室 井さんと青島くんとすみれさんの三角関係のお話です。
「室→すみ←青」という拙宅にしては珍しい設定の第二弾。
時間軸は未定。登場人物は室井さんと青島くん。紅一点のすみれさん。友達以上恋人未満で一人の女を巡る男の戦い。





ラブ・チャンス!Ⅱ




1.
室井が湾岸署の廊下を足早で進む先で、青島とすみれが階段から降りてくるのが見えた。
仲睦まじく、時折微笑み合う姿に、無表情を装っても、なんとなく目の端に入れてしまう。
両者の距離が縮まっていく。

「あれ、室井さんどうしたんです?」
「至急の件がある。だから直接来た」
「ふ~ん、お疲れさまで~す」

そういってぺこりと頭を下げた青島の横を室井も頷きながら足早に擦れ違う。
廊下を曲がる、その瞬間だけ、室井は足を止めた。
予感めいたそのまま、やはり青島もまたそこから動かずポケットに手を入れ、まだ室井を見ていた。
何となく、そうしている気がした。

「君は?」
「や、今日は、もうあがりです」

今そこでそれ聞くの?
そんな青島の苦笑の後ろで、少し先へ行っていたすみれも振り返る。
青島とすみれは目配せをして、同時に吹き出した。

「これから二人で夕食なの」
「そこはデートって言ってもいいのに」

青島が顎を上げてすみれに投げる。

「室井さんも終わったら合流する?」
「ちょっと!また何勝手に誘ってんの!」「いいな。一時間後くらいだ」

青島の反論と室井の返答は重なった。
虚を突かれた青島が口をまあるく開けて固まる。

「ちょっと!あんたもまた何勝手に承諾してんすかっ」

だが室井とすみれは勝手に話を進めてしまう。

「お店で待ってるわ」
「先に始めていてくれ」
「了解」
「では後で」
「ええ」

青島が室井とすみれを交互に見ながら地団太を踏む間に
さっさと話を終わらせた室井も、もう反論は無効だとばかりに足を進めれば、すみれもまた話は付いたとばかりに背を向けた。

「あ、すみれさんっ、んもぉ!室井さんも断ってくださいよ!」
「青島、この間の礼だ。奢ってやる」

階段に片足を上げた状態で、室井が最後に意地悪く口端を持ち上げた。
一瞬にして、青島も大人しくなる。

「あ、じゃ、お店の詳細、ご連絡させていただきまぁす」
「青島くん、置いていくわよ」
「待ってっっ」

にんまりと口角を上げた青島が、すみれを追いかける背中、追いつき二人で肩を小突く後ろ姿を、室井は見送ってから階段を登った。








2.
「って、乗っちゃったわいいけどさ~。何勝手に誘ってんだよ」
「奢ってくれるかなって」
「また二人っきりになるチャンス逃しちゃったじゃん?」
「青島くんたらダイタンね・・あたしと二人っきりなんて、昨日も一昨日もじゃない」
「昨日は張り込みで、一昨日は聞き込みという頭文字が付きますが」
「邪魔はいなかったわ」
「一人も」
「雨まで降って相合傘。みんな薄情よね・・変わってくれてもいいのに」

青島とすみれは同時に溜息を吐いて、同時に疲れ切った身体を労い合う。
ようやく取れた早上がりを仕事の愚痴タイムにはしたくない。
仕切り直すように青島が上目遣いですみれを探ってくる様子が、また子供みたいで、同時に同僚じゃなくて男の顔でもあった。
つい委ねたくなる弱気な心を隠して、すみれの指先が小さくお品書きを指差した。

とりあえずビールとだけ言って座った席は、座敷の個室で、扉はない。
席は、今度は青島はすみれの正面を陣取った。
室井が来る前の反撃であるのは見え見えで、すみれは悪戯っ気たっぷりに微笑む。

「何にする?」

お品書きを二人で覗き込めば、おでこがぶつかった。
そうそう、これがやりたかったんだよね~とくりくりした目で覗き込まれ、すみれは思わず笑ってしまった。

「なに?」
「んーん。青島くんは楽しそうだな~って」
「そりゃ、すみれさんと一緒だからね」
「見飽きないほどイイ女?」
「ずっと見ていたいとか言ってほしい?」
「ストーカーを彷彿とさせる発言は嫌」
「ほら、これだよ」

