登場人物はふたりだけ。リクエスト作品でした。









JEALOUSY






「青島?」

エレベーターの到着を待つ僅かな間に、不意に声を掛けられた。
声の主は足音でもう分かっていたから、なんで来るんだと青島は舌打ちをする。
無視することも出来ず、うっとおしそうに首だけ向ければ、案の定、目敏いのか空気が読めないのか、こんな時だけ現れる室井がエレベーターホール手前で怪訝 そうな顔をしていた。

「来ていたのか」
「・・・・ええ。まあ」

そりゃそうだろう。なんで所轄の人間が霞が関にいるのかなんて、簡単に説明がつくものじゃない。
霞が関と言っても此処は本庁ではない。絢爛豪華な装飾が麗しい東京屈指のハイブランドホテルだ。
今、捜査の関係上、上階に捜査会議室を設けている。
こんな予算、所轄にゃぜーったい出しちゃくんない。
青島は素早く頭を切り替え、いつもの営業スマイルを張り付けると、片手に持っていたファイルを軽く降って掲げてみせた。

「どうした」
「・・こんちわ」
「ああ。・・・驚いた」
「今、一課の応援に来てんですよ」
「それは知らなかった」

言ってないですもん。
青島は数多の感情を煌めく瞳に閉じ込め、ただ友好的な笑みで返した。
その瞳にゴージャスなシャンデリアが反射する。

「これからどこへ」
「この書類にね、上の人のハンコが欲しいんだそうで」

室井は勝手に青島から受け取ったファイルを捲り、ざっと目を通すと、私でいいだろうと呟き、内ポケットから愛用の黒い印鑑を取り出した。
見たことあるそれは、金色の文様が刻まれる。

「これでいい」
「・・・ぇ、ぁ、ああ、どーも・・・」

突然用事が済んでしまった青島は、虚を突かれたまま、お辞儀を返す。
静かに頷く室井の律義な頭髪は一糸乱れない。いつだって他者を寄せ付けないその麗容を、時に気紛れのように試すのが好きだった。のに。

皺がれたエレベーターの到着音がランプを灯し、ホールに告げた。
顔も見ずにファイルを頭上に掲げて礼を伝えると、青島は長い足を扉へ向けた。
こんな場所じゃ長居も無用だし、危険だ。さっさとズラかろう。

「ぅああ?・・・ちょっ、なんなんですかっ」

猫のように飛び上がった青島には応えず、何故か室井もまた静かにエレベーターの奥へと進んでくる。
狼狽える青島とは真逆に、室井の深閑した気配は波打つこともなく、エレベーターの上座まで進み、静かに青島を待った。

「ぁ、ああ、乗るの・・。下ですけど。いいんですか?」
「ああ」
「何階?」
「君と同じだ」
「・・・・」

何で俺の行き先が分かるんだよ。
ヤケになっって青島はボタンを拳で押し、室井と同じく奥へと下がった。
右と左の端。無言のエレベーターは昇降音だけが聞こえる。空気は、妙に張り詰めて蒸し暑い。

「用はそれだけか」
「それだけですよ」

また無言となる。

「なんか、変じゃないかおまえ?」
「こんな本店連中の掃き溜めに来てまで、はしゃいだりしませんよ」
「そうだったか?」

不自然な会話が、また止まる。
すらりとした姿勢、丁寧に撫でつけられた頭髪、汗一つ掻かなそうな肌と鼻筋。
薄く男らしい口唇はしっかりと引き結ばれている。
笑み一つ浮かべないその鋼鉄の面の皮が緩むときなんて、俺に見せることはないんだろうけど。

