01. 君の隣は俺だろ?

1.
パタンと扉が閉まる音と共に、生まれたばかりの朝の空気に包まれた。
官舎の扉はみな鈍色で、一昔前の中流建築そのものだ。
古時代を背に、青島はそのコートの前を引き寄せると、ふうと宙に重たい息を吐いた。
爪先立つ足元で、身軽にその姿を朝靄の中に消していく。
まだ明けやらぬ濃紺の、地平線が微かに色付き始めていた。
寝静まるコンクリートに響かせる足音はやけに大きく耳障る。
冬まだ深いこの季節、かじける温度が肌を目覚めさせた。キンと冷える大気はどこかあの男を思い出させる。
ポケットに無造作に突っ込んだ指先が、不意にひんやりとした滑面に当たり、踵を官舎の別棟へと向けた。
もう随分と顔を見ていない男を思い浮かべる。
会議が重なっているとか地方研修会に参加だとか、ひしめくスケジュールの多さに苦みを潰した顔をしていた。
元気かなぁと思う。元気だろうとも思う。
集合ポストには新聞が溜まっているに違いない。
錆びた銀色に街灯を反射する集合ポストまで来て、青島は足を止めた。
・・・・誰かいる。
郵便局員や新聞配達にしてはやけに早い。
そう思って近付いていくとその黒い影が、気配に気付き顔を上げた。
「・・青島?」
「室井さ・・・うわ、何で?仕事終わったの?」
「まだだ」
短く答えた室井が顔を上げると、青島の闇に浮かぶ蜂蜜色の瞳が柔らかそうに揺れた。
滅多に逢うことを赦されない人だ。
公然と逢うことを戒められた人だ。
それでも零れ落ちる痛みが室井によって暴かれた時、天邪鬼な自分が少しだけ救われた。
数奇な偶然に思わず青島の足がとてとてと近付き、室井の目の前で止まる。
「お疲れ様でっす」
「何している」
「ん~・・・、さっきまで真下んとこにいて。朝になる前に一旦アパートに帰ろうかと思ってね。んで、室井さん、いるかなぁって」
「こんな時間にか」
「・・コレ。栄養ドリンクです。ポストに投げ入れておこうかと」
「・・・そうか」
へへっと照れ臭そうに笑えば、室井の虹彩が少しだけ色を深めたものになる。
何度も見知った顔で、もっと色んな顔を知っている間柄となっているのに、このシンプルな笑顔が青島は一番好きだった。
我ながら単純だなと片隅で思いながら、ポケットに両手を突っ込んだまま、青島は嬉しそうに目を細めた。
きっと室井はそんなの気付いていない。
高貴なこの男が青島を視界に捉える時、そこに無限の震えが湧くだとか。
その認識がこっちの存在意義を作りだしているだとか。
そうして密かに続いていく室井が導いてくれた道なりが、罪悪感の裏で今は愛おしいだとか。
「君は」
修飾語もなく短く問われ、不器用な文句に苦笑しながらも青島も頬を緩め、こっちも忙しいやと呟いた。
「本部、終わらなそうなんですか?」
「ああ・・・まだ当分かかる」
「そか。・・・あ、着替え?」
親指を天に向け部屋を指差した青島は、納得したように頷いて、それからモスグリーンのコートのポケットにまた両手を突っ込んだ。
まだ朝靄の霞む大気にその柔らかそうな青島の髪がふわりと揺れる。
吐く息白く、ぴょんとおどけたように身体を弾ませた。
「引き留めてすいません。体調、気を付けてくださいね。・・・・じゃ」
「・・・・」
青島が視線を落とし、小さく頭を下げた。
スッとそのまま室井の背後の出口へと長い足を出す。
コートの裾がふわりと冬の風を包んだ。
お互い前しか向かない。それは交際当初から決めたことだった。この迂闊な決断がいずれ齎す化学変化を自分たちは望まない。
その点だけは譲歩せず室井に承諾させたことで、青島はこの矛盾だらけの綱渡りをする決意が出来ている。
視線を交わすこともなく、二人の肩が交差する。
通り過ぎる時、室井の微かな匂いが青島の鼻孔を擽った。
目を瞑る。
数歩進んで、青島の足音がふと止まる。
「・・・あ、あの」
室井はまだそこにいた。
「・・・ちょっとだけ、会えて、嬉しかった。・・・・デス」
肩越しに視線だけ投げると、室井はただ真っすぐ青島を見ていた。それに小さく笑って舌を見せた。
もう一度前を向き、青島は空を仰ぐ。
今日もきっと晴天だ。透明な大気が高い。
コートの色が靄となる寸前。
その背中に室井の声が追った。
「それでいいのか」
「ん?」
不思議そうに朝靄の中で青島が立ち止まって首だけ振り返った。
明度も低い大気の中、もうお互いの表情はあまり伺い知れない。
肌に纏わるいっそ原始的な感覚だけで相手の気配を探り合う。
心の中を覗かれないように青島が黙っていると、無機質な声が続いた。
「君の用は済んだか?」
「・・会えたし」
「だからと言ってここまで来て帰る気か」
「・・・・」
ちょっと口籠り、青島が当惑気味に眉を寄せる。
室井の意図が読み取れない。
だが、黙ってしまったことが何よりの答えになった。
馬鹿だなとでも言いたげに、肩で息をする音が聞こえる。
こんなところまで意地を張って、青島が身を切るように護ろうとしているものが、反比例的に室井への愛情だと知られていればこそ。
「だって」
「どうして君はいつもそうなんだ」
「・・・・だって。これ以上は今は。今だって・・・ここに俺がいるとこ誰かに見られたら・・・」
「こんな時間じゃ皆寝ている」
「・・・そですけど、でも」
「どうして私にはそんなに遠慮してしまうんだ。・・・いつも言っているだろう」
「・・・あんたも疲れてるだろ」
身体ごと振り返って、カツカツと靴音を鳴らし、室井が近付いてくる。
気圧され、少し青島が後ずさる。
拗ねたように反論する青島を諦めたような、冷めた目だった。
往生際の悪い青島の腕を片手で掴むと、室井はそのまま官舎に上がり、自室の扉の中に強引に引き摺り込んだ。
少しだけ抵抗を見せた青島だったが、室井の勢いに押され、踏鞴を踏みながらも中に押し込まれる。
バタンと硬質の衝突音が荒廃した廊下に反響した。
2.