掴ませない距離感にか、探り合う駆け引きにか、やっぱりスッと身を引いてしまった青島に、狡いと思うあたしがズルイんだろうか。
すみれがそれでもじっと青島を見つめれば、柔らかい眼差しでデザートコーナーを指してくる顔は、あどけない。

「来たわよ、しかめっ面」
「マジで?早くない?」
「そんなにあたしたちと飲みたいのかしら」
「友達いなそうだしな」
「キャリアで飲み会なんて、興味はあるけど、実際問題、堅苦しくてあたしはゴメンだわ」
「ほんと、庶民の居酒屋が似合わない人だな。浮いてるよ・・」
「店員さんも畏まっちゃっているじゃない」
「ハイクラスの店にするべきだったかな」

云いつつ、青島が腰を上げ室井を迎えに行く。
ひょこひょこと軽い足取りで向かう背中の向こう側で、室井も気付いて僅かに表情を変えた。
青島と出会ってから室井の印象が変化したのは、気のせいじゃない。
あの唐変木で他人に無関心な男を、血の通った愚直な生き方をしている同士に変えたのは
間違いない。
何がそうさせたかまでは、すみれには計り知れないけれど。
青島の肩越しにすみれにも気付いたようで、室井が軽く頷いた。入り口から乗り出すように見ていたすみれも、片手を小さく振る。

「個室にしたのか」
「そりゃ~キャリアの密談ですと、このような配置がよろしいのではないかと」

居酒屋でどんな密談を繰り広げるつもりなのか、青島が両手を使って恭しく室井をエスコートしてみせる。
胡散臭そうに眉間を寄せた室井だったが、青島がナビゲートし、鞄も持ってくれるので、室井は特に何をいうこともなく、お座敷に上がった。
青島が室井の鞄を置き、靴を整えている間に、室井がテーブルにさっと目を走らせる。

「もしかして待たせたのか?」
「室井さんはお誕生席にどうぞ」
「?」

意味が分からず首をかしげる室井に、青島が上座の向こう、俗に云う長方形のテーブルの短辺に当たる席をニヤリと指した。
こんな居酒屋では恥ずかしい主賓席である。
ムッとした室井が、背後の青島を睨みつければ、青島も悪乗りして挑発的に笑って返す。

「どうぞ?特別席」
「今月は誕生日ではない」

室井がズカズカと上座に向かい、青島の飲みかけのビールやおしぼりを片手で退け、先程まで青島が座っていた位置を陣取った。

「あっ、なにすんのっ、そこ俺の席っ」
「ここでいい。上座は上司の席だ」
「なに勝手に横取りしてんすかっ、そこはすみれさんと向かい合わせの特等席なんですよっ。特等席!俺の!」
「問題ない」
「ありますよっ、俺がっっ」

もぉおと言いながら、それでも青島が渋々自分のビールを片付け、室井の前におしぼりだの箸を置く。
そして隣席に従う。
すみれと仲良く向き合う姿を見せつけられる羽目となった青島が、それでもメニュー表を室井に託した。
結局青島は室井には折れるのだから、こういうところに青島の室井に対する感情が透けていた。

「とりあえずビールでいいですよね」
「ああ」

ほ~ら、仲良し。またもや室井と青島の特別感が披露され、一体自分は何を見せ付けられたのか、すみれの中では疑問が浮かぶ。
結局見せつけられているのはどっちよって顔をしたすみれが、ビールを煽って突き出した。

「あたしのも!」
「「・・・」」

よい飲みっぷりですね・・と気圧された青島と室井が一度目を見合わせた。

「じゃ、じゃあ俺も、頼みましょうかね」

お品書きを室井に見せつつ、青島が幾つか話しかければ、室井が言葉少なに頷く。
長い手足が麗しく、刑事課で見ると野暮ったい男も、出るところに出ればそこそこのハイクラスであり
撫で上げた頭髪と上質のスーツを着こなす上級キャリアと並んで座るこの光景は、すみれを少しだけ得意気にさせた。
なかなか悪くない光景だ。
ちょっと署内じゃ見られない構図だし、室井が信頼を寄せる様子がこそばゆい。
自分が紅一点であることに改めて気付く気恥しさを隠すため、すみれが話題を変える。