黒地の三つ揃えを着込んだ室井の体臭まで嗅いでしまいそうな距離に、青島は視線だけ横を向かせた。

さっきから、ほんの五分も経ってない筈だ。
何食わぬ顔をして、お綺麗な態度で、威厳を漂わしている。
そう、まだ五分も経っていない。

***

ホテルの各部屋は扉を薄く開けていた。
忙しなく出入りする部下のため、いちいちオートロックを解除する手間を省くためだろう。

青島が見た時、他に人はいなかった。
沖田と室井が並び、何やら打ち合わせをしていた。
零れそうな笑みを浮かべて覗き込んでいるのは沖田の方で、元々感情表現が乏しい室井はそれに静かに頷くだけだ。
沖田さん、あんな顔するんだと思うのも束の間、今度は強気な意志の顔に変わる。
不服な表情を見せながらも、室井も即座に口を開き、二人が熱っぽく議論をしているのが隙間からでも分かった。その息の合った動きに最近の親密さが伺える。
だが長いというか深い付き合いになった青島には、室井の顔にだって好意的な感情が浮かんでいることぐらい察せた。

その時だった。
沖田がスッと室井に距離を詰め、手前から顔を近づけた。
それでも、目に睫毛が入ったとか、ゴミが付いていたとか、虫が飛んでいたとか、そんな子供だましの状況じゃないくらい、青島にも分かった。
それも、きっと、今回が初じゃない。不意を突かれて、とかでもない。
柔らかく重ねられた沖田の口唇を室井は薄く目を開けたまま受け止め、やがて軽く腰に腕を回した。
くいっと引き寄せると、沖田は顎を持ち上げ、背を退け反らせる。
うっとりと沖田が室井の首に両腕を回すことを、室井は眉間を深めそれを払い除ける。
親密過ぎない、上下関係もない、対等で探り合う男女の営みがそこにはあった。
簡単には開かない室井に、それでも沖田は楽しそうに微笑み、室井にもう一度キスを仕掛けていた。
くるりと踵を返して、青島はその場を後にした。

***

今の今まで、二人がそういう仲だったとは知らなかったけど、聞かせてももらっていない。
それでも、キャリア同士で会議中で、一線を越えた行動を取るのもどうなんだと、妙に理屈っぽいことも脳裏を巡る。
だって、見たのが俺じゃなかったらどーすんだよ?シゴトそっちのけで何してんだよ。ここホテルだしさ。後にはベッドもあるしさ。
妙な胸騒ぎにネクタイを緩めた。
キャリアだろ。そんなミスすんなよ。

ハッと気づくと、室井がじっと青島の目を見つめていた。
やばっと焦った心を隠して青島が髪をぐしゃぐしゃ掻き回す。

何で俺、こんなに動揺してんだ?たかが上司のラブシーンに。

平常心、平常心と言い聞かせ、青島は何気ない振りを装って、ただ早く着いてくれないかなと祈った。
それはより強く視線に阻まれた。

「何か、隠してないか?」

それはあんたの方でしょ。・・とは思うが口には出さない。

「何か」
「秘密主義だな」
「キャリアのあんたらには言われたくはないですけど。・・ってか室井さん、俺なんかに、きょーみあんの?」
「・・・そうだな」

何のためらいもなく、室井が言い切った。
びっくりして横を見れば、室井もまた青島と鏡像の如く反対側を向いていて、その表情は読み取れない。

「暇なんですね~・・・」
「本音を知りたいだけだ」
「言ったって、どうにかなることでもないでしょう?」
「なら、言わない、が」

あっさりと引き下がった男に、それはそれで腹が立った。
さっきまで、あんなふうに、女の腰引き寄せて肉欲に夢中だった癖に。

「・・・・勝手にすれば」
「君の口を割らせるには、もう一息か」

なにこのひと。
それでも少しは室井の意識が青島に向いているということに、苛立ちと焦燥が入り混じり、ざわざわする。
何かが悔しいし、何かが切なくて、何かが追い詰める。
胸苦しいまま青島は天井に視線を投げた。

「あ~・・、そーやって口説いてんすか?オンナ、とか」
「相手は選ぶ」
「それって――」

リアクションをしくじった、と気付き、青島は慌てて口を止めた。
どうだっていい。踏み込むべき領域じゃない。
敢えて口を噤んだのに、室井はまた静かに矛先を向けた。

「捜査の進展は聞いたか?」
「所轄の人間は雑用って、知ってるデショ」
「君なら首を突っ込むと思ったが」
「あんたに言われたくないですね」

なんだよ。急に熱心なふりしてさ。仕事に真剣じゃなかったのは、室井さんじゃないか。
そうやって媚び売っていれば俺が赦すとでも思ってるんだろうか。
赦す――そんな権利もないことは分かり切っている。歯を食いしばり青島は喉を引き締めた。
浅はかだ。そしてその程度で俺を懐柔できると思われているのも。点数稼ぎの相手違いだ。

