登 場人物はふたりだけ。恋人設定。単なる発情話で終わった・・・。
付き合い始めてもよそよそしい青島くんに焦れる室井さんのお話。







初恋狂詩曲





「・・分かった、ありがとう。そこを重点的に検討させてみる。この後、食事でもどうだ」
「あ~すんません、俺、まだ和久さんに野暮用言い付けられてんですよ。・・だからまた今度」

ウィンクしながら優雅な動作で片手を上げて見せる仕草は、何から何まで様になっていた。
指の角度から足の爪先まで。
溜息さえも、落ちる動きが室井の目には完璧に映る。
それ瞼の奥に焼き付けながら、室井はその嘘を呑み込んだ。

「そうか」
「お役に立てて良かったです。またご指名どうぞ~」

軽口を春風に乗せ、ふわりと柔らかそうな栗色の細髪を揺らして、足軽に青島が去っていく。
それを口惜しい眼差しで室井は見送った。

断られたというよりは、逃げられたのだ。
彼は一度も誘いに乗ってくれたことがない。
こうして仕事が詰まると、室井は青島を個人的に呼び出しては、意見を聞いたり、捜査方針を密かに相談したりしているが
プライベートの誘いには、いつも何かしらの口実を付けては逃げられた。
ひょんなことから、その言い訳の多くは実行されていないことを既に知っている室井は、今回もそうだろうと当たりを付ける。

何故、親しげな眼差しで室井を見つめるくせに、その先の誘いには乗ってくれないのだろう。

誰も信じてくれないだろうが。
三ヶ月ほど前、本庁までの送迎を買って出てくれた青島に、室井は去り際、とうとう気持ちを告白した。
二人だけで居る時の、何とも言えない空気感が愛おしく、狂おしく、それを共有している相手が青島であることが嬉しくて
破裂しそうな胸の内はもう抑え込むことが困難だった。

潔癖な精神に恥じないままに、一度だけ告げてみたかった。
初めて抱いたこの気持ちを、稀有で大切だからこそ、知っておいて欲しかった。
この恋が実るとは思っていない。
そんな思いだった。

例えこの先、誰かと恋をするのだとしても
この想いが軽蔑の対象とされるのだとしても
君を好きな人間がちゃんと存在し、室井をそうさせたのは他ならぬ青島であるのだという自覚と自信を知って
そうして、青島の中に何かを残せた人でありた い。
何かを遺してみたい。あの眩しい男の中に。自分の中に、沢山の星屑を散らしてくれたように。

――それが、この道行きならぬ恋の、室井なりの決着、ケジメだった。

その時の青島の反応は、今でも室井の頬を緩ませる。
運転席から振り返ったまま、鳩が豆鉄砲喰らったような顔は、破壊的な程のもので
こんな顔が見れるなら、告げて良かったと心底思った。
そして、黙って待っていた審判の時は、予想外の結末を告げた。

泣きそうに顔を歪ませ、口元に手の甲を当て、俺もです、と、小さく細く応えてくれた。

「冗談はいい。こんな所まで、私に付き合わなくていい。君は少し、周りに流されすぎだ」
「・・室井さんこそ、これ、冗談?」
「冗談でこんなことが言えるか」
「からかってない?」
「・・揶揄えるほど、今、余裕はない」

青島の瞳が、深く、吸い込まれそうだった。
車内の暗がりで蒼く艶めく瞳は、勘違いしそうな程に星を散りばめている。
恥ずかしいほど自分の声は震えていた。

「正直に断ってくれて、結構だ。元々そんなつもりで言った訳じゃない」

室井は低く、成敗を待つ。

「――、・・・本気なんだ」
「うん・・・。なら、もう一度、言ってください」
「君に惚れている」
「はい、俺も、です」
「――!」

その時の青島の顔は、今まで見た中で、一番素朴で、一番知らぬ人だった。
透明な瞳が飴玉のようだと、混乱する思考の片隅で、場違いにも思った。

「ほんとは黙ってるつもりでした・・でも、そんなの聞いちゃったら・・・俺だって抑えらんない・・」

世界の時計が止まる。
そこにきて、青島もまた何かを止めていたことを知る。
見つめ合う瞳が想いに溢れて、濡れて、何かを閉じ込めている。
泣きだしてしまうのではないかと思うほど透明で、それは吸い込まれそうなほどに危険な美しさだった。

「言って、どうにかなるもんじゃないけど、俺の気持ちも、知ってて・・・」

ここが車の中でなかったら。
ここが、本庁正門前でなかったら。

「勘違いしてしまいそうだ」
「どうぞ?」
「・・・信じるぞ」
「どうぞ?」

口の中が妙に乾いて、青島から眼を離せない。
まさかという気持ちの方が何十倍も強い。でも、青島のその眼が。

「本当なのか。本当に君が私を・・・?」
「・・・」

青島はもう何も答えず、柔らかな瞳を室井に向けていた。
見ているだけだったその細髪に初めて手を伸ばし、くしゃっと感触を確かめてから、乾いた口内を何とか動かす。

「連絡する」
「はい、室井さん」

室井の手に委ねたまま、くしゃくしゃの髪の下で、華が咲くようにようやく青島が笑った。
―はい、室井さん―
君が俺を呼ぶ声が、いつまでもいつまでも耳に残った。



「なんでなんだろうな・・」

なのに、プライベートの誘いには一度たりとも乗ってくれない。
青島のプライベートを室井は何も知らない。
彼の生きる世界まで知ってみたいと思うのは、欲張りなのだろうか。
男同士だから、踏み込みの勝手が分からない。口説く手順が分からない。

