登場人物は室井さんと青島くん。一倉さん。
男の世界。酒飲み友達だった室井さんが恋の覚悟を決めるお話です。キスから始まる物語。
星屑間奏曲
1.
隣で青島が安らかな寝息を立てて眠っている。
誰かの気配を感じて床に入るのは、実に久方ぶりだ。
***
不思議なほど、最初から、感性に於いての相似性があった。
相容れない性格、立場の違い、経てきた世界の差。
無視できない原色の相違を示すのに、選ぶツールや手順が異なっていただけで、基本的な趣向やスタンスは驚くほど酷似し
交わし合えば溶け込む様に
混ざり合う。
目を見れば大凡のことは感じとれたし、伝わった。
きっと、気のせいではない。
その余りの吸引力と稀有な融合性はむしろ、こちらに脅威すら感じさせ、少しだけ逃げたい気にすらさせられた。
このまま居心地の良い彼の魔力に捕らわれたら、自分は駄目になる。
戦意を失い、理性を失い、その先はきっと官能に満ちた底なしの闇がやってくる。
だが、幸いにも、近すぎるからこそ、終わりも予感させた。
笑い合い、冗談を重ね、友人のように接するのは束の間の休息だ。
やがて試される階級社会の弊害が、あまりに近い自分たちの置かれている状況を糾弾する。
他愛ない戯れでしかないことを、自覚させる。
どうせ相容れない運命だった。だが、この壁こそが我々の最大の武器だ。
本番は、二人の未来にではなく、警察機構の中枢にある。
一度だけと、過ぎゆく時を惜しむ様に、二人で労いの酒を注いだ。
透明の硝子の向こうで、青島が少し朱を叩いた肌で、男の苦笑を覗かせる。
こんな酒は初めてで、こんな相手も初めてで、久しぶりに身体の緊張が抜ける時間だった。
そして、一番悲しい酒だった。
終幕を悟り、生き急ぎ、これまで別々の人生を歩んできた道のりを、今ここで急速に埋め合わせるかのように、酒を注ぎ合った。
しんみりと渡る芳香が言葉も浸み込ませ、降り積もる故郷の雪のように、音も無く、いつしか若い二人を染め上げた。
まるで青島も、来たるべきその時を恐れているように。
きっと、これが最後の酒だ。
それでいい。
余計な邪念は、敗因の元だ。
今は二人で決めた未来予想図を、現実のものとするため、他のすべてをセーブする。
2.
まだ朝には早い。
規則正しい青島の寝息に合わせ、室井は鼓動の様に脈打つ、まろやかな呼吸音を耳で感じ取り、覚醒した。
酷く肌触りの良いコットンシーツが、ここが自宅ではないことを室井に悟らせる。
昨夜は初めて青島の部屋へ招かれ、夜が更けるのも忘れ、二人で杯を重ねた。
珍しく良い気分になるまで呑んだ気がした。
夜も更け、青島が手際良く寝床を整えていくのを、立ったまま襖に背を預けて後ろから眺めてみれば
彼女が泊まりに来ることも多いらしく、手慣れた仕草は、彼の日常を推し量らせた。
彼女の癖でシーツはいつもホテル折りだと話すから、一緒に寝ないのかと揄ったら、少し顔を赤らめて、襲うのはどこだっていいでしょと、そっぽを向
かれた。
一丁前に照れくさがるから、若いなと思う。
さあどうぞと言われ、並べて敷かれた布団に腰を下ろせば
薄いストライプのまっさらなそのシーツが、糊付けされていることが素肌に分かり、女の存在を直に感じとった。
室井は、ごろんと仰向けになる。
もう4時を回っただろうか。
布団を並べての雑魚寝だったが、自分が熟睡したことも室井を驚かせた。
刑事である以上、TPOに因らず安眠を取れるよう訓練はしてあるが、元来の神経質な性質のせいか、室井の眠りは浅い。
ふと顔を上げれば、ブラックのローチェストの上に、友人らしき大勢の仲間を撮った写真がギャラリーのように飾られてある。
最近撮った写真のようだが古いのもある。
一目で青島を見つけられる。
やはり写真写りが良い。
一際目立つ目鼻立ちと小さめの顔、そして何より宝石のような朽葉色の瞳が、目を吸い寄せる。
こうして見比べてみると、イイ男なのだと何となく思った。
並べられている写真の中に、女性と二人きりで写っているものが控えめに飾られていた。
知らない女だ。
これがきっと今の彼女なのだろう。何枚かある。ちょっと小柄だが、グラマラスだ。
青島の話から、室井は何代目の女だったかを回想した。
再び、ごろんと横向きに寝がえりを打ち、目の前でまだ寝入っている青島の顔をじっと眺めた。
起こすのを気が引けるくらい、熟睡している。
室井の指先が虚ろなままに伸びた。
特に何の意図もなかった。
目の前で赤ん坊のようにポテッと転がっている青島の丸っこい手の平を、そっと指の腹で押した。
無意識のまま、何度も、何度も。
・・・・柔らかい。
若い肌の弾力と張り。高めの温度。
ぷに。
不思議だ。
こんな風に人の質感を意識したのも随分と久しぶりなのに、その相手が青島だというのが、くすぐったい。
こんな彼の姿を見れるのは、多分、彼女か、或いは懇意にしている友人らか。
だがそのどんな繋がりよりも、室井は、自分達の獲得した関係の方が室井を昂奮させるし、茹だる濃密さを内包すると思っている。
あの戦場の戦慄の記憶が、室井に極上の満悦感を齎す。
あんな恍惚感と優越感は、初めてだった。
あんな物騒な賭けは、彼としかできない。
あの瞬間を想う時、室井はこのまま全部を投げ出しても良い気になる。
あのまま全部を独占して、閉じ込めて、ここに囲えてしまいたくなる。
出来もしない欲望が、ただ室井の脆弱さの裏で溜まっていく。
ぷに。ぷに。・・・きゅ。
何度も押していると、条件反射なのだろうか、きゅ、と青島の指先が閉じて室井の指を掴んでしまった。
「・・・」
うそだろう?起きていれば、扱い辛い程の魂の強さや、じゃじゃ馬ぶりを発揮するのに
縋るような指先は、甘えた赤ん坊のように無防備だ。
じんわりと熱が浸み込む指先に、どうしようもない愛しさと、ほんの少しの胸の痛みを、室井は眉間を寄せて甘受した。
自分のものじゃない温度は、痛烈な痛みを室井に齎す。
それが何だかは分からないし、突き詰める気もなかった。
コテンと枕から青島の頭部が落ち、前髪がくたりと額から流れ、室井にすり寄るように甘い寝息が近付く。
意外に長い睫毛が影を作って、感じる体温に、室井の胸が痛いほどに、軋んで、何故か苦しかった。
そっと、指先を添えるように青島の指先を握り返した。
いつか来る終わりを予感させながら、それを畏れ、足を竦ませる日々の中で
大切で、一人占めしたいという想いは、特に何の罪悪感も抱かせず、室井の中で空回っている。
***
目の前で、ふと、空気が揺らぎ、花瞼がゆっくりと動いた。
中から現れた美しく光る宝石に、室井はドキリとしたが、結局何も動かず、じっと見る。
徐々に焦点が合って、その朽葉色の瞳に室井を映しだした。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・っ」
室井を認識したことで、一度目が見開かれ、次に、自分が室井の指を握っていることで、更に息を呑んでいる。
「ぅ、わぁ・・・っ、あっ、すみませ・・・っ」
「自分から握ったんだぞ」
「げ。マジで?」
慌てて振り解く動揺ぶりが、滑稽で面白い。
くしゃりと捩じれた前髪に手を差し入れ、掻き回し、青島が目を擦る。
未だ少し、寝ぼけているようだ。
「あ~・・・、えっと、眠れませんでした?」
「いや、ぐっすりだった」
「・・・ならいいんですけど」
ほぅ・・・と、甘く重たい吐息が漏れ、青島がまた、まどろみの中へ潜っていく。
瞼は閉じられ、綺麗な瞳は隠されてしまったが、眠ってしまった訳ではないようだ。
「・・・・あんたはいつも自分からは何も言わないからさ・・・・・」
「?」
「俺に出来ることなんて限られてっし」
「何の話だ?」
「何か、あったんだろ・・・」
小さな声で、胸の痞えを吐き出すように目を閉じたまま青島の紅い口唇が動く。
ドキリとして返答を躊躇っていると、今度は確信に満ちた瞳が、もう一度開かれた。
もはや寝起きとは思えない強い意思が、静かに室井を捉えている。
「どうしてそう思う」
「ん~・・・、具体的にどこって言われると、困るんですけど・・・・、なんか、雰囲気?昨日は少し、畏まっている感じだった、から」
恐ろしく、勘が良い。
理詰めで物事に向かう自分たちとは真逆の、この本能が迸るような察しの良さが、彼の能力の真髄なのだろう。
最後の酒にするつもりが、気負っていたことを、見透かされていた。
青島と向き合う時は、いつも不思議な敗北感が凌駕することを室井は思い出した。
それが室井をどうしようもなく、惹きつける。
「だから自宅へ呼んだのか」
「・・さぁ、そこはね」
室井は舌を巻いて青島を見つめ返した。
やはり、青島にだけは、目を見れば多くが伝わってしまう。
でもそれは、自分だって同じなのだ。室井には、青島の小さな変化には気付けるささやかな自信があった。
「頑張ってる奴に頑張れって言うくらい、嫌な事ってないし・・それで潰れても面白くないしね」
薄掛けの布団の中で、他に誰が居る訳でもないのに、向かい合わせになって続けるひそひそ話は
まるで子供の頃、蚊帳の中で親の目を盗む無邪気だった内緒話を思い出す。
田舎の土臭い風が吹いて、虫の音が聞こえていた蚊帳の中。
空に広がる満天の星が、降り落ちるようだった。
「その男に君は賭けるんだろう?」
だからだろうか。少し大胆になって素直な言葉が口を出る。
青島が意味深に口の端を持ち上げた。
「ええ、だからこんなとこでヒヨってもらっても、困ります」
「その時は道連れだ」
「へえ?別の相手を探せとは言わないんだ」
揄うような口調は、きっと室井の方の心配させまいとする気遣いを尊重してくれたからだろう。
本当に彼は、人の心の機微に良く気が回る。営業時代の名残なのだろうか。
・・・・・だから室井は青島のことは、単なる上司としては不自然なくらい知っているし
青島もまた、通常の関わり合いでは知り得ない室井の裏の顔を、目に
してきた筈だ。
食の好みから女の好み。
実はクラシックが好きだとか、子供の頃は泣き虫だったとか。
ソース派か醤油派か。
ケチャップとマヨネーズ論争は、熱かった。
女の話もした。
室井がどんな女を口説き、どういう交際をしてきたのか。青島の派手な交友関係。
お互い、揄うでもなく、酒の肴にポツリポツリと話していく。
そういう恥部を話すのが嫌ではないのが、青島と言う男だった。
「他にいるのか?」
「いるかもよ?」
「君みたいなじゃじゃ馬と遊んでくれる物好きなんか、本庁にいるか」
素直に懐柔されたことを悟られるのが悔しく、憎まれ口を返せば、青島が嬉しそうに朝日で辛子色に変わる瞳を瞬かせた。
勝ち気に笑う瞳の強さと寝ぐせのギャップが、何だかアンバランスに可笑しい。
それは同時に彼の眼が完全に覚めてきたことも意味する。
その瞳が、青島もまた〝他の何処かの誰か〟では嫌で、室井が良いのだと伝えてくる。
たまらない誘惑だ。
「勝ちレースにしたら優良物件ですよ」
「官僚は人生を運に委ねるほど馬鹿じゃない 。替え玉なんて幾らでもいる」
じっとお互いの瞳を見つめ合う。
青島が室井を見る時、崇高と神聖を同居させる憧れのような理想を、そのくるくるとした瞳に乗せているのを感じる。
そんなのは幻想で、買い被りなのだ。
所轄の庶民体質が官僚体質を理解する事は、永遠にないだろう。
良い様に回れば、毒もまた薬になることを、室井は知っている。
だが、青島がそれをどこまで理解しているか。
・・・・・・結局、自分達はお互いに、夢幻を見ているだけなのかもしれない。
空を流れる星が、宇宙の塵であることと同じで、本質を知らずに願いを託す。
「俺を捨てるんなら、絶対、警視総監にならなきゃ許しませんよ」
「見てるといい」
