old clap~薔薇
完成しました!

赤色 「あなたを愛してます」
白色 「純潔」「深い尊敬」「純潔」「清純」
桃色 「しとやか」「上品」「可愛い人」「美しい少女」「愛の誓い」
青色 「奇跡」「神の祝福」
黄色 「友情」「平和」「愛の告白」
橙色 「無邪気」「魅惑」「絆」「信頼」
緑色 「希望を持ち得る」
紅色 「死ぬほど恋焦がれています」
虹色 「無限の可能性」





e11 赤の薔薇
line
てのひらに正方形の小箱を乗せて差し出したら、青島は目を丸くしてそれを見つめた。
驚いたような、戸惑ったような、まだ室井の真意が掴めていない曖昧な表情で箱と室井に交互に視線を送る。
そんな顔を見せてくれるなんて反則だと思いながら、レッドカードを渡されるのはこちらだったなと室井は重い口を開いた。

「受け取ってくれ」
「どうして?」
「結婚を前提に覚悟を決めて欲しい」

法律もモラルも飛び越えた室井の発言に、青島は更に絶句して何も言えずに固まった。
当然だった。嘘くさい友人関係を続けてもう随分と長い月日が経つ。
だがその瞳は澄んで潤んでいるようにも見える。

「駄目か」
「本気で口説きたくなった?」
「・・・かもな」

曖昧に誤魔化して防衛線を張る自分は、大人の卑怯さを手に入れて、冒険を忘れた子供は狡さを覚えるのだろうか。
だが、もう何十回と考えた上での室井の結論だった。
先日昇進を言い渡された。けじめをつける時は満ちた。

「でも俺は」

喜んでいいのかどうかまだ迷っている瞳が、小さく眇められ、室井だけを映し込む。

「細かい御託はいい。先に返事を」
「・・・・俺でいいのかよ?」
「出会った時から君しか見えていない」

ふわっと、青島の口から洩れたゆるりとした溜息は、諦めたようでもあり、意思を固めたようでもあり、室井の鼓膜を甘く痺れさせた。
青島の手が無造作に小箱を取り上げる。

「これ、ペア?」
「ああ」
「・・ったく、なんでこんなことするかなぁ?」

リボンの中の銀色に光るリングを取り出し、室井は青島の左手を取った。
呆れた文句を零しながらも頬を朱に染め促されるままの青島の薬指に、それはぴったりと根元まではめられた。

「サイズまでぴったりと来た。ムカツク」
「キスしていいだろうか」
「突然すぎます」
「したくなったんだ」

不服そうな顔が歪んで、室井をむっと睨みつけるが、怒っているわけではないことは明白だった。
ちらりと青島が視線を投げた室井の背後には真っ赤な薔薇の花束がある。

「俺、なんでこんな人に惚れちゃったかなぁ」

好きだともまだ告げていなかったことに室井が気付くのは、口唇を重ねた後だった。



赤色 「あなたを愛しています」
2020.2.9










e11緑 の薔薇
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夜明け前の空は部屋の中まで緑色に染まっていた。
青島のコートが花びらのヴェールとなって溶け込み、今二人を遮るものは何もない。
室井が意を決して青島の指先に指を絡める。
緩やかに視線を流して、隣に座る青島が室井の方へ顔を上げた。

ベッドの下に二人して座り込み、何を話すでもなく、こうして隣にいる時間をお互いが選んで、朝が来る。
愛しさだけを残す青島のひたむきな気持ちは、黙り込む彼の瞳に隠されている。

翠色に光る瞳に吸い寄せられるように、室井は身を寄せた。
触れる前髪と青島の息遣いに室井が微かに顔を傾ければ、青島の瞼が少し震えて伏せられ
ゆっくりと、熱を孕む吐息を洩らす長い時間に、衣擦れの音が交じる。
そうして、室井は壊れないようにそっと口付けを待つ口唇に自分の口を重ねた。

柔らかく触れ合って、何度も何度も口唇を重ね返せば、繋がる体温に時が止まる気がした。
長い睫毛が震えて閉ざされ、少し持ち上がった顎に求める深さを見て、室井の胸が痛いほどに切なさと愛しさを綯交ぜにする。

「シちゃった・・・」

照れ臭そうに視線を下げる青島に、濡れた紅い口唇が艶めかしくて、室井はもう一度顔を傾けた。
握る手は離さず、優しく頬を包み、上擦る声を擦り合わせる熱に閉じ込めて。

「ずっと、君が、欲しかった」

二度と戻れない。
でも、楽しい未来だけ語り合って、夢を数えた幾千もの夜が台無しになったとも思わない。
誰よりも近くて遠い君を手に入れたなら、他に怖いものなんて何もなかった。





緑色 「希望を持ち得る」
2020.2.24










e11紅 の薔薇
line
こんなこと、本当に意味があるんだろうか。
室井は青島が徒然に語る決意という名の別れ話を黙って聞いていた。
遠くで見守るだとか。ずっと信じているだとか。そんな上滑りの言葉など、今更室井には刺さらない。

「・・・わかった」

ようやく発せられた室井の声は、呻きに近かった。
おまえが要らない訳、ないだろう!青島がどんな思いで答えを出させられたかなんて、そんなのは室井には痛いほど伝わっていた。
どうすればこの底なしに優しい恋人を救えるのか、室井には分からなかった。
室井のためだけに恋すら捨てられる青島と、想いの深さの違いが、今、こんなにも息苦しい。

