第三者からみた室井青島。擦れ違いらぶ。女の子バージョン。すみれさん視点。






トライアングルⅡ





すみれはカンパチの寿司を口に運びながら、向かい側に座る二人を何となく見た。
凛とした佇まいと馴染んだ落ち付きを醸し、長く形の良い指先で持つお猪口を口元に添える官僚。
隣では青島が緩んだネクタイと崩したスーツ姿で胡坐を掻く。
光と影、静と動。正と邪。
相容れぬ対称ながら、オーラがシンクロしていて、こうしてみれば上司と部下というよりは歳の離れた身内のようだった。

「でね、そんときソイツが言った捨て台詞がですね・・・」

場を取り持つように青島が室井に和やかな話題を振る。
分かり易く顔に出る男ではないが、それを見る室井の眉間の皺はなく、視線もさっきから青島しか映していない。
すみれが隣の夏美に視線を送れば、彼女も二人の空気感には気付いているんだろう、苦笑して肩を竦めた。

「ん!このハマチおいしーvさすが本店行き付けの店は違いますね~v」

話題が途切れた所で夏美が口を割る。夏美の笑顔に釣られてすみれハマチもを掴んだ。

「青島くんはいっつもこんなとこ連れてきて貰ってるの?」
「んなわきゃないっしょ、俺の安月給知ってるくせに」
「奢ってはくれないんだぁ、そこの朴念仁」
「ちょっとすみれさんっ」

窘めるように青島は突っ込むが、室井は特に気を害した風でもなく、日本酒を舐めていた。
室井にしてみれば、青島以下所轄員は世話の焼ける弟妹分であるかのようで、いつも涼しい顔をして流されてしまう。
そんな室井が唯一本性を剥き出しに逆立てる相手。
すみれと話すときは叱られた生徒のように片言なくせに、青島の前ではその烈火の気性が顔を出す。

「俺の大トロ、譲るから」
「ちがうよ。青島くんが食べちゃったんじゃない」
「あれそうだっけ?」

室井との付き合いはすみれの方が長く、だからその分、室井という黒い官僚を長年見つめてきた筈だった。
結局、人は変われないのだという現実を、自らにも重ね、分かり合ってきたつもりだった。
でも、青島が表れてから、室井は変わった。
水のように無色透明で風土に濁り平凡だった男が、劇薬の投下に鮮やかに開花し、気性の荒さを見せた。上をも黙らせたのはそう遠い話ではない。

だったら、自分と室井は、傷を舐め合っていただけだ。

今まで誰にも出来なかったことを成し得た青島は、本人は分かっていないみたいで飄々としているけれど、すみれにも爆弾を落としている。
誰にでも真摯に触れてくる彼は、誰のものにもならない。
温かく胸の奥に広がるそれは日増しに濃く残照を帯びていく。

「追加注文してやれ」
「なんかすいません」
「いい。私ももう少し呑みたい」

目の前で静かに今度は室井が語り出す。それを首を傾げて青島が耳を傾け、室井の視線が柔らかく青島を映し込む。
蕩けそうな青島の顔を一心に受け止め焼き付けるような、物言わぬ太い視線。
そこにはすみれも夏美も映っていないのかもしれない。

「なんか私達お邪魔みたいですね」

夏美がすみれの耳元に口を寄せ、囁いた。

「華があること忘れてんじゃない、この唐変木」
「いいんですか」
「よくない」
「だったら攻めないと」

だが、こんな空気感を見せ付けられてどう対処しろというのか。
知らなかった。青島くんって室井さんの前ではこんな顔見せちゃうんだ。

すみれの中に育つ淡い想いは未だ出口を見つけられず燻っていた。
恋なんか二度としないと思っていたし、出来るとも思えなかった。失恋の痛みと腕の傷痕は鋭利な幻覚となって今もすみれを呪縛する。
なのに、しないと思うのと、心が動くのは無関係みたいで、時は残酷だ。
毎日毎日太陽のような彼の陽射しにぽかぽかと照らされて、いつしかまどろみが心を騒がせるめんどくさいものに変わっていた。
それを認めたくない自分と、逃れられないことを悟っている自分がいる。

なのに!その矢先、なんであたしがこんな場面を見せ付けられなきゃならないの。

「既に敗北した気分なのよ」
「確かに強敵ですけど」

青島の胸元に光るタイピン。背伸びしたブランドものだったから追求したことがある。
一瞬で視線を斜め上に上げた青島を見たらピンと来た。
室井から貰った物なんだろう。同じものを後日彼の胸元にも見つけた。