「ごっこ遊びしている間に働き蜂が蜜を持ってくる。エリートキャリアってのはラクな商売ですね~」
「ごっこ?」
「だから、楽しそうだなって。沖田さんと~」

苛立ちのまま、青島は口走った。
もう、どうだっていいことだし。

「・・・成程。見ていたのか」
「隠さないんだぁ」
「それも、相手を選ぶ」
「俺に口止めしに来たわけ」
「君のメリットは?俺たちの信頼関係をわざわざ崩す波風を立てるメリットはあるか?」
「信頼関係ねぇ」

このひと今、俺たちって言ったよ、びっくり。

「沖田くんとは、仕事の話しかしていない」
「だぁからっ!そーゆーとこも含めてですよっ!俺が本店にいたら、俺が女だったら、俺がもっと力あったら。言いだしたらそれこそ切りがない!」
「・・・」
「こんなこと、考える自分もヤです」

ナニ白状しちゃってんの俺。
それでも、なぜか、室井に誤解されるのは嫌な気がした。
室井は青島に嘘も誤魔化しもするのに、それはなんて酸っぱく切ない一方通行なんだろう。
まったく損な役回りだ。

「逃げるのか?」
「逃げちゃおっかな~」

長い腕を頭上で組み、青島があ~あと背伸びをする。エレベーターはまだ目的地に着かない。
各階止まりかよ。
そして今日は厄日だ。

「最後まで責任を持て」
「責任取るのはそっちの仕事じゃん」
「俺のことは、おまえが責任取れ」
「・・・・」

予想外の返答に室井を横目で盗み見ると、今度は室井も青島を見つめていた。
しばし、じっと睨み合う。なんか、今の言い方変じゃなかったか?

「・・・、取っていいんすか?俺が責任取っちゃっていいの?」
「だからそう言ってるだろう」

エレベーターがここでようやく2階ホールに到着する。
音もなく開く扉をただ漫然と見つめ、厳かに漆黒の瞳に眉間を寄せた室井が口を開く。

「私を本気にさせたからだ」

そして室井は黒い背中を残像のように残し、先にさっさと出ていってしまった。

え。何?今の。
真っすぐで、逞しく、優雅な背中。
この背中に賭けたいと思った、あの階段。

ブーと太い音でブザーが鳴る。
ハッと我に返り、慌てて片手で閉まりかけた扉を抑え、青島は身体を挟み込んだ。
ショルダーバッグを挟み込まれながらも飛び出すと、もうそこには室井の姿はない。
あちこち視線を彷徨わせてみると、白の大理石で出来た中央階段を降りる黒い影があった。
見っつけやすい人だな!

「室井さん・・っ」

ホールに青島の声が響く。
ただ立っているだけなのに高貴なオーラを纏った室井がゆっくりと振り返った。

「遅い」
「!」

真っすぐ漆黒の瞳を向けた室井の顔に、憧憬する。
青島は口端を軽く持ち上げた。
こんな薄っぺらい理性など、もっと解けてしまえばいいと思う。ぐちゃぐちゃになって、蕩けて、腐ってしまえばいい。
これが、盲目的片道切符だとしても。

「説明しろよ」
「最初からそう言えばいい」

口唇を尖らせ、不貞腐れたままの顔を向けるが、室井は楽しそうに目を細めた。
まったく、こんなとこまで手のひらで弄ばれている感じだ。
でも、敵わない相手じゃなきゃ、物足りない。

「誰かの気配を感じた。まさか君だとは思わなかった」
「・・ぇ、人払い?」
「手っ取り早い」
「キャリアって・・・・」
「今回の事件は上層部もかなり注目している案件だ。このホテルもそうだ。金のかけようからもあからさまだろう。だから誰もが手土産を欲しがっている」
「それでよく俺んこと秘密主義って罵れましたね・・・」