きっと、まどろみの中の一瞬の邂逅として消えても、それでも自分はこの時間の残骸を星の欠片のように大事に仕舞い続けるんだろう。
「君は――少し癖毛なんだな」
胸の苦しみを誤魔化すように、室井が話題を変え、ゆっくりとタオルケットの中から片手を延ばした。
寝癖が付いて眉毛に斜めに掛かっている前髪をくしゃりと掻き上げ、梳いてやる。
男同士で雑魚寝してたって、普通誰にもそんなことは気にしないし、ましてや触ろうとすら思わない。
でも、青島の柔らかそうな髪は、誰かに触られることを待っているように靡く。
「色素も薄い」
「そ、かな・・・・、直毛ではないですけど、どちらかと言うと猫っ毛で・・・」
寄り目がちで室井の指先と一緒に自分の前髪を引っ張っる顔は、更に童顔にし、とても4つ程度の歳の差とは思えない幼さだ。
「室井さんは真っ黒ですね。目も黒目がちだし。純正日本人・・・」
グッと身を寄せ、室井の顔を間近で覗きこんでくる。
少し距離が近い気がして、室井が頭を軽く反らすと、青島は更に近づいた。
「ん、あ、髭もない」
「君だってない」
「そこが悩みの種なんですよ~。じゃりじゃりしたかった」
突如、青島が四つん這いになって室井の上に乗り上げた。
ぱふんと、青島がケットを足蹴にすらし、室井の腰辺りに跨って、興味津々の瞳で見下ろしてくる。
室井もまた、青島のやりたいようにさせ、仰向けになり青島を見上げた。
「髭剃り負けもないんだぁ」
「毎朝大変らしいぞ。何がいいんだ?」
「ワイルドって感じじゃん」
「憧れているのか」
「かなり」
しょぼんとしていた表情が一転、無邪気に力強く答える青島に、思わず苦笑する。
「あ、笑いましたね。そうは言いますけどね、毛とアソコの大きさは男のステイタスですよ」
「君の基準が分からん。男は筋肉だろう」
「あぁ!マッチョ!いいですよね~!俺、骨格はわりといいんだけど、なんか筋肉率低くって」
青島が奔放に笑い、布団からはみ出ている室井の腕を取る。
シャツを撒くり、手の平で撫でてくる。
青島に触れられる心地好さが不思議だ。
「あ、つるつる。・・・・でも細身と思いきや結構しっかりしてるや」
本気でしみじみと室井の腕を眺め、自分と比べている。
その青島を室井が下からじっと見つめ上げている視線には気付いていないようだ。
「デスクワークの割に、胸板とか厚そう」
「割にとか言うな。デスクワークは関係ないだろう。警察官なのに、なよなよしくてどう市民を護る」
「そっかー」
嫌味にも気付かず、素直に感嘆している青島が何だか可愛くさえ思える。
弟がいたら、こんな感じなのだろうか。
「鍛えてるんですか?」
「車移動が多いから筋力は維持するようにしている。おまえぐらいはコロリだ」
「むぅ、言ったな」
顰め面をする青島の腕をクルリと捩じり、室井が逆に青島の腕を取る。
青島も、されるがままに手を取らせ、大人しく抗わない。
くしゃりとしたシャツの中の手首が、確かに筋肉の華奢さを思わせた。
「所轄に舐められないようにする意味もある」
「あ~、成程。・・・・ん?あれ?じゃ、本店の連中はみんな強いの?!」
「まあ、それは理想論だな」
「ふーん」
室井に手を取らせたまま、青島が身体を傾け、室井の顔を覗きこんで来た。
「今度手合わせしてくださいよ」
「・・・・・投げられたいのか?」
「俺を変態っぽく言わないでください」
「火傷するぞ」
「かーっこいー!その台詞、言ってみたいんですよね~」
「なら鍛えろ」
「野郎に言ってどうすんですか、女の子に向けて言うの!」
「女?」
「〝俺に惚れたら火傷するぞ〟って」
「・・・ばか」
青島から手を離し、室井はさりげなく自分を跨いでいる男の太股に両手を乗せる。
確かに言うように筋肉率は高くはない。だが、引き締まった細身の下半身は、スタイルの良さを容易に想像させる。
肌の柔らかさは若さと弾力を持ち、寝起きの身体は少し体温が高く、ほんのりとした温かさが、ぬくもりの心地良さを伝えてきた。
意味を持たせることを抑え込んだ指先は、ただ太腿に添えられていた。
「まあ筋肉フェチでなくても、筋肉は欲しいんですよね」
「・・・・どの辺の筋肉が欲しいんだ?」
「全般!ある程度の筋力がないと、えっちの時どうすんですか。女の子をその気になんてさせられませんよ」
「経験論か」
「抱いてやるよ、的な。・・・あ、そういや室井さん、最近、女は?また見合い話来ているんでしょう?」
「何で知っている」
「そこはほら、色々とね」
致し方ない、というように室井が鼻から大きく息を吐く。
「室井さんの身体って女が歓びそうでもあるんじゃないの」
「セックスアピールは君ほど露骨じゃない」
「良く言う!立ち姿とかすげぇ綺麗ですよ。密かに嫉妬してたのに」
「初耳だ」
「そりゃプライドあって言えませんて。・・・細マッチョなんですね。俺なんか、こんなまんべんなく筋肉付いてないですもん」
室井の遠慮した指先とは真逆に、青島のペタペタと室井の胸をまさぐる手の平が、シャツ一枚越しではリアルで
伝わる体温が伝染する。胸元、脇腹、青島の感触と体温が直に伝わる。
その指先が熱いと思った。
思ったら意識がそこに集中する。
あちこち触られて、身体が騒めいた。
「・・・・そういう相手はいない」
「もったいないな・・・俺だったら見せびらかしちゃいますけど」
「そんなこと言うのは君くらいだ」
下から見上げる青島は、朝日を浴びてキラキラ光る。
撚れた白い開襟シャツが目に眩しい。
「君は?そろそろ身を固めることも考える時期だろう」
「あ~・・・・たぶん」
「・・・・妬けるな」
「ほんと?・・・俺にしてみりゃ、エリートキャリアの妻の座を射止める未来の女の方が妬けますけど。・・・って、これじゃすみれさんだな」
妬けるという言葉に、妙に嬉しそうな顔をするのは反則だろう。
ふいに軽口の応酬が途絶え、青島の声色が変わった。
そのまま青島が視線を外し、少しだけ、急に思い詰めたような遠い目をするから、何か彼の地雷を踏んだのだろうかと思う。
返す言葉を探さず、室井は、沈黙を貫いた。
漫然とした眼差しで、青島がふぅと溜息を漏らす。
「室井さん・・・・結婚、しないんですか・・・?」
「・・相手がいればな・・・」
くすりと青島が酷く柔らかい笑みを乗せ、首を傾げる。
白染み始めた空気に、それは淡く溶けそうに縁取られた。
思わず伸ばしそうになる手に、室井は力を込めた。
「あの、さ・・・、一度転職して人生のレールから降りた人間にしてみるとね・・・常識って思われているものが、時々、面倒くさく見える時がある・・・」
「・・・・まだ家庭には入りたくないか」
「彼女にも似たようなこと言われちゃったんですよね・・・・」
「覚悟が決まらないと?」
「ん~・・・、そういうことじゃなくて・・・。金とかステータスとか、そんなんじゃなくて・・・・さ、上手く言えないんですけど、何かが違うって思った」
「何か?」
「子供育てたり、家庭を支えたり、そういうのも価値があるし大変なことだって、分かるんだけど・・・・なんか、苦しい」
「現実感がないだけだろう」
「うん・・・・、でも俺、ホントは――」
そこまで言うと、青島は口を噤んだ。
先が気になって、視線で促す。
それが伝わり、青島が、くしゃりと顔を崩して身体の力を抜いた。
ぺたりと室井の腹の上に跨ったまま、窓の外の方を見る。
「こんなこと言ったら、笑われるかもしれないけど・・・・俺――室井さんと話している時ほどワクワクするものってない」
「――」
「あんたと一緒に未来を目指すって思うだけで、こんなに熱くなれるのに・・・俺・・・・やっぱ子供なのかな・・・」
「・・・・」
「仕事と家庭。両立出来たらカッコイイのかもしれないけど、両天秤出来ない俺は欠陥品なんですかね」
珍しく弱音らしきものを零す青島が、白い朝日の中に透けて溶けそうだった。
室井もまた、仕事に身を捧げている人生を選んでいるだけに、青島の不安も分からなくもない。
親や親戚、そして近所からの催促も、追い詰めてくる歳だ。
室井のように、地方から遠方へ出ているのとは違って、実家も近いとなると、その頻度は更に高いのかもしれない。
だがそれよりも。
自分と似たような感覚を持っていた彼に、この上なく胸が締め付けられている。
「一人は嫌か」
「どうかな・・・」
戸惑いを乗せる青島の横顔が、外でも室井でもないものに向けられていて、何を想っているのか分からない不透明さが、彼を別人のようにも思わせた。
思わず、太股に乗せていた手を滑らせ、ポンポンと叩く。
彼が此処にいることを、此処にいるのが彼であることを、不意に確かめた。
口には出せないが、結婚に付いて前向きな検討が出来ない青島に、何処かホッとしている自分がいるのも確かだった。
それが同胞憐れみというやつではないことは分かっている。
青島とは何もかもを一緒でありたい。
一緒であることに安心を抱く相手なんて初めてだから、その低俗な思考に戸惑う。でも、彼には変わってほしくない。
・・・・・誰かのものになってほしくないだなんて、まるで子供染みた執着だ。
自分じゃ手に入れられない矛盾が、それを認めてしまうのだ。
「ま、室井さんが結婚するまでは俺が伴侶務めますよ」
何を言ってんだ、という半眼を送れば、青島がへらっと笑う。
「・・・君が私の妻か」
真っ直ぐな顔で戯言を呟いたら、腹の上で青島が吹き出した。
あんなに悲哀を帯びていた飴色の瞳は一瞬にして弾けた。
どこかホッとした向こうで、くるりと悪戯ッ子のような邪気を乗せる。
「それ楽しそう」
「共働きになるから家事は折半だ」
「あはは。じゃ夜の方は?」
「――、そうだな、最低でも週2回。新婚の間は毎晩だ」
「共働きなのに?!」
「心身共に満たすのが、夫の役目だ。一晩一回じゃ終わらせない。覚悟しておけ」
青島の瞳に妖しい光が宿り、ニヤリと口の端が意味深に持ち上がる。
「淡泊そうなのに、夜は燃えるんだ」
「そういう君こそノリノリでムードを愉しむタイプだろう」
「白いエプロンに、いってらっしゃいのキス?」
「基本だろ」
両肘を室井の顔の横に付き、青島が覆い被さってくる。
胸元を開けたシャツの間から、綺麗な鎖骨が羽根を描いて浮き上がっているのが室井の眼前に晒された。
全身の整ったラインを容易に想像させる鎖骨や肩の骨が覗いている。
艶めいた若い肌は、肌理が細かく、瑞々しい。体毛もほとんど見えないそれは、性的な香りを纏う逸材だと思った。
「その顔で、甘い夫婦生活しちゃうんだ・・」
「外見で判断されるとはな」
恍惚とした甘い痺れが室井を貫いていた。
心臓の鼓動が早くなる。
「お風呂にします?食事にします?それとも私?って言えばいい?」
「妻から頂こう」
自分から仕掛けた戯言だったのに、ここまで青島が乗ってくるとは思っていなかった。
・・・いや、本当は、青島ならこんな茶番が好きだと分かっていた気もする。
では、何故自分は柄にもなく、こんな益体もないことを口にしたんだろう。
「食欲より性欲かぁ、ギャップがすごいです」
「それはベッドの中で言って欲しい」
青島にかかると、いつも正しいと思っていた筈の思考が散漫になり、不明瞭になる。
自分がどうしたいのかが、分からないままに心が制御を失っていた。
これまで徹底して室井を統制していた何かが、青島に因って揺るがされていく。
「ベッドの中では愛を囁くんですか」
「・・・・試してみたいのか」
さらりと流れた髪が目元まで影を作り、室井にも影を落とす。
お互いの声が少し掠れて聞こえるのは、多分、気のせいじゃない。
だが、どちらもそのことには一切触れずに、相手だけを見つめる。
「それはキス次第ですね」
「言ってくれる。触れ合わせるだけのものしか知らないとでも?」
「満足させられなきゃ、浮気させられちゃいますよ」
「・・・・どんなキスが好みだ」
