室
井さんと青島くんとすみれさんの三角関係のお話です。
「室→すみ←青」という拙宅にしては珍しい設定になりました。
時間軸は未定。登場人物は室井さんと青島くん。紅一点のすみれさん。友達以上恋人未満で一人の女を巡る男の戦い。
ラブ・チャンス!
1.
「ってかさぁ、なんであんたまでいんですか?」
「・・・」
青島がジト目を向ければ、同じように恨めしそうな顔で真横に立つ男も青島を見遣る。
時は夕暮れ。仕事上がりの花金は思うように花咲き零れない。
その二人の男の中央に収まる小柄な女、恩田すみれが二人の腕を取った。
「いいじゃない、役員交流が業務を円滑にするのよ」
「交流ったって、これじゃ異業種交流だよ」
すみれが青島に向かって、いいじゃないとにっこりと微笑めば、青島は彼女に耳打ちするように背中を丸めた。
「聞いてないよ!」
「うん、言ってない。さっき決まったの」
飄々と返すすみれに、青島は二の句が告げられない。
一方の室井は、身を寄せ合う二人の内緒話に不満を隠さず、のけ者扱いする青島にギョロリと目玉が動かした。
「そんなに私が同席するのが嫌なのか」
「ヤに決まってんでしょー!ようやくすみれさんとデートが実現したのに、なんでオマケがついてくんだよ!」
オマケ・・、と室井が眉間を頻りに寄せれば、青島も反対側を向き、冗談じゃないと無造作にポケットに手を入れる。
三者三様の口調とは裏腹に、三人の足並みは揃って料亭へ向かっていた。
とっぷり夜は更けて、重なる信号機の青色が闇に走り、給料日明けの週末はごった返すまま、熱気に溢れている。
予約していた店に入り、座席に案内されると各々脱いだコートを青島が受け取りハンガーにかけつつ、苦情を零し始めた。
「そもそもなんであんたが署にいたの?ウチの!」
「居ちゃ駄目か」
「だっ、だめじゃないですけど、何すみれさんに誘われてんだよ」
「会議室の片づけをしていた彼女に今夜どうかと口説かれてな」
「断ってよ!」
和風の個室は障子から黄色の光が照らしてくる四人用だ。
ちなみに青島はすみれの隣に座ったが、室井はちゃっかりすみれの前を陣取った。
これじゃ仲良くデートする二人を見せ付けられたようで、青島的にはそれも不満な視界となる。
おしぼりを渡される順番も(当然だが)室井が先だ。
「ほら青島くん、メニュー表。ちゃんと仕切って」
俺が注文すんの?と渋々受け取るが、そこから先の対応はやはり凄腕の元営業マンであり
接待のイロハを心得ているものへと変化するのが、青島だ。
口々に注文したものや、聞き取りの言葉も巧みに、気を利かせたものなどを手際よく店員に伝え、最初の一杯となるビールをせっせと注ぎ
お通しの小鉢が並ぶと店員にまで愛想を振り撒き、仲良くしちゃうきめ細やかさである。
「よく出来た子でしょ?」
すみれが室井に目線を送れば、こういう青島の姿は恐らく初めて見たであろう室井も、目で追っていた。
「いつもこうか」
「合コンで家庭的アピールする女の子みたいよね」
「・・・」
すみれの発想に室井は飲みかけていたビールの手を一瞬止めるが、その手前では青島が慣れた手つきで料理を並べていく。
取り分け方も雑ではなく、一辺倒でもなく、女の子が食べにくそうな大きさの肉などはちゃんと除けている辺り、かなりの世話好きかフェミニストだ。
腕まくりをし、流れるような動作は嫌味がなく、楽しそうに働く青島の横で、室井とすみれの視線が交じる。
「君も、こういうアピールをするのか?」
「室井さんって失礼なことも平気で言う人だよね」
「・・・」
「室井さんさぁ、もっと高級な接待受けてて、この手の庶民界隈は馴染みがなさそう」
「・・・」
君も大概失礼だと言いかけた室井は、そのままビールを含んで賢明に口を閉ざした。
目の前では綺麗に盛り付けられた大皿が次々と運ばれ、青島は小皿にてきぱきと取り分け、片手でビールを飲む。
カウンターで切り盛りする店主に本日のおススメや、この店自慢の逸品なども聞き出して、追加注文しちゃう顔はもう
すっかり機嫌も直っている様子だ。
「あんたはどうせ日本酒か焼酎でしょ。どっちにします?」
「・・日本酒を」
「地酒でいい?」
「ああ」
メニュー表の地酒一欄から適当に注文する内容は、やはり室井の趣味にマッチしたもので
そもそも一度だって酌み交わしたことがないのに、何故青島には分かるのか、室井は首をかしげる。
確かにこれは、中々の観察眼だ。
