ショートショート~熱
く甘いキスを5題
20000HIT記念にキスキスキス!「熱く甘いキスを5題」/「推しカプにやらせたいお題」から一つずつ組み合わせて5つの小話を。前作に合わせ
5題連作。
テーマはNTR。お相手は一倉さん。がっつり一青になりますのでご注意ください。時間軸はOD1後。
終了ジャンルでFINAL後に立ちあげたサイトですのに今年9年目を迎えます。感謝を込めて。5作完成。2022/5/4~2022/5/10
01.
恋の味を教えよう(彼シャツ)

「俊、起きろ。朝飯用意した」
ブルーの布団の中で淡く揺れる髪を一倉が厳つい手で掻き回す。
眠たそうな生返事の責任の一端は、勿論一倉にある。
「呼び出しくらった。先に出るから。片付けはしなくていいぞ。戸締りだけするんだぞ」
「どんだけ、俺、子供扱い・・」
腕時計を嵌めながら目を細めて目線を落とせば、その男の仕草を青島が布団の隙間からじっと見上げてくる。
スーツにネクタイ、まくり上げたシャツは洗い晒し。七つ道具は配備済。あとはジャケットを羽織れば準備は完了だ。
一倉はベッドに覆い被さり、恨めしそうに眉間を寄せる青島の額にひとつ、キスを落とした。
ギシ・・とベッドが撓む。
「その呼び方、やめてよ」
「さっきまであんなに可愛く縋っていたのになぁ」
青島が拗ねて顔を背ける顎を阻み、一倉は強引に口唇を奪う。
甘い接触に、やがて青島の方から首にしがみついてきて、一倉はほくそ笑んだ。
細い肩からはだける肌理の細かい肌には幾つもの華が散る。そして一倉の背中には、幾つもの爪痕が昨夜の烈しさを物語る。
「こっからだと署が遠いんですけどね・・」
「じゃあ、二人で引っ越そう」
「俺も引っ越すの」
「愛の巣だ」
「マジで言ってんの」
「俺が嘘を吐いたことがあるか?」
いっつもじゃん、と吐息で笑って、青島が口付けの続きを強請った。
うっとりと笑む艶冶な表情に、一倉は深く口付け、貪る情動に性懲りもなく逸る鼓動を息継ぎで誤魔化す。
イイ男のつもりだったのだが。
クッと腰を引き寄せ、名残惜しむように舌を絡め合った。
んっ・・という震動が心地好く、一倉の視界に淡い髪が流れる。小ぶりの後頭部を抑え込み、更に囲った。
中々離さない男に、青島が眉を歪めながらも、主導権を渡してくれた。
青島が笑っているなら、それでいい。本気になった男にそれは甘美な鎖となって大胆にさせる。
「見送りする」
青島がキスの名残で朱く腫れる口唇で、可愛いことを言ってくる。すらりと長い足から布団が落ちれば、全裸の醇美なボディが露わとなった。
羽根のような肩甲骨、窪んだ背骨、丸みのある桃尻から伸びる細長い太腿。
だが、今欲情してしまっても困る。
一倉は雄の焔を乗せた瞳を反らしながら、なにか着ろ、とだけ言った。
眼だけで意志を乗せ、片手で乱れた髪を掻き揚げる仕草、物憂げな睫毛。
青島にはこうやって、分かっててやっているのか、或いは計算された色男のスキルなのか、年上の余裕をあっさり飛び越えてくるところがある。
「俺、今日夜勤だったー」
そう言って、先に一倉を追い越し玄関先に向かう青島の格好に、一倉は二度目の眩暈がした。
一倉のシャツを素肌に羽織っただけの青島が、ぺたぺたと素足で歩いていく。
絶対確信犯だ。
細く長い脚の美しいラインと、プリプリと弾む丸いヒップがギリギリ隠れる柄の悪い大きめのシャツ。
見えそうで見えないその裾が歩くたびに腰の括れから尻にかけてのラインを透かしてくる。
くるりと青島が振り返る。
見計らうようなタイミング、そして花が綻ぶように笑んだ顔に、不覚にも心臓が跳ねさせられた。
もちろん、はだけたシャツから見える素肌は朝陽に透きとおり、そこにはさっきまで散々一倉が嬲った情痕が至る所から覗いていた。
やっべ。勃ちそう。というか、勃たせるつもりだろう、これ。
「なあ、明日の朝、こっち帰って来いよ」
「何時になるか分かんないし」
「プリン・ア・ラ・モードでも食べようぜ」
「・・いいですよ」
こちらに言わせるつもりだっただろう。
青島の策略にまんまとハマったが、そんな可愛い我侭も、一倉の目尻を下げるだけだった。
笑っているのなら、それでいい。
二人が半同棲のような状態となり、半年が経つ。
昨夜も帰るとごねる青島をキスで引き留め、ベッドに引き摺り込んだ。
啜り泣き哀願する顔に年甲斐もなく欲情した。
甘く滴るような躰は、抱くごとに馴染み、快楽に溺れ、恥じらいも薄れた中年のベッドタイムは、淫乱で退廃的な幻を見せる。
室井に置いていかれたのか、捨てられたのか、何も告げなかった男に囚われている青島を口説いたのは、ほんの半年前だった。
泣きもせず責めもせず、黙ってリハビリに励む姿に、計り知れない痛みを見た。
一倉も何も聞かなかった。
青島も何も言わなかった。
“こんなところに来るな”室井を追い返す言葉もまた彼の本音だろう。幾重にも重なり色を深める青島に、一倉は目が離せなかった。
「夜勤の後は休みもらえるだろう?いつになる?」
「そんなに俺に会えなくて寂しい?」
「寂しいね」
「・・そんなにプリン食べてたら太っちゃうよ」
「少しぐらい太った方がいい」
「俺を太らせてどうする気」
「そういう物語、なかったか?」
「アンタってほんとに」
初心に頬を染めて口元を拳で隠す青島の、清純さと婀娜が同居する味わいは芸術だ。
人を想う形は人それぞれだ。
だが、青島の直向きな想いは破滅的だ。そんな慕い方しか出来ないのか。
俺が、恋のやり方を教えてやる。恋の味を一から仕込んでやる。
「あ、誰か来た」
「ああ、迎えだ。・・っておまッ、その格好で出る気かッ」
ああそうだったぁと警戒心なく笑う青島に、一倉は内心冷や冷やする。
いつしか虜になっていたのはこちらの方だった。
みっともない独占欲に、だが一倉の眉尻は下がる。
久しぶりに味わう恋の旨味は想像以上に中毒的で、大人の恋愛を教えるつもりが、青臭い純愛を経験させられていく。
だがそれさえも、甘ったるい。
「メシでも食ってろ」
「ふわぁい」
この官舎に出入りできる人間は限られる。その面子に青島の顔を見られたところで最早自慢でしかないが
青島を傷つけることはしない。
一倉は官僚の顔に戻り、高邁の裏にある耽溺の始末の悪さを思考の奥に沈ませる。
無造作にジャケットを掴み、バッグを取り、扉を開けた。
「あんだお前か。今出るところなんだ。後にしてくれ室井」
「こっちもだ」
「呼び出されたのか?」
「ああ、すまないが時間がないらしい。同乗してこいと言われた」
「班長は誰だ」
「田中と聞いた」
「そうか、今行く。あ、鍵忘れた――おい、俺の鍵、取ってくれ。ベッドの横だと思う。――俊!」
一瞬だけ、脳が計算をしていた。だが、敢えて一倉は青島を呼ぶ。
いいの?という顔をして青島が顔だけ覗かせ、そして室井に気付いて、固まった。
「おお、それだ」
手に持っているものに頷き、早く寄越せと一倉が手で強請る。
少しの逡巡を見せたが、青島は室井に軽く頭を下げて奥から出てきた。勿論、シャツ一枚のあの際どい格好のままだ。
見せ付けるだけのやり取りに、横目で室井を盗み見れば案の定、こちらの方が硬直していた。
青島が頭を下げたことに数秒遅れ、それでも動揺を悟らせることはせず、室井は小さく目線で頷き返す。
その動きをすべて認めてから、一倉は青島の髪を所有権を示すようにくしゃくしゃと掻き回した。
「悪ぃな」
「ちゃんと確認してくださいよ」
「急いでたんだよ、お前が離さねぇから」
憎まれ口も可愛い。一倉は心底満足し、室井を促した。
さっきまでの廉恥心などすっかりと消えていた。
青島の視線も同時に室井へと向き、初めて二人が視線を交わす。
「帰ってたんですね・・」
「・・ああ」
それ以上の言葉は、二人の間からは生まれなかった。
20220504
02.反論さえ呑み込んで(壁ドン/ねじポケ)