ガチャンという施錠の音を合図とし、そのまま暗い入り口で思い切り抱き締められる。
これまでの足りない分を補給するかのようにただ強く回る腕に、青島の呼吸が止まった。
顎を反らし、自分に縋るように抱きすくめる男の匂いと温度に咽返る。
これに飢えていたのだと、細胞から歓喜に震え、呆気なく決壊した。
「室井さんだ・・・」
室井は一言も発しない。
だが、押し殺した熱い息が首筋にかかり、それだけで青島の身体はふるりとか弱く震えた。
寂しかった。
足りなかった。
言葉にならないものは、この恋だからこそ罪として背負うものだ。
室井の首筋に顔を埋め、逞しいその背中に腕を回す。
額をグリグリと室井の肩に押し付け、逢いたかったのだと全身で訴えた。
「んん~・・・」
猫のように弛緩した身体を預け擦り寄っていると、それに応えるように、室井の筋肉質の腕が後頭部に回り
少し顔を上げさせられ、室井はそのまま口唇を塞いできた。
慈しむように青島の指先が室井の後ろ髪を玩び、キスを深める。
暗闇の中、濡れた音を立てて擦り合わせる間、覚醒前の朝は物音一つなく、静謐な沈黙が満ちていた。
二人の息遣いと衣擦れの音が生々しく耳を辱める。
「・・ん、・・・ふ、」
それでも足りないとばかりに室井の薄い口唇の動きを追いかけると、怯むことなく何度も重ねられた。
唾液が混ざり合い、自然に上がり始める息が端から淡く闇に溶けていけば、心許ない熱だけが過敏になる。
痛みを感じる程、段々と、深くなるキスに頭がクラクラする。
やべ、と思った青島が少し胸板を押し返した。
「無理だ」
ただ一言。
言い様にもう一度口唇を合わせ、室井に舌を捻じ込まれた。
片手で腰を抱かれ、もう片手で後頭部を押さえ込まれ、室井に角度を変えて奪われる。
奪われる吐息に、青島が切なげに眉を寄せた。
漏れる吐息に声を押し殺せば、室井の神経質な指先が首筋を辿り、肌がそそけ立つ。
少し我に返り、加減してと闇の中、睨みあげた瞳に、室井の深く静謐な瞳が迫った。
一頻り口唇の甘味を堪能した室井が、そっと、青島の身体を扉に押し付けて両脇を囲うように腕を付かれる。
二人の息遣いが獣のように闇に混ざり合った。
闇の中、視線だけが熱を孕んで交差する。
暫く青島の顔を見ていた室井は、その表情に口端を少しだけ滲ませると、不意に身体を外した。
靴を脱ぎ、鞄を取り、先に部屋へと上がる。
置き去りに放置された青島は、少しぼんやりとしたまま玄関に立ち竦み、室内の電気を点けて鞄を置く室井を見ていた。
ゆっくりと室井がコートを脱ぐ。
何も喋らない。
青島が見ていることを承知で、ジャケットを脱ぎ、椅子に掛けた。
見せ付けるように、優雅でゆったりとした、空気さえ揺るがさない洗練された動作。引き締まった肩。括れた腰回り。
しんとした中に冷蔵庫の音がいやに響く。
人差し指をネクタイの結び目に入れて、室井が顎を上げ、左右に揺らす。するりとシルクが擦れる音がする。男らしい喉仏。
そのままワイシャツの襟首からボタンを、一つ、寛げた。
チロリと一度だけ持ち上げた視線が、ようやく青島を捕える。
その強い眼差し。
視線ごと奪われていた青島はパッと目元を朱に染めて俯いた。
室井は計算された力学の元、美しく鍛え上げられた肉体の造形美は脱ぐほどに露わになる。
堀の深い精悍なライン。息一つ乱していない端正な躯。細く切れ長の涼しげな目元。
伸びた背筋と、僅かに覗く首筋から鎖骨のライン。
滲む色気は年数を重ねた男にしか出せない。抱かれているときにしか、見られない。
年上の熟成した男であることを、こんな時に見せ付けられる。
室井の指がシャツのボタンを三つほど外したところで、止まった。
「青島」
さて、どうするのか。
室井の声が暗に決断を迫っていた。
あんなに淫蕩なキスをして誘いこんでおきながら、交わされた温度すら消して、毅然と淡如を装う。
指先まで室井を恋しがっていた心を抉りだされて、放り出されて、飢餓だけを指摘する。
青島はコートの裾をぎゅっと掴んだ。
「あんた、俺がどんだけ我慢してきたか、分かってない」
「・・・・分かっていないのは、おまえの方だ」
室井は掠れた静かな口調で言い返した。
惜しげもない情愛が、悔しくもある。
凶悪な執着が憎くもある。
靴を脱ぐ勇気が出せない青島はだた口を閉ざし、顔をキッと上げて室井を強く見据えた。
「・・・私に言わせたいのか?」
言い返す前に、封じられる。