「あたしじゃ役不足なのねって判定食らってるわけよ」
「男の人って子供っぽいところありますから。あんな風に夢語っちゃうんですよ。でも!帰る場所は!別です!」

ガッツポーズをして夏美が煽りを入れてくる。
雪乃もそんなことを言って、さっさと居場所を作ってしまった。
だが、室井の、あの表情。あの眼差し。
性格的にこの官僚が女性二人を意識していない筈はなく、節度を保っているだろうに、この視線である。
二人きりの時はもっと、それこそ、どうなっちゃってんだろう。

「青島さんってああ見えてモテますよね」
「分かってる」

仕事中でも、誰にでも平等で、誰にでも愛想良く、人懐こい笑みを振りまいている。
人気の高さは逆に女の焦りを鈍らせた。
歳を重ね、競い合うのも恥ずかしい気がして。
だけど青島はすみれにはあんな熱い目をしてくれないし、あんな全身で甘えるような素振りも見せてくれない。

「じゃ、追加注文するけど、他になんか食べますか、お嬢さんがた」

青島の意識がこちらへと流れた。流石元営業マン。彼は領分を忘れていないらしい。

「じゃあ青島くん、一緒にこれ食べて」
「どれ?」

青島が少しだけ腰を浮かし、すみれの抱えるメニュー表を覗き込んだ。
その時その前髪がすみれの髪を、わずか、擽る。
合わせて煙草と男の匂いに息を飲んだら、加減間違えたって瞳で青島も顔を上げて笑っていて、目が合った。

どっきん!

青島くんってこんな風に誰にでも愛らしく笑っちゃうんだよなぁ・・・・。
すみれの鼓動が高く逸る。あまりにあどけなく親しげで、胸も息も詰まるけど、好きだなって思って、すみれも苦笑した。
そしたらまた、くるんと瞳色を変えて。
だからそれが、反則なのよ。
なにか言おうとして、息を吸って、でもその時。

視界の片隅に室井が見えた。

「!」

息を呑んだ。
またすみれの心臓が鷲掴みされ、先程とは違う冷たい鼓動を走らせる。

ただじっと、闇色の宇宙はすみれと青島を映していた。
物も言わず、感情も浮かべないその瞳は底なしの深い沼のようで、黒い闇がぽっかりとそこに広がっていた。
強い、執着。妄執、或いは剛毅。
粘着とすら呼べそうなその湿度も持たない漆黒は、本当にあの冷徹で仏像のような彼から発せられるのか、一度は目を疑うほどだった。
室井の内なる狂気は物言わぬからこそ不気味で、情強だ。

盗られる・・!
常識も理屈もなく、すみれの本能が告げる。

「すみれさん・・・?」
「・・ねぇ、デザートも食べたい。この間青島くん、デート、キャンセルになっちゃったでしょ」
「ああ、はいはい、奢らせて頂きますよ」

氷を浴びせられたように、すみれの身体が竦んでいた。
無意識に、すみれは左腕の傷痕を自ら鷲掴みにする。

コレは、あたしの紋章だ。
青島に救われ支えられたのはすみれだけじゃない。信条も世界観も変わるほど交わり合った相手に、抱く想いは紙一重。
手放せなくなっている想いもきっと似たり寄ったりなのだ。
それが相棒を指すのか恋を指すのかは分からなかった。けれど、確かなことが一つだけある。

「青島くん、二人で買ったあのお菓子も半分以上食べちゃったね?」
「そこまたぶり返すの、すみれさんっ」
「たべものの恨みは末代までよ。これ真理」
「じゃあこっちも注文しちゃう?室井さんの金で」

二人の声だけが部屋に響き、室井は静かに瞼を落としていた。でも、その全神経がこちらに向いていた。

その表情を引き出したのは青島だ。
昔の室井はこんなあからさまな激情をすみれになんか悟らせる男ではなかった。礼節を重んじ品格を貴んだ。

古傷が、ずくん、と疼いた。
また一人になるのは嫌。また怯えた夜を過ごすのは嫌。
子供みたいな要求を押し付けるのが忍びなくて、躊躇っていた幾夜の思慕がすみれの中を駆け巡る。
走り出した心は止まらなくて。欲しがる心が寂しさを呼んだ。
どんどん夢中になるあたしは、どこへ向かっていくのだろう。分からないから怖くなる。
でも、一つだけ確かなこと。

青島は一人しかいない。独占できるのは、どっちか一人だけだ。

役立たずとか、女にはなれないとか、あの過去を青島に抱えさせたくないとか。色々色気づいて、怖気づいて、逃げ腰になっている場合じゃない。
失くすのが怖いなら、掴まないと。
怖いなら、掴まないと!
この温かい気持ちごと彼は消えちゃうんだ。
きっとそれを、室井は知っている。
青島の肩越しに、すみれも視線を外さずに室井を見つめた。

とうに戦いの火蓋は切って落とされていたことを、すみれはこの夜初めて自覚した。








Happy endにはほど遠い

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すみれさんが室井さんの気持ちに気付いてしまうお話

20180502