「室井さんって誕生日は何月なの?」
「一月だ」
「あら一緒。奇遇ね」
「そうだな」

室井の漆黒がようやくまっすぐにすみれを見据えてくる。
この人は、反らすことを許さないひとだ。

「何日?」
「三日だ。君は」
「11。近いわね」
「近いな。今度一緒に祝おう」

堂々と誘いをかける室井に、聞き咎めた青島が口を挟む。

「何いちゃついてくれてんですか。俺の前でイイ度胸ですね」
「12月の君は部外者だ」
「大して変わらないじゃないですか・・って、まず何で俺の誕生日まで把握してんすか・・」

メニュー表をまだ興味深げに室井が覗き込む横で、店員が最初に注文した品々を運んできてくれた。
居酒屋といってもチェーン店ではなく、小綺麗な懐石料理で、丁寧に三人分に取り分けられた皿を
配膳してくれる。
目を輝かせるすみれの前では、男二人の押し問答が続いていた。

「どんな脳味噌してるんすかね」
「君だって取引先の顧客データは頭に入れていただろう?」
「ああ・・ええ・・まあ」
「おんなじだ」
「営業のイロハも知らなかったくせに」
「君が教えてくれたからな」
「そうでしたね」

ぱくりと、牛テールの春巻きをほうばって、すみれが頬を膨らませた。

「まぁた男の飲み会になってるぅ」
「ごめんごめん、ほらお刺身もきたよ。それに話聞くんだったよね」
「そうよ」

室井が眉間を寄せ、グラスを止めた。

「何かあったのか」
「聞いてくれる?」
「私でいいのか・・?」
「ほらまたそういうネガティブなこと言う~。仕事で裏切って、関りは持てない的なその態度!自分だけが被害者?!」
「なら聞いてやる。聞くだけだ」
「それでいいのよ」

高飛車に胸を張るすみれに、室井が柔らかく目尻を滲ませた。
その不意に大人びた男の顔に、すこしだけすみれも女の顔になる。
室井の鋭い視線は、つい引き摺られる。
思えばここは不思議な三角関係だ。
いつでも裏切る用意が出来ている男と、それでも信じ続ける覚悟が出来ている男。その両方から愛された真ん中の自分。
自分は本当に真ん中なのかしら。
真実を問い質すつもりで見つめ返す漆黒は、だが何も語らない。
横で見ていた青島が首を傾げて呟いた。

「なんか、ふたり、雰囲気変わった・・?」

室井とすみれを交互に指差す青島は、流石、勘が良い。
途端、すみれが悪戯っ気のある目に変えた。

「分かる?」
「え、え、え?ど、どど、どおゆう・・!まさか二人でどっか行ったの・・!」
「バレたな」
「バレたわね」
「うそでしょ!何で俺も誘ってくんなかったの!」
「青島くん的にはそっちなのね」

室井とすみれが進展したかということよりも、そこに自分が呼ばれなかったことが不満らしい。
戯言に乗ってきた室井に、青島も遠慮なく肘で小突く。

「抜け駆けしたんですか」
「二人きりでと誘ったらOKを貰えた」
「何で釣ったの」
「・・そこに淡い期待を持っちゃだめなのか」
「だーめーです。で、餌は」
「フ・・ッ、決まっている」
「金か~、金わね~」

勝手に察した青島が、適当な文句で話を合わせる室井の横で、頭を抱えた。

「おまえ、この話、信じたのか?」
「俺を差し置いて、いい度胸じゃないですか室井さんっ」

完全に目の据わった青島に飽きた室井が料理に口を付け、舌鼓を打つ。
同じものを食べていたすみれと目配せをして、味を共有した。

「男なら金以外のところで勝負しろ」
「何寝ぼけたこと言ってんすか。女が男に求める条件はね、年収、学歴、年齢ですよ!容姿とか性格なんてね、見てももらえないんですよ!」
「君は一体何のサイトを見ているんだ・・」
「あんたみたいなタイプは仕事に明け暮れて熟年離婚とかされちゃうんですからねっ」
「本当に何のサイトを見ているんだ」