「行け」
「・・・あんたが、先に」
「君が、行ってくれ」
「俺に見送らせてください」

この期に及んで何を張り合っているのかは分からないが、向き合ったまま二人の足はその場から動こうとはしない。
全身で室井を慕いながら嘘を吐く青島も、物分かりがいい振りをする自分も、相当な見栄っ張りだ。

それ以上の言葉を持たない室井に、青島もまた黙り込んだ。
俯く髪の奥から覗いたその顔に、室井は自分の無力さに、怒りに満ちた感情を拳と眉間に秘め、奥歯を噛み締める。
納得もしていないくせに。
こんなふうに、自分はかつて、誰かのために身を捧げて愛したことが、出来ていただろうか。
こんな愛し方を、俺は知らない。

紅い口唇を噛む青島が、室井を狂おしくさせる。こんな事態に俺たちを追い込んだ運命とやらを心底恨み、恨みすら愛おしさが押し流す。
いつだって室井を突き動かすのは、こちらの傲慢を撃ち抜いてくる青島の情熱だけだった。仕事も、恋も。
でも、俺たちは、切ないまでに、男だった。

室井はそんな青島に思い切り胡散臭げな眼差しを送りながら、思いつくまま口を動かした。

「このまま、おまえを好きでいても、いいか」
「・・・だめ」
「・・・・」

敢えて、言葉を挟まないでいたら、長い沈黙が青島の殺した息で閉ざされた。

「でも・・っ、・・・触れたい・・・っ」

掠れた声が途切れる直前、室井は青島の腕を引き寄せ、震える口唇を問答無用で塞ぎ、最後の望みを叶えた。




紅色 「死ぬほど焦がれています」
2020.5.6










e11 黄色の薔薇
line
Side-A
目を開けたらぼんやりした白い天井が視界に入った。
黄金の陽光が射し込み、なんかプールの匂いがする。それが消毒液だと青島が気付いた頃、霞んだ視界で影が揺れた。

「気が付いたか」
「・・ぇ、あれぇ?むろいさん・・・?」
「どこか痛むところは。まあ、どこもかしこも痛いんだろうが」
「なんでここに・・・、あれ、そういや、ここ、どこだ・・・?」
「病院だ」

少しずつはっきりしてきた脳裏に、同時に記憶もクリアに蘇ってくる。そうだ、アイツ!

「あいつ・・っ、っと、俺!窃盗犯!追いかけてて、」
「そして、確保の際に階段からすっころんだんだ」

あああ、そうそう、そうだった。だってあいつ向日葵の方にダイブしようとすんだもん。

「無茶して怪我して骨折でもしたらどうするんだ。頭を打っていた可能性だってある」
「あはは~」

愛想笑いで誤魔化そうとするが、室井の厳かな視線は崩れなかった。
病院毛布の裾をきゅっと握るだけで困っていると、室井がやがて玲瓏な瞼を伏せた。

「案ずるな。今湾岸署で事情聴取を行っている」
「・・・。大体なんで室井さんがここにいんですか?仕事は?」
「意識不明だと連絡を貰った時のこちらの気持ちが分かるか」
「・・・そりゃ刑事ですもん、多少は――」
「刑事は命一つ、軽くなる。それでもそれを惜しむ人間もいることを忘れるな」

室井は欠片もニコリとせず、青島を厳しい目で射貫いていた。
いつにないあからさまな態度に、こりゃ相当怒らせているなと首を竦めても、室井の刑事の目は揺らぐことなく青島を糾弾している。
ごめんっていうのもなんかチガウし、だからといってアリガトウってのも馴れ馴れしいし・・・

言い澱んでいると、ふと、視界が陰る。
腰を上げた室井に、なんだ?と思った時には手を握られ、口も塞がれていた。
しっかりと重ねられた熱は確かめるようにぴったりと合わさり、青島の口唇をもう躊躇うことなく探っていく。
有り得ないほど至近距離にある室井の顔と、黄色を指色としたストライプタイが妙に印象に残った。

「君は、口で言っても分からないだろうから」
「・・・ぇ・・・」
「もう二度とこんな無茶はしないと約束してくれ」

満身創痍で逃げ場もないベッドの上で、室井の強引な視線に縫い止められた青島の身体は、案の定身も心も室井に絡め取られていて、動かない。
お互い分かってるけど、それでも知らないふりして生きてくんじゃなかったのか?
最早猶予も与えるつもりはなくなった男の卓越した虹彩に、油断していた青島の反撃する余地はない。
息を呑む向こうで、また室井の顔が近づいた。