「覚悟を決めろと言った筈だ。生半可な気持ちでこの先を戦えると本気で思うのか」
・・・初めて躯を求められた夜、室井はここから先、二人で背負う十字架の重さを曝け出した。
どんなに理想論を言っても、男同士が繋がり禁忌を犯してしまうことの代償は払わねばならない。
法の秩序の中で生きる人間が言い逃れのできない罪を刻むのだ。
堕ちていく定めを室井自身に賦課する、
その覚悟があるかと、静かに追い詰めた。
逃げていては、戦えない。
怯えていては、潰される。
強くあるために手を取る本当の意味を、室井は一人で先に悟ってしまっている。
「躊躇うな」
中途半端な愛情ごっこなど求めていないと、その高貴な眼差しが糾弾する。
もしあの時、青島が室井を高潔なまま庇保したいと強請ったら、室井は青島を抱かなかっただろう。
どんなに欲情しているかを悟らせてもくれない。
心で拒み怯んでいるのにも関わらず、先に成熟して見せたその覚悟に、不可解な嫉妬を煽られた。
追い付きたい。届きたい。
ただそれだけの想いが溢れ、想いの深さに息苦しくなって、瞼すら震え、伏せたらそれが承諾となったらしかった。
空かさず塞がれた口唇の熱さに、その先の結論など何も持たないまま、もう戻れないと、室井に身体をむさぼられながら、悟った。
「同じ明日を見ていけると期待したのは私の買い被りか」
今も、室井の瞳は、何かを湛えた潔さと威厳を秘めていた。
溺れず高潔さを失わない。
知れば知る程、奥深く磨かれた深みが艶を出していく。
その稀有な気品に青島は口唇を引き結ぶ。
足を上げて靴紐を解いた。
靴を乱暴に背後に投げ捨てると、室井の傍へと近寄っていく。
目の前で立ち止まる。
まだ下を向き顔を背ける青島に、室井が手を伸ばした。
腕を掴み、ぐっと引かれる。
音もなく距離を詰め胸板を合わせると、耳元に囁かれた。
「私が欲しいか」
青島は乱暴に片手で室井のシャツの胸元を引っ張ると、キスをした。
3.
コートもスーツもそのままにベッドの上に押し倒される。
室井に真上から口唇を塞がれ、青島は仰け反った。
忙しなく獣のように二つの口唇が擦り合わされ、青島の手が室井の後ろ髪を掴み、片手で室井の身体を自分に引き寄せた。
肘を青島の顔横に付き、抗いもせず室井が覆い被さる。
荒く、歯が当たる痛みさえ無視し、お互いを喰らい尽くすように擦り合わせていく。
スーツの裾から室井の手が潜り、身体を弄られる動きは、反して繊細だった。
甘い感触を持つ探る音も指も切ないほどの優しさで、だが容赦なく青島の愉悦を最初から捕えてくる。
そのくせ、触れるだけの接触はじれったいほどに物足りなさだけを残す。
もっと触れて欲しくて、青島は身を捩った。
「っ」
だが室井の手はするりと逃げてしまう。
物足りなさに強請るように口を開くと、ようやく口腔に舌を捻じ込まれ、肉厚の男の舌を与えられた。
上顎を舌先で嬲り、歯列を辿って、無防備な粘膜の奥深くまでを玩弄したあと、それから焦らし続けた舌を汲み取られる。
「く、・・ッ、ふぅ・・ッ、んぅ」
ようやく与えられた刺激に青島は息もそこそこに咽ぶが、強請る指先は、願う場所には触れてこない。
もどかしさと、追いかけるそこから掻き回され舌の付け根を突破される動きに、ややして、青島の息が容易く乱されていく。
理性的にいきたいのに、聞くに堪えない声が溢れ出る。
そういや、キスの主導権を奪えた試しがない。
「ん・・、室井・・さ・・・、もっ・・・」
舌先を甘噛みされて、思わす膝を立ててシーツを掻いた。
もっと。どうされたいかを口走りそうになり、青島は少し我に返った。
羞恥に目を染め、顔を背けるが、それを片手で戻されまた塞がれる。
「ん・・ふ・・ぅ、待っ・・」
怯んだ隙を狙われ、室井が手早く、緩く結ばれている青島のネクタイに指を掛け、一気に解いた。
空かさずボタンも外されていく。
この身体の梱包を解かれる作業が、男として居たたまれなくなる瞬間だ。
だが、一番独占欲を得られる瞬間だと、いつだったか室井が言った。
「・・・んっ・・・、待って、その、俺、シャワー浴びてきますから・・・・ちょっと放して・・・」
「今日はいい」
「よくないですよ、一日外走りまわって、さっきまで酒入れてて、俺・・・」
「ちょっと黙っていろ」
「んぅ・・・、・・・っ・・・」
キスを仕掛けながら身体中を弄られ、スーツを乱されていく。
シャツの上から胸の尖りを嬲られると、走る刺激に青島は顎を逸らした。
「は・・・っ・・・、・・っ」
