登場人物は室井さんと新城さん。生きづらい男の共鳴はここにも。室青の絡まないお話。室青ベース。





ただ君だけを、愛してた





新城が指定のバーに着いた時、その先輩はカウンターに座っていた。
ピンと伸びた張りのある背中が、彼の物静かな威圧感を象り、近寄りがたい高貴さを見せる。

「待ちましたか」
「今来たところだ」

見え透いた嘘だ。
グラスの中身は既に三分の一しかない。
新城は走らせた目を伏せ、片側に立ち、コートを脱ぎながら同じものを二つバーテンに注文する。
新城からのタイミングを優先させたいのだろう、室井は黙ったまま言葉を挟まない。

「少々お耳に入れておきたいことがあります。最近の本庁での噂話・・・知っておられますか」
「噂?」
「本庁の痴れ者がまた謀反を始めた・・・・貴方のことですよ室井さん」
「暇なんだな・・・・」
「出所は不明ですがね。最近新木場方面へ向かう貴方の姿をよく目撃するとの情報はあります。貴方と湾岸署との懇意は有名ですが、新木場となると個人ですよ ね」
「・・・・・」
「最早それも今更でしょうが」

新城は肩で大きく息を吸い、溜息と同じトーンで漏らす。
室井は黙視だけで答えとした。
僅かな会話の隙を見計らい、バーテンがグラスを滑らす。琥珀色の液体が音もなく揺れた。

「少し、控えた方がいい」
「酒を?」
「・・・そうやって誤魔化せると思っているのですか?上を?」
「忠告しにきたのか」
「警告です」

被せるように言うと、室井が横目で新城を見た。

「私個人としては、もう大袈裟にするつもりはありません。ただリスクが高すぎると御助言はしたい」
「我々の狙いは別に反乱を起こすことではない。・・・上手くやる」
「分かってませんね・・・。ならハッキリ言いましょうか。・・・彼を危険に晒して良いのかと聞いているんですよ」
「――」

グラスを煽り、もう一杯注文することで、室井がバーテンダーの席を外させる。

「お前が他人の心配をするとはどういう風の吹き回しだ」
「私は貴方がたが通常の友情ごっこを越えている繋がりであることを知っている。・・・良いんですか」
「向こうだって分かっているだろう」
「所詮我々の出世レースであるこの戦いに、彼を巻き込むことをですか。それとも、駆け落ち染みたお遊戯をすることですか・・・・彼の――手を取ったんで しょう?」
「・・・・」

室井は答えなかった。
ただ一点を達観したような凪いだ瞳で見つめていた。

「官僚を、諦めるおつもりですか」
「・・・・私は腐っても官僚だ。いつかは離れなきゃならなくなることも、承知の上だ」
「青島もですか」
「分かってくれている、と、思う・・・・」

ようやく具体的に名指ししたことにも揺らがず、室井の瞳は新城を映さなかった。

「とんだ妄想癖に聞こえますよ。あの男は、貴方のためなら飛びこんでくる男だ」
「だからだ。・・・どこかで手を離してしまうと、本当に道連れにしてしまう」

新城は胸の痛みを抑えて大きく息を吐いた。
深い重さも繋がりも、新城のこれまでとは無縁のもので、そんな燃えあがるような交遊があるだなんて、知りもしなかった。
眩しさに目が眩んでいる。・・・本当は。
だが、孤独な戦いを求める性が、新城にそれを自覚させるわけにはいかなかった。
そんなのは諸刃の剣だ。リスクを抱え込んで共倒れするなど、愚かな激情だ。ましてや相手はキャリアでもない。

「貴方が護りたいものは、青島の正義なんですか?それとも貴方の愛情なんですか」
「どちらでもない。私利私欲で正義を振りかざすつもりもない。・・・ただ、時に、私の正義が彼の信念に引き摺られるんだ」
「でたらめな男ですからね・・・」
「それが嫌じゃない」

だから困る、と笑みを乗せた室井に、新城は思わず魅入り、慌てて目を逸らした。
男の精悍な顎のラインが店のスポットライトで影を落とし、掘り深く見せた。
揺るぎない、男の決意と直向きな情が、逆に凛然とした風格を伝える。幾度も密かに憧れた幻影だ。