これが逆の立場なら君は笑ってなんでもないことだと動いて見せるのだろう。

青島の好きという想いと自分の熱情に、随分と大いなる開きがある気がする。
彼の言ったあの一言が、室井の足を竦ませ、疑いたくすらさせられる。

大体、男同士がそんなに簡単に成就してたまるか。

いっそ投げやりな気分で室井は自分でツッコミをいれ、自分で凹んだ。
・・・何をやってるんだ自分は。

相手が女なら、男の威厳をチラつかせてでも、もう少し支配も強制も出来ただろうに。
するりと手のひらから零れ、逃げられる。毎度、毎度だ。
室井の中の隠し切れない浅ましい願望が見透かされているのだろうか。
なら何故、直接の仕事でもないこんな相談事に、毎回わざわざ乗ってくれるのだろう。
室井が上司だからか。

断ち切れない情など、今の室井は欲しくない。
室井が欲しいのは、青島の本気だ。
初恋というのは実に強欲で貪欲だ。
頃合いというものを知らなくて、加減も限度も青臭く、手加減がない。


―――密かな関わりを持ち始めて一ヶ月が経った頃
都会のビルの谷間で、初めてのキスをした。
ゆっくり傾けた顔を近付けた時の、ぎゅっと先に目を閉じたあの顔が今も忘れられない。
初めて触れた口唇は柔らかく、初めて抱き締めた躯は熱く、抗いもせず室井の胸で密着したスーツ越しに感じる細身のボディラインが
室井の中の雄を漣立て、当惑させた。
強くこすりつける口唇で、震える吐息を交わし合った。

その時も、確か、二人で現場を確認しに行った帰りだった。
そうやって、秘め事の細い糸を結うように、青島は室井を縛り付け、繋いてしまう。
行き場を失くす筈だった想いが積もり、絡まり、唯一つのかけがえのない結晶になっていく。
室井の中で、刻みつけるつもりが、奪われるように刻みつけられていく。

・・・本気で拒絶されているとは思っていない。
むしろ、今の青島なら、多少強引なことでもすれば、それこそ全てを赦されてしまう気がした。
でも、それは違う。
もっと、擦り切れ、摩擦熱が火花を散らすような、あのギリギリの感情と感覚の共有がしたい。
それが出来る、唯一の相手だと、もう、身体が、心が知っているからだ。
少なくとも、他のどんな人物よりも、青島だけが室井の中の火種に灯を点ける。
それは、青島にとっても、そうである気がするのに。

なのに、今の状態では、あのキスさえ、意味のあるキスだとは思えない。

「攻め方を変えてみるか・・・・」

告白した時までは、室井が望む様な雄の欲望を突き付けた関係に、青島が望まないのであれば、無理に進みたいとは思っていなかった。
同性同士なのだ。事はデリケートな部分を含む。
ただ、隣に立つとき、青島の匂いを知るとき、体温を意識する瞬間。
室井の身体の芯が熱く昂るのを、もう無視できなくなってきている。
可愛くて、愛おしくて、俺だけのものにしたくて。
組み敷きたい。

そんな一縷の奇跡に期待するほど、室井はもう夢想家ではなかった。
ただ、それでももう少し、もう一歩だけでも、青島に近付いてみたかった。彼を、知ってみたかった。
本気の彼が、欲しかった。








港区管内で殺人事件が起き、特捜が立ったのは、そんなころだった。

管理官に新城が任命されたが、やがて連続犯に発展し、捜査員の補充と共に、応援と称して室井にも白羽の矢が立つ。
プロファイルした犯人像から、どうも特性が歪で、知識の部分で手に負えないことが分かってきたところで
当該地区の地理に明るく、自分たち特有の事情も知っていて、その上で専門性の高い実態を知っている人材の必要性が指摘された。
新城の方から、青島の名が挙がった。

「どうだろうか」と伺いを立てた室井に対し、青島は二つ返事で返してくれた。

やはり、という思いで頷きながら、喜びとも落胆とも取れぬ綯交ぜの感情に浅い息が出る。
だったらいっそ室井はこれを利用しようと考えた。
後日、日を改めて呼び出された本庁の廊下を、二人並んで靴音を響かせていると、青島がチロリと視線を返してくる。

「あのぅ、何で俺だったんですかね?」
「見繕った所轄捜査員の名前の中に、君の名もあった。その中から選んだのは私じゃない、新城だ」
「あ、嫌がらせ?」
「面倒なだけだろう」

新城としては知っている人間を選んだだけのような気がする。
でも室井にしてみれば、願ったりかなったりの展開だ。

「期待されているのかもしれないと嘘でも言って欲しかったか?」

鈍く光る廊下に視線を落としながら、青島が軽く吹き出す。
最近、こんな風に青島の笑顔を傍で見ることが多くなった。
見せてくれているんだと思う。
心が弾む恋は本当に久しぶりだ。
つい見入っていると、悪戯に瞳を光らせて、青島が室井に身を寄せる。

「一緒に仕事出来るって、ワクワクしてきません?」
「・・不謹慎だぞ」

小さな耳打ちと共に、相変わらず人懐っこく、澱みの無い視線を向けてくる。
窘める言葉を口にしていても、室井も同じ気持ちであることは、視線を交わすだけで通じるだろう。

