登場人物はふたりだけ。結構若いふたりをイメージしてました。青島くんは普通に女の子に人気高そうです。
新緑の季節から始まる物語。










かぼちゃ輪舞曲






「えっとー、だからそのぉ・・・・他に好きな人いるんだって・・・・」

途方に暮れて、青島は視線を彷徨わせる。
どう言っても分かって貰えない。もう彼是何回目だろう。
青島は眉尻を下げ、愛想笑いのような乾いた笑みを引き攣らせて彼女を見下ろした。

「いいんです。私待ちます。だから・・・・」

見上げる視線は今にも泣き出しそうだ。
潤んだ瞳はつぶらで愛くるしく、捨て猫のような庇護欲を掻き立てられる。
名前しか知らない女の子のその顔は、もう瞼の裏に焼き付く程、憶えさせられた。



居酒屋で絡まれていたのを助けたのが二ヶ月前。
その後、何回か顔を合わせる内に気に入られてしまったらしく、もう一ヶ月もこんな調子だ。
湾岸署まで突き止められ、ついには青島が上がるタイムスケジュールまで習知し、見計らったかのように待ち伏せる。
勿論彼女にも仕事があるだろうから、毎日ではなかったが
それでも結構な回数で、そろそろ署内でも噂にもなり始め、かなり堪えてきた。


「ごめん、応えられないよ・・・」
「待ってますから・・・・」
「離れてみれば気持ちも変わるよ」
「私の気持ちまで否定しないで・・・!本当に好きなんです。この人だって思いました、お願い、好きでいさせてください・・・」
「まいったな・・・」


待たれても困るのだ。
だが、どんなに突っぱねても、強くあしらっても、彼女は引いてくれない。
ほとほとこちらのメンタルが消耗してきて、もう付き合っちゃった方が楽なのかなとさえ投げやりになる。
小さくて小動物のようだし、よくよく見れば可愛い顔をしているし、ふわふわだし。
ちょっとシツコイ所を除けば、こんなに好かれてくれるとなると情も揺らぐ。


「ほら、俺、こんな仕事だし・・・・危険もあるし」
「支えられるように、努力しますから!あ、近くに越して来ましょうか、そしたら・・・」
「や、そういうことでなく・・・・」
「嫌わないで・・・。だったら何で優しくしたの・・・・」


青島はポケットに手を突っ込んだまま、空を見上げ、大きな溜息を吐いた。


お手上げだ。
高校生ぐらいから、モテることが多くなり、女の子との付き合いも派手な方で、こういう色恋には長けているつもりだった。
だが、よくよく考えてみれば、来るもの拒まずだっただけで
あしらうことに手慣れていた訳ではない。
それを今更ながらに振り返る。

告白されれば断る理由がない限り、そのまま付き合った。
道端で逆ナンされればお茶くらいはしたし、ドライブや遊園地などにも気軽に行った。
意気投合した女の子とは、勿論、濃密なお付き合いへと発展した。
ハードルが低いから、経験値は平均値より高いと自負している。
テクも修羅場も引き出しの肥やしになっているが、基本、明るく人懐っこい性格が幸いして、明るく楽しい恋愛生活だった。
思えば、みんな前向きな対処法ばかりである。

それでも、女の子の断り方は熟知していた筈だったんだけどなぁ・・・・。

元々、女の子はみんなふわふわしていて大好きだ。
だから困る。
今の職場では、こんなマメに通えちゃう程の情熱的な女性と付き合うには、シフトが厳し過ぎるし
何より、今は誰とも付き合う気がないだけに、この情熱が甚く重い。
いや、シフトは関係ないか。何事も歩み寄りだからな。

付き合う気がない――フリーであるのに、そういう気持であることが青島にとって初めてのことで、異常事態なのだ。

何でだろうと思いを馳せ、やっぱり仕事かなと結論付ける。
目の前に女の子がいるのに、触手が・・・心が動かない。
昔はもっと、心がざわつくような躍動感を感じていたものだけど。


甘 酸っぱくも生温い仕打ちは、そろそろ限界が来る。
湾岸署の裏手である此処は、正面玄関の喧騒が、遥か遠くに風に乗って届き
その二人の間を、青嵐が吹き抜けた。


自分の思考に埋もれてしまっていた青島は、目の前の女の子がふと顔をあげたのに気付かなかった。
不意に胸元をきゅっと引かれ、二人の距離が近接する。
簡単に身体が傾いたその隙に、生温かい感触が口唇に当たった。
花のような香りがふわりと舞って、眼前に、きゅっと眼を瞑り踵を上げて小さな口唇を押し当てる少女の肌が目に入って――

しまった――・・・!

可愛らしさと大胆さに呆然とする。
往来でここまで仕出かすとは思わなかった。
これは不味い。通行人にでも見られたら、犯罪騒動にまで発展してしまう。

「・・・ッ」

慌てて引き離そうと女の子の肩に手を置き、顎を引こうとしたその時、通りの向こう側で黒だかりの影が視界に入る。
車に乗り込もうとしていた見知った顔に、愕然としたまま固まった。

・・・・なんて最悪な状況なんだ・・・!

