登場人物はふたりだけ。付き合っている二人のお話。広島に飛びました。
君の涙にキスをした
顎を上げて、新城が目を細めた。
「あの人でも、好きとか言うのか」
「ご想像におまかせしまぁす」
「愛してるなんて囁かれたことは?」
「・・・知らないっての」
「ふん、ベッドの中じゃ反撃も出来ないか」
青島がむっつりとすると、新城は心底満足そうな顔をした。
「浮気の条件は揃ったな。検討を祈る」
「ご忠告、どうも」
ベッと舌を出した青島を鼻で笑って、新城は去って行った。
*****
「あっ、居た!こんにちわっ」
室井の挨拶すら遮って、青島は単刀直入に宣言した。
いつものアーミーコートに両手を突っ込み、首を傾げて満面の笑みで目の前の男を見る。
変な顔をした室井だが、青島を邪険にする男ではないし、堅苦しい日常会話しか持たない唐変木であることは今更なので、気にはしない。
「君はいつも突然だな」
「あんたもね」
室井が広島に飛ばされて、二週間が経っていた。
事前連絡も承諾も無しに押し掛けたのだから、いるかいないかすら分からないのに訪ねてきた青島の行動力は、確かに意表をついている。
ここは東京ですらない。
だが室井も、困惑こそ覗かせるものの、入れ、と小さく促す仕草に、こうなることは分かっていたようにも見えた。
「座る場所くらいしかないぞ」
「じゃ~労働力にはなれますかね?」
暗に引越し作業を手伝うと言えば、室井は伏せた瞼で小さく笑むだけで、珈琲サーバを楚々と準備し始めた。
そのミル付きコーヒーメーカーは、以前青島が室井の誕生日に新調したものだ。
使い込まれているそれを見て、青島はただ目を細めた。
「忙しくしてんだ?」
「まぁ、そうだな。引継ぎやら残務処理やら色々やることはあったな・・」
部屋をぐるりと見回せば、まだ引越し用の段ボールが山積みとなっていて、その隙間を縫うようにスーツだけが掛けられている。
錆び付いたステンレスの台所。木製扉のトイレ。東京にいた時より一回り小さい冷蔵庫。一応キャリア用住戸なのだろうが、築年数は相当経っている。
こじんまりとした内装で、恐らく隣室のテレビの音も夜は響くだろう。
小さな居住空間の、そこかしこまで荷物で埋まっているのだろうことは、タオルなどの日用品が段ボールの上に重ねられて纏められていることでも察せられた。
窓際にあるソファの端にちょこんと座り、コートも脱がずに青島はバッグだけ下ろす。
官舎よりも狭くなったそこに室井がいる風景は、どこか質素だった。
重ねられた段ボールは室井の背丈ほどにもなり、それだけで足の踏み場も与えず、くつろぎの空間とは言い難く
片田舎出身だと言っていた室井の朴訥さを表しているようでもあった。
それはどこか青島と知り合った記憶を削いだ室井のようですらあり、青島を心細くさせる。
元々室井はエリートだ。
地方転勤を念頭に入れた私生活は、荷物も極力持たない主義だった。
それでも、ここは東京とはあまりに違っていた。
カーテンもない窓が開かれ、凍えた空気とザラついた強い夕陽が剥き出しのフローリングを鈍く反射する。
なんとなく見ているのも悪い気がして、青島は視線を室井に戻した。
ラフなシャツを羽織り、チノパンを履いているだけの恰好は久方ぶりに見る気がした。
短めに刈り込まれた前髪も垂れ、男らしい胸元から覗く肌にくすんだ橙の西日が射す。
「今日は休み?」
「知ってたんじゃないのか」
室井が足元の段ボールを一つ開封し、マグカップを探し出す。
まだ食器類もほとんど取り出されていないようだった。
会話はまたそこで途切れた。