呆れた室井が、それでも小首をかしげ、上品に椀を持つ。
啜る仕草まで洗練されている気がするのは、たぶん、居酒屋の中でこの男だけ浮いているからだ。

「だが、そうか・・年収か・・」
「な・・なに・・、今勝てるって思ったでしょ!失敬だな!」
「・・何も言っていない・・」

そもそも青島みたいな整った顔立ちで背も高くて足も長くてスタイルも良くて、愛嬌もあって女好きされそうな男に、
金でも勝てるのなら、室井はそこを突く。
勝負に手は抜かない。

「すみれさん、俺にしときなよ、絶対楽しいよ!」

また随分と軽い口説き文句が飛び出した。

「まあ、確かに飽きなさそうではあるわね。青島くん、食べないとあたしに食べられちゃうよ」
「食べます」

チロリと室井がすみれを見た。
同じように室井を見ていたすみれと視線が合って、揃って固まる。
意識されているのか、探られているのかは、たぶん、お互い分かっていない。

でも、この女には全てをいつか見透かされる気がした。
醜い下心も、浅ましい妄執も、爪の先まで、査定されている。

「そうやってアイコンタクトを俺の前でするの止めてもらえます?!」
「目と目で会話しちゃう室井さんと青島くんに言われたくはないんだけど」

すみれの切り返しに、今度は室井と青島が目線を合わせた。
なんとも言えない顔になる青島に、思わずすみれも苦笑してしまう。

少し空いたお皿片付けましょうかと言って、青島がまたせっせと世話を焼きだした。
まだ手を付けていない、後から来た大皿からも、三つの小皿に綺麗に取り分け、盛り付け、飾り付け、並べてくれる。
甲斐甲斐しい手付きに、これは女の尻に敷かれるタイプだ。

「青島くんってさ、営業していた時、出張とかもあったの?全国飛び回ってとか」
「俺は中小企業なんでナワバリがね」
「なんだ、今と変わらないわね」
「そうなんだよ」

興味深げに、室井も口を挟んでくる。

「担当の専門地区などがあるのか?」
「まあ、それが武器ですからね」
「となると、刑事もそうだが、最後は根気だな」
「それで嫌味言われたんですよね俺」
「そうなのか」

分からなくもないのか、室井も神妙に頷く。
官僚は強味を持って、上にアピールする職業でもある。
ただ、青島にとって、この話題はあまりしたくはないかもしれない。
必死に食らいつき、会社のために身を削った先で、君のせいで仕事が出来ないといわれるということは、人格の否定にも匹敵する。
正しいことも、やるべきことも見失う。それは、どれほどの痣となるだろう。
すみれは、少しだけ矛先を変えた。

「ね、現地妻とかいた?」
「いたらこんな地味に生きてないでしょ。ってか、現地妻って。言い方。・・キャリアこそ、いそうですけど、どうなんです?」
「いたらこんな地味に生きてない」

同じ言葉を使う室井に、青島もニヤッと笑ってシンパシーを交える。

「モテなさそうですもんね~」
「悪かったな」

結局この二人はやっぱりどこか似ているのだ。
だから、惹かれ合うのだろうか。

硬い表情のままの室井の視線が興味深げに青島を見るのを、じっと追っていれば、その視線に室井が気付き、気まずそうな顔をした。
青島を見る目とは違う漆黒の深さに、すみれは息苦しくなって瞼を落とす。

すみれには分からない。
青島の前では女を出したがる自分の心も
室井の前では、勝手に引きずり出される女の自分も
どちらも制御が付かなくて、すみれの中で渦を巻いている。

「どったの、すみれさん?」
「べっつに!男の友情って単純でいいなって思ってただけ!」
「友情!?このひとと?!冗談でしょ、相棒!」
「腐れ縁だ」
「そうでした」








3.
室井に、カードでスマートに会計してもらって店を後にするまでは良かった。

「送ろう」
「俺が送っていくんで」
「今日は私が送る」
「いいですって。俺がやりますから」
「今日は私の奢りだからこちらに主導権がある」
「そういう屁理屈はキャリアだけでやってください。明日仕事早い人はお先にどうぞ」
「君こそ、今夜はもうさっさと帰って身体を休めたらいい」