向こうもこちらを見ていて、キスを続けさせたまま、通りを跨いだ視線が絡み合う。
室井の眉間に皺が刻まれたのが、こんな遠目なのに見えた気がした。








言葉も無く、とりあえず目の前の女の子に視線を戻し、キスを解く。
肩に手を当てたまま、青島が遣る瀬無く見下ろせば、女の子は潤んだ瞳で見つめ返し
これではもう完全に恋人同士の逢瀬である。

青島はガックリと肩を落とし、もう何度目になるかも分からない溜息を吐いた。

キスを嫌がらなかったことで、彼女ももう誤解しただろう。
人に見られてしまった以上、知らぬ存ぜぬの仲だと言えば言う程、青島の立場も悪くなるし、何より彼女のセクハラ問題に繋がってしまう。
全く、なんてことしてくれたんだ。

隙があった自分のことは棚に上げ、青島は途方に暮れた。


五月の青空は透き通るように蒼く、海の匂いが微かに薫るこの街は、新緑に輝いていた。
湿度の低い風が、青島の唐茶色の髪をふわりと巻き上げて通り過ぎる。


青島は視線を逸らさない彼女の茶色の丸い瞳を、もう一度真っ直ぐに見つめた。
意を決し、口を開きかける。

その時、背後から低い声がかかった。



「その辺にしておけ・・・。悪いが諦めてくれないか」

背後から突然響いたバリトンボイスに、パブロフの犬の如くビクリと背筋が伸びる。
振り向けば、室井が立っていて、目を丸くする。

「あんた、何でここに・・・・!」
「仕事に決まっているだろう」
「・・・・」

一言で青島を黙らせると、室井は改めて女性の方へと身体を向けた。


「このことは黙っていて欲しい」
「え・・・・あの、どういう、こと・・・ですか」
「彼は私の恋人だ。事情が事情なだけに言いだせなかった。ここは私に免じて治めてくれないか」


血の気を失い言葉もなくなる女性と同時に、隣の青島も合わせて青ざめる。
一体いつそうなったんだ!
内心冷や汗を垂らし、絶句する青島のことなど目もくれず、二人の気勢を同時に鎮火させた室井は
一人飄々と涼しい顔で、更に口を開く。


「コレを――俊を渡すことは出来ない。すまない」

真っ直ぐと伸びた凛然とする背中を傾げ、恭しく頭を下げると、女性は青島へと救いの眼差しを上げ、わなわなと口を震わせる。
だが、青島だってあまりの事の展開に付いていけず、いつもは合わせられる口車がまるで出て来ない。
むしろ青島の方が縋りたい。
たじろぐその様子に、彼女の方が何かを感じとったのか、キッと眼差しを強めてきた。


「事情が事情って・・・・そういうこと?」
「や・・・・あの・・・・」
「酷い・・・っ。サイテー!騙してたのね、大っ嫌いっ」

こういう場合、女性の方が適応能力、高い。

マシンガンのように一方的に捲し立て、走り去る彼女の長い髪とフレアスカートがたなびく後ろ姿を、呆然と青島は見送る。
あっという間だ・・・。
言い訳どころか、別れの挨拶さえ、言わせて貰えなかった。




しん・・・と静寂に戻った街に、初夏の風が、爽やかに吹き抜ける。



「・・ぁ・・・・」
「・・・・・・」

虚しく追いすがった右手を握り、くるりと室井を振り返った。
意味なく見つめ合う二人に、遠くを走る車のクラクションが思考を現実に戻させる。


「な・・・、何してくれんですか室井さんっ、俺、最低男になっちゃいましたよ!」
「いつもの評価だ」

ひょいと室井は肩を竦める。
くっと睨みつけるが、動じない室井に恨みがましい視線を暫く突き刺していたが、ややして、青島も口の端を持ち上げた。


「よくもまあ、あんな口実スラスラと出てきましたね」
「確か君に習ったと記憶しているが?」
「う。・・・・にしても、なんちゅー設定だ、良く信じたなぁ、あの娘。室井さんが相手じゃなかったら信じませんよ普通」
「一歩間違うとストーカーにさせてしまう。気を付けろ」

声色を一転させ、室井が低く牽制を促す。
それは一番危惧していたことだった。
苦みを潰したような顔を見せた後、青島もしゅんとして、上目遣いで室井を見る。


「ハイ・・・すいません」
「似たような代案は君だって考えたんだろう?何故しなかった」
「あ~・・・、ん、事情が事情なだけにすみれさんにも相談出来てなくて・・・助かりました」

ペコリと頭を下げる。


すみれは過去にストーカーで辛い思いをしている。
それを蒸し返すようなことも、想起させるようなことも、したくなかった。
雪乃辺りに頼んですみれを関わらせないようにしても、耳に入れば記憶は蘇る。
また、すみれなら、必要以上に思い入れしてしまうだろうことも予想が付き、要用にしたくなかったというのもある。


