03. スタートライン

1.
雨闇に沈む街中、幾重もの木の影でひっそりと立っている彼を見つけられたのは、夜にも染まるそのモスグリーンのコートのせいだった。
本当はずっと前からそこに居たのだとすぐに分かった。
「・・俺が官舎の周りうろついていたらマズイとは思ったんですけど」
「何故連絡を入れない」
「ん~、まだ慣れなくて」
「もう三カ月経つぞ」
「まだ三カ月ですよ」
もう強引に部屋に連れ込み、世話を焼く。
乱暴とも思える所作で室井は青島の濡れた髪を濃青のバスタオルでわしゃわしゃと拭きながら素気なく問うてみた。
想いを通わせ合ったって、こうして時々個人的に逢うような睦仲になったって、青島はどこか遠慮深かった。
もっと朗らかに恋を愉しむタイプだと思っていた。
危険な恋も怖じ気づくこともなく、こちらが困るほどにあっけらかんと、手玉に取ってみせると思っていた。
実際の彼は純朴で、無頓着ともいえるほど優しい男だ。
連絡も入れられず室井の部屋の明かりをただ眺めて帰る気だったのかと思うと、室井の胸が切なくなった。
「何があった」
「ん~・・・、なんか逢いたかったから。もうずっと会ってなかったから。そんなとこ?顔見たいなぁって」
凡そ、聞かれると分かって用意していたのだろう台詞を言って、くすりと笑う。
そんな見え透いた嘘で誤魔化されるほど、室井だって容易い気持ちで青島を見つめてきたわけじゃない。
届くと思っていなかった長い患いは、室井の執着と酷似する剥き出しの渇望だ。
誤魔化されて欲しいのか、問い詰めて欲しいのか。
青島の真意を探るように室井はその飴色に煌めく瞳を黙って見つめた。
すると、青島は室井の両手を柔らかく掴んで解き放ち、はにかんで首を傾ける。
長く触れさせない、決して踏み込ませない幅を見せ付ける20cmが、室井の目に哀しく映る。
礼を伝える愛らしい表情はそのまま、青島は崩れそうな脆さをうらぶれた官舎の玄関の闇に潜ませてみせた。
「俺にも、言えないか」
手を掴まれたまま、想い巡って、それだけが室井の口から零れ出た。
柔らかく浮いたその語尾が闇に消える、その前に。
軽口を制すると、今夜の青島は少しだけ戸惑いを見せた。
だったら泣きごとを言ったり、甘えたりすれば良いのに。それもしない青島の冷ややかな態度が不器用な男の物悲しさに擦り変わる。
男同士の恋愛とは頼ったり頼られたり、護ったり護られたり。
当たり前のことが手探りで、パズルのピースを選ぶようで、想いのままに行動を起こせるほど無謀にも勇敢にもなれない。
それは理解しているが、それでも今夜ここまで来たことが、青島の精一杯なのだと思うと、室井は胸が締め付けられた。
「・・っ、は・・っ、まいったな、もぉ・・・」
青島の端正な顔が、微かに歪んだ。
口唇を震わせ、伝えたい視線が足元に落ち、やがてタオルを被ったまま青島は室井の肩に額を押しつけてきた。
室井は黙って見降ろし、胸を貸す。
ややしてからその手をすうっと青島の背中に回した。
抱き寄せるだけの強さは込められず、だが突き放すものではない手が、ぽんぽんと濡れたコートの水滴を弾く。
くしゃりと青島の濡れた髪が室井の首筋を擽った。
「大したことじゃないんです」
「ああ」
「前の会社の奴に呼び出されただけ・・・」
「ああ」
「久しぶりに逢った・・・」
「逢って」
「・・・飯食って、酒飲んで、それから、ちょっと、世間話」
冗談めかして吐息で笑う青島の声に、己の迂闊さを奥歯に噛み締めて、室井は溢れ出る悪寒を必死に抑え込んだ。
何か、背筋をぞわりとさせる予感が走る。
「・・もう二度と逢わないと思うし・・」
拙い言葉以上の何かが語った中に詰め込まれ、真実を見せ付け、室井を打ちのめす。
「俺、オトコに告られたの、二人目だ。なんか男にももてもてになってきちゃった・・」
他者の感情に敏感な青島としては、不意の告白は不本意だったに違いない。
多分、久しぶりの友人だからと油断していたのだろう。
室井は青島の顔を上げさせた。
雨に濡れた肌が灯を反射し、何も気付いていない男への愛おしさと共に、その瞳が語るものを余さず慟哭したくなる。
言葉では言い尽くせないだけの曖昧で烈しい感情がそこにあり、せめぎ合っている。
「俺を、妬かせたいのか?」
恐らく相手の面目と世間体から絶対口を割らないだろう青島に、室井は大きく溜息を落とした。
覗き込めば青島はしょんぼりとした目で見上げてくる。
だけどすぐさま俯いてしまった。
スラリとした冷たい指でクッと顎を引き戻すと、見透かす前に、囁かれる。
「ごめん・・・俺、あんなに必死になっているの見てちょっと・・・・揺れた」
「・・・」
「フリーだったら応えてやりたいって思っちゃった。へんだよね。男なのにね・・。キスされて俺・・。裏切りになる?あんた、俺を赦せる?」
室井の言葉に観念したように青島は苦しそうに白状してくる。
青島の言葉自体は室井を驚かせるものではなかった。
ああやっぱりという納得の方が大きい。
青島は残酷なほどに優しいから、そして誰かの役に立てるのなら、多くの者が抱えるであろう自己感情の強欲なものを屈託のない笑顔に隠し
あっさりと飛びこめる。
室井への気持ちに応えたのも、室井が先に告白したからなのかもしれない。
だからこの誘導に観念した。
だったら尚更、一歩も譲る気はなく、室井は低く問い返す。
「裏切ったと、もし私が言ったらどうするつもりだった」
青島の瞳はこれ以上ないほど透明で、震えるままに室井を映し込んでいた。
そういう激しさを兼ね具える男だと言うことは分かっていたつもりだ。
それを含めて、室井は青島を選んだのだ。
どう体裁を繕おうと言い訳を並べようと、この声に髪に肌に匂いに体熱に、いつでも飢えているのは室井の方で
浅ましいほどの飢餓感を持て余している現実は、室井の弱さと狡さを暴いていく。
この上ない愛しさに囚われて身動きもままならず、救われたいのは室井の方なのだ。
「応えてやりたいって思う一方で、ここんとこ。胸の奥にはあんたがいる。サイテーだ・・」
室井は強く青島を掻き抱く。
顔も名前も知らない相手の男の気持ちの方が、室井は理解出来た。
きっと、手を離したら青島は俺を追い掛けたりなんかしない。
人は別れを迎える度、何を心に留めていくのだろう。
それまでは確かに人生の一部となっていたのに、了承もなくそこで途切れる情愛の落とし前は
強かに生きると割り切るにはあまりにも無常だった。
もう、室井の中で、これまでなら我慢できたことが、どうしても我慢できそうになかった。
「もう待てないぞ」
グッと抱き締め、耳元に直接囁いた声に青島が硬直する。
「ここにいるということが、君の答えだと捉えていいんだな」
こんな夜に、誰より先に室井を思い浮かべてくれた。
青島は俺を選んでいる。
そうとしか取れない反応を見せられて、室井の中で何かが突き崩れていく。
「ヤっちまえば事は簡単なのに・・っ」
乱暴に舌打ちをして青島が濡れてうねる前髪を室井の首に押し付け、くぐもった声でしがみついてくる。
そんな風に甘えてくることも、初めてだった。
室井はただ腕を回し、逃がさないように力を込める。
「あんたに・・・そんなこと、させて、いいのかなって・・・」
付き合い始めて一ヶ月ほど経った頃、情欲のままに組み敷いた室井に、青島は同じ言葉でその手を押し留めた。
青島の男としての躊躇いも含め、大事にされている事実が嬉しくて、その時は身を引いていた。
室井はそっと触れるだけのキスをした。
渇いた口唇は冷たい。
「おまえの中で、俺を、一生消えない男にさせてくれ」
「・・・っ、」
雨の音と湿度が、残酷な決断をじめっとした空気に纏わり付かせて、骨の髄まで浸み込んでいた。
「・・・はい」
目を瞑って上擦った答えを出した青島に、顔を傾け、室井はもう一度その怯える口唇を塞いだ。
2.