そう問うた途端、青島が室井の額に可愛らしい音を立ててリップキスをした。
室井が目を剥く。
額がじんじんと妙な余熱を残していた。
本当にしてきたことにびっくりし、まんまるに見開かれた室井の眼を、楽しそうに声を上げて笑いながら青島が見下ろし、身を起こした。
「今のはいってらっしゃいのキス、かな?」
「しょもねこと、しやがって」
「これじゃ気に入らなかったですか?」
「――、その程度では仕事に励む気にもならない」
「へぇ、朝から濃厚なのが好み?」
「妻に惚れている証拠だ」
「室井さんて、実はムッツリって言われるでしょ」
「それは自分で確かめたらどうだ」
「お?乗せますね?」
「実践主義は嫌いじゃない」
「へーえ・・・こんな風に・・・・・?」
囁き、そのまま口唇にそっと青島の口唇が近付いた。
空気を一瞬にして妖しいものに変えてくる。
眼差し一つで男を煽る。流石だと思う一方で、抗い難い程の悦楽を憶えた。
少しだけ斜めに傾けて瞼を伏せるその顔は、まるで、厳かな聖女のように清く、淡く儚い美しさを湛え
性の淫蕩さを匂わせない姿が、逆に室井の根幹を直撃する。
まずい、捕らわれる。
温かい体温と、甘い体臭。そして微かな煙草の残り香。
室井の中の野生の本能が、そう警告している。・・・だが、室井は動かなかった。動けなかった。
これは冗談だ。自分が仕掛けたお遊びだ。
青島なら乗ってくると分かっていた時点で、こちらの確信犯だ。
だが、ひた隠しにする筈の心の欲望が、室井にもう知らないことには出来ない熱を、伝えていた。
それが何かを確かめる間も与えられないまま、目の前の青島の瞳に、全てが吸い取られる。
何かに麻痺されたように、身も心も痺れて動けない。抗えない。
食い入るように見つめた。
室井の瞳に青島だけが映る。
ゆっくりと、青島の伏せられた長い睫毛の影が揺れ、少しだけ震えた。
朝日に光るその口唇が、舞い落ちる光に包まれる。
室井の口唇に影を落とした――
その瞬間、けたたましく目覚ましのアラームが鳴った。
一気に解けて霧散した雰囲気の中、あまりのお決まりの展開に、二人で顔を見合わせる。
同時に息を吐き、極度の緊張状態からの解放に青島が破顔する。
「なぁんだよもぉぉ~・・・・」
イイ雰囲気だったのにと、そう言いながら青島が手を伸ばし、枕元のアラームを止める。
室井の心臓がバクバク言っている。
全身がマグマのように熱く脈打っている。
指先まで痺れている。
そのまま、青島が室井の上から退こうと跨いでいた足を上げ、横にズレようと体重を浮かせた。
「ッ」
刹那、青島の浮いた足を軽く跳ね上げ払い除け、室井が身を起こした。
と同時に、青島の腕を力任せに引く。
容易に傾いできた身体を合わせ、一気に体制を入れ替え、圧し掛かった。
「ぅ、わ・・・・っ」
ぱふんとシーツに肩を沈ませるその身体を自らの懐に引き込み、横向きの姿勢で片足で身動きを封じると、人さし指と親指で顎を捕えた。
驚き、目を見開いたまま固まった青島を上向かせ、瞳を覗き込む。
「嫌なら、突き離せ」
低い声が、自分の喉から掠れる。
まるで、自分の声じゃないみたいだった。
至近距離の殺した熱い息が口唇に吹きかかる。
「早く」
「・・ぁ・・・ぇ・・、本気・・・?」
ここは、誰も止める人も遮る物もない。
誰も知らない。誰も分からない。真実は隠され、全ては幻と消える。
青島の目が見開かれ、この冗談が冗談ではなくなったことを悟ったらしかった。
怯えのような色がその透明に瞳に浮かぶ。
ふっと眦を緩め、室井が顔を傾けた。
青島の、室井を掴む指先がぎゅっと締まる。
その指先を合図に、室井は横向き姿勢のまま顎を捕えている手を引き寄せ、ふっくらとした膨らみに自分の口唇を被せた。
「・・・っ」
吃音のようなものが微かに聞こえ、青島の身体がピクリと揺れる。
押し退けようとする身体を挟み、室井は乗り上げた足で繋ぎ止めた。
逃がさせはしない。
多分、青島はここから抜けだしたら、全部冗談にしてしまうだろうから、今だけは。
今だけでいい。
「・・・ん・・・・ぅ・・・・」
想像以上に柔らかく、熱い肉が恍惚とさせる。
気を抜けばこちらが陶酔させられる。
室井の男性的で薄い口唇とは異なり、弾力があり、後を引いた。
強く重ね、何度も甘い汁を擦り合わせる。
理性を繋ぎ止めているのがやっとだった。頭の中は、真っ白だ。
でも、嫌だと思った。
青島の高めの体温が離れた時、離したくないと思った。
今、一度だけ、伝わる物が何もなくても、これが無意味な行為に終わっても。
忘れてくれていい。
この記憶の破片を胸に刺し、俺はきっと生きられる。
どうせ、いつかは消えていく存在なのだ。
だが、触れた口唇から巻き起こる甘さと熱が、否応なく室井を捕え、耽溺させる。
室井の中の、今まで抑えに抑えて見ぬふりをしてきた、嫌になる程の青島への執着と独占欲を知らしめた。
言葉ではないその熱水のようなものが、青島への不可解だった感情の源を室井にはっきりと告げ、決壊させた。
胸が詰まるように抉られた。
今更こんなことに気付くなんて。
始まると同時に終わっていく。
この切なさも肖像もいずれ消える幻だ。
だから一度だけ。
たった一度の赦しを今は貪りたかった。
「ん・・、・・・・っ、・・・・ぅん・・・・っ」
ぎゅっと目を堅く閉ざしたままの青島は、切なげに眉間を寄せ、食べてしまうように口唇を重ねる室井のリードに誘われ、薄く口唇を許してくる。
押し付ける口唇の強さに、青島の顎が反り、それを覆いかぶせるキスで、室井がキスをより深くする。
「・・ッ、・・・ぅ・・ん・・」
まっさらな朝日を浴びる白地のシーツに無作為に乱れる栗色の髪が、清楚さと妖艶さをダイレクトに表わし、色付く頬が妖しく染まっていた。
目の前で広がる光景に、雄の本能が窒息するほど湧きあがる。
めちゃめちゃにしてしまいたい野蛮な衝動は、これほどまでなのかと室井自身を困惑させるほどだった。
「ふ・・・、・・っ」
触れる傍から、淡く消えていく。
光の中で濃密に交わる官能が、強請るような熱を欲し、青島の甘さが室井の意識を奪っていく。
抵抗も出来ず、ぎゅっと目を閉じている青島が、妙に無垢で頼りなく。
光に包まれる二つの造形が脆く儚く、溶けだした。
ただ、愛しさだけが、溢れて、零れて、あとから、あとから。
もう後には引けない。もう護れない。傍にも居られない。忘れさせることしか出来ない男なのだ。
そんな時代と運命を恨む。
思う存分膨らみを堪能した後、少しだけ解放すると、濡れた吐息を漏らしながら、青島が薄っすらと目を開ける。
紅く艶めく膨らみを震わせ、蕩けた瞳で微かに喘ぐ。
驚愕と動揺を恥じらいの中に混じらせ、戸惑う瞳に、有り得ない程に惹き込まれる。
後頭部に差し込んだままの手で顔を固定し、その瞳を覗き込んだ。
「・・・長・・すぎっ・・・」
「先に仕掛けたのは君だぞ」
「俺・・・っ、ここまでするつもり・・・ッ」
「ああ」
「男ッ、同士・・・っ」
「ああ」
「ど・・・・して・・・」
「・・・・ああ」
まだ荒い息が、至近距離の室井の口唇にかかる。
ゾクリとして、室井は一度、目をきつく閉じた。
「どうして逃げなかった」
「・・ッ」
「突き飛ばしていいと、言った」
キスの名残を呑み込み、青島が少し正気に返って室井の腕を掴み、バツが悪そうな顔で身体を放そうと身動いだ。
その腕を取り、足を絡めて組み敷いて、顔の両脇に縫い付ける。
「こんなの、部活の合宿とか、高校生とか、よくある話でしょ」
少しだけ悔しそうな顔をして、口唇を噛み、青島が抵抗を止める。
顔を背け、視線を外される。
その染まった頬が、嫌がられてはいなかったことを室井に伝えた。
「なら、何でそんな顔をする」
もう一度、眉を寄せ、切なそうに見上げてくるその顔は、まだ頬が赤らみ、少しだけ火照っている身体が、直に伝わった。
じっと視線を奪えば、溢れんばかりの激情を抑え込んでいる瞳が、うろたえた。
こんなにも捕り込ませるような反応を見せられるとは、思わない。
なんて眼をするんだ・・・・。
勘違いを、本気にしたくなる。
だけど――
「そんな顔をしないでくれ」
「お、俺、ホモじゃないし」
「私もだ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「か・・カノジョ、いるし」
「知っている」
「裏切れないよ・・・」
「ああ」
宝石を閉じ込める瞳が、室井だけを映していた。
これを糧に俺は先へ行ける。
「私にも裏切れないものがある。その筆頭が、おまえだ」
「!」
結局、この存在を引き寄せてしまうことは出来やしない。
このゲームは最初から結末が決まっている。
青島と、どうなりたくて、どう向き合いたいのか。慣れ合いたいのか、競い合いたいのか。
護りたいのか、救われたいのか。
だからそこから先は、考えない。
この気持ちの正体を突き止められぬまま、時は容赦なく期限を迫る。
「分かっているだろう・・・?」
俺たちは一緒にいてはいけないことを。
離せなくなりそうな執着を、渾身の思いで噛み砕く。
無下に告げた声は、むしろ自分の方が手折れそうな音で響いた。
「なら・・・あんたは・・」
「私のことはいい。君は君の人生を護れ」
「俺に忘れろって?」
「君が選んだ一人の女性の無様な恋敵になれと?」
室井の洗い晒しの前髪が、はらはらと落ちて、青島の額に陰を作る。
じっと、お互いの瞳を見つめ合った。
濡れたように光るその眼差しは、軽蔑も怒りもなく、もう火照りも失せて、ただ、森の湖面のように静かで、ほんの少しの辛苦を乗せていた。
他愛ない現をぬかしていられる人生航路はなく、幸せとも言える無二の時間が、長くはないことを
青島もまた、知っていたことを理解する。
「振り返ってられるか・・・」
青島にというよりは、自分を諫めるよう口にしたそれは独り言のように空気に溶け、そして室井は青島の肩に顔を埋める。
徒言を口にするのは、こんなにしんどかっただろうか。
もっと違う出会いだったら、二人に悠久を望めただろうか。永遠を問えただろうか。
「忘れろ・・・」
青島が眉を顰め、苦みを乗せた顔をした。
多分、室井が、ワザと青島に拒絶の台詞を言わせたことを、察したのだろう。
狡さと弱さが、残酷な青島の優しさを押し返し、抉るような痛みを甘んじて享受する。
まだ、先程のキスの余韻が、口唇に色濃く残っていた。
こんなにも芯から熱くする相手であることを、身を以って知らされてしまった。
この自由で鮮烈な魂を、捕えて連れ去ってしまいたい。
掴みどころの無い彼の魂が、掴みどころのない苛立ちにも似た焦燥を、胸の奥深くに渦巻かせる。
手に入れるのさえ戸惑われる愛おしさが、こんなにも苦しい。
大切で、大事で、失くしたら、室井が室井でなくなるもの。
だけど、室井が室井で在る限り、傷つけ穢してしまうもの。
パラドックスに満ちる感情は、あまりに稀有すぎて、雁字搦めになる。
「今だけだ」
せめて、どうかこの清楚な魂がこの先も傷つかないよう、そっと祈りにも似た感傷を抱き締める。
「ずるい、よ・・・」
「分かっている・・・」
青島の手が、応えるように室井の腕を辿り、背中へと回った。
覆いかぶさり、室井も青島の身体をその胸に抱く。
みっしりと体重を掛け、全身で青島の感触を意識した。
これ以上ないという位、胸が痛かった。
これは、自分と共に居る時が一番楽しいと言ってくれた彼への礼だと思ってくれればいい。
締め付けられるような痛みと鋭い息苦しさは、現実の呼吸も乱し、抱き締める腕に力が籠もる。
甘く柔らかい青島の匂いが混じる視界は、彼の優しさが加算され、それは朝なのに酷く甘ったるい気怠さを残した。
これが最初で最後だと知りながら、どちらもそのことを口にすることはなかった。
3.