「今後の予定は今聞いた通りだ。湾岸署の方には連絡がもう行っている。このまま捜査に参加という形になる」
「了解でぇっす」
「打ち合わせは今夜は私の自宅で。後はホテルを一室借り切る形になるが、いいな?」
「え?何で?」
「他の捜査員にはまだ内密に動かしたいのと、この件が上層部の掌でもあるから、とのことだ」
「空いている会議室とかじゃ駄目なの」
「本庁のか?」
「そもそも新城さんは何をそんなに警戒しているんですか?」
「本庁では会議室一つ使うにも申請と許可が必要で、その記録は全て保管される」
「うへぇ。面倒なことで」

チロリと視線だけ青島に向ける。
警戒されないだろうか。
だが青島は単純な顔で手元の捜査資料を捲っていた。

「資料も外部への持ち出し禁止だから、コピーも取れない。となると場所などどこでも同じだ」
「それもそうか」
「必要なものだけ原本をホテルに持ち込むことになる。その仕度も俺たちだけでやれとのことだ」
「あの人が俺に期待してるのって力仕事なんじゃない?」
「・・新城に聞いてくれ」
「ふーん・・・でもそこまでするのも珍しいですね」
「どうも、新城がな・・・。上の点数稼ぎに巻き込まれたらしい」
「あ~・・・・」

気の毒に、という顔をして、青島が苦みを潰した顔で肩を竦めた。








お互いの仕事が終わり次第、改めて待ち合わせをし、室井の自宅へと連れ帰った。
初めて青島を自宅へ招き入れる。

「入れ」

仕事なら、こんなにも無防備に隣に居てくれるのにと思いながら、室井は鍵を開けた。
仕事じゃなかったら、来てもくれない。
ガッカリしているような、不甲斐ないような。
だがこのチャンスをどう活かすか考えねばならない。

「すぐに取り掛かる」
「時間押してますもんね」

とりあえず先に仕事だ。


***


一時間ほどが過ぎた頃、室井は青島の前にコーヒーカップをコトリと置いた。

「少し休憩など、どうだ?」

嬉しそうな上目遣いだけで礼を示した青島は、本来ならば違法で持ち出した極秘資料などを、腕でざざざとスライドする。
こういう所が子供みたいな愛らしさを思わせる。

二人きりの密室というのは、こういう関係になってから初めてでかなり緊張したが、それは青島も同じようで
室井が席を立つ度、そわそわと動揺が隠し切れないのは見て取れていた。
だからといって、室井に気の利いた言葉をかけられるスキルはない。
今は大人なふりをして、青島の警戒を解く。

「あとどのくらいかかりそうだ」
「これ以上ここで詰めるより、新城さんに一度目を通して貰った方が良さそうかなと思いました。俺、あの人のセンスが分からない・・」
「A社の方はおまえもシロと見るか?傘下はどうなっている」

青島に主に期待しているのは、会社の経理面だった。ただ実際の経理なら本庁にもプロがいる。
そうではなくて、もう少し現実味を帯びた違和感みたいなものを、新城は嗅ぎ付けてほしいのだろう。

「裏帳簿の存在は証拠がないと・・・。でもここ、ほら、株価が急落してます。振込先はシンガポール・・・海外に回すってことは、ペーパー の可能性ないですか?」
「簿外債務か。その情報を知っていた可能性はあるな」
「それで揺すられたか、揺すったか」
「そんな単純な思考回路をするなら証拠は残さないだろう」
「ってか、こんっな紙切れの数値じゃ何も分かりませんよ普通」
「新城がそれで納得すると思うか」
「強情だな~キャリアってのは」
「そこに私も入るのか」
「ご想像にオマカセしまぁす」

少し和んだ雰囲気に、室井の目が和らぐ。
その表情に気付いたのだろう、青島が少し驚いた顔をして、視線を外してしまった。
少し照れくさく、青島の傍には行けず、室井もまた立ったまま珈琲を啜り、プリントアウトしていた資料を眺めるふりをする。

パチパチとキーボードを打つ青島は、もう仕事モードだった。
柔らかい前髪が、何度か手を差し入れる仕草のせいで乱れ、端正な顔にかかる。
俯き加減の睫毛が黒々と揺れ、ネクタイが緩められた喉元から艶めいた肌が覗き、青島の匂いが香り立つような錯覚さえ与えた。

「今夜は徹夜になりそうだが。大丈夫か」
「ウチの勤務体系知ってて言ってます?」

じっと青島を観察していても、青島はこちらの視線に気付かず、パソコンを覗きこんだままだ。
気付いていない。・・あの敏い青島が?