首筋に口付けを落とし、柔らかく耳まで辿っていく。
髪を掻き混ぜると、青島の指先が室井のシャツをきゅ、と掴んだ。
瞳を合わせる。
「・・・」
「・・・」
ゆっくりと顔を傾けると、青島も促すように瞼を落とす。
そっと重ねるだけに留め、すぐに離した。
シャツを引き出し、指を忍ばせ、コートも肩から落とし、スラックスのベルトも外す。
待ちきれずに室井は青島を押し倒した。
仄蒼い大気の中で、ベッドは二人分の重みで卑猥に啼いた。
膝で両脚を押さえ付け、袖口を掴んで顔横に縫い付けると、室井は理知な黒い双眸を深める。
怯えというよりは行動の大胆さに驚いた顔をした青島が目を丸くして見上げていた。
だが、両手両脚を抑え付けられても青島は抵抗一つ見せてこない。
まだ然程情を含まない視線はこれから始まることよりも危うさを含んで絡み合っていた。
抗おうとはしない身体が切なくて、そのくせ馴染んだ親密さも乗せない瞳はどこまでも煌々としている。
「・・・」
片手だけを外し、室井がその瀟洒な指先を伸ばした。
手の平で青島の頬を包み、目尻を親指で辿る。
ゆるりと青島の遅れ毛が擽る長い首筋にそっと降ろしていく。
ほんの少し、切欠があれば破裂しそうな烈しい熱を秘めた震える指先に、青島は無垢に震えた。
室井は黙ったまま、顎を辿り、首筋を掠めて襟際を指先で辿る。
隣の部屋の扉から漏れる灯りが、二人の輪郭を闇に赤錆色に縁取る。
静謐で敬虔な瞳がただ嫌がりもせず、室井だけを映していた。
やがて、室井が顔を近付け青島の眼差しの深さに息を殺しながら首筋に鼻を埋めた。
衣擦れの音がいやらしく響いて、さわさわと、口唇を滑らせ少し石鹸の匂いの残る張りのある肌を口唇でなぞり下りる。
青島の顔が背けられたことで、愛撫を待つように晒された首筋を舌で舐めた。
節立つラインと慣れた匂いが、室井の中に甘い疼きを早々に誘い出していく。
押さえつけたまま室井は甘い肌を閉じ込めるネクタイを寛げていく。
しゅるっとシルクの滑る音。
室井の思うままにさせてくれる青島に、ようやく赦された禁忌の性と無垢なるものを暴く昂奮が
泣けるほどの切なさを持って室井を昂ぶらせていた。
襟の奥まで口唇が潜り込んだ時、小さく青島が息を飲んだ音が室井の耳を掠め、合図のように室井の動きも止まった。
「怖いか」
青島が微かに顔を横に振る。
小さく瞳に笑みらしきものを乗せると、室井は口唇をそうっと青島の目尻に這わせた。
艶やかな瑞々しさのある肌が薫り、擽るような甘ったるい接触を何度か繰り返し、瞼や頬を辿り、最後に口唇に重ねる。
啄ばむ口唇は直ぐに深くなった。
「ん・・・ふ・・、ぅ・・」
何度も口唇を擦り合わせ、肩から顎へと確かめ終えた手の平で室井はその男にしては小ぶりの頬をすっぽりと包みこむ。
隙間を割って長い男の舌を擦り込ませると、青島の吐息ごと吸い込んだ。
性急に濃厚なキスとなったことで、青島の眉が少し顰められ、その切ない表情に、昂るものが室井の指すら熱くする。
おずおずと迎え入れようと奥から上がってきた青島の柔らかい肉を間を置かずに絡め取り、自分のものと交差させ
舌先で敏感な縁を辿り、強弱を付けて何度も何度も咀嚼する。
歯列の奥から辿って裏までを隅々辿ると、また舌の弾力が欲しくなる。
まだ烈しさはないが執拗に貪る室井の舌戯に、必死に付いて行こうと青島が夢中で応じ、口唇の隙間から洩れる息を荒らげた。
「ん、ン・・ッ・・、」
時折ベッドが軋んで、やがて付いていけなくなった青島が酸素を欲して顎を持ち上げた。
そのタイミング外さず、室井は更に深くキスをする。
酸素も与えず、密着させるために変えたキスの角度が、より一層の昂奮を伝え、今度は口腔の奥底までを雄の支配欲のままに蹂躙した。
狂おしいキスとなったことで、青島の濡れた髪が束となって流れ、喉奥まで入り込まれた息苦しさに青島が切なく眉間を寄せ
小さく呻きを上げるが、両手は解放させない。
しっかりと密着させ、余計なことを考えさせない深い性愛のキスを仕掛ける。
「ぅ・・く、ぅん・・んっ・・・」
長く溺れるようなキスに時間の感覚も分からなくなっていく。
目を瞑り、拙い動きはまだ遠慮が残る青島の本音を隠し、純情と清楚を室井に感じさせた。
欲望のままに室井は甘く滴る舌を間断を付けて甘噛みする。
ぴったりと合わさった口端から飲みこみきれない唾液が溢れ、夜光に浮かび滴っていく。
この一カ月、逢えば重ねてきた挨拶のようなリップキスは、青島を安心させるためのものだった。
こんなにも熱情に浮かされた狂おしいキスをし合ったのは初めてだ。
これから先の行為を青島に自覚させ、覚悟を促すための時間だ。
しんと鎮まり返った独特の空気に混じる水音が肌の感覚を鋭くさせてくる。
掻き回すように口腔を柔らかく遊玩し、完全に室井の舌の厚みも大きさも味も憶えさせていく。
動き、愛撫の順序、動く感触。
青島の中にある他の人間を、記憶ごと塗り替える。
室井が絡ませた指に、青島の丸っこい指先が、頼りなげに絡まってきた。
握り締め合って、酸素が足りずくたりとなって、圧迫した口腔に青島が眉間を切なげに寄せ、それでも必死に舌を突き出してくるのが健気で
室井は硬い歯で引き裂いてしまいたいほど凶暴な衝動に駆られた。
自らへの危機感から、室井は少しだけ、その接触を外す。
ぴちゃり・・・。
濡れた唾液の音に、柘榴のような青島の舌がぬらりと光った。
「ん・・・、もっと・・・・」
薄っすらと涙目となった顔でそう強請られ、室井は小さく唸った。
噛みつくように再び口唇を重ねる。
愛おしい者にこんな顔でそんな風に強請られて堕ちない男はいない。
力を込めて手を握り、熱る身体を擦り合わせてベッドの上で口付け合う。
荒い息遣いが混じり、浅ましいと思っていた劣情も、実体を失う朧げな輪郭を持つ妄執も、消えていかない喪失の予感も
今はきつく合わされた口唇から蕩けていく。
「・・っ、んぅ・・・ふ・・・、・・はぁ・・っ」
大きく酸素を欲した口唇を、今度は追わず、目の前に晒された節張った喉元に、顎から頸へと室井は舌を滑らせた。
服の上から綺麗にくびれた腰を手の平で撫で上げる。