向き合って、額を寄せて意地を張り合う室井と青島の間で、すみれが腕を組んで成り行きを見守る。
また始まった。
このふたりってやっぱり似た者同士なんじゃない?
水と油っていうより、同じところで反応する。
室井さんもすぐにムキになる。
青島くんには。
青島くんだから、かな。
そんな風に剥き出しの心をぶつけているのが羨ましいし
そんな風に無防備にさせる青島が妬ましいし
そんな額寄せ合って楽しそうな様子見せつけられるのも不満だし。

「すみれさん送るの、俺の役目なんで」
「だったら今日は譲れ」
「譲れません」
「ゆ・ず・れ」
「い・や・で・す」

すみれはまたひとつ、大きな息を夜空に向けた。
だが、それに気付く者は、この場にいない。

「普段いないひとが、こういうときだけイイカッコすんの、やめてください」
「普段いないんだから、こういうときに点数を稼ぐ」
「恋はそんな単純計算じゃねーです」
「なら譲っても問題ないはずだ。今夜は私がやる」
「なんでキメ台詞?!」

終わりの見えない不毛なやり取りに、当事者のあたしが無視されているってのが、疑問なのよ。
これだから男って。

「じゃ、もぉ二人のナイトに送ってもらっちゃおっかなっ」
「「!!」」

室井の左側、青島の右側の腕を両手に抱えてすみれが跳ねた。
引き摺られて、二人の男がたたらを踏む。

「お、おい・・」
「ワイルドなお姫様だなぁ」

それでも三人の足取りは軽い。

「だってまだ名残惜しいんだも~ん」

すみれに引き摺られながら、室井と青島が顔を見合わせる。
にんまりと笑う青島に、室井も眉間を寄せて。

「じゃ、もう一件、行くか?」
「「賛成!!」」


****


「ここでいいわ。送ってくれてありがとう」
「おつかれさま。今夜は楽しかった」
「私もよ」

室井が硬い顔を僅か崩せば、その変化にすみれが目を丸くする。
この男でもこんな顔するのね。
向き合うまま、すみれも柔らかく微笑んだ。
可愛らしい笑みに、室井も満足そうに頷き返す。
そんな室井とすみれの間で、青島が室井を押し退けた。

「何すみれさんの正面に立って、二人だけだった空気作ろうとしてんですか」
「もうおまえはいい。帰れ」
「あんたが先に帰りなよ」
「きちんと部屋まで見届けるのが男の役目だ」
「送り狼になるつもり?」
「君じゃあるまいし」

フンッと室井が顔を反らせば、青島がわなわなと拳を握っている。
この青島くんが室井さんには口で負けてるってのが、新鮮だ。
次は俺の番といわんばかりの顔で、青島がすみれを覗き込む。
軽いボディタッチを入れてくる辺りが、軟派である。

「すみれさん、少しは気が晴れた?」
「うん」
「今夜はお腹いっぱいになったんだし、余計なことしないでさっさと寝ちゃいなね、きっとよく眠れるよ」
「うん、おやすみ」
「おやすみっ」

へへっと笑って手を振ってくる青島に、ジト目を送る室井が可笑しくて、すみれは室井にも会釈した。

「おやすみなさい、室井さん」
「ああ、また誘わせてくれ」
「楽しみにしてる」

ちゃっかり次の予約を入れた室井と、隙がない室井に口を開ける青島に手を振り、すみれはアパートに戻っていく。
部屋に入り、灯りを点けた。
きっと、カーテン越しに漏れる光を見届けるまで、あのナイト二人はそこにいる。
すみれは胸の前で手を組んで、いつもよりずっと安心している自分を知った。

そっとカーテンの隙間から窓の外を覗いてみる。
二人はいた。
もしかしたら、すみれがもう一度顔を出すのを待っていたのかもしれない。
そう思うと、いじらくも、くすぐったくもあった。
部屋の電気が点いたことを確認した二人に、手を振った。
青島が片手を上げ、室井は丁寧に頭を下げている。
対称的な二人は、だが同時に背を向けた。