瞬時に見抜く能力、官官接待にも充分通用するだろう。
童顔で人懐こい男は人当たりと調子が良く、手懐けられない荒々しさを持ちながらも、根は素直でどこか寂しがりやな一面を思わせる。
室井の人生の中で最も不思議な男だ。
室井の中にも、あっという間に入り込んで住み着いてしまった。
ふと目線を上げると目の前ではすみれが興味深げに室井を見つめている。
この女にはどうも見透かされている気がした。
「何故今日私を誘った」
「誘って欲しそうだったから」
「・・そんな顔はしていない」
瞼を伏せるのは、余計なことまで盗み取られる危険を回避する防御、かもしれない。
それが誰に対するものか、どこまでかは室井自身まだ判然としていなかった。
「迷惑だったかしら」
「だったらここにはいない」
「素直じゃないのね」
大皿を片付け終えた青島が、店員に下げてもらい、にっこり笑みまで付け、ようやく食事に戻ると同時に二人の会話にも戻ってくる。
「そんなこと言ってぇ、俺とすみれさんのデート、邪魔する気満々だったんじゃないの?」
「邪魔するならもっと効果的な方法を取る」
「効果的・・」
室井がわざと意味深に言葉を止め空白を作ることで、青島の中では勝手に勘違いしてくれるだろう。
ゆっくりとビールを口に運ぶ。
案の定、察しの良い青島はハッとしてすみれを見た。
「すみれさんっ」
「なによ」
「まさか、今までもこうやって室井さんとふたりっきりで食事してたの?!」
その言葉に瞬時に悪乗りしてくるのがワイルドキャットだ。
「してたら青島くん、ヤキモチ妬いちゃう?」
「妬きますよ!」
「そういうことは出世してから言って」
ピシャリと言い負かされ、デコピンされた青島が、テキビシィと洩らして項垂れる。
力関係は明白だなと室井がもう一口ビールを含む間に、青島は長い足を組み上げた。
お座敷の低いテーブルからはみ出てくる見映えの良さだ。
「俺だってね、今夜のデート楽しみにしてたんですよ~」
「うん、この間青島くんが交通課の合コンに行ったのも目を瞑って、あたしも待ち焦がれてた」
「気付いてたの!?」
「脇が甘い!」
「おみそれしました。でもそれ室井さん、関係なくない?」
「ごめんねぇ、あたしが青島くんと出会うよりもずっと前からあたし、室井さんのこと知ってるの」
すみれが再び項垂れた青島の頭を撫ぜ、子供をあやすように言えば、室井も付け足した。
「悪いな、青島」
「!!」
揶揄われていることは重々理解しているのだろう、くっそぉと悔しがる青島がそのまま残りのビールをラッパ飲みする。
だが、流石、呑み方まで人目を引く。
グラスを持つ手も垢抜けて、都会の洗練された流麗さがある。
ネクタイを緩めた首元が大きく上向き、色香を持って喉仏を動かす絵になる男は、グラスの持ち方も飲み干し方もそこそこ様になっていた。
計算なのか無自覚なのか、読み取らせないだけのランクは上流階級を見てきた室井にも引けを取っていない。
ふと室井の視界に、またすみれが映った。
にんまりと微笑まれ、やはり、彼女もまた青島の演出には気付いていることが見て取れた。
と同時に、こちらも査定されている手応えのある女に漆黒を反らさない。
「成程」
室井が今度は独り言を洩らせば、すみれも意図を察し、満足そうに目を細めた。
黒髪が流れて小さな顔を綻ばせる仕草は愛らしく、彼女の洒脱な様子が落ち着かなくさせる。
彼女なりに青島を見せびらかしたい優越感くらいは持ち得ているのだろう。
その拙い彼女の、望みもしてくれない情が、少し酒に染み入った。
二人の相槌に、勘よく気付いた青島は小さく視線を向けただけですみれにビールを注いだ。
多分、今のは青島には読み切れなかったのだ。
「室井さん、カノジョは?」
ビールの褐色な泡の流れを追いながら、すみれのルージュが動く。
「君は本当に文脈というものを持っていないな」
「文脈はないけど、社交辞令もない」
取り分けてもらった皿を片手に、箸を持つ所作も綺麗な室井も姿勢も良く、優雅に口元へ運ぶ。
店員の声が会話を中断させ、室井の前に日本酒が熱燗で置かれると、一人用に盛り付けられた刺身料理も運ばれてきて随分と賑やかになった。
室井が徳利に手を出す前に青島の手が伸びてきて、視線があった。
そのタイミングの良さに舌を巻いた。
俺がやりますよという仕草に、室井も素直に委ねる。
「あんたにはどうせ、見合いとか縁談とか、来ているんでしょう?」