「むろ・・ぃ、さ、ん・・っ」
呼ぶ声と、触れ合う熱に、室井の身体がそそけ立つ。
哀願してくる青島を流し目で往なし、室井は自分のネクタイに指を掛けた。
軽く左右に振って、するりと結び目を解く。
既に二つほど外れている青島のワイシャツのボタンにも片手を伸ばしながら、室井は耳朶から首筋へと舌を這わせ
反対の手でシャツに潜り、直に素肌を弄った。
室井の腕を掴んできた青島の耳朶に口唇を押しつけながら、自分より体温の高い躯の身包みを乱していく。
されるがままに服を乱され、青島の意識がそっちに向かった隙にシャツが肩から肌蹴られた。
胸元の突起を指先で探られ、思わず捩った無防備な背中に室井が手を差し込めば
ひくんと青島が震えた。
「ぁ・・、」
微かな青島の吐息。
手慣れた滞りない動きに後手になり、青島は室井の肩に手を充て行き場を失った子供のように見上げてくる。
青の大気の中で無垢に見上げる彼に、敬虔な想いが胸を締め付けた。
その額に室井はそっとキスをした。
戸惑いを分かって尚、困惑の中に引き摺りこもうとする室井に、先手を打たれた青島が完全に反応の手立てを失った顔をする。
輪郭が辛うじて判別可能な暗闇の中で、室井は至近距離でしっかりと囁いた。
「おまえが好きだ」
「・・・」
「どうしようもないくらい、好きだ」
「・・っ」
艶を含んだ瞳と熱を孕んだ瞳が交錯する。
「・・・なんか言え」
「もう、戻れない、ね・・」
短く囁き合った声さえ闇の空気を色付かせた。
肌が、どうしようもなく違う熱を求めている。お互いに。
「これを引き換えに引き返せなくなるものなど、俺には必要ない」
「ッ、・・俺、は・・」
「おまえは罪を独り占めするんだろうな」
先に先制してやると、目の前にある青島の虹彩が微かに揺らいだ。
「だから、おまえを傷つけたとしても、俺はおまえの全部が欲しいと・・・
ずっと思っていた」
今なら何故危うい亀裂を呼び込む予兆も承知で、この愚劣だと狂気染みた批難をされる行為を赦し合うのかも、分かる気がした。
貪欲な執着も消えない渇望も、唯一つを追い求める理由も、何を掴めば良いのかという答えも
今なら理解出来る。
室井がそっと青島の頬を撫ぜ、青島の左の鎖骨下、心臓の上付近をひとつ、強く吸い上げる。
取り返しの付かないことを二人でしようとしていることを、青島にも分かってほしかった。
この日が来ないと思っていた訳ではないし、来ないといいなと思っていた訳でもない。
でも、取り返しがつかなくなっても、欲しいものがある。
「だからなっかなか手ぇ出して来なかったんだ?・・キスするまでに二ヶ月掛かったもんね・・・?どんだけ奥手だよって思った」
少しいつもの彼らしい表情が浮かび、室井は片眉を持ち上げた。
青島が指先を伸ばし、室井の頬を愛おしそうになぞる。
「・・・・すきだよ。ずうっと、好きだった」
「俺もだ」
室井が青島の手を握って、自分を愛撫する手を堰き留めた。
軽口を叩きながら室井に愛を捧げる年下の純粋で可愛い恋人を、腕の中にそっと抱き締める。
「俺を、ちゃんとあんたのものにして・・・」
もう、誰にも浚われないように。
3.
自分のベスト、ワイシャツのボタンを手早く解くと、室井はそれも床下へ落とした。
上半身裸となり、青島の肌蹴た胸元へと口唇を添える。
下着姿となった青島の肩からもズレ落ちた布は、わざと脱がさず腕に絡まっていて、青島の縛りとなっていた。
愛おしいと誰より思う人間を自分の手で乱した景色は極上で、室井は傲慢な倖を噛み締める。
口元に甲を充てて恥じらいを見せる手を室井はやんわりと外した。
「やめろ。そんなことされたら喚かせてしまう」
「・・ぁ・・」
室井が上から覗き込み、キスで苦情を封じた。
トランクスの上から布地越しに花芯の形を浮き立たせるように撫でると、青島が息を詰め、顔を歪ませる。
形を自覚させるように何度か撫でていると、恥ずかし気に横を向いてしまった。
だが、半勃ちとなっていたそれは確かな硬度を主張し始めている。
そのことに青島が真っ赤な顔をして恥ずかしがるのが、たまらない。
「硬くなってる」
わざと指摘してやれば、顔を倒して噛み締めた口から熱を孕んだ吐息が掠れて、青島の啜り啼きの様な音で大気を震わせた。
戯弄される肉体に熱りを隠せない反応が、視覚からも室井を追い込んでいく。
瑞々しく汗ばむ肌に這わせる手の平が胸の尖りを掬いあげ、つんと尖った頂きを挟み込むようにして弄んでみる。
首筋に這わされた口唇では、鎖骨に沿って辿り降り、頂きを口に含み、熱い舌が悪戯に転がす。
「んなとこ、・・・感じないよ、オトコは・・」
「いずれ、その台詞を後悔することになる」
「ん・・っ、ぁ、くすぐった・・・」
柔らかい瞳に室井だけを湛え、倒され伸びるうなじ、唾液で濡れて光る腫れあがった口唇。
室井の指先や舌戯に反応する姿に、じわりと室井の体温が上昇し、痛みと見紛うほどにこちらも全身が過敏となっていく。
欲情することの意味を思い知らされる。
もっと乱し懇願させたくて、室井は指先を直接トランクスの裾から侵入させた。
「あっ、ぅん・・っ」
胸や首筋を玩弄しながら、反対の手がトランクスの中で蜜を茂みにまで垂らして昂ぶる青島自身を直に手淫していく。
その噛み締める口を解くように、吐息を奪い、室井が口付けた。
「濡れてるぞ。かわいいな・・」
「・・っ、んん・・っ」
熱い舌がねっとりと這い、ぴちゃりと水音が響くたび、掠れた溜息が密着した口唇の隙間から上がった。
室井の舌が耳朶から奥へと入り込み、くちゅりと音を立てる。
「蕩けそうだ」
「・・っ、・・バ・・ッ、ふ・・ぅ・・っ」
言い当てられたのか、同じ昂ぶりの中にいるのか。
カッと熱らせた身体を悶絶し、やるせないような甘い息を青島が噛み殺すことに、室井はくらりとする。
恨めし気に合わせてくる青島の視線は息を飲むほど透明に煌めいていた。
秘部を触らせてくれる青島に、許されている恍惚感が室井を大胆にする。
もう躊躇いもせず、室井はトランクスの裾から侵入していた指で、溢れる蜜を愉しむように根元や双玉を掻き乱し