「青島が絡むとおまえ、ボロボロだな」
背後からいきなり掛けられた声に視線だけで振り向く男に、一倉はニヤニヤした下卑た笑みを覗かせ、舐めるような視線で立った。
が、それは涼しい顔で受け流される。
エアコンを効かせた店内は、外の熱気を一時期忘れさせ、ベタつく肌をさらりと撫でて通り過ぎた。
必要以上に落とされた照明が、穴蔵のような閉塞感を齎し
そこにアンティークのスツールに腰掛け、一人背を向ける背筋の綺麗な同期の男の背中は、中年の世知辛さが漂う。
「荒れてんね」
「・・・何故そう思う」
粛々と室井が答えるが、一倉はニヤニヤとした笑みを絶やさない。
「酒を愉しむ店でいい歳した大人が今更チャンポンするか、阿呆」
「そういう気分の時だってあるだろう」
「律義なお前が?」
許可もなく一倉はすぐ隣のカウンタースツールにドサリと腰を下ろし、バーテンに同じものをオーダーした。
室井はチロリと視線を向けただけでまた正面を向く。
バーカウンター前のグラス棚には、世界各種の酒が凄然と並べられており、色とりどりのガラス瓶がステンドガラスのようにカラフルな世界を造り出していた。
地下蔵のようなこの店内は、隠れ家のような様相で、スポットライトが蛍のように照らされる。
小豆色に統一された装飾が、一層ムーディでシックな外国式を演出し、年配の客層を意識した内装であることを窺わせた。
クリスタルの光の造形を漆黒の眼に映し出しながら、室井の眼は何処か遠くを映し出していた。
「世田谷の件はどうなった」
「もう片が付く」
「だったらもっと景気良い顔をしろ。時化た面で酒を呑むな、酒に失礼だ」
悩みの種が仕事じゃないなら、残る理由はコイツの場合、ひとつしかない。
「また青島か。終わったんだろ。そっちも片を付けろ」
「・・・」
室井の眉間が険しくなった。
先程の近況を尋ねる社交辞令が、フェイクだったことに気付いたのだろう。
黙秘を貫く室井に、甘いなと一倉は内心ほくそ笑む。
お互い刑事なのだ。その程度で誤魔化し切れると思っているのだろうか。
「何故過ぎ去った物にそこまで拘る必要がある。あんな男の何が良いんだ。アイツと俺――、他の人間の何が違う」
それまで指先一つ動かさなかった男が、カウンターの上で肘を付き、指を組んだ。
視線はまだ合わさない。
「俺も懐に入れてみりゃ分かることなのか」
室井が組んだ手の上に顎を乗せ、緩やかに口を開いた。
「やめておけ・・・」
「男の独占欲はみっともないぜ」
スッと視線だけに数多の感情を内包し、室井が一倉に無言の先制を放った。
ようやくリアクションしたかと思えば、言うことはそんな台詞か。
他のことは無視する癖に、青島のことにだけは口を挟むその無防備な執着の危うさに、苦笑や心配よりも、悪感情が湧く。
「別にお前に止める権利はないんだろう?」
「お前じゃ、無理だ」
「手を出すなって意味か?」
「――、傷つけても、突き放しても、裏切っても。文句にしろ反発にしろ、真正面からぶつかってきて俺を見る」
「?」
「真っ直ぐな眼差しを変わら
ず向けられる怖さと身震がお前に分かるか」
「――」
「背を向けても変わらぬ信頼を寄せられる衝撃を、お前は体感したことあるか」
言っていることは物凄い惚気のようだが、室井の声はどこか恐怖染みて聞こえる。
それが室井の感じてる心なのだろうか。
「潰すのが怖いのか。見切られるのが怖いのか」
「――」
「
それで駄目になるならお前に器がなかったということだろ」
フッと、自嘲にも似た、皮肉な笑みを浮かべ、室井は組んだ手に額を押し付けた。
陰りが付き、俯いた顔からは、表情が良く読み取れない。
「キャリアは器じゃない。コネと策略と人選。全ては綿密に仕組まれた道化芝居だ」
「分かってるじゃないか」
「そして――、だからこそ、か・・・、青島も、そんな運なんかに頼らない。それを越えて飛び越えてくる。まるで、見せ付けるように」
「だから護るのか」
「護られてくれるような大人しい奴じゃない」
成程、と、一倉は思った。
ここ最近の荒れ様は、青島と対等でありたい矛盾か。
追いつけない、置いていかれる恐怖が、室井に敗北を感じさせている。
だがこちらがキャリアである以上、これは出来レースなのだ。
「今更、オママゴトがしたくなったとか言うなよ」
「こっちは腐っても根っからの官僚だ」
「分かってるならいい。青島に何か言われたのか」
「いや――」
室井の瞳が俯いたタイミングで、一倉の前にバーテンが音も無くグラスを滑らせる。
グラスを反射した琥珀色の光が、室井の漆黒の瞳にも射し込み、何とも言えない色を造り出した。
宇宙に呑み込まれた星屑のようだ。
その瞳を、一倉は味わうようにじっと見つめる。
青島との階級差など今更のことなのに、何故ここ最近こんなに追い詰められたんだろうか。
ふと嫌な予感がして、一倉がグラスを煽る。
カランと氷が鳴いた。
「官僚、止める気か?」
その言葉に、室井は妖艶とも言うべき笑みを口の端に乗せた。
室井のこんな顔は見たことがない。
「だからお前では無理なんだ」
「あん?」
「俺がキャリアを外れたら、それこそ青島に見限られる」
「・・・・いずれ、青島を本庁へ引き抜くつもりか」
「昔は・・な。傍で支えて欲しいと。・・・だが、怒鳴られた」
「ええ?」
「今なら判る。俺たちの約束のためには、同じ場所にいては意味がない」
室井がゆっくりと肺から息を吐き出すように言葉を紡ぐ。
自分に理想を見出している青島の目の前で、それを打ち砕くような真似をするのが辛いのか。
全く子供染みた言い訳だが、誰も信じず、一人伸し上がってきた室井にとって、初めて手にした味方の温もりは
想像以上に震慄なのかもしれない。
だが、得られた強さと、ヒエラルキーの君臨はまた、別物だ。
戦うスキルを手に入れただけでは――素質だけでは、この先の愚蒙な山は登れない。
泥水に浸かることでしか、先へは進めない自分たちにとって、青島の押し付ける理想主義は残酷で、非道で、偶像崇拝だ。
「青島の理想論にお前が潰されそうだな」
「逆だ。この戦いに巻き込んだのは俺のようなものだ。あいつは目を見張る成長を見せてくる」
「涙ぐましいね」
「茶化すな」
「いいじゃねぇか。充分利用できるんならアイツも本望なんだろ?」
「だが俺は、多分この先も、手を取ることも出来なければ、裏切ることしか、見せられないんだ」
室井もまたここで杯を煽り、濡れた紅い口唇を噛んだ。
そこまで割り切っていながら、室井は一体何が苦しいのだろうか。
切れ長の眼差しは悩ましく染まり、酸いも甘いも知った男の性は、言いようもない魔的な色気を醸し出す。
哀愁と倦怠。
一倉は、不覚にも瞠目した。
「まさかお前、青島に自分が潰されることを期待してんじゃないだろうな」
「そこまで刹那的じゃない」
「出世レースは片手間で勝てる程、甘くない。全部を取ることは出来ないぞ。お前の一番重要な物はキャリアだろ」
「分かっている」
――って、ちょっと待て。
今、〝手に取ることも出来ない〟って言ったか?