あの青島が、自分の部屋に居る。
不思議な感覚だった。

――こんなに近くにいるのにな・・・

この男が、室井を好きだと言ったのだ。
室井の気持ちに応えてくれたのだ。
あの瞬間から、誰よりも特別だった男が、誰よりも愛おしいものになった。
幾度考えても、そこだけは変わらない。


少し考え、室井はこの時間をこのまま終わらせるのを止めた。
男なのだ。ある程度の据え膳は食わないと。聖人君子に落ちるほど無駄死にはしたくない。
少しは新城にツケを払ってもらったっていい。

室井はさり気なさを装い、青島の隣に座る。
腰を沈めた弾みで、肘が一瞬触れ合った。
お互いの視線は正面。
緊迫した空気に室井の喉がゴクリと鳴る。

ピリリとした電流のような熱を感じた錯覚を覚えたのは室井だけのようだ。
嗚呼やっぱり、自分はこの男が好きなのだ。自分が思う以上にきっと、ものすごく。

「疲れないのか」
「ああ・・、はい、デスクワークは実は苦手です・・」

はにかんだ青島の横顔に、室井の視線が釘付けになる。
何の警戒もなく、全幅の信頼と隅々まで室井に向かう無防備さと、情熱と、まっすぐな視線。

「地味な作業が嫌いな訳じゃないんですよ。ただ、こういうのって、要は実践でしょって思っちゃう」
「そか」

青島は少し舌足らずな返答を残し、その透明な瞳をすぐに伏せて逸らしてしまった。
不自然に会話が途切れる。
というより、元々おしゃべりな方ではないから、室井の世間話みたいな流れでは、会話が続かない。
ついでにいえば、室井は次にどんな話題を振れば良いのかが分からない。

――いや、それも少し違うか。

室井は片手で顎を撫ぜ、眉を顰めた。

青島とは、そういう会話の妙な遠慮というものがなくて、気の置けない空気が最初から合った。
ウマが合うとは、こういうことを言うのだと、人生に於いて初めて知った気になったものだ。
でもそれは、青島の人懐っこい、気遣いに頼る部分も多かったことに、今更になって気が付く。
結局、二人の関係性に於いてこの温度や均衡を保てているのも、青島の功績でしかなく、自分は青島に甘やかされてばかりなのだ。

しかし、今日、そういう軽口が、飛び出てこない。
青島もまた、戸惑っているのか?だとしたら、それは――俺を警戒している?或いは。

まさか。

「キス、・・してもいいか」

突然の提案に、青島は心底驚いたような顔で手を止めた。
そのまま固まってしまった。
ピッキーンと凍った空気。
室井は自分の欲望に精一杯で、自分が爆弾発言を投下したことに気付かない。
前を向いたまま室井は珈琲を啜るが、自分の心臓の鼓動だけが聞こえていた。

「嫌か?」
「ヤって訳じゃ・・」

キーボードに乗せられていたままの青島の手を取ると、青島が必要以上にびくっと身体を強張らせたのが分かった。
近すぎる距離に、室井の思考も、身体中も、青島を意識し、過剰反応しているのが自分で止められない。
これじゃまるで、思春期の少年だ。
こくり、と青島が珈琲を呑み下す音は、何かの合図のようだと思った。

青島からカップを奪い、そっと二の腕を引き寄せ、自分の方を向かせる。
そこでようやく室井も身体を向けた。
暫く戸惑いを浮かべていた青島が、少しだけ頬を膨らませて視線を逸らした。

「どしたんですか、急に」
「急に、だと思うか」

更に顔を下げてしまった。

「なんか、ずるいですよ。そおゆうの」
「そうか」

室井こそ、それは言いたい台詞だったが、敢えてその点には触れず、額をコツンとくっ付けた。
横髪に両指を差し入れ、顔をこちらに向けさせる。
至近距離で見る琥珀の瞳は、やはり吸い込まれそうだ。
触れた掌が熱い。
少し独特の、いつもの煙草の匂いがした。

「キスがしたい」
「仕事中ですけど」
「けど?」
「しごと、放る気?」
「おまえのほうが大事だと言ったら?」
「・・室井さんぽくない・・」

らしくないか、と苦笑を見せる室井に、青島ももう目を離さない。
勝ち気な、それでいて試すような、何とも言えない甘い色をした瞳で、室井を見つめてくる。

「そんなに警戒するな」
「してないつもりですけど・・してんのかな・・」

してた?と苦笑する青島は、確かに室井が捕まえた青島だった。
青島の匂いも気配も感じるこの閉ざされた空間は、甘く滴るように室井を酔わし、室温をじわりと上げていく。
幾ら、室井の自制心が強くても、もう、無理だ。
可笑しくもあり、諦めもあり、片手で青島の頭を抱え、室井は気持ちを切り替えるように口を開いた。

「二人きりで逢うの、物凄く久しぶりなの分かっているか?」

こくりと青島が首を縦に振ってみせる。

「俺はな、本気の君が欲しいんだ」
「?」

室井の手は青島の頭を固定したまま、甘い瞳の奥を覗き込む。
引かない室井に、青島の目が柔らかく揺れた。
青島だって、そこそこの年齢の男なのだ。むしろ、室井よりも経験の多い美青年で、だからこそ室井の拙い行為など、とっくに見透かされていた。
室井は逃さぬつもりでゆっくりと顔を寄せた。

「んじゃあ、レポートは・・明日、新城さんに詳細を決めて貰うってことで・・?」
「・・今夜は、終わり、だな?」
「室井さんが命令してよ・・」

それに従うよと、青島が白状する声色に、室井は息を止めた。
お互いの吐息を肌に感じながら囁く言葉は、事務的なものなのにもう睦言のようでしかなく、甘い声色も魅惑的で
クラリとした酩酊感が襲い、室温がまた一度上昇した気がした。
何だか可笑しくもなった。
こんなにも簡単に婀娜っぽい空気感に飲み込まれる二人なのに、今は、前よりもずっと、歯車がひとつ狂っていて
それを合わせようとするほど、そのズレに傷ついていく。

