old clap~誕生石
完成しました!

1月 ガーネット(柘榴石)
2月 アメシスト(紫水晶)
3月 アクアマリン(藍玉)
4月 ダイアモンド(水晶)
5月 エメラルド(翡翠)
6月 パール (真珠)
7月 ルビー(紅玉)
8月 ペリドット(カンラン石)
9月 サファイア (青玉)
10月 オパール (紅水晶)
11月 トパーズ (黄水晶)
12月 トルコ石/ターコイズ(瑠璃)





e111 月ガーネット(真実・信頼・愛情)柘榴石
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噛みついた首筋からたらりと鮮血がほとばしる。
室井は舌でその深紅の塊を掬いとった。

「信頼と愛情」

舌先で光る柘榴色の液体は、記憶の中で掌の上にあったものと同じ色をしている。
それはまるで宝石の欠片のように青島の濡れた肌の上で光を放った。

「昔、おまえからもらったものだ」

内股を撫であげ深く身を埋め込めば甘い吐息が室井の酩酊を誘う。

あの日のノイズの混じる無線から聞こえた自分だけを呼ぶ彼の声。
血判は契印となり封印し続ける筈だった青島の本音を室井に気付かせた。
知ってしまったら――

「もう、放せない」

律動を与えれば焼印のように青島の腰の傷が柘榴色に浮かび上がっていく。
少し鉄の味がする宝石を存分に味わい、室井は分け与えるように青島の口唇を塞いだ。
2017.1.11








e112 月アメシスト(高貴・覚醒・誠実)紫水晶
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「今日はバレンタインだ」
「ですね」
「チョコはさほど好きな方ではない」
「はぁ」
「日本の風習ではチョコは感情の具現化であり、即ち渡すのは本質ということになる」
「その理屈でいくと義理チョコには切ないもんがありますけど」
「そもそもデパート商戦にみな乗せられているにすぎない」
「数ないと寂しいんだよね~」
「媒体に何を選ぶかは相手次第だ」
「つまり?」
「チョコレートは要らないという結論になる」

長々と続く説法のオチが見えなくて、青島がこてんと髪を揺らして首を曲げた。

「結局さっきからあんた何が言いたいの?」
「君からチョコが欲しい。そしてこれを受け取ってほしい」
「今いらないって・・・、ん?なにこの箱。すっげヤな予感・・・見たことあるパッケェジなんですけど?」
「そのまんまだ」
「こんなとこで出てくるブツじゃない気がすんですけど!?」

シルクのリボンがはらりと舞った。

「ちょっ、待っ、・・待った!!」

室井がにじり寄ったのを視界に青島が後退る。 両手を眼前で制するが、それを奪われ、距離を取ろうと横を向いたらそのまま圧し掛かられた。
左手を取られた青島がバタバタと踠く。
室井はお構いなしにその背中に馬乗りとなり、 押し倒された形になった青島の白いワイシャツが捲れ、腹が覗き足が床を掻いた。

「いやぁあぁぁやめてぇえぇぇ!ちがうぅ、なんか、違うッ」

青島の断末魔の叫びが虚しく官舎の夜に木霊した。

***

「げぇぇ・・・ほんとにハメちゃったよ、サイズまでぴったりと来た」
「測ったからな」
「いつ!」
「君はセックスで意識飛ばさせると朝まで起きない」
「あ・・・あ・・・、あの夜か!確信犯メ!」

やけにしつこく責め立てられ挙句悩ましく嬌態を晒してしまった夜を思い出した青島の頬が紅色に染まった。
大仰に丸い指先で薬指の銀の光を弄ぶ。

「・・・で?」

拗ね、むくれた顔を挙げればそこには自分以上に眉間を寄せた険しい顔があった。
これプロポーズ?にしては随分と色気なく嵌められちゃったけど。 あんな強引だったけど。そもそもプロレスもどきでやることか?

