ショートショート~present
リクエストネタより/みなさまも何か送り付けてみませんか。
支部にあるものと同じものです。
あ
る夜の小さなお話

体調の悪い片割れを残して出勤するんだけど、気になって電話かけるたびに、声に元気がなくなっていく様子に焦っちゃうお話
★テーマ:絶対つらいって言わない/室井さんの喘ぎ声/微えろ注意
青島くんver<頂いた小話に管理人が加筆修正しました>

その時まだ私は油断していて、あんな事態になるなんて思ってもいなかった。
大切な人を大切に想うほどに、この気持ちはいつだって空回る。
*****
◆scene1
深夜、室井は何度目かの寝返りに声をかけた。
「眠れないのか?」
「ごめんなさい、起こしちゃいました?なんか、胃がムカムカするんです……」
「大丈夫か?」
「ええ……トイレ行ってきます……寝ててくださいね」
しばらくして、苦しげな声が聞こえてくる。
「……吐いてるな」
室井はのそりと起き上がり、羽織るものを持って廊下に出ると、青島が便器にすがりついていた。
肩に上着をかけてやり、背中をさする。
「寒くないか?」
「……ん、ありがと……大丈夫…寝てて……ぅぐッ……」
「寝れるか。俺はそんなに薄情じゃないぞ」
「……すみません……きもちわりぃぃ~…ぅ……また吐くっ!…………ぅげぇぇぇ…」
「苦しいな……全部出してしまえば楽になるから…」
しばらくして、ようやく落ち着いた青島に冷たい水を注いだコップを差し出した。
「ブクブクしろ」
「ブクブクって……」
「もう出ないか?」
「わかん、ない…まだキモチワルイ。ここで寝る」
「ここでって……体が冷えるぞ」
「だって…まだ、吐くかも…」
そう言って、青島は真っ青な顔で廊下に丸まってしまった。
仕方なく、室井は寝室から毛布と掛け布団を運び込む。
青島の体を抱きかかえ、床に毛布を敷いてやった。
「ありがと……」
「ん」
「むろいさん………おれ、へーきだから………」
「ここにいる」
「…あした、しごとだろ……」
「いいから」
ぐったりとしている体をそっと横にして、布団をかけてやろうとした瞬間、再びガバッと飛び起きた青島はトイレに顔を突っ込んだ。
なかなか吐き気が治まらないようだった。
幸運にも最近青島と頻繁に行動を共にしていた。回想するに食中毒などではなく、恐らくはウイルス性胃腸炎だろうと思う。
残念ながらこれは、普通は症状を乗り切るしか方法はない。
背中をさすり続ける室井に、青島は「ごめん」と「ありがとう」を繰り返し、“心配しないで”と言いたげにニヤリと笑んでみせる。
冷や汗をかき、息苦しさで目も潤ませているくせに。
強がりで、意地っ張りで、でも青島の心はどこまでもどこまでも、自分のことより室井を思う気持ちばかりだ。
放っておくなんて、出来るわけがない。
どれくらいの時間がたったのか、少しだけ顔色に血の気を取り戻した青島は、疲れ果てたように床に転がったまま小さな寝息を立て始めた。
一先ず大丈夫か。
愁眉を開き、室井は片膝を付いたまま垂れていた前髪を掻きあげる。
もっと、甘えてくれたらいいのに。
ふらつく身体を室井に預け、全身を委ね、側にいてくれと強請ればいい。
可愛げのない、可愛い恋人。
強がって素直にならない青島が、しかし室井にはどうしようもなく愛おしい。
手の甲で、頬に触れた。
少し、熱い。
熱もあるのか。
冷や汗で湿った体を、いつまでも廊下に寝かせているわけにはいかないだろう。
「青島、」
「…ぁ………ん…ねてた……?」
「起きられるか?ベッドで寝た方がいい」
担ぐように支え、二人でゆっくりとベッドに戻る。
抱きあって布団に潜れば、青島は室井の腕の中で穏やかな寝息を立て始めた。
しばらく付き合ってから、室井は寄り添っていた体をそっと離し、台所に向かう。
米を研ぎ、火にかける。
室井のお粥は、青島が風邪をひいた時の定番だ。
「あいつのことだ、今回も朝になれば……また勝手に、仕事に行くとごねるだろうな……」
深い夜の底で、優しい湯気が苦笑いの室井を包みこむ。
◆scene2
「顔色、悪いな……」
「そうですか?まだちょっとだけ吐き気はあるけど……熱 だって微熱ですし、大丈夫ですよ」
「……」
翌朝。
今日は仕事は休むように、どうやって説得しようかと思案していた室井は、いきなり肩透かしを食らった。
珍しく青島が室井の助言に素直に従ったのだ。
室井はなんとなく噛み砕けないものを感じ、じっと青島の顔を見つめる。
「こわいカオ」
「……やかましい」
こいつはすぐに無理をする。だが大人しく寝ていてくれるのであれば安心とみていいだろう。
「休めてらっきぃってやつです。いい口実ができました」
「羨ましくはない」
「うるさいよ、早く行けば」
「そうか。じゃあ行ってくる。ちゃんと寝てろ。時々電話する」
「はいはい。行ってらっしゃ~い。気ぃつけて~」
【1回目】
『室井だ。具合はどうだ?』
―ん、大丈夫ですよ~。気持ち悪いのも治まってきました
『そうか。台所にお粥作って置いてあるから、吐き気がなかったらお腹と相談して食べろ。熱はどうだ?』
―38℃。またちょっと上がってきましたけど、…… ま、大丈夫ですって
『やっぱり上がってきたんだな。ちゃんと横になってるか?』
―心配性だなぁ。それよかお粥って。いつの間に
『昨日君が寝てからだ。無理して食わなくていい。ゆっくり休め』
―……はぁい
【2回目】
『もしもし?青島?』
―………はい……
『どうだ?大丈夫か?』
―……お粥…………
『ああ。食べられたか?』
―ええ、……まあ、あの…………
『……戻したか』
―ごめん、せっかく作ってくれたのに
『今も気持ち悪いか?水分は摂れてるか?』
―はい……水は飲めます……
『そうか………声が辛そうだ』
―……んん、大丈夫。こうして声聞けたし。電話ありがとうございます
『またかけるから』
―へへ、なんか、得しちゃった気分です。あんたの声がいつもより聞ける……
『……馬鹿』
【3回目】
『もしもし?どんな様子だ?』
―……ん…ダイジョーブ、です……
『……青島?』
―平気、ですって……そんなに、かわらない……
『…』
―…はぁ…
『――!おまえ…!もしかして今朝から本当はものすごく体調悪かったんじゃないか…!?』
―……、そんなこと、ない……いま、ちょっと熱……高くなっちゃった、だけ、ですもん……心配すんなって…………
『今、何度だ?』
―…………
『青島』
―…………平気です……
『怒るぞ』
―どってこと、ない、ですよ……あんた、大袈裟なんだよ……
『……、わかった。あとは定例会議だけだ。もう少しだけ踏ん張ってくれ』
―……
『……青島?』
―愛して、ますよ、室井さん
『…言ってろ』
―……はは……
『本当にあと少しで終わるから。すぐ帰る。俺を待てるな?』
―……うん………
『切るぞ?』
―……うん………
【4回目】
『もしもし?青島っ?青島か!?』
―……………………はい……
『ああ、大丈夫か?すまない、会議が長引いた』
―ん……
『電話に出るのも辛いか?』
―……へーきです。室井さんの声、安心する……辛くない……
『…欲しいものは』
―ないよ。…ぁ、水…
『辛いか?辛いな?』
―……ちょっと、だけ…
『後は定例報告だけだ。そんなのは家でやるから。すぐ帰る』
―あの……電話、もし、忙しかったら……かけてこなくても、大丈夫です、から……
『君は。いや、……またかける』
―…室井さん
『なんだ』
―すき、って言ってよ
『……、帰ってからだ』
【5回目】
『青島?今、駅だ。何か食べられそうなものは』
―……むろいさん…………
『ああ』
―……………むろい、さん………
『どうした…!』
―………お、れ………
『ッ!119番出来るか?タクシー回した方が早いか?!』
―………も、かえ、る………?