頭の中で新城には舌を出す。しかし、苦笑いするには空気は堅かった。
そもそも青島が気になっているのは最初からそこじゃない。
なんとなく気まずいような、よそよそしい空気が二人の間に流れ、どちらからともなく、会話を避けていた。
それは以前の二人にはなかったことで、改めて二人の間に頓挫している問題の大きさについて、青島は噛み締めた。
でも。
焙煎したての珈琲の優雅で甘い香りが漂ってくる。
これは、室井が好んでいる豆だ。何度も一緒に飲んで来たからこそ、いつもの豆だと青島には分かった。
マグカップを二つ持ち、やっぱり何も言わずに室井が青島へと近づく。足音もない品性の高い所作。
普段から無口な男だったが、間近で見るやつれたような顔には、精彩もないことは明白だった。
それを青島はソファに座ったまま上目づかいでじっと見上げる。
淹れ立ての珈琲を差し出され、受け取ると同時に、もう青島は単刀直入に口を開いた。
「何で何も言わずに行っちゃうんですか?」
「・・・・」
隣に座ることはせず、立ったままキッチンラックに腰を預け、珈琲を一口啜る室井は、湯気の向こうで静かに瞼を落とした。
「やっぱり君は、突然だな」
「社交辞令が必要な仲でしたっけ」
「それもそうか・・」
気まずい沈黙が支配する。
その沈黙が、青島には全ての答えのように思えた。
例え、普段から口下手で気の利いたことを言えない男であっても、それを良く知っていたつもりであっても
言葉を持たない室井が、今の全てのような気がした。
ぎゅっと、青島の丸い指がマグカップを強く握る。
幾何学模様の描かれたマグカップは、二人で骨董市に行った時に気紛れで買った、つがいだ。
在りし日の幸せが嫌味のように所々散りばめられた部屋で、室井の深い眼差しは何を映していたのだろう。
吐き出すように呟く青島の声は、思ったより掠れたものとなった。
「俺、来ちゃだめでした?」
先延ばしにすれば、更に言えなくなる。きっと。
そう思って絞りしだした声だったが、堅苦しい顔のまま室井が零す重い息に、目尻に痛みを乗せた青島すらもまた、その場に硬直させた。
否定も肯定もない沈黙は、やはり歓迎などされておらず、口唇を噛み締める。
以前美幌に経たれた時だって、そうだった。
肌を合わせれば烈しく青島を求める癖に、愛の言葉ひとつ持たない男へ縋る惨めさは、青島をただ寂寞に貶める。
困ったように室井を見つめる青島に、室井のやるせない目尻が少しだけ下がった。
「一人で行っちゃいたかった?」
「辞令が下ったからだ」
突き放すような物言いに、青島の胸が軋んだ。
その一言で、もう、その先の言葉なんか、みんな吹き飛んだ。
室井もまた、床に落とした視線を隠そうともせず、息遣いさえ聞こえさせない。
この胸に渦巻くドロドロとした感情は何なんだろう。
悔しさ、もどかしさ、苛立ち、悲しみ。どれも正しいようで、どれも違った。
ただ、室井が何かを終わらせようとしていることは、分かった。それが無性に悲しかった。
こんな決断をした室井も、こんな決断を室井にさせた運命にも。
「帰ったほうがいい、なら・・・」
珈琲を見つめながら絞り出すように切り出す青島に、微かな夕刻を告げるチャイムの音が間に入る。
憐れむ自分が、また哀しい。自分が室井に向ける感情は、そんな類じゃない筈だった。
肩で息を吐く室井のマグカップをコトンと置く音が、室井のタイミングを伝えた。
「驚かせたか?」
「・・・ぇ?ぁ、ああ、ええ、まあ」
「軽蔑、するか?」
「・・・何やってんの、とは思いましたけど・・・」
口を濁す青島の声に、嫌悪や侮蔑などの否定的な感情はなく、それだけは室井をほっとさせたらしかった。