「・・多少だ」
「そんなもん?」
「札付きで左遷された男には市場価値がないんだろう」
「断っちゃえば?」
室井の視線が一度だけ青島に上がる。
青島もそれに気付いて、共犯者のように笑った。
「断り続けたらこっちは一生一人モンだ」
「モテなさそうですもんねぇ」
「合コンに参加する君に言われてもな」
「あれは森下くんの代役」
「楽しんだ姿が目に浮かぶ」
「結婚式には呼びませんから」
今度はいーだをする青島を、すみれが華奢な肩で小突いた。
寄り添うような仕草を見せられた室井の前で、すみれの淡い瞳は悪戯気に弄ぶ。
「そうなる前に室井さん、青島くんにツバつけとけば?青島くん、人がいいから老後まで付き合ってくれるわよ」
「君は本当に文脈が」
「ペットを飼う気分で。意外と青島くん、お役に立つと思うんだけどな~。手間もかかるけど」
「・・・」
この手の揶揄いに逐次反応してたら身が持たないことを知った室井は早々に静観を選んだ。
だが目の前では真に受けた男がいる。
「すみれさん、俺たちで遊ばない!」
「だって、野郎の飲み会になっているんだもん」
「悪かったよ、でも、この話題振ったのすみれさん」
目の前では室井がもう素知らぬ顔で日本酒を優雅に舐めている。
「だって青島くんも婚期逃してる自覚ある?」
「だったら結婚しようよ」
青島が自分とすみれを交互に指差して、随分と浅いプロポーズが飛び出した。
だがその言葉に室井の眉尻がピクリと動く。
「こんな仕事上がりのプロポーズに頷く女はいないわよ」
「予約しておこうと思って」
「キャリアじゃないなら年収を問いかけますけど」
「すみれさん、俺のボーナスまで知ってるじゃない」
「こういう時、同僚って丸裸よね~。出世したら考えてあげる」
それまで沈黙していた室井がお猪口を置くことで動きを持つ。
それにもきちんと気付くのが青島だが、すみれとの独占権は譲りたくないらしい。
「じゃ、俺への予約券、すみれさんにあげておくから」
「あたしが予約するの?」
「そうそう。お役に立てると思うよ」
にっこりと笑んだ口車は流石、口八丁手八丁な青島らしい。これ見よがしな態度が幼稚なのは、ワザとだろう。
自分の顔に大概の人間が弱いことを経験上知っている。
「肝の小さい男だな」
「うっさいよ」
とりあえず反論し、だが突然会話に入ってきた室井に、青島の意識が向けられた。
「そうやって一人蚊帳の外って顔してますけどねぇ室井さん、すみれさん甘く見てるとイタイ目みますよ!それと!」
「なんだ」
「抜け駆けしてすみれさん口説こうなんてしないでくださいよ!」
「何故俺が彼女を口説くのに君の許可が必要なんだ」
「やっぱり二人でこっそり会ってんの!?」
ここですみれも会話に乗る。
「ほら、室井さんって一人で貯め込んじゃウタイプだから、ガス抜きが必要なのよ。どっかーんって」
「自分で処理してよ!すみれさん、そんな男好き?!」
「キライじゃないわね」
「!!!」
言葉もなくなった青島が口を開けたまま固まった様子に、とうとう室井が口端を持ち上げた。
空気が緩んだことを感じ取った青島が一瞬室井を見る。
もう一度すみれを見る。
片眉を歪めて、また室井を見た。
「どさくさに紛れて、何笑ってんすか」
「君たちはいつも楽しそうだ」
「まあ、あんたが楽しんでんなら、いいですけど」
すみれも横から口を添えた。
「そうよ、室井さん、青島くんでガス抜きしてもいいのよ」
「すみれさん、何言ってんの?俺たちそういう仲じゃないし」
「今からそういう仲になればいいだけでしょ?」
「なんで俺が」
「だって青島くん、室井さんのことだいすきでしょ?」
「んなッッ」
「そこで顔を赤らめるリアクションって何なの?」
「これは呆れているの!だいすきって・・だいすきって・・・言い方!オトモダチじゃないんだからさ!」
「あらでも、室井さんは青島くんのこと相当好きよ?」
今度は室井と青島が思わず顔を見合わせる。
「何故私のことは断定なんだ・・」
「そこ?それよりちゃんと否定してよ・・」
青島も投げやりとなって室井にツッコミを入れた。
がっくりと力抜けた顔は情けなく眉尻が下がっている。
「室井さん、うかうかしてると、青島くん、捕られちゃうよ?」
「それは困るな・・」
すみれの言葉に室井も適当な相槌を返す。
「ちょっと!もお室井さんまで!それより何で君達、そんなに息ぴったりなの!?」