「目、閉じろ」

ぎこちない顔をして、青島がひとつ、瞬きをした。
室井の“命令”に、青島が暫し戸惑った末に、素直に従って睫毛を震わせる。
その動作に誘われるように、室井がそっと顔を傾けた。
青島の口唇が上がり、薄く開かれる。
直前で止め、その濡れた紅いふくらみを見つめ、室井は壊れ物のように、口唇を軽く触れ合わせた。

「ッ」

ゆっくりと何度も何度も擦り合わせていくと、口付けは徐々に濡れた熱さと比例して、深いものへと変わっていく。
ここに、誰も邪魔する者はいない。
息継ぎをするタイミングだけ軽く離れ、直ぐに重ね合わせる。
まだ幾分余裕を残す室井のキスに、青島は合わせるように吸い付いてくれて、湿った音に煽られる。
幾度も幾度も、触れるだけの口付けに想いが破裂する。

「・・ン・・ッ」

青島の身体から力が抜け、くたりと身を預けた時、室井はそのまま引き寄せ、後頭部の髪を鷲掴んだ。
口唇の割れ目を舌先で突付き、喘ぐように薄く開かれるそこに、室井は本能に逆らいきれず
角度を変えて滾る舌を捻じ込ませる。

「・ッ・・、・・んぅ・・」

初めて侵入した口腔は、想像以上に熱を帯びた柔肉が、ねっとりと絡みついた。
青島の両手が、ピクリと震え、室井の腕へとしがみ付く。
縋りつくような仕草に悶え、彼を引き寄せた。
奥に逃げ込んだ舌を引きずり出し、絡めて、唾液を掻き回し、更なる水音を立てていく。
珈琲の味は、やがて、煙草の匂いを残した青島の甘い唾液の蜜に変わり
強張り、応えることも忘れた舌を絡めて吸い出せば、室井の身体と心が勝手に歓喜に震えているのを自覚した。

「・・・っ・・ん・・っ、んっ」

眉を潜めて時折漏らす初めての声色が、室井の耳をも愉しませる。
キスが初めてでもあるまいに、青島は眉を切なげに寄せ、想像以上に技巧も拙い。
もっと、経験が豊富であるように見えていた。
何かしらの違和感が、微かに胸に去来する。するが、目の前の絡み付く熱の温度に、室井も何もかもが白濁の意識の向こうに霧散していく。

こちらだって、これでは女も知らぬ童貞のようだ。
室井に主導権を容易く奪わせてしまうその様子は、男を知らぬ処女を開拓していくような興奮を室井に与えた。
もっと喘がせたくて、感じさせたくて、室井は上から押し込む様に舌を奥深くまで侵入させる。

「・・ッ、・・んぅっ・・ふ・・」

青島が室井のシャツを握り締めてくる。
酸素が足りないのだろう、顔を歪め、頑是なく顔を振る。
その仕草は、男を狂わすものでしかない。

まだ足りない。
何かが足りない。
もっと深く。もっと奥まで。

青島の押し殺し損ねた嗚咽が喉を鳴らし、合わせた口唇の隙間から乱れた息が絶え絶えに漏れ聞こえ
それに混ざる綺麗な青島の甘く掠れた咽声が重なる。
押さえ付ける頬で動きが封じられ、青島は抜けるような肌を薄紅色に染め、顔を歪めた。
嫌がるように顎を反らし、それを追いかけ、塞いで、勢いで犯す。

甘く、濃密に、咽返るの青島の匂いに我を忘れそうだった。
もう堪らなくなって、室井は両手でしっかりと押さえ付けたまま、夢中になって重ねていた口唇を少しだけ離す。
半ば倒され、喘ぐように上向いた青島を見降ろし、お互いの荒い息が混ざり合った。

「もっと、だッ」

言いながら、室井は口唇をもう一度押し当て、焼け付く程の焦燥を狂暴な感情のままに注ぎ込む。
喰らうような口付けを繰り返し、両手で背中から引き寄せ馬乗りとなり、何度も愛撫した。
青島の両手も、室井の背中へと周り、室井を引き寄せる。

そうだ、もっと、来い。
もっと全身で来い。
本気で欲しいのは、本気の青島だ。

「・・ぁ・・ッ、ん、も・・・、室井さ・・・、好き・・・、すき、です・・っ」
「俺もだッ」
「どうしよ、俺・・・ッ」
「青島ッ」

泣きそうな声で哀願する青島に室井は獰猛に耳から首筋へ、肌を蹂躙しながら、青島のシャツの裾から手を忍ばせる。
止まらない。
止める気もない。

「・・ッ、・・ぁ・・っ」

持て余す室井の飢えの深さに根を上げたように、青島が小さく呻き声を上げると、その躯はクタリと力が抜け、平衡感覚を失った。
そのまま室井は青島に圧し掛かる。
難なくソファに沈む身体に覆い被さり、頬を抑え、鎖骨に吸い付き、肌を深くを貪り、奪う。

「んっ、待って、くださ・・ッ、・・ァ・・ッ」

膝頭で青島の両脚を開かせ、その間に身体を割り込ませ、体重を掛けて組み敷いた。
膝頭を青島の中心に小刻みに擦りつける。

「・・ぇ・・、嘘ッ、アッ、やっ」
「青島ッ」

少し艶めいた青島の嬌声に、これまでの付き合いから考えれば、急すぎることは室井だって承知の上だったが
もう焦れるほど、危うい綱渡りを繰り返す自分たちにもうんざりだった。
お互い恥じらうような歳でもない。
綺麗事で終わらせるだけの恋でもない。
現状を打破するには、もう、何も隠さずダイレクトに責めた方が早い。