電気が走ったみたいに、身体がヒクつく。
キスが解け、開かれた首元に室井が口唇を寄せ、吸い付くように肌を堪能していく。
幾つも痕が残され、その刺激の数だけ青島は悶えた。
着崩れて、コートの袖口から僅かに覗く指先で室井の腕を掴むが、既にあまり力入らなくなっている。
真の大人の男というものが歴然だった。
知りつくされている弱い箇所を室井に全て辿られる。
膝頭で青島の両脚を割ると、室井が身体を滑り込ませてきた。
何もかもが室井の思うがままに進められていく。
スラックスのチャックをもどかしく下ろして寛げられ、流石に青島は慌てた。
「んぁ、ま・・待てって・・ッ・、ほんとにッ、だって・・・」
「キスだけでこんなにしている・・・」
抵抗する両手をシーツに押さえ付けられ、身体で動きを封じられる。
呼吸を合わせるつもりもなく、室井は更に貪るように後頭部を押さえ、吸いついてきた。
力の入った指先に、 強引なキス。さっきまでは素っ気なかったのに、急に強引に愛撫される下肢。
敏感に肌が震えていく。
「ぁ、あっ、んぅ・・っ、・・だめ・・・ッ」
「・・・男をそんなに煽るな」
「んっ、・・・けどっ、ぁっ、ぁ・・っ、じゅ、準備とか、しないと・・・・ッ」
いつにない青島からの台詞に、室井がようやく顔を上げた。
「時間がない」
「分かってます・・・から」
上から釘を差すように告げられ、青島は少し熱らせた頬を歪ませて圧し掛かる男を見上げた。
闇を壊す深く、光を持たぬ蜜の瞳。
短い前髪が額にかかり、襟元が崩れ、それだけで充分雄の色気を漂わせる。
息一つ、乱していない。
セックスをするためだけに、この部屋へ上がった。
完璧な男の、その無防備な様が甘く誘いを牽引することを、室井は知った上でそれさえも手数として青島を試してくる。
容赦ない室井の雄としての素質にさえも、青島はただただ息を呑むしか出来ない。
戸惑った口元をどう解釈したのか。
喉を鳴らし、室井は渋々と身体を起こした。
4.
青島が風呂場へと行くその背中を視線で追って、室井はベッドサイドに腰を下ろした。
少し崩れた前髪を掻き上げる。
着崩れたシャツのフロントボタンは全部外れた状態で、露わになっているブロンズの筋肉質の胸板に乾燥した冬の大気が急激に襲った。
女性を抱くのとは違って、男同士はそんなに簡単には繋がれない。
一旦勢いを止められるこの瞬間が、室井はもどかしかった。
その間に青島に逃げられてしまう気もしたし、早く繋がりたいと焦る自分の裁量の狭さを自覚させられる。
抱いても抱いても、離れている時間に手のひらから零れ落ちていく気がする。
箱の中でしか動けない自分に、自由なあの魂を護れる力が本当にあるのか。
組織改革の共犯者になった時から、彼に背負わせたものは彼の人生を左右させてしまった。
身勝手な自己実現の押し付けとなる真理を、他の人間ではここまでの覚悟などできなかったという室井自身の言い訳で擁護するには
あまりに事は激甚だった。
罪はまた罪を呼び、共鳴する魂はいつしかその精神的肉体的共有にまで及ぶ。
ましてや自分は性に関しそんな簡単に扱えない。
だからこそ、覚悟も自覚も超えた決意を求めた相手にはいっそ妄執ともいうべき凶暴な感情を抱いてしまう。
窓の外はまだ暗かった。
もう随分と二人きりで会っていない、その分、あの肌に触れた瞬間止まらなくなった。
手放してやるべきだろうか。
そんな、出来もしないことを埒もなく考えてみる。
本当は逃がしてやるべきなのだろう。一瞬の気遅れがキャリアレースの一撃となる。
「今更・・・そんなこと言ったってもうどうしようもないだろう・・・」
これが無意識的な苦境からの逃げだとしても、室井は引き返せない。
青島は分かっているのだろうか。
こんなところまでやってきて、一目見れて満足だなんて、そんな可愛いことを言う青島が寂しい。憎らしい。
小さな幸せを噛み締めてそれだけで明日を生きていける青島が切ない。
あんなに慕い、想い詰めた目で室井を見る癖に
室井の心を掻き回し、細波立たせておきながら欲しがらない青島が憎い。
抱える恋情の重さが思うより遥かな差があるような気がする。
置いていかれて立ち竦むのは、絶対自分の方だ。
ただただ腰を突き上げて、善がらせて、そのいやらしい姿を見たい。
シャワーの音が遠くに聞こえている。
この間に他の準備を済ませてしまおうと、胡乱な思考に首を振り、室井は腰を上げた。
泊まり込みの支度を始めた。
5.
