愛いお話を送ってくださいました!/みなさまも何か送り付けてみませんか。
前半はOLDCLAP9月と同じものです。
運
転手

1.Side-M
バタンと扉が閉ざされ、車内は二人きりの空間となった。
あの頃と同じようで全く違う邂逅に、室井は密かに頬を強張らせ平静を装う。
そのまま走り出すのかと思ったら、あろうことか、青島が振り返ってきた。青く透明なすべてを見透かしているかのような深い宝石が室井を覗き込む。
「乗車記念にどうぞ。なんなら毎回日付と通し番号振っとく?」
差し出されたそれは微かに記憶の片隅にある白い名刺だった。
初めて青島に送迎してもらった日だ。
懐かしくも遠き日を室井は朧げに思い出す。
あれから月日は流れ、部署も変わり、道も変わり、なのに偶然にも今日、あの日が目の前で再現されていた。
となるとこれはナンバー2ということになるのか。
「何番まで有効なんだ」
「だって。どうせ失くしちゃったでしょ」
「・・ない。・・・失くしてなどいない!」
期待されていない。当てにもされていない。その言葉にカチンとなる。
こっちはこんなにも夢中にさせられてしまっているのに。
どうだか、という青島の半眼は、冷めた温度で反らされ、夜の街へと投げられた。
「いいよ。あんたが俺の名前を覚えるまで何回だって挨拶回りしてやりますから」
「名前くらいとっくに知っている」
「フルネームの話じゃねーよ!俺の存在って意味だよ!」
思っていたより違う雲行きに、あれ?と思って室井の口が止まった。
ああもぉ!と目の前で青島が柔らかそうな髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「分かってたけど・・!知ってたけど・・!なんか室井さんって時々言葉通じませんよね」
使っているのは同じ日本語だと言おうとして、室井は止めた。
あの頃と同じ青島がそこにいる。
後部座席から手を伸ばし、青島の指先でまだ名刺が揺れている手首を掴み、引き寄せる。
驚き見開かれた目を焦れるほどの距離で射貫き、敢えて口を閉ざせば、青島の方が瞳を揺らした。
「・・俺のこと・・呼んでって・・・」
自分の迂闊さに、室井は内心悪態を吐いた。
困った時は思い出せ――それは以来ずっと室井が実践してきた戦術だ。時を経ても貫かれる一途な想いと、内から放つ力強い光が室井を勝負師にする。
室井はじっと青島の瞳を見据え、それから指先で彷徨う名刺を奪い取った。それを胸ポケットへと仕舞う。
「・・・・」
室井の一連の行動を、青島はただ目を丸くして見ていた。
後部座席に深く背を預け、室井はもう一度青島を見る。照れたような赤らむ顔を見たのは、初めてだ。
「通し番号、楽しみにしている」
2.Side-A
「時間がかかってしまった。すまなかった」
「いーえ、室井さんのお役に立てることならッ!」
湾岸署資料室の電気を消し、しっかりと戸締りをした青島の満足げな顔に西日が当たる。
湾岸署が保管する資料が急遽必要になったということで、室井が湾岸署を訪れ、その手伝いは当然の如く青島へと命令されていた。
そのこと自体に不満はないし、口数は少ないが感覚が似ている室井と時折話すことは思いの外楽しい。
昼過ぎから二人してこの部屋で籠もっていたが、外はもう薄っすら夕暮れとなっていた。
「さて、じゃあ本店までお送りしましょうかね!」
「いや、いい。今日はもう直帰だから」
「へー、そうなんすか?じゃあ官舎まで行きますよ俺?」
「――、君はこのあとどうなんだ?」
「おれも終わりっす」
「だったら君も早く帰って休め」
はにかんで青島が足を止めれば、室井も立ち止まる。
何となく向き合った。
青島が何が言おうと口を開きかけた時、二人が刑事課に戻ってきたことに目敏く気付いた袴田が、手をすり合わせながら駆け寄ってくる。