微かに震える丸い肩を舐め、乳首に吸い付いた。
「ひゃ・・す、ごっ・・・」
条件反射的に自分を辱める男を押し退けようとした青島は、綺麗に背中をシーツから浮かせ白い喉を仰け反らせた。
そのまま室井が背中に手を回しクッと引き寄せる。
腰からトランクスごとスラックスを引き下げ床に落とした。
程よく筋肉のついた、ほっそりとした形の良い長い脚が剥き出しとなり、室井は全ての衣服を剥ぎ取った青島の裸体を目にする。
「!」
手際良く、もがつく手首を室井の秀麗な腕が引き寄せる。
抵抗なく青島は室井の胸に引き寄せられ治まった。
「な、慣れてる・・・?」
答えず、室井は青島の口唇を軽く塞ぎ、体重を乗せて抗わせない。
もどかしそうに青島が膝を立ててシーツを乱せば、その脚の間に室井が身体を差し込んで身体の抵抗を奪い
室井もまた逸る心を制するように、青島の上で自らの衣類を肌蹴た。
黒のタンガ姿となり、青島の脚に手を掛ける。
「えっ、嘘ッ、こんなかっこ・・・、ッ、待っ・・」
青島が掠れた悲鳴を上げる。
そのまま耽美な脚を裂く程に左右に大きく開いた。
目の前で青島があられもない格好となり、濡れた茂みと中央で痛いほど勃起する花芯を室井の眼前に晒す。
開かれた脚の内股を舌で舐め上げ、その肌の甘美さに、室井も喉を湿らせ妖艶に目尻を眇めるくせに
何も告げない。
脅えるような青島の目が、一層室井の雄を劣情する。
心許なく見上げる姿は、その先の主導権を室井に全て委ねていて
無防備に横たわる裸体は暗がりに楚々と浮かび、瑞々しい張りと息吹を放っていた。
熟した果実のように差し出され、無垢で絢爛な肌が薫り、艶っぽく、垢抜けている。
病的な肉体や貧弱で細身な人間では出せない、輝きがある。
誰もが憧れ魅了されるエネルギー溢れる純潔でありながら、娼婦にも似た卑猥さを併せ持つ。
あまりの美しさに、室井は目を眇めた。
険しい顔のまま、室井が蜜に濡れる花芯をゆっくりと手淫した。
「・・ぁ・・っ、ん・・っ、そんなとこ・・ッ」
「悪いが媚びているようにしか見えない」
「んッ、む、ろぃ、さん・・・っ」
無自覚に名を呼び、頬を染め、強請ってくる可愛い恋人を、全てに打ち負けた気になって室井は嘆息を吐く。
男を抱くのは初めてで、我が物にすると宣言した所で手淫に感じてくれるのか、技巧に多少の不安がなかったと言えば嘘になる。
想像以上に青島は鋭敏な反応を返してくるから、歯止めが利かない。
どれだけこっちが煽られているのか、分かっているんだろうか。
「君をこんな風に出来るとは思わなかった」
「・・・ァ・・ッ、ん、そこ・・ッ、ばっかり・・っ」
時に押し潰し、時に捏ねて刺激を変え、強弱をつけて胸の突起を引っ掻いて、擽り、優しく揉み
反対の突起は舌でくるくると回す。
元々感性で行動する男だから、五感も感覚も鋭く、感じ易い性質なのかもしれない。
ゆっくりと愛したいと思う反面、こうも感じ易いと、兇悪な獣欲が湧き上がり、どこまで理知的でいられるか自信が無くなってくる。
奥歯を噛み締め、息を殺す青島が愛しくて仕方がない。
煽りたてられ、焦らされる。
「はぁ・・っ、ゃ、もっ・・・ゃめ・・・っ」
「まだ勝手が分からない。真実だけを口に」
「ソコっ、だめ、です・・・」
「あおしま」
錯覚させた罪がはしたなく情欲に摩り替る。
卑猥な言葉で、どんなに身の程知らずな事を値だっているのかと嘲笑うかのように、室井が眼光を強めた。
「・・ぁ・・っ、は・・っ、はぁ、ゃ、・・・ァ・・ッ、もぉ、も・・っ」
「まだだ」
「ゃめっ、・・ぁ、ぁあ・・ッ、室、さ」
「やめない」
もう、止めてはやれない。
涙目となって頭を左右に振り哀願する姿が逆に室井を焚き付ける結果となって、室井の手は休まず緩やかに追い詰めた。
眉を歪め、口唇を噛み締め、青島が必死に快楽に堪える姿は、室井には無限の愛しさと罪を刻印し
淫靡な陶酔に二人を責める。
「ぁあっ・・、俺、・・ごめ・・ッ」
「それは何に対しての謝罪だ」
「・・ゃあ・・っ、ぁあ、」
「この甘い口唇を奪われたことか。肌を触らせたことか。それとも流れによっては身体さえ与えたことか。そこかしこで男を煽っていることか」
敏感になっている箇所を同時に刺激され、青島が忘我のまま、美しい背中をベッドの上で何度も逸らせた。
桃色に染まる内股が掠れた悲鳴に合わせて痙攣する。
汗ばみ光の粒を散らした肌はしっとりと室井の手に張り付く確かな清らかさを持ち
頬を赤らめ目尻に朱を叩く歪んだ顔は淫猥に男を誘い込む容貌となる。
「本当に可愛いな、君は・・・」
強引に乱されていく青島に、意地悪に問う室井は、だが心の中ではほくそ笑む。
啜り啼かせて、ドロドロに蕩けさせて、甘い躰を思う存分味わいたい。
青島は分かっていないのだ。
何もかも差し出す男が最後に浮かべた面影が自分だったことに室井をどれだけ悦ばせたか。
見返りなく室井を選んで未来を重ねてくれたことがどれだけ嬉しかったか。
多少他の人間にふらついたところで、そんなのは可愛い〝おいた〟に過ぎない。
室井を愛したばっかりに負うことになった沢山の罪を、こうして手放さないでいてくれる。
爪を立てシーツを掴みながら快感を遣り過ごそうと喘ぐ青島の吐息を奪い、室井は青島を限界まで追い詰めた。
「ぃ、・・ぁ、あぁッ、・・・んぅっ、――あぁっ!」
意と相反して他人に導かれ昇り昂ぶった吐精感に、青島が仰け反った。
まるで女が媚びる声だった。
解放の余韻に、呆然とした虚ろな視線を室井へ向けたタイミングで、室井の漆黒の瞳が鋭い雄の焔を有した。
つぷ・・と後ろの花襞に指を忍ばされ、青島は驚きに跳ねた。
「ひ・・っ、んッ」
これから室井に何をされるのか、分かっていなかった訳ではない青島は
それでも目を見開いて、身体を竦ませた。
そんな逡巡すらも与えぬ素早さで、室井の長い指先が円を描くように青島の花襞を捲り上げていく。
「ひッ、・・ぁ、ぃやっ、そこ・・っ、指、・・・そんなとこ・・っ」
「暴れるな・・・爪が君を傷つける」
初めて青島が抵抗を見せると、室井は両膝で青島の脚を裂いたまま固定した。
有無を言わさない支配的な瞳で見降ろし、中指の先で淫乱に収縮する花襞の感触を確かめる。
