ショートショート~present
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風邪をひいた青島くんを見舞う室井さんのお話










ひ どい男
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1.
― その風邪、もらっていいだろうか?―
多分、心の風邪。



その白い部屋には黒いカーテンすらなかった。
入っ た瞬間から感じていた違和感と焦燥の正体を鷲掴みにされた気分だ。

室井は埃ひとつない畳の上を忍ぶように移動し、ひどく殺風景なこの居間に辿り着いた。
大した距離でもなかったが、何故か心だけはその足取りを重くさせていた。
だからだろうか、その冷めた色の瞳が堪えるのは。

――先輩の家ってすごいですよ。一面モデルガン、あと時計もだったかな。展示室みたいでした。

以前、この家を訪れたという真下の言葉が蘇る。
実に彼らしい部屋なのだろうとどこか期待すらしていた。
夏の木陰から見た青空や、秋に揺らぐビードロの羽根の ような、光に反射した時間がゆっくりと流れていくような、そんな青甘い感覚。
それでいてふっと海のにおいをさせるものだから、室井は彼を見ていると何とも 言えない感情を抱いてしまう。

だが今、少なくとも目の前で布団に横たわる彼からは想像一つ感じられない。
死んだように生きている瞳で、彼は室井を見上げていた。

「……おはよ、ございます」
「おはよう」

僅かに掠れた声が室井の耳をざわつかせる。
起き抜けの青島は、おそらくは昨日と同じ服装のままで、床を這う。
のそのそ立ち上がって流し台に向かい、髪を水で濡らしてい た。
タオルもないのかぺしゃぺしゃとシンクに雫を放っている。
ハンカチーフを忘れた子供のようだった。

その光景だけを見れば何とも幼く彼らしい滑稽さだろ うか。だが、問題の本質はそんなところに横たわっていない。

「なんで室井さん?」
「風邪で寝込んでいると聞いた。今日は真下たちと予定があったんだろう?」
「今日はスーツじゃないんすね」

会話をする気がないのか、彼は両手で水を掬って口に放り込んだ。
あ、見ての通りコップもないんで。――あまりに軽い口調で茶を出せないことを先に謝ってくる。
室井もいよいよ混乱しそうだ。
かろうじて紡げた言葉で何とか会話を繋いでみる。

「休みだからな」
「こんなトコにいていいの?」
「真下の代わりだ」

柏木くんも風邪を引いたらしい。急いで飛んで行ったぞ。私では不満か?――ふざけた言葉を差し出せば、彼は少しはにかんだ後で無表情になった。

彼がこんな顔 をするとは知らなかった。
室井は彼を何も知らなかったのだ。
訊きたいことなら山のようにあるのに、重要な言葉は何ひとつ出てこない。
取り調べ染みたやりとりをしたいのではない。
室井は今、この瞬間くらい、彼と旧友のように関わりあいたかった。

やがて、へにゃりと笑い直した青島が重いはずの唇をうたわせる。
彼の好ましいそれが、今日はひどく、もどかしい。

「これって二股かけたことになるんすかね」

どうやらこの惨状は空き巣の類ではなかったらしい。

無論、彼はミニマリストではない。
彼らとて、さすがに必要最低限の物資は確保しているだろうに。
この部屋には何もない。
あるのは、彼が先刻まで横になっていた 布団くらいだった。
その正体だって安っぽいマットレスと薄い毛布一枚なのだから、どう考えたって変だ。

季節は冬だぞ。
開口一番、無事か? 誰にやられた、なん て安く愚かな言葉を乗せずに済んだ。
無事だったのは室井のそんなちっぽけなプライドだけだ。

「……自業自得じゃないのか」
「半分はあんたのせいですからね」
「私の?」

座布団もないや、ごめんね。
そう言って布団に戻ってきた彼に毛布を勧められたが断り、そのまま畳に座る。
彼はマットレスに腰を落とし、何故かひそひそ声で話しかけて きた。
耳を近づける。
・・・向かいあうより隣に行ったほうが早い。
マットレスの隣を借りれば、再現するこの近すぎる懐かしい距離。
彼とはこうでなければならない。

「そ、あの子ね、俺とあんたがおしゃべりしてたの見たんだって。俺があんまり楽しそうで、あんたがとっても幸せそうだったから。だから」
「意味が分からないが」
「嫉妬したんだって。室井さんのこと、殺してやりたくなったって……そう言ったんだ」
「……」
「俺、あんたの名前出されてカッとなっちゃった。説教したの。そしたら、これだよ」

彼が異性に好かれる性質なのは知っているが、いくらなんでもこれはない。
痴情のもつれ(と表現するには美化しすぎか)で相手の家の物を廃棄するなんてあまりにも馬鹿げ ている。
それも、ありとあらゆる物をだ。
トイレの紙くらいは残されているだろうが、わざわざ取り外されていた空調にはさすがに閉口した。
鈍器で殴った跡もある。
ならば蛇口 から水が出たのは奇跡なのか。

「あの子、次は俺のこと殺したくなったんだ。標的ヘンコー。でも、好きだから。俺のこと、好きだからできなかった。まぁ、それでも俺なら問題ないで しょ?」
モデルガンは殺されちゃったけどね。