ゆっくりと顔を向ければ、今度は室井が真っすぐに青島を見ていた。
どきんと青島の心臓が跳ねる。
真正面から二人の視線が絡み合い、揃って押し黙る。
かなり老けたなと思った。げっそりした様子は室井の疲労度を物語っている。
ややして、先に青島の眉が悲哀に歪んだ。
「ああぁもぉぉっ!室井さんっ、ちょっとそこ、座ってっ!」
ぐしゃぐしゃと柔らかな髪を掻き毟り、青島が自分の目の前を指差した。
膝元を何度も指す青島に、びっくりした様子の室井がカップを置いた。
ちょっと考え、室井がそれに従う。
黙ったまま正座し、青島の前へと向かい合った。
「いよいよ俺は振られるのか?」
「んだよそれっ」
青島から発する悲愴な雰囲気に、室井が眉間を寄せた。
「室井さんが、そうしたいんですか」
「・・・」
「したいの」
何もかも裏切って、悟り切った果てにまだ続く世界を知って、疲れた男の瞳の深さを見て、青島が小さく眉間を歪める。
室井が終わらせたいのは、何なのか。どうして俺たちはこんなになってしまったのか。
「俺にその誘いに頷けっていうの」
「・・・・」
「自分だけ汚点を被るわけ。そんで、俺がその引き金?」
「君の中で俺がどんなに綺麗な存在かは知らないが、神聖化されても困る。こっちは普通の男だ」
「フツーの男ならフツーにオンナ抱けば」
「君がそれを勧めるのであれば」
「っ」
不安にも似た焦燥は、日増しに大きくなって、青島の中では自分では手のつけようのないほど膨れ上がっている。
こうして離れてしまってからは、より強く。
何も言われないことが、どれだけ辛いか、室井は知らないんだろう。恋は一人じゃできないのだ。
「来るんじゃなかった」
絞り出したようなその声に、ここにきてようやく室井が真正面から青島を覗き込んだ。
陽気なふりしてこんな遠方まで訪ねてきても、青島にとってもそれは一大決心であり、かなりの勇気が行ったのだということを、その口ぶりで室井に分からせ た。
きっと、唐突に告白したのは、唐突でなければ何も言えずに終わるだろうと思ったからだ。青島の判断じゃない、室井のためにだ。
いつだって、室井の中に風を起こすのも、激情の嵐に巻き込むのも、青島だった。――そして、今も。
「青島」
膝を立てた青島の長い足が、美麗な影を纏って室井の前で艶冶に伸びている。
その上に肘を乗せた青島の丸っこくて幼い指先が、もどかしそうにマグカップをきつく握っていた。
「隣、座っていいか」
「・・・勝手にすれば」
室井の体重で、ソファは軽くたわんだ。
この部屋にある唯一の生活感あるソファに、30cmの距離を残し腰を下ろした室井は、ただまっすぐに青島を見つめた。
ややして、その視線に気付いた青島も顔を向ける。
より太陽が傾いた部屋で二人の視線はしっかりと絡み合った。
陰影が強くなったその部屋で、青島の顔は哀傷に歪み、縋るように室井を睨む。
青島の艶めいた瞳に夕陽が反射し、恐ろしく悚然とした、怖気立つものを含む。
そこに、艶麗な光が流れた。
それが涙なのか怒りなのかは、室井には悟らせない。
悟らせてなんか、やるもんか。
泣き出しそうな、喚きだしそうな、何とも言い難い顔をして、口許をきゅっと結び、睨む顔を満足に作ることも出来ずに、室井に委ねるように見つめる青島の瞳 に
室井もまた黙って視線を受け止めた。
長い長い時間が二人を隔ててしまった。
辛酸な事件は、こうも簡単に二人の関係を脆くする。
幾度も、幾度も。
切り離されて、引き裂かれて、それでも生まれる新たな痛みは、どこからくるのだろう。