『今帰る。だから俺をひどい恋人にしてくれるなよ』
―……すきですよ……
『!……そういうことは、直接言え…!』
―………………
『青島?!』
―………………
『青島ッ!大丈夫かっ!青島!返事をしろ!おい!』
―………ぅ………
『ッ、なんでこんな時に仕事など・・!頼むッ、返事を青島ッ!』
【帰宅】
「…で?あんた、家に着くまでずっとスマホ繋いだままで、猛ダッシュしたの…?」
「……」
「俺、そんな返事…できませんでした、よね…?」
「必死だったんだ」
「なんも話さず、スマホ耳に当てっぱなしで電車に乗ってるって、それ絶対怪しいよね」
「……」
「通報されなくて良かったですねぇ…」
「……」
◆scene3
「でだ。青島……病院行くか?」
「いいって…寝てれば治りますよ。寝られないのが、つらいところっすけどね、オナカの風邪は」
「つらそうだった」
「…今はもう、熱だけですから…」
「青島」
「……ん?」
「…、好きだ」
「な、にっ、急に!」
「いや……さっき電話で、帰ったら言うと言った」
「……ほんと、律儀ですよねぇ……俺もね、好きですよ、室井さん」
「……」
「俺もさっき、直接言えって言われたから……へへ。あのね、すきすき!愛してますよ~室井さん」
「………………で、本当に行かなくていいのか?病院」
「……」
――熱はまだ高い。
ジト目を寄越す青島の茶化すような口振りの裏で、本音は病院に行くために体を動かすのもつらいのだろう。
繋ぎっぱなしにしていたスマホの料金の心配と、枕元に置いておいた洗面器をクルクル回して遊んでいるのも、青島の精一杯の強がりだ。
先程、明日の出勤も無理だろうと、早々に署に連絡を入れさせた。
抵抗もせずに電話したところをみると、本当に具合が悪いのだ。
室井は腰に手を当て、肩を落とした。
とりあえず、楽になるよう何かしてやるか。
冷凍庫に大量に転がっていた保冷剤を脇の下と脚の付け根に当てて冷やしてやると、青島は気持ち良さそうに目を細めた。
「なにか食えそうか?」
「んー……今日は、お腹、休ませます……室井さんは、ちゃんと食べてくださいね……体力落ちると……俺の風邪、うつりますよ……」
「そんなに簡単にはうつらない」
「わっかんないよ〜……俺より、年寄り、だからね…」
ふぅーっ…と大きく息を吐くと、ぱたん、と腹の上に洗面器と手を落とし、青島は電池が切れたように目を閉じた。
「すみません…すこし、ねます…」
「ああ」
空元気もここまでのようだった。
血の気の失せた顔で、スイッチが切れるように青島は眠りに落ちていく。
暫くその顔を眺めていた室井は、音をたてずに立ち上がった。
青島が穏やかに眠れている間にこちらの風呂と夕飯を済ませてしまおう。
自分の用事を終わらせてしまえば、あとはずっとそばに居てやれる。
額の手ぬぐいに一度手を当てると、室井はドアは開けたまま部屋を出た。
***
温くなった手ぬぐいを交換していると、青島が薄く目を開いた。
「…むろいさん…」
「水、飲むか?」
「…ん…なんども、ごめん……」
「喋らなくていい」
熱は39度を超えている。
朦朧としてベッドに沈む青島の肩の下に、グッと手を差し込んで少しだけ上体を抱え起こすと、室井は水を口に含み、その焼けるような唇に少しずつ流し込ん
だ。
コクン…と青島の喉が動き、微かな喘ぎが息苦しさを伝えてくる。
どうしたらいいんだ。どんどん悪くなっているように見える。
とりあえず、水分が摂れていれば大丈夫だろうが。
この風邪の一番怖いところは、脱水と栄養不足だ。
「はぁぁ…おいしい……」
「もう少し飲めるか?」
「うん……」
青島が満足するまで、室井は繰り返し口から与えてやる。
「も…っと…ほし…」
「…ああ」
コクンと飲み干す音、縋ることも出来ない指先、弛緩した体が室井の腕に預けられ、青島の濡れた赤い口端から飲み切れない水が透明の光る筋を描いた。
濡れそぼる口から漏れる荒い呼吸が断続的に室井の頬を掠めていく。
「大丈夫か?気持ち悪くないか?」
「…だいじょうぶ……むろいさん、は…?」
「?」
「ねてる?……あんた、あした、」
「明日は休みだ。一晩中看病してやる」
「それ…」
「一日抜けたくらいでは何事もない」
「きのうも、ねてない、じゃん…」
「いいから」
「……」
「青島?」
「……ごめん」
「もう慣れたって言っている。それに、おまえが朝までに元気になってくれたら、明日は一日中寝させてもらう」
「それは、おれが、さびしいもん…」
喉を鳴らして笑ってやるが、いつもなら言い返してくる青島の妙に素直なリアクションに、返す元気もないことを思い知る。
体をベッドに横たえてやると、拗ねたように青島は寝返りをうち、室井に背を向けてしまった。
丸まって潜る背中が、妙に小さく映る。
室井は前髪を掻き毟り、ここにきて言葉を間違えたことに気付いた。
青島と違ってこういう時、どうも上手い言葉が出てこない。
会話が途絶えた部屋は気まずい重さが押し寄せていた。
深閑とした夜更けは深く、二人きりなのに誰も助けに来ないような孤独が室井を襲う。
体調が悪く弱っている時に、室井がきちんと否定しなかったことで、きっと青島はいつも以上に室井の手を掛けてさせていることを気にしてしまった。
また、青島にそんな態度を取らせてしまったことで、室井もまた擦れ違った気持ちが痛みに沁みてくる。
たかが風邪だ。だが普段が快活な男なだけに、知らず強張っていた室井の心と身体を泣きたくさせる。
それに、こんなに回復に時間がかかるのを見るのも初めてだった。
いつもなら一晩でケロッとしていたのに。
不意に、黒ずむ視界で振り返らない背中を見続けていた室井の漆黒の眼が、歪んだ。
「…ッ…」
前触れなく襲われた、締め付けられるような胸苦しさに呼吸が乱れ、思った以上に室井の体に走った動揺は大きく、それにも自分で驚いた。
こんな気持ちを、自分は遠い昔に知っている気がした。
張り詰めていた気持ちの隙間に付け込むように、荒い呼吸で浅い眠りにつく目の前の青島の背中に、あの日の赤黒い流血の惨事が重なっていた。
強張った顔で、室井は胸倉を鷲掴む。
あの事件から、何年経っても……。
悪夢にうなされ汗びっしょりで飛び起き、今、青島がここにいないという不安だけで、室井はそのまま朝まで眠れないこともある。
どれほど自分を律しても、夢まではコントロールできない。
被疑者の部屋で血まみれで倒れていた、あの衝撃の光景は今も室井を苛んでくる。
迂闊だった。昨日の夜から青島は具合が悪くて、でも強がって、自分はそれにまた誤魔化されて。見抜いてやれなかった。
そんな風に、もう二度と手遅れになるようなことはしないとあの時だって誓った筈だったのに。
覚束なく震えた指先を延ばし、壊れ物を掬うように室井は青島をその胸に柔らかく抱き込んでみる。
今夜は……青島が隣にいてくれて良かった……助かったのはきっと俺の方だ。
青島は寂しいと言ったが、本当に寂しいのは室井の方だった。青島がいなくなったら自分はどうなってしまうのか。
青島の体温を確かめながら、室井は甘える子供のように掻き込んだ体に耳を押し当てる。
規則正しい青島の鼓動が、次第に室井の呼吸を同調させた。
青島は、ここにいる。確かに、今は、俺の手元に居る。
「…むろい、さん…?」
「……すまない」
「どしたの…?」
「………」
室井の顔色に何かを察したのだろう青島が、手を伸ばし室井の後頭部にたどたどしく触れてくる。
「だいじょうぶ?」
「……今夜、お前も俺もひとりっきりじゃなくてよかったな、と。そう思っていただけだ……」
「……ん?………あぁ……うん、そっか……」
体を離し、まだ微かに震えの残る手でフワリと頭を撫でてやると、青島は分かったのか分からないのか、小首を傾げつつも安心したように室井を見上げた。
その表情に、さっきまで早鐘を打っていた室井の鼓動も凪いでいく。
それでも青島は、こうしていつだって室井を見つめてくれるのだ。
青島が力ない手でぱふんと布団を持ち上げて見せる。
「入る?」
「……」
「……さむい、でしょ?………ここに、ねて……ふとん、かけて……ちゃんと、ねないとね、ほら………つかれてると……こわい、ゆめ、みる、から……」
舌足らずな甘い声で、室井に休め、休め、と指図をする。
……どっちが看病されてるんだか。
室井は無言のまま命令通りに潜り込み、青島の頭をキュ、と胸に抱えた。
「ありがとう、もう、大丈夫だ」
早く良くなれ……俺も。君も。
◆scene4
ひんやりした空気が、汗で濡れた髪の間を通り抜けた。
窓に顔を向けたら、洗濯物を干し終えた室井が視界に入る。
「……室井さん…」
「んー、起きたかー。よく寝たな。ほら、熱測れ」
手渡された体温計を脇に挟みながら、青島は室井の頬に手を伸ばした。
「室井さん…、きのー、寝られた?」
「ああ、おまえがよく寝てたから、一緒に」
……いや、そんなことはないだろう、きっと寝不足だ。
こっちも寝付きは悪かったし。
夜中に身体を冷やしたり、汗を拭いてくれていた。何度も、何度も。
朦朧とした意識の淵で、室井さんの手が俺の体に触れるのが心地よかった。
そうだ、俺がノドが渇いたって言うたびに室井さんが水を――
口移し……
思い出すと、顔が熱くなる。
「顔が真っ赤だ、まだ下がってないのか……」
心配そうな顔に、そうじゃなくて…とは恥ずかしくて言えずにいると、タイミングよく体温計が鳴った。
「37.7度か。まだ高いが昨日よりはだいぶ下がったな……よかった」
独り言のようなその呟きに、同時に心底ホッとしたという顔で、室井に頭をグリグリ撫でられた。
分かり辛い男だからこそ、こういうほんの少しの動作に彼の本音が滲み出る。
「ああ、ずいぶん汗もかいたな」
新しいのを取ってくるから汗だくのパジャマを脱いでおくよう言いのこし、室井が洗濯籠を持って部屋を出ていく。
その背中を青島の視線が追う。
一人残され、とりあえず、室井の言うとおりにしようと息を吸った。
両手を付いて体を起こしてみたら頭がクラクラして、青島はポスンッと枕に倒れ込んだ。せめて寝ながらボタンくらいは外そうとしたが、それも指に力が入らな
い。