最早本当に引き返せやしないのだ。
開いた内股を固定され、前を上下に擦られながら、後ろを指で嬲られ、青島が身体を奮わせる。
室井の指先が、青島を女として穿とうと奥まで侵略する。
「ん・・んぅ・・ッ、・・っふ・・・」
ひくっと痙攣したように内股が震え、僅か仰け反った顎を押さえ付けるように口腔の奥底まで室井の舌に侵入を赦す。
舌を吸い上げ、甘噛みし、ゆっくりと抜き差しをすれば、びくんと震える足掻きが室井に伝わってくる。
青島の括れた腰が痙攣し、塞がれたままの口腔に呻きが漏れる。
くちゅくちゅと卑猥な音が罪を伝えてくる。
浮き上がる背中、快楽を堪える貌。そのすべてにかつて抱いたどの女よりも室井は煽られる。
「・・っ、ハ・・ッ、ぁふ・・ぅっ」
「自分が誰に何をされているのか、ちゃんと見ていろ」
室井は兇悪なほどの笑みを浮かべると、青島の花芯の先端を親指で弾き、青島の口唇を一度塞ぐと
そのまま身体を下ろす。
濡れて光る根元まで深々と咥え込むと、戒めを解放した。
「あ、ああ・・っ、それっ、待っ――!」
今度は容赦なく昂らされる快楽に、青島は声もなくすすり泣き、喘ぐ口唇も塞がれ痛みと圧迫感で涙を零した。
灼けるような熱が陰部を這い回る刺激に、青島は息も絶え絶えに首を振る。
室井が鈴口を吸い上げ、埋没させた指をぐるりと掻き回すと、青島は涙を浮かべて悶絶した。
無意識に振る腰が多淫で、そそる。
「・・ぁああ・・・・ッ!」
爆ぜて、青島は腰を突き上げ、室井の口腔にいやらしく白濁液を注ぎ込んだ。
秘肛に室井の指を咥えさせられたまま、達したのだと、青島は後から認識する。
4.
手を離し、汗が浮かぶ青島の額にそっと口付けられ、青島が射精の余韻の中からぼんやりと焦点を合わせた。
「・・前戯・・ながすぎ・・」
「いいものを見せてもらった」
室井が青島の上で四つん這いのまま、手元のジェルの瓶を閉める。
ベッドサイドにあった戸棚の引き出しにゴロンと放り込んだ。
そんなところに引き出しがあったのかと、青島も視線を向ければ、室井はそこからコンドームも取り出した。
箱からゴムを室井が数個取り出し残りを戻している間に、青島がその内の一つを手に取る。
男同士では妊娠の心配はない。つまりこれは青島の身体の負担だけを考慮した男の義務だ。
照れ臭さと気恥ずかしさと。
見ていられなくなったのか、開き直って青島がその封を歯で引き千切る。
ちらりと視線を上げれば室井が眉間を深く寄せて見降ろしていた。
「煽るな」
青島の口から封の切れたゴムを取り上げ、待ってろと言わんばかりに最後に青島の下唇の膨らみを親指で押した。
カッと青島が頬を赤らめている間に、室井は片手で黒のタンガを着脱する。
ぬらりと黒光りする太いものが、上を向いていた。
目を見開き、青島がそっぽを向いている間に、室井は下半身に持っていって片手でその昂ぶりにゴムを装着した。
自分で見ても、既に赤黒く腫れあがっている。
滴る蜜は、どれだけ期待をしているというのか。
黙ったままの準備の時間が心許なく流れ、慣れた筈の室井の指先を戦慄かせた。
「青島」
身体を抱き寄せ、室井はキスを一つ与えた。
長い腕が首に回るのを見納め、そして、青島に覆い被さる態勢で室井は青島の躯に体重を掛けた。
ゾッと肉から灼きつけるような濃密な既知の記憶が室井の肌を泡立たせ、隙だらけで見上げる青島の瞳を覗き込む。
怺える情欲の深さは眼差しだけが伝えていく。
細長いスマートな両脚を肘に抱え、室井はその内股にもまた一つ、強く吸い付いてキスを残した。
裂けるほど大きく割り裂き、青島の括れた腰を持ち上げる。
たっぷりとジェルを溜め紅く淫蕩する泉に添えられたのは、怒張した熱の塊だ。
目線で断りを入れ、室井が昂ぶりを青島の花襞をくぷっと穿ち始めた。
「いくぞ」
「来て・・って、言えばいい?」
「ばか・・」
「・・くぅッ、・ッ、んぅッ、・・は・・ッ」
ずぶずぶと、うねる内壁を室井の雄々しいものが押し広げ、串刺しにしていく。
広げた両手で青島が枕を掴み、声さえ上げられず呻いていた。
かなり執拗に解したつもりだったが、それでも指とは比べ物にならない質量のものを埋め込むのだ。
まだ先端だけしか挿っていなかったが、青島は歯を食いしばって目を閉じていた。
媚びるように晒される胸の尖りが、いやらしい。
室井がもう少しだけ力を込めて先端を埋没させる。
ズリあがる身体を抑え込み、室井が雄の支配欲で挿入する。
紅く熟れた肉が浅ましく収縮し、みちみちと引き裂くように押し広げた。
室井自身の肉を絞る取る勢いで締め上げ、灼けつかせる。
きつい。
「イ・・っ、・・は・・っ、ぁ・・」
苦しそうに肋骨を浮き上がらせ掠れた呻声を漏らす青島に、室井も眉を寄せた。
迷った室井は一旦腰を引こうと、態勢を戻す。途端、青島が片手で室井の腕を掴んで引き留めた。
「ゃめ・・っ、ないで・・・っ」
「・・・」
「お願い・・っ、進めろ・・・」
「・・だが」
「ほしぃって、・・言ったの、口だけだった・・・っ?」
全てが魅力的で、蠱惑的で、兇悪なまでに取り込まれる。
その水晶に室井だけが映り込む。
哀願してくるその瞳は薄闇に爛々と光り、誰にでも優しい男は、こんな時まで室井のことしか考えていない。
青島は男が生まれながらに持っている征服欲や支配欲を根こそぎ駆り立てる存在だった。
「おね、がい・・っ、奥まで、挿れろ・・ッ」
その稚拙な乱暴さも、凶器となっている男根も、室井が見せる我儘で貧婪な愛情も、青島は全部が好きだと思った。
これが罰でも罪でも、受け止めたい。
自分の口から零す初めての強請る言葉は背徳感を強く感じさせ、室井への気持ちを燃えさせる。
黙ったままグイッと室井が強引に青島の頭部を引き寄せた。
「噛んでいい」
青島の頭部を自身の肩口に宛がうと、室井は肩から青島をしっかりと胸に抱き抱え、一つ息を吸う。
最後の迷いを振り切って、烈しく怒張し硬く張り詰めた昂ぶりを男の力で青島の秘肛に押し込み始めた。
「んぁあ゛・・ッ」
みちみちと肉を裂くような感覚に悲鳴すら上げられず、青島の躯が強張り戦慄く。