「――・・・私で、いいか」

そう応じる声は、どこまでも柔らかくて、甘く、誠実だ。
何故かすんなりと腑に落ちた。冗談だとか騙されているだとか、そんな風には思えなかった。
不貞腐れて、髪をぐしゃぐしゃにして、照れた目元を前髪で隠して。

「あんたで、じゃない。・・・・あんたが、いいんだよ」

確かにチョコはいらない。

「あんたも、俺にしときなよ」
 2018.2.16











e113月アクアマリン(勇敢・沈着・聡明)藍玉
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室井の恋は青島に出会った瞬間から怒濤の勢いで始まった。
勇敢で決して屈しない強い瞳の輝きはあの雄大な湾岸の海を思わせる。

それを告げるのに数年の月日を費やした。
擦れ違う間に青島を泣かせ傷つけた。
誰かに盗られるのだろうという歯痒い焦りがこの熱に答えを付けさせることに二の足を踏ませたのだ。


「ん。でも俺もずっと玉砕覚悟だったから。おあいこ」

穏やかな海に身を委ねているような清らかな微睡に、青島からくてんと力が抜けた。
室井を満たすだけで役目を終え、触れたら消えそうな儚さで青島が微笑む。

「何だって俺みたいな面白味もない男と居たがるんだろうな、おまえは」

短く絶句した後、青島が耳元で囁いた。

「心配しなくても今俺が好きなのはあんたですよ」

らしくない言葉にビックリして青島を見ると自分で言った言葉に一人で照れている。


重圧の恐怖に足元を踏み固めるのに必死な自分とは対照的に、大胆で自由に擦り抜けてしまうくせに
室井の前では脆く繊細な愛情を覗かせる年下の男に、室井は全面降伏する。

もう誰にも渡せなくなった。
海は波間に消えた澱む恋の色だったのに、麗らかな春も浅い透けるような海色の共鳴はこんなにも透明だ。
遠い世界の誰かの話だった恋物語は最早手に負えないほど濃密に室井を身の裡から蝕んだ。


独り占めしている海色の宝玉を傲慢で淫靡な愛欲に染め落とす禁断の口付けを。
室井は片手で青島の後ろ髪を引き寄せ情熱的なキスを仕掛けた。
2017.3.5

★ラテン語の「海水」を意味する語から








e114月ダイアモンド(永遠の絆・純潔・不屈)水晶
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熱る身体の心地よい余韻に浸りながら、室井は長く美麗な脚を巻き付けてくる青島の後頭部を掻き込み、柔らかく口付けた。
指を握り締めながら、敏感な耳元から首筋を口唇で愛撫し、また淫らな後戯に堕ちていく。
微かに漏れる吐息さえ室井の耳を誘惑に滴らせた。

「ん・・・んん、ぅ・・・ふ、」

甘ったるく喉を鳴らすふくよかな口唇を上から塞ぐ。
啄み、擦り合わせれば、強請るままに応えてくる仕草がまたたまらない。
何度も何度も重ねて、角度を変えて、呼吸を奪って、細髪を掻き混ぜる。

「もう一度シたくなってきた」
「もう一度その気にさせてくれたらね」

可愛げのない仕草とは裏腹に、乱れたシーツの上で絡み合う脚が淫靡な強請りに火照り、少し潤んだ透明の瞳は宵闇の中でくりくりと室井を見つめ、妖しく笑 む。
汗でうねって張り付いた前髪を梳いてやり、室井は汗ばんだ額に恭しく口付けた。
うひゃっと肩を竦め青島が小さく息を呑んだのんが伝わった。
経験豊富でモテそうな青島だが、実は照れ屋だということは、意外な発見だった。

「腰立たなくなってもしらないですよ~だ」
「鍛え方が違う」
「そんなとこ鍛えてんすか」

揶揄うような愉しむ眼差しで青島が室井の眉間を指先で甘く辿る。
なんて美しく危うく妖しい生き物なんだろう。
情事の最中、日焼けした素肌が仄かに色付き華が咲いていく様は絶景以外の何物でもなく
やがて理性を失い快楽に従順となる頃には、室井の思うがままに啼く極上の美酒となる。
頑是なく打ち振る仕草と、無意識に締め付け揺らす腰が、肉の猥らさで室井を嬲り、莫迦にさせる。