「「付き合いが長いからね(だ)」」
二人の返答が重なって、室井とすみれは目配せをして頬を緩めた。
仲いいじゃんと不服そうな青島が、目線でまだ何か頼みますかと窺いを立てる。
すっかり勢いを削がれた青島が、空になったグラスを振って、手酌をしつつ、メニュー表を広げた。
今度は軽いものとデザートまで注文してくれる青島に、室井とすみれは目配せをして同時に含み笑いを零す。
なんだかんだ言って、青島は面倒見がいい。
優しくて気の付く男なのだ。
それを室井もすみれも分かっている。
揶揄われているのも分かっているし、青島を揶揄うことで室井がここで疎外感を抱かないことまで計算している。
思い付きで誘ったすみれに気遣わせないための配慮もあるんだろう。
「そもそも今日は何の会だったんだ?」
「今そこ?室井さんの質問も大概唐突だけど」
「二人でデートだと青島が最初に膨れていたことを思い出した」
「忘れてたのかよ」
青島がメニュー表を膝にビールを飲み干す姿を見ながら、すみれが頬杖を付いた。
「今夜ここに辿り着くまで何度流れたかしらね?」
青島も視線は寄越さないが、こくんと頷く。
「最初は通報だっけ?」
「その次が呼び出しね」
「そして、課長命令が出て」
「青島くんが請求書溜めたのもあったじゃない」
「最後は真下の尻拭い」
「あれは最悪だったわね・・」
あんときさ~と身振り手振りで話し出す青島に、すみれもそうそうと返し、目を輝かせて話を弾ませる。
その様子は仲睦まじい二人の普段の様子を垣間見させ、室井は気付かれぬように細々と観察した。
こんなにも心を委ねておきながら、すみれは強がって、対等でいたがるし、平等でいたがる。
願ってくれるのなら、応えてもやれるのに。きっと、自分も青島も。
「で、さっき逃走犯捕まえて、やっと青島くんの奢りで美味しいものが食べられる日が訪れたの」
「ここは青島の奢りなのか」
「反応するのはそこなの?」
またしても室井の「変答」に気勢を削がれた青島を無視し、すみれが身を乗り出す。
「小洒落ていて、素材もいいでしょ?ちょっと高いけど、あたしが選んだの」
「ああ、熱燗をもう一つ付けよう」
「ちゃっかりさんだな!」
文句は言っても、青島がすかさず持っていたメニュー表を室井の前に広げた。
「同じのにします?それとも、これなんかどう」
身を乗り出して青島が指差すところを室井も覗き込み、二人が額を寄せ合って目配せし合う。
「いいな、君もどうだ」
「そういうことならご相伴にあずかりますよ」
「肴も付けよう。どこだ」
「あ、それは前のページに」
二人で相談し合う様子を、すみれがニマニマと赤い口唇を引き上げた。
「た~のしそ~」
「すみれさんも呑む?」
「呑む。・・じゃなくて。室井さんって懐かれるってこと今までなかったんじゃない?人に好かれるとか、慕われるとか」
そうかな?と青島と室井も一瞬顔を見合わせる。
「官僚は馴れ合っても仕方がない」
「そんなことは見てきたことよ。キャリアが変われないことも、ずっと見てきたこと」
すみれの台詞は重く、だからこそそこに含まれるものをここにいる誰しもが感じ取り、直向きな女が一途に願うものを掴み取れてしまう。
願ってくれないことも、頼ってももらえないことも承知の上で、それでも彼女が口にした言葉は
室井と青島だからこそだ。
「たま~に夢が見たくなるのよねぇ」
「そだね」
「個人では限界があるって感じたことない?」
すみれの台詞は室井だけに向けられていた。
責められているわけではない。心配されていると言った方がいい。
多分彼女が見たいのは、柵を越えて通じる姿だ。裏切りの、その更に先で。
室井は静かに瞼を伏せた。
「気懸かりか?」
「下はいちいち上のご機嫌まで気にしない。でも、青島くんは一喜一憂してるよ、こう見えて」
少し茶化した物言いに、室井は青島を一度だけ見ると、青島はプイっと視線を背けた。
むしろそれに安堵して、室井は箸を置く。
「例えば今この瞬間に、私が君たちを裏切っているとしてもか」
「どういうことですか?」
青島の問いに、室井は大きく酒の匂いの混じった息を吐き、それから手元の手ぬぐいを取った。
「君達は、今日のこの時間がどこまで偶然だと思っている?」
「なん――」
空気を固まらせた青島とすみれを前に、室井は官僚の顔となり、気配を一変させた。
「さっき、逃走犯を捕まえたと君達は言ったな。今日はその釈放を報告に来た」
