登場人物は新城さんと青島くん。ちょっとだけ室井さん。室青ベースで新青。
触れた温もりを、愛してた
「どおです?少しはラクになれました?」
「――・・・」
熱に朦朧とした赤らむ目で、新城が恨めし気に青島を見上げる。
甘い童顔の顔が親し気に見つめ返してきて、仄かな煙草の匂いを混ぜた。
新城の汗ばんだその顔は、ただ苦悶に歪むだけだった。
言葉を挟まず、乾いたその口許から洩れる早い呼吸に柔らかく微苦笑を残し、青島は新城の額に冷やしたタオルをそっと宛がった。
***
青島のケータイに新城から連絡が入ったのは、丁度最後の聞き込みを終えた時だった。
珍しい人から連絡来たなと思った青島が、それでも掛け直して出てみると、何とも力のない掠れた声が、耳を疑うような言葉を電波に乗せたのだ。
『・・・もう・・・だめだ・・・』
『え、え、ちょっと、新城さんっっ?新城さんだよね?!どうし・・ッ』
その足で駆けつけた青島が目にした光景は、きっと誰もが信じないだろう。
夕闇の中、不自然に開いた扉の前に、玄関に向かおうとして台所にうつ伏せで倒れている新城の姿があった。
悲惨な現場に踏み込むことも多い刑事の青島でも、流石に狼狽した。
知っている人の殺人現場なんて、見たくもない。
***
力のない手付きで新城は自分の額に乗せられたままの青島の手首を掴む。
思ったより容易く触れられたそれは、思ったよりもふわふわしていて、それすら新城に不満を覚えさせる。
「じゃま、だ・・・」
「こんだけ熱、あるくせに」
「ただの気疲れだ」
「よく言う」
「くそう、なんでお前なんかに‥‥」
「そりゃ、あんたが俺に電話してきたからでしょ」
荒い息の奥で、新城が喉を唸らせる。
そんな些細な抵抗にも、青島は小首を傾げるだけで、優しく新城の汗を拭ってくれた。
ベッドの脇に腰を下ろすことで傍に居るという意思を動作で示してくる。
「馬鹿にしないのか」
「金輪際こんな風に脅かすのは止めてくれるんならね」
なんか飲む?という仕草を青島がして見せる。
新城はそれにも抵抗する体力も気力もなく、力なく頷いた。
するりと離れていった手の体温に、束の間の大気の冷たさが妙に指先をじんじんと意識させた。
じっとその指先を見つめていると、ゆっくりとパウチのアクエリアスを青島が口許に運んでくる。
部屋は空調も何もつけておらず、静かだ。
しんとした空気が妙に肌に纏わりついた。
新城が薄っすらと開いた口で吸い上げると、甘い液体が喉越し良く身体を潤していった。
それを見越したかのように嬉しそうにくりくりの目を細める青島に、なんだが悔しい気持ちも切ない気持ちも湧く。
甘えたな気持ちにも似た不思議な感覚に戸惑いを覚えながらも、それを認めるのも癪で新城は顔を曇らせた。
所轄の人間に世話になることも、頼ることも、想像したことだってなかったというのに。
突然の呼び出しにも関わらず、見捨てることもせず、文句を零すこともせず、何故こんな得にもならない世話を青島は続けているのだろう。
これではまるで。
「んもぅ。そんな毛嫌いすんなら、なんで俺なんかに電話したんですか・・・」
「貴様の名前が青島だからだ・・」
「はい?」
「アドレス帳の一番上にあるのがいけない・・・」
ぷっと 青島が吹き出せば、それでも気丈に新城はそっぽを向いた。
不本意だという本音を全身から漂わせるのが精一杯だった。
熱は高いらしく、さっき測ってもらった時には39度だったらしい。
腹は減っている。
「それが理由かよ、もぉ」
隣では青島が大して気にした風でもなく、嬉々として頬杖をついている。
その魂胆は想像できた。
こんな時にでも頼ることをしない男を、青島はもう一人、知っている筈だった。
それはでも、その相手を信頼してないという事実と紙一重であることを知ることはないのだとも分かっているのだろう。
意地ばかり張って、戦い抜く生き方を選んだキャリアという種族は、実にやっかいな生き物だ。
「んなの履歴からかけりゃーいいでしょー?」
「私は履歴も痕跡も残さない男だ」
「そーなの!?」
「隙を残すヘマはしない」
「はいはい」
寂しい生き方だなと思う一方で、そこまで人生を懸けてくる男の生き様を、青島にとっては少しの羨望も与えているのであろうことは
新城もまた何となく感じ取っていた。