「でもここは欲しがっているように見える」

全く素直じゃない。
組み敷き、ぬるつく口唇を割り指の腹でなぞれば、男の背をゾッと官能に灼き付ける妖冶な瞼がトロリとした濃密な蜜を湛え、室井を見上げてきた。

「おまえ、どうして俺に抱かれた・・・?」
「何もかもかなぐり捨てていくぐらいの方が、人生楽しいでしょ」
「そんなものに、俺を巻き込むな」

二人の関係を続けるために理想ばかりを押し付けた。立場を考えれば不都合で不謹慎だと分かっていた。今だって、こうして相手のせいにして、自己保身をどこ かで計算する。

「君はそれに払う対価の大きさを全く理解していない」
「俺、愛されてますから」

俗世に堕ち、穢れていくこちらとは裏腹に、どんなに辱めてもこいつは見透かしてくる。
そこに至るどれほどの葛藤や恐怖を悟らせもしない。

「気が狂うほど、阿呆にしやがって」
「悲恋に酔ってたって、答えなんか見つかんないでしょ」

まいったなと言う顔で、室井はもう一度恋人にキスを仕掛けた。
2019.4.2









e115月エメラルド(先見の明、希望、幸運)翡翠
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なんでそんなことすんの?
躓きながら坂道を走った。
追いかけて、追いつけなくて、でもあんたが先にいるから俺は。
例え一緒に歩めなくなっても、分かち合えるのなら、それは幸せだった。

人波を掻き分け、まだ眠るスクランブル交差点を横切る。

別々の道に行くのに、こうしてあの男は青島の存在を忘れていない。
強がらせてよ。平気なふりさせてよ。護らせてよ。なのになんでこんなこと。
勝てない。敵わない。諦めさせてもくれない。
息を切らせて追いかけて、それでもどんどん遠くなる見えない姿を欲しがって。

エメラルド色の大気に霞む長い階段を一段飛ばしで駆け抜けた。

なんだか我慢するのが馬鹿らしくなってきた。
意固地で融通が利かなくてステレオタイプなくせに、やっぱり大人で、俺は急に手を放された子供のようになってしまう。

闇が微睡む世界の奥で、胸を潰すような坂の上に大きな建物のてっぺんが見えた。
その下に、真っすぐな黒い背中を見せて待ってくれてる男がいる。

「あの・・っ!俺っ!」
「・・・」
「一緒に家、帰りません?飯でも食いたいです」

汗ばむ手を握りしめ、息も整わないままにそう言えば、高潔な背中がゆっくりと振り返った。
泣きそうな顔になったのはきっと夜が隠してくれたと思う。

「・・・何笑ってんですか」
「笑ったか?」
 「俺、怒ってんですよ?」
 「そうか」

不貞腐れた俺の声にも顔色一つ変えない気難しいままの男が確かな目を向ける。
澄んだ空気の中で静かに揺れる木々が、瓶の中だけ時が止まったように見せた。
やがて視線を絡ませた俺たちの向こうで生意気なほどオーロラ色に輝く太陽が光を射す。

「後悔させませんよ」

エメラルドの陰影を濃くする男の壮烈な偉容に呑まれないよう、しゃかりきに言い切ってやった。

「朝飯くらいで何を言っている」
「営業ってのはね、最初で勝負が決まるんです」
「そりゃすごい」

「室井さんは俺のこと、知りたくない?」
2018.5.4









e11 5月翡翠(安定・知恵・長寿・幸福・忍耐)
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いつ以来なのかも思い出せない躰を引き寄せ、狂いそうなまま呼吸も貪る。
理性が持ったのは扉を閉めるまでだった。閉ざされ二人だけとなった途端、室井はその腕を引いた。
ほぼ同時に青島の腕も伸び、先に動いた室井の遠心力で青島の背は壁に押し付けられる。

「会いたかった」

烈しい口付けの合間にそう呟けば、それさえも疎ましいとばかりに青島に口唇を押し付けられる。

「ぅ・・っさい、よ・・ッ」
「やめろ、ぶっとびそうだ」
「んなのも・・、いらね・・ッ」

ただひたすら、世間を恐れ、社会を拒み、ここにある確かなものまで無き物にしようとしている。
時間さえも怯えて、逢瀬を叶えるのは数えるほどだ。
それでも、欲しくて欲しくて狂ってしまうほど飢えた言葉は、室井の中に瑞々しい波紋を残響させていた。