大きな声を上げて青島の身体が仰け反った。青島はそれでも室井の肩を噛むことはない。
はらはらと涙を溢れさせながら必死で脚を広げ、室井の肉塊を受け入れていく。
「ィ・・ッ、は・・ゥ、ぁあっ、あ・・・」
室井の熱塊が進む度、内股にとろりとした透明の液体が溢れ、シーツを濡らした。
腫れあがり充血している媚肉を擦り上げながら室井の肉棒が青島の奥まで到達し、その存在感で内臓を圧迫してくる。
根元まで埋め込むと、室井もここでようやく呼吸をした。
額から汗が流れ落ちる。
これで、本当に室井は青島を犯したのだ。
「大丈夫か」
「ん・・っ、ふ・・ぅ、も、少し・・・」
「馴染むまでこうしてていい・・・」
青島の後頭部をくしゃくしゃと掻き回し、室井が髪にキスを落としながら指先で背中を宥める。
「つらい、でしょ・・・動いて、いい・・」
「・・・・」
室井は返事を出来ずに、少し惑う。
それでなくても、青島の内壁は熱くヒクヒクと不規則に収縮し、室井を飲み込もうと脈動している。
声などだしたら、持っていかれそうですらあった。
戸惑っていることがバレたのだろう、青島が室井のうなじに軽く歯を立て挑発してくる。
ビクッと室井が肌を栗立たせ、埋め込まれた室井の怒張が脈動する。
使えない腰を振り、淫らに誘惑した。
暗闇で目が合えば、悪戯な光が室井を見つめていた。
小さく舌打ちし、、室井は青島の後頭部を鷲掴んで引き下げ、乱暴に口を塞いだ。
痛々しいくらいに必死で躯を明け渡そうとする姿に室井は泣きたくなった。
上向いてその狂気的な激情ごと、キスを青島が受け止める。
もう、限界だった。
そのまま室井が腰を振り始めた。
****
絶望感も背徳の後ろめたさも、青島の熱い肉に因って快楽にすり替えられていく。
汗ばむ肌を擦り合わせ、室井が青島のスレンダーな腰を引き寄せ、その首筋に舌を這わせながら穏やかに腰を回していけば
次第に重なる吐息の熱に眩暈がした。
噛んでもいいと言ったのに、今だって辛いだろうに、室井の肌に爪一つ立てて来ない男の腰をぐっと掻き寄せ、室井は初めての肉を味わう。
極上の快楽が下肢から付き上がった。
「最高の夜だ。おまえしか、いらない・・」
「あ・・っ、、ぁ・・、む・・ぃ、さん・・っ」
「ああ」
突く度、掠れた呻きが耳元で幾度も上がった。
室井の中ではとっくに消えない肖像だった。だから、青島の中で消えない男になりたかった。
肌に一つ痕跡を残さず去ろうとする青島の思惑に、室井がそれを全力で阻止する。
切なくて、哀しくて、愛おしくて、寂しくて。
首筋から肩にかけて、思い付く限りに紅い華を散らせながら、室井は昂ぶりに暴走しそうな腰をゆるやかに回す。
狭く締め付ける花襞を押し広げるようにグラインドさせれば、くちゃりと水音が脳髄から犯してきた。
青島の両手が室井の首筋に周り、室井の後ろ髪を強く掴む。
煽られ、身震させられ、いつだって青島の引力に溺れさせられる。
「後悔はさせない」
「・・っ・・・く、ふ・・っ、」
「それだけは、約束する」
忘我のまま必死に雄を受け入れる青島に声は届いていないかもしれない。
それでも室井は言葉を紡ぐ。
「俺を信じて待っていろ」
引き寄せた腰に充てた手の平が、凹凸のない肌の、唯一の異変を探り当てた。
何年も昔、室井の指揮の元、青島が負った傷痕だ。先程何度も吸い付き、愛した。
――この時負った傷痕ごと、手放す気はない。
死と隣合わせの職業である現場前線の結末で、青島の二律規範が明確に表れたこの瞬間こそ、青島の本質があると室井は思っている。
その腰に腕を回し、室井はしっかりと引き寄せた。
腰を押し付け合い、リズムも刻めない秘肛を抉っていく。
熱く、しっとりと熟れて畝って絡みつく内壁は不規則に収縮、痙攣し、室井の男根を絞り、奥まで引き込もうと脈動していた。
あまりの肉の快楽に、室井もまた堪え入るように嘆息を漏らす。
ともすれば獣欲に化しそうな躯に、室井の額に汗が浮いた。
「感じて、る・・?」
「ああ、最高だ」
「ほん、と?」
涙目で気遣う彼にキスを何度も落として慰める。
「おまえは俺のものだ」
青島が回す腕を強めることで応えてくる。
見計らったように、室井が動きを突如深いものに変えた。
「・・・ァ・・・ッ・・・、ああ゛!・・んぁ、ふっ、ぁ・・・っ」
荒い吐息が喘ぎを含み、肌が小刻みな震えを憂いて揺さぶられていく。
室井は黙って収縮し痙攣する花襞を押し広げ、質量を増やした男根を突き刺し、波打つように腰を前後に揺らめかす。
「あっ、それ、だめ・・っ」
「俺の、感じているか・・?」
「ん、んんッ、わ、かるよ、腹ん中、掻き回されて、俺・・っ」
既に明確な思考はないのだろう、うわ言のように漏れ出る青島の言葉に室井が応える。
感情が剥き出しで、ぞっとするほどこちらが煽られる。
「あ・・っ、は・・、んぁッ」
「痛いか?」
「そん、な、腹ん中、突かない、で・・ッ、ハジメテの、感覚・・・、んぁっ、あっ、」
室井を安心させようと気遣う青島が、愛しく切ない。
室井が青島の頭を支え、こめかみからキスを落とし、頬、顎へと滑らせていく。
青島の背骨に沿って指を下ろしながら、促され、避けるように仰け反って晒された喉仏に室井が口唇を這わせていく。
「ん・・っ、ぁっ、・・そこッ、ま、待って・・・ッ」
「待てない。これ以上は責任も持てない」
「じゃ、なくて・・っ、あ・・っ、あ・・っ、」
不意に、青島が身体を捩り、本気で室井の腕から逃れようとした。
それを強引に引き戻し、抗う腰を縫い留める。
「や・・っ、く・・っ、うそ、だめ・・っ」
室井が肉で奥を突き上げる度、青島が顔を真っ赤にして歪ませる。
首を頑是なく振り、両足を痙攣させる様子が、ダイレクトに男を誘った。
ハッとした。
もしかして。
ここか、と気付き、室井は指で探った時に見つけた青島の一点を、容赦なく雄で玩弄する。
予期せぬ衝撃に青島の悲鳴が上がり、きつく目を閉じて顎を反らす。
晒された喉仏が節断ち、背が海老反りとなる。
「やあ・・っ」
恐らく、今は痛みしか感じていないだろうが、それでも少しはそこに快楽を引き出してやりたいのは、男の願望だ。