「で、仲良く一緒に帰るんだ・・」

いつか、どっちか選ばなきゃならないのかなぁ。
そんな日が来たら、この甘酸っぱい関係も終わっちゃうのかな?
でも今夜だけは。
ありがとうとだけ呟いて、すみれはカーテンを閉めた。









4.
「あんた、結構妄想癖強いですよね」
「刑事なんて想像力の挑戦だ」
「開き直りますね~」

頭の上で両腕を組み、それでも室井に楽しそうな視線を投げる青島に、室井もまた悪ガキの顔を見せる。

「今度は俺が一歩リードさせてもらいますからね!」
「精々頑張ってくれ」
「俺がホンキ出したらすごいよ!?」
「お手並み拝見と行こう」

あっさりと交わす室井の投げやりな口調も、青島には効果は薄い。
そこに垣間見るのは、裏切る前提の上下関係だけではなく、ほんの少しの願う筈もない妄想だったり
来るはずもない未来だったりする。

駅の改札まで戻り、ホームに並んで立った。
あれだけおしゃべりだった青島の口が止まる。
だが、両手をポケットに突っ込み、電車のくる方や、人波を眺める姿はまだ楽しそうで
沈黙が悪くない。
室井の中で最も不思議な男は、だが付かず離れずの距離でそこにいる。
なんとなく見てると、気付いた青島が、ぎこちなく笑った。
交わした視線は不自然に落とされた。

「室井さんさぁ、こないだ、へんなこと言ってたじゃない。あれ、なに?」
「変なこと?」
「俺・・のこと、知るとかなんとか」
「そんなことも言ったか」
「んだよ~もう。意味深な言い方しちゃってさぁ」

ぷぅっと頬を膨らませる横顔に、室井は前を向いたまま、すっとぼけた。

「誕生日だって知っていただろう?」
「そういう話?!」

がっくりと肩を落とした青島が前に屈み、室井を下から覗き込んでくる。
目がキラキラと輝いていて、笑っていて、ホッとしたような、気が抜けたようなその顔に、室井は何故かおかしくなった。
人懐こいくせに、臆病で、幼い。

「室井さんって腹決めたら強いひと?その勢いでいかれたらすみれさん落ちる、かも」
「そうか、やってみよう」
「やややめてくださいよ!抜け駆けも禁止!」
「恋に抜け駆けも何もあるか」
「そ、そ・・っ、・・それもそうか・・」

青島が人差し指を立てて、室井に宣言する。

「でも!すみれさんは渡しません!」
「横から別の男に掻っ攫われたりしてな」
「不吉なこと言わないでくださいよっ、ってか、あんたそれでいいの!?」
「馬鹿。捕られたら捕り返すまでだ」

確かに!と素直に納得する青島に、恋敵はライバルで同士だなと小突いたら、囁く様に二人で笑った。
電車がホームに入ってくる。
扉が開いて、発車のアナウンスが鳴って、室井が乗り込み、そこで室井は振り返った。
見送る青島がきょとんと不思議そうな顔をした。

「私には君が必要だということだ」

青島の肩からショルダーバッグがずるりと落ちる。
あんぐりと口を開けたマヌケ面をしている青島を置いて、室井はにんまりと笑む。

「じゃあな。ホームから落ちるなよ」
「あ、あ、あんたこそ、突き落とされんじゃないの?!」

性質の悪い笑みを残し、室井の真っすぐな背中が遠ざかっていく。
扉が閉まり、電車は静かに動き出した。
室井の初めての笑顔を見た青島が、ぽつんと残される。

「あのひと、ほんっと、わっかんねぇ~」







happy end?

pagetop

帰り際、どっちが送るかでもめるという可愛いネタを頂きましたので、書いてみました。
ひなたさま、ありがとうございます。萌えました。

このシリーズは、仲良しな三人を描きたいだけなので特に誰と誰をくっつけるとか決めていなく、またもやオチ無しです。
室井さんがすみれさんを口説こうと躍起になるお話に展開していくのがいいかな。
その度にすみれさんの中の青島くんの大きさに負けるとい う。
で、やっぱり青島には敵わないな~と再確認して満足気な室井氏。

20230909