「も・・っと、おれ、もとめて、い・・っ?」

深い闇の中で蠱惑的に透明がかる艶に抑えきれない情欲が浮かんでいるのを見て、室井は頬を掴んで熱い舌を注ぎ込んだ。
たまらない。それは壮絶な色香を放射し、室井を挑発し、魅了する。

「あたりまえだ」

仕事の間中、青島は自分に一定の枷を課しているらしかった。
辛いのだと弱さを見せてしまえば、きっと最終的には室井を赦し、どんな不完全な要求でも叶えようと粉骨してしまうんだろう。
それに気付いた時、同時に室井の中の迷いが吹っ切れた。

「おれ、喰っちまいたい・・っ」
「来い」

ベッドに連れ込まれ、押し倒されるままに室井も青島の腰を掻き抱く。
上から降り注ぐキスを自由にさせてやりながら、室井は口腔を明け渡し、青島のネクタイに手を掛けた。
弄るままに飢えを隠し切れない指先は、そのシャツの裾からも忍び込む。

「おまえは俺のだ」
「・・すき、です。俺ね、なんか、すっごく、」

この幼顔に艶冶な色が宿れば、室井はひとたまりもない。
次の瞬間、室井は青島に足を回し、一気に態勢を入れ替えた。
2019.4.21









e116月パール(永世・富)真珠
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まるで存在を確かめるような優しい口付けが離れ、青島は甘い嘆息を漏らした。
ふっくらとパールに色付く口唇が強請るように薄く開かれ続きを誘う。
誘惑の色香に成す術のない室井が円熟した笑みを浮かべた。

「そやって笑うの、性質わりぃ・・」
「おまえの前だけだ」

室井に告白され突き放せなかった指先が、触れることを赦された歓びに震え、原罪に溺れる。
余裕があるのがムカついて、後頭部から押し付ければ
その手を取られ、深いキスが降ってきた。
求められた舌を自分から咥え込み、誘う柔らかい肉が猥らに掬う。

「ずっと、ずっと、好きだったんだよ」

吐息がかかる程の距離が更に縮まって、呼吸も声も飲み込まれてしまう。

「ん・・っ、だめ、もっと欲しくなるだろ・・・」
「そんなに誘っておいてか。責任持てない」

つまらない足掻きを見透かした口唇が熟れるほど擦れ合って
シャツの上から弄る室井の指先に溺れ、力が抜けた。

「性質が悪いのはおまえの方だ」

時惜しむ空言を口にする理論派の、傷つくことを承知で世界を壊す聡明さに耐えられなくなる。
清洌な眼差しの前に成す術もなく泣きたい気分が湧いて
青島はそれを誤魔化すように無我夢中で口付けた。



永遠なんて、あるわけないだろ。
心のどこかで嘲笑っている青島は自分が室井の守護石であることに気付かない。
2017.6.12










e11 7月ルビー(情熱・熱情・勇気・仁徳)紅玉
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「俺のこと、ホントに好きですか?」

拗ねた声で囁くと、青島は室井の薄い口唇に自分のそれを重ね合わせた。
何度も吸い上げるように舐めて、自ら薄く開いて侵略に誘うが、室井は乗ってはくれない。
リズムを整えるように、青島の動きに合わせ弾力を確かめるように触れられる。
震える瞼をゆっくりと持ち上げれば、至近距離に光る双眼は妖しく焔を光らせた。

「青島、そのキスは反則だ」

室井の手が青島の両肩に乗せられ、トン・・っと軽く背後の壁に押し付けられた。

だったらどうだって言うのさ?いっそ自分から室井の舌を求めて青島が長い首を傾け忍び込む。
濃密な肉の交じり合いに、青島の頬が色付き、無意識に引き出される熱っぽい呼吸があえかな喘ぎを含んでいく。

「ん・・ん・・、むろい、さん・・っ」

室井のキャリアとしての資質と大人の性を見るのは、こんな時だ。
もっと熱くしたいのに。もっと乱したいのに。もっとめちゃめちゃにされたいのに。この高潔な官僚に。ベッドの中のように。