「いいから。黙って感じていろ」
「くそ・・っ、ゃ・・っ、ん・・っ、そこ・・っ、そこ・・っ」
「ここだな?」
室井の後ろ髪を乱暴に鷲掴み、青島は吐息を噛み殺している。
堪え切れない喘ぎが口端から漏れ、それが室井のうなじを擽る。
「室・・ッさん・・・っ」
「もっとその顔を見せろ」
髪を掴み、乱暴に上向かせる。
室井の指先、口唇、胸板、整髪料の薫り。埋め込まれた熱塊と、熱い息吹。
どれもが青島に愛を教える。
ただいっぱいの幸せを与えてやりたかった。
「ぃやぁ・・っ、ゃ、めッ、あっ、ああっ、ぅうん・・っ」
「大丈夫だ」
「・・んっ!・・く・・ぅ・・っ、ふっ、は・・っ」
反応の良い箇所を繰り返し突き上げ、同時に花芯にも手を添える。
腰を大きく振りながら、胸元の突起を口に含み、歯を立て、手で揉み、捏ねる。
「室さ・・っ、ゃ・・っ、・・ク・・ッ、は、それッ、・・ぁあん・・っ」
ついに強すぎる悦楽の涙を流した青島が、甘い声で啜り啼く。
堪らない媚薬となって、室井をくらくらとさせた。
振り解こうとしても、それを許さないとでもいうように室井が更に強い力で腰骨を押さえつけ、青島の全てを奪っていく。
奪えるものなら奪ってみろという気分だった。
どこの誰かも知らない男に。
「あぁっ、それ・・っ、・・・ぁあ゛!」
シーツに跳ねる背中を押さえ付けると、内股を胸に付く程抑え、室井は腰を大きく回した。
青島の悲鳴染みた嬌声、口元に手を充てる艶冶な顔。
「・・ァア・・、ぁあ・・・」
「もっと、俺で感じて、ぐちゃぐちゃになれ・・・」
目尻に涙が光り、呼吸も忘れた紅い口が開き、青島の柔らかい髪が淫蕩うように靡く。
室井に容易く乱されてびくびくと震える躯が熱い。
腫れあがった内壁が柔軟に雄を咥え、内壁を痙攣させて室井の雄に絡みついてくる。
それが室井を煽情させ、室井の眼差しを狂おしく染める。
「すき、・・・すき、です・・っ」
「知ってる。‥知っている、から・・・」
自分の指に肉に、青島が反応してくれるのが嬉しくて。愛の哀しみを知り、愛する畏れに戸惑う彼が愛おしい。
「分かるだろう?俺の」
「・・く・・はぁ・・っ、あ・・・ァ・・ッ」
切なくて。気持ち良くて。
「・・っ、はぁっ、あ・・・ッ」
あまりに青島が愛おしくて、魅惑的で。
見上げてくる瞳も妍治さを孕み、快楽と苦痛の間で男の性感をダイレクトに刺激する仕草に、室井が腰をひたすら振る。
喜悦の涙を零し、肉の奥を焦がしていく快楽の深さに溺れつつ、室井に合わせようと必死に脚を開いて拙い腰を合わせてくる。
恋が溢れて。律動を止められない。
「・・っ、んぁっ、それ・・ッ、ああ・・っ」
「あおしま・・・」
顎を掬いあげ、振り切られた口唇を再び合わせる。
煽りたてられ、焦らされているのがどっちか分からなくなり、苛烈に男の本能を駆り立てられ
もっと乱れさせたくて、欲しがってもらいたくて、しなる躯を執拗に抱き、敗北感にも似た思いで室井は腰を揺すり立てた。
この甘く茹だるような交接が罪だと言うならば。
滴る罪も善も悪も吸い込んでしなやかに立ちまわる男になろう。
凝り固まった正義感だけでは足元を掬われる。
もっと相応しい強さと力を持ち、堂々と胸を張ってこの恋に生き抜くその日まで。
他の男になんか目映りさせるつもりはない。
深く強く腰を埋める。
「ゃあ・・っ、・・ぁっ、あっ、ぁあ・・っ」
「こっちがおかしくなりそうだ」
青島の殺した息が室井の耳を擽り、肌がそそけ立った。
噛み殺した喘ぎは色を滲ませ、濡れた口唇から漏れ落ち、断続的にあがる喘ぎはいつしか啜り啼きに変わっていた。
身を震わせるしかできない青島が、反応する羞恥に指先で必死にシーツを掴む。
自分の玩弄で惚れた相手が身悶える姿が、異常に室井を昂ぶらせた。
初めての交接で、恐らく痛みも相当だろうに、その苦悶する姿に凶暴な満足感さえ湧く。
男に凌辱されて尚、内なる純潔を解放した躯が煌めき、焦燥に堪える。
躊躇いも憂懼も、潔く捨ててしまった青島は、しなやかで鮮やかで、ただ美しかった。
「やぁっ!も・・ぉ、・・・ダメ・・っ、ぁ、むろ・・・っ!」
「好きだ・・」
激しく痙攣を繰り返す裡の最奥で熱が弾け、室井の昂ぶりを咥え込んだ媚肉が浅ましくうねり
青島がきつく室井の髪と頭を鷲掴む。
室井が青島の頬に口唇を押し当て骨も軋むほど強くその背を抱き締めた時、密着した腹部に熱が弾け
同時に青島の体内にも同じ熱が注がれる。
そうして青島は抱き竦められたまま、全身の力を失った。
***
全身を走る倦怠感と甘く痺れる余韻に浸り、室井は息を整える。
青島をきつく抱き締め、萎えぬ熱塊も埋め込んだまま、しばらく動けなかった。
強烈で兇悪なまでの圧倒的な快楽が室井の全身を滞っていた。
室井の髪が汗に濡れ、垂れ落ち、額に張り付いていた。
汗を伝わせ、青島の肌に落ちる。
顔を上げ、室井は青島の顔を覗き込み、息を詰め、切なく微苦笑する。
腕の中で青島が嫋やかな躯を横たえていた。
目を閉じ、未だ荒い息を薄く開けた口から吐き、きつく閉じた眉間に汗が流れる。
浮き上がる肋骨が上下に動き、光の汗を纏う肌を艶美に包んでいた。
たった今、淫蕩に堕ちていた肉体にも関わらず濃艶の中に貞潔がある。
なんて稀有な存在なのだろう。
胸が震え、室井が動けずにいると、青島がゆっくりと瞼を持ち上げ、室井を映し込んできた。
その無防備で屈託ない姿に窒息するほどの愛おしさと慈しみが湧く。
呪縛が解けたように、長い指先で汗で張り付く前髪を梳き上げ、室井は柔らかく青島にキスをした。
「・・・ふ・・・っ・・・」
同じく糸が切れたように青島が更に涙と嗚咽を漏らし、口唇を引き結ぶ。
溢れんばかりに溜まっていた透明の雫がまた落ちて。
その漏れる吐息を奪うように室井が口唇を塞ぐ。
男に貫かれ、いいようにされて、快楽を与えられ、出来れば避けたかった未来にまで連れて来られて
青島の心境が分からないでもなかった。
伝える言葉は今の行為に全て込めたつもりだ。
室井は黙って抱き締めた。
「・・っろぃ、さん・・・っ」
だけど後悔はないと思った。
6.