室井が眼だけで薄く笑い、肩の力を抜くのが分かった。

「女性には優しいんだな君は」
「室井さんにも優しくないですか?俺」
「そういう認識はなかった」
「つれねぇの・・・。あ、じゃあ、このお礼に一杯奢るっていうのは?」


室井の荘厳な瞳が、柔らかく夕陽に滲む。
それを特別なもののように青島は瞳に映した。
このひとのこんな表情、見たの初めてかも。


小首を傾げ、駅に向かって指を曲げると、室井が先に足を向けるので、二人並んで歩き出す。


「でも・・・・良かったんですか、あれで?あれって、室井さんも札付きになっちゃいましたよ」
「今更だ」
「本店にバレたりしないですかねぇ」
「バレないだろ」
「そりゃそうかもですけど・・・」
「バレても、どうせ今更だと思われるだけだ」
「それはそれで複雑ですね・・・・。あぁ~、室井さんに嘘吐かせるなんて、情けないぃ・・・」


空を仰ぎながらぼやくと、隣で姿勢の良い立ち姿で前を向く室井の気配がフッと緩まる。


「口八丁の君でも、嘘が嫌なのか」
「なんかヒドイ言われ様・・・・。室井さんだから嫌なんですよ」
「なら事実にしてみるか」
「室井さんでもそんな冗談言うんですね。ちょっとオドロキです・・・」
「別にどうでも良いだけだ。君との仲はそんな取って付けたような平たい言葉じゃないだろ」
「ま、ね・・・」
「周りにどう言われようと、どんな目で見られようと、何も変わらないから構わない」


青島が黙って嬉しそうな顔を向けると、それに気付いた室井が視線を寄越す。
自分が少しだけ喋りすぎたことに気付いたのか、瞳の色に照れが混じった。


「君は嫌だったかもしれないが」

付け足したように言う言葉に、今度こそ青島は盛大な笑顔になった。
揶われたことに気付いたのだろう、普段の室井からは想像できない舌打ちまで聞こえる。


少しだけ、官僚の鎧が剥がれているが、どんな喧騒の中にいても、室井の凛然とした魂は冴えた。
その隣にいるのが、自分であることが、なんだか擽ったい圧迫を齎してくる。
このひとの隣は、誇らしい。
前からそうだったなと、何となく想いを馳せた。


「んじゃ、今日から恋人ってことで、ヨロシクお願いします」

おどけて敬礼までしてみせると、室井は心底呆れたような半眼を寄越し、足を速める。

「あ、ちょっと待ってくださいよぅ」


二人の顔に茜が射し、夕陽が瞳に反射した。
淡く爽やかに寿くグリーンに、オレンジが重なり、二つの影が東に延びる。
そこから、俺と室井さんの、もうひとつの奇妙な共犯関係が始まった。








***
初めて二人でお酒を呑んだ。
初めてお互いの家に行ってみた。
食の好みとか、休日の過ごし方とか、実家の電話の口調とか、くすぐったい欠片を積み重ねる時間が増えた。
意味の無い電話が、明日の元気をくれることを知った。
意外にも優しい手付きで俺の髪を掻き回すのを、知った。
触れる手は、いつも指先が冷たかった。

季節が梅雨に移る頃、夢の国は終園を迎えるのだ。
***



「知ってたんですか・・・!」

鋭く声を荒げる青島に、室井は眉間の皺を増やすだけで、一瞬口籠る。
そのタイムラグが、全てを物語った。

「何で言ってくんなかったんだよ!俺、そんなに足手纏いですか、だったら突き放せばいいじゃん・・・っ」
「いや、公安の件は――」
「もう、此処へは来ません、来れません、今夜限りで終わりにしてください・・・っ」

足音を立てて扉へ手を掛ける青島を、慌てたように室井が後を追う。

「待ってくれ!」
「あんたが捨てられないっていうんなら、俺が切り捨ててやる」
「違うんだ、話を聞いてくれ」
「・・・・ こんな関係でも、俺は楽しかったよ・・・。あの時・・・っ!嘘の形でも、近くになれて、俺は嬉しかったよ・・・っ、でも!」

悔しさに霞む視界で、必死に室井を見つめる。
これが最後になるのなら。

「でも!あんたに泥を付けてまで護って貰おうなんて思ってない、こんな契約、さっさと破棄してしまえば良かったんだ・・・・!」
「違う!そんな風に思わせるつもりは本当になかった!本当に君と――」
「もういいです、もういいよ、室井さん・・・」