室井は何も言わない。そんな青島の変化を視姦し、そのキスにも室井は穏やかな歓びを纏って青島の髪を指先に絡ませ、逸る青島のキスを丁寧に操縦していく。
スーツひとつ乱れない。キスを愉しむという成熟した大人の行為に、思わず漏れ出た青島の吐息の中に悔しさともどかしさが入り混じった。

「ンッ、も・・っ、なんで・・、もっと・・っ」
「可愛すぎだ・・・帰せなくなったらどうしてくれる」

室井の両腕が壁に付き、少しだけ深いキスで制される。上顎を擽るように舌先で玩弄され、思わず青島の膝がカクンと崩れた。
アッと思った時には、室井の手が青島の両手首を壁に押し付け、縫い留められる。

手の平で弄ばれているようで、自分ばかりが熱くなっていく現実に、青島の瞳が羞恥とそれ以外のものでほんのりと潤んでいた。
感情を溢れさせて当惑する青島とは真逆に、キャリアは常に感情に規律と自律を尊び、獣欲を発する場を選ぶ。

そんな目をするくせに、まだ素知らぬ顔を続ける・・・。

キャリアという選ばれた集団が、たかが入署して数年のノンキャリとは格が違うことを青島は肌で知る。
普段偉ぶったって強がったって、根本的なところでこんなにも差があるなんて。
腹が立つのは完敗だからなのかやっかみなのか、もう良く分からない感情のままに青島はもう一度室井に口唇を押し付けた。

今夜はぜったい好きって言わせてやる。
2019.7.15










e11 8月ペリドット(平和 ・安心 ・幸福 )
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夜明けはまだ遠く、部屋にわだかまっていた熱気は少し薄れていた。
オリーブ色の暁闇に紛れ、ふたりして屋根伝いに宙を渡る。
夏は朝焼けがきれいだからと誘う青島に、まだ星空だと返すと猫のような瞳は下から覗き込んできた。

「星もきれいでお得でしょ?」
「秩序に煩いわりにはいい加減な理屈だ」
「いいじゃん、特別なものをふたりで見られるんだから」
「じゃ、出た甲斐あったな」

熱の名残を残す青島が薄く笑う。・・・抱きしめたい。無防備な背中には、咄嗟に襲いかかりたくなる。
その衝動を何とか堪え、室井は隣に座る悪戯心を乗せた海色の瞳を見つめ返した。

青島と過ごす何度目の夏になるのだろう。
いつになったら俺はこの際限を知らない感情に慣れるんだろう。
手に入らないと思っていた男が共犯者となることに頷いてくれた、その意外な結果に首を傾げたのも遥か遠い秘密の話だ。

「屋根の上も不法侵入?」
「バレればだ」
「じゃあ、ないしょ、ね」

人差し指を口に立て青島が連れ出してくれる内緒の夜の森。
月光に照らされた輝く波のグラデーションが、深みと光を湛える真夏のオーシャンブルーのように取り巻いた。
自分といることで微笑んでくれる青島に、室井の中に何気ない煌めきが溢れ出る。
もっと独り占めしたくて、支配してしまいたくて、馬鹿みたいに求めてやることしかできない。
あまりの多幸感に胸が焦げ付き、室井の胸の奥が熱くなった。

「完全犯罪だね」

ふたりでひみつを閉じ込める。
ひみつの中にふたりの幸がある。

わくわくした瞳で青島が誘惑の呪文を唱えた。それはふたりだけが知る合図。
ひみつは外に出したら最後、色を失っていく。

「もっと楽しくさせてやろうか」

艶冶な瞳が夜に煌めく。
星月夜の夜深におしゃべりは似合わない。室井はそっと鮮やかな色で秘密を閉じ込める口唇を塞いだ。
2017.8.20

★カンラン石・・・ラテン語の 「オリーブ」が語源








e11 9月サファイア (慈愛・貞操・高潔・徳望) 青玉
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バタンと扉が閉ざされ、車内は二人きりの空間となった。
あの頃と同じようで全く違う邂逅に、室井は密かに頬を強張らせ平静を装う。
そのまま走り出すのかと思ったら、あろうことか、青島が振り返ってきた。青く透明なすべてを見透かしているかのような深い宝石が室井を覗き込む。