送迎の車に向かう途中、早足で駆け下りる一倉の後から室井も間を開けず追い縋る。
「一倉!今のはどういうことだ?」
「見てのとおりさ」
「見て分からないから聞いたんだ」
鼓動のように鳴る靴音がまるで囃し立てる野次のように反響した。
この慌て様に、胸のすく想いと同時に、やはり、という確信が一倉の中で確固たるものとなる。
相手がどうでもいい人間なら、室井みたいな他人に無関心な男は興味すら示さない。
「一倉ッ、待て、説明をしろ・・!」
「お前に相談するようなことは特にねぇって」
「はぐらかすな一倉、」
「それより田中はなんて?」
「一倉ッ!どうして青島なんだ・・!」
その言葉に、一倉はようやく足を止めた。
振り返り、しかと向き合えば、室井もまた大きな目を血走らせて息巻いた。
悲愴な表情からは、焦りよりも衝撃が見える。
「警察官僚がこんなことをしてバレたらタダじゃ済まないぞ」
「ああ、お前も歯向かってタダじゃ済まされなかったもんな?」
おあいこだろう?と蔑めば、室井は口を噤んだ。
お前に言えた義理か?という牽制でもあった。
美幌に異動させられたのは、あの独壇場と化した逮捕劇が上層部の反感を買ったからだ。
しかし腹の内では、捜査員一名程度の負傷は上にとって痛くも痒くもなく
犯人の逮捕という功績まで付いていれば、規律を乱した部下に贈る厳命など、パフォーマンスといって差し支えなかった。
事実、吉田副総監の口添えを理由に、半年で室井は復帰している。
復帰できなかったのは、むしろ、また忘れ去られていた青島の方である。
そんなことも露知らず、男の覚悟も見せられず、ヒーロー気取りの“約束”ひとつで、未来を独占出来ると悠長にする方が、どうかしている。
「結局お前は自分が一番かわいいんだろ」
「青島はノンキャリだし、後ろ盾もなにもない!そのことを承知でやっているのか?!」
「そういうキャリア論は上に言えよ」
「だが・・ッ、こんなことッ!青島まで巻き込むな・・!お前なら他に幾らでもいるだろう・・!」
「あのな、室井。恋愛ってのは、双方の合意で成り立つんだよ。俺が一方的に囲っているとでも思ってんのか?」
好き合って愛してしまった恋人同士を引き離す権利はないだろう?と感情論に持ち込めば、案の定室井は押し黙った。
一倉の熱意に絆されたのだとしても、選んだのは青島でもある。
それでも分かりやすいほど怒りが室井から迸っている。
「本気ならば、こんなこと間違っていると教えてやればいい・・!」
「お前にそれが出来たなら」
「ッ」
あくまで仲を認めたくない室井の願望が、強面の顔から透けていた。
こんな顔もできるのだと一倉は遠く思う。
その強欲なまでの執着と妄執を、あの時青島に向けてやれば、未来は変えられたかもしれないのに。
少なくとも青島は救われた。
人並外れた選択かもしれないが、青島を繋ぎ止められた。
それをしなかった男が何を言ったところで、一倉には冷めた目でしか見られない。
「しかし――」
「本当に言いたいことは、それじゃねぇだろ?室井」
それでも食い下がる室井に、一倉は業を煮やし室井の肩を押して壁に縫い付けた。
あの頃から室井が青島に見せていた破滅的とも言える執着は相変わらず兇悪的なまでに粘着質だ。
青島を綺麗なものとして護りたいくせに、断ち切れない室井の幼く平たい純情に隠された感情が、苛つかせる。
「おまえこそ、俺の花嫁に何様のつもりだ?」
一倉は室井に鼻先を寄せ、影となった室井に挑みかかった。
もう誰にも渡せなくなった想い人を、唯一揺さぶるであろう男に、ハザードが鳴っている。
「お前のかつての大事な男は俺の下に平伏した。近づかないでもらおうか」
かつて、という言葉を敢えて強調して一倉は先制した。
様々な非難が一倉の瞳に浮かんでいた。
それを認め、室井は眉間を寄せ、目を閉じる。
気付いたところで、何もかもが遅い。
「俺は・・、青島に恥じることはしない・・!」
「だったらこれからも何もしなければいい」
気持ちひとつ伝えることを拒んだ。その手を堕落に染められなかった。
恋はそんな綺麗なものではない。
「あのな、俺は、本気で欲しいんだ」
口調を変えた一倉に、室井は突き刺さるようだった感情をようやく治めた。
じっと一倉を見上げてくる。
男としての室井を初めて見た気がした。
「俺たちは、一年前、深い約束をした」
「聞いているよ」
「誰にも負けない信頼だと思った。今もだ」
「仕事とプライベートは割り切れる。これでも」
「俺の、唯一の――絆なんだ」
考えあぐねて出した絆という室井の言葉に、一倉は想いの深さと重さを見た。
同情する気はない。
ただ、室井もまた、呑気な地方生活を送っていたわけではなさそうなことは伝わった。
負傷した愛しい者を置き去りにせざるを得なかった苦しみや、傍で見つめられない寂しさは、一倉には計り知れない。
それでも、ライバルと成り得たかもしれない強敵に、笑みはあげられなかった。
「ツバも付けずに北海道に逃げたお前が悪い」
ポンっと室井の肩を叩き、一倉は車へと向かう。
背中に室井の視線を感じていた。
振り返ることはせず、片手を大きく振る。
「浪花節ばかり唸ってると出世に響くぞ、室井」
室井は約束とやらを隠れ蓑に、出世を選ばざるを得なかった。
一倉は傍に居て青島を選ばずにはいられなかった。
ただそれだけの違いだ。
****
翌日の夕方になって、夜勤明けの青島から連絡が入り、一倉は近くまで迎えに出向いていた。
それに合わせて非番にしているから、ラフな格好である。
勤務表から自分たちの関係がバレることはないと思うが、室井に言われたこともあり、スーツで会うのは少し躊躇った。
警察というのは封建社会であり、今尚前衛的なことにアレルギーが強い。
こんなあからさまに堂々としていりゃ上の耳に入るのも時間の問題かもしれない。
その時自分たちはどうなるのだろう。
どうするか?と空を見上げて、その遠くに青島の姿が見え、パッと綻んだ顔に一倉はそんな後ろ暗さが一気に吹き飛んだ。
一倉を見つけてほっとしたような、気を抜いたような、一瞬の表情に、青島の本音が透けている。
「こっちこっち!・・おお、おつかれさん」
「一倉さんっ、朝のあれはどーゆーことっ」
開口一番、似たようなセリフをぶつけてくる青島に、一倉はほくそ笑んだ。
青島は何より置いていかれることに極度に反応する。
一倉が変わらずそこにいるという事実が、青島を安心させ、居場所を与えるのだ。
「ちゃんと約束通りこっち帰って来たな」
「プリンアラモード食べたかったし」
「よし、じゃあ食べに行こう」
「話反らさないでくださいよ。あのひと帰ってたの、知ってたんでしょ」
「まあな」
「何で教えてくれなかったんですか」
「知りたかったのか?」
早足で歩きだす一倉に、青島がひょひょこ飛び跳ねるように付いてくる。
少し背の低い位置で揺れる髪とか、細い肩とか、そのくせ長身から描く見事な肢体とか、もう何もかもが愛おしい。
一倉より高めの、拗ねるような声音は耳障りも良い。
そのくせ一たび現場に出れば劇場型の罠を仕掛ける度量も、最高である。
「なんで会わせるのかって聞いてんですよ。あれ、ワザとだろ」
「だったら?」
「あんな恰好のとこ目撃させて、何か企んでますよね?」
「ほう、察しがいいな。お利口さん」
「また子供扱いかよッ」
見映えの良い男がはしゃぐ様子に、街の誰もが振り返る。
この天性の素質、勘の良さ、そして恵まれた肉体が、青島の魅力だ。
「室井が帰って来て、嬉しいだろ~?」
「そりゃ、まあ。・・けど!」
「いつかは会うさ。それが多少早まっただけだ」
「何考えてんの?俺ドーヨーさせて楽しんでんの?」
「んなわけあるか。俺の可愛い嫁を――んぐぐッ」
両手でばってんの形にして、青島に口元を抑えられる。
何を言い出すか分からないといった慌てた様子に、幼さを見る。
このギャップが、たまらない。