語尾が震え、拳を口に当て零れそうになる哀しみを隠すために、横を向く。
自分の不甲斐なさが、身を切る程に痛い。・・・・二人引き裂かれることよりも。

室井に押さえられた肩が、熱かった。
それを振り切るように、払い除ける。

「最初に室井さん、言ったじゃないか!こんな平たい言葉の関係じゃないって!それに固執する方がどうかしてるよ!」


室井の腕を振り切り、青島は仮初めの部屋を飛び出す。
痕跡も残さず、気持ちも残さず、記憶も何も残さずあのひとの前から消え去ることが出来たら、それが理想だ。








梅雨に濡れる東京を、走る。走る。走る。
六本木の無愛想な街から俺の工場地帯へ。海と廃油の匂いのする、古びた開拓地へ。
傘も差さずに走る身体に霧雨が当たり、肌に張り付いた。


いつから恋に変わっていたのか・・・今頃好きだったのだと気付いた。いつだって傍にいたい。
軋む胸の痛みが、儚い恋を告げていた。
他の何者でも満たされなかった、心の奥底に火を灯す様な熱を、室井の眼だけが青島の内部に湧き上がらせる。
こんなことってあるんだろうか。
こんな熱い恋、したことない。

初夏の情熱的な彼女の姿と自分が重なる。

恋はいつだって身勝手だ。相手の都合なんか考えずに、野蛮な感情剥き出しに強請る。
振り向いて欲しくて、いっぱいになる。

何とかして少しでも関わりたいと乞うていた彼女の想いと、一体自分はどう違うというのか。
一方的に惚れられ、詰め寄られ、傷つくその痛みを、俺はもう、知っていたじゃないか――!
それでも、涙が出るくらい好きだった。
外界から隔離された夢のお城は幸せだった。

でも、本当は好きなのに、もう素直になれない。
そして、彼の言葉も、信じられない。


形だけの言葉を、沢山重ねた。
好きだとか、愛してるとか、冗談で、悪乗りして、ゲームの延長で。
それに、苦笑しながらも、室井も大人げなく付き合ってくれた。
他愛ない恋愛ごっこは、想像以上に居心地が良かったけど、バカみたいにはしゃいだ時間は、やがて閉じる。夢の国は、閉ざされる。
忘れていた。ネバーランドに住めるのは、子供だけなのだ。

ごっこ遊びに夢中になっている間に、公安に張られていたらしい。

その情報を、俺に届けてくれたのは本店に戻った真下からだったけど、室井の耳にも入っていたことは、さっきの顔で分かった。
室井は青島には伝えてはくれなかった。
まただ――・・・。
自分だけ、一人でこのオママゴトに浮かれていたのかと思うと、情けなくて、哀しくて。

遣り切れない想いが村雨と共に心の奥にまで浸み込んでいく。


具体的に処分だとか左遷だとか、不利な条件に繋がることにまでは、まだなっていない。
なる訳ない。だって俺らは本当に、何でもなかったのだから。
手ひとつ握る仲じゃない。
ただの冗談で、カレカノごっこをしていただけだ。

けど、どう使われるのか。
幾らでも切り札に成り得るジョーカーだ。

これも忘れていた。自分が夢を分けた相手は、一国の王子であることを。
いずれこの国の機構のトップに君臨する身分である。
俺たちの付き合いが清いかどうかは、関係ないのだ。
交渉のネタになるカードを、敢えて簡単に与えてしまった。それが、悔しい。
それを、室井さんだって分かっていただろうに!