「ん、ぁ・・・、あぁ・・・っ」
甘ったれた声が部屋に響く。
全裸のままに室井に四つん這いを命じられ、青島は後ろから花蕾を丹念に解されていた。
ジェルをたっぷりと塗り込んだそこは、電気を点けていたのなら赤々と充血し、熱を持つ淫らな媚肉を見せているのだろう。
既に室井の長い指先を二本、根元まで埋没し、ひくひくと刺激に喘いでいた。
「あぁっ・・・!」
ぐいっと二本の指を広げるような動きをされて青島の口から堪えていた高い声が漏れた。
肘を付いて支えていた青島の躯がシーツに崩れ落ちる。
尻だけを高く持ち上げた態勢になり、男に媚びたような嬌態を室井の眼前に晒すが、室井は容赦がない。
「ヒィッ・・・!やっ、ダメ、だ・・・」
更に指を三本に増やされ、ぐるりと円を描くように掻き回される。
震えあがるように喉が呻き、青島の背中に美しく緊張が走った。
風呂上がりの濡れた肌が湿ったままに瑞々しく光り、、肌理の細かさを伝え、美しい肩甲骨が浮き上がる。
室井に晒した花蕾が浅ましく収縮を繰り返す。
誘惑に負けた室井がその花蕾の襞に昂ぶった舌を這わせてきた。
ねっとりとした粘膜が触れたその瞬間、青島の口から掠れた声が漏れる。
「ァア・・ッ、・・んぁ、ぁ、ゃ、やめッ、そんなとこ・・っ、ぃ、い・・・っ」
ピチャリと、濡れた音が淫靡に青島の鼓膜を顫わせる。
自分では見たこともない内襞を、室井が丹念に玩弄する。
上司であり敬愛する室井の鼻息が臀部にかかる卑猥な体位に、青島は身体の芯から火照り、羞恥に悲鳴を上げた。
なのに室井はそこへの愛撫を止めない。
「今更恥ずかしがっている」
「ひぁ・・っ、ぁ、ぁ・・・ん・・・ッ」
室井の舌で襞を解すように舐め回され、埋没させていた指を抜き差しされて、青島は肉の底を嬲る身を灼く焦燥を怺えた。
細腰の奥が灼く付けように疼く。
こんなことをされているのに、痛い程、屹立している青島の花芯が顫えていた。
何とか持ちこたえている太股が小刻みに震え、しっとり濡れた媚肉は、室井の指先に絡み付いているのが自分でも分かった。
「はぁ・・・ぁ、ふッ、く・・っ、ゃ、ぁ・・・あ」
「触ってないのにこっちもこんなにしてるのか・・・」
焦らす速度で室井は伸縮する花蕾の周囲に舌を這わせながら、反対の手で屹立する双袋をさわさわと掏り、玩弄する。
「く・・ぅん、ぅ、・・・は・・っ、ぅ、ぁ・・っ」
室井の舌は淫乱な動きで青島を翻弄してきて、指先の的確な動きも男を知り尽くしているものだ。
こんなにも歴然と男の差がそこにある。
熱を持った青島の吐息が幾つも闇に溶け込んでいく。
室井の手の平にボディラインを隅々まで味わうように這わされ、濡れた舌が這い回る感触にも噛み殺し切れない嬌声を枕に逃がすが
逃がし切れない疼きに怺える指先がシーツを何度も手繰った。
「ぁ・・・やっ、そんな・・っ」
達くことのないよう、室井の指先が痛いほど屹立する昂りの根元を挟み込んだ。
そのまま水音を立てて蕾の奥をぐちゅぐちゅと指を回転してくる。
「・・んぁっ、ぁあっ・・・ッ、あっ、ぁ・・・」
「綺麗だ。俺をこんなに欲しがって・・・」
「・・っ・・ンぅ・・・言う、なぁ・・ッ・・・」
青島の肉奥を室井が蝕んでいく。
花蕾の内と外から嬲られる羞恥と焦爛感に、青島は掠れた嗚咽を絶え絶えに漏らした。
男の身体に背中から覆われ、身動きのできない青島は、ただその残酷な手に啜り泣く。
限界を感じて青島は涙目で淫猥に腰を振った。
焦点を失い始めた眼が振り返り、室井を捕える。
「・・ろぃ、さ・・・っ」
振り仰げば、雄の焔を鋭く宿した男が覆い被さるようにして青島の尻に顔を埋め、目はこちらを見降ろしていた。
野獣のような雄の色香にゾクリとする。
あまりこういう目で室井に見られることに今だ慣れない。
「んぅ、ふ・・・っぁ・・・、」
くぴちゃぴちゃと、室井が長い舌を使い、襞を開く様に舐め、その室井の顔を見ながら、青島はだらしなく口を開いた。
濡れた音を響かせ、長い指が蕾の奥へと何度も埋没する。
肉の奥を灼いていく射精感に、青島はもうただ啼く羽目にしかならない。
「おねが・・、ぃ、です」
「いいだろう。私ももう限界だ」
熟れた果実のような芳香を放つ青島が哀願すると、ようやく室井の滾ったものがそこに宛がわれた。
6.