Side-M
目を開けたらぼやけた天井が視界に入った。
黄金の陽光が射し込み、水の匂いがする。それが塩素臭だと室井が気付いた頃、澱んだ視界で影が揺れた。

「あ。気付きました?」
「・・・?」
「此処、病院ですよ。あんた自分がなんでここいいるか分かる?」

気怠さを残す脳味噌を必死に動かせば、先程庁内を徘徊していた不審者に背負い投げをかけたことを思い出した。ただ、そこが階段でなければ。

「あんた、とっきどき、変なネジ飛びますよね」
「笑いに来たのか」
「さあね。ほら、これ、あんたみたいだと思って」

青島が徐に差し出したのは一本の手折れた向日葵だった。正義の象徴のつもりなのか。

「どこから盗んで来た」
「え?そこ聞いちゃいます?失敬な!ったく。ちゃんと許可は貰いました!」

やっぱり野生じゃないか。
室井は青島の指先で萎れかけている向日葵を、ただじっと見つめた。陽光を受ける花びらが楽しそうに笑う青島の顔横で揺れている。
コイツはきっと、室井が討ち死にしても認め、信じ、後すら追ってくれそうな気がした。
どこまでも付き合いますよ――その確かな証が室井を試すように光彩を放つ。

「今度からは、気を付ける」
「そうこなくっちゃ」

止めろとも無茶するなとも、本音さえも言ってこない男に、手折れた向日葵も嘲笑う。
ったく、こっちの気も知らないで。呑気なものだ。限界なんて、とうに越えている。
元よりこちらだって手放してやるつもりはなかったが。

室井は向日葵を受け取るふりをして、油断している青島の腕をクッと手繰り寄せた。
不意を突かれ、小さく声を上げた青島が、室井の上に覆い被さって、咄嗟に突いた青島の左手が、室井の顔横で辛うじて体重を支えた。

「・・ぁ・・」

青島の前髪が至近距離の室井の額を擽る。何故青島が病院にいるのかなんて、もう答えは然程意味がない。
吸い寄せられるままに室井が指先に力を込めれば、青島の吐息が口唇に掛かった。
ギリギリのところで保っていた均衡が、今その瞳の奥に潜むものを見透かし、夏の蒸し暑さと交じり合う。

「ぁ・・っっ、ごめ・・っ、俺今・・っ」
「青島」

たった一言。吐息を洩らすように諫めれば、青島は赤らんだ顔を拳で隠しながらも、室井を横目で睨んだ。

「・・ッ、・・っ・・、あんた、ほんと勝手」

そう小さく呟いた青島にもう一度顔を傾ければ、暫しの逡巡の後、青島は軽く室井に口唇を重ねた。





黄色 「友情」「平和」「愛の告白」 
2020.8.3














e11 橙の薔薇
line
Side-A
じゃがいもを均等に切り分けていて、青島は渋面になった。
ひとかけらを取り上げ電飾に翳す。
料理動画を見ながら、くるくると回して刃先を入れていたが、どうにも形が整わない。
だってじゃがいもは個体差があるのだ。ましてやニンジンクラスになると難易度は更に上がる。

「くし切り、半月切り、いちょう切り・・・?」

カレーくらい青島だって作れる。でも、室井の作品は具材の大きさまで均等で、見た目から完璧だった。
几帳面なのか神経質なのか。あんなCMに出てくるようなブツ、さらっと作るか普通?
かつてのオンナノコたちに「料理は味と愛情でしょ」なんてウィンクしていた時期もあったけど、あんなの見せられたら。
くやしい。負けてられないっしょ。

****

「なんだ」
「別に」
「?」

目の前でカレーにスプーンを入れる室井を青島がじぃっと見つめる。
室井は不思議そうな顔を見せたが、オレンジを散りばめたサラダのレタスをフォークでぱりぱりと食べた。
テーブルには帰りがけに買った橙の薔薇が一輪、ガラス瓶に揺れる。

「上手くできなかった」
「普通に旨い」
「そうじゃないです」
「レトルト使って失敗はないだろう」
「具材がばらばらだもん」
「・・・・・・プッ・・・」

頬杖を突いてむくれていると、目の前で室井が瞼を伏せた。横目で盗めばスプーンを強く握り締めている。

「笑った・・?今笑ってますよね?!ひっでぇ!」
「すまない。可愛いもんだなと」
「!!」

んなお世辞いらねぇよ、と思うのに青島の顔が少しだけ火照る。いつまで経っても掌で転がされている気分だ。
室井は澄ました顔で、もう一口、カレーを口に入れた。

「君の作るものなら何だってフルコースに見える」
「毒でも入れられてたらどーすんの?警戒したら?」
「それでも食べる」
「//////」

堂々と惑いなく言い切る室井は、端正な顔を崩さず、カレーもキレイに食べる。
それをしばらく呆気に取られて見続けていた青島は、やがて、頬杖を突いたまま、ぽつりと言った。

「フルコース、ね。じゃあ、夜はこれで終わりじゃないってことか」





Side-M
「なんだ」
「べっつに」

少し遅めの夕食となったが、青島がカレーを作っておいてくれた。
室井家の味というものもしっかりマスターされた一品だったが、やけに今日は青島がじっと見るので座り心地が悪い。
なにかあるのかと勘繰るも、青島の口を割らせるのは室井でも手こずる天邪鬼だ。
別れ話か?浮気か?また告白されたか?
データによると恋人の様子が違う時の三大要因は確か――
とりあえずレタスを食べて食事を進める。オレンジ・ドレッシングも手作りだ。

「上手くできなかった」
「普通に旨い」
「そうじゃないです」
「レトルト使って失敗はないだろう」
「具材がばらばらだもん」

想像もしていなかった解答に、室井はスプーンを握り締めた。
ばかやろう。惚れたやつが作ってくれた手料理に勝るものがあるわけないだろう。例えそれがカレーだって接待で口にするフレンチフルコースなど足元にも及ば ない。