「え?え?俺らがさっき捕まえたひと、逃がしちゃったの??」
「今頃、そうなっている」
「何で!」
「今、彼を捕まえられると困るからだ」
すみれもグラスを置いて、険しい顔に変えた。
「つまり、本店の方に何か不都合が起きたのね」
「彼はここ一カ月組対が追っていた仲介人だ。ルートを探るため泳がせていた」
「あいつ、あたしたちの島でストーカーしてたのよ!」
「だが、優先権は組対にある」
青島が呆れたように長い両足をそこに投げ出した。
酒が入っていても恐らく彼らの頭は正確に状況を理解しただろう。
相容れない利権が絡んだ時、どうしたって立場の弱さが露呈する。
暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはすみれの方だった。
「青島くん、ここでは暴れないでね」
「暴れたいのはすみれさんの方じゃないの」
「だから、譲って」
とはいえ、すみれも苦情を言うタイミングは今ではないと、すみれの聡明な瞳は語っていた。
了解、と青島が諸手を挙げる。
「すみれさんの顔に免じてここは引き下がるよ」
「ありがと。でも室井さん、情報はもっと早く下ろして・・、いえ、共有させて頂きたいわ」
「私が知ったのも今日なんだ」
すみれより先に青島が反応し、口唇を尖らせる。
「またそれ?あんたのハブられ方も年季が入ってますね」
「また嫌味か」
「ええ、もちろん」
べっと舌を出す青島に、すみれは小さく呟いた。
「やっぱり仲いいじゃない」
2.
店を出た後、青島が会計を済ます間、室井とすみれは先に店を出て、歩道で待つ。
夜風が湿った臭いを運んできた。
「怒らないのか」
「怒っても仕方ないことくらいは、学んだの」
「そうか・・」
彼女がもっと感情を傾けてくれたら、こちらも対応が出来るのに、彼女は室井を頼らない。室井には本音を晒さない。
諦められているのと大差ない想いは切なく、そうさせているのは自分である不甲斐なさも、こうして自分を殺すやり方も、室井とて幾らでも学んできた。
「でも、だからといって納得しているわけじゃないわ」
室井の気持ちを読んだのか、すみれが鋭く言い放った。
思わず室井がすみれを見る。
自分に沿うように立つ小柄な女に目線を奪われた。
目線は丁度室井の肩口の、射るような瞳は夜光に美しく照らされる。
「青島くん傷つけたこと、納得なんか出来ないから」
彼女が怒るのは青島のためなのか。
すみれから迸る気の強さが、どこか躍起になって誰にでも咬み付いて、戦った気になっていたかつての自分を彷彿とさせた。
自分はもうそこを越えてしまった。
越えられることが出来たのは、ただ一人の絶対神ともいうべき共鳴を知ったからだ。
教えてくれた男を、自分は未だこうして裏切り続けている。
裏切るだけなら、まだ耐えられる。
二度と命の危険に晒してしまいたくはない。
青島もすみれも、室井の傍にいてくれる奇跡に、室井は拳を強く握った。
「なら、君がアレを護るか?」
「正直手を焼いているんだけどね。でも、和久さんの秘蔵っ子だしね」
「大事なことを教えてくれた人だった」
「ええ」
自分とすみれは似た者同士なのかもしれない。
大切なものを見失い必死に足掻く様は、酷く身に覚えのあるもので、痛みすら伴って時に支配すらする。
だけど意地を張って雁字搦めになる。
きっとそれは、青島みたいな男には理解のし難いものだろう。
親しみすら込めた漆黒で見下ろせば、恐らく同じ空気を感じ取ったのだろう、すみれも、見上げていた。
見つめ合うそこに、痛みと照れも混じった温もりが零れ合う。
同じ色を持つ小さな彼女を、ただ愛おしいと思った。
初めて感情をぶつけてくれた彼女を、近いと思った。
室井は道端にも関わらず、思いのまますみれの細腕を引き寄せる。
小さく息を零し、暖かく華奢な躰が室井の腕の中にぶつかるように落ちてきた。
「室井さん・・っ、ちょっと!」
「少し、このままで」
「!」
骨格すら分かってしまう肩を引き寄せ、強張る躰を男の腕で制した。
縋るように抱く男を、すみれは抵抗もせず、大人しくしてくれた。
「なにこれ。謝罪のつもり?」
肩口ですみれが聞く。
すみれの吐息にくらりとなりながら、室井は腕の中に納まる甘い匂いをゆっくりと吸った。
緑がかる今どき珍しいストレートの黒髪が室井の頬に絡まる。
「青島にどやされるな」