一倉はその手首を捻り上げ、引き寄せた。
「言わせろよ」
「けっこうです」
もお、と言って膨れて見せ、だが機嫌は直っているらしい青島が、風が抜けるように一倉の腕の中から温もりを消した。
モスグリーンのコートが逆光に霞み、空かさず一倉はその二の腕を引き戻し、路地裏に連れ込んだ。
両腕でバンと囲い、背を塀に追い詰める。
「それより俺はそこまで狼狽えるお前の方に興味があるね」
「!」
「まだ忘れられないのか」
「別に、室井さんとは、そんなんじゃないし」
顔を背け、逃げようとする青島の股を足で割り、逃げ場を断つ。
睨み上げてくる栗色の眼差しが妖しくビル影に光り、男の理性をガツンと揺さぶった。
「知られたくなかったのか?俺たちの関係を」
「・・そんなことは、ないですけど」
俯いて、視線を外され青島が小さく零す言葉に煽られるのは、厄介な嫉妬心だ。
煮え切らない態度に、室井への依存心というより、一倉への優しさが見えてしまうのは、恋のマジックなんだろう。
「動揺したって言ったな。揺れたか?」
「んなわけないでしょ」
問い詰める筈が問い詰められて、しまったというように青島が横を向く。
その顎を捉え、上向かせた。
誰が来るとも限らない往来だ。
彷徨う視線が青島の焦りを見せ、一倉に原始的な情動を呼び起こした。
「そうは見えない」
「疑うの」
「信用させろよ」
「・・イジワル言うんだ・・」
「嫉妬してる。情けないがな、お前を失いそうだと思うと気が狂いそうだよ」
青島の手が一倉のネクタイを掴み、クイッと引き寄せられる。
下から吸い付くように一瞬だけ口唇を重ねられ、その無垢な甘さに胸が軋んだ。
外で青島がこういうことをするのは、珍しい。
それだけ、信じて欲しいということか。
熱っぽい吐息が重なる距離で、赤い舌が誘うように覗く。
存在が居場所となり安心しているのは、青島ではなく自分の方なのかもしれない。
腰を引き寄せ、一倉は覆い被さるように口付けた。
誰に見られても構わない。
離れたくない。
「悪かった」
「ほんとですよ」
何度も啄むようにキスをし、吐息に合間に囁けば、温かい身体はくにゃりと腕の中に納まった。
舌を絡ませ、時折強く吸い上げていけばその弾力に陶然となり、放しがたい。
背中をとんとんと叩かれて、一倉は青島をようやく解放した。
腰に手を当て、仕切り直すようにニヤリとした顔を作れば、青島が下から覗き込んでくる。
「アンタの重すぎる愛情に俺、窒息しそう」
悪戯っ気で、どこか嬉しそうな青島に、一倉は口唇を突き出し、もう一度キスを返した。
「・・恋の味を俺が教えてやるって言ったろ?」
「なかなか悪くないよ」
青島の目は凛としていて、一途だった。
そんなところに惚れたんだった。
その相手が自分だったらいいなと憧れて。
「ったく、情けねぇなぁ。いつからこんなに惚れちまったんだか」
「だから恋なんでしょ?」
勝ち気に艶を乗せる瞳に、一倉は苦笑する。
これじゃこっちの方がゾッコンである。一体いつからこんなにも大事になっていたのか。
とっくに手放せなくなっていることは自覚済みだったが、些細なことで乱れる感情が、手に負えない。
こんな恋は、一倉だって久しぶりだ。
「アンタの口からさっさと教えてくれたら良かったのになぁって思っただけです」
「そっか」
「俺はプリンアラモードを食べに来たんですけど?」
可愛いおねだりに降参だと思いながら、その肩を抱いて促す。
「帰ろうぜ、俊」
「楽しめた。わりと」
一倉は、ぷにっと頬を指で突いてやった。
「抱く?」
「今夜は手酷くしちまいそうだから」
「抱いてよ」
「ヤらしいな」
「とかゆって、でも抱くでしょ?」
「・・そうだな。でも」
肩を抱く手を外し、細髪を指先で楽しみ、腰へと回す。
「抱かなくても満たされるものはあるんだな」
そう言って、一倉は青島の手を握り、歩き出す。
そのまま自分のコートのポケットに一緒に手を捻じ込んだ。
引き摺られ、一瞬驚いたような気配がしたが、それはやがて照れくささに変わる。
頬を染める青島が肩に額を押し付けるようにしてくっついてくるのが、物凄く胸に沁みた。
20220505
03.唇から伝染する(「愛してる」ゲーム)

誰より大切だと思った相手は、既に他の男のものになっていた。
呆然としたまま、室井は窓の下を漆黒の瞳に映し込む。
胸が張り裂けそうだった。
どうすればよかった?あんなに近くで共鳴しあい、火傷しそうなほどぶつかりあい、心を奪われ、君もそうだと思ったのに、現実は違う。
眼下の新緑に、見たくもない光景の掴み損ねた未来を、自分ではない誰かと彼が縁どっていく。
一倉が青島の頭を掻き回し、それを嫌がる素振りで笑う青島の声がこの高層まで届くようだった。
手を取り合い、肩を寄せ合い、離れては引き寄せ合う。
じゃれ合う二人はそのまま物陰に紛れ、一倉が青島の頭に手を回し顔を近づけた。
ズキンと腹の奥から重たいものが腐り、室井は窓から離れた。
あの朝、婀娜な青島を見て、初めてそういう対象でもいいのだと肯定されたような気分だった。
実際、何度も何かを言おうと思った。何か大事なことを伝えなければと思った。
その度に自信がなくて、言い出せなかった。非難が恐くて規律を重んじた。
そもそもこの不確かな感情を何という言葉にすれば正確なものになるのか、当時の室井には解からなかった。
もっと確実に青島を護れる立場になったら、告げる言葉を用意した。
それまで待っていてくれると思っていた。時間も。青島も。
もう一度窓の外を見る。
手を振って別れる二人の背中が見えた。
別れても、繋がっているのは、自分ではなかった。
「青島くん!」
呼び止めれば、驚いたように跳ねたのはジャケットの裾で、思いの外、穏やかな顔が室井に会釈を返した。
怒りを持つ君も、傷つき歪む君も、苛烈な瞳で正義に憤る君も、こうして穏やかに微笑む君も、全部が室井の脳裏に鮮やかに刻まれていく。
「用は済んだのか?」
「管理官の送り迎えだけですから」
ポケットに両手を突っ込み、初夏の陽射しを浴びる眩しさに、室井は目を細めた。
太陽の季節となり、その強い陽射しに負けないくらい、室井には勿体無い。
青空に透けるように立つ青島は、だが、そこに立ったまま動くことはなかった。
5mほどの距離を残し、室井もそれ以上近づくことが躊躇われる。
「久しぶりだな」
「・・ええ」
青島からぎこちなさや遠慮を感じるのは、先日の一倉の企みのせいなのだろうか。
或いは、あの頃のまま時が止まってしまっている室井の錯覚なのかもしれなかった。
「元気そうだ」
「貴方も」
先日会ったというのに、お互いそこには触れず、当たり障りのない言葉を交わす。
人見知りのような距離を何となく感じ取り、それだけで室井の胸が戦慄いた。
以前はこんな他人行儀な空気はなかった。
それ以上の言葉が出せなくて、室井は詰まった喉を隠すように眉間を寄せた。
「また、そのカオ」
「?」
「ここ」
ここ、と言って青島が自分の眉間を指摘する。
その懐かしそうな顔に、室井も肩を竦めた。
「怪我は」
「え?・・ぁ、ああ、腰のとこね、もうダイブいいんです。歩けるし。心配するようなことじゃありません」
「すまなかったな」
「いいえ、いいえ・・!いいんです」
目の前で大袈裟なほどに両手を広げて振り、青島が慌てふためく。
「謝罪だけはしておかないとと、ずっと思っていた」
この半年間、君のことを忘れたことはなかった。
その気持ちを込め、室井が土下座も厭わない悲痛な顔で頭を下げる。
すると、二度と動くことはないと思っていた距離が、動いた。
室井にそんなことをさせられないとばかりに青島が、室井に歩を詰める。
顔を上げてください、と青島は室井の手を取った。
あの頃と同じ気安さで。
室井が、その触れた丸い指先に熱を感じていることなど、まるで気づかない顔で。
「どうして、一倉と」
「・・!」