「・・・・ァ・・・ッ・・・、・・・は・・」
胸元を舌で舐られながら、もう片方を指で潰すように刺激され、室井の膝の上で青島は室井の責め苦に耐えていた。
緩く浅く、甘さだけを殊更選んだような律動は、熱だけを体内に籠もらせる。
くちゅ、くちゅ、と室井が腰を振る度、淫猥な音が滴った。
茹だったような躯を持て余し、促されるままに大きく脚を広げ、青島は室井の熱塊を咥え込み、奥深くまで奪われていく。
「ああ・・、は・・っ、ん、・・」
三点を同時に刺激され、甘ったるい刺激に青島は少し眉を潜めて顎を逸らした。
溺れていくことに竦む背中をあやすように男の手の平が這い、誘う。
自分でも知らなかった淫乱な顔を引き出され、青島は室井に成すが儘に嬲られる。
差し出せと言う躯を限界まで昂ぶらされ、躯の最も奥深いところまでを容赦なく奪っていく男はそれでも烈しさは見せず
深い快楽に誘うように、ゆったりとした動作で身体を揺さぶってくる。
「んっ、は・・・ッ、・・・ッ・・・」
いつまで経っても決定打を与えて来ない律動に、自らの快楽のコントロールの術も奪われ
時間がないと忠告したくせにまだるっこしいセックスをする男に、涙目のまま青島は恨みがましく批難の目を向けた。
顎を捕られ、咽ぶ口を口唇で解かれ、紅く媚びる胸元を指先で玩弄される。
焦れて腰を揺すれば、口付けたまま室井は苦く笑み、腰骨から両手で押さえ付けられた。
「んん・・っ、んっ、・・んぅッ」
室井を咥え、されるがままに大きく広げた内股が、淫らな欲に小刻みに震える。
左右に腰を揺らし蕾を広げるような動きは穏やかで、生温い快楽と逆上せそうな感覚に冒され、翻弄されて乱されていきそうになる。
「あ・・っ、あ・・っ、んぁ、・・は・・・ぁ・・」
男を満足させる腰の動きを、室井の手に因って教えられ、青島は室井の思うとおりに、腰を振った。
こんなにも奥深くまでを奪われ、火傷しそうな同じ熱を抱き、境目が分からなくなるほど溶けあっていく融合は
青島には凶悪な恐怖だった。
どんなに綺麗事を言ったところで、室井の経歴を潰した罪状は愛などでは償えない。
なのに、見つめられ共鳴していた時間が青島を極上の享楽の味を教え、欲しがられることに悦びを感じている。
背徳感すら快楽にすり替えられる。
自我の境界すら曖昧になり、底の無い欲望を突き付け、果てしない絶望に竦む躯を、室井は更なる昂奮へと誘ってくる。
それを欲しがる男に、青島は竦んだ心を見透かされたくなくて、この甘い責め苦を殊更早く終わらせたかった。
今夜だって時間がない。そうだろ?
こんなことして仕事に遅れさせて、どうすんの?
だが恐らく、それを見越されたセックスなのだろう。
その罪悪感を、室井が快楽にすり替える。
どこまで自分たちは快楽に貪欲に冒されていくのか。どこまで壊されていってしまうのか。
どんなに逢いたくて、どんなに飢えていたか。
熱った躯が全てを伝え、全てを教えてしまう。
躰が自分の意思とは関係なく、室井の与える快感に、こんなにも震えている。
「・・っ、・・・く・・ぅ・・ッ」
決定打を与えられないまま、腰骨を抑えつけられ、青島は呻いた。
室井の肉に奥深くを掻き回され、敏感になっている肌を男の舌が這い回る。
「ぁっ・・・んっ・・・いや」
躯のラインを弄られ、蕩けて形を失っていきそうな感覚に、思わず室井の肩を掴んだ。
快感から逃げたいのにその手を室井に外され、今度は後ろ手に拘束された。
「・・ぁ・・っ、・・・ッ・・ぅ、・・やッ・・っ、むろぃさ・・」
必然的に胸を室井に曝け出させた胸の尖りにむしゃぶりつかれ、青島は顎を大きく反らす。
「すごいな・・、ビクビクしている」
楽しそうな室井の声すら、今は青島の情欲を煽った。
こんなにまで昂らされて、恥ずかしい分、見られるほどに青島は身体を晒す。
内股を広げて押さえ付けられ、度重なる刺激に熱を以って腫れあがっている媚肉が強く弱く擦り上げられ、肌がざわりと栗立っていく。
掻き回される度、ぐちゅぐちゅと粘性の水音をあげる。
「・・あッ・・んんっ・・・は・・っ」
あまりに快楽の凶悪さに、声を堪える理性も矜持も奪われていく。
凝り固まり強張っていた心と躯を解かれて蕩け、形を失っていくような錯覚に、これは室井の自分に対する批難なのかもしれないと遠くで思った。
溢れてくる。
たくさんの想いと、優しい記憶。
この男が「欲しい」というのとは、ちょっと違う。
室井が求めるのであれば命さえ差し出したい。それくらい賭けてみたいと初めて見染めた男に捧げられるのならば
躯を嬲られることもまた享楽だった。
骨まで喰い尽されて、そうしたら自分はどうなってしまうのか。室井によって知らない自分に変えられていく。
そうしたら室井はどうするのだろう。
「アアッ!・・くそ、・・んぁっ!」
埒の明かないことを考えていたことがばれたのか、穿たれる動きが更に乱暴になった。
「ぃや・・ッ、・・ッ!・・ぁ・・、は・・っ、室井さ・・」
〝付いていっていい?〟
問うまでもない只一言は、重く圧し掛かり今も口に出せないまま、朝靄の宵闇に熱い吐息となって溶けていく。