熱は下がったといってもまだ38度近いし、食事も摂れていないし、しばらく水分しか摂れていないから当然だった。
「ダメージ大きいなぁ……」
それに。
…心配かけちゃったなぁ……なんか、よく覚えてないけど、室井さん、夜中に俺の背中にへばりついてたしなぁ。
ボタンひとつ外せずに脱力していたら、室井が戻ってきた。
一目見て、やっぱりなと何やら頷き、ベッドに腰掛けてくる。
見上げれば、室井は青島を抱え起こすと背後に座り、自分にもたれさせ青島のパジャマをゆっくりと脱がしてくれた。
シーツも持ってきていたけれど、取り替えている間、起きあがっていられる自信はなく、それはそのままでいいと断った。
お湯で絞ったタオルで体を拭かれていく。
「室井さん、なんか、すごーく……いいお父さんって感じ」
「おまえそれ、自分がガキだって認めてるぞ」
「む。」
「寒くないか?」
「ん。気持ちいい……っあ!ちょッ、ばっ…ばっか、なにすん…!」
タオルで拭きながら、室井に、クルン!と乳首をくすぐられた。
油断していただけに、その刺激はダイレクトに青島の背筋を栗立たせる。
そんな気も知らず、笑いながら室井は新しいパジャマのボタンをはめていく。
「俺に抵抗する気力がないのわかってて、面白がってるでしょ……」
「まな板の上の鯉ってやつだな……。次は足」
ゆっくり体を寝かされて、今度はパジャマのズボンを脱がされていく。
「……自分で拭く………」
言うだけ言ってみたが、やっぱりだるさに負けて動けない。
「……もう、鯉でいいや」
投げやりな青島の口調に、また室井が笑ったのが空気で分かった。
トランクスまで下げられて、足の指先まで几帳面に拭いてくれる。
すると、頭がぼんやりしていて、自分でも気づいていなかったことを室井に指摘された。
「こんなに体調悪くても、寝起きの生理現象か」
「えっ!?……あっ、それはっ……あんたがさっきイタズラしたからっ……!」
揶揄うわけでもなく、物柔らかな笑みを落とした室井はササッと拭いてくれて、終わらせてくれた。
下半身も着替え完了。
けど、気づいちゃったら……おさまらない。
男の矜持を護ってくれたんだろうけど、恋人にそれやられた俺の立場は、虚しいというか情けないというか。
「よし、また寝ていいぞ……ああ、胃の具合はどうだ?」
「……室井さん」
「ん?」
「……して」
「…、やめとけ。体力落ちてるんだから」
「でも…このまんまじゃ寝らんないもん」
「そのうちおさまる」
「室井さんのせいなんだからね。……もういい…自分でする……」
熱でぼんやりしている頭は便利だ。
羞恥ってものを、上手くどこかに吹き飛ばせる。
下着を下ろして握りしめた……が、パジャマのボタンも外せないほど消耗しているのを忘れていた。
少し擦っただけで、手を止めた。
「自分でするのって……こんなに大変だったっけ?」
堂々と破廉恥な行為を始めた青島を呆れた顔で見ている室井がベッドに片膝を付いてくる。
呆れ顔のままそっと青島の額にキスをすると、青島の手に自身の手を重ねた。
「手伝ってやる」
驚く間もなく、室井の指先が律動を始めた。
ゆっくりと、労わるように……
「あっ……ん、んんっ………」
「体に害のないペースで動かせ」
「なんだそれ」
途切れ途切れに漏れ始めた青島の殺した息が部屋の温度も湿度も上げていく。
早く達かせてやった方がいいのか?
ゆるやかに上り詰める方が負担は少ないか?
そんなこと考えてしたことは無いな。
悩む室井の眉間にも皺が寄る。
「…んっ……なんでそんな…んくっ!…難しい顔、してんの……はっ…ぁ、ん…はぁ!」
室井の重ねた手が、青島の手が望む速度を感じ取って共に動かされ、目は青島の呼吸を観察する。
息が、かなり荒い。
室井の結論は、“長引かせるよりさっさといかせた方がいい”――だ。
「大丈夫か。苦しそうだ」
「…こんなこと、してんだから……苦しい、に、決まってんじゃん!酸欠…!!はぁ…んっ!んっ!ふ…ぅ!」
「やめるか?」
「…っ、やめないっ!」
「そうか、なら早く出してしまえ。長くかかると余計な体力を使ってしまう」
言うが早く、より強い快感を与えるために、室井は青島自身を口に含んだ。
「ぁあっ!…やぁっ、ん!……はぁっ!きもちいぃ…ッ、…………ぃ、いく!…室井さんっ、イクっ!」
腰が浮き、室井の口の中に白い液体を吐き出しながら、青島は意識を飛ばした。
***
「だからやめとけって言っただろう」
「……ちくび、いじった………むろいさんが、わるい」
クタリとベッドに沈む青島の隣に寝転がり、室井の手はあやすように背中をぽんぽんし続ける。
まだ快楽の余韻を残す甘い体は、弛緩したまま気怠げに撚れたシーツを纏う。
「悪かった……すぐに気づいてくれて、本当によかった……頼むからこれ以上、心配させないでくれ………」
平静を装ってはいるが、室井は青島が気付くまではパニックだった。
昨夜の悪夢だってまだリアルで、どうしようもない不安感は生々しく燻り、それは青島の失うことへの恐怖に他ならない。
可愛すぎてつい容赦なく嬲ってしまった自分を棚に上げ、室井は青島に手を伸ばす。
キスを強請る青島の頬を撫ぜ、室井は触れるだけのそれを落とす。
ったく、人の気も知らないで。
それでも、青島の体温はそれだけで室井を落ち着かせる。
「…………室井さん、ごめん……、ありがと」
甘えるように室井の胸に顔をうずめた青島が、小さくくぐもった声で囁いた。
このタイミングで、この仕草で……。
全く、手のかかる恋人である。
そんな年下の恋人に参ってしまっているんだからどっちもどっちだと割り切り、室井は腰を上げる。
さて、何か消化の良さそうなものを作ってやるか……
メニューを考え、ベッドから降りようとした室井の中心に、背後から突然青島の手が伸びた。
「っ!!こら!!」
「室井さんも、して。おれがするところだけ見て、ずるい」
「ずるいって、おまえが勝手に始めたんだろ…んっ……」
熱い手にぎこちなく触られ、室井の形が変わり始める。
「して」
「――」
こんな真っ昼間に?
青島の前で?
自分で?
ありえない。
熱のせいか、さっきの痴態を晒したせいか、恋人のとんでもない要求に室井は棒立ちとなった。
その顔が羞恥に強張る。
そう思いつつも……青島の覚束ない愛撫に、室井ももはや、出さなければおさまらない状態になりつつある。
振り解けばいいのに、その手を振りほどけない。
いや、しかし…………
「……てつだって、あげるから」
そんな可愛い顔で見るな……
開き直った室井の行動は早かった。
さっさと下着まで脱ぎ捨て、青島の枕元にあぐらをかいた。
硬くなったものを自分で触り見せ付け始めると、青島が膝に頭を乗せてきた。
「手伝ってくれるんだろ…………?」
伸ばしてきた青島の手を取り直接握らせ、その上から室井自身の手で包む。
さっきと同じだ。
「おまえの好きなペースで」
見られながらするのは初めてだ。
「……おれ、室井さんが感じてる顔、ちゃんと見るのって、初めてかも……」
「……言うな」
「いつもはこんな余裕ないし。……室井さん、すごい色っぽい」
「…だから…からかうなって……んっ……ハ…ッ、」
「……声も…気持ちよさそ……普段から、もっと声…聞かせてよ………」
「ばか……」
青島の吐息混じりの声も、柔らかな眼差しや髪も肌も香りも、青島の全てが室井を蕩かす媚薬だ。
こいつはそれをわかっていて、室井のためとあれば恥じらいなど捨てて…甘く喘ぐ。
俺の声も、同じ甘さを持つのだろうか……青島を蕩けさせる甘さを。いつもは喉に押し込めている声だが、今日くらいは強請られるままに――
「…クッ…、…ぅ、…ふ…っ」
喉からせり上がり口から溢れ出る、形を成さずに浮遊する声………室井は思わず顔を片手で覆い隠した。
室井の中心が、はち切れんばかりに充血し、粘調の糸を垂らしている。
「……ふ…ぅ…ッ、……ぅ…アッ、…ッ……ぁあ…」
「…室井さん……いつもより…………なんか、マジでえろい……」
「おまえの……っ……手が、熱い、せいだ……ァッ……ァ…」
「……おれに見られてるから、でしょ…………」
「…………あ、おしま……んっ………………もう…出そうだ……」
あと数回擦れば出る、と思った瞬間、青島が動いた。
怠い体を必死に起こし、室井の先端を咥えてくる。
熱いねっとりとした粘膜に包まれ、室井に一気に射精感が走った。
「っん!!……くっ!…ぅ、あ、おしまっ………出るっ!!」
室井の腰が震え、青島の口の中で達った…と同時に「あっ!」と叫ぶ。
「飲むなよ!!」
まだイッてる途中で口から引き抜いて、あちこちに精液を撒き散らしながら、室井は青島の口元に手を当てる。
「ここに出せ!飲むな!」
……コクン。
深夜に飲んだ水と同じように、青島は姚冶に喉を動かした。
「…!ばか!まだ飯も食えないのに、そんなもの飲んで!」
「……薬」
「はあっ!?」
「風邪薬。室井さんの、手作り」
「手作りじゃない!手で出しただけだ!」
「あははは」
「あははじゃない!そんなもん、毒だ!」
「毒って………………あー、室井さんのでパジャマがべちょべちょだー。ちょっといつもより多くない?」
「………………………もう一度着替えだ………シーツも」
困った顔と照れた顔と怒った顔と、それに青島が回復してきて嬉しいって顔と。
全部が混ざってどんな顔をしたらいいか分からない室井は、青島の唇に触れるだけのキスをすると、ベッドから降りた。
キレイに整えた白いベッドに2人で横になる。
「あんたも寝んの?」
「……、休ませろ」
「あ~、感じすぎて」
「……」
「むろいさーん。むーろーいーさーんってば」
「うるさい」
「やっぱ、寝不足だったんじゃん……」
皺のなくなった眉間に、青島は幸せそうにキスを返した。
***
5分後。
「……むろいさん…気持ち悪い。吐きそう」
「ッ、そこっちゃある洗面器にでも吐いどけ…ッ!」
室井さんver<青島くんverを受けまして管理人が対として書き下ろしたものです>

その時俺はまだ油断していて、こんなおおごとになるなんて思ってもいなかった。
大切な人を大切にしたい気持ちはいつだって空回る。
******
◆scene1
1.