「ここで、他の男の名前を持ち出すなんてデリカシーがないわ」
「女の名よりいいだろう」
それでもすみれは無理に室井の腕を解こうとはしなかった。
室井の中に潜む哀しみに濡れたものも通じ合ってしまうのだと思った。
きっと堪えていることはもうバレている。
ゆるりと腕の力を抜けば、すみれが室井の胸板に両手を付き、室井を見上げてくる。
ただ見つめ合った。
余計な言葉は何も出せなかった。
刹那、ガシャーンと、突如辺りの空気を切り裂くような音が走る。
ガラスが割れる音だ。
ハッと振り向けば、今さっきまで居た店の看板が倒れ、中から三人の男が揉み合いながら倒れ込んできた。
「青島くん!」
一瞬見ただけで、室井とすみれは状況を把握する。
一人は、この店の店主だ。さっきお礼を告げたばかり。もう一人は。
青島が店主を庇うように背中に隠しつつ、男の腕を掴んで間合いを取ろうとしている。
昼間捕まえた人物だと直ぐに分かった。
その男のすぐ後ろ、ニット帽を目深に被った男がもう一人いる。
青島もそれに気付いていて、室井とすみれに援護を頼むような仕草を見せた。
途端、その男が走り出した。
青島も跳ねるようにすぐさま後を追う。
「青島くん!あたしも!」
その後を追おうとして、すみれは室井に引き戻された。
「待つんだ、恩田くん!君はここに残れ!」
「でも!」
「青島に任せろ。君はここに残り、署に連絡を。酒が入っていることは最初に伝えろ。それでごねられたら、私の名前を出していい」
「室井さんは」
「恐らく広域捜査になる。本庁に戻って情報収集と態勢を整えて戻る」
「わ、わかった」
「現場保存と救護人の手当も頼む。青島が戻ったら、応援を頼んで君達も捜査本部に合流を」
「了解」
力強く頷いた彼女の小柄な背中が、少しだけ震えていることに室井は気付いた。
気丈な女だ。
3.
「だからぁ、肌が濃い目で・・口唇は薄めかなぁ・・細長い顔で」
「色や臭いについて気付いたことがあるならそれは後で聴取する。モンタージュにはまず物理的な形状を伝えろ」
「分かってますよ・・でもんなこと言っても一瞬で」
青島が腕を組んで唸る様子をすみれは背後でいたたまれず目を背ける。
すみれもまた見たのは一瞬で、青島より遠目だった。
自分も似顔絵を担当したことがあるから、青島の言い分では伝えきれていないことも分かっている。
双方の立場を分かっているから、すみれはやりきれない。
この状態はもうかれこれ二時間は続いていた。
「刑事なら見えていた筈だ」
「そうですけど、暗くて」
「言い訳はいい」
湾岸署内に特捜が設置され、既に多くの本店捜査員が会議室を出入りしていた。
事件発生から既に数時間。
確かに店を出る前からとっぷりと日は暮れていて、しかも店を出た頃には月末の金曜ということもあって街はごった返していた。
不利な現状の中で、青島の言う情報は精査され、何を伝えればいいかは熟知している上に
元営業マンの成せる技というか、人を観察する能力は秀でていて、すみれですら気付かない細かな癖や特徴を掴んでいた。
初見で人を見抜く力は天才的と言っていい。
だからこそ、聴取側も容赦がなくなる。
「輪郭は」
「これと言って特徴のある顔じゃないんだよなぁ・・帽子被ってて・・色は黒じゃなくて紺色っぽいの・・、だから髪型の特徴は掴めなくて」
「太さは」
「そんなとこまで見えないって・・女ならともかく・・、あ、でも前髪も見なかったから短髪かも・・」
動揺していることもあってか、それとも別の理由か、詳細を口にしながらも青島の発言はどこか要点を暈していた。
青島なら分かる筈という先入観と、青島なら無茶をしていいというキャリアの傲慢さで、先程から延々と取り調べが続く。
暴言すら含むその尋問に、青島の顔には疲れが浮かんでいた。
「鼻・・・鼻はそんな大きくなかった気がする・・、うん、首が長くて全体的にヒョロッとしてるわけよ」
だけど、青島が頑なにその任務をすみれに譲らないのは、すみれの心の傷を気にしてのことだろう。
犯人はストーカーをし暴行に及んでいた。
ならば絶対青島はすみれには交代しない。
「待って待って。ニット帽の上にフードも被ってたから額の大きさなんて目測も出来てないんだって」
「だが顔は見たんだろう」
「一瞬ね!」
「なら続けろ」
似顔絵捜査官の脇に立ち、腕組みをする本店キャリアが高圧的に命令を下すのは、完全に監視役だ。
「ちょっと!俺の能力過信しすぎじゃない!?」