「これはこれは。お疲れ様でございます。お探しのものは…」
「ええ、見つかりました。長い時間青島くんもお借りして申し訳ありません」
「いえいえいえ、青島くんならいつでも一日でも一週間でも一か月でもお連れ下さい」
あんまりな言い草に、青島が頬を膨らます。
室井の特別と思われることに不満はないが、その言い方じゃなんだか安売りされているみたいだ。
「課長~、なんすかその、俺が要らないみたいな」
「いいじゃないの。君も室井さんと一緒なら不満ないでしょ。あ!ほら、ちゃんとお送りしてね」
「今話そらしましたね?」
どんどん話が逸れていく雰囲気に、室井が口を挟み、丁重に頭を下げる。
「いえ、送迎は結構です」
「そうおっしゃらず。ほら!青島くん!」
横から肘で小突かれ、袴田がなんとかしろとSOSを出してくる。
本店のキャリア様を一人で帰したなんて知れたら、点数稼ぎにもならないのだろう。
そんなことはどうでも良かったが、ふと、青島が悪戯気な顔で袴田を覗き込んだ。
「んじゃあ・・、俺あがりなんすけど、そのまま帰っちゃっても――いいっすかね?」
「ああ、いいよいいよ!車なんて明日の朝で構わないからね、ね」
「んじゃ決まり!室井さん行きましょっか」
やった!これ以上何か押し付けられてはたまらない。
青島は湾岸署のノリに巻き込まれた室井の腕を引き、その場を退散する。
滅多に逢えないんだから、この際課長の許可も下りたことですし、交友を深めさせてもらいましょう。
いいのか?と室井が尋ねる視線に、青島はウィンクを返した。
浮かれたその背中に袴田の声が釘をさす。
「しっかりお送りしてよー?!青島くーん!」
後ろ姿のまま「はーい」と片手で答えて、青島と室井は並んで消えていった。
***
表に車をまわしてきた青島が運転席から降りて室井のために後部座席のドアを開ける。
「はいどーぞ?」
「そこまで君がしなくていい」
「他の署よりイイトコ見せとかないと」
「どこも似たり寄ったりだ」
「ふーん。そうか、室井さんって運転手なんかしたことないっすよね」
「ああ、君以外な」
「へっ?…あっ、あれね?」
無言で頷く室井に青島は頭を掻きながらカールーフに頬杖を付いて目を細めた。
「その節は…スミマセン、でも俺、ほとんど覚えてない」
「そうだろうな、ほとんどイビキだったしな」
「エー!そこは忘れてください~」
点数稼ぎどころか、かっこわるい記憶だ。
でも室井と共鳴した痺れるような記憶でもある。
「・・・でももったいないよなぁ。室井さんの運転堪能したかったぁ」
少しだけ驚いたような目をした室井が、間を置き、青島の開けたドアを無視してトコトコと反対側に回る。
「え?なに?」
「乗れ」
「はい?」
「いいから」
「うっそ、運転してくれるの?!」
「早く乗れ」
室井がさっさと運転席に滑り込む。
いいの?でもだからこのひと、なんでいつもそんな直球なんだ?この間だって。
でも。
バタンとドアを閉め、その手前のドアを開けた青島も勢いよく助手席に乗り込んだ。
気持ちも行動も読めない男だが、室井にとっても青島が特別であることに不満はないらしい。
「あ。久々の乗車記念に名刺。くださいね室井さんも」
運転席の室井の耳元に身を寄せて青島がささやく。
そして、青島は満足げに笑った。
「行くぞ」と車を出した室井の横顔が真っ赤だったからだ。
――その後、青島への記念名刺は一緒に部屋にあがるまでおあずけとなった。
室井宅にあがった後は、それどころじゃなくてさらにおあずけとなる。
早朝に運転どころじゃなくなった青島を自宅まで送ってもらい、無事二人は二枚ずつの名刺を同時ゲットしたのだった。
原案・作:碧子さま/一部加筆修正:みんと
20200209
贈答品4。感謝を込めて
素敵作品をありがとうございます。