―事の始まり―
「こんなのは朝になれば治っている」
「へ~ふーんそう、嘘つくわけか、俺に。嘘つきはドロボウのはじまりです」
深い眉間の皺を刻む不愛想な顔に、何もかも見透かしたような青島の瞳が覗き込んだ。
愛くるしいその栗色の虹彩に浮かぶ強い光は、確信を持って室井を糾問する。
心なしか顔色を失っている室井は、口許をへの字に曲げ、ソファに座ったまま顔を背けた。
「・・嘘は言っていない」
「いちお、聴取取っときましょう。俺、車回してきますから」
「・・・・」
「・・ん?」
「・・・・・・・・・・・・吐く・・・・・」
「げ!やべ!」
延ばそうとした青島の指先より早く、シャツを掻き毟り、室井が小走りに青島の横をすり抜けた。
久しぶりの逢瀬だった。
夕刻になり、元来口数の少ない男が更に無口になったことで青島が室井の異変に気付き、問い質していた矢先のことだ。
「どお?苦しい?苦しい?」
「・・・・」
何度も青島の丸っこい手が室井の背中を擦り、息苦しさに顔を歪める室井を覗き込む。
室井は苦しいも、気持ち悪いも、言わない。きっとツライだって言ってくれない。
普段頑丈で気丈な男に起きた事態に、だからこそ青島の方が動揺を走らせる。
「・・っかしーなぁ?なんかワルイもんでも食べたかなぁ・・・でも金曜から俺とおんなじもんしか食ってませんよねぇ」
「君より軟弱だなんてサイアクだ」
「言う言う」
「・・・・うがいしたい」
不安と嫌な予感を隠し、どこか惚けた答えで避ける青島を片手で除け、便器から離れた室井が壁伝いに洗面所へと立ち上がった。
その背中に青島の目だけが追い縋る。
「・・少し、ふらついてますよ・・」
「めまいがするだけだ」
「つらいんじゃん」
「そんな顔するな」
「でも・・、ね、病院、行っときましょ?」
「・・・・」
「意地張らない」
「――わかった」
強引な誘いに、ようやく堅物な男は諦めたように小さく頷いた。
柔らかなその眼差しに、室井が折れたのは青島のためであることを知る。
分かりつつ、青島も無理に持ち上げた口端でぎこちなく笑みを作って見せた。
―受診後―
「ほぉらね、行って良かったでしょ」
「・・癪に障る・・」
ハンドルを握りながら前を向く青島の顔はご満悦だった。
それを横目で盗み、助手席に沈み込む室井も珍しく煮え切らない感情を晒し、肘を付く。
洗い晒しの硬い短髪が窓から吹き込む風にパサパサとはためいた。
受診したところ、ウイルス性胃腸炎とのことだった。
要は、ただの風邪である。
「キャリアってほんと、わっかんねぇ~・・風邪くらい、いいじゃん。誰だって、ひくじゃん。ふつーじゃん」
「それが許される職業でも立場でもないんだ。新城の莫迦面が目に浮かぶ」
「はいはい、頼りにしてますよ~(棒読み)」
ウィンカーを出しながらハンドルを切る青島の返事はもう生温い。
原因が判明して、正直安心した。
快癒していないのに気が早いが、深刻な病態でないことに、ほっとした。
素人判断でエリートキャリアである室井の身体を危険な目に合わせる訳にはいかなかった。
しかし、そんなことを正直に口にすれば、余計に室井は頑なになるだろうから、敢えて青島は譲歩を見せる。
我儘の振りを装えば、それはこうして完遂された。
誰にも頼らず何でも一人で出来てしまう口だけ不器用の几帳面な室井が、弱みを見せられる場所は少ない。
官僚という立場がどの程度室井の自由度を奪っているかは、青島には本当の所はよく分からなかった。
もし、青島が指摘しなければ、室井は最後まで隠し通そうとする。
室井は基本、自律と規律を何より尊ぶ。
そんな男が青島に熱情を白状してきた意味を、青島は付き合う中で知ってきた。
不謹慎だけど恋人となれて、隣に居れるなら、今は良かったと思う。
「心配したか」
「べっつに~」
青島の天邪鬼な返事に、フッと小さく反応を返してくる。
街灯が断続的に車内を白くはぐらかし、カーラジオが交通情報を告げていた。
どこかノスタルジーが残る車内を壊すように、滅多に見せない不貞腐れた顔となっている室井もまた、投げやりに息を吐き、とりとめない戯言を途切れさせなかった。
「最近無理が続いてたから、そのツケが来たんでしょ」
「キャリア失格だ」
「官僚になってから引いたことなかったとか言いだします?」
「言う」
「!・・まさか、みんな、そう、とか?」
サイドブレーキを引く青島の横で、真っすぐ前を見たまま室井が飄々と暴露する。
「風邪程度で休んだなんて、自己管理も出来ないと見下される」
「言いそうな人、俺も浮かんじゃいました」
「ああ、空耳まで聞こえてきた」
「へーなんて言ってます?」
「ものっすごい嫌味な顔で鼻で笑っている」
「・・・・」
「・・・・」
「んで?夕飯どうしましょっか。なんか食べられそうなもの、あります?」
ウィンカーを指先で出しながら、青島が最後の交差点を右折した。
官舎まではもうすぐだ。
「君だけでも食えばいい」
「じゃあねぇ、うどんとかそーめんにしますか。あったかいやつ」
「君でも作れるしな」
「・・・」
頬を膨らませた青島が夜の大気の中で降り返った。
藍色の靄の中で一瞬目を合わせ、同時に二人に共通の笑みが浮かぶ。
「よぉっしゃっ、俺、張り切っちゃいますよ~」
「・・ほどほどにな」
きっと、明日にはよくなっている。
2.