思わず言葉が室井の口から零れていた。
目の前で、青島も絶句している。
突っ込まれるとは思ってもいなかったのだろう。こっちだって聞くつもりはなかった。
自分で言った言葉に頬を強張らせる室井の前で、青島も息を飲み、二人、手を取り合ったまま見つめ合う。
ハッと先に我に返った青島が、すみませんと、その手を離した。
「失礼な質問だった。私にあれこれ詮索する権利はない」
「・・・」
どんなに望んでも、もう届かない。
記憶と同じ変わらぬ青島の気配と匂いに、どうにもならなくなった。
今なら分かる。自分は青島に恋をしていたのだ。それも、かなり熱烈に惚れていたことを、今室井はようやく認めることが出来た。
「室井さんと一倉さんって同期だって、聞きました」
「ああ」
「その・・さ、厭じゃないですか・・?自分の知り合いが、だから、オトコとあーゆーこと、とか・・」
「そんな風に言うことはない」
それ以上の気持ちで君を想っている自分が、小さく首を振る。
「いつからだ」
「半年くらい・・かな・・」
それでは室井が消えてすぐじゃないか。
時間的な辻褄の悪意に、室井は奥歯をギリリと噛み締めた。
怪我の後そのまま付き合うようになったということだ。あんなに室井と熱く挑み合っていたのに、その間青島は一倉を見つめていたのか。
一倉からも、青島と親しい付き合いをしていたなんて聞いてもいなかった。
「知らなかった。君たちのことは、何も」
「驚かせちゃいましたか」
目の前で青島が視線を彷徨わせ、横を向き、照れ臭そうに頬を掻く。
その頬に日暮れの残照が当たり、不思議な色に変わる瞳を、ただ美しいと思う。
「一倉さんにね、熱心に口説かれちゃった」
へへとくしゃりと笑った顔は、愛されている人間のそれであり、青島が倖せであることが、しんみりと伝わって来た。
悔しさ、妬ましさ、狂おしさ。それを上回る欲しいというシンプルな爪痕。
持て余すほど、はっきりと意識した恋情は、焼き尽くすほどに、凄まじい。
息が出来なくなって、室井は拳を強く握る。
じっと見つめたままの室井に、青島が明後日の方に視線を投げて、もじもじと俯いた。
なんとなく、言葉が出ず、どちらも動かない。
「室井さんは・・彼女とか婚約者とか、いないんですか・・?」
タイミング良く、室井の小脇から抱えていた書類がどさりと落下した。
一度目をやり、一呼吸おいてから、室井は跪く。
すると、目の前で青島もしゃがみこんで、ファイルの砂を払った。
はい、と室井に手向けてくる。
その瞳が、無邪気に笑っていた。
「ベタなリアクションするんだもん。笑っちゃった。・・動揺した?」
口調が砕け、態度は至って平然としている。
むしろ、陽の清潔な光に色づいた肌と、流し見る目元がなんとも艶めかしく、色香を醸し出している。
余裕の青島とは対照的に、大きな瞳に映り込めば、すいこまれそうで、室井は息を吞んだ。
どんなに望んでも交わる事だけは叶わない。・・飢餓にも似た執着と愛を抱いて、もう他の男のものとなった彼を想う。
「心に決めたひとがいた。他の誰も、もう目に入らない」
「・・へぇ・・」
「待っていろとは言えなかった。でも、生涯を賭ける、唯一の約束を残した」
「!」
見つめ合ったまま、室井が差し出されたファイルを、殊更ゆっくりと受け取る。
指先が触れ合う。
その温もりに、生きていると実感する苛烈で辛辣な衝動が湧いた。
青島を失わずに済んだ見返りは、こんな形で、室井に残されている。それは微かで頼りないかもしれない。
でもその報奨を一倉は知りもしないのだ。
思わず室井はその手を握っていた。
びくりと青島が跳ねる。
「もし、私があの時君に告げていたら、何か変わっていたか?」
「なに、を」
「君の中に、私は微塵もいないのか?」
怯え、狼狽える青島が腕を引こうとするのを、室井は力で縫い留めた。
「あの時あの瞬間までは、確かに同じものを見ていた。違うか?」
「そうだけど、それは」
「何故一倉を選んだ」
さっきと同じ質問だったが、今度は意味合いが変わっていた。
それを感じ取る青島の怯えに、室井は深く洞察する。
握り締めていた青島の手を手の平に乗せ、室井は恭しく掲げ、その甲にキスをした。
「絶対に君を取り戻す。今度こそずっと君を追い続ける。だから――待っていろ」
今こそちゃんと告げられた言葉は、室井をようやくスタートラインに立たせたことを室井に自覚させた。
****
「酔ってんな」
「んー、そこそこ?」
外は霧雨が降っていた。
一倉が青島のアパートにやってきた時、既に青島はこの状態だった。
綺麗な酒を飲む青島にしては珍しく、かなり悪酔いしているようだ。
酔った青島はソフトクリームを舐めながら虚ろな目で一倉を見つめる。
「・・・」
かりかりかり。
コーンから食べてしまうせいで、食べ辛くなったそれに、青島が眉間を寄せる。
なんでそっちから食べちゃうんだ。
かりかり。
一倉は傍らに跪く。
顎に親指を当て、クイと持ち上げた。
口端を染める白いクリームを拭い、残りのアイスクリームをぱくりと食べてしまう。
「あー」
「なにか、あったか?」
なにも?と焦点が揺れる瞳で、無警戒に綻ぶ笑みには、見覚えがあった。
付き合い始めた頃、良くこういう顔をして、甘えてきた。
青島はポーカーフェイスが上手く、口車もレベルが高い。そこは流石元営業マンといったところで、それは密かに上層部でも噂になっている。
「なんで、そふとくりーむ?」
「そりゃもう、ヤらしい意味で」
身体は奪えても、心までは寝取れない。
それを思い知らされるのは、こんな時だ。
「なあ、愛してるゲームやろうぜ」
「なんでまた?」
「普段伝えられない事をゲームに紛らわせる。良く出来た遊びじゃねぇか?」
「遊びじゃなくてマジに言ってほしいと思うけど」
「いいのか?」
切り返せば、青島の方が目を泳がせた。
「あ・・、いいいいいですっ////よし、うん、やろ。やってやろうじゃん。好きなだけ言ってみやがれ」
「お?乗り気になったな?」
本来青島はおふざけもおあそびも大好きな性質である。
やりだせばノリノリだ。
これで罠は仕掛けられた。
そこまでのアルコールではなかったのか、身体を起こすと青島が一倉に、そこに座れと指さしてきた。
そんなところが一倉には眦が下がる。
「俺に言わせろよ?」
「よし来いっ」
挑むように一倉を見上げてくる顔が可愛くて、一倉はちゅっとキスをする。
「愛してる」
「んなっ、ずるい・・っっ」
「んだよ、もう照れたのかよ」
「もっかいっ、もっかいっ」
少し酒が抜けてきたか。
フッと吐息で笑って一倉が低い声で言う。
「愛してる」
「・・もっかい」
本来青島は桁違いの色男だ。その素材とスキルを駆使して青島が顔を傾ける仕草に、今度は少し一倉の心臓が跳ねる。
「愛してるよ」
「・・もっと言って」
元々酒が入っていた名残か、寂しがりの性格のせいか。
律義にゲームに付き合う青島の目尻は濡れ、吐息は気怠く、微かに顔を傾けて誘う仕草はかなりの上玉である。
「愛してる俊」
「・・もっと」
誘い込まれ、一倉が顔を寄せる。
瞼を半分伏せ、赤い口唇を薄っすらと開き、青島が顎を上げた。
その頬を撫ぜる。
「愛している・・」
「ほんと・・?」
「どうしようもないくらい、愛してる」
顔を傾ければ、青島が潤んだ目で一倉を見上げてくる。ずくんと一倉の心臓がまた脈打った。
「もっと・・言ってよ・・」
口唇が触れそうな距離で、熱っぽい息が肌を湿らせ、強請られた言葉に、一倉の瞳に切羽詰まった色が混じった。
「愛しているお前だけを」
「・・もう一度」
それでも重ねない距離に、一倉には酩酊感が沸き起こる。
こっちは酒入れてもいないのに、理性が激しく揺さぶられていた。
「愛しすぎてどうにかなりそうだ」
「・・どんなふうに?」
「ほしい・・」
「台詞が違うよ」
「愛している」
まだ身体のどこも触れ合っていない。それなのに、こんなにも、熱い。