きっと、そんな風に思わせたのは、自分ではなくもう一人の親密なキャリアのせいだとは分かっている。
横目で青島の顔を窺っていると、青島がどうしたの?というような目で覗き込んでくる。
こうして二人きりでいることは、初めてだった。
ちょっと前までは知らなかった相手だ。
吐息のような息遣いと、触れられそうな甘い口唇が官能的に新城の視界にある。
そこに潜むのは、一握りの優越感に他ならない。
他の誰も介入しない、室井すら除外できる、二人だけの時間も、確かに自分たちの間には存在した。
それは、今となってはどういう価値と意味を齎すのかは、分からない。
それでも、初めて暮れの湾岸署で青島と出会ったあの年、鏡恭一にらしからぬ意地を見せてしまった不本意な事実もまた
新城にとっては、青島との特別な時間には変わりなかった。
あんな風な馬鹿げた感覚を、自分だってもう少しだけ知ってみても、悪くはなかったのに。
あんな風に感情的な行為にそそのかされたことも、今となっては胸の奥をむず痒く擽る新城の一部だった。
なんと美しく麗しい出会いだったのだろう。
やはり、それだけは揺るぎない。
変わらぬ事実として、今も新城の内に眠る。
意味なく見つめ合う形となり、新城は青島の手首に指を絡ませる。
意志を乗せた瞳でただ強く青島を仰いだ。
少しだけ驚いた色を見せた青島もまた、目を反らすことはなかった。
この甘い栗色の瞳に、映りたいと思った人間は、一体どのくらいいるというんだ。
抵抗もせず、捕まれたままのその腕に、新城はゆっくりと指先に力を入れる。
青島が引き寄せられるままに、近づき、甘い石鹸の香りが強くなる。
熱のせいか、この予期せぬ空間のせいか、酩酊感すら覚えるままに新城はその手を最後まで容赦なく手繰り寄せた。
息を呑み、ふわっと髪を躍らせた青島も、そのまま新城の次の言葉を待つ。
驚いた飴色の瞳が、甘く新城を映し込んでいる。
至近距離にある瞳。
吸い寄せられるように、新城が伏目となり、傾けた頭がお互いの吐息を近づけさせる。
薄っすら口を開きかけた、その時、玄関の呼び鈴が古風な音を上げた。
こんな時に誰だ。
「おいかえしてこい」
「ん?あ、たぶん、室井さんだから」
なんだって?
案の定、応答もしていないのに勝手に玄関は開けられ、誰かが部屋へと勝手に侵入してきた音がした。
黒づくめの黒い物体。
玲瓏な所作で閉まる扉。
本当に室井だった。
「様子はどうだ」
「えっと・・・、落ち着いてますけど、熱、高いです。脱水とかやばかったと思うんですけど、発見が早かったのが良かったみたいで」
「そうか。世話を掛けたな」
室井がコンビニの袋から、ペットボトルの水だのレトルトだのを開けて見せ、青島に手渡す。
「あ、ありがとございます。この部屋、なーんもなくって」
「だろうと思った。確か新城はここ一か月委員会と特捜を掛け持っていた筈だ」
「これ、過労じゃないの」
「鬼の霍乱ってやつだろ」
好き勝手なことを言い合い話を進めていく二人に、新城はベッドの上から生々しい視線で突き刺すが、室井と青島には通じないらしい。
室井の手がそっと伸び、青島の髪を柔らかく掻き混ぜた。
「おまえは大丈夫か?」
「仕事?終わらせてきました」
「疲れているんだろ?」
「鍛えられてますから。・・・誰かさんに」
「・・・成程」
青島が座り込んだままの態勢で室井に下からい~っと歯を見せる。
揶揄う言葉に、室井の目もまた青島を見つめたままだ。
一体この男は見舞いに来たのか、偵察に来たのか。
何しに来たんだ。
「あんたこそ抜け出してきたんでしょ?大丈夫ですよ?ここは俺が診ますから」
名残惜しそうにも、不満そうにも見せる室井の手付きがそっと青島の後頭部をその胸に引き寄せるのが、新城からも見て取れた。
ただそれだけの、何気ない、他愛のない仕草だ。
がっつり抱き寄せるわけでもないくせに、だがそれは妙に色香を放ち、その指先にだけ潜む爛れた感情を忍ばせていた。
あれは、男の手付きだ。
艶めかしい欲情を孕む、独占欲に満ちた、雄の支配欲。
もう隠す気もないのか、その目は先程から青島しか映しておらず、眉間に皺寄せた渋い顔でも、新城にとっては初めて見る男の顔だった。
「すまない。後を頼んでいいか」
「どうぞ?俺でも役に立つでしょ?」
「だといいが?」
くっそ、病人の前でいちゃいちゃしやがってッッ!!