だが、共犯者である烙印が、幸せとは何かの本質を伝えてくる。
男惚れした相手に何を捧げればこの気持ちは伝わるのだろう。
こんな方法しか選べなかった。
どうかこのひとにだけは幸あれと天に請う。
「あぁ・・はぁ・・ァッ、・・・」
悩ましい声が青島の口から溢れだし、瞳が哀願の色に変わる。
濡れた瞳で室井を見つめる瞳は焦点が上手く定まらない。
紅潮した目尻が、壮絶な色香を放ち、室井を強請る。
腰骨を押さえ付けられ、室井が強く下から突き上げる動きに変えた。
「・・・ぁッ、あ!ァ・・・っ・・、ッン!・・・ッ」
苛烈な衝撃に仰け反れば、筋張った咽喉に室井が緩く歯を立てる。
細い歔り啼きを漏らし、悶絶する身体に、青島の目尻から一筋の滴が零れ、室井はそれを嬉しそうに舐めた。
思考が散漫とし、そろそろ意識が呑み込まれていく。
きっと、逃がして貰えないことだけは本能が分かっているのだと思う。
「優しく、なんて・・・しなくていい・・・」
青島は両手で室井の頬を包み、深く口付けた。
途端、体勢をひっくり返され、背中をベッドに押し付けられる。
片脚を持ち上げられて、室井の肩に膝をかけさせられた。
「啼かせてやる」
「ふぁっ、・・・ァア・・・ッ・・・」
裂くように肉を穿たれ、青島は大きく背中を反り返らせた。
その背を辿るように室井が両手で支え、深く強く腰を入れてくる。
パンパンと肌を打つ激しい音が上がり始め、雄々しい室井の熱塊が容赦なく圧迫した。
「ク・・ッ、ハ・・ッ、ハ・・ッ」
「んぁっ、や・・っ、いぃ・・っ、そこ・・っ」
大きく広げさせられた脚の終点を、室井の熱塊がゆるやかな速度で突き上げた。
聞くに堪えない甘ったるい自分の声と合わせ、青島が眉を顰め顔を背けると、汗で束になった前髪が目元を覆う。
室井の手の平が頬に添えられ、押し殺す息を口付けで解かれ、全身を支配されていく感覚に意識が白濁していく。
烈しく律動され、呻きすらあげられずに、青島はシーツを掴んだ。
汗が飛び散り、衝撃に滲む視界に、室井を見る。
上気した頬、引き締まる輪郭を流れる汗。
少し荒い息、熱に浮かされたような眦。
ものすごい色気が迸っている。
筋肉を使った男の注挿は、普段の室井からは考えられない壮絶な野生の淫靡が滲んでいた。
快楽に溺れていく自分の様子を室井がその漆黒の瞳で視姦する様子が、また青島を煽りたてる。
かっこいい・・。
・・・なんか・・・すげー抱きつきたい・・・
例え世界の全てに批難されても、この男を大切に想っていたことだけは揺るぎない。
こんな、爛れた欲望に堕とされて、信じてはくれないだろうと思わず自嘲的な笑みが浮かぶ。
「・・ぃッ、・・ッァ!・・・は・・っ、あぁ・・・っ!」
室井が腰を大きくグラインドさせ、卑猥な動きで媚肉を遊玩した。合わせて、強烈な刺激が青島の全身に走り抜ける。
青島の指先がシーツを手繰り寄せ、室井の肩に担ぎ上げられた下肢がピンと突っ張り、足先が反り返った。
「ぃ、イイ・・ッ、ぅあッ、・・ああ゛ッ・・!」
眼が眩む情欲と快楽に耽溺していく。
「私の傍にいろ・・・どこにもいくなよ・・・ッ・・」
「ふぁ・・っ!ッ、・・んッ、ぁ・・・っ!」
耳元に低く囁かれる。
言いながら近づいてきた口唇に、滲んだ視界のまま青島は薄らと視線を向けた。
すっかりと汗で濡れ垂れ下がった室井の前髪が青島の額に触れる。
口唇を塞がれ、目を閉じた。
角度を変えながら幾度も繰り返される触れるだけの口付けに、焦れて、自ら誘いこんだ。
すっげー、すきだ。
もう、あまり、明確な思考が残ってない。
理性を剥ぎ取られ、イヤラシイ体位を視姦され、室井に思うがまま犯された身体は耽溺する快楽に抗えない。
「あん、はん、・・あ・・っ、あっ」
尻たぶを開くように室井の両手で広げられ、下から大きくグラインドされた。
最奥まで熱に腫れた肉を戯弄され、青島が悩ましく頭を左右に振る。
怺える事の出来ない淫靡な熱に翻弄され、青島の滲んだ視界から雫が零れ出し、シーツに汗と共に痕を作った。
室井の肌には目に見える傷だけは付けたくない。けど。
息継ぎも出来ず、全身の肌が紅く染まり、艶を増し、雄を誘い込むような雰囲気を漂わせる青島に、室井の目が釘付けになる。
声を押し殺し、時折口を開け紅い舌を覗かせ、眉を寄せて顔を歪めた快楽の中にいる貌に室井の劣情が煽られ
突き刺す淫棒が怒張する。
「んん・・っ、は・・っ」
可愛くて、愛しくて、切なくて。
煽られ、溺れさせられ、最早手段に拘っている余裕などないことを思い知らされる。
室井が身体を倒し、青島に覆い被さった。
妄りに開かれた青島の脚が室井の身体で限界まで押し広げられる。
宙に浮いた格好でそれは卑猥に揺れる。
そのまま、室井に両頬を掴まれ、呼吸も追い付かず喘いでいた口を塞がれた。
息苦しさに青島は初めて頑是なく首を振って室井の腕に抵抗を見せた。
が、室井は解放させない。
激しいキスに、青島は意識すら朦朧と蕩けさせられる。
茹だるような熱の中で、室井への我儘な愛情が満ち溢れ、ただ欲しいと願っていられた若い恋とのあまりの違いに胸が軋んだ。