「もっかい、言って・・」
だが、青島の声もまた、何かを怺ているように、震えていた。
頬を掴み、近づき、焦点さえぼやける。
「愛している」
口唇が弾力を慈しむようにそっと、重ねられた。
一度だけ。
「・・もっと・・」
「好きだよ」
「もっと、言ってください・・」
「あいしている」
切羽詰まった声に、一倉は遂に荒々しく肩から抱き込み、顔を傾け、何度も口付けた。
深まる吐息に、熱が孕み、大気が噎せ返る。
「好きだ。どこにも行くなよ、俊」
「離さないで・・」
これは一体何の告白なのだろうか。お互いに。
舌を挿し込み、抱き込んだまま、一倉は青島をソファに背を押し付けた。
必然的に顎を反らす青島の口唇を、押さえ付けるように貪り、喉奥まで玩弄する。
小さく呻く喉の震動に誘われ、まだ口に残るアイスクリームが甘ったるく、人工甘味料の後味を残した。
酸素を欲し頑是なく首を振る青島の顎を指で強く抑えれば、強すぎる刺激に青島の目尻が黒々と光る。
その歪む表情に欲情し、焦燥のまま、一倉はソファに組み敷いた。
ただ黙って見つめ合った。
激しいキスの余韻に、青島の呼吸が乱れ、薄く開けた口が忙しなく息を吸う。
キスの余韻に、青島が力なく腕を回してくる。
あまりの心地よさに、一倉は今度は軽くキスを降らせながら、まだ愛していると囁いた。
真っ赤な顔をして、もういいよと逃げる青島の、耳に口を押し当て、また一つ、愛していると吹き込んだ。
「俺の負けでいいです・・」
「負けは俺だ。お前には抑制が効かない」
「もう言わなくていい・・」
「愛している」
「だから・・」
「あいしている・・」
「・・ぁ・・ッ、ん・・っ、」
「アイシテイル・・」
一倉が肌を確かめれば、馴染んだ動きに青島が敏感に反応を返し、一倉の腕の中で身じろいだ。
しなやかな躰は一倉に媚びるように跳ねる。
貼りつく肌をまんべんなく嬲ってやれば、すぐに熟れ始めた。
熱烈な愛の礫に堪えられなくなった青島の手が一倉の肩を堰き止め、だがその手を取り上げ、指を絡ませる。
「一回だけ、ですよ、一倉さん・・」
「名前で呼べよ」
「ヤですよ・・、・・ん・・ッ、んっ」
知り尽くした指先で弱いところを嬲れば、青島が艶めいた声を上げ、身体を火照らせ、震える。
「ま、さかずさん・・っ」
「それでいい」
青島の胸に顔を埋めて、一倉は本格的な行為に没頭する。
青島が釘を刺したことは、さてどれくらい効いたのか。
細い雨粒の音が、二人の艶やかな夜を閉ざしていた。
20220506
04. 息も止まるくらいに(自転車二人乗り)

「随分と見え透いた手を使うじゃねぇか室井」
「昨日のことか?」
「俺から青島を奪おうってのか」
そういう言い方をすれば、堅気な室井のことだ、閉口すると思っていた。
「・・そうだ」
「あんだと?」
「お前に、青島は、渡せない」
「!」
驚いた。教科書を経典としてそうな男が、悪びれもせず言い切った。
強い言葉は、背後に背負う灰色の建物に色褪せない。
いつの間にか本気にさせた。それが青島の力だというのか。
一倉と室井は火花が散るほど睨み合い、お互い、その視線を先に外すことだけは譲れなかった。
同期で警察学校に入校、訓練を経て、警察庁に同時入庁。
情の薄い室井と、利欲丸出しの一倉の凸凹コンビは、陋劣な手段を選ぶことでウマが合い、一目置かれた。
意見が衝突することもあったが、その貞淑で冷淡な男が感情を露わにするところは凡そなかった。
孤独に慣れているのは、室井の方だった。それはどこか海の匂いがする青島を思わせる。
「一足遅かったな。俺が奪わせるわけないだろ」
「違うな。返してもらうだけだ」
一倉の気持ちなど、この場合関係ないと言わんばかりに、室井が片眉を上げて見せる。
長年の友情も交情も断ち切ってでも、構わないという気迫に、一倉は気圧された。
「恥じることはしないんじゃなかったのかよ?」
そのガチガチの頭が、いつも室井を後手にさせてきた。
「お前はいつもそうだ。肝心なところで出遅れたろう。捜査も、キャリアも、恋も」
「遅れたことが結果に繋がるとは限らない」
「気付いてんだろ?こっちは大人の付き合いだ。アイツの身体で俺が触れていないところはない。隅々まで俺を欲しがるように出来ている」
「・・関係ない」
そこまで言い切った室井に、一倉は目を剝いた。
「俺の、恋人だぞ?」
「私の、伴侶だ」
向き合い、鼻息荒く指させば、負けじと室井も鼻の穴を膨らませた。
「待てよ、口説き落とすのにどんだけかかったと思ってんだよ!?」
「回りくどいことしてるからだろう、どうせ」
真夏の警察庁の庭園で、黒いスーツの男が真剣な顔で口論する。
「それだけ大事ってことなんだよ!」
「長さじゃ負けない」
言うじゃねぇか。
「お前が俺に勝てた試しがあったっけね?」
「成績はいつも私の方が上だった」
「術科訓練は俺がトップだ」
「山田教場で一緒に頭を下げてやったのは誰だ」
「柔道じゃ一度も勝てなかったろう!」
「教練は下手くそだったじゃないか!」
「射撃で負けたのはどちらさまでしたっけね」
「そもそも私は剣道メインだったんだ!」
二人の鼻息が、夏の陽射しの中で、暑苦しいほどに猛る。
「男なら潔く諦めろよ!」
「ナナコちゃんに失恋した時、未練がましくハンカチを持ち歩いていたが?」
「俺の初恋を馬鹿にするなぁ!」
「潔く捨てろと言ったのはお前だろう」
「エリコちゃんの写真ずっと枕元に飾ってたよなぁ!」
「も、もう閉まってあるッ」
ジリジリとアスファルトが焼け付く。ダークスーツも熱を持つ。
「今回は三倍も時間をかけたんだ!見守れ!」
「お前の口説く手口なんざ10年前と同じだ!」
いよいよ口論もどうでもよくなってきた頃合い、二人は肩で息をして挑み合った。
長い付き合いなだけに、恥部まで知られているのは、戦略上、実に厄介だ。
「「!」」
突如、その攻防を終わらせたのは一つの怒声だった。
耳を劈くような悲鳴が敷地の向こう側から聞こえ、続く切り裂く多くの野次に、二人の意識はハッと刑事の顔になる。
揃って鋭い視線を送れば、正門の傍で通行客が波打ち、男が一人、群れを離れた。
何やら叫ぶ声。
手に光るものが反射した。
室井が内ポケットに手を入れるのと、一倉が身を乗り出すのは、同時だった。
隣接する高速道路の上でも、人影が揺れる。
「そこ!動くな!」
見知った声が清澄に響き、思わず一倉と室井は瞠目した。
白いレールの上、青島が危なかしく立っている。と、陸橋を身軽に飛び越え、ダストボックスを踏み台に、人波と犯人の間に着地した。
カンカンという二つの足音だけで片膝を付き、下から相手を見据える青島に、野次馬からは歓声が上がり、犯人からは殺気立った動揺が生まれる。
「・・んの、馬鹿・・!」
「相変わらずだな・・」
どうしてこう、アイツはトラブルに巻き込まれるんだ。
どうしてこう、アイツは騒ぎを大きくするんだ。
「誰だてめぇ!そこをどけぇ!」
「どくかよ、どろぼー!」
青島と犯人のやりとりが一倉と室井の所まではっきりと聞こえた。
青島が後ろ手に、一人の少女を庇っている様子から、大体の状況も推察される。
「一倉、」
「ああ」
室井の呼びかけに、一倉は二つ返事で応えた。
二人の間での役割こそも、長年の徒であり、言葉は無用だ。
通りの向こうではまだ青島が犯人との距離を取って叫びあう。
「そこどけっつってんだろ!」
「いいからさっさと、この娘のバッグ返してやれよ!」
「知らねぇ!」
「ここがどこだか分かってんの?すぐとなり、ケーサツ!」
「知らねぇってんだろ!」
刺激された犯人がナイフを振り回し、奇声を上げ始める。
人垣がザッとうねり、輪の直径を一つ広げた。
興奮状態にある男の顔は真っ赤だ。
「下がって・・!」
まずい、あいつはナイフにまだ心理的な瑕疵が残っている。
一倉は息を詰めた。
間に合うか・・!