…どうやら絶句も追加されるらしい。
小雨相手に傘なんて要らないとでも言いたいのか、思考のネジを吹き飛ばした彼が室井に同意を求めてく る。
所轄の常識はキャリアには――否、それとこれとは話が別だ。

いつからそんな風になった。いつからそうやって生きている。どうして何も言ってくれない。ど うして真実を見せてはくれない。あぁ、俺では駄目なのか。

「……問題しかない」
「なんで?」
「君は……君が、傷ついた」
「室井さん、本気?」
「君こそふざけているのか」
「ふぅん……そっか、俺、傷つけられたんだ。そうなんだ……考えたこともなかった」
「青島」
「女の子ってすごいですよね。今はちょっと、怖いかも」

また躱される。
反射的に思った。
室井は無意識に彼の肩を両手で掴み、優しく懇願するように訴えた。
正しい感情も言葉もなかったが、そうする他に術を知ら なかった。
彼と違って室井は不器用すぎたのだ。

「……相手のことは、好きだったんだろう?」
「どうかな」
「同棲までしておいてか」
「してないよ」
「なに」
「一緒に生きたことなんてないよ。俺、あの子に家なんて教えてない。でも、知ってた。あの子、俺のストーカーだったんだ……」
「お前……」
「警察に言ったほうがよかったのかな」
「警察は君だ」
「うん、知ってる」
「なぜ……こんな」
「同類なのかも」
「それは答えには」

明日になればいつものあのコートを着て、優男顔で笑うのだろう。
胸が掻きむしられる気分だった。
室井は彼の顔を見ることができなかった。
肩にかけていた手 がずるりと落ちる。
床に落とすしかない視線がふたつ、おそらくはそれくらいは重なった。

彼は事件の中でしか生きられないのだろうか。そんな仕事人間になってどうする。 違う。伝えたいのはもっと、ずっと――

「ねぇ、室井さん。俺ってどっか、何か、おかしかったりするんですかね?」
「あぁ、どこもかしこも」
「……ひどいや」

冗談みたく、恐ろしく冷静な声で彼は言い放った。
この手が震えるのも、瞳の奥が熱いのも、冗談であってほしかった。
許されるなら彼を抱きしめたかった。
だか らこんな想いが零れた。
どうかしている。優しいだけの彼の笑みは室井の内側を抉るだけだというのに。

分かっていて、室井は青島の顔を窺ってしまう。
いつもの彼だ。

「もう一つ、ひどいことを言うが、いいか」
「……いいけど」
「君は同性との恋愛をどう思う」
「どしたの、なんかあった?」

こてん、と軽く首を傾げる仕草が好ましく、でも、いたい。

「少し、な」
「つらい?」
「……いいや」

ただ、いたいだけだ。彼が。彼がいたい。彼を、彼といたい。

「いんじゃないですかね……女の子よりずっと安全かも」
「君のは、少し特殊すぎた」
「そうですね」
「……」
「俺、そんなに鈍いタチじゃないんです。ヒトの気持ち……自分に向けられる好意とか、慣れてないワケじゃないから」
「本当に嫌な男だ」

すぐ傍から視線が向けられる。
ようやくまともに目が合った気がする。

年甲斐もなくソワソワしそうだ。心をくすぐられる。散々、傷ませておいて今度は踊る ように弄ぶ。
それも悪くないと心底思っている室井も随分と惨い。

「でも、ちゃんと言葉にしてくれないと分からない。ちゃんと、考えられないよ。考えられるものも、考えられなくなる」
「……」
「俺に言いたいこと、あるでしょ」
「君と、いきたい」
「うん」
「君といると幸せなんだ。嘘じゃない」
「しってる」
「罵ってくれて構わない。いや、どうか罵ってくれ」
「俺に虐められるのが好きなの?」
「違う」
「なら、そんなこと言わなくていいよ」
「青島」
「なに」
「返事は、必要ない。ただ、許してほしい」
「なにを」
「君を、その、想うことを」
「いいよ」
「……!」
「室井さんは俺の大事なもの捨てないし、ストーカーじゃないから大丈夫」
「そ、そうか」
「難しいことはまだ、わからないけど……」
「……?」
「昨日、あんたの夢を見ました」
「え……」
「だから、とりあえず」
「とりあえず?」
「今夜もあんたの夢を見るよ、きっと」

あ、きりたんぽ作ってくれません? 鍋にしましょうよ。鍋、買ってください。コタツもお願いします。駄目? 稼いでるんだし、いいじゃん。この部屋、何 にもないし。
俺とあんたしかいないね。



――それ、もううつってるんじゃないかな?








作:相川さま
20210206

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独特の文調に引き込まれ、青島くんがなんか哀しくて、それに呼応するような室井さんの切ない心情描写がとても 丁寧ですよね。素敵でした・・!
読み終わった後はなんか良質の外国映画を見せられた気分です。カプチーノで一杯。
ってゆーか、よくよく読むとこの青島くんの現状って・・・( ;∀;)
だからこそ、二人きりという設定が浮き上がってきて、シンプルなハッピーエンドを研ぎ澄ましているのだと思いました。

贈答品13。感謝を込めて
可愛い作品をありがとうございました!