迂闊だった。
尾行されることには野生の勘宜しく、刑事の勘が冴えるが
遠隔カメラで盗撮されちゃ、俺だってスーパーマンじゃない。




~~~~~


「待ってくれ、青島!」

巻いた筈なのに、何故か青島の居所を嗅ぎ付けた室井に、信号で捕まえられる。

「放せよ!もう放っておいてくださいっ」
「こんな雨の中、どうする気だ!」

腕を引っ張られ、ビルの谷間に押し込められた。

「あんたに関係ないでしょ、帰れよ!」
「話を聞いてくれ、公安の件を放っておいたのは――」
「聞きません。もう、あんたの言葉は何も聞かない、信じない・・・っ」


雨がスーツの中まで浸み込んでくる。
それはまるで、身体の芯まで浸み込んでくるような冷たさで、じんじんとした痛みの如く浸み渡った。
東京の梅雨は、真冬並みに冷え込むことも珍しくない。
ふたつの吐く息が都会の夜に白く霞んだ。


「聞け!公安が張っているのは何も俺だけではない。それに、俺たちの付き合いを良くは思わなくても、写真だけでは決定打にはならない」
「それを本気で言っているなら、あんたは相当な大馬鹿者だ」
「確かにリスクは高い。でもリークしたのは一倉だ。上にそれを掴ませる代わりにカムフラージュしたいものがあったんだ・・・!」
「・・・え・・・?」
「島津部長が担当している案件だ。まだ表沙汰にはしたくない理由がある・・・。結果的に君を利用した形になったことは謝る。だが、俺は・・・・」


室井が青島の両腕を掴んでいる手に力を込め直したのが伝わる。

「これは全部口実だ。俺だって、君といる時間を長引かせたかった・・・!」
「・・・そんな冗談、信じるとでも思ってんの・・・・」


闇に塗れた雨の中で、二つの濡れた視線が交差する。

青島の瞳が哀しみに揺らいだ。
慰めるような言葉を掛けられる程に、胸の痛みが増していく。


さっきも何か言い訳しようとしていた。きっと、また、事情があるのだろう。
そう、また。
いつかの秋のように。

向こう側の事情を教えて貰えなかったからって、今更大人げなく拗ねたりなんかしない。
本当にしんどいのは、そこではなく――


徐々に強まる雨で室井の短髪が崩れ、額に前髪が垂れ、 幾筋もの雨脚が輪郭をなぞり落ちていく。
濡れた肌が銀色に街灯を反射し、艶かしく闇に浮き出し、打ち付ける飛沫が総身を闇に淡く縁取っていた。
吐く息が、白く染まる。
室井もまた、どれだけ慌て、形振り構わず青島を追いかけてきたのかが、垣間見れた。


「君の傍に、居たかった・・・・一緒にいる口実が出来ると思って、だから俺たちを利用しろと一倉に言ったんだ」
「口から出まかせ言うなよ・・・。ほんと、あんたも口が回るように・・・」
「嘘じゃない、他愛ない恋愛ごっこが楽しかったのは、君だけじゃない・・・っ」
「そうやって――俺のご機嫌取って、それがあんたの何の足しになんの?」


心底、軽蔑の眼差しを送り、室井の手を振り払う。
強い視線で青島は室井をねめつけた。

好きとか愛してるとか、冗談で沢山言い合った。それを彷彿とする発言は、もう無闇に夢の時間を燻らせるだけだ。
何も、心に響かない。
何処までが演技だったのか。何処までが本気だったのか。
嘘も誠も話の手管である。
結局自分一人が蚊帳の外で、確かものなど何もなく、全てが幻のように、今夜の雨に消えていくということだけが、青島の真実だった。



崩 れそうになる自分の足元にグッと力を入れ、顔を背けた。

「もう、いいです、お遊びの続きはもういいよ・・・俺なんかにも利用出来る価値があるってんなら、勝手に使えばいい」
「本気で俺がおまえで遊んでいたと思っているのか」
「あんたの言葉はもう何も信じないって、言ったろ」


雨脚が強くなり、二人の身体を飛礫が打ちつけた。
もうすっかり濡れそぼったスーツが身体に纏わりつき、指先も悴んでくる。

「帰ってください。こんなとこ、あんたみたいな人が要るべき場所じゃない」


少し口の端を上げ、別れを笑顔で収める。
室井が息を呑んでいるのが見て取れるが、それを自嘲気味に、視界から外した。
押し殺した室井の喉元から、唸るような音が漏れるのが、後ろで微かに聞こえる。

立ち去ろうと、室井の身体を押し退かし、背を向けた。


次の瞬間、空気が刃の様な鋭さで肌に突き刺さった錯覚を帯びたかと思うと同時に、いささか乱暴に腕を引かれる。

「ぅわ・・・っ、何す・・・っ、・・・ッ」

そのまま折れんばかりの渾身の強さで抱きすくめられる。

「・・・っ、室井、さん・・・っ」
「そんな顔をするな・・ッ」
「・・・・?」


どんな顔をしているのか、自分では分からない。
だが、冷えた身体に他人の体温は心地良く、何故か潤む涙腺に、最後の力を振り絞り、甘い拘束を振り解く。


「放、せ・・・っ」
「行かせない・・・っ、行かないでくれ・・・!」


掠れたような哀願と共に、室井の手が青島の濡れたスーツを掴み、再び腕を絡ませる。