手助けのために一歩、駆け出した一倉の背後で、先に室井が叫ぶ。
「踏み込むんだ!!」
「室井・・ッ!」
「今だ!しゃがめ!!」
犯人がナイフを突き出したそのタイミングで、室井の怒号が飛び、辺りは悲鳴と喚声に包まれた。
弾けるように現場が震動しているのを、肌で感じ取った。
煙が引く様に、一瞬にして風塵が地を走る。
「・・・・・」
なんてことを・・!
目の前で惨劇が繰り広げられ、手の届かないままに過ぎていく無常を、一倉はただ見送るしかなかった。
天を仰ぎたい気持ちで室井を振り返る。
「お前・・!」
「応援を呼んだ。救いに行ってやれ」
此処へ呼んだのはお前なんだろう?
そう問う閑雅に向き合う室井は、対照的な顔をしていた。
自ら危険に呼び寄せたのはどっちだと責める眼差しで、一倉に対峙する室井に、一倉は憤激する。
本庁は常に多くの恨みと隣り合わせで、常に危険が潜んでいることを認識しなければならない。
それは立場の健全さと同じくらい、キャリアが意識しなければならない、重大な過失である。
「だが・・!まだ・・・まだ半年だぞ!鬼か!お前はッ」
「警察官にその言い訳を使わせるのか?」
「アイツはまだ怖がっていた・・!誰にも知られないようにしていたが、身体が脅えていたんだ・・!」
一倉ががなる言葉を、室井は凛冽な顔のまま聞いていた。
シンプルな日本人の顔立ちの室井は、表情を出さなければ酷烈にも冷血にも見える。
「それをお前!・・こんな形で!こんな風に立ち向かわせて何のつもりだよ!今のは応援が来るまで持たせればそれでよかった!違うか!?」
邪慳の扱いに、一倉は信じ難い思いだった。
俺が大事にしてたものを、俺の目の前で壊しやがった。
握る拳が、怒りなのか恐怖なのか、震えている。
一倉が言い切るまで動かなかった室井は、やがて、億劫そうに薄く色素のない口唇を動かす。
「それが、お前の愛し方か?」
「え?」
「抱いたのなら、見たのだろう?・・ココ・・に」
ココといって声を下げ、室井が人差し指で清廉と指摘したのは左わき腹の腰骨の当たり。
「その傷は、私のだ」
「!」
「生温く見守るなんて、生半可な愛情など持ち得ていない。こっちはあいつがいない時間を生きるつもりはない。こちらの闇に引き摺り込むのなら、徹底的にや
れ」
返す言葉を、一倉は咄嗟に見つけることは、出来なかった。
凄まじく歪んだ、或いは腐臭すら放ちそうな、室井の圧倒的な熱情に、背筋すら凍り付く。
ただ、青島の状態が気になった。これ以上室井と禅問答している暇はない。
「あいつは、大丈夫だ。ちゃんと、除けている」
一倉の顔を見、抑揚を付けずに室井は慰みをひとつ残した。
「助けられなかったら、俺は一生お前を恨むぞ!」
とりあえず捨て台詞を残し、一倉は青島の元へと駆け出した。
室井の言葉は、共に在るのなら、この先一生傷つけるな、泣かせるなと、牽制していた。それが条件だと。
それを破る時は、命で償えと脅迫した。
「クソッ」
あんな場面を見て、室井は表情一つ変えなかった。
凍えるような指示を、無表情でやってのけた。
半年前、二人が経験したのは、こんな状況だったのか?二人で全てを懸けて成し遂げたことは、こんな辛辣なものだったというのか。
後味の悪さも一級品だ。
これを二人は受け止めた。
それを可能とするものが、“約束”だって言うのかよ!