つまり、内密な話をしている最中に、探りを入れてくる不審者に気付き、沖田と二人、予め決めておいたポーズを取ったというわけだ。
それにすっかりと騙された。
勿論、室井も沖田もその不審者が青島とまでは気付いていなかった。

「でもそれであんたの身を汚してたら意味なくない?」
「内向きで、身勝手で、卑屈で、欺瞞だ。そんな汚れた世界が君のいる場所だ。・・・ショックか?」
「ついでに理不尽。まるで真面目が馬鹿を見る」
「気に入らないか」
「ええ、とても」
「だから、戦うんだろ?」

大理石にシャンデリアのカナリア色が眩く映り、それが室井の黒生地のスーツを美に奏でる。
この人は政治の場で、今も戦い続けている。戦ってくれるひとだ。
諦めることはしない。俺が現場で正義を通すみたいに。

「これでも昔は潔癖に粋がっていた。だが結果を残すためには今は何でもする。叩いたら埃が出ないやつなどいない」
「・・・・」

室井が荘厳な声で前を向いていた顔を青島へと戻した。

「自分の信念に反しない範囲でだ」

意味深に漆黒の瞳を煌めかせる室井と大理石階段の途中で向かい合う。
そうだ。この目だ。この視線に俺は。あの日に。

「ふぅん・・・・、チョット、見直しました」
「君の目には私はどう映っているんだろうな」
「知りたいの」
「ああ」
「どう映りたいですか?」

室井が徐に青島の腕を引き寄せる。
長い首を傾け、室井が耳元に囁いた。

「どんなイメージを持とうと、全部塗り替えてやる」

君が知るのは、俺が見せる世界だけでいい。
きっと、室井はこれを告げに来たんだろうと思う。そして、室井もまた、青島に誤解されたままでは嫌だったのだ。
この瞳に魅入られ、地の果てまで付き合うと決めた。道連れでいい。窒息したっていい。
強気で強引で、少し傲慢なその口唇に、見惚れて、その瞳の奥に潜む狂気に気付く。
・・・そゆこと。

「俺がどこまで見たか、探りに来ただけじゃないんでしょ?」

はっきりと指摘してやれば、初めて室井の視線に彷徨いが浮かんだ。

「ばっればれ。あんたが俺を騙すのも、百年早いですよ」

室井は少し考えるように瞼を伏せ、それから、参ったなと悟った目を、青島に向ける。
そこまで白状したつもりはなかったのだろう。
覚悟を決めた大人の男って、なんか、色気あって、清廉だ。
身勝手で、だけど貴い。

「で、まず、どうします?」
「どう、とは?」
「この先のハナシ」
「・・・」
「多少の埃はいいんでしょ?室井さんが手ぇ繋いで歩きたいって言ったら歩いてあげてもいいですし、室井さんが飲んだくれて潰れても責任もって介抱してあげ ますし」
「・・・」
「室井さんがどぉ~しても一緒がいいっていうなら引越しだって考えますし」
「これは返事なのか?」
「室井さんが、一緒に秋田に行きたいって言うなら真下脅して一緒に行きますし、結婚式挙げたいっていうなら恥ずかしいけど一緒に紋付袴でもタキシードでも 着てあげますし」
「・・・」
「共白髪まで隣にいろってんなら、まあ、万が一ハゲても許してもらって」

一気に言い切ったら、室井が拳で口許を覆い、視線をずらした。
その頬が少しだけ赤らんでいるようにも見受けられ、青島はなんか泣きたい気にすらなった。

「どおです?」
「君は、悪魔か?」

視線だけ斜め上を見て、青島が、さあね、と肩を竦めた。
それから、今度は青島が室井に耳打ちする。

「じゃ、もう余計なこと考えられなくしてくださいよ。全部、奪ってけよ。全部、壊して、そしたら、俺」

言えたのはそこまでで、後は室井の強引な口唇に呑み込まれた。










happy end 

index

メルフォから碧子さまより「責任はおまえが取れ」なんていう萌えネタをいただき、レナさまより青島くんの嫉妬話のリクエストを 頂き、出来たお話です。ありがとうございました!

20200824