「毒でも入れられてたらどーすんの?警戒したら?」
「それでも食べる」

残すわけがない。他の男に喰わせてもやらない。
かつて交際した女性たちには、官僚と付き合うのならば所作にも気を抜かないでくれと命じ、言うからには自分もそれなりにやった。
キッチンテーブルには一輪の薔薇。
恋など遠き世界の幻想だったのだ。分不相応なのだと。たったひとりに、室井はここまでのめり込んだことはない。

ゆっくりと隅々まで味わっていると、なにやら絶句していた青島が、ふと何かに気付いた顔をした。
頬杖を突いたまま、視線だけ室井に向ける。その視線に危険な色香が瞬いた。

「フルコース、ね。じゃあ、夜がこれで終わりじゃないってことか」
「!」

喉にじゃがいもが詰まった。
サービスしなくちゃねとぼんやり付け加えられた言葉に、想像させられた脳が茹だるのを感じる。
今夜はOKなのか。そうなんだな。そうとるぞ。そっちも食べていいんだな。

一瞬だけ動きの止まった室井に好戦的な空気を纏って顎を上げる青島に、悔しさが情欲を巻き込んで熱を持つ。
いつまで経っても手に入れた気がしない。
男を誘うのが上手すぎる青島の胸元には既に三つ外されたボタン、だらりとだらしなく垂れるネクタイに禁欲的な無防備さと官能を見る。
今夜も敗北した。降参するのはいつだってこっちなんだ。

顔色を変えないことにだけは成功した室井は、小さく、楽しみにしていると付け加えた。






橙色 「無邪気」「魅惑」「絆」「信頼」
2020.10.25







e11 虹色の薔薇
line
Side-A
「だからさ、あんた、俺が言ったこと、ほんっっっとにわかってんの?」
「まだ痴呆はきていない」

さもありなんと言い切った室井に、青島は口が塞がらない。
なにこのひと。馬鹿なの?それとも馬鹿にされてる?

「せめてパジャマに着替えろ」

パジャマって・・・。なんか泣きそう俺。
どうした、と三度差し出されたしましまパジャマをおずおずと受け取ると、青島はネクタイを緩めた。
あの夜からも室井は態度も表情も変えず、雨に濡れた俺を招き入れ、風呂もくれ、飯を与え、しまいには寝るぞと来た。

「すきって言った男と同じベッドだなんて、キケンだとも思わないわけ?」
「おまえごときにヤられるか馬鹿」

ムっとして睨んでみるが、目の前では室井が色違いのパジャマに颯爽と袖を通す。
そうきたか。ベタなペアルックもなんか俺をおちょくってくる。
開いた胸筋も、括れた腹筋も、こうも晒されちゃうと、肉厚ですね~ってなぐらいで、青島は己の腹をまじまじと見下ろすしかない。

「襲っちゃ・・・ったりして」

チロリと室井の視線が青島に向いたのを認め、ようやく満足げに目を光らせた青島はくる~んと一回転する。
スラックスのベルトを外し、尻を突き出した。

「脱いだと思った?まだ脱いでなーい」
「・・・馬鹿やってないで、早くしろ」

てんで子供扱いじゃん。悩んだ俺がばっかみたいだ。これ、遠回しにお断りされてんのかも。
それもそうだよな。だけど決めたことがある。このひとが前を向いたあの日から。

「はいはい――っと」

切り替えて、青島が大人しくパジャマのボタンを適当に止めると、それも丁寧に上から下まで拾い治され、電気も消された。
ほんと、一体俺んこと幾つだと思ってんだろ、このひと。

「来い」

うっわ、エロイ台詞。別なシチュで聞きたかった。
しましまパジャマが暗がりで七色の不思議な色彩にとって変わって透ける。
もそもそと潜り込めば、室井の匂いが包み込んできて、ほんのり青島の頬が赤く染まった。

「俺だってね、決めるときは決めるんですよ」
「そうか」
「見直すと思うよ、いずれ」
「そうか」
「・・・出直してきます」
「先の長い話だな」

諦めと情けなさの溜息に、睡魔が混じる。口説き文句も尽く空振って、夢に見そうなご褒美シチュだけど、ほんとに寝ちゃおっか。
青島は大きなあくびをして布団にもぐった。でもやっぱり名残惜しくて、最後にもっかいだけと、室井を盗み見る。
深い眸が真黒く、ただ素朴な雅を湛えて、月明かりの下、真っすぐにこっちを見ていた。


――心臓が、跳ねた。





Side-M
既に終電は過ぎていた。タクシーを呼んでやってもよかったが、あの顔を見たら帰せなくなった。
官舎の前でずぶ濡れとなっていた青島に、消化の良い食事を与え、温かい部屋を用意し、濡れた髪を乾かしてやった。
――のに、今にも泣き出しそうだった顔に血色が戻る頃、無礼にもご機嫌ナナメとなった。