「過信してほしければもう少し頼りになるところを見せて欲しいものだ」
「勝手言ってくれますね」
「捜査の基本だ。君の上司はそんなことも教えていないのか」
「あんたの上司こそだれ」
「フン、君はノンキャリの分際で我々キャリアにもそこそこ顔が利くらしいな。あの新城警視正とも知り合いだと聞いた」
「新城さん、知ってんの?うん、そっくり!!」
やかましいわと悪態をつくキャリアに、青島も負けじと舌を出す。
こういうところ、青島くんって全然変わってない。
愛嬌があって、一部の人間の素を曝け出させて怒りを買う反面、ぶつかって対立していくうちに懐の奥まで入り込んでしまう。
きっと、この中堅キャリアも数年後は青島くんとお酒でも飲んでいそう。
すみれはそっと後退った。
今は青島くんに任せておけばいい。室井さんもそう言った。握る拳が震えている。
背後ではまだ尋問が続く。
「次、髪の太さ!」
「見えねーです!」
「目の形は!」
「一重・・だと思う・・横長くて・・あ、君に似てるよ!」
「なんだと!」
「あ、そこ、もうちょっと濃くしてみて」
青島が、手前で描かれていく絵を覗き込む。
「そう、そんくらい、かな・・たぶん・・」
「じゃあ、眉の形は」
「見てないってぇ」
「反抗するな!」
一々口を挟むお目付け役に、青島は不満げな目線を送りながらも記憶を必死に辿っている様子に、固唾を飲んで見守る若手刑事たちも手元は止まっている。
本店キャリアが意地の悪い要求をしていることは誰の目にも明らかだった。
「ったく・・。えっと、ここ、頬はもう少しこけた感じにして、年齢を上げてみて」
「こうですか?」
「んん~・・、ちがうなぁ・・」
だがそれに食らいつき、応え続ける青島の背中をみんなが見つめている。
「服装について何か思い当たることは」
「今そっちが情報後にしろっつったんじゃん・・・。あ、でも、フードのジャンバー、アレは絶対ワークマン!」
「勝手なことは言うなよ。もし虚偽事実が発覚したら処分の対象にしてやるからな」
「んな無茶な」
「眉は太めだ」
青島が頭を抱え込んだ時、背後からかかった凛とした声に、一斉に視線が向けられた。
室井だった。
「どうして・・」
「眉の毛を逆立て、顔の形は卵型ではなくエラを張る感じに。顎ももっと削れ」
室井が青島の真後ろに庇うように立つ。
「青島の角度からは見えなかった筈だ。だが私の位置からは車のライトで一瞬だけ確認できた。夜は陰影が強く出がちで、造形もシャープになる」
「そうでした・・」
「中肉中背よりやや太めだと思われる。着用ジャンパーは私も見たことがある。恐らくワークマンで間違いない」
パンフレットを入手しろと怒号が飛ぶ。
「身長も夜間ということを考慮しろ。青島が報告したよりもやや高い筈だ。個人的には目より口の方が印象に残る顔だった」
会議室はしんと鎮まりかえっている。
室井の低い声が響いていた。
「以上から想定できる年齢は恐らくもう少し上になる。ホシが接触してきた、一気に詰めるぞ・・!」
威勢の良い返事を残し、捜査員たちが俄かに動き出し始める。
室井の指示で鉛筆を動かした似顔絵捜査官の動きを身を乗り出して覗き込んでいた青島が、似てきた!と呟いた。
ぱあっと顔を綻ばせ、背後の室井を見上げる。
室井も表情は変えずとも、視線を正面から受け止めた。
「よくあの一瞬でここまで覚えきった」
「その上を行ったあんたに言われたくないよ」
青島が勘で動き感性で掴み取る。それを室井が理論的に精査し情報として完成させる。
別々の記憶と知識が一つになっていく。
しっかりと息の合った連携プレーに、その場にいた誰もが口を挟むことは出来なかった。
4.
「室井さん、ありがと」
窓辺で微笑むすみれに、室井は帰り支度した足を止めた。
「礼を言われることじゃない」
「うん、でも、青島くん、助けてくれたから」
その言葉に室井は振り返る。
すみれがじっと室井を見つめていた。
黒く艶やかな瞳は、一度だけ抱き締めた感触を室井の手の平に蘇らせた。
「室井さんも、このまま本部に詰めるんでしょ。無理しないで」
「私は君を手に入れるには、どうしたらいい」
「・・・」
ふわっと風が吹き抜ける。
「欲張りなのね」
こくんと、すみれが小首を傾げた。
「とりあえず――またデートしてみる?」
「今度は二人でだ」
ふふふと笑うすみれに、室井は目尻を少しだけ眇め、踵を返した。
5.