手を取りたいのか・・・!男なのに。・・・いや、男だからか。
だとするなら、室井の苦しみの根が色合いを変えてくる。
一倉は肘を付き、額に拳を当てて俯く室井を、観察するように見定めた。
歳を重ねなければ出せない中年男の色気は、穴蔵のような空間にあって、目を奪われる程に香っていた。
青島を思う時の室井は、こんな顔をするのだ。
それはまるで、報われない情熱に溺れる踊り子のようだった。
「惚れてんのか・・・・?」
ややして、肩で大きく息を吐きながら、室井が顔を上げる。
「何だよ、何かしたのか?」
「――」
カラカラと溶けた氷が底に沈む。
グラスから外さない指先が、結露で濡れる。
答えない室井に、一倉は肩を竦め、それ以上追及しようとはしない。
すると、室井の方から、ややして重い口を開いた。
「もう、決着は付けた」
「別れたのか」
「・・・ああ」
「・・・そうか・・・」
頑固で潔癖な室井のことだ、腹を決めたキャリア人生に、そう簡単に道は外さない。
だが、ここまで自分を開花させた青島を、もう室井が手放すとは思えなかった。
だからこそ、割り切れぬ感情と、変わりゆく景色に戸惑っている。
その戸惑いは、いずれ必ずアキレスになる。
「手は出さなかったのか?お前」
「?」
「アイツ、結構色男だし、喘がせたら相当なもん見れるんじゃないか?」
「下品な言い方をするな」
「それだけ傍にいて、本当にお前は何も感じなかったのかって聞いてんだよ」
「――、何をだ」
「とぼけたな。男なら抱けるかどうか、だろ」
「・・・・青島には女がいるぞ」
淡々と室井が言う。
「へぇ・・・。モテそうだもんな・・・。女の黄色い声が染み付いているようなタイプだ」
一倉は横目でニヤリと笑った。
やんわりとかわした筈のその返答が、暗に恋を認めたことに、室井は気付いていない。
その一倉の嘲謔の視線に、ようやく自分の失言に気付いたのだろう、室井が悔しそうな感情を眉間に表わした。
「お前、俺を揄いに来たなら帰れ」
「愚痴を聞きに来たんだよ、お前、昔から何かあると一人此処で呑む癖があるだろ」
「・・・・」
「見え見えなんだよ。どうせ、この店も青島には教えていないんだろう?・・・男のプライドか?」
眉間の皺を深め、室井がいよいよ剣呑の眼差しを向けた。
じっと見定めるように一倉を見る。
それを口の端を持ち上げて見返してから、一倉は口調を一変させた。
「そんなに青島が大事か。弱いとこ見せられねぇ程に」
「・・・・・」
正直、驚いていた。室井にここまで言わせ、ここまで室井が追い詰められているということは、青島もまた本気なのだ。
本気で、ヒヨっ子の分際でキャリアの戦いに一石投じようとしている。
青島の本気の覚悟が室井を苦しめる。
だが、今、終わりにしたと室井は言った。
さしずめこの酒は、労いの酒か。
「青島が思った以上に奥手だったことは幸いだったな。もっと派手に遊んでいるタイプに見えた」
長い沈黙のあと、思考を巡らせた一倉はそれだけを呟いた。
「離れるのに、丁度良い機会だったと言えるんじゃないか。賭けられない相手と心中することない」
「・・・」
「青島がどう潰れるか。俺は興味あったがね。潰されるのはお前の方だったかもな」
室井からの返答はなかった。
一倉も、それ以上口を挟むことなく、ただ黙って杯を重ねる。
「それでも、別れを決めたお前の選択は、正しかったと思うよ」
小さく、室井がありがとうと、吐息だけで呟いた。
その顔を横目で見て、一倉もまた苦笑した。
なんて面だ。
「詫びに、一つだけ、情報をやる」
室井が気怠そうに、視線を向ける。
切れ長の眦は酒にも染まることなく、清涼な強さで濡れた眼差しを引き立てる。
「お前、今俺に言ったようなこと、青島と直接話してないだろう」
「・・・・・」
「何でも話せないなんて、友情ですらなかったんだよ。・・・多分、青島はお前が思うほどお前のことなんか意識してない」
「お前に俺たちの何が分かる。
「じゃなけりゃ、言ってくれるのを
待っていた」
「まさか」
「だから人間関係に疎いお前は朴念仁なんだよ」
「男の仕事だ。背中を預け合う相手に・・・言えるか」
「そうなんだろうな、お前には。だからお前は青島の共に生きるって覚悟の本当の意味は知らなくていいってことだ」
「青島の?」
「何故なら、多分、青島にはお前の覚悟なんて、何も伝わっていない」
「そん・・・なこと・・・」
どうせ何も言っていないんだろお互い、と一倉がニヒルな笑みで顎を上げる。
室井が驚愕した瞳で、眉頭を歪ませた。
ただ、一倉もしくじったと顎を上げ、でも、と目を瞑る。
「伝わっていないまま、それでもアイツ、お前を選ぶんだろうな」
その何気なく呟いた一倉の言葉に、気配を鋭くさせて、室井が顔を上げた。
ようやくの室井のリアクションに、一倉は殊の外真摯な眼差しを向ける。
「アイツ。・・・家に帰ってないらしいぞ。湾岸署で直接仕入れたネタだ。その理由、お前ならわかるんじゃないか?」
室井が目玉が落ちそうなほど、目を剥いた。
わなわなと、グラスを握る拳が震えている。
一倉の発言に、嘘だろうという感情が、漆黒の瞳にありありと透けて見えた。
「どうする」
「そんなつもりで青島を切ったんじゃない・・!」
低く、誰にともなく告げた室井の声は、熱く太い怒りを滾らせた。
ガタンとスタンドチェアから音を立てて、室井が立ちあがる。
「待てよ。夜は長い。ギムレットでも頼もうぜ」
「――」
室井はそれを、鋭く光る目付きでねめつけた。
一気にグラスの液体を飲み干し、乱暴にテーブルに置く。
「此処はお前の奢りだ。ギムレットを呑むには俺にも早すぎたようだ」
指を差し、下卑た笑みを浮かべる一倉に吐き捨て、室井は数時間留まり続けたこの店を飛び出す。
「お~お~映画のような台詞を吐きやがって。・・・お手並み拝見といくぜ、室井」
4.
例えばそれが、恋じゃなくても。
室井が青島を手に、入れたい思いは変わらない。
青島に忘れ去られてもいい。でも、室井の世界から青島を消したくない。
大切じゃないわけがないだろう。
先へ進む俺たちの、その未来に、青島が必要なんだ。
恋を呑み込んだのは青島を護るためだけだった。
室井は行き交う人混みに飛び込むように、決死の形相で走る。
一倉の言葉は心臓を鷲掴みにされた思いだった。
その可能性を忘れていた。
――目を見れば大凡のことは感じとれたし、伝わった。だから、室井は青島の気持ちを全てを知っている気になっていた。
伝わってないまま?何がだ?
俺たちは全て共有している筈だった。
全てを知った気になって、取りこぼした?
取り零したのはどっちだ?
まさか、という気分だった。
まさか、まだあいつは俺を?断ち切ったのに?
青島もまた別の感情もあったら?
・・・・・・・青島なら、それを巧妙に俺には隠すだろう。
「・・・ッ」
突如、閃いたように心に降ってきた推理は、的確にその矢を室井の胸に解き放った。
―言わなきゃ、全ては伝わっていかない―
行動で示さなくても、何も言わなくても、青島はいつも察してくれていた。
だから、口下手な自分はつい甘えて多くを語らなかった。
察せることと、真実は、同義ではない。
告げる大切さも、いつしか忘れてしまった。
本当の願いも。
一番大切なことも。
――青島は、俺が青島を失っても平気だと思っているのか?
いつまでも色褪せない絵画のように、青島との残像が消えない。
どうして青島だけ。
どうしてあいつだけ、いつもいつも俺を狂わせる。
どうして俺から離れてしまわないんだ。
そうだ、きっと青島は、無理矢理奪ったキスさえ赦し、身を引くのだろう。
だけどその裏で、今も変わらず室井を信じ続ける。
その代わり、もう、決して、室井をその瞳に映さない。もう二度と、室井を見ない。密かにただ、静かに慕い続けるのだ。
何故なら、室井が関わるなと意思表示をしたから。
「あンの、ほんずなす・・・ッ!!」
青島の中から室井を消して見せる。その位、簡単にやってのける男だ。
自分の意思ではなく、室井の決断を尊重する。
そして人知れず、陰で一人、泣くのだ。・・・・・俺を慕って。
「・・・ッ」
そんなの分かってたことだったのに!
一倉は、絶望的な階級差を根拠に、決して混ざり合わないと否定する。
だが、青島と向き合う時の、あの奇妙な隔離感が、室井に一縷の微かな希望を繋げさせるのだ。
一倉は何も分かっていない。
自分の思い通りにいかない僅かな差が許せないのではなく、青島との意識格差こそが、室井を芯から煽るのだ。
「・・・ク・・ッ、・・ハ・・・ッ・・・」
心が破裂しそうなほどに、喚いていた。
身体中が咆哮で叫んでいる。
室井は初めて、理屈じゃなく、身体が求めるままに走った。
そうだった。この程度で揉み消される絆なら、こっちから願い下げだ。
まだ間に合うか。
一番大切な人に、一番大切なことを、知っていて欲しい。
俺を見限るな。俺を置いていくな。
願わくば、俺と共に生きてくれ。
自分を想って笑いながら、その笑顔の影で一人で泣いているのかと思ったら、堪らなくなった。
キスで遠ざけるくらいで、俺たちの何かが変わる訳がないのだ。ただ、青島を傷つけただけだ。
いや、必ずあいつは俺を待っている。
今行くから。
絶対取り戻すから。
夜道の灯りは、まるで誘導等のように道標に見えた。
その中を、学生時代以来の全力疾走で、室井は走った。
5.
夕涼に、時折音を立てて吹き抜ける湿度の高い夏の潮風が、二人の間を通り過ぎる。
室井は忽然とただそこに表れた。
都会の夜にそびえる湾岸署の屋上は、透明な空気が覆い、下界から隔離された静かな空間を造り出していた。
今日は上空の風が強いらしい。
日没の空は西の方だけ濃い茜に染まり、雲一つない空が水晶のように広がっていた。
「ここも禁煙じゃなかったか」
「・・・見逃してください」
離れていった、そして、もうこんな風には関われないと思った片割れの幻が、目の前にいる。
青島は夢でも見ているかのように、夕闇に溶け込む男を呆然と見上げた。
辺りは日没を過ぎ、蒼い空気に包まれる。
灯りだした街の夜景に、遠くの汽笛が到来を告げた。
遠くから、ほんの僅かな金木犀の香りがする。
夏の夜風が湾岸地区の潮の匂いを乗せ、青島のネクタイが風に翻る。
強めの風が耳を塞いだ。
「今日の仕事は?」
いつもと何も変わらない姿勢の良さ。しなやかな佇まい、黒目がちの強い瞳。
凄然と整えられた頭髪は、この風にも揺らがず、いっそ幻想であることを主張しているようだ。
辛うじて、スーツの裾がはためいていることに、現実感を覚える。
「・・終わりましたもん」
「ならもうクローズだ」
「店じゃないんだから・・・。俺なんかのことより、あんたこそ、まだ仕事残ってんでしょ」
あの優しく哀しい夜から、二人が共に酒を呑むことはなくなった。
風伝いに、避けている訳でもなく、特捜を掛け持ちさせられていると聞いた。
そんなことはこれまでにもあったが、それ以来プツリと連絡が途絶える。
「事件が一つ片が付いた。テレビ見てないのか」
室井が静かに言葉を重ねる。
いつもの変わらぬ抑えた口調。
だけど、なんでここにいる?