「すきってゆった男と同じベッドだなんて、キケンだとも思わないわけ?」

室井が言葉を返す度、青島がますます不貞腐れていく。何がそんなに気に喰わないんだ?というか、恋以前のモンダイだおまえの場合。

「襲っちゃ・・・ったりして」

際どい台詞に潜ませた怯えと赦しとベタな官能に、室井が少しだけ視線を向けると、青島がようやくほっとした色を見せた。
くるくる回ってなにやらけったいな動きとお道化た台詞で、全身で室井に構われたい、構えと訴える。
世話の焼ける相棒のパジャマをちゃんと着せてやり、ベッドに入らせる。
今度は大人しく従って来た。が、ふわぁとあくびをしながら、まだなにやら徒然に文句を垂れている。
もう五月蠅い。少し、黙らせてやるか。

「・・・った・・っ」

足を青島の両脚を絡めると同時に油断しているその両手を掴み、シーツに縫い付け、室井は体重をかけて馬乗りとなった。
幼い顔が狼狽える様に気を良くし、額に額を押し当て、にんまりと口端を持ち上げて見せる。

「ちょっと、そーぞーと違いました・・」

間の抜けた返答に、フッと室井が小さな息を零す。

「どんな想像をした」

頬まで真っ赤になって困る姿に、すっかりと大人しくなった青島のパジャマが不思議な色に染まっていた。
自然界には存在しないその色に、海の街の奇跡を見て、懐いてくれる可愛い相棒の異質の肯定を見る。
いつの間にかするりと入り込んで、室井の胸の奥に居座ってしまっている。

「いじわる、すんだ・・?」
「こんなに優しく色々シてやったのにか?」
「ッ、ぃ、言い方が、えろい・・」

焦る青島の反応が殊の外面白く、室井は声を低めて青島の耳に直接吹きかけた。

「俺が欲しいんだろ」
「あんた、俺んこと、甘くみてる」
「あんまり俺を買い被るなよ。こっちも、そんな冷静な男じゃない」

闇に視線が交差し、見つめ合えば不思議と落ち着くものがあって、零れた笑みは同時だった。
無邪気な顔しやがって。
押さえ付けられたままの青島を何となく見下ろし、不自然に途切れた間が曖昧な虹色に揺らぐ。
闇越しに読みとったように、ふ、と青島の口角が上がった。

「でもいい・・っ、そういうことじゃないんだ。いいんだ・・・あんたの傍にいれるんなら」


怯まぬ視線に、心臓が、跳ねた。



虹色「無限の可能性」
2021.1.24









e11 白の薔薇
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Side-A
「眠れないんですよね最近」

缶コーヒーを奢って貰い、世間話をしていたついでに零した雑談はいつもの憎まれ口の筈だった。

「少し、環境を変えてみるというのは?」
「そうなんですけど・・・なんか妙に覚醒しちゃうっていうか。色んな記憶がね、勝手に再生されちゃって・・・ウザくて」

どこでも眠れることが自慢だっただけに、青島の顔は情けなく緩む。

「真下んち、森下くんち、緒方くんち・・・色々行ったんですけどねぇ。返ってこう、冴えちゃった。俺、ぢつは気を遣うひとなのかも」

さり気なく笑い話に例えてお道化るが、室井は考え込むように床を見た。

「・・・・私の家に来てみるか?」
「はい?」
「今夜は会議で帰る予定はない。好きに使ってくれて構わない」
「え?え?」

青島の動揺も意に返さず、勝手に鍵を押し付け、休憩も終わらせ、室井は去っていく。
何このいきなりな感じ。ちょっと愚痴聞いて欲しかっただけだったんだけど。
渡されたからには行かないわけにもいかず、室井の予定が狂った場合も誰が部屋にいた方が良い筈で、急展開に青島は呆然と立ち尽くした。

***

「おじゃましちゃいますよ~~」

恐る恐る踏み入ると、そこは本当に質素な部屋だった。急に予定を入れられた筈なのに、散らかっていない辺りが、憎たらしい。
指先でくるくると回していた鍵をぽいっと投げた。
青島は糊の効いた白いシーツにばっふんと埋もれてみる。微かに室井の匂いがした。
こんなとこで寝れるかっての。うっかり愚痴も零せないじゃん。

しんと鎮まり返った音のない部屋。

ここでいつも室井は身体を休めているのか。モノクロの世界に白いシーツが薔薇のように撓む。
色のない歪さが、奇妙にリアルな催淫を齎した。

苦しいと青島が言った時、室井は驚くこともなく、何かを落とし込んだようだった。
たぶん、室井は“これ”を知っている。
瞼の裏に鮮やかに積み上がっていく、繰り返される事件の凄惨さと血の海。残虐な事故現場。
青島よりずっと多くを見てきた室井だからこそ、こういう夜を幾つも超えてきたのだ。その上で毅然と立ち向かう。

「ぜ~~んぜんオトナじゃ~ん」

勝てっこない。すごくすごく遠い人だと思った。





Side-M
合鍵で帰宅すると、青島がベッドで倒れ込むように埋もれていた。
コートも着たままじゃないか。
白いブランケットを抱き込みベッドの端っこで丸まっている。
何かを抱き締めて眠るのが彼の癖なのか?