***
「お前、良く室井の指示聞けたな」
あんな無謀な指示を。
それだけ信じられるってことなのか。信じるということと無茶ということの境目が一倉には分からない。
というより、あの人混みで、よくぞ室井の声を聞き分けた。
小さく呟き、青島の髪を緩く掻き回す一倉に、青島はへらっと、何とも気の抜けた笑みを向けた。
目の前では規制線が張られ、現場鑑識が実況見分を始めている。
輪の中に駆けつけてみれば、青島は中央にぺたりと尻餅を付き、間の抜けた顔で一倉に犯人を指差した。
犯人は通りすがりの通行客に取り押さえられていた。
環境的にも、考えてみれば通行人だって、全員が素人の筈はなかった。
室井はそこまで計算していたのかもしれない。
「お前やっぱり」
「室井さんがイイ男になったってことでしょ。それだけだよ」
半年前とは違う室井に、青島もまた背を向ける。
失うと思った一倉の指先は、まだ情けなくも震えていた。
何も手出しが出来なかった。
身体は奪えても、心までは寝取れない。
それを目の当たりにさせられた。
「帰ろ?」
今この場で口を開いたら様々なものが零れそうで、一倉は青島の髪をくしゃくしゃと掻き回し、引き寄せた。
気付かれぬさりげなさで、こめかみにキスを落とす。
物陰に隠れた二人はそのまま人混みに消える。
「わりぃな、チャりなんだ」
「二人乗りって違反じゃん」
「まあまあ、硬いこと言うなよ」
「後に俺、乗せるつもり?」
「まあな」
「青春の1ページかよ」
今夜は二人で外で食事をするつもりだった。
その後はやましいことを考えていたので、一倉は本日の送迎を断っていた。
「警察に見つかったらなんて言い訳するんですか~」
「んじゃ、押していくから、早く乗れ」
「あ、きもちいい~」
月が高く上がる前に、二人で家に帰ろう。
星だけが照らす夜道は、都合よく色んなものを隠してくれた。
「あんな焦ったアンタのカオ、初めて見たよ」
「とんだ醜態だ」
「悪くなかったよ」
チャリチャリチャリという自転車の錆び付いた音が、二人の間を流れていく。
「怖くなかったのか」
「へーきって言ったらうそになるけど・・・ここで逃げたら戻ってこれない気もしてたし」
所詮、室井と青島は思考が似ているのだ。
正反対の性格で、趣味も思考もまるで違うのに、どこか遠い目をするところとか、時々どきりとする。
「正義のヒーローっていいもんか?」
「正義なんてのはね、胸に秘めておくぐらいが丁度いいんだって」
「へぇ・・」
受け売りだけどねといって、自転車の荷台で背を反らせて一倉を見つめる青島の顔が、夜空に透きとおった。
俺には分からない。
そこまでして賭けるメリットも分からない。
「ねぇ、プリンアラモード食べたくなった」
「今から食いに行くか」
コンビニで済まそうとは言わない一倉に、青島が満足そうに目を光らせる。
「たった今からここは○○しないと出られない部屋になった」
「今度は何のゲーム?」
「○○に当てはまる単語を答えよ」
「試験かよ」
もう慣れたもので、突飛な一倉の発想に、青島も律義に付き合ってくる。
一倉と青島の馴染んだ仲は、こういうところで見え隠れする。
それが今は何故か哀しかった。
「俺が今から言う中から俊が選べよ。キスだけでイク部屋。俺がイくまでイけない部屋。朝までペニスを咥えている部屋」
「それ、お互いにテクがタイヘンそうですけど」
「まだあるぞ。口淫だけで5回イく部屋。口淫で5回イかせる部屋」
青島がきゅっと一倉のネクタイを引っ張った。
バランスが悪く、自転車がぐらりと揺れる。足が止まった。
「そんなまだるっこしいのじゃなくて、もっと的確なの、あるよ」
「・・なんだ?」
「俺が、アンタのモノか、確かめる部屋」
言い当てられ、とっくにバレていたことを、一倉はもう隠すつもりはなかった。
敏い青島を誤魔化すことなんて出来やしない。
まいったなと苦笑すれば、青島が無警戒な顔でじっと瞳を覗き込んだ。
「心の中がきゅんってなって、あったかくなって、時々しょっぱくて酸っぱい。辛い。苦い」
「・・・」
「恋の味、悪くないね」
一倉はそのまま青島に口付けた。
何度も口唇を塞げば、伝わる熱に、身も心も蕩けそうに熱っていく。
酸素が失われても口唇を離せそうにないと思った。
自転車を持つことで手が離せない一倉は、口唇の甘さだけで青島を繋ぎ止め、それは荷台に乗る青島も同じだった。
どうか消えゆかぬようにと、恋のマジックに試される大人の歯痒さを気付かぬふりをして、今はお互いを翻弄し合った。
20220508
05.甘い熱だけ残して(バックハグ)

「俊、ちょっと外へ出ようか」
「いいけど・・散歩?」
「まあな」
「ジジくさ・・」
とはいえ、二人でこうして共に朝を迎えるようになってから、街並みを散策し、喫茶店やカフェで時間を潰した。
他愛ないことを幾つも話した。
負い目も罪も忘れさせた。
二人きりで同じ世界を見ている。その時だけは、見飽きた筈の景色は自分たちのものだった。
ささやかに続く時間が永遠に続くと思わせた。
何度も来た公園まで来ると、木陰の一番奥、一倉は青島を後ろから抱き締めた。
ほぼ身長差がないため一倉の殺した息は青島の耳を甘く撫ぜる。
「お前の中には室井がいるだろう?」
「・・・」
強く抱き締め過ぎたために後に引かれ、青島の身体は一倉の胸に背を預け、体重も任せる。
完全に警戒を解いた身体に、一倉は更に腕を回し咆哮する胸の痛みを紛らせた。
聞かれることを分かっていたような、出来れば誤魔化し続けたいような、長い長い間は、ただ無常に流れた。
「それじゃ、だめなの?」
「・・・」
「わかんない。あのひとは俺にとって一緒に戦ってくれる上司だった。背中預けた最初の味方だった・・。向こうは知らないけど」
「・・俊・・、俊・・ッ」
呻き、一倉は何度も名を呼んで、息も止まるほど抱き締めた。
全ての視界から攫うように回された腕は青島を肩と腰で縛り、骨が軋むまで力を籠め、その体温と体臭と感触までを握り潰すまでに掻き寄せる。
息を忘れた青島の途切れる息さえ腕に閉じ込めた。
「なに・・?ど、した、の・・っ」
「ッ」
恋をした。
沢山の恋を与えてくれた。
救う筈が救われていたのはこっちだった。
どうしたらコイツが俺のものになったかは分からないままだけど、全力だった。
ゆっくりと拘束を解き、一倉は一歩下がる。
一倉さん?と口唇だけで名を寄せる口唇に、一倉は最後のキスを与えた。
「俊。ごっご遊びは終了だ。俺たち、終わりにしよう」
「・・!」
「お前の中にいる男が、お前の本当の相手だ。お前だって本当は分かっている筈だ」
「だからっ、それは!わかんないって話で、」
「俊。もう、恋は終わっていたんだ」
狼狽え、慌てて取り繕おうとする焦った顔が、いじらしい。
言い含めるように両肩に手を乗せ、近寄ろうとする身体を、一倉は手前で堰き止めた。
「なんで?譲ってやるなんてダサいこと、アンタのキャラじゃないでしょ?」
「まあな。でも、本気で惚れちまったんだ」
その言葉に、青島は押し黙った。
ぷっくりとした肉厚の下唇を一倉が親指で押しつぶす。
「負けたと思った」
「俺はっ、半年前にアンタを選んだんだ」
「選ばせたんだよ」
「どうでもいいよ。同じことだ」
「同じじゃない。だったら今、俺が手を離してやるよ」
「待ってよ一倉さん、俺はっ」
「あとは、その影に控えている男と決めな」
ビクッとして青島が驚いた顔をし、一倉が顎を上げた先を振り返る。
音もなく木陰が一つ動き、室井が姿を見せた。
「なんで・・、どういうこと・・」
「俺が、呼び出した。もし、さっきの質問に、お前がよどみなく答えていたら、俺たちの仲を室井に見せつけられるつもりで」
「・・・」
「そして、ここで本格的に室井に諦めてもらうつもりで」
「っ」
青島は返答を間違えた。
どんな青島でも丸ごと好きだと一倉なら言ってくれると思って、そのままの青島ごと受け止めてほしくて、本音を少しだけ覗かせた。
だがそれが、一倉にとっては最終通告となった。
甘えだった。恋は一つくらい嘘があったほうが、引き合うのだ。
「情けないよな、半年も時間があったのに」
「・・そんなこと」
「俺は室井を忘れさせることはできなかった」
「っがう、ちがうって!待ってよ一倉さんっ」
青島が前髪を掻き混ぜ、言葉を探すように、ぷるぷると首を振る。
くしゃくしゃに歪んだ顔は、一倉に最後の恋の味を教えた。
なんて壮絶で、なんて美しいものなのだろう。本気の恋の終焉というやつは。
「負けたよ・・!この間の騒ぎで、お前は室井を1ミリも疑うことはなかった。俺にはできない、あんな真似」