室井が組織を改革出来るだけの力を持った逸材であることなんか、青島はとうに感じている。
そんなの、青島が一番知っている。
その室井の覚悟と意思が、青島を現場に居続けさせる価値と意味を確信させた。
その男が、決断したのだ。
俺たちは同じ所に居てはいけない。
一緒にはいられない。一緒にいることに意味がない。
それ以上に、階級社会に多大な期待を賭け、命運を共にする算段が、室井を強くもしながらも、弱くもしていることを、青島は気付いていた。
相容れぬ価値観が、時に摩擦を生むことも、まるで自分の責任の様にこのひとは受けとめてしまう。
その度に、苦しそうな顔をして、曲げない背中と、握り締めた拳で、一人、乗り越える。
いつまで経っても認めて貰えない。
隣に立つことを許して貰えない。
室井があの朝、一人悩み、一人決断した理由を、青島は知らない。
でも、その先に見つめたものを、尊重したかった。
「お疲れ様でした。・・早く帰って休んだ方がいいですよ」
「君もだろ」
青島は、ぼんやりと静かに佇む室井を見上げた。
久しぶりに見る室井は、何も変わりなく、撚れ一つもないスーツを秩序良く着こなし、厳粛で凄然たる威厳を漲らせ、何かを拒んでいる。
いつも、そうだ。
官僚たるその立ち姿は、決して交われぬ世界の違いを寡黙に見せ付ける。
遠い、ひとだ。
少し、疲労の色がみえた。
「俺はもう少しここにいます」
「送って行く」
「オンナノコじゃないんだから・・・。一人酒でもふらつきますから。どうぞお先に――」
「青島」
少し強気な口調の室井の口ぶりが被さり、青島は口端を歪めて俯いた。
室井の精悍な風貌に、少し怖気づく。
なんか今日はいつもに増して、冷然な雰囲気が荘厳で、その、偽りのない切れ長の視線が、肌に突き刺さる。
どうしたんだろう。何かあったんだろうか。
でも、その役目はもう俺じゃない。
青島の前髪がはらはらと潮風に乱れて額を擽る。
「今日は、見逃してください・・」
「暫く家にも帰っていないとも聞いた。・・・・・どうしてだ?」
静かに問い詰められ、年上の諫めを匂わせた物言いが、条件反射のように青島の抵抗する気勢を奪わせる。
さらさらと潮風が細い髪を揺らし、不安定な目元を隠してくれた。
都合よく俯き、これじゃまるで、尋問だと苦笑う。
別々の行動を起こすことに、文句なんかなかった。
なのに。
あの朝の、たった一度のキスが青島を雁字搦めに縛り付ける。
あれは別れの餞別だったのか。それとも、俺への戒めか。いずれにしても、俺を切ったのか。
押し付けるだけの厚意と曖昧な関係に終止符を打つのは、丁度良いタイミングだったんだろう。
このひとが決断することの意味を、いつも後から知る。
馬鹿みたいだ。ずっと追いかけられると思っていた。追いかけて良いのだと思っていた。
もうどんなに手を伸ばしても届かないひとだ。
どんなに願ったって、叶わない。
このひとの立つ世界の重鎮に比べたら、俺のシンプルな慕情なんて、あまりに脆い。
実に、綺麗な幕切れを演出してくれた。
見事だったよ。
足枷になる前に断ち切られた。・・・・向こうから。
もう届かない。
あの一度のキスが、眼に沁みて、青島は瞼を閉じた。
零れる涙が溢れて溢れて止まらない夜を、あと幾つ越えればいいのだろう。
あんな顔して告げられたら、荒れることすら、出来やしない。
黙ってしまった青島に、それ以上追及することなく、室井はコツリと靴音を鳴らしてフェンスに寄った。
屋上から見える夜景に視線を流す立ち姿を横目で盗む。
「君と出会って、もう、随分経つな・・・」
急に話題を変えた室井に、手に持ったまま吸わずにいた煙草を口に運び、青島もまた、藍色の空へと紫煙を吹き上げた。
シャボン玉のように、風に煽られ、舞い上がっていく。
まるで消えるように、微かな煙は、アメスピの特徴的な匂いだけを残り香に、確かな存在を追憶する。
未練たらしい自分みたいだと思った。
もう、あのキスに、何か意味があったかなんて、口が裂けても教えては貰えないんだろう。
このひとには何か収める意味があったのなら、俺は、最後の最後に役に立てたのだろうか。
何故ここに表れたのか。
何かあったのかもしれない。
泣きたいときには、泣いてしまえばいいのに。
だけど、高潔なこのひとは絶対に、泣かないんだろうとも思う。
嗚咽も堪えて、前を向く。
僅かな隙も見せられない不器用さで、果敢に生きていく。
そんな男の涙を流させるのが、俺で合ったら良かったけれど。
男って、不器用で、下らない見栄の生き物だ。
もう遠い、このひとへ――最後の祈りを、紫煙に乗せてふわりと空へ吐いた。
消えてしまったぬくもりは、何の作為も与えず、まるで手もとの火種のように、頼りなかった。
――なら、ここに居る彼は、俺の造り出した願望なのかもしれない。
「冬、でしたね」
「年明けの・・・・冬だった」
「もう何年・・・?俺が29の時だから――」
「まだ二十代か・・・。君と出会ったことで、もう私の人生は君なしでは語れなくなった」
「俺の刑事人生なんて、室井さんで象られてますよ・・・・」
「時が経ったな」
「この街も随分変わりましたしね・・・・」
フェンスの向こう側に見える東京湾の細波が残照に光り、一面蒼色に染まる空気は、時が止まっているかのような情調に満ちる。
いつしか増えていったジオラマのような街並みは、今は宇宙のように灯を光らせ始めた。
もう戻れない時を惜しませた。
みんな変わっていくのだ。
両肘を膝に乗せ、俯いていた顔を上げる。
目の前の室井の背後に、藍色の空と瞬き始めた星空が広がっている。
綺麗だ――。
別れのキスが、痛んでも、俺の時間は相変わらずこのひとの上で止まったままだ。
どうすれば良かったと言うのだろう。
泣いて縋れば良かった?行くなって引き留めるべきだった?傍に居させてって甘えれば良かった?
それで、このひとの何が救われたかが、分からない。
あれで、良かったんだ。
「早いな・・」
長いようで、あっという間だった。
静かに語る室井の言葉が、氷のような礫となって、でも思い出はキラキラと瞬いていた。
静かな痛みが満ちて、息さえも苦しくなった時、タイミングを見計らったように一陣の風が巻き起こる。
それを合図として、室井が凛とした風情で振り返った。
「自分の人生を動かすのに必要な物は、何だと思う」
「・・必要な・・?」
「なくちゃ始まらないものがある。俺の前から勝手に消させないよう、足掻いてみるのは、それほど直情的ではないと、思った・・・・」
一人称が、急に〝俺〟に変わった。
じっと見据える室井の、果てない宇宙のような瞳が呑み込まれそうに深まる。
遍く煌めきを内包していて、無秩序な重力のエネルギーが恐怖を思わせる。
少し違和感を覚え、それは恐怖にも似て、何だか平衡感覚さえ奪われそうな無重力感が襲い、青島はそっと視線を逸らした。
「いんじゃ、ないですか・・・・?」
適当な言葉で喘ぐようにそう呟いた刹那、室井が足音も立てずに間合いを詰める。
青島の目の前に室井が立った。
そっと煙草を取り上げられた。
それを、自分のもののように幾度か吸って、紫煙を吐く。
青島が、室井の口唇から溶けていく紫煙を追うように空を見上げた。
室井が身を屈める。
二つの影が一つに重なった。
紺瑠璃に深まる空に浮かぶ双瞼は、明らかに野性の捕食の本能を奔出させた男の瞳で、今までみたこともないくらい、強く艶めいていた。
その後ろ、最後の残光を残した東京の藍の空と星が、無尽に取り巻く。
呼吸が止まって、世界も制止した。
「ど・・・して・・・」
「君は、この間もそう言ったな」
青島の胸ポケットへと室井の手が忍び、携帯用の灰皿を我が物のように取り出した。
息を呑んで見入っている青島の前ですっかりと吸い終わってしまった煙草をそこに投げ入れ、切れ長の視線をチラリと上げる。
妖艶な熱を帯びている。見たこともない男の色気。
「・・っ、こ、ここを何処だと・・・・、こんなことして・・・・あんた・・・・」
「良いか悪いかじゃなくて、もう、好きか嫌いかで答えろ」
「――!」
「君が――」
そう言い掛け、室井が青島の頤に手を掛け、再び軽く口唇が重なる。
濡れた吐息に、微かに同じ煙草の味がする。
「・・ゃめ・・っ・・」
「悪かった。君を傷つけたくなくて、言わないことで、逆に傷つけた。逃げることが逆に追い詰めるなんて、想像もしなかった」
室井の言っていることの意味が、あまり良く分からない。
怖い。
一体何が起こっているんだ?
あの日のキスが、蘇る。
もう、忘れたいのに、刻みこまれ、解放させて貰えない。底なし沼のように、囚われて、ずぶずぶに沈んでいく。
このまままた捕まったら、苦しい情の執心が、始まる。
「・・・ッ、す、好きか嫌いかで選べるほど、あんたももう若くないだろ。必要なものは現物支給で見極めろよ」
「必要なものは何かと、先程聞いた。君が思うものとは具体的に、何だ」
得体の知れない物を突き付けられているかの状況は、深い深い闇の中に突き落とされる感覚に似て
青島は無意識に身体を強張らせた。
一歩、後退る。
目の前の室井が、まるで別人の、酷く遠い大人の男に見えた。
このひとに、呑み込まれそうだ――・・・
「だ、だから・・・・もっと、味方を増やすとか。多彩な人脈と賛同は、いざって時、あんたを救うんだ。あんたが見切るほど悪いものじゃないです」
「人付き合いが苦手なだけだ」
「そんなんだから、俺なんかに付け入られちゃうんです・・・。俺に言い訳しに来る暇があったら、接待の一つにでも参加したら」
「下らない酒呑みなど、愚の吐き溜めだがな・・・・・だが、君が言うなら、考えよう」
「・・・っ、仲間と味方と援護を増やして、失敗してもフォローしてくれて共有してくれる、身近な相手と手を取って――」
「そんな相手、ひとりいればたくさんだ」
「・・っ」
つらつらと惰性で紡がれる青島の言葉を、室井が溜息にも似た吐息と共に遮った。
不意に何故か泣きそうになった不確定な感情を堪え、青島は奥歯を噛み締め
強引に上向かされている手を跳ね退け、横を向いた。
もう一度青島の頤に人差し指と親指を掛け、視線を奪う。
上から荘厳な瞳に見降ろされ、躯が竦んだ。
「人生で、たった一人を求めるなら、俺は最初からもう選ぶ相手は決まっている」
「ッ」
「その勇気が出なかった。対等でないから言えなかった。でも、たった一人を見つけたのに、手に入れずに失うか、共に生きる未来を選ぶのか――」
顎を強く持ち上げてくる室井の指先に、力が籠もる。
痛みさえ伴う強引さに、青島は眉を顰めた。
「今日はその答えを出しに来た」
「放、せ・・・・っ」
「まだ・・・間に合いそうだな」
「何のッ、話ッ」
「最初から選ぶ相手は決まっていると、言った」
「・・・・だれ・・・・」
思わず口を滑らして、しまったと顔を歪める。
それを満足そうに室井が眦を細めて、平然と告げた。
「俺は君がいい」
「!!」
「君となら、危ない橋も、命も賭けていい。共にあるだけで、世界で戦える」
「・・何言って・・・」
「男なら、そういうの、分かるだろ」
「それは――」
室井の手を顔を歪めて振り解こうとするが、室井に力で制され、瞳を強く捕えられる。
そうされることが、権力や気迫に自由を剥奪されているようで、答えすら一つしか用意されていないようで、青島が眉を顰める。
強い力だ。
振り解けない。
「・・ッ、で、でも・・ツ、あんたはもう、先へ進むべきだ。それでいいんじゃない?俺たちは少し近づきすぎたよ。俺は俺でやりますから、あんたはあんたで――」
「そうだな。人生を歩むことと、おまえを手元に置いておくことは、言ってみれば別物だった」
「だったら・・・っ、今更なんなんですか・・・・っ」
たった一度のキスで、縛られたのに。
するだけして、忘れろと言われて、消えたひと。