「ぐっすり眠れたようでよかったじゃないか」

刑事になりたての頃は、事件が重なるほど想像を絶する戦慄の光景に気圧され、瞼に焼き付き、夜中に何度も飛び起きたものだ。
慣れと、同じキャリアの競争意識が、その手の難関を越えさせたが、青島はそうはいかないだろう。

柔らかそうな髪をそっと室井の指が触れていく。
自分が今何をしたのか、室井は片手で口許を覆ってベッドを降りた。

無防備に頼ってくれたことが素直に嬉しかった。脅える彼が愛しいと思った。
人はいきなりは強くなれない。青島みたいな性善説に立つ人間ほど傷は致命傷となる。

「馬鹿が・・」

白いシーツに崩れるように眠る青島に、朝など来なきゃいいと祈る。
青島をひどく近くに感じた夜だった。

****

目の前に室井の顔があって、抱き込まれている態勢に青島は一気に目が覚めた。

「・・・・・・・・・?まじ・・?熟睡じゃん俺・・・」

うっそだろ?なんで?ベッドが高級だから?!混乱した頭の向こうで室井が青島の後頭部を小突いた。

「起きたな」
「か、か、帰ってこないって・・・」

洗い晒しの髪が逆立ち、胸板を晒す室井を目にするのは初めてだ。

「眠れたじゃないか」

肘を付き、覗き込むように首を傾げ、意地の悪い、見たこともない微笑で室井が性質の悪い減らず口を向けた。
こんなひとだっけ?帰らないって言葉から引っ掛けられた?
盛大に照れてブランケットを握り締める青島の前で、室井が鍵を揺らして見せる。今晩もここへ来いという餌だと分かった。

うう~と唸る青島に室井が目だけで弄ぶ。

「なんか・・・くやしい・・・」
「今日は八時に帰る」

囚われの夜が、始まる。



白色の薔薇 「純潔」「深い尊敬」「清純」
2021.4.5











e11 橙色の薔薇
line
Side-M
「俺のこと、スキ?」

なんてことを聞いてくるんだと室井は眉間を顰めた。
小麦の肌に映える橙色の薔薇が一輪、くるくると青島の指先で強請る視界も暴力だ。

緘黙な口唇が更に閉ざされた室井に、青島は両腕を囲うように室井の肩に乗せ、至近距離で小首を傾げてみせる。
ふいに匂い立つ青島の香りとシャツから覗いた濡れる肌は、男の目から見ても臈長けて、ドキリと室井の心臓が跳ね上がった。
条件反射のように室井の手は青島の腰に回され、くいっと力を込めれば、抵抗もなく青島の柔らかい躰が腕の中に落ちてくる。
答えの前に、室井が青島の口唇を塞ぎ、それがいつしか止まらなくなる。

「誰にも、渡さない」
「誰に盗られると思ってんの?」

それにも答えず、室井はまた口唇を押し当てた。
青島が室井を揶揄っているのは分かっている。
こんなカレカノみたいな言葉遊びを仕掛けてくるところが可愛くて、倖せが溢れて、強烈な愛しさが込み上げて
それもやっぱり止まらなくなった。

「大事なことは言葉にしてください」

夕陽に透ける薔薇に恭しくキスを落とす仕草に嫉妬して、取り上げた。
見透かされた笑みが零れて、見透かせない不安が室井を焦らせる。

「それから?」

どうするの?
盲目的な熱情を持て余しているのは室井の方で、些細な言葉遊びも棘なのだ。
目を見れば大概のことは通じてしまう相手だから、わざわざこんなことしなくても室井の下心は駄々洩れだろうに
それでも聞いてくる青島の神秘が、見上げてくる視線の強さと交じり合って、息が止まった。

「それとも、逃げる魚を追う方が燃える性質ですか?」

会うたびに狂わされていく。
甘い毒が青島の背後で揺れる麦茶の氷を鳴らして、揺れるアプリコットオレンジの陽炎に眩暈を起こし、室井の身体を熱くした。
失いたくないものと失ってもいいものの境目が曖昧になる。

「俺なんか、ダイスキなんだけどな」

降参したように先に白状した青島が薄く開いた口唇から少し突き出した舌を、誘い込まれるまま室井は口に含み、絡ませた。







Side-A
「俺のことスキ?」

恋人あるあるの言葉遊びだけど、面白味という言葉が辞書にないこのひとは、やっぱり固まってしまった。
可笑しくて崩れそうになる顔をギリギリ留め、俺は室井さんの首に手を回す。

「大事なことは言葉にしてください」

キスで誤魔化そうとする姑息な手段を選んだ男に、マウントを取れるのはいつだって始まりの僅かな時間だけなのだ。
だからとことん焦らして苛めて仕返ししないと。

「釣った魚に餌はやらない?それとも、逃げる魚を追う方が燃える性質ですか?」

とっておきのスマイルでダメ押しすれば、表情は更に堅くなる。
荒々しくはないのに舌を幾度も嬲られ、夢中になって貪ってくる室井に、どれだけ好きかを身体に直接仕込まれる。
このひと、俺にぞっこんだよなぁ。

「俺なんか、ダイスキなんだけどな」

もうちょっと遊んでも面白そうだったんだけど。
引き寄せられたまま、柔らかいキスが何度も落ちてきて、流石にくらくらしてきて青島は緩く首を振った。

「それから?」
「手、握って・・・見つめ合って、・・」
「次は」
「・・ん・・っ、ことばで・・っ」

署で貰ったと自慢した橙の薔薇を取り上げられ、麦茶の味が残る舌を深く挿し込まれ嬲られるままに従わされた。
からんと氷が鳴って、蝉の声が途切れて、麦茶の向こうで逆さまの入道雲がオレンジに揺れる。
いつの間にか反転していた視界で、闇色の瞳が雄の目になっていて、室井の匂いに囚われて、落ち着かない。