深夜、微かな灯りと水音に、青島は目を覚ました。
ぼんやりと視線を向けると、オレンジの灯りの奥から、影が戸口を遮る。
影は、ふらりと壁に身を任せた。
「室井さん?もしかして、また吐いた?」
「起こしたか。すまない」
「謝るとこじゃないでしょ」
ベッド脇に腰を下ろし重く息する室井を認め、青島は身を起こした。
その背中を擦ろうとして手を伸ばし、青島はいつもとは違う感触に気付く。
「・・ん、あれ、少し熱っぽい気もする・・。あの、へーき?ですか?」
「寝てろ」
「うん・・でも・・、しんどいんでしょ」
「おまえ、あったかい」
CHU♡
上からの重ねるだけのキスで室井に反論も抵抗も封じられる。
闇の中で伸ばされた逞しい腕に掬うように巻き込まれ、青島は室井の慣れた匂いに包まれた。
その長い指先が青島の後頭部をあやす様に掻き混ぜる。
「俺・・なにか、その、なにしたらいい・・?」
ここまでなっても、室井は何も言ってくれない。
ただ抱く腕を強めるだけで、沈黙に意味すら持たせなかった。
もしかして体調は悪化しているのかもしんない。言わないことと頼られないことは、別物である。
甘え方を知らないひとだから、上手く言えないのかもしれない。
住む世界も、見える景色も、生きる意味も違う相手だってことを、青島はこんな時思い知る。抱えるものだって、青島には計り知れない。
応えぬ男が、妙に遠く、閉ざされている気がした。
でもそれ言ったら、室井を追い詰める。
俺が、しっかりしなくちゃ。
戸惑って、迷って言葉を待ち続けている部屋は、秒針の音が妙に大きく聞こえていた。
心細さを誤魔化すように、青島は室井の首筋に頬を擦り付ける。
頬から耳へと異動した室井の薄い口唇は青島の首筋に潜り込み、青島はふるりと身体を奮わせた。
「ンッ・・こらっ、風邪ひきがなにやってんすか・・っう、ぅぅんッ・・もぉぉ・・。お熱、測っときましょーよ室井さん」
「・・いい」
「けどなぁ・・、ぁっ、こら、放せよ、重いって・・、こんなときだってのに・・も・・っ、どいてくださいよ・・」
室井の筋肉質の身体が穏やかに体重をかけ、青島をベッドへと組み敷いた。
薄い男の口唇が、悪戯に青島の肌を這い回り、露わとなったシャツの隙間から熱い息を吹きかける。
「聞けないな」
「明日っ、本格的にお休みになっちゃいますよっ」
「それは、おまえの方かもしれないぞ」
「そーやって、ホントのこと言わない性格、どうにかしないとね」
「どうするんだ?」
こりゃ、どう抗っても口を割る気はないということだな。
それでもこうして青島に触れたがり、いつもよりも身勝手な様子は、青島だけが知る室井の甘えである。
「はぁぁ~、夜中に付き合う気はありませんよ。ほら、ちゃんと自分のベッドに戻って。お布団オナカにかけて。こぉんな室井さん、誰も知らないんだろうな
~」
「青島」
「はいはい」
「こっちで寝る」
「明日、悪化してなきゃいいですけどねぇ・・」
覆い被さる男に観念し、青島は両腕を回して天井に顎を反らした。
明日になれば。
祈るような気持ちで、青島はいつもより少しだけ熱い背中を優しく撫ぜ続けた。
◆scene2 電話
「ん~・・やっぱちょっと顔色ワルイ?」
「気にするな」
「あ、ほら、体温計鳴ってる。何度?」
「・・・」
「だめ。見してください。・・うげ、7度8分かぁ・・、こりゃもっと上がるな」
翌朝。
室井の容態は案の定、悪化していた。
面長の顔は青ざめ、いつもより深めの眉間の皺が室井の状態を唯一証明する。
自分でももう誤魔化せる状態ではないと分かっているのだろう、素直に仕事を休む旨を連絡し、室井はベッドに横たわっていた。
だけど、食事を作ってやれるわけでもないし、もし更に悪化して意識を失ったり、吐いたものを喉に詰まらせたりしても――
「いいから行ってこい。こっちは寝てれば治る」
「そんな“叩けば治る”みたいな昭和テレビのノリで言われましてもね・・・、でもおれ今日は絶対来いって言われてるしな~・・・」
「おまえまで休ませたら自分が許せない。俺に後悔させる気か?」
「かなわないな・・、んじゃ、とっきどきスマホ入れます。出れそうだったら出て?」
「・・ああ」
「うそついちゃ、だめですからね」
「わかったから」
後ろ髪を引かれる思いで、青島はショルダーバッグを肩にかける。
忘れ物がないか、ぽんぽんと身体を叩いてチェックして、それから青島は片手をベッドに着いた。
身体を傾け、スッと室井の口唇を盗み取る。
「・・なにをする」
「だから。おまじない」
「言っておくが、もどかしいのは俺の方だぞ」
「イイコにしてて」
扉を出るとき、青島はもう一度だけ振り返った。
白い陽光と白いシーツに包まれ、室井は毅然としていた。
仮に逆の立場だったとしても、自分もまた室井を戦場に送り出すだろう。
男って、なんか、しょっぱい。
青島は大きく息を吸って天井を見上げた。目を瞑り、うっしと気合を入れ直す。
「じゃ!行って来ますっ」
室井に軽く口端を持ち上げて見せ、青島は勢いよく扉を閉めて駆け出した。
【一回目】
『どお?熱』
―変わらない。食欲はある気がする
『そか。冷蔵庫のタッパの中のやつ、温めて、それから』
ー全部俺が作ったものだ
『でしたね。れいぞーこん中もカンペキ』
―完璧って言ったって・・・。今まで一度も病欠しなかったんだ
『ま、歳取ると免疫も落ちるって』
―四つ差がこんなに身に染みたのは初めてだ
『むーろいさんっ、風邪んときは弱気になりがちなの。また挽回できますから。ちゃんと寝ててくださいね。お仕事なんかしてませんよね?』
―・・・・
『ちょっと!』
―大丈夫だ。ベッドに横になっている。・・ちゃんと寝る
『あ、課長が呼んでる・・すみません時間切れ。また隙見てかけますからっ』
【二回目】
『どおですか?薬、効いてます?』
―・・ああ、大丈夫だ・・
『・・、あの、食べれました?』
―・・すこしな、口には入れたんだが・・。薬は入れたから
『そうですか・・。水分だけでもとって?』
―君が置いていってくれた魔法瓶、ちゃんと使っている
『そか・・・、あ~ちくしょ、まだ帰れそうにないんだよな~。ごめんなさい室井さん、もう少しひとりで平気?』
―仕事に、集中、してろ・・、一人の方、がよく寝れる・・
『でも、また、かけなおしますからね』
―・・そんなに、かけなくて、いい・・
『だーめ。孤独死させるわけにはいかないよ』
―・・自分だって、かけてこなかったくせに・・
【三回目】
『室井さーん?生きてるー?』
―・・ばか・・・
『あの、俺まだ帰れそうになくって』
―・・いい・・
『声、なんか掠れて・・。ほんと、平気?ひとりで』
―・・たいしたことない・・
『でも・・、誰か、様子見に・・』
―・・いいから・・
『・・ぁ、っと、どうしよ。どしたらいい?って風邪ひきに聞いてもな・・あの、あれからなにか口に入れられました?』
―吐くから・・いらない・・
『ぇ、ちょ、熱、熱は?』
―・・・・
『室井さんっ、あの、とにかく冷やして、あったかくして、』
―・・おまえ、めちゃくちゃだ・・
『笑っ、笑ってる場合かよ?!ほんとはつらいんでしょ・・っ』
―・・あおしま・・
『はいっ?なにっ?』
―・・だいじょうぶ、だから
『――、あとっ、あと少しっ、ちょっとですから待っててください!俺、ぜったい飛んで帰っから・・!』
【四回目】
『室井さんっ、今終わったよ!もぉ俺すんげー頑張ったの!帰る!!』(一方的)
―・・・・
【五回目】
『室井さんっ、室井さんっ、今着いた!今駅から向かってっとこ!』
―・・・・・・・・・・・ああ・・・
『聞こえる?聞こえてる?俺、帰るよ?』
―・・えらい、な・・
『・・っ、つらい?つらい?』
―・・すこし・・
『うそついちゃヤだって朝約束しましたよねっ?俺にはほんとのこと・・っ、あの、今、どんな状況で――あっ、くそ、駅遠いなっ』
―・・いそがなくて、いい・・
『でも・・っ』
―・・あおしま・・
『はいっ、あんたの青島ですっ、だから・・っ』
―・・あ、お、し・・・・・ま・・
『・・っ、まずいか、救急車、呼びます?ちゃんと説明・・っ、・・ああ、もぉっ』
―・・・
『落ち着け俺、えっと、ペットボトルのストックはあった。氷も作った。肉はあったし卵もあったし。もっと柔らかいもの・・、えっと、ネギ?ネギ?』
―心配ないから・・きをつけ、て、帰ってこい・・
『やめろって!あんたいっつも、そうやって・・!・・っと、薬は処方されてっし、あといるものってなんだろ・・、えっと、』
―・・なんとかなる・・。はぁ・・っ、一生の不覚だ・・
『っ、くっそ、何で俺こんな時に仕事行ったんだよ・・!あっ、桃缶!そうだ桃缶!くだものとか買って帰りましょうか!』
―・・・
『室井さんっ!?』
―・・君で、よかった、な・・
『っ、・・なんで・・!なんでそうやってさ・・っ、俺にはいっつもなんにも言わないで・・っ、庇われたって嬉しくなんかないんですからねっ、俺があんたの
傍にいたくって決めたことで・・!』
―あおしま、・・・
『はいっ』
―・・・
『室井さんっ!』
―・・すきだ・・
『こっ、こっ、こんなときになに言っ・・っ、室井さんっ?』