「乗車記念にどうぞ。なんなら毎回日付と通し番号振っとく?」

差し出されたそれは微かに記憶の片隅にある白い名刺だった。
初めて青島に送迎してもらった日だ。
懐かしくも遠き日を室井は朧げに思い出す。
あれから月日は流れ、部署も変わり、道も変わり、なのに偶然にも今日、あの日が目の前で再現されていた。
となるとこれはナンバー2ということになるのか。

「何番まで有効なんだ」
「だって。どうせ失くしちゃったでしょ」
「・・ない。・・・失くしてなどいない!」

期待されていない。当てにもされていない。その言葉にカチンとなる。
こっちはこんなにも夢中にさせられてしまっているのに。
どうだか、という青島の半眼は、冷めた温度で反らされ、夜の街へと投げられた。

「いいよ。あんたが俺の名前を覚えるまで何回だって挨拶回りしてやりますから」
「名前くらいとっくに知っている」
「フルネームの話じゃねーよ!俺の存在って意味だよ!」

思っていたより違う雲行きに、あれ?と思って室井の口が止まった。
ああもぉ!と目の前で青島が柔らかそうな髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「分かってたけど・・!知ってたけど・・!なんか室井さんって時々言葉通じませんよね」

使っているのは同じ日本語だと言おうとして、室井は止めた。
あの頃と同じ青島がそこにいる。
後部座席から手を伸ばし、青島の指先でまだ名刺が揺れている手首を掴み、引き寄せる。
驚き見開かれた目を焦れるほどの距離で射貫き、敢えて口を閉ざせば、青島の方が瞳を揺らした。

「・・俺のこと・・呼んでって・・・」

自分の迂闊さに、室井は内心悪態を吐いた。
困った時は思い出せ――それは以来ずっと室井が実践してきた戦術だ。時を経ても貫かれる一途な想いと、内から放つ力強い光が室井を勝負師にする。
室井はじっと青島の瞳を見据え、それから指先で彷徨う名刺を奪い取った。それを胸ポケットへと仕舞う。

「・・・・」

室井の一連の行動を、青島はただ目を丸くして見ていた。
後部座席に深く背を預け、室井はもう一度青島を見る。照れたような赤らむ顔を見たのは、初めてだ。

「通し番号、楽しみにしている」
2019.9.23

★アイディアは碧子さまから。この続きがプレゼントコーナーにあります









e11 10月オパール (幼心・無邪気・潔白) 紅水晶
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「俺たち別れませんでしたっけ」
「付き合ってもないのに何を別れた」

傷つけると分かっていてもあの時はああするしかできなかった。
裏切りの仕打ちをかましたあの日、俺たちの時間は分かれたんだと思う。
そうすることで互いに、なけなしのプライドを護った。
手を取り合わなかった幼い決断は今も胸を苛むが、その分俺たちはこうして男の弱みと意地を共有でき、同じでいられる。

「その眉間が今日の文句を語ってます」
「・・・生まれつきだ」

今の俺には取れる責任もない。そのくせ立場からも逃れられない。
うだつの上がらない日々を越え、エンドロールが見えてきた遍路に、青春彷徨は古傷とさえ言いたくなかった。

「うへぇ・・・このピーマン、炭だ・・・」

青島が恭しく取り上げた原形を失った物体が黒々と崩れ落ちた。あろうことかそのままグラスにダイブする。

「・・・・」
「・・・・」

ふっと室井の口から息が零れ出る。
青島が目線を向けた瞬間、更にそれは増大し、室井は下を向きクツクツと肩を揺すって笑いだした。

「ぇ・・・。室井さんが笑ってる・・・」

何だかどうでも良くなってきた。青島にかかるといつもこれだ。
迷惑なのか面倒なのか。予想とは違った結末を引き連れて室井を新鮮な衝撃に巻き込んでくる。
さっきまであんなに塞ぎ込んでいたのに。あんなに絶望的だったのに。

「あんたね、そーやっていっつも俺ンことバカにしますけどね、幾ら奮発してやったと思ってんのっ」
「・・・ああ」
「まーたナマ返事。ぜってぇ分かってねぇよこのひと」

目を丸くしてたくせに、くるくると表情を変え、頬をぷっくり膨らませた青島が残りの肉を野菜と共に並べていく。
減らず口とは裏腹に、少し潤んだ透明の瞳が煙越しにくりくりと室井を見つめ、高慢に笑んだ。
どんな現実が室井を飲み込んでも、不都合な理屈がまかり通っても、この無邪気な輝きが室井をまっさらへと戻す。