青島の中心を何度か刺激してやり、室井の欲望を隠さず伝えていく。

「んぁ・・っ、ゃ・・っ、ちょっ、やっ・・ッ」

途端に青島の口から喘ぎとも取れない声が上がった。
首筋に吸い付きながら、もう幾分の余裕もなく、あまらさまな性的刺激を与え、室井は青島のベルトに手を掛けた。

もっと自分に感じて欲しかった。自分を感じて欲しかった。
同じ快楽に堕ちたい。
そんな初恋の頃のような若き劣情が室井を突き動かしていく。

「んっ、あっ、・・はっ、んん・・っ」

いきなりの性的な刺激に変化したことに恥ずかしがって、可哀想なくらい真っ赤になった青島を、更に追い込み、その身体を口唇で蝕んでいく。
歯で外したシャツの胸元が露わとなり、室井は恍惚とした。
咽借るような熱と匂いに、夢中になってしゃぶりつく。
悲鳴さえ、室井の劣情を刺激した。
仰け反ったことで離れた口唇を追って、片手で顎を掴み、舌先で口唇から顎、首筋へと何度も辿り降りる。
脈動する喉仏に歯を立て、元々緩められていたネクタイにも指を掛けた。

「・・ぁ・・っ、だ、だめ・・っ」
「青島、いいって言ってくれ」

ここまで来たら、言葉よりもきっと躯で動いた方が聞き出せるし分かり合える。俺たちなら。

待ち切れずに、室井は自分のネクタイを放り投げると、引き出したシャツの裾からも手を差し入れ、青島の素肌を直接まさぐり始める。
少し汗ばみ始めていた素肌は真珠のような滑らかさで、室井の手の平へと吸い付いた。
頭を殴られたような衝撃が室井の身体に走った。

こじ開けた首筋にも何度も強く吸い付き、幾つも所有印を残しながら、胸の突起を指の腹で転がす。
同時に、空いた指先で滑らかなボディラインを辿り降りると、室井の身体で開かれた青島の両脚が、ソファを掻いた。

「ぁ・・っ、ふ、・・んんッ」

余りにも性急過ぎる室井の刺激に、青島が眉を寄せてキツく眼を閉じ、背中を浮かせながら顔を傾けた。
流れる細髪が瞼に掛かり、石鹸のような香りが湧き立つ。
その隙に、シャツを剥いで、丸い肩に口唇を落とした。
室井に差し出された躰が跳ね、晒される喉から鎖骨にかけるラインが艶かしく美しく、そこに文字通り噛み付いた。

「どうして俺から逃げる・・!」
「!」
「焦らしているのか」
「そんな、つもりっ」

室井は聞きたかったこと、聞けなかったこと、そのまま荒く掠れた息に乗せていた。

「焦らされて、待たされて、オアヅケにされ過ぎて、もうおかしくなりそうだ」
「俺、だって・・っ」
「君を大切にしたい、でもどうしたらいいのかわからないッ」
「俺だってっ、・・わっかんねーんですもん・・っ」

再び、自分の名を呟こうとする口唇を上から塞ぐ。
ソファには、青島の指先が白くなるほどに喰い込み、膝を立てて掻く仕草が、淫猥に映り、たまらない。
汗ばむ肌。
強張る躯。
濡れた眦も。
全部が室井のものだ。
感じているのだ。室井の手淫に、間違いなく。

紅い舌を見せて、切なげな顔で仰け反った口唇を追いかけ、今度は上から被せるように塞いだ。
伏せた目線で見下ろせば、眉尻を下げて、目尻と頬に朱を乗せた青島が、必死に室井の口唇を受け止めていた。
その両手を、床に縫い付けた。

「もう俺のものになれ」

室井という一人の男を、青島の躯に教え込む。
刻み込み、小さな反応まで室井の指先で染め上げ、従順に仕立て上げてしまいたい。

もうとっくに青島に染められ溺れている自分の躯と、温度が溶け合っていく錯覚は境目が分からなくなるくらいの愉悦と共に、崩れ落ちていく。
このまま同じ享楽の世界で溺れさせてしまいたい。
どうせ堕ちるなら、もっと深い所まで、もっと全部壊されるまでがいい。

実際にこうして触れるまで、心だけで良いなどと思っていたことなど、青島の甘い体温の前には全て吹っ飛んでしまっていた。
待ち切れない室井の指先が、青島のスラックスも乱雑に脱がしていく。

思えば、男を相手に交接をしているというのに、何の違和感も抵抗感も感じていない自分の方が、少し異質なのかもしれない。
相手があの青島だと思うだけで、もっと掻き乱し、もっと全てを開かせたくなってくる。
静かな室内に響く濡れた卑猥な音を、青島と奏でているのかと思うと、室井の身体が芯から熱を生み
後はもう、雄としての本能が支配した。

「・・っん・・、ぁ・・、だめ・・っ、やっぱマズイってっ」

チャックを外す室井の手に、青島の手が重なる。
思えば流されていく青島の、これは初めての抵抗だと思い至り、室井は強引に振り払う。
これが、本当の青島を、掴み取れるチャンスだ。
室井が青島の耳朶に甘く歯を立てた。

「・・イ・・ッ」
「もっと、信念貫くときみたいに俺自身にも貪欲になってくれれば、してやれることがあるだろう。きっと君は、口が裂けてもそんなことは言えないんだ ろうな」
「・・ぁ・・、・・は・・っ」
「言ってくれない。だから逃がさない」
「・・んぅ・・っ」