吸い込まれるまま、室井が身体を傾けた。
青島も逃げることも避けることもせず、ただ室井をじっと見つめ、その影が近づくのを待つ。
拒絶するような表情に、潤んだ瞳のギャップが室井を虜にし、その胸を締め付ける。
相反する表情が、青島の全ての心情を映し出していた。
室井が静かに顔を傾ければ、青島は軽く伏目となって顎を持ち上げた。
影が一つとなって、交じり合い、夕暮れと融合する。
遠くに走るバイクの音、一羽のカラスの声。
静寂を破らない。
伝え合う熱だけが確かな温もりとなって、二人は黙ったまま口唇を何度も触れ合わせた。
青島の濡れた睫毛が震え、水音が寂れた部屋にそぐわない濃密な情熱を教え、耳から甘く蕩けさせる。
「迎えに行く。必ず」
それは、紛れもない室井の宣戦布告であった。
室井の手がゆっくりと持ち上げられ、青島の髪に挿し込まれる。
角度を変え、決意を伝えるように室井の口付けが徐々に深くなる。
吸い付くように室井はその赤い口唇を何度も何度も塞いでは吐息ごと飲み込み、形のない何かを確かめていく。
「俺、待つの、性に合わない・・・」
どこか拗ねた声音だった。
微苦笑した室井の手が、そっと青島の頬に添えられる。キスから解放し、優しく撫ぜるように這い、耳朶を囲んで青島の顔を固定した。
「まいったな・・・浚ってしまいたくなる」
何もかも失って、何もなくなった男に、やはり残されたのは、青島だった。
むしろ、青島だけは残ってくれと、祈るように禊をした。
青島だけは失えない、そんな、戦いの一か月だった。
そして天から与えたられたように、今、この瞬間、青島がこの腕の中にいた。
感謝とも歓喜とも発奮とも取れない感情は、今になってじわじわと室井の中から湧き出し、満ち溢れ、本当に青島だけは失わずに済んだのだと、室井は今、確か に実感する。
「俺に、迎えに行く、資格なんて、今も・・・」
きっとない。
途切れた言葉が室井の本音を青島に告げる。
それでも、自分は確かに、帰ってきたのだ。
沸々と漲る激昂はその腕に漲り、次の瞬間、室井は衝動に逆らわず、青島の背を強く抱き寄せた。
「君に・・ッ、君を失くさない戦いをしようと・・ッ」
「っ、知って、ます」
「だからッ、俺は立ち止まるわけにはいかなかった・・!引き返すわけにも・・ッ」
「ええ」
「だが俺は、間違えた・・ッ」
「・・、そーでもないんじゃない」
「ッ」
「あそこで捜査続けなかったら見限ってます」
きつすぎる室井の抱擁の中で、青島が息苦しそうに身動ぎするが、それを室井が男の力で縫い留める。
「君に釣り合う男には、なれなかった・・ッ」
「泣いた?」
「・・地の底まで・・落ちぶれた・・ッ、誰もッ、味方じゃなかったッ、たった一人だけで・・ッ」
「辞表懸けて戦ったの、俺はかっこいいって思いましたけどね」
「・・・」
いっそ、青島すら見えていなかったかのように、溢れ出る独白に忘我していた室井だったが、ここにきて青島の相槌が妙にリアルであることに気付いたらしい。
青島の背を折れんばかりに抱き寄せていた室井の腕が緩められ、ふと、我に返り室井が首を捻る。
「君は――どこまで知っている」
「・・・ここへ来る前、新城さんが色々教えてくれました。よけーなことまでそりゃもぉ」
「・・・・」
新城か。
きっと、ここへ青島を寄越したのも、新城の采配なのだろう。
何から何まで、本当にお節介な男だ。
改めて思えば青島がどんなに室井を信じていても、こうして訊ねてくることは出来ない男だった。
青島は室井のためならば、その身を消すことさえ厭わない。一切の沈黙を貫くことで室井の矜持を護ってくれていた。