―・・・・
『室井さん?!返事!へんじしてっ』
―・・・・
『やだっ、室井さん、俺を置いてかないでッ、むろいさんっ死なないでぇ・・っっ』
【帰宅】
「――って、勝手に殺すな」
「だってあんた、返事ないし、倒れたのかと思うじゃん。実際倒れてたじゃん」
「スマホを落としたんだ。そしたらベッドから落ちたんだ」
「あ~あ~、38度越え。明日も欠勤ですかね。ごしゅーしょーさま。いちんち何やってたの」
「・・・・」
「反抗的。そうやって意地張るほど休み長引かせて自分が馬鹿見てるって気付いてます?」
「・・さっきのおまえ、かわいかったな・・」
「そーんなこと言ってると、どさくさに紛れての告白、バラしちゃいますよ」
「誰にだ」
おちょくり合う視線が睦まじく同じ温度となる。
ぱふんと青島がベッドに乗り上げた。
「ね?もう寂しくないっしょ?今晩はもういやっていうほどお世話してあげますからね。カクゴしててください」
◆scene3 深夜
ろくに絞れていないタオルでその額の汗を拭ったら、室井の漆黒の宇宙が青島を漫然と映した。
「・・ぁ、起こしちゃいました・・?」
「・・起きて、たのか・・」
小さく笑みを返すだけに留め、青島が汗ばむ室井の首元を濡れタオルで拭いていく。
息はかなり浅く、いつもは鋭いその視線も虚ろで、そんな姿に青島は直視するのも辛くなる。
やはりすごく具合は悪かったらしい。
室井は、青島の帰宅を見届けた途端、事切れたかのように昏々と眠りについた。
本当はきっと、電話に出るのもつらかったんだろうと思う。
「すこしは、眠れてました?なにか、してほしいこと、あります?」
「・・あつい・・」
「ん、まだかなり高いですから・・、おなかは・・?」
何かを確かめるような眼差しでぼんやりと青島を映すその顔は、苦悶に歪み、赤らんでいる。
今朝、玲瓏な姿で見送ってくれた面影もない。
普段から自己を律し、弱音を吐くところも、悟らせるところも、青島は見たことがなかった。
きっと、酷く苦しい筈だ。
「トイレ、行く・・?」
応えられもしないのか、何かをしようとした室井が片手で自分の首を彷徨う青島の手を退け、顎を反らした。
「ぁ・・、なに?苦しい?苦しい?」
喉仏を晒し、大きく呼吸を繰り返し、咽る室井に、青島が両ひざを付いた態勢で覗き込んだ。
労わるようにその腕を摩ってやり、必死に頬を撫ぜる。
「室井さん?室井さん・・!大丈夫・・?なにしてほしい?救急車呼ぶ?」
「・・気に、する、な・・」
「でも・・っ!ごめんなさい、俺がもっと気を付けていれば・・、今晩は頼って?」
「・・・」
「ここに、います、から」
何か、もっと良いものが冷蔵庫になかっただろうか。
藁をもすがる思いで青島はキッチンの方を向き、記憶を辿る。
でも普段から家事は室井任せで、あまり把握していない。
ほんと、俺、だめだ。
いつまで経っても四つ差は遠くて、住む世界も違ってて、背伸びしたって届かない世界がある。
そうだ、オレンジジュースがあったかも。
膝を立て、立ち上がろうとしたその時、室井の呻く声が青島を引き留める。
「室井さんっ、ぁ、息、苦しい?大丈夫?だいじょ・・、どうしたらっ・・どしたらいいんだろ・・っ」
「・・おしま・・、て・・」
「ん!?手!?」
戸惑うこともなく、青島は伸ばされたその手をしっかりと両手で握り返した。
差し出した青島の手を力なく取り、室井が自分の胸に宛がう。
「こうして、・・それから・・」
室井が青島をひたぶるに見上げ、刹那、条件反射のままに動き、青島が室井の薄開きとなった口を口唇で塞ぐ。
軽く重ねただけの口許を僅か放し、青島が見下ろせば、室井もまた、熱に冒された眼差しで、じっと青島を黒い瞳に誘いこむ。
「も・・っと・・」
「・・はい・・」
逡巡はなかった。しんと静まり返った部屋で、室井がしんどそうに身体を起こそうとするのを手伝い、青島はベッドに腰掛け肩をもたれさせた。
胸の手は離さずに、しっかりと握る。
「さわって、・・くれ」
じっとりとした身体が自由も効かず、はだけた紺色のパジャマから覗く胸元を荒く上下させ、室井は全体重を青島に委ねていた。
投げ出された足がそっと青島の太ももに絡められる。
いつもは乱れなく撫でつけられている室井の短髪も今は額に垂れ落ち、汗で貼り付き、襟元がはだけて胸板まで肌が覗く。
「身体、起こしてる方が・・楽だ・・重く、ないか・・・?」
「全然・・」
「このまま眠っても・・いいか?」
「・・ええ・・」
「君が傍に居ないと・・俺は、眠れない・・」
じっと見つめ合うまま、青島は背後のベッドヘッドにある筈のペットボトルを片手で探った。
「飲める・・?」
瞳が重なり、深邃に響く命令に、青島は白い歯を覗かせ口でキャップを外し、軽く煽った。
そのまま室井に口付ける。
口付け合う隙間から、室井の苦し気な息と飲み干せなかった水が滴り落ち、室井の顎を辿った。
「もっと・・?」
「・・ああ・・」
幾度か口唇を重ね、潤される室井の熱い吐息が喘ぎ、パジャマの襟元が、滴る水で色濃く染まっていく。
「濡れちゃった・・あとで・・・着替えないと」
「脱がせて、くれ・・」
躊躇った痕、青島の指先が室井のパジャマのボタンにかかる。
ひとつ、ふたつ・・。
三つめに掛かった時、二人の目が至近距離でかち合った。
よっつめをゆっくりと外す。室井の瞳の奥に、この距離だからこそ、宿る愉楽の色を見る。
「?」
じっと見つめる青島の眉が、片方曲がった。
「・・・・・・・・・・・・・・もしかして、俺で遊んでます・・?」
「ようやく、気付いたか・・・」
「つらいくせに、なにしてくれてんの?ばかなの?」
泣き声となってしまった青島の声が震えた。
上手く声が出せない。
「おまえが、・・あんまり、泣きそうな顔、してるから、だ」
「・・・」
なんで?どういうこと?
事態を飲み込めず、リアクションすら忘れた青島の額を指先で小突き、室井は荒げた息の奥で微苦笑する。
その成熟した眼差しに、青島は戦慄く口を引き結んだ。
室井は、自分が辛いときに、青島があんまり心配するから、気兼ねしないように逆に甘えて見せたのだ。
甘えて世話を焼かせることで、青島の存在を肯定してくれていた。
傍に居ていいんだ。傍に居るだけで役に立ってるんだって、その無口な目が語る。
まったく、こういうところが大人っていうか、敵わないっていうか。
呆れた気分はそのまま青島を更に泣きたい気分にさせた。
「そんなこと、ないですもん」
「電話でも、・・・なきべそ、かいてたくせに・・・」
視線を天井に向け、青島は何だか滲む視界に瞬きをする。
一体いつから室井は青島の不安に気付いていたのだろう。たぶん、きっと、昨夜からだ。
らしくない態度で、重たい身体で。こんな時まで大人ぶって。
それだけ、青島の方が余程酷い顔をしていたのだろうけれど。
ばかだなぁ。俺たち、ふたりとも、大ばかだ。
ごめんという意味を込めて、青島が室井を見つめる。
少しの微笑を口の端に乗せ、室井が青島の頭を引き寄せた。
素直に青島も室井の首筋に顔を埋める。
「昨日から、おまえ、強がって、ばかりだ」
それに肯定することも否定することもなく、青島は室井の頬に口付け、すきだよと告げた。
囁くようなその声に、室井もひとつ安堵の息に委ねる。
「こっち、向いてろ。さっき、から・・・おまえがこっちを見て、ないのが・・、寂しい」
「はは、じゃあどうぞ。・・眠れそう?」
「青島」
「ん?」
「・・ここに、いろ・・」
「もう、いいから」
室井が頭を少し傾けた。
「・・おまえの、心臓の音が聞こえる・・」
「朝まで、ここに居ますから。今夜は帰んないから」
ずっと、あんたの傍に。
◆scene4
いつの間にか眠ってしまっていた。
腕が痺れた気がして瞼を上げた青島の視界に、室井の尖った黒髪が目に映る。青島にもたれ、室井もまたようやく遅い眠りに入れているようだった。
熱は高い。
そっと垂れている室井の形の良い額を掻きあげた。
こうして見ると室井の顔は朴訥としていて、恐いくらいだった。かなり年上の、大人の男なんだなと思う。
ずっと何も言ってくれなくて、室井が選んでくれなければ、きっと、こうやって触れることさえ赦されない、遠いひとだ。
寡黙で行儀の良いだけの型通りの男だと思っていた。
人生経験の差はどうやったって、敵わない。
でも本当は、室井もまた心細いのかもしれない。
放っておけばどこまでも一人で耐えちゃうもんだから。それを、自分でもどうしようも出来ないのかもしれない。
青島といることで、しょうがないな、仕方ないって妥協して、室井が自分を過保護にできるなら。
腕を回し、青島は室井の身体を抱えるようにして横たえた。
本当は氷枕もアイスノンも変えてやりたい。冷えていた筈の洗面器も今やすっかりと氷は溶けている。
でも温い水にタオルを浸し、それを額に乗せた。
青島は動かなかった。
だって室井が傍に居てくれと言ったから。
「まいったね、殺し文句だもん」
青島のシャツを握り締めていたまま眠っていた室井の指を、指先で一本ずつ解くと、今度はその手を青島が握った。
***
目が覚めると、頭上で青島が首を傾けて眠っていた。