いきなりされて、いきなり去られて、残された想いが行き場を失くした――
この優しい瞳に見つめられながら、何も隠さず本音を言えたなら。
傍に居れることが幸せなんだと言えたなら。
でもそれは、永遠に許されない。
――筈だった。
「共に生きるだけの必要性なら、別に物理的距離は重要ファクターではない。離れてたって支え合える。だがもう、おまえを手放してはおけない。おまえだっ
て、俺が必要な筈だ」
「勝手に決めんなよっ」
遂に青島が室井の腕を振り切って、睨みつけた。
密かに存在を従わされることを、望んでいた。
それは光と影のようなものだと思う。
このひとの陰で、あり続けたかった。
でも、このひとの決断はなんか、コワイ。
「ぃ、いい加減にしてくださいよ!そこまで背負ってもらう筋合いないですよ!」
「・・・・」
「あんたがそこまで被る必要ないんだ・・・っ、何でいつまで経っても認めてくんないんだよ・・・」
認めて貰えないことが、苦しくて悲しくて、でもどうすることも出来なくて。
無力な自分が情けなくて、自分が許せなくて。
ただ、同じでありたかっただけだったのに。
「あんたと対等に渡り合える相棒になりたくて、ずっと俺・・っ。でもそういうのを見ようともしないからいつまで経っても変われないんだよあんたはっ」
噛みつくように弱弱しく吠える青島の声は、怯えている捨て猫のように藍空に響く。
室井の瞳が、この場には相応しくない、見たことも無い愛おしそうな色を帯び
た。
「なら、もしその価値が俺に無いって言ったら?」
「・・・え・・・?」
「君達の後ろ盾であれるなら、望むところだが、それだと君はいつか俺を置いていく。君に見限られるのが怖かった。俺は結局君を――失望させていくだろう」
「なんだよそれ!」
「君に泥を付ける真似しか出来ない。これからはもっとそうなる。そんなやり方しか出来ない俺たちを軽蔑するか。蔑視するか」
「ばかにすんな・・・っ。俺はッ、別に高価な後ろ盾が欲しい訳じゃない・・・っ」
フッと、室井を纏う空気の色が忽然と変わる。
「成程――。一倉の言った通りだな」
「・・・ぇ・・・?」
満足気な室井の瞳に、これが単なる戦略――煽られただけだということを悟る。
今日の室井は、最初からいつもと様子が違っていた。
雲を掴む様な曖昧さに満ち、手の平の上で弄ばれている悔しさもあって、青島は口唇を噛んで横を向く。
これじゃ、むしろこっちが子供の駄々だ――
「伝わってしまうというのも、考えものだ」
室井の独り言のような呟きは、そのまま夜の風に溶けた。
そっと、室井が手を伸ばし、そろりと甲で青島の頬を撫で通り過ぎる。
ピクリと震え、悔しそうに歯を食いしばる青島に、室井が妖しく微笑を浮かべた。
「手遅れにならずに済んだんだな・・・」
「な、なに・・」
「俺は・・・・・間に合えたんだ・・・」
何が、と聞くのは憚られた。
「一緒に堕としてしまいそうだ・・・・」
地獄の底まで。
囁かれた狂気じみた室井の言葉に、ゾクリとした何か危険な香りが青島の背筋を走り抜ける。
それは、これから始まる悪夢への恐怖なのか、それとも魅入られることへの恐怖なのか
或いは室井があまりにホッとしたようにいうからなのか、判然とさせなかった。
ただ、このひとに関わると、このひとの苦しさは俺に伝染する。
「伝わって欲しくないものがあるんなら・・・っ、もぉ、これ以上俺に近づくな・・・・!」
怯えたままにこちらも喚けば、そのまま頤を取られた。
「俺は君がいい、と先刻、言ったぞ」
そこに立つ室井は、もう何の迷いもなく、清廉で凛然としていた。
ただ一点、青島だけを見つめた屈強な強さを背負う姿は、何らかの覚悟を持っていた。
同時に今は、滑らかで、少し薄紅く染まる艶かしさも芳せ、普段と違う雰囲気に、青島は完全に慄く。
「離せ・・・ッ」
「これが俺の独り善がりなら、身を引くつもりだった」
「離せよ・・っ」
顎を抑えていた親指で、室井にゆっくりと青島の下唇をなぞられる。
今までになく妖艶な響きを含ませた室井の仕草に、ゾクリとした寒気のような恐怖が確かに腐食し、怯み、足が竦んだ。
心が震えているのか、身が震えているのか。
「もう一度聞く。何故あの部屋に帰らない」
「・・・・っ」
「答えろ」
室井から目が離せない。
夏の名残りを芳せた二つのシャツが、強い潮風にはためく。
見上げる室井の向こうに見える星空が、東京の空にしては降るように深く深く、澄み渡っていた。
空の色を透かしてたなびく紺青の雲が幾筋も流れて、留まることを知らずに消えていく。
ただ、怖かった。
少年のように無邪気に欲しいものを欲しいと言葉にしてしまえば、それは、望んではいけないものを求める自堕落な要求にすり替わる。
愛しさという実にシンプルな本質が、結局は、彼を自分のものなのだという、濡れた結合にしたかっただけかもしれない。
ただ、それでも。
一体室井に何があったのだろうか。
キス一つ残し、消えていった男が、今、青島の心に直に触れてくる。
長い時間、二人は睨み合うように見つめ合っていた。
日没に紛れた二つの影は、距離を縮めることも遠ざけることもせず、ただ佇み続けた。
青島が静かに口唇を震わせ、室井への眼差しの色を変える。
「・・・・たくない」
「・・・・」
「居たくないんです」
「何故」
「だって・・・・帰ったって、もう、いない・・・・」
苦しい。
手放したくない。
それでも貴方は居なくなる。
「あんたの気配が残る、部屋は・・・・」
置き去りにされた匂いだけが、包むから・・・
室井がそっと身を寄せた。
柔らかく重ねられた口唇は包み込む様に青島に触れてくる。
瞬く星を瞼の奥に焼きつけながら、抵抗も無く、青島もそっと瞼を閉じる。
離れていくことは、致しかたないことだと思っていた。
変わらぬ気持ちさえあれば共に歩いていけると意気込んだ。
このキスで、また悪夢が始まるのだとしても、堕とされるのなら、この男が良い。
室井に満たされ認められる間は、そこに縋りたかった。
それは星屑のように、無益で、頼りない。
だけどそれでも消えない思慕が散りばめられて。
延ばしてくれた手が、こんなにも零れる程の星屑を胸にまき散らす。
キラキラと、満ちていく。
ゆっくりと口付けを解いた室井が、青島の横髪に指を差し込み、青島は呆然と震える瞳でただただ、夜空に溶け込む男を見上げた。
「君の傍に居てもいいか」
「・・・っ」
「ずっとずっと、俺が一緒に居ても良いか」
息を呑む青島の吐息に室井の瞳が煌めく。
「出来るなら、この先のことは全部二人で決めていかないか。格好付けて、大人ぶって、一人の男であることに拘って、逸れていく位なら」
青島の眼が、藍色に沈む夕空を映して、深い蒼に染まる。
「なら、俺に鎖でも付けますか・・・?」
消えないように。
修羅の路と分かっていても、道連れにされたかった。
その道標となるよう、狡猾にも目印を刻む。
一人堕ちていくときは、砕いたそれが、綺麗に舞ったらいい。
悪くないなという顔をして、室井が眉尻を下げる。
「帰る決心が付いたか」
「・・・・おかげさまで」
5.
「ぅん・・・っ、・・ッ」
閉ざした途端、ドアに加減のない力で叩きつけられるように背中を付かせ、室井が噛みつくように苦情を漏らす青島の口唇を貪っていく。
熱い。火傷しそうなまでに。
あれから、室井に送って貰って二人で青島のアパートに帰った。
道すがら、ぽつりぽつりと話す室井の話は、他愛なく、コツコツと響く二人の靴音に混じって、痛いほど胸に響いた。
何となく曖昧なまま、踏み出せずにいた未来へ背中を押して貰い、想いのままに共にあることも、悪くないと、室井は語ってくれた。
それは刑事だからとか約束があるからとか、そういう柵を越えた、もっと多情でもっと人間的な部分での繋がりを誓った契約で
言ってみれば、出だしからそんな感じだった二人の関係を、改めてちゃんと言葉で確定してくれたのだ。
言葉にすることで、確固たる絆が更なる形へ移り変わっていく。
この先、このシビアな決断が、どういう未来へと流れていくかは分からないが
これからのことは各自の判断ではなく、、二人で決めていこうと誓ってくれた気遣いが、嬉しかった。
青島にとってあのキスは、謂わば契約の儀式みたいなもので、単なる承諾だ。
確かなものは、今を、そしてこの先を、二人で隣にいることだ。
そうして、はじまりとなったこの部屋へ戻り、ドアを閉めた途端に、荒々しくその腕に抱きしめられたのだ。
「・・んぅ・・アッ・・」
鈍い悲鳴のような呻きを発し、ようやく解放された口唇が、そのまま顎を伝い、首筋を辿る。
後頭部に指が差し込まれると、強く引き寄せられ、キツく首筋に噛みつかれた。
「・・・ィ・・ッ、イテっ」
喰われるような獰猛さで、激しく吸い付いてくる。
濡れた熱い粘膜が首筋からシャツの間を這い回る。
荒い息遣い。
忙しない衣擦れの音。
狂おしい程の切なくせめぎ合う熱情。
室井からの愛撫は執拗で、的確に攻めてくる。
まるで、全てを制圧されるような雄の支配欲は、渦を巻くように青島を眩暈にも似た嵐に容赦なく落としていく。
「室・・・さ・・・ッ、ちょっと、待っ、激し・・・・っ」
「待てない」
「ん・・・っ、も、何・・・っ、急に、どうしたん・・・・ぅんっ」
掠れた声で囁かれ、後頭部と腰を抑え込まれたまま、再び口唇を奪われる。
ゾクリと鳥肌が立って、膝の力が少し抜けた。
ドンと背中を背後の扉に凭れさせると鋼鉄の金属音がする。
室井の胸に両手を当て、ちょっとだけ身体を押し退けた。
「いきなり、なんて・・・、なんか室井さんじゃないみ――」
阻んだ両手を物ともせず、言いかけた言葉ごと奪われる。
挑むような甘さも優しさもない口付けが、無理矢理押さえ付けられた軋む躯に襲いかかり、青島は戦慄いた。
ネクタイを引き抜かれ、乱暴にシャツを剥ぎ取られ、ボタンが飛んだ。
まるで室井じゃないみたいな、雄を剥き出しにした征服欲が、熱く青島を蹂躙する。
でも本当は、この男の秘めた内側には、こんなにも烈しく狂暴な熱を隠し持つということを、青島は何処かで知っていた気がした。
多分、これが、やっと見せてくれた本当の室井なのだ。
でも、いきなりすぎて。
「・・・ァ・・・ッ、ん、むろ・・・・さ・・・・、待って、待って・・・・ッ」
「もう待つ気は無い、馬鹿」
「こ、こんな、とこで・・・・っ」
「どこだっていい」
「お、俺、汗臭いでしょ・・・・っ」
「・・・おまえの匂いがする・・・・」
「ば・・・っ」
真っ赤になって室井の胸を押し返そうとすると、抗いとも取れぬその手を封じられ、扉に縫い付けられて再び口を塞がれる。
電気も点けない暗闇で、湿った息遣いだけを肌に感じる強引な空間は、畏れと昂奮を必要以上に煽りたてた。
これほどまでに欲しがっていたのだと、訴えてくる。
蒸し暑い空気が咽返るような熱を内側から生みだしていた。
肌をタラリと汗が流れ、じっとりと湿った肌に、シャツが纏わりつき
エアコンも点けていない夏の室内は、昼間熱せられた空気が行き場を失くし、二人の体温を加速する。
熱なのか、塞がれていることになのか、息苦しさを覚え、酸素を求めて背中を少し反らせると、追いかけるように更に隙間なく口唇を塞がれ、鋼鉄のドアに押し付けられた。
身体ごと縫い止められ、滑る舌で強引に口唇を割られた。
「ッ!」
初めて知る男の圧迫感に、青島は思わず目を剥く。
侵略する淫猥な動きは、艶めかしく、求められている意味を、伝えてきた。
ぬるりとした室井の滾る男の質感は、分厚く口腔を圧迫し、隅々まで舐め尽くしていく。
抗うことを赦されず、隠す場所も暴かれ、室井は自分のものだとばかりに印を残す。
その余りの熱と甘さと貪る動きに、クラリとなった。
息が、出来ない。
歓喜の裏に潜む僅かな恐怖に、キスから逃れようと、無意識に青島が緩く頭を振る。