不満だ。まったくもって不満だ。
すると、その漆黒の目が、ようやく新城へと向けられる。
「新城、これで私は退散するが、大人しく寝てるといい。事情は私から入れておく」
それは宣戦布告か?それとも牽制か?
俺が手を出さないとでも思っているのか。相変わらず呑気な田舎の阿呆だ。
「ええ、よろしくお願いします。後は青島に頼みますので」
室井の視線と指先が青島へと戻っていく。
「青島、後でまた来る」
無視か!いい度胸だな!先輩だからって容赦するつもりはない!
「室井さん、いいから早く行けば」
「・・・・冷たいな」
「安い挑発で遊んでいるばあいじゃないでしょ」
「・・・・・バレバレか」
当然という顔で、今度は青島が甘えるように室井を下から見上げ、喉を反らした。
形の良い喉仏と、肩までのラインが際どく開いた胸元から浮き彫りになる。
そのうなじから室井が細長い指先を侍らせ、誰になのか、見せつけるようにその豊潤な肌を男の視界に惜しみなく見せ
香りに誘われるままに室井が一度だけ、胸元当たりまで指先を這わせる。そして最後にそっと青島の顎を支えるように捕らえた。
うっとりと目を閉じる青島の官能的な貌が、寝ていても見て取れる。
くっそ、青島まで一緒になって私を揶揄いやがって!
だったら本当に襲う!もう喰ってやる!何もかもめちゃめちゃにしてやりたい!
二つで一つの絵画のような光景に、新城はベッドに一人置き去りにされた気分を味わった。
憤るまま、荒い息で新城が寝床から吠える。
「青島、今夜は長い。覚悟は出来ているんだろうな・・ッ?」
だが、口を出してきたのは室井である。
「新城、病人ならば大人しくしていろ」
「だからなんです?最後に奪った者が勝ちになるゲームに卑怯もルールもないでしょう」
「ああ。だから私が勝たせていただく」
発言の矛盾に気付いてもいないのだろうか、この盲目愛の男は。
否、新城が昔青島に抱いていた感情を、室井もまた気付いていたと確信するに充分だった。
当然ではある。我々は同じ穴の狢なのだ。
「貴方はさっさと仕事でも何でもしてくればいい・・ッ、私より遅れを取っているくせに何か言えるお立場ですか・・・ッ」
「君がそこでくたばっている内に越えられる」
「ええ、こっちは青島に手厚く看病してもらってますから・・ッ。ご遠慮なくッ」
「・・・新城」
挑発には滅多に乗らない男も、青島のことになると、こうもムキになる。
「食事も口移しでお願いする・・ッ」
「それだけ元気なら心配いらないな」
「帰ってくる頃には指でも咥えてればいい・・ッ」
「元気な青島に今の君が敵うか」
「そこも、帰ってきた時に分かりますよ・・ッ」
腰に手を当て、ベッド脇で室井が呆れた目で見下ろしてくる。
それを新城もまた顔を突き合わすように鋭い目を向けた。・・・つもりだが、熱のせいでとろんとした赤い眦は迫力はない。
目の前で掻っ攫っていった男に、今更遠慮なんかする必要などない。
自分は振られたわけではない。まだ、伝えてもいないのだ。
この先輩には、負けたくない。負けるわけにはいかない。
「青島、私を着替えさせろ。身体も拭いてくれ」
「はいはい、後でやってあげますよ」
青島の軽い返事にニヤリと笑う新城に、室井の視線が突き刺さる。
「そのくらい、自分でやったらどうだ」
「こっちは病人なので」
あんな風に、自分だって本当は正義のままに生きてみたかった。室井と青島のように。
大きく室井が溜息を天井に吐く。
ようやく煮え切らない想いに名前が付けられた新城は、それが室井のおかげで気付けたことには未だ気付いていない。
室井が見えるようにか見せるようにか、青島の髪を指先で掻き回し、足元の鞄を取った。
帰り際のその背中に、新城は精一杯に嫌味で送る。
「お疲れさまでした」
室井が横目で小さく振り返る。
不毛な争いを繰り広げるいつもの光景に、新たな開始のゴングが鳴り響いた。

手を出したいのに室井さんより理性が強いのがこの人。
20200615