拒絶の言葉を、口唇を強く押し付けることで、閉ざす。
シャツから白い鎖骨と、桃色の突起を色付かせながら無防備に青島は室井の下で、身動いだ。
スラックスが半分乱され、シャツをぐしゃぐしゃに纏う妖艶な身体が室井の手で造られ、乱れた息を詰め
その甘い芳香を放つ躰を腕の中に引き込み、何度も何度も滑らせるように隅々までその肌をまさぐる。
幾つも痕跡を残していく。

「ん、ッ、・・ァ・・ッ、だめ・・・、ゃ・・っ」
「聞きたいのはそんな言葉じゃない」
「・ァ・・ッ、ンッ、すき、だよ・・・ッ、俺ッ、すきなんだよ・・・っ」

応える代わりに髪を掻き混ぜ、青島の頭を引き寄せ、応える代わりに口付ける。

「んん・・・ッ、・・・ぅ・・・んっ」

青島が息苦しさからか、両手を室井の背中に回し、もどかし気に室井の後頭部を掻き回した。
途端、ゾクリとした明らかな愉悦が室井の全身を走り抜け、その肌がザァツと細波立つ。
求められているように錯覚した室井の身体に、腰から力が抜けるような電気が走った。

「・・アッ、青島・・ッ」

服の上から触れられただけなのに、こんなにも青島が与える刺激は室井には鮮烈だなんて。

青島が自分に触れていると思うだけで、熱が身体に籠もり、脳味噌が沸騰しそうだった。
心だけなんて、嫌だ。躯だけでも、嫌だ。
全部、全部を浚っていきたい。奥まで埋め込みたい。
躍動する感覚に、奥底まで溺れて崩れ落ちる。

「・・ハ・・ッ、青島ッ、ほしいッ、おまえが欲しくてたまらないッ」

忙しなく耳から舌を侍らせ、両手で頬を掴み、室井が青島の耳元で喘ぐ。
濡れた瞳が妖しくて。

「むろ・・さ・・っ・・、でもおれっ」
「俺に任せていい」
「それも・・・ある、けど・・・・、こんなのっ、・・これ以上は・・っ、きっとあんたを・・・独占したくなっちゃうから・・・ッ」
「――・・・」
「正解っ、・・が、分かんないんだよ・・っ」

途切れ途切れにようやく本音らしきものを零し始める青島の言葉を耳に、室井はその胸元に舌を這わせながら背中をクッと持ち上げ、流れる動作でシャツを全部落とした。
半裸となった青島が、見られていることに軽く青島が顎を逸らす。
反射的に持ち上がる胸元に、室井は吸い付きながら艶やかな肌を味わう。
豊かな肉が、熟したように咆哮していた。

「君の嘘に付き合うのは、何度目か・・」

青島が目を丸くした。その隙に、スラックスに手をかけ、強引に桃尻から下ろした。

「・・ゃ・・、まだ、だめ・・っ」
「いつならいいんだ」

・・・そうだ、知ってたじゃないか。
これだけの見た目も多彩で煌びやかな印象を放つ彼が、モテない訳がないのだ。
経験だって平均より上に決まっている。
なのに室井にはそのスキルで挑めない。
室井を、誰より神聖化し、室井の資性に惚れこんでいるからだ。

「成程、らしくない理由がようやく分かった気がする」
「らしく、・・っ・・、ない、かな・・?」

荒げた息の向こうで、青島が眉尻を下げて心細そうな顔をした。
強がりの向こうに透ける茶目っ気に、彼の優しさを見る。
切ないほどの直向きな情熱に、室井の胸が震えた。

「だから、貰い受けられる」

俺たちは恋を始めた。恋も始めた。
男を抱くにしろ、男に脚を開くにしろ、どちらにしてもその結末が行き着く先は一つだ。
躊躇ってくれるから、室井は青島を選ぶ。

「オトコッ、とベッド、共にした、なんて、とんでもない醜聞、・・っ」
「おまえなら、バレなきゃ平気とでも言うだろうと、高を括っていた」
「俺・・、のことならそれッ、でいい、けど・・ッ、んっ、・・でもあんた、は」

言葉を遮るように、目の前で肌蹴た胸の突起に軽く歯を立てて諫めつつ、片手を青島の中心に添えた。
途端、青島が息を呑み、その均斉の取れた身体が綺麗に弓なりとなる。

「・・ッ・・」

全部を求めてしまうことが怖い。
同性で、上司で、将来を担ったエリートなのに、自分だけのものとして刻印してしまうことが許されるのか。
これで本当に間違っていないと言えるのか。
そのスターターが青島の中にあるのなら、封印することもまた、慈しみである。
こんなかわいいことを想われて、平気でいられる男などいるものか。

破裂しそうな胸の内は抑え込むことが困難だと思ったのは、二度目だ。

「・・ァ・・ッ、ゃ、そんなとこ・・っ、うそ、だめ・・・」
「敏感なんだな。想像以上だ」
「・・ぁ・・ゃ・・、俺・・・ばっかり・・・っ、ゃだ・・・、んん・・っ」

室井の身体の下で跳ね、青島が躯を堅くし、真赤になって、思ったよりも艶やかな反応を返してくる。
尖った胸の突起を下で摘む様に捏ねまわし、肌に吸い付きながらしなる躯の隅々まで執拗に攻めた。
ソファが青島の身動ぎで幾度も軋む。
これを、夜毎シーツの上で喜悦に悶え、桃色に染まる様を自分以外の者が目にしたことがある事実が、信じ難いまでの凶暴な嫉妬心を生んだ。
精神を鍛え武術に取り組んできた日々が一気に台無しだ。
青島にかかると、いつもこうだ。