その青島が、ここにいる。
自分の努力を知っている男が一人、ここにいた。
今更ながらにそんなことに気付いた室井が、そっと顔を持ち上げる。
「そう言えば君も、手帳を投げつけたクチだったな・・」
「俺、軟弱なオトコにはキョーミありませんから」
ウっと詰まった室井の目が彷徨って、あちこちに彷徨った後、青島の揶揄っているような瞳に気付き、ムッとした顔に変わる。
刹那、室井が青島の腕を引き寄せた。
バランスを崩させると同時に、体重をかける。
「うわ・・っ」
「どうだ!」
「どうって・・・」
床に押し倒され、馬乗りとなった室井に、青島は呆れ顔を向けた。
「君こそ、ちっとも成長していない」
「恋人の部屋に来て、何を警戒しろってんだ」
「君のその適当なやり口に、いつも俺は騙される」
「そしたらこうなったわけだ?」
自分を組み敷いている男に、にやにやと青島が楽し気な視線を送る。
もういっそ、囚われてもいい気に室井がさせられるのは、こんな時だ。
それを青島も分かっていて、その眼に愛おしそうな色が浮かぶ。
「君こそ、何しに来た」
「室井さんがしょげてるかと思ってさ」
「別にしょげてない」
「ふーん?」
「負け犬の顔を拝みに来たのか。残念だったな?」
「新城さんにそそのかされた」
「泣きそうな顔をしていた」
「うっさいよ」
コツンと青島の額を室井の拳が小突く。
「頼りにしてないと思ってるのか?俺が、君を?」
「・・たっ、イタイよ、室井さん」
「怖かったのか?」
「もういいでしょ、その話は」
照れ臭そうにむくれる青島に、室井は成熟した瞳を和らげた。
床に倒した青島に重なるように室井が青島の目尻に浮かんだ滴を舐めとり、耳元へと滑らせ、肩に顔を埋める。
さらりとした肌の感触と、柔らかい髪がくすぐったい。
「すまない・・・怖かったのは、こっちだ、な・・」
呻くように白状した室井の頬に、すり寄るように青島が頬を擦り付けた。
愛の言葉一つ言ったことのない男の、最後の矜持が冷えたこの部屋に切なく過ぎる。
「あんたン中、俺でいっぱいだ」
「勘弁してほしいくらいだ」
「俺はあんたが50でも60でも付き合う自信があるけどね」
堂々と青島が言い切ると、室井はそれでも小さく笑ったようで、くぐもった笑いが青島の髪を揺らした。
縫い付けていた青島の指に五指を絡め、室井にしっかりと手を握られる。
「ちゃんと、寝てます?」
「・・ああ」
「休まないと」
「ずっと、触れたかった」
「あんたが勝手に一人で行っちゃうんじゃん」
「君のためを思った」
「情けないを通り越して、ださい」
「減らず口はこの口か」
がばりと顔を擡げた室井が、青島の片手だけを解放し、青島の柔らかいほっぺを摘まみ上げた。
むぎゅーっと引っ張るほどに、いたいいたいと青島が根を上げる。
「喘がせてやろうか」
「そのつもりで来たもん」
「・・・だが、まだベッドがない」
「綺麗なシーツの上でしかセックスしたことないわけだ」
「ッ」
露骨な煽り文句に、今日初めて、室井の瞳に火が灯る。
嫌がる青島の手首を掴み上げ、床に縫い付けると、その両脚も開いて身体で押さえ付けた。
「ほんと・・・口の減らない・・」
「そんなオトコが好きなんでしょ?」
「縛るぞ」
「浮気、したくせに」
「いつの話を持ち出すんだ」
「人生投げうっちゃうなんて、室井さんも隅におけないねー」
「妬いてるのか」
「妬かせたいの」
「そうだな」
「趣味わる」
「ここにもう一人、俺の人生を掻っ攫った男がいるが?」
焦りも不安もある。格好の良い言葉も言えない。