視界の不自然さに室井はぼんやりと辺りを見渡す。後頭部に感じる感触、高さ、温度。そしてこの距離。
カッと室井の目が見開いた。
どうやら膝枕をされているらしい。
膝枕・・・。一度も強請ったことはないが一度くらいは男なら夢見た態勢だ。
ポッと室井の頬が火照る。
また熱が出てきた気がして、室井は近くにあった体温計を見つけた。取ろうとして、その時、自分たちが手を繋いで眠っていたことにも気付いた。
だからなんでこいつはこういうことをやっちゃうんだ。
青島はまだ起きない。
昨夜は随分と甘えさせてもらった気がする。
熱で朦朧とする中、生意気な口とは裏腹に、ずっと傍で泣きそうな顔をして世話を焼いてくれたことを覚えている。
どさくさに紛れ、こちらも随分と気恥ずかしいことも口走った気もするが、それでも。
体調を崩した時、誰かが傍についていてくれるなんて、何年ぶりだっただろう。
どうしてこいつはいつもいつも俺をここまで慕ってくれるのだろう。
怠いとき、辛いとき、不安なとき、離れているとき、いつだって青島の影が寄り添うことでどれだけ自分が救われているかなど、こいつは考えもしないのだろ
う。
受け取るばかりで、奪うことしか出来なくて、どうやって返していけば良いのか、室井は分からなくなる。
ピピピと乾いた機械音が室井の散漫としていた思考を止めた。
と同時に、それは青島の意識も覚醒へと導いてしまったらしい。
「んん?室井さん・・?目が覚めてたの?」
「さあな」
「熱、どおです?まだきもちわるい?」
「いや――」
言いかけ、片手で体温計を抜くと、それを横から奪われた。
「お!7度6分かぁ、驚異の回復力」
体温計を嬉しそうに天井に翳す青島を見上げる室井の視線はじっと青島を捕らえた。
「ん?なに?」
「いい眺めだなと」
「!ぁ、こ、これはですね、ってか、あんたが俺を離さなかったんじゃん・・」
「ここまでしろとは言ってない。だが、悪くないもんだな」
「~~っっ」
寝起きでまだ頭も動いていない青島は、もごもごと口許を片手で覆っていたが、やがて諦めたように、赤い顔を背けた。
お互い晒してしまった後の妙な気恥しさがまだ二人の間に残っていて、ぎこちない沈黙はまるで付き合いたての頃のようだった。
歯痒さに、室井が居たたまれずチロッと視線を向ければ、同時に青島もちらりと目線を上げる。
病人だからと大目に見てくれたのだろう。こうして膝枕も続けてくれることも。
その腕を、ちょんっと引く。
「青島」
「・・なに」
「たまには倒れてみるものだ。おまえの愛情を感じた」
少々揶揄いすぎたらしい。
照れ臭さに堪え切れなくなった青島が室井の頭の下から足を引いた。
どすんと落ちた室井の横に、青島もぱふんと横になる。
わしゃわしゃと室井の手が青島の髪を掻き混ぜた。
ぐしゃぐしゃになったふわふわの髪の奥から、青島も安心したように息をひとつ、吸った。
「ようやく、笑った」
「ん?」
「君を笑わせるのが、どれだけ大変だと思っている。こっちはいつだって苦労させられている」
じぃっとその透明の瞳で室井を探り、俄かに衣擦れの音を立てにじり寄った青島が、室井の首筋に頬を摺り寄せ、胸に額を埋めた。
ぐりぐりと額を擦り付け、大雑把に押してくる。
その後頭部を、室井もまた柔らかく掻き混ぜた。
損も得もなく、シンプルにただ自分の身上を心配してくれる相手の存在が、これほど愛しく心強いものであったことを、室井は久しぶりに想う。
甘える仕草に、心配させたということが言葉を持たずとも伝わり、室井も力ない手で握り返す。――が。
「・・いい雰囲気のところ、悪いんだが青島」
「?」
「トイレに行きたい」
「連れてく?ついでに持ってあげますよ」
「・・なにをだ」
「そりゃあもちろん」
「・・・・・・・いい」
「遠慮しないで」
「・・・・・・・そこまで苦労するものかどうかは君も知っているだろう?」
呆れ顔で室井が青島を押し退け、片腕で身体を支えながら、まだ熱の残る怠い身体をなんとか持ち上げた。
後から青島が羽織るものをかけてくれる。
「昨日はいろいろさせてくれたじゃない」
「あれはおまえがあんまり情けない顔をしてたからだっ」
足に力を入れる。――途端、昨夜の高熱が尾を引いている身体はまだ支えるだけの力を持たず、室井の身体は重力に従いふらりと斜めに傾いた。
あっと小さな声がして、後ろから青島が腕を差し出してくれたことで、なんとか免れる。
視線が合えば、青島は柔らかく微笑んだ。
「掴まってください」
「・・・」
「抱いてく?」
なんとか室井に気を遣わせないように、一生懸命言葉を重ねる青島に、敵わないなと悟った室井の手が、青島の肩に回った。
二人でゆっくりとトイレへと向かっていく。
室井の腰に回された青島の腕の体温と、密着した身体から放たれる鮮烈な芳しさに、室井は眉間を顰めた。
「まだ身体、熱っぽいね・・」
「昨日よりは楽だ」
「汗もびっしょりですよ。後で着替えましょうか」
「そうだな・・べたべたしてる・・」
「身体も拭いてあげます」
「子供じゃない・・」
「少し熱めのお湯用意してますんで、終ったら、呼んで」
あれだけ揶揄っていたくせに、青島は室井をトイレに残すと、そのままキッチンへと向かってしまった。
別に本当に持ってほしかったわけではないし、実際持ってもらっても別の意味で困るが、青島の背中を追う室井の眼差しが憂いに沈む。
青島の言葉と行動の違いがいつもこんな風に室井をひとたびのやるせなさに襲わせる。
今朝はより強くそれを感じた。
「掴まってください、か・・」
***
「あーんして」
「自分で出来る」
半眼になり、室井は青島の手から椀を奪い取った。
正直勘弁してくれというのが本音だ。
先に朝食をということで、青島が粥をあっため直してくれた。昨夜は受け付けなかった粥も、今は美味い。
「ちぇ~、結構それ憧れてたのにぃ」
夜は泣きべそ掻いていたくせに適当なことを言う青島は、それでも室井の傍に座り込む。
「昨日は出来なかったからさぁ」
どうやら室井が回復してきたことで気が大きくなってきたらしい。
あまりにじっと見るので、室井は最後の1スプーンを青島に向けて差し出してみた。
視線は合ったままだ。
すると、青島はそれをぱくっと食べてしまった。
「!!」
「ごちそーさま。次は着替えね」
くそっ。
かわいすぎる。
だからどうしてあいつはこんなことやっちゃうんだ。可愛すぎて独り占めしただけでは足りなくなる。
無防備に懐かれ、無自覚で勝手な恋人に煽られているのが自分だけで、こんな時、室井はその想いの強さの差を思い知る。
同時に重たい身体が疎ましい。
恋なんてしばらくしていなかった室井には、青島の全てが熾烈なのだ。
***
「今度はこっちの手を抜いて」
「照れ臭い。もういい」
「でも、さっぱりするでしょ?」
確かに熱めの湯で濡らした手拭いで昨夜の汗ばんだ身体を拭いていかれる度に、清涼感が肌をそよぐ。
高熱の後遺症で鈍い怠さを持つ身体と憔悴しきった思考が、羞恥を散漫とさせるのが幸いだった。
青島の指先が自分に触れるのを無視出来る。
だが、こうしてベッドに座らされ、自分だけが少しずつ脱がされていく様子は、正直見るに堪えない。
顔、首筋、そして胸元を丁寧に拭われ、まるで身体を確かめるように隅々まで拭いてくる青島は、些細なことまで見逃してくれない。
「ちょっと失礼」
不意に室井の視界いっぱいに青島が迫った。
片膝をベッドに乗せ、覆い被さるようにして室井を腕に囲い、パジャマを剥ぎ取り、手だけを背中に回した。
「あ、青島ッ」
「だめ。じっとしてて、室井さん」
もうこれは何かの修行僧だ。 室井は手足を投げ出したまま成すが儘に任せ、堅く目は閉じた。
耳の後ろから、うなじまで、熱い手拭いが当てられ、耳元には青島の吐息が混じる。
「きもちいい・・?」
「ああ・・・」
背骨を伝うように手拭いが這わされ、室井は思わず漏れそうになった喉を噛み殺した。
こんな至近距離で、青島の匂いに包まれて、身体中を弄られて、平気でなんかいられるか。
あれほど欲しいと焦がれた男の瞳に映る幸福は、病み上がりの身体に加減がない。
「今度は足ね」
「自分で出来る」
「だーめ」
瀟洒に微笑んで、青島は熱した湯を張る洗面器に手拭いを浸した。
じゃぶじゃぶと濯ぐ様子は大雑把で、辺りに飛沫が飛び散っているが、室井を清めることに何故か夢中な青島は、無頓着だ。
「零れてる・・」
「後で拭きゃーいいんですよ」
絞るのもそこそこに、それを片手に青島はベッドに片膝を付いたまま、室井を仕留めた。そのまま、ある一点で視線が止まる。
「・・・・生理現象だ」
「ふぅーん」
「早くしてくれ」
そのまま動きも止めてしまった青島のせいで不自然な沈黙が二人の間に流れた。
青島の視線が痛い。
居たたまれなくなり、室井がもう一度急かそうとした時。
不意に衣擦れと共に室井の視界が陰掛かり、身を寄せてきた青島が、室井の耳に妖しく囁いた。
「どうしてほしい・・?」
瞠目し、室井は僅か10cm足らずの距離で留まる青島を息を詰めて見遣った。
打って変わって妖艶に微笑む眼差しが蔭りに光り、室井の心臓がドキリと高鳴る。