「も・・ッ、どこみて・・ッ、・・ヤだって・・っ、も、何であんた、そんなにオトコに手慣れてんのっ」
「これでも、性行為を共にするのは久しぶりなんだがな」
「せっっ」

室井の荒い息遣いと、押し殺そうとして押し殺し切れない青島の嗚咽。
羞恥に染まった頬を隠すように腕を翳し、青島が横を向く。
その腕がどうしようもなく戦慄いている。

これを、俺が乱したのか。
スラリとした四肢と、しなやかな肉体は、室井に容易く乱されて、ほんのりと火照り、薄桃色に染まり始めている。
それと同じ色に色付く顔を、恥ずかしそうに青島が腕で隠している。
その上から微かにこちらを見つめる濡れた瞳。
汗ばんだ前髪が額に束になり、耐えることで頬が紅く染め上がるその貌は、雄としての嗜虐心を煽るのに充分だった。

「想像以上の躰だ。穢れないものを犯す背徳を感じているのは俺の方だ」

親指で、そっと青島の唾液で濡れた口唇をなぞる。
ぴくん、と震えて青島は更に顔を赤らめた。

「欲しい。俺の手で、暴いて、喘がせ、悶えさせて、俺を刻みつけてやる。忘れられなくさせてやる」
「も・・っ、充分忘れらんないよ・・ッ?」
「焦らされすぎて、もう止まれない。これ以上焦らすなら――」
「ぃ、イった顔とか・・見られんのとか、すっげー恥ずかしいんですけど・・」

ゆっくりと室井が口唇を、瞼から頬へと滑らす。

「達くまでするつもりだがな。君の全部が見たいと最初に言った」
「・・ば・・ッ」
「俺がおまえに付ける痣も傷も、全部俺だけのものだ。俺が受けとめてやる。おまえは俺の言えない過去を受け止める覚悟もないのか」
「・・・っ、・・ぁ・・・、・・・ッ、も、くそ・・・ッ、何て挑発だッ」

言葉も失くした青島が反則だろうというくらい、可愛い。
室井の言葉に目を見開いて、青島が横を向いて舌打ちする。
でもその眼は零れそうな程に潤んでいて、何処か泣きそうだった。
この貌は――そうだ、初めて告白した時に見せたものと、同じじゃないか。

まったく。俺は彼の何を見ていたんだ。


室井は染まる内股をゆっくりと押し広げた。
真っ赤な顔をして青島が少し潤み始めた瞳を向ける。

「おれ・・オトコにイかされんの・・?」
「言ったろ。どうにかなってしまいそうなのは俺の方だ。此処から先はどこまで気遣ってやれるか」
「これ以上、あんたを・・・・曝し者にさせんのヤですよ。あんたの方が・・失くすもの、大きいって・・分かってんの?」

眼を眇め、室井が雄の妖艶さを散らした性質の悪い笑みを覗かせた。
チュウッと音を立てて内股に吸い付いた。
舌を出し、痣を舐めとる。

「上等だ」

室井の艶めきに、青島が息を呑んだのが見て取れた。

「欲しいと、この口唇で言ってくれ。好きなんだ、おまえが俺を呼んでくれるのが、堪らなく」
「・・っ」
「青島」

数多の色を宿した宝石のような瞳で、青島が見上げる。

もうどうしようもない程に求め合ってしまった。
引き合ってしまった引き返せない程の激情は、後ろ指を差されるものなのだとしても、もう、どうしようもないところまで来てしまった。
こんなに苛烈で烈しい感情は、もうなかったことにも知らなかったことにも出来ない。
哀しい結末しか呼べないかもしれない不甲斐なさを焼き切る熱に、恨みすら感じて、溺れた罪を君に背負わせる。
道連れにする。

これは、俺たちの初恋なのだ。

「・・・・むろい、さん」
「もっと」
「室井、さん」
「もっとだ、青島」
「室井さん・・ッ」
「青島」
「・・・っ、好きだって言ってくれた時、俺がどんなに嬉しかったか・・・っ」

室井が力任せに青島を抱き寄せ、後頭部を掻き混ぜる。

「あんたがほしかったっ」

青島の腕も室井の背中に回された。

「今夜、全部、君を俺のものにする。いいな?」

隠し切れない雄の劣情を潜ませた掠れ声で、室井が低く、強く、告げた。
濡れた瞳が煌めいて、小さく頷いた。

青島の深みのある瞳の中に、自分が映っていることだけが今の全てだった。
この鋼鉄の階級社会で唯一人、自分を無条件に認めてくれている人がいる。
離れていても、通じ合える強さで支えてくれる。
ただ一人の味方は、それが勇気であり、源だ。
無限のエナジーが、ここにある。

くしゃくしゃの顔を見せ、触れた口唇が微かに触れ合うままに、青島が光る口唇を震わせる。

「あんたの、好きに・・・して、いい、です・・・」

室井の返事は、もう言葉ではなく、その口唇を厚い舌で割り裂くことで伝えられた。









happy end

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20150716