しかし頭ごと抑えられて、更に奥深くへと侵入されていく。
「うぅ・・・ん・・・・・、・・・ッ」
奥に逃げ込んだ舌にピクリと触れた途端、それは力強い動きで絡め取られた。
―嘘、だろ・・・ッ。
女と口接する時の、青島の常套手段だった。
逃げるような物足りなさからの強引さで、絡め取っていく。
だが、そんな拙い技巧など、室井には通じない。
むしろ翻弄されるのは自分の方で、後手に追い込まれるのはこっちの方で――あまりの強淫な、そして卓越した舌使いに、追い付けない。
酸素が足りなくなり、重力も曖昧になり、思わず身体が室井に縋る。
それを見越して、室井に敏感な舌の縁を何度も執拗に擦り上げられ、呻きのような反応を思うままに上げさせられていく。
室井の形を体温を、熱を憶えこまされる。
「ん・・っ、ぅ・・、ふ・・っ」
自分の思わぬ反応と声に、羞恥を呼び起こされ、思わず目を見開いた。
すると至近距離の漆黒に囚われ、金縛りになる。
堪え切れず、抑え付けている室井の手を捕ろうと力を込めるが、微塵も動かせない。指先だけが頼りなく彷徨う。
応えることすら思いつかず、青島は成すがままに口腔を掻き回された。
やがて、諫めるように、少し痛みを伴う程の強さで、淫蕩な柔肉が、舌を断続的に吸い込み
同時に、青島は、カクンと膝の力が抜けた。
「あっ、も・・っ、な・・・何、なんだよ、あんた・・・っ」
ズルズルとコンクリにへたり込む青島に合わせ、室井も片膝を付く。
暗闇でも分かる程、真っ赤に染まった顔を手の甲で隠し、青島が泣き声で室井を睨み上げた。
腰砕けにされた羞恥で憎まれ口を叩くが、真剣で、切なそうな男の顔に、何も言えなくなった。
息一つ乱さず、しかしまるで獣のように野性の雄を剥き出しにした室井は、本当に別人のようで、大人の男の性が漲っていた。
初めて口付けた優しさも愛おしさもまるで無い、雄の欲望を露わにした獣染みた飢えと官能に
心より先の身体の反応に、青島は惑乱した。
「余所見をするな。もう、俺だけを見ていろ」
「・・よくもそんな恥ずかしい台詞・・」
切れ長の眦が、精悍に縁取られ、清涼な強さで濡れた眼差しを引き立てる。
ドキリとして、思わす視線を逸らせば、グイと顎を引き戻され、視線を奪われる。
「君の記憶にある他人の手順など、みんな上書きしてやる」
「っっ」
暗闇で、熱が伝わる至近距離で乞われる強さに、ゾクリと背筋が這い上がる。
見透かされている。
勝手に去っていった癖に、また勝手に表れて、こんな風に何もかも奪おうとして。
苛立ちや悔しさは確かにあるのに、目の前の瞳があまりに深くて、何も言い出せなくなる。
何と応えて良いのか分からず青島が二の句が続かず固まっていると、室井が青島の腰を両手で抱き寄せ、立ち上がらせた。
座りこんでいても仕方なく、のろのろと従った身体をひょいと持ち上げる。
「え、うそ、あ・・・ちょ、靴・・・っ」
室井はそのまま部屋へと上がり込み、青島をベッドへと放り投げた。
すぽんすぽんと脱がされ、部屋の隅に靴を放り投げられる。
起き上がる前に、上から圧し掛かるように室井が覆い被さった。
指で強く顎を固定され、反らそうにも動かすことすら出来ない。
「君を知りたい。想像とか感覚だけではなく、全部で、ちゃんと知りたい。もう知らない所がないように」
「だから・・・っ、もう一緒に居るって言ってるし!」
「もっとだ」
両手で頬を囲まれたまま、ねっとりと顎から首筋に舌を這わされ、肌を震わせる。
肉で感じる確かな手応えが、想いを加速する。
「俺もう逃げないし」
「帰ったらまず妻からいただくと言った」
あの戯言、マジだったのか。
「でも、・・あのッ、ちょっと待ってください・・・っ、こんな・・ッ、その、急で」
「傍に居ても良いと答えたのは、おまえだ」
「言いました!言いましたけど!でもこういう・・・ッ、・・・っ」
ごちゃごちゃと、纏まらない感情を口に乗せていたら、諫めるように、首筋に強めに吸い付かれる。
「・・・ん・・・っ、・・ィ・・っ」
「傍にいるというのは、こういうことだ。もう二度と、逸れたくない。俺は・・・、おまえを見失う為に、おまえを待ってた訳でも、手放した訳でもないんだ」
「そんなのッ、そんなの俺だって!俺だって一緒ですよッ、けど!」
「傍に居ていいならもっと・・・確かめたい。もう抑えられない」
「分かるけど、でも」
憎まれ口が室井の口内へと吸い込まれる。
舐め取るように吸い上げられ、圧倒される程の烈しさで、執拗に怯える舌を吸い上げられて、青島は藻掻いた。
分厚い男の肉厚に、息が出来ない。
狭い粘膜の中で、なんて器用な動きをするんだろうか。
奥深くまで丁寧に貪られ、甘い吐息を上げさせられる。
思わず眼を瞑ると、往生際の悪さを叱るように、既に破れたシャツを肌蹴させられ、その素肌に手を這わせてきた。
室井の清潔そうな指先が、灼けるような熱を持って、青島の乳首を触った。
身を捩って、その感触から逃れる。
抗議の声は、塞がれているため、声にならない。
「んん・・・っ、ぅん・・・っ、ぅ・・・っ」
このまま喰われてしまうのか。
そもそも俺が下かよ。
だろうな、このひと、捕食者ってカオしてる。
ゆっくりと口付けを解いた室井が、青島の耳たぶを味わうように何度も噛む。
ぴちゃりと粘性の水音が聞こえ、この先を予感させた。
この男にされることを意識し、紅くなった頬を隠すように青島は横を向く。
そうすることで室井に晒すことになった長い首筋と、肌蹴たシャツから汗に光る肩に、室井が口付けを落としていく。
辿るたび、甘く吸い付かれ、震えた。
「・・ァ・・ッ、んっ」
――俺、今、あの室井さんに暴かれている・・・
一番大切だと思う人が、自分だけを見て、自分に触れている。
厭なかんじは無い。というか、むしろ、極上の甘美な昂奮を与えられていく。
「君は俺のものだ。今後一切、誰にも触らせない」
音を立てて、室井が幾つも痕を残していく。
「ゃ・・んっ、ん・・・・っ、ィ・・ッテッ、室・・・さ・・・ッ」
グッと両手首を抑えられ、首筋から胸に掛けて、数え切れないほどの痕を残し、室井が再び上から口唇を深く塞いだ。
技巧よりも荒々しいキスに、いっそめまいがする。
「こんな状況でこんなの見せられたら、俺だってもう何をするか分からない」
「んなこと言われたって・・・・・っ」
どうやら以前付けられた鬱血痕を見られたようだった。見え透いた嫉妬だ。
でもカノジョの方が本命で、こっちが浮気なんだとは言い辛い。
というか、これが恋になるなんて思ってもみなかった。
「・・ん・・・っ、あ・・・っ」
「この躯を見せるつもりか?」
「・・・っ」
確かに、もうこれだけの数の所有印は、一週間は消えない。
顎を捕えていた室井の手が後頭部に周され、深く口付けられ、動けない。
本気で、奪われる。
「ん・・・っ、ゃめ・・・っ」
絞り出したような声と一緒に、何だか胸の奥の熱いものまで零れ落ちていく。
逃げても逃げても、重ねられる熱い口唇。
「・・・ッ、大体・・・っ、キスして逃げたの、あんたの方じゃないか・・・っ」
思わず叫んだ青島の言葉に、室井が同じく思わずといった勢いで、青島の口唇を上から深く塞いだ。
汗と唾液で滑るふくらみを被せるように押し付け、舌を深く突き刺される。
手加減なしで押し込まれる圧迫感に、咽ぶ声も、もう届かない。
「たった一度きりの、あのキスが、忘れられなかった」
「・・・っ、俺だって・・っ」
甘く囁くように降り落ちる、室井の低い声。
「欲しいんだ」
「ん、もっ、だからそれ、あんたが困るんじゃんか・・・!」
「もう、君の言うことは聞かない」
キスによって暴かれて。
頑是なく振る頭の横に肘を付かれ、脚を割られ、閉じ込められたまま濡れた口唇が這い回る。
「俺がおまえを認めて無い筈ないだろう」
「・・ぁ・・・・、も・・・、・・・っ」
「君のいない世界は堪えられない――」
「・・・っ」
込み上げる、数多の想い。
流れるように、降り注ぐキスが痛くて切なくて甘い。
やっと触れられる奇跡に視界が滲む。
「・・・・、ん、と・・・ごめ・・・っ、も、ネタ切れ・・・・です・・・」
零れそうな涙を隠すため横を向きながら、躯の抵抗を止め、青島が呟く。
室井が、拘束していた手を解放する。
溢れそうな想いを噛み殺し、堪え切れなくなって、青島はぱふんと室井の胸に、額ごと打ち付けた。
「俺・・っ、も、・・・傍で生きたい・・・っ」
焦がれた腕の中の心地良さに、必死にこの貴重な温もりを噛み締め、身体を擦り寄せる。
室井がそれをしっかりと抱き留めた。
「どれだけ俺が、あんたのこと・・・っ」
扇いだ口唇を深く重ねられ、深く強く口付け合う。
擦り合わせる口唇が唾液でぬめり、どちらのものかも分からない。
「――なって、・・・めん」
「・・・ん・・・?」
「好き、になって・・・・・めん、なさ・・・」
何の謝罪なのか。
誰に向かって謝っているのか。
不透明で曖昧な感情が、堰を切ったように溢れだし、青島の喉を詰まらせた。
それを隠すように、青島は室井の肩に頬を擦り寄せるようにして乗せ、もう一度シャツの背をキュっと掴む。
室井が優しく髪を梳き、口を塞ぐから、尚更、瞼が熱くなった。
溢れる思いが零れ落ち、きらきら、きらきら。降り注ぐ。
たくさんの、たくさんのリップキスを、ライスシャワーのように髪に降らせてくるのが、冷たく光る星のつぶてのようだった。
「きっと、俺はこれからもおまえを傷つける。たくさんの傷を」
「うん・・・刻みつけていい・・・・あんただけだ・・・・」
そっと、室井が額に口唇を押し付ける。
恋は奪われて、満たされていく。
大切なものを大切にするには、俺たちは他に何をすれば良かったんだろう。
「俺は最初からあんたのものだ」
今、二人の上に、満点の星が降り積もるように、同じものが満ちていく。
「このまま抱くぞ」
雄の情欲に潤んだ瞳で、その瞳を捕える。
それに呼応するように、青島の瞳が悪戯に煌めいた。
「俺が欲しいって、口先だけ・・・・?」
濡れた吐息で狂わすようにしっとりと囁く声に室井の目に焔が灯る。
「不用意に煽ったこと、後悔するな」
「俺だってもう、止まりません、から」
熱い手の平を合わせて、しっかりと握り合う。
青島の、透明な瞳が、室井だけを見上げる。
室井が、初めて見せる綺麗で笑顔を小さく浮かべた。
その顔に、青島が顔をくしゃくしゃにする。
「もう、絶対、一人にすんな・・・っ」
救いを求めるように差し出してくる腕を、逆に奪うように引き寄せた。
大丈夫。大丈夫。きっとこの頼りない星の街灯が闇道を細々と照らしてくれる。
その愚盲な楽観選択の稚拙さを、今は見えぬふりをする。
もうどうしようもない。曖昧な関係に終止符を打つ時が来ただけだ。
そのくらい確かな既成事実を突き付けないと、きっと、この残酷なまでに優しい男は、室井の前から姿を消していく。
所有し、所有される、本当の価値と代償を、今その意思で掴み取る。
急速に、世界は音を立てて組み替えられる。
深く深く、夜の中に堕ちていった。
彼の魔力に捕らわれ、嬌声とも取れない甘い吐息に、溺れ、溶けていく。
耽溺の向こう側の背徳の喜悦に壊される。
重なる時間の貴重さに感謝すら抱きながら、室井は眼もくらむ悦楽の世界に耽溺していった。
***
隣で青島が安らかな寝息を立てて眠っている。
誰かの気配を感じて床に入るのは、実に久方ぶりだ。
happy end

青島くん視点で見ると、青天の霹靂な馴れ初め物語。
必死に後ろから追いかけ慕う姿が愛しくて堪らないのに、官僚体質が青島くんを穢しちゃいそうで怖がっている室井さんのお話でした。
約束のために、室井さんは官僚の道に、青島くんは現場の道に、それぞれ固執することが最重要なんだと思います。青島くんが本庁へ行くなんて本末転倒ですよ~。
公式でも行かなくて良かった。
20150820