それでも、最後に青島が手の中に残るのであれば、室井にとっては最高の褒美である。
今やっと、あの事件が終わったのだと室井は感じた。
青島にとっても、室井が戦い続けてくれるのであれば、それは目標であり自慢なのだ。でもそれは、まだ室井しか知らないことだ。
自分の下で不貞腐れる青島が愛しくて、室井は喚きだしたい気分を必死で呑み込んだ。
「もう一度、何度でも、気持ちを聞かせてくれ」
そうでないと、室井は何度でも迷う。青島が室井の道標だ。
「やだね」
見つめる目が僅かに細められ、微笑んだ青島の顔は美しかった。
「おまえ、いつまでこっちにいるんだ?」
「帰りの切符は室井さんに用意させろって。新城さんが」
「・・・つまり、帰るタイミングはこちらで決めて良いということか」
「え、そおゆう話なのこれ?」
青島の両手を床に縫い付けたままの態勢で、室井が僅かに目を眇めた。
その雄の色香を仄めかす微笑に、青島が小さく息を呑む。
「・・・どれだけ飢えていたと思っている」
見つめ合ったのは一瞬で、室井は顔を傾け青島に顔を近づけた。
誘うように薄く開かれた花びらのような膨らみに、上から重ねてしっかりと奪う。
「・・室井、さん・・、手、離して・・・」
「・・厭だ」
「んん・・、・・ふ・・・ぅ・・」
床に両手を広げて縫い付けられたまま、舌を忍ばせ掬うように強めに吸い上げられれば、青島の吐息は甘い色が混じる。
脚を身じろがせられ、青島は顎を反らした。
「んぅっ・・、おれ・・っ、にも、触らせてください・・・」
「だめだ・・・」
「ん、・・はぁ、・・すきって、言ってみなよ・・・」
「おまえが言え」
室井の覚悟は知っている。青島の覚悟を室井も知っている。
だからこそ二人には愛の言葉はいらない。
それでもたまには、聞きたい夜もある。
「隣、聞かれない・・?」
「聞こえるかもな・・」
「ん、ばか・・・、ヤですよ・・」
「止まれないな」
「・・んぁ、・・どうすんの・・・ふ・・ぅ、うん・・っ、」
甘ったるいキスの余韻が躰の裡から痺れさせ、溺愛されてドロドロに蕩けていく淫靡な変化を久しぶりに青島の躰に思い出させた。
ほんのりと赤らむ頬で背を反らせば、室井の目が柔らかに眇められる。
上擦る声がますます室井を夢中にさせる。
降参でも負けでもいい。今夜はきっと眠れるだろう。明日は腹も空くだろう。そうしてまたここから一歩踏み出せるだろう。
「ここに、いてほしい」
「あんた、捨てるつもりだったろ・・」
「本当に、そう思うか?」
「・・・次、邪魔になったら、捨ててください・・・」
「放せない。放してやれない・・・すまない」
「っ」
「君を、愛している」
愛しているんだ、と懇願するように室井が青島の首筋を舐め上げきつく吸い上げる。
小さく息を殺した青島の瞳に、やつれながらも凛として真剣な顔をした室井が映り込んだ。
「君が、こんな男でいいなら俺は」
「俺もね・・たぶん、あなたが想うように想ってる・・」
「・・・本当に」
「すきだよ」
「・・・・」
「ちゃんと、好きですよ。今も」
「・・・、情けねなぁ、こんで言うか、おめだば」
室井にしては乱雑な言葉は、青島の笑いを誘い、その吐息はすぐに熱を孕むものに変えられた。
遠き雪の地まで追いかけてくれる愛おしさと可愛さに、とうにメロメロだったと室井が自覚する。
この夜、床の上で執拗に抱かれた青島が背中が痛いと拗ねるのは明日の話であって、今はただ久しぶりに逢えた広島の夜が更けていった。
happy end

遠恋室青。青島くんに見損なわれたと思ってびくつく室井さんと距離を感じて萎縮しちゃう青島くん
20190703