それを横手に払って、身体を突き放した。
その程度で大人しくなる筈の無い青島が暴れることで、軽く揉み合いになっていく。
水たまりが跳ね、二つの荒い息が冷えた空気に白く乱れ飛んだ。


「頼むッ、話を聞いてくれないか・・・。もう俺の言葉は聞けないか・・・・ッ」
「しつこいな、信じないって言った!」


息を詰めると、焦れた室井が青島の襟首に手を回し袖を取った。
青島の軸足が揺らぎ、そのまま簡単に足払いを掛けられる。
グイッと袖を引かれ、身体が回転する。
弾かれた水滴が街灯に反射したのを視界に、重心を崩した青島の身体は後ろ向きにアスファルトに向かって崩れ落ちた。

――が、寸でで室井に抱えられ、足を投げ出した格好で、上半身を支えられていた。




そのまま、攫うように無言で抱きすくめられる。

「な・・・っ、なにすんだよ、も・・・っ、放せ・・・ったら・・・っ」

膝を付き、覆い被さるように、室井もまた剥き出しの感情を隠しもせず、息も止まるままに抱きつかれて、離れない。


ずるい。
こんな態度を取られたら、まるでこちらが逆ギレしているみたいで、怒っているのが我儘の様にさえ思わせられる。
力づくで制圧されている現状にも反発心を呼び、グッと両手で胸を押し退けようと力を込めた。
しかし意外なほど筋肉質でみっしりした室井の肉体はビクともしない。
スーツの下に隠されている肉体の質の高さを感じさせる。

カッと芯が火照り、男としての強さと、普段は成りを潜めているだけの室井にも備わっていた雄の強さを意識する。
本能的に、力では敵わないことを察した。


「くそ・・・っ」

中腰で逃げだした青島の二の腕を室井が取る。
追うように、立ちあがりざまの室井が、青島の後頭部を掴み寄せ、今度はそのまま噛みつくように口唇で口唇を塞がれた。


「――!!」
眼を見開き、抵抗も時間も一瞬止まる。


初めての口接にも一滴の動揺すら見せず
室井は片手で青島の後頭部を支え、強く擦り合わせてくる。
驚き、手で顔を押し退け、足で蹴り、身体をずらす。
それでも直ぐに追われて口唇が重ねられる。

「嘘、だろ・・・ッ、放・・・せ・・・ッ、・・・ぅ・・・・ッ」

苦情を言おうとしたズレた口唇も、封じるように塞がれる。
少し凍え、雨で滑った手が思うように、室井を退かせない。

膝立ちで揉み合う二人を、霧雨が纏い、車のライトがフラッシュの様に淡く浮かび上がらせる。

室井の手が滑るように青島の首筋に入り込み、耳の後ろをあやすように撫でてから背中に回され、そのまま完全に腕の中に閉じ込められた。


「んっ、・・・っく、・・・ふ・・・っ」

余裕も技巧もない口付けが、更に勢いを増し、怯むことなく擦り合わされる。
凍えた身体とは対照的に、口唇にかかる息だけが異様に熱い。


「待て・・・よ・・・っ、ちょ・・・んぅッ」

青島の手が室井の後ろ髪を引っ張り、引き剥がそうと仕草で訴える。
室井はそれらを全て黙殺し、角度を変えて青島の口唇を割らせ、滾る舌を捻じ込まれた。

一方的に開かされた口内まで容赦なく制圧する肉の厚みに、苛烈な圧迫感を感じ、思わず眼を瞑る。
男の弾力なんか、知らない。

触れる温度の高さに、肌がそそけ立つ。


解放を求め上向いた顎を捉えられ、そのまま、体重で背後の壁に背中を押し付けられた。
放そうと力を込める手を捩じられ、後ろ手に押さえ込まれる。


「んぅ・・・っ・・・く・・ッ・・・・」

感じているのが、苦痛なのか快感なのかも、分からない。

太股で両脚も割られ、完全に身動きを封じられる。
挑む様な口接の中、雨なのか唾液なのか分からない濡れた口唇が滑るように擦り合わさり、卑猥な動きで吸い付かれていく。
室井の舌も口唇も熱く、初めて知った腕の厚みも、青島に室井の雄を意識させる。

舌先が執拗に歯列の裏側をなぞりあげてきて、、その動きに眉を寄せた。


「・・ん・・・ぅ・・・・、・・ッ・・・」

堪えようとしても、意のままに呻き声をあげさせられていく。

羞恥を煽られ、頑是なく頭を振って抵抗を示すと、諫めるように痛みを伴う程の強さで肉厚の舌に巻き込まれる。
逃げ場を絶たれた躯に、刻み付けるように、苛烈な刺激を受け止めさせられた。

「んぁ・・・・っ、ぁ・・・くぅ・・・っ」


こんなキスなんて、したことない。
今までしたどんなキスよりも、芯から痺れさせてくる。
こんな風に青島の世界を躍動に変えるのは、室井の熱だけだなんて。

何で・・・・・っ。

梅雨の冷たい雨と共に、流れ落ちていく。
俺たちの築いた物が、流されていく。


息さえままならない中、逃げようとした舌も痺れてきて、いつしか、室井に翻弄されるままとなった。
お互いの唾液が甘く混ざり合い、小さな喜悦を示す声が漏れ落ちる。
経験値は他の男より高めと自負していた自尊心も、根こそぎ変えられていく。

何て艶かしいキスをしてくるんだろう。