「もう付き合っているのに、これ以上惚れさせてどうするつもりだ」

言葉遊びが一周して、一体どんな結論になったんだか。
それでも逃げないカッコよさに、今日もときめいて。
優しく甘酸っぱい痛みが胸に広がり、悔し紛れに、青島はにやっと口端を持ち上げた。

「もっと、ほしくなるね」

室井は笑った。滲むような微笑で。





橙色の薔薇 「無邪気」「魅惑」「絆」「信頼」「情熱」
2021.6.19







e11 橙色の薔薇
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Side-M
会議室を後にすると、そこにはまだ青島がいて、驚いた。
近くの自販機から珈琲を買い、室井は通話が切れるとの同時に青島にぶっきらぼうに押し付ける。

「首元。・・・もう少し締めておけ」

意味に気付いた青島が、舌打ちしそうな顔でネクタイを整えた。
月が白じむ頃、青島はいつも音を立てずにベッドを抜け出し消えていく。
室井が気付かないとでも思っているのだろうか。室井もまた声を掛けることはしなかった。
躰だけを繋げる仲に何が残るのか、今はだらしなく開かれた彼のシャツの下には、幾つもの昨夜の情事が残っている。

「機嫌悪いな」

汗をかいて服を持ち上げるしぐさ 眠たそうにしているしぐさ シャワーを浴びて髪をほどくしぐさ、海の匂い。
どれもが室井が知るもので、室井だけのものじゃない。一時期に波立った感情に任せて、興味本位で暴けばいいってもんじゃない。
けれど日増しに腐蝕していく裡が、室井の喉も思考も爛れさせていく。

「ワルイですよ。相棒が未だに出世できずに燻っていることかな?それとも見え透いた挑発に乗れもしなかったことですかね?」

青島の心は崩せない。でもきっと青島の方がいつだって正しいのだ。これまでだって、そうだった。
もどかしい均衡は破れない。

「なに」

それでも室井に意識を向ける青島に心臓が締め上げられた。
なんだってこんな俺に懐いて慕って、見捨てず、こんなに。もっと俺を欲しがれ。

「どうしたら口を割るのだろうかと」
「こんな100円ちょっとで俺が絆されると思ってる?」

捜査会議の皮肉だったのだろうが、室井には違って聞こえた。
不意を突く、幾重にも広がる海の匂いに噎せ返る。

「そうだな・・、缶珈琲一つで絆されたのは、こちらの方だったな」

初めて、青島のポーカーフェイスが崩れた。


青島を見る室井の眸は深い。真黒く、ただ純粋な深さを湛えて青島の方を向く。青島の中にあるものを探るように暴くように。
ふ、と青島の口角が上がった。
――その一瞬。零れたものは安堵にも似た吐息の中に溶けた笑みだった。
間近で囁きの音にもならない青島の声を、室井も口唇越しに読みとったように、一拍置いて、静かに微笑した。





Side-A
「機嫌悪いな」

悪くもなるよ。毎回あんな抱き方されたら。
光も拒む黒い目で見つめてくるのを無視し、指摘されたことも忌々しく、青島はシャツの襟を鷲掴んだ。
荒げた息も、堪え切れずに漏らす声も、どれも惜しげなくさらされ、でも肝心なところはずっと隠したままだ。
官僚然としたあの黒く塗りつぶされた姿に、何を押さえ込んでいるのか。

「シゴト、与えて貰えなかったもんでしてね」

それだけじゃないだろうと言わんばかりの視線は、こういうところだけ妙に明け透けだ。
相変わらずだいぶズレてる。
缶を渡され、ちょっと意味が分からなかったけど、俺の頭にはいつかの光景が重なった。
あの頃は未だ、俺たちは。

「どうしたら口を割るのだろうかと」

それ俺に言わすの?それってヤり逃げじゃん。
神経質そうな優しい指先も、熱っぽい視線も、凜とした輝きを引き出し、大人の色香にイライラする。

「こんな100円ちょっとで俺が絆されると思ってる?」

耳を咬んでくる口唇からも、ところかまわずされるキスからも、身体中を探る手からも、逃げ出したい。
知らないことをどんどん刻みつけ、本当に知りたいことは教えてくれない。俺には役目を与えて貰えない。

「そうだな・・、缶珈琲一つで絆されたのは、こちらの方だったな」
「!!」

急にそんな本音出すなんて、反則だ。
今ここでそれ言うの?ずるくない?