「なら手放さない理由は?」
「・・・、護りたいから、だろうか」
「物理的に近くにいたら、意味がない」
「近くにいることだけが、愛情じゃないだろう」
「でも離れられないんですよね?」
「・・・・今はな」

いつかは手放すつもりであるその情愛は、自虐的でありながら深かった。
その深さに魅了される。
その切なさに、引き摺られる。
そんな切ない目を向けるのならば、それは、私が欲しかった。
そんな結末しか選べない情愛を紡ぐことなど、させなかった。
でも、手に入れた所で、自分もまた、室井と似たような結末しか結べないことを知っている。

愚かな束の間の休息に過ぎない。
でも青島と室井が選び出す未来が、自分にはないことだけは分かる。
共に、戦い抜く共謀者に、抜け駆けされた気分だった。

「そんなに・・・大事ですか」
「・・・・自分の方が大事だ」
「・・・・」
「そうでないとあいつが泣くんでな」
「そんな恋で、いいんですか」
「恋、か・・・。何故そう思う。・・・いや、何故気付いた」
「・・・・・」

残酷だ。
思う程に捧げる熱は届かず、遠ざかるばかりで。
でもそれはこれまでの自分の逆説的行為を思えば、室井の反応は当然なのだ。
気付いたと同時に先手を取られていた情熱は、端から咲き開くものではなかった。
恋情はいつもパラドックスに満ちる。

押し黙った新城に、室井の感情も乗せない声が低く霞んだ。

「これは牽制のつもりか?」
「私が恋敵になるとでも?」
「人の機微まで察せないほど奥手ではない、意識しているだろう?」

ああ、だとしても。
正体の掴めぬ曖昧な情動に思わず口端を歪めると、室井が怪訝な気配を発した。

恋の縺れは無慈悲で冷徹な貌をしている。
壮大な勘違いを口にし、独占欲を見せる男の本音を、晒すことができたとしても、それが一体何の慰みになるだろう。
だけど今、確かに自分たちは同じ痛みを共有していた。

酒は涙の味だと言ったのは、誰だったか。
新城は煽るように喉奥へと琥珀の液体を流し込んだ。

「心配には及びませんよ、今更」
「新城。全ては杞憂だ。私はお前と共に行くつもりだ」
「宜しいので?」
「・・・ああ。覚悟は出来ている」

強いアルコールに咽返るように脳を冒し、クリスタルと氷が眩く揺らめいた。

暫しの沈黙の後、室井が視線も向けずに低く問うた。

「新城、お前は幾つになった」
「貴方の二つ下ですよ、それが何か?」
「お前と同じくらいかと思ってたが、そうか、あいつはお前より下だったか・・・」

ぼんやりと、噛み締めるように室井が呟くのを、グラスの液体を見つめながら新城は聞いた。

「長い付き合いだな、ここも・・・」

余りに優しい口調に、新城の胸が詰まった。
この先輩はきっと、打たれ嬲られながらも、新城の本音に気付いていたのかもしれない。
分かってて、情も恐怖も混迷も超えた先で、奇妙な同調を感じ取り、見当違いなふりをして、そして今、同じ穴のムジナとして新城に追い付いた。
やり方も立場も違うが、同じようにぶつかり合うことでしか存在を示せない不器用な男たちのなれの果てがここにある。

ゆっくりと顔を向けると、室井もまた、視線を向けた。
視界に映して貰える、それだけで、こんなにも心は震える。
ああ、きっと、それは室井も同じなのだ。

「お断りですよ・・・」
「・・・・まだ何も言ってない」
「想像が付いたので」
「私の思考が読めるのか」
「簡単なものです。・・・見てきましたから。ずっと」
「そうか・・・」

しおらしい笑みを見せた室井の横顔に、沁み入るような痛みと温もりを抱きながら、新城もまた、少しだけ口角を上げて見せた。







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私が一番書き難い人物がこのふたり。まさかの室新(室) 勝負に負けて試合に勝つかんじで。
20180502