“どうしてほしい”――昨夜も似たようなことを聞かれた覚えがあるが、同じような言葉なのに、巧みに使い分ける青島に室井の目は釘付けとなる。
「それとも、俺から誘わなきゃ、だめ?」
「青島」
窘めるようにも諫めるようにも聞こえる室井の言葉は掠れて零れ、もうそのまま室井は青島の後頭部に五指を差し込み、黙らすように口付けた。
睫毛を震わせながら青島も顔を傾け、室井の下唇を甘く咬んでくる。
「俺が、シてやるよ・・・」
気怠いキスが絶え間なく続き、青島の声も淫靡な色に爛れ、部屋の空気を一変させる。
一気に焚き付けられた。
この器用さに、室井はいつだって翻弄される。分かっている。分かっているのに。
青島の後頭部を固定し、室井が強く口唇を押し付けた。
手拭いを放り投げ、青島の形の整った長い腕が優雅に室井の首に回る。
「さわって、くれ」
これも昨夜、自分で言った気がする。
自ら薄く膝を開けば、そこに青島の手がたどたどしく潜り込んだ。
「もう、濡れてる・・・」
「早く。・・・おまえがあんまり触れるからだ・・・」
「感じちゃった・・・?」
「君相手に我慢なんかできない」
「きもちいい・・?」
「ああ・・・」
これもさっき聞いた台詞だ。
時空もなんだか曖昧となって、室井は白濁とした意識の中、舌先で青島の口唇を擽り、先を強請った。
青島の指先が室井の熱塊のスジを卑猥になぞり、形を確かめるように触れてから、包み込むように握り締めた。
熱に犯された気怠い身体にねっとりと絡む甘ったるい快楽が、陶酔の顔をして湧き上がってくる。
はしたなく開いた室井の淫乱な格好も、青島の眼前に晒される。それが更に室井を淫らにする。
太腿には、脱ぎ掛けのパジャマがひっかかったままだ。
緩やかに手を上下され、室井は眉間を寄せ、堪らず顎を反らした。
そのせいで外れたキスを、惜しむように青島が頬から耳へと口唇を滑らせてくる。
「室井さんのそんな貌、もっと見たい・・」
「やめ、ろ・・」
「どうしたらいい・・?命令してよ・・」
「・・ッ・・、・・は、ぁ・・、熱、が、あるとき、に、すると・・・きもちいい、らしいぞ・・?」
「・・誰があんたにそんなこと吹き込むの?」
「うらやましい、か・・」
「・・結局試されるのは俺じゃん」
些か乱暴に室井は青島の後頭部を引き寄せた。
強く口唇を押し当て、その割れ目を舌先で強引にこじ開ける。
青島の熱い手が室井の熱塊を丁度良い速度で擦り上げ、時折指先が鈴口を押しつぶすように刺激し、悦楽を淀みなく引き上げてくる。
今日のこの身体では簡単に上り詰めてしまいそうだった。
本当は、もっと深く繋がりたい。
熱い肉を割り裂き、擦りたい。
それを示すように、青島のシャツの裾から室井の手が潜り込み、滑らかな素肌を嬲って艶肌を堪能した。
胸元まで指が侵入すると、尖った胸の突起を指先で憪しむ。
噛み締めた吐息が喘ぎを滲ませ、青島の紅脣から零れ落ちた。
「んっ・・っ・・」
「もっと、来い・・・」
命令に逆らうことなく、青島は自らの意思で眼前に裂くほど開かれた室井の膝の間に身体を割り込ませた。
覆い被さるようにして室井にキスを強請り、その手は緩急をつけて室井の熱塊を遊玩してくれる。
青島だから。あの青島だから、触れられることに強欲で狂暴な甘さを持つ欲が室井をひりつかせる。
室井の全身は悦び昂奮し、背筋を震わせ熱い吐息を漏らした。
「つらく、ない・・?」
「・・ああ」
「なら、もっとね・・?」
「ああ」
なんて凄まじい快楽だ。
清楚ながら洒然とした青島の美しい瞳に見下ろされ、魅入りながら、室井の指先が青島の乳首周辺に丹念な愛撫を繰り返した。
室井の腕の中で、細長い首が頑是なくうち振られ、愛らしい童顔が少し歪む。
「ちょっと、ン・・ッ、じっと、してろっての・・・っ」
青島に押し倒される形で室井は誘い込むようにベッドに背を預けた。
その片腕にもまだパジャマが残っている。半分だけずらされた下着の隙間から勃起した室井の赤黒いものは粘調の液を繁みにまで垂らし、しとどに濡らしてい
た。
「零れちゃう・・」
「後で拭きゃーいいんだろう・・?」
それは、もう、どっちの言葉だったか思い出せなかった。曖昧な境目はきっと同じ気持ちを抱く者だけが共鳴できる情愛の結晶だ。
誘うように緩く開かれている青島の口唇をまたこじ開けると、今度は優しく噛みつかれた。
忙しなく繰り返される口付けを深め、二人で執拗に口唇を追い合う。
融合して、もっと同じ熱に冒してしまいたくて、室井は青島の下着も寛げてしまう。
形の良い桃尻がプリンと跳ね、シャツの裾からカーブを描くウエストが室井の視界に入り込んだ。
掌を這わせて背骨を辿れば、敏感は青島は容易く打ち震える。
「ん・・っ、もぉ、俺が、やりたいのに・・」
キスが外れ、背後の壁でなんとか自身の身体を支える青島が、乱れた前髪の奥から艶やかな笑みと共に熱い息を零す。
苛烈な情動に煽られるように口付けをする室井に、青島の目元は上気し、息苦しさからうっすらと浮かんだ滴で睫毛が濡れていた。
見上げる視界の絶景に、室井の腰が震える。
ほとんど同時にまた口唇を合わせ、無意識に酸素を求める動きも奪い、捕えた口唇を離さない。
苦し気に眉を寄せる貌に、煽られる。
お互いに弄り合う衣擦れの音と乱れた呼吸が耳からも犯してくる。
「・・ん・・っ、・・っ、ふ・・ぅ・・」
とうとう息苦しさに耐えかねた青島が、切迫する息遣いで室井の方に崩れ落ちた。
「喘いでるぞ・・、おまえの、ココ」
白い双丘を割り裂けば、そこには室井しか知らない秘花がある。
指先でゆっくりと襞を捲った。
「・・ァ・・ッ・・、きょう、はっ、だめ、です、よ・・っ」
「いつなら?」
「・・治ったら」
青島の首筋に口唇を押し当て強請れば、甘い返事が返ってきた。
気持ちのままに、そこを一つ強く吸い上げる。
小さな呻きが聞こえたが、許してくれたのだろう、青島はそのまま身を起こし、室井の股間へと顔を埋めた。
熱い口腔に直接含まれ、室井の凛とした背筋が軽く反り上げる。
多分、もう、そんなに、持たない。
「く・・ぅ・・ッ、ウ・・ッ、ハッ、ぁ、あおしま・・・ッ」
青島の熱い舌に強弱を付けて玩弄され、室井は腕を目元に押し当て、奥歯を噛んだ。
自分の局部を青島が口に含む視界は、それだけで兇悪的で、室井を滾らせる。
先端を甘噛みされ、強く断続的に吸われると、青島を挟んで開いている均整の取れた室井の内股が小刻みに震動した。
「おま・・ッ、待てッ、さすがに、それは・・ッ」
「もういやって言うほど介抱してあげるって、言ったでしょ?」
清涼な朝日の中でテラテラと反り立つ室井の熱塊を、紅い舌を覗かせながら青島がしゃぶり、喋る息まで淫らな快楽となる。
再びぬるりと咥えられ、生暖かい柔肉は不規則な動きをして絡みついた。
「・・ァッ、ダメ、・・だ・・ッ、」
室井の鋼の身体が緊張し、室井が頑是なく首を振る。
絶頂が近いことを感じ取った青島が、咥えたまま舌を使い、空いている両手で双袋までも柔らかく揉みしだく。
堪らず室井は顎を反らした。
「くぅ・・ッ、ィ、達くからッ、青島ッ、ぅ、ふ・・ぅッ、・・ク、・・アッ・・!」
激しく室井の腰が上下する。
我慢ならず、室井は青島の口の中に吐き出した。
本当に、強烈な快感が全身を駆け抜け、クラリと虚脱させる。
いつの間にか、こんなに上達しやがって。
淫らに開いたままの足の間から見れば、飲み干しきれなかった白い液体を口の端から垂らしながら、それを拳で拭って、赤い舌を覗かせる青島が小さく笑った。
そのあまりの壮絶な色気と嬌景に室井は絶句する。
「そんなに、善かった?」
精液の付いた指先で、青島が室井の指先をちょんと触れる。
小悪魔的に首を傾げる年下の恋人の嬌態に、室井は羞恥の奥で底知れぬほどの傲慢な倖せに満ち足りた。
弛緩した下半身はまだ余韻を震わせている。
「むろいさんのイく声、初めて聞いた。得したぁ」
「・・・」
「あーあー、シーツもどろどろになっちゃった。すっげ、いっぱい。全部取り替えですかね。・・室井さん?」
悔しいのか、妬ましいのか、嬉しいのか、少し身体も楽になっている気もする達した後の心地好さに、もう室井は何も言葉を持たなかった。
こんな朝っぱらから盛ったのもどうなんだ。
垂れてべた付く短髪を無造作に片手で掻き揚げ、室井は半身を起こした。
どさくさに紛れ、青島の口唇を軽く盗むとそのまま室井はベッドを降りる。
室井さん?と怪訝に呼ぶ声に、室井が背を向けたまま立ち止まる。
「愛している」
絶句した青島の気配に、室井は仄かにほくそ笑んだ。
***
新しいシーツを二人で引いて、洗濯機を二人で回して、身奇麗になった二人は一緒にベッドに横になった。
「あーんなこと言うんだもんなぁ」
「・・・」
「添い寝してあげます」
「・・襲ってほしいのか?」
「んもぉ。室井さん、女の子にもてなさそう」
「別に、一人にモテれば、それでいい」
「~~//////」
こんなにも愛おしくて、切なくて、どうしようもなくなるくらいの感情を、俺は知らない。
五分後。
「・・で、おまえが先に寝ちゃうのか」
安らかな寝息は、午睡を誘う。
原案・作:カラシさま/編集:みんと
20190817
贈答品2。感謝を込めて
かわいいお話をありがとうございます!