湾岸署のエントランスを出た所で、今度は青島に呼び止められた。
このふたりは実のところよく似ている。
「もう行っちゃうんですか?」
「広域捜査になった」
「いつから見てたんです?助けるならもうちょっと早く助けてよ」
「丁度着いたところだった」
「俺、また足引っ張った?」
少し不安そうな聞き方は、恐らく店でのやり取りを踏まえてのことだろう。
「こっちも、もう少し早く情報を下ろしておくべきだった」
「んじゃ、これ、貸しにしといてあげます」
生意気な口に室井は逆に小さく笑って見せる。
その顔に驚いたように息を止め、青島もまた小さく笑って返した。
「今夜は一緒に酒を呑めて楽しかった」
「初めて飲みましたね、一緒に」
「そうだな、出会ってから随分と経つのに」
青島もまた、コートのポケットに手を突っ込んで、こてんと小首をかしげて見せた。
「誘ったら、また来ます?」
「是非誘ってくれ」
「すみれさんを落としたいの?」
「だとしたら、どうする」
二人の目が、夜の灯りの中でしっとりと重なりあった。
「好敵手」
「だな」
ニシシと笑う青島は、本当に嬉しそうだ。
同じ女を好きになるのも、青島となら、悪くない。でも、青島相手なら誰よりも身が引き締まる。
「譲るつもりないですけど」
「こっちもだ」
上目遣いに室井を探ってくる瞳は子供みたいで可笑しくなる。
「手強いよ彼女」
「君より知っているつもりだ。ここまで落とせなかったんだから」
「そりゃそうだ」
「君のおかげで一歩リード出来た」
「・・何したの」
「手の内を明かすわけないだろう」
顎を上げて自慢すれば、青島はそんなことはお見通しだとばかりに悪戯気に瞳を煌めかせた。
「大方デートに誘ったくらいでしょ。そんなナンパ方法じゃ今時誰も引っ掛からないですよ」
「言ったな?」
口唇を尖らせる室井を、青島は尚楽しそうに眺めていた。
「俺に勝てると思ってんですか?」
「傍にいる時間だけで恋が決まるのなら、君だってとっくに決着が着いているだろうから」
「つまり同じスタートラインってこと」
「ああ。同じだ」
「そっか」
見つめ合って、微笑み合う。
人の気配がした。
どこかで誰かが俺たちの様子を伺っている。
どうせ手を出せない距離を俺たちがお行儀よく護るならば、隙を見て浚って行こうって算段か。
「こうして話してると、まずいんじゃない?」
数メートルの距離を残したまま、室井と青島は向き合っていた。
その間を、日付が変わったばかりの冷たい夜風が吹き抜ける。
大丈夫?と青島の栗色の瞳が揺らめく。
まったく。いらぬ噂を警戒して、脅えさせてくれる。
だからつい、その優しさに甘えてしまう。どっぷりと浸かってこの毒が抜け出せなくなるまで。
恋を謳うなら心かき乱されるまで溺れたい。本気の青島とぶつかれるのも、自分だけだ。
「青島」
「はい?」
「君は、私が、好きか」
「なんてこと聞くんだ?」
室井は乱暴に青島の腕を引いた。
「一つだけ言っておく。本当の君を知ることを許されるのは、私だけだ。覚えておけ」
「!!」
至近距離で瞳の奥に刻み付けるように宣告する室井の顔は微塵も笑っていなかった。
室井は青島の反応を認めてから、今度こそ立ち去った。
後には骨抜きにされた青島が取り残される。
「なんちゅー・・、なんちゅー捨て台詞残していくんだ。あのひとは。ほんっと、何がしたいかわっかんね~」
happy end?

この三人での飲み会。私は何本書いたでしょうか。(長編入れたら数えきれん)
公式で一番見たかったシーンで、当時山のように書いていました。
室井さんも青島くんもすみれさん狙いと見せ掛けて、どちらもライバルにとって不足無し!とお互い思ってるという男の世界を書きたかった。
恋敵が他の男だったらここまでワクワクしない。
室井さんの青島くんへの執着は恋心と遜色ない強烈なもので、むしろ室井さんとしては両方を欲しがっている。
青島くんも室井さんへの尊敬の念は自覚済みで、向けられる熱情に悪い気はしていない。応えたいとすら思っている。
それと恋は別だよ!byあおしま
すみれさんは青島くん狙いなんだけど、室井さんにはシンパシーを感じている設定。
なので中途半端な関係のまま終わりましたが、結末は室すみでも青すみでも室青でも、どれでもありですね。
みなさまは誰と誰がくっつくのがお好みでしたか?
20230612