想いを伝え口説いた時も、可愛げのない答えが返ってきた。
“まあ、別にいいけど。でも俺オトコ初めてだし。飽きたら他行きますからね”
憎まれ口を叩くその顔が、一体どんな顔をしていたかなんて青島こそが知る由もないんだろう。

「メシん時に小難しいこと考えてっと消化不良起こしちゃうんですよぅだ、こっちに集中してください」

可愛くない憎まれ口に、室井はそっと小さな笑みを落とした。
2018.10.17








e11 11月トパーズ (誠実・友情) 黄水晶
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「帰れ。もし帰らないのなら力づくで奪うぞ」

踵を返した室井の背中に青島の声が追いかける。

「いいの、室井さん?」

室井が足を止め、肩越しに振り返った。

「今夜俺の家に泊まるってことは、そういうことだぞ」
「ええ、・・・わかってますよ」

青島は短く答え、濡れた虹彩を宿す。
あと数時間もすれば恐らく思う存分触れられる素肌が蠱惑的に誘惑した。
死ぬほど欲しくて、一度は諦めた、無造作に与えられた果報に未だ心は追い付けず。
目の前に居るのに捕まえられない。この少年のような男にはそんな夢のような儚さが付き纏っている。

ゆっくりと歩み寄ってきた青島が影を踏みつけて室井の真向かいに立った。

「俺、必ずあんたの元に戻ってくる。信用できない?」
「わりとな」

室井が肩をすくめる。
誠実に接していれば友情は育めるが、愛情は移り気だ。
中途半端に世間常識的な優しさを押し付けていたら、この男は風のように消えるだろう。
本当に誠実でありたいならば、この男に煩雑な手は通用しない。

たったひとつ、取り返しのつかぬ罪咎を胸の奥に潜めながら室井は青島が自ら罠にかかるのを待つ。
束の間の安息を捨て、この友情も愛情も捨てきれない優しくて可愛い男を
より深い場所まで道連れにするために。

「なら、信用させてやるよ」

予定通り挑発に乗った爛漫な瞳で青島が室井の胸倉を掴み上げ、乱暴に噛みついてきた。
2017.11.11








e1111月シトリン (友愛・潔白・希望) 黄水晶
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「つまりあんたが言いたいことはこういうことでしょ。違うの」

見映えの良い首筋が伸び、目の前が黄色透明に遮られた。勿論、逃げようと思えば避けられたアクションだ。
チリリと灼け付くような熱を口唇に感じ、身体中には正直に電気が走る。
なのにそれはもう一瞬の幻のように消え失せ、感触だけを捜させた。

「なにをする・・・」
「じゃ、好きっていったら何か変わりますか」

徐に室井は腕を手繰り、引き寄せ、口付けた。
驚く顔に、重なるシルエットが伸びる地面が、今も交わらない二人を嘲笑う。

「いつか、約束を叶えたらと思った」
「結果がなくちゃ言えない?」

かわされるとは思わなかった。こっちこそ驚いた。

「あんたが面倒なら、全部、捨てたらいい。それだけ、知っててほしくて」

見当違いなことを言う青島に、室井は熱を乗せない瞳をただ強く向ける。
歳を重ねるごとに重くなった口唇は、適切な言葉さえ浮かばせない。

雷鳴を宿す光を神秘の如く散らせ、腕から抜け出し、勝手に満足した青島が背を向けた。
連れ去ることも赦してくれない指先に、女を取り換え引き換えしていたくせに
行き先も告げずに姿を消すことさえ厭わない男の変わらぬ誠実が、室井に取り残された気分を加速する。

「なあ、これで終わりか?」

これを失ったらきっと自分は息すら出来なくなることだけは、判っている。

肩越しに、優雅に前髪の奥から覗く無邪気な瞳と勝ち気に持ち上げた口端が生意気な造形を描いた。

「俺たち、まだ何も始まってもいませんよ?」

始めても、いいのか?
立ち尽くす室井に答えるものはなく、こびりついたシルエットが白い人混みの中に消えていった。
2018.10.28








e11 12月ターコイズ (繁栄・成功・強運・開放)
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「10秒やるよ。手錠掛けられる覚悟しな!」