もうあんな風には気軽に恋なんか、出来ない。
男に辱められ、躯を奪われ、こんなことをされて尚、この男に捧げたいと思う。
それでも俺は倖だったと言えると思えた。
代償に、濃密で強烈な、消せない記憶が室井に因って焼きつけられる。
でも室井は?それを室井にさせたのだということだけが、苦しい。
僅かな抵抗にもならない青島の指先が、力無く室井の後頭部に回った。
こんな方法しか選べなかった自分たちには、いつか天罰が下るのだろうか。
淫らな肉の奥まで繋がり合って、足りない分を補給し合う傍ら、熱を孕んだ快楽に溺れていく。
そうまでして欲しがられる享楽にがんじがらめになる。
烈しく身体を揺さぶられ、この男に嬲られ、胸に顔を埋める未来の女に、芯から妬いた。
「・・ん・・っ、ぁ、すき、だよ・・・っ」
「・・・私もだ・・・」
何も生み出すものはないと知っていながら、月日を重ねれば重ねるだけ、切ない程、純正なものが見えてくる。
今だけはこの瞳に映るのは、俺だけでありたい。
返って来た答えに、青島は薄っすらと笑んだ。
その情欲を湛えた淫蕩な笑みに、室井の目が眇められる。
両脇に肘を付き、腰を振る室井の息が耳元を擽る。
「もう、離れられない・・、今更」
「・・ァッ、・・ぁ、くぅっ、・・・ああ・・ッ」
真摯な響きはいっそ誓いの宣誓のようだった。
結末はどうであれ、怯え彷徨う心を探すように、お互いの躯を抱き締め合う。
同じリズムを刻んで少しでも深く、少しでも一体となる幻想を快楽に求めていく。
口唇をしっかりと塞がれ、骨も軋むほど男の力で抱き込まれ、深く穿たれる。
「~ッッ!・・ッ!・・、・・・ン・・・ッッ!!」
その憤懣を、その喪失の恐怖を、疎外感のままにぶつけることしかできない恋に、青島は室井の中の怯えを見る。
一人でも戦える男は、青島の中に孤独を投影しているのかもしれない。
戦ううちに脱ぎ捨て置き去りにしてきた沢山の夢だとか希望だとか救いだとか、そういう曖昧なこの世の美しいものを
穢れたものだけを取り扱う世界では抱えきれなくて。
青島を捕まえることで不完全な室井が完成体となっていく。
「愛している・・・」
「ッ」
ただそれだけの言葉なのに、それは神聖な音色があった。
真摯な愛情はシンプルなままに強い理念を伴い、青島を身の裡から満たしていく。
愛とは傲慢の裏側だ。
「おまえを・・・愛しているから・・・」
「・・う、ん・・っ」
室井の口から囁かれる宣誓に青島の身体が震えた。
心許ないちっぽけな音に委ね、いつしか淡い熱が重なり合ってひとつになって。
真摯な愛情と、肉の奥から突き抜けてくる欲望は相反するものなのに、こんなにも似通った熱を持つ。
骨が軋む程に力強い抱擁の中で、青島は刺激に背中を反り返らせた。シーツを掻き寄せる指先が震える。
熱く荒い吐息が、室内を満たしていった。
4.
先に起き出しシャワーを浴びた室井が身支度を整える。
枕に顔を埋めていた青島が、重たい瞼を上げて乱れた髪の奥からその様子をじっと見つめた。
黒いボクサーパンツが見事に引き締まった下半身を遠慮がちに包み、繊細に鍛え上げられた筋肉がそこに背負う逞しさを物語る。
綺麗にスッと伸びた背筋に白いワイシャツがかかる。
その高潔な背中は美しく、そして何も語らない。
シルク・タイを回す音がして、そこで室井が振り返った。
「悪いが先にいく。寝ててもいいぞ」
仕事が立て込んでいる間の、僅かに捻出された時間だと言っていた。
疲れを取るためと言っていたが、気疲れの方が大きかったのだろう、大分すっきりとした顔に戻っている。
「・・・起きます・・・」
両手を付いてベッドの上で情事の余韻がまだ色濃い身体を重く持ち上げる。
ツン、と軋む身体に眉を顰め、脆く、崩れた。
スラックスのベルトを締め、ボディラインに合わせたベストをきっちり着用し終えると
室井がベッドサイドに腰掛け、気怠い重さを引き摺る青島の、わりと小ぶりの後頭部をくしゃくしゃと掻き回した。
「鍵は投函口にでも入れておいてくれればいい。次会った時にまで持っていてくれても構わない」
「返すよ・・・・俺に証拠は残さない方がいい・・・」
ゆるりと青島が首を横に振る。
だが、青島の躯には至る所に情痕が浮かぶ。
くしゃりと掻き回していた室井の指先が、青島の猫っ毛を絡ませながら動きを止めた。
室井の顔を真正面から見て、口を閉ざしている男に小さく笑って見せる。・・・例えそれが強がりだとしても。
「いつも、想ってますから・・・」
朝靄のビーズを散りばめたような霧の中で、青島が儚げに微笑む。
先制され、室井が少し口を噤んだ。
「いつか・・・必ず君を堂々と攫って行ける男になる。・・・待っていろ」
〝俺を連れていって。あんたの夢のその先まで〟
言えない言葉が赦されるその日まで。
いつかこの時代を振り返った時、ここは輝いているだろうか。必死に抑留されながら、眩しく生きた二人の息吹が聴こえるだろうか。
「愛している」
室井は首を伸ばし、青島にキスを落とした。
happy end
20160930