耳を疑い室井の方に顔を上げれば室井もこちらを真っすぐに見ていた。
窓には瑠璃色の海が鳴いている。何度も打ち返す音に眩暈がする。
この街で出会ったあんたは最初から図太かった。どうして気付かなかったんだろう。

「しょうがないだろ、なんかあんた見てっと時々よくわかんなくなっちゃうんですもん」

じっと気配で探り合えば、ベッドの中よりもそれは嘘がなくて、青島は小さく笑った。
直向きに戦う後ろ姿に従わされ、それでも立ち上がる根性と強い意志を見初めて、甘い指先と舌と身体に全身を蕩けさせられて
いつの間にかこんなにいっぱいになっている。

すきなんだよ。
音にならないそれを口唇越しに読み取ったように、隣で室井も微笑した。



青色の薔薇 「奇跡」「神の祝福」「夢かなう」
2021.8.15










e11 橙色の薔薇
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Side-A
応援に呼ばれて、ついでにウチの情報ひとつ貰って、だから礼儀として、女だったらカラダでお礼出来るのにって揶揄った。
酒の勢いを借りた冗談ひとつ、生真面目で面白味のない男だから茶化しただけだ。
だけど、そんなのは室井にとっては聞き飽きた常套句だったらしい。

腕を引き寄せられて、顎を盗られて、ヤったこともないテクのキスに、こっちの男のプライドが手折れていく。
室井の匂いに噎せ返り、奪われるキスに酸欠となって思わず顎を反らせているうちに、俺の身体は組み敷かれ服なんかもうほとんど剥ぎ取られていた。

「ま、まずくないですか・・・?」

此処まだ料亭じゃん。こんなところで何されてんの俺。ってゆーか、これ、俺たちの初キスだったのに。
それでも男の躰に夢中な官僚に、青島の目尻が情けなく下がった。

「人払いはしてある」

でしょうねってことしか青島の頭に感想は浮かばない。
政治家などが密談に使いそうな部屋である。格式あるテーブル、高級掛け軸、花瓶を埋め尽くす桃色の薔薇。
室井クラスになると、週刊誌も注目してくる。
ってか、そおじゃない。

「俺――」

逆らえないキスに火照ってきたのはこっちの方で、青島は無意識に室井の背に手を回し、舌に応えていた。
長いキスは、ただテクニックのみに長け、引きずり出される悦楽は燻る積年の想いを俺だけから暴き出してしまう。

「さいしょ、から、こうする、つもりだったんですか」

室井が殊更ゆったりと吐く息が歪んで霞み、酩酊を起こす錯覚のまま室井を見上げる。
落ち着いた雰囲気の中に漂う上品な壮麗感と、凛としたたたずまいで魅了する男は、些細な俺の不安まで見透かして主導権を完全に握っていた。

「君は、ここで、私に全部、見せるんだ」

このひとに見られる羞恥に芯から疼いて、噛み殺した息が、澱んだ視界で部屋の温度をまたひとつ、上昇させる。
胸が、苦しい。
気怠い吐息を上げさせられ、濡れた目元に浮かぶ色は、必死に隠した心の内さえ洩らしていった。





Side-M
冗談の一つも分からない田舎者と嗤われ、派閥にも属さない協調性も無いと罵られ、周りは皆室井を敵視した。
それこそ揶揄いも悪口も苛めも叩きも、此処ではなんでも黙認らしい。勿論その中には性的なものまで当然ある。
こんなことも知らないのだろうとばかりに揶揄されて、ここまでくれば、またかと思う。

生意気な口を封じるように、耳の裏をぺろりと舐め上げたら、青島はぴくりと震えた。

「最初からこうするつもりだったんですか・・・?」

本音を隠すのは然程苦ではない。キャリアの基本だ。イチかゼロしかない青島の方が蒼いのだ。
だがその純潔が室井に捨ててきた筈の懐郷を思馳せた。

「どう思う?とんだ醜聞だ。警察から抹消されるか、社会から迫害されるか」

女性のような白さとは違う無垢な肌だ。それが逆に作用し、熟れたような香りとセクシーなフェロモンを美しく見せ付けてくる。
海と太陽の街にいる彼からも、まさか同じ台詞を聞くことになるとは思わなかったが、そんなことよりも正直に跳ねた心臓に嫌気が差した。
結局幾ら良い恰好したくて気取って見せても、青島の前じゃこのざまだ。

「も、もしかして俺のこと気になっちゃってたり・・?」
「・・・」
「冗談でぇす」
「・・・そうかもしれない」
「ぇ」

額を抑えつけ、もう欲するがままにぷっくりとした口唇を貪れば、ぎこちない動きで必死に応えてくる愛しさに陶酔感が支配する。
色々勘違いしてしまいそうだ。
想いの深さと勢いに室井の方が僅か勝り、押し倒された青島がシャツを引っ張り抵抗を見せる。
思わず持ち上がった口端を隠したくてキスを深め、酸素不足で力が抜けた頃を見計らい、解放した。
濡れた瞳を覗き込めば、唾液で光る口唇と、柳眉を歪める青島が、この上なく愛おしかった。

「あ・・、あの、俺」
「君は、今夜、ここで私に、全部を見せるんだ」

言葉を区切るように言い伏せれば、命令に従順な青島の無垢な身体がぴくんと震えた。
しとやかさと多淫は青島の上では同義語なのだと知る。
青島が片手を室井に回しクイっと引き寄せられる。
媚薬よりも強い匂いに酔って、勝ち気な挑発に震えて、室井はベストに手を掛けた。

桃色に染まりだした内股が蛍光灯に映え、腕の中で喘ぐ歪んだ顔を見下ろし、扇情させられるまま、室井はようやく積年の想いを遂げられる。




桃色 「しとやか」「上品」「可愛い人」「美しい少女」「愛の誓い」
2021.10.14










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2020/02/09~2021/10/14