なんたることだ。規律に乗っ取り待機している間に彼は勝負に出る。
モスグリーンのコートが茜空を切り裂いた。

「派手にやらかすなよ」

せめてという諦観の声で背後の闇から室井が忠言を送る。
了解という苦笑した声は風を巻き上げ、捕物劇は優雅に幕を閉じた。

「君には手綱が必要だ」
「俺を縛りたい?」
「縛られてくれるのか?」
「褒美次第ですね」

赤色灯が夜空を彩る片隅で二つの影が背中合わせに寄り添い合った。

「見返りを期待するには理由を付けろ」
「そおゆうことはクリスマスにでも言ってください」
「まだおまえの誕生日があるだろうが」
「まじ?でも誕生日なんざいつでもいいよ。俺はあんたと共に過ごせるこの時間で満足ですよ」

現場でしか逢えない距離を疎ましく思う室井を他所に、青島が照れくさそうに背中を預けてくる。
夜を更け込む瞳は滔々で人を呪縛する色を持っていた。

「だから同じ時代にいてくれてありがとーって気分なんで。あんたこそなんか強請りたいもんないの」

青島の艶やかな魂が導く先にいつだって成功と繁栄があった。
背徳も罪も貧窮な魂の解放の前では鎮座する。
この沸き立つような躍動と未来に引き摺られ、室井の中に純度の高い欲望が命じる恐情が湧き上がった。

室井の瞳が悪戯を仕掛ける子供のような色を乗せる。

「悪いがそんな浅い道理では不合格だ」
「室井さんってさぁ、淡泊に見えて時々オトコですよねぇ」
「リベートを期待してこそ意味がある」
「そうこなくっちゃ!」
「まぁ、俺も無欲な聖人という訳ではないからな。貰うもんは貰っとこうか」
「で?たとえば何が欲しいんですか?俺があんたにやれるものなんか、そう多く無いし」
「とりあえずは・・そうだな、そろそろその身柄を頂く」
「っっ!?」

絶句して振り返った青島の口唇を室井が悠然と塞げば、青紫の瞳が幾重にも反射し茜空に染まった。
2017.12.21










e11 12月タンザナイト(神秘・高貴・空想・知性・希 望・問題の解決)
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冬の夜空のように澄んだ青が目の前に広がっていた。
ジリリと発車のベルが鳴る。
室井は重たい鞄を掴み、列車に足を踏み入れた。

振り返り、室井の眉間が深く刻まれた。
そこには今の今まで憎まれ口を勝手に叩いていたくせに、大粒の涙が光る顔があった。
悔しいのか、視線を横に落とし、濡れた睫毛に風が震える。
くたびれたワイシャツの袖口で頬を拭い、何かを言おうとした口唇も、震えていた。

不器用な全身が伝えるものはただ一つの答えしかなく、なのにそれが信じられなくて、室井は告げる言葉も見失う。

自分だけに課せられた悪夢だと思っていた。一人苦行していくはずだった。
不埒な感情が、この瞬間、空想を越える。
本当なのか?そんなこと、あるはずない。だけど溢れ出した感情は見る傍から止めどない。
焦らされ、苛立たされ、こちらを散々に乱すだけ引っ掻き回して、今の今まで一切の本音を悟らせなかったくせに、なんてことだ。
冗談だろう?今更。馬鹿野郎。――詰る言葉は堅く握られたかさつく拳に沈黙した。

たどたどしい指先で、室井が粗雑にネクタイを引き抜く。

すべてがスローモーションのように再生されていて、室井の脳みそが追い付けないまま、目の前でドアは閉まった。
流れ始めた車窓に、堪え切れずに片腕を目元に上げる影が、ネクタイを靡かせ、朝靄の中に遠ざかる。

別れの言葉も再会の文句もなかった。
意味が掴めないのは、こっちもだ。
星が瞬き、夜空を切り取ったような深く鮮やかな青の街に、今、陽が昇り始めていた。
2018.12.16











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