「それは!」
「そんなことが出来てしまうほど、室井はお前を愛している」
「・・やだ、一倉さん・・」
「俺も嫌だ。プライド高いんでね。俺以外の誰にも目移りさせたくない性質だ」
涙目で青島が一倉を見つめる。
キラキラと濡れる清純さに、思わず絆されそうになる。
「半年もフライングして、このざまだ。笑うか、室井」
室井がゆっくりと青島の後ろに立った。
「私が笑える立場だと思うか?」
室井の気配を感じながらも、青島が一倉から目を反らすことはなかった。
一倉もまた、そんな青島をじっと見つめ返した。
ベッドの中で睦み合った視線よりもそれは甘く、直向きで、熱を帯び、愛に満ちる。
「俺、どこで間違えました・・?」
その質問に、一倉は緩く首を振った。
「お前は俺にとって最高の恋人だったよ」
「だったら一緒にいてよ」
「寂しがりの続きは、お前を寂しがりにさせた張本人に責任を取らせろ」
いい恋だった。かけがえのない時間だった。めまぐるしく、けたたましく、濃密に時が回り、そして世界に自分たち二人きりだった。
「俊。あのゲーム、覚えているか?」
「っ」
「“愛している”」
だから、お別れなのだ。
それ以外は何も告げず、一倉は青島の頬にキスを残し、一度だけ頭を掻きまわし、片手を上げた。
二度と振り返ることはしなかった。
したら、駄目だと思った。
優しい青島はどこまでも断ち切れずに付いてくるから。
***
「追いかけないのか」
「・・・」
「あれは唯の強がりだ。きっと、まだ間に合う」
そうなんだろう。でもそうまでして一倉が青島に託したものを、青島には無下にすることが出来なかった。
“アイシテイルの言葉に伝えられない事を紛らわせる”――確かに実によくできたゲームだ。
「まいったな。これじゃこっちが完全な悪役だ」
室井が青島の隣に立ち、遠くを見てぼやく男をちらっと見た。
半年経ち、どこか成熟した男の精悍な眼差しが、同じように一度だけ青島に向けられた。
静かに視線を外した二人の間に、流れる空気は半年前で止まったまま、まだ色も付いていなく、名前すら付かなかった。
「呼び出されたくらいで何のこのこ出て来てんですか」
「絶対に君を取り戻すと、言っただろう?」
取り戻すという言葉は、元々自分のものだったことを示す言い回しだ。
いつから青島の気持ちは室井にバレていたのだろう。一倉に見抜かれたように。
一倉はああ言ったが、別に室井を忘れられない青島に嫌気がさしたわけでは、きっとない。
室井を想ったまま一倉を愛した青島に、呆れたわけでも、きっとない。
本当に、忘れさせてくれるつもりだっただろうし、忘れなくても傍にいてくれるつもりだった筈だ。
それを狂わせたのが、室井の帰京なのだろう。
「何勝手に俺の恋、壊してくれちゃってんの」
「勿論、その相手に俺がなるためだ」
「何勝手に、また、決めちゃってるわけ」
見舞いにも来なかった男が、勝手に消えて、勝手に表れて、勝手なことを言っている。
お互いに譲り合って、お互いに分かり合っちゃって、青島を奪い合っているくせに、青島が蚊帳の外なのも腹が立つ。
ぐちゃぐちゃな気持ちを表すように、青島の切らした息がその涙声を震わせた。
「俺の傍にいてくれないか」
「いつから一人称俺になったんですか」
拳で涙を拭って不貞腐れたように言えば、室井は射抜くような視線を青島に送った。
今はそれを正面から受け止める気にはなれない。
視線を落とせば、あの頃にはなかった空気感に、こんなはずじゃなかったと思い知らされる。
室井は沈黙を持つことで、本気であることを伝えていた。
「黙秘かよ」
「・・・」
「たった今オトコに捨てられたとこなんですけど」
涙を拳で乱暴に拭って、まだ視線を遠くに向けたままの青島に、室井が身体を向けた。
「一倉は、良いヤツだったろう?」
「・・ええ」
「ちょっと横暴なとこもあるが、懐が深く、庁内でも信頼は厚い」
仕事をしている一倉を傍で見ることだけは叶わなかったが、青島の目にはクリアに映し出された。
気配りがよく、手間も惜しまず、ベッドでも外でも部屋の中でも、一倉は青島に夢中で情熱を注いできた。
それが愛だと知るのはきっとこれから。
「そのまま俺のところへ来てくれ」
「いつからそんな男前な台詞言うようになったんですか」
「その気持ちのまま、これから先の君の時間を、全部、俺にくれ」
一倉は他の誰も見るなと求めたが、室井は他の誰かを見ている青島を丸ごと欲しがっている。
その強欲なまでの言い分に、青島は顔を歪めた。
そんな風に、他の男が潜んでいることをさっき、白状してしまったから、一倉に覚悟をさせてしまったのだ。
嘘がない恋なんて、失った恋が泣いている。
「君が、好きだった」
静かに言い切る室井の言葉は重く、この無口な男が口にする言葉は、青島に鋭い飛礫となる。
込み上げる感情は、置き去りにされたままの恋を今再びシンクロさせて、その分、一倉が残した想いが青島を包み込む。
「俺・・っ、でも、オトコに抱かれちゃいましたけど」
「いい」
「そう簡単に気持ち切り替えられないです」
「いい」
「・・っ、め、めちゃめちゃじゃん、一倉さん傷つけて・・勝手に幸せみつけて、サイテーじゃん・・っ」
「いい」
「オトコに振られてオトコに誘われるって、俺、男好きみたいで・・ヤなんですけど・・」
「いいから」
躊躇い、この期に及んで焦らす青島の腕を、室井はもう強引に引き寄せた。
初めて触れられる感触に今更跳ねる心臓に、嫌になる。
「付き合おう、君の愚痴を全部、だから青島」
青島の躰には一倉が付けた情痕がたくさん残っている。同時に消えないほど深く激しい傷が腰に刻まれている。
「俺の傍に居てくれ」
今更それを聞く羽目になるとは半年前の青島はまるで想像していなかった。
今更言うくらいなら、どうして半年前に言ってくれなかったのだろう。
今間違いを犯しているのは、一倉に対しての恋なのか、身分違いの恋なのか、それとも警察官のモラルなのか。
それでも人は人を好きになる。
恋をするとは、そういうことだ。
「これからのことは、俺の隣でゆっくりと考えていけばいい」
「あんたはそうやって安全な場所から俺を想像するんだ?」
「!」
一倉は最初から飛び越えてきてくれた。
恋の味を教えてやるよって、この溢れる感情に名前を付けてくれた。
一倉が残した恋の灯が、青島にも本当の恋を目覚めさせる。
「また、逃げるの」
挑発し誘う文句に、室井が寸暇も与えず青島の腕を引き寄せ、噛り付く様に罪の証を移し与えた。
これまでの清廉として高潔な男に潜む烈しさに、青島も口端を持ち上げる。
「そうこなくちゃ」
今度は少しくらい、抱えさせてくれるんだろうか。
「ひとりで引き受けるのは許しませんよ」
「俺は一倉みたいにお人よしではない。死ぬまで離してはやれないから、そのつもりで」
自慢気な態度とは裏腹に、まだ哀しみを宿し涙を残す青島の顔に、室井は何も言わず、青島を抱き締めた。
今度はちゃんと恋が出来ますように。
去る間際、とうに見えなくなった大きな背中が消えた方角を、最後に一度だけ、青島は振り返る。
“こっからだと署が遠いんですけどね・・”
“じゃあ、二人で引っ越そう”
“俺も引っ越すの”
“愛の巣だ”
“マジで言ってんの”
“俺が嘘を吐いたことがあるか?”
“いっつもじゃん”
甘く綴る夢物語は、儚く。
永遠の泡沫に捧げる睦言は今日も末永く。
それでも確かに愛していたのだ。
愛して、愛されて、見つめ合った時間に、嘘はなかった。
これから始まる別の道で、その愛を知っていくのだ。
ただ一つ分かるのは、きっと、プリン・ア・ラ・モードは二度と食べないということだ。
20220510
hapyy end
20000HIT記念品。いつも来てくださっているみなさまへ感謝とお礼を込めて。
一週間ほどお付き合いくださりありがとうございました!
萌えネタを募集させて頂きましたところ、横恋慕、お相手は一倉さんを皆様必ず上げてこられました。
なので今回お礼企画ですしNTRに初挑戦。一倉さんとの三角関係は以前一室風味で書いたことはあるカプですが、一青は初めてです。しかもガチです。
最近拙宅のキャリア組が好きというお言葉を沢山頂いてまして、なのでいがみ合うだけのラストは嫌だなと思い、今回はこんな結末に。
ググってたら「推しにやらせたいこと一覧」てのを見つけまして、大爆笑いたしました。これ、室井さんじゃ難しそう。
お題はこちらからお借りしました。ありがとうございました!
確かに恋だった/ノラさま