わざと立てられる、いやらしい水音と息遣いが、羞恥と背徳を刺激した。



分厚い男の舌に口内を掻き乱され、青島は紅潮する貌を歪ませ眉を切なげに寄せて、流され溺れていく意識を必死に繋ぎ止めた。
上がっていく荒い息遣いと、雨音に混じる、卑猥な水音。
あまりに予期していなかった、予想以上の、凶悪なまでの淫蕩な刺激だった。


それは、青島の膝が崩れ、大人しくなるまで続けられた。








「は・・・ぁ・・っ、何・・・・すんだよ、こんなとこで・・・・乱暴・・・・ッ」

座りこみ、顎を逸らして荒く吐く息を室井の口唇にかけ、眼を瞑ったまま青島が喘ぐ。


「言葉で信じて貰えないのなら、こうするしかなかった」
「ば・・っ、信・・・じらんねぇ・・・」

ゆっくりと瞼を上げ、片手をまだ後ろ手に拘束されたまま、唾液で濡れた口元を親指の腹で拭われる。


羞恥に染まる頬に水飛沫が幾つも跳ねて、街灯に反射した。

それを見た室井の指先が、雨で張り付き目元を隠す青島の前髪から、雫をそっと掬い取る。
チロリと持ちあがった青島の視線が、室井の激昂を今は鎮めた瞳と絡み合う。
髪を撫でるその仕草が、先程までの烈しいキスとは裏腹に、泣きたくなるほど優しくて、青島は顔を歪めた。


「風邪ひいたらまた大変なんじゃないですか、俺と違って大事な身体なんだから」
「そんな言い方をするな」
「放してください」


応えずに、まるで懇願するように名を呼ばれて、思わず青島の涙腺も緩む。
本当にずるい。
そんな風に言われたら、抵抗なんか出来ない。


「こんなとこ、写真にでも撮られたら、あんた、今度こそ・・・」
「いい・・・」


室井がそっと身体を寄せ、青島の髪に鼻を埋め、掠れた声で呟く。

尻もちを付いた下肢から冷たい雨が浸み込んできて、全身ぐしょぐしょだった。
泥だらけの自分たちに、なんだか情けなくなり、青島の顔が泣き笑いに変わる。
空いた手で、室井のスーツの背中を何度も引っ張る。
室井が抱き締める腕だけが温かくて。


「頼むよ・・・・」

雨の飛礫は、心の隅まで打ち付けた。
上向いたまま煤に塗れた東京の夜空を見上げた。


「放して・・・・」
心が本当に泣き出す前に。


後ろ手に拘束されたまま、室井の指が青島の後ろ髪に触れ、肩を抱いた。
その指先が儚く切ない。
雨に混ざる少しの整髪料の匂いと、覚えこまされた室井自身の匂いが、青島を包んだ。


ああそうだ。このひとの長い指先は、いつも冷たかった。
何度も触れた、この冷たい指先を、身体が憶えている。知りたくも、なかった。


力無く、ぽかぽか叩いていた青島の片手も取られ、無言のまま指を絡められる。


「君のことなら俺が説き伏せられると、思いあがった。尊厳を否定するつもりなんて本当になかった」


どうして自分たちはこんな風に、置かれる立場の正義が、相手を苦しめてしまうのだろう。
それは、相手への甘えなのだろうか。
このひとだけは、分かってくれると。


「一倉からこの計画を聞いた時、心が弾んだ。また、何かが始まると・・・・。君と一緒に見る世界が、俺には眩しかった」
「・・・・・」
「一石二鳥だと思ったんだ。独り善がりのその策に、一倉には俺への貸しを付ける条件で乗った」
「仕事。・・・のことなら、俺、口出し出来ませんから・・・。もう、いいですから・・・」


青島の声が激しく打ちつける雨の音に消され、消え入りそうに溶ける。

泣いてはいないが、その泣き出しそうな声色に、このまま去る気だと悟られたのか、室井の後ろ手に封じる指に力が籠もった。
どこか必死さを感じさせ、放さまいとするその手が、冷たい筈なのに痺れる程に、熱い。


「言えば、君を巻き込むと思った。余計な迷惑を掛けたくなかった。・・・・悪かった」
「他人行儀ですよ・・・」


室井がそう判断するのは、室井はしっかりと現実を見ていた証拠だ。

青島は視線を下げ、吸い付き過ぎたために少し紅くなった口唇を震わせる。
肩口に顔を埋めたままの室井の体温が熱い。
震える口唇を噛み締め、滲む視界を閉じた。

「そんな甘いことばかり言っているから、俺なんかに付け込まれるんじゃですか」


掠れた声は、語尾が白霧に消えた。

信じたかった。そうだ、最初から、疑ってなんかこれっぽっちもいないのだ。
裏切られても見放されても、何か理由があるんじゃないかって、俺は打算してしまって、このひとを信じている。
もうこれは、インプリティングだ。根本の部分では今だって信じている。

ただ少しだけ、今は、胸が苦しい。

裏切られたと思ったのは―――本当に哀しいのは
このひとは結局、仕事の範疇で楽しんでいて、俺は仕事の範疇を越えて求めてしまっていたという、僅かで絶望的な差だ。
そして、そんなことで見失う、自分自身の浅はかさだ。
いつまで経っても室井に認めて貰えていないことも。
恋がこのひとへの距離さえも曇らせ鈍らせてしまうのなら、こんな気持ちも邪魔なだけだ。