シャワーを浴び、シャツを羽織っただけで寝室の扉口に立つと、青島も目覚めているようだった。
陽の光がキラキラと輝き、窓から射し込む景色の眩さに室井は目を細める。
白い朝陽の中で起き上がろうとして、青島の脚が体重を支えきれず沈みこむ。
濃紺のタオルケットが続けて雪崩落ちた。
神経が昂奮状態にあり、結局一睡も出来なかった室井は空が明るくなった頃、先に昨夜の情痕を洗い流してきた。
室井の不在に、すぐ目を覚ますのなら、もう少し傍に居れば良かったと名残惜しむ。
ふっと、青島の視線が戸口に立ち尽くしている室井に気付く。
タオルケットの隙間から、装いきれない顔を覗かせる。
照れたいのか恥ずかしいのか。或いは昨夜の泣きごとの醜態か。
ごっちゃになった顔をする青島の顔を瞼に焼き付け、室井は目尻を柔らかく寄せた。
怪訝な顔で、何だよ、と伺ってくる青島に、室井は口元を片手で抑え、目を背ける。
「いや――、きれいだなと」
室井はベッドには近寄らず、腕を組んでそのまま戸口に寄りかかった。
覚醒する生命の鼓動。四季折々の空気の匂い、色。光の眩しさの中心に相応しい息吹のような輝きを吸い込み
耽美な造形を持った肉体がそこにはあった。
真の美しさを青島に見る。
「すごく、綺麗だ。そんな姿、見たことなかった。・・・こんなのが俺の恋人なのかと・・・見惚れていた」
貫かれても男の欲望に染め上げても、青島は純潔と処女性を失わない。
白いシーツに埋もれ、素肌のままに沈む青島は、無防備なままで朝陽の中にいた。
「意味わかんねぇ・・」
細長い手足をタオルケットからランダムに覗かせ、丸みのある肩を竦め、青島は流し目を寄越した。
畝っていつもより童顔に見える幼顔に甘い栗色の髪が房となって額を彩り、妖艶な躯とのギャップを見せ、男の欲情を煽った。
華散らす肌が昨夜の激しい情交を伝え、部屋にも色濃い情事の残渣が残る。
だがそれを口にするには朝陽の中では気恥ずかしく、室井は静かに目を細めるに留めた。
「これでもそれなりに反省をしている。――昨夜は随分と啼かせた」
本格的に赤らめた目尻を顰め、口唇を膨らませて睨みつけてくる瞳の煌めきは照れが混じっていて迫力はない。
手癖悪く投げつけてくる枕を軽く避けて室井が近付いていく。
「どこか、痛むか」
「・・・まあ、多少・・・」
室井が五指を青島の髪に埋め、小ぶりの頭を優しく仰がせれば、拗ねた男は大人しく従ってきた。
「少しは、落ち付いたか」
「ぅ・・、そ、そんなに俺、不安そうな顔してました?」
「いや。昨日来た時点では、まだ・・な」
「でもバレてんでしょ」
「・・・まぁな」
ベッドに腰掛け、寝ぐせであちらこちらと、くねる髪を室井が優しく梳かす。
「後悔。・・したか」
「こんなこと、させるべきじゃなかったって今も思うよ。でも、後悔なんか出来るかよ、あんたにあんなことさせて」
「・・・」
「でも・・後悔してない自分が悔しい・・・かな」
寝癖の細髪は指をさらりと通り抜ける。
組織の中で戦う人間である以上、やっていることは組織を否定し己を否定しているのかもしれない。
だが、性格が良いだけで野心のない男は一番にはなれない。
青島に室井が伝えたいことは、無理矢理均衡を破った昨夜の行為がちゃんと伝えていたようだった。
「俺・・・あんたが怖かった。俺にどこまでも囚われて大事なものまで失くしそうで」
「俺はおまえの方が恐い。俺のために何でも簡単に捨ててしまえるから」
そこには利己的と利他的という天と地ほどの差があることを、青島は気付いてもいないんだろう。
同じことを口にしながら、室井と青島の間には鏡の裏と表のように交わらぬ境界線がある。
残酷な現実のようでいて、だからこそ、お互いを補い合えるのだと室井は考える。
しっとりとした黒曜石を煌めかせ、室井は青島を真っ直ぐに射抜いた。
「俺たちが一緒に暴走したら、誰が俺たちを止めんのかな」
「おまえがそれを言うか」
「自分のことなら幾らだって無茶出来んの・・でも」
「そこの反省会は墓場に入った時でいいだろ」
青島が泣きたいような表情を浮かべた。
室井をここまで取り込んでおきながら、青島はきっと一人この夜を抱え、室井を想う。
今この時だけと、誰とも分からぬものに謝罪しながら――
一人で全部背負い込んでしまうから、愛おしくなる。
一人に課すつもりはない。勝手に終わらせてなんかやるもんか。
もうどこにも引き返せないのならば、連れていく。
「墓場って・・・。色気ねぇぇ~・・・」
青島がタオルケットを掴み、にやりと口端を持ち上げた。
笑っていた。それでいい。
その顔はあどけなく、曇りなく、あまりに嬉しそうで花が咲いたように朝陽に溶け込んでいく。
ベッドの上にちょこんと治まり、室井に微笑む真の恋人となった男に誘い込まれ
二人は視線を交錯させた。
青島がくりくりとした瞳で期待を乗せる。
ス、と室井が身体を傾けた。
青島も顎を上向かせ、瞼を伏せる。
ちゅっと口唇を重ねた口付けは、甘い。
今この時だけを止めてくれだなんて思わない。
十字架を抱え、突き進む価値を、その重責を、自分たちは本当に知っているのか。
理知的な思考はなく、縋る綱がお互いでしかなく、その頼りない指針だけで未来を手繰っていく。
青島が室井の中に潜んでいた獣を叩き起こしたのだ。
気の済むまで付き合って貰う。
happy end

お引っ越し記念にはじまり物語でした。
まだ室青萌えが尽きません!(泣)暫しお付き合い頂けたらと思います。
20170512