ザァッと街を打ちつける村雨の音だけが視界を包み込み、白く煙る周辺に車のヘッドライトが散乱した。
まるで、現実からここだけ隔離するように、辺りを覆い尽くされる。


「事情は分かりましたから・・・ごめんなさい、俺だって仕事のことを本気で疑っていた訳じゃないですから・・・」
「違う、違うんだ」
「だったら尚更、俺のことはもう気にしなくていい・・・」
「違うんだ!」


青島の言葉を遮るように、室井が、顔を起こす。

握っていた手を離し、青島の頬を流れる雫を手の甲で柔らかく拭った。
真っ直ぐに眼を見る室井の闇色の瞳は、悲哀色に熱く色付く。


「・・・・あの日、他の人間とキスしているおまえを見て、俺がどれほど嫉妬していたか、君は知らないだろう」
「・・・あの日?」
「あのキスに、信じられないくらい、どうにもならなくなった。咄嗟に吐いた嘘は俺にとっては嘘じゃない。あれで馬鹿げた茶番にも乗る覚悟が決まった」
「夏前の・・・女の子の・・・?」
「事実にしてみるかって、言ったろ」
「・・・!」
「誰にも触らせたくなくなった。他の人間に渡したくなかった」
「・・・・・」
「だから、乗ってくれて嬉しかったんだ」
「・・・・」


室井の繊細な細い指先が、包み込む様に青島の頬へと添えられた。
見降ろす瞳は、柔らかく、青島だけを映している。


「言って・・・・くれれば良かったのに」
「言えるか・・・。純粋に君との恋愛だと自分を誤魔化したかっただけだ。・・・ああ、こんなのに純粋も何もないか、くそ・・っ」


横を向いた拍子に室井の髪から水滴が飛び散り、吐く息が白く流れる。

取り繕う余裕も無いのか、室井から窺える動揺した様子が、本来の飾らない、官僚でもなんでもない素の室井のように感じ、青島は押し黙った。
自分に本性を見せる室井は、不器用ながらも、嘘ではないことを伝える。
それでも掻き抱く腕は解放しない仕草に、室井の心まで見えるようだった。


結局、同じだったということだ。
二人して、夢の国に迷い込み、そして今、その魔法が解けた。
城に誘う南瓜の馬車も、ただの南瓜に戻る。



「夢の時間・・・・終わっちゃいましたね・・・・」
「だな・・・・」


地べたで揉み合ったために泥だらけになったスーツと身体が、正に魔法の正体を暴いたようで、儚く、可笑しく、そして哀しい。
ここから始まるのは、こんな汚れた現実だ。

静かに、瞼を閉じる。




青島が終わりの言葉を告げようとする正にその時、室井が図ったように抱き締める腕に力を込めた。
窒息しそうな強さで青島を胸に掻き抱く。

「君と越えた時間がずっと消えない。忘れていた熱さを思い出させるから、だからいつまでも夢を見ていたかった。・・・だが」
「俺も、でした」


青島の惑いを肌で感じ取ったのか、室井が激情を抑え込むように息を呑むのが聞こえる。
肩を抱き寄せる指が痛い程に食い込んだ。


「――だが、長引かせることで、君を苦しめるのなら、もうお遊びは終いだ。・・・先に進むぞ、青島」
「・・・先・・・?」
「・・・・俺の答えを聞かせてやる」


室井が抱き締めた腕を緩めることなく、青島の耳へ口唇を寄せる。

「帰るぞ、俺たちの城へ」
「・・ぇ」
「俺と、もう一度最初から始めてくれ」
「!」


青島が泣きそうな顔のままに口元を歪め、失敗して震わせる。
室井が軽く身体を離し、そんな青島の顔を覗きこんだ。
やばい、吸い込まれそうだ。

何も言えないくしゃくしゃのその顔に苦笑してから、室井が青島の額にキスを一つ落とす。
少し頬を膨らませ、青島が憮然とした顔を上げた。


「馬鹿・・・・じゃないの・・・・」
「かもな・・・・」

霧雨が、カーテンコールのようにアスファルトに叩きつける。

「俺の気持ち・・・・、知ってたんですか・・・?」
「さっきな」


ゆっくりと室井が顔を傾ける。

今度は抗いもせず、青島は瞳を閉じる。

始まりのキスは、雨の味がした。
柔らかく食すような口唇の動きに、今度こそ泣きそうになった。


室井の口唇にそっと人差し指を添えて辿る。

「・・・単なるフォーカスが密会写真になっちゃった・・・」
「そこはどっちみち、変わらないだろ、彼らにとっては」

室井が深い闇色の瞳を強め、青島を見つめながら、その指ごと、もう一度口接ける。


「君が、好きだ」

真っ直ぐに射抜き、厳かに告げた室井の言葉に、無 意識に縋るような瞳をして、青島が室井の果てなく広がる漆黒の闇を見つめ返す。

「これも、もう、信じないか・・・?」
「いつから・・・」
「最初っからだ。・・・・〝俊〟」

真っ赤になった青島が、あの日と同じように絶句した。








happy end 

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かぼちゃの馬車は12時になったら消えちゃうけど、魔法が解けても恋は残ったねってお話でした。

20150705