25
周年お祝いシリーズ
毎年恒例クリスマスストーリーです。今年は支部での25周年記念合同企画。
時間軸はODF後。登場人物は室井さんと青島くん。本店ベース/室井さんは警視総監まであと一手。青島くんは係長のまんま。
25年経ったふたりの現在がこんなだったらいいな。
クリスマスの夜に降ってくるひとつの奇跡の物語。BGMは広瀬香美で「promise」
25年分の愛を込めて~室青編

25年分の愛を伝えたくて。貴方に。
三代目となった後継モデルのビジネスバッグを肩から掛けると、青島は足元にある黒い本革のブリーフケースを手に取った。
高い機能性と上級国家公務員のステータスを印象付けるアイテムは、手入れが行き届いていて
高雅な品格を損なわないフォーマル仕立てのスリーピースと合わせ、やはりこの男にはこういう格好と場が良く似合う。
室井は軽々と持ち歩くが、実はかなり重い。
「貸せ。自分で持つ。それより配られたデータだの名刺だのを、とっとと打ち込んでおいてくれ。くだらん寄せ書きも忘れるな」
「寄せ書きって、あんたね」
歩き出しながら黒いテーラードカラーのチェスターコートに袖を通し、退散する気満々の室井が、楚々とした動きで会場を後にする。
その背中を追いながら、青島はノートパソコンを片手に、指に挟んだ資料やらメモやら、欠伸しながら聞いていたスピーチを、記憶にある限り箇条書きに纏めていく。
室井が“寄せ書き”と一蹴する訂正資料も、要点を咀嚼して打ち込むのは、青島の仕事だ。
「多少、俺の主観入っちゃいますけど」
「構わない」
短く言葉を交わし、ほぼ真横に並んで歩く室井と青島を、通路にたむろする来場者たちが幾度となく振り返った。
ヒソヒソとした低声。
指さし、地這う噂話。
背丈のすらりとした見映え高い童顔の男と、今や警察組織の顔となった男の組み合わせは
そうでなくとも、目立っていた。
「審議会答申にも送っちゃいます?」
「その方がいいだろう」
「そ」
地方で主催のシンポジウムだの評議会だのに同伴させられて直行直帰なんてのが、そろそろ板についてきた。
所轄畑のノンキャリにエリート連中を差し置き何か発言権があるわけじゃない。
ただ、地方の現場も見ておくといいと、行く先々で紹介された。
そう言えばむかーし、海外研修の時も、人事交流の時も、このひとはそんなことを言っていた。
それが年月を経て血となり肉となった――かは疑問。
専ら、室井さんの専属秘書的に連れ出されるようになったのは、ここ数年のこと。
それでも、室井さんは俺が現場に拘ることを重要視している。
俺だって別に、本店の政治に興味があるわけじゃない。
「都道府県制覇しちゃうかも」
「そこそこ実績を積んだ刑事は○○県のアイツかと異名も付く。その点、君なんかまだ無名だ」
「それはあんたが俺を隠すからでしょー」
目線をノーパソに落としたままさらりと返した青島の言葉は、婀娜な色を含んでいて、自慢気な口ぶりとは裏腹に
室井の視線を一度だけ取り込むことに成功する。
「だがそろそろ市場価値を上げるのも悪くない」
室井の出世レースはゴール目前だ。此処から先は派閥よりも認知度が物を言う。
希少価値を見せつけることで、一気に布陣を固め、東大出身が居並ぶ警察トップに仕掛けるのだと、いつだったかピロートークで聞かされたことがあった。
後戯にする話題じゃないよと汗の残る肌に指を這わせれば、キスで封じられたけど
そもそもノンキャリで、係長クラスの、ちょいと突けば減俸だの始末書だの査問委員会だの、目を覆いたくなる情報がわんさかと出てくる男の価値ってなんなんだろう。
青島の脳味噌では、逆立ちしたって答えは捻りだせていない。
室井の語る言葉はときどき分からない。
「じゃあ、これも、ひとつのお披露目なの?」
「外堀から仕掛けるのも面白い」
誰が俺なんか欲しがるんだよ。
ノンキャリだし~、未だに事件が起きると走り出しちゃうし~、犯人前にすると血が騒ぐし~。
官権の前で泣いている人がいたら、助ける方、選ばせてもらいますよ~。
呆れた顔で舌を出す青島は、自分が意外と目を引くタイプであることに気付いていない。
同時に自分がしでかしてきたことの自己評価も低かった。
その昔、上層部を怒鳴りつけた逸話も、劇場型の捜査を仕掛けたことも
青島の中では、そんなこともあったね、だ。
それよりも、オトコとの情事まで暴かれて好奇に晒されたり、それが原因で足を引っ張ることになりかねない方が、今も青島にとって重大だった。
事実、室井は女性問題を理由に貶められた過去もある。
「ぢつは公開処刑のトリガーだったりして」
「正直、私も君を誰の目にも晒したくないが」
退屈な流れのついでに放った室井の言葉は、紛れもなく強烈な独占欲で
一分の隙なくダークスーツを着こなし、撫でつけられた黒髪に一切の乱れはなく
高貴な漆黒が朴訥な顔の中で唯一の意思を放つ、その横顔に青島の背筋が騒めく。
肩を竦めてあっさりとした口調で、なんてこと言うんだよ。
しかも、こんな場所で。
「じゃあさぁ、もし俺がどっかで身を引いてたら、どうしました?」
規則正しく靴音を奏でていた室井の足が、止まった。
ばふんと室井の背中に衝突すると、隣で見透かすような双瞼がこちらを見ていて、青島の軽口も止まる。
「本気で別れられると思っているのか?」
「・・思っ・・」
「だっておまえ、俺にベタ惚れじゃないか」
カッと血が逆流し、頬が薄らと染まって青島の澄ました顔が崩れる。
「ち・・っ、違っ、あんたが俺にゾッコンなんでしょーがっっ」
耳元に早口にまくしたてるが、室井はそんな青島の狼狽えぶりを親し気な瞳で眺め、またスタスタと歩き出していく。
なにその余裕。そんな嬉しそうな顔しないでほしい。
青島にしか見せない、その僅かな表情の変化に気付いてしまい、青島は顔を反らした。
やりにくいなぁっていうのと、勝てないなぁってのが半々。
「もう俺たち何年?そろそろ生活臭とかジジイ臭とか出てきて、ときめきとかなくなんない?」
「未だに一挙手一投足にやられっぱなしだ」
「!」
「君といるだけでいつも動悸は激しい」
「更年期、調べましょっか」
だーかーらー、このひとは素でそうゆうこと言っちゃうからなー。
「なんだ」
「室井さんのー、カノジョになるひとはー、大変だなーっていうね。同情?」
言って、自分でふと気付く。
室井さんの女。室井のオンナ。なんとも刺激的な響きだ。
そう言えば室井さんが辞表を出す切欠となった事件の最中、流布された
例のセンセーショナルなスキャンダル以外、このひとの口からそれらしいことを聞いたことがない。
「昔の話とかしないね。元カノとか、思い出したりしねぇの?」
「今カノが手に負えないじゃじゃ馬で、それどころじゃないんだ」
「!!」
あいたー。
青島が片手で額を覆ってから、隣の室井を盗み見た。
「それって、俺のことですか・・」
まあ、良く出来たカレシですこと。
三角関係は揉め事三代要因だしな。
正面玄関を出ると、もうすっかり陽は暮れていて、夜になってグッと冷え込んだ北風がふわりと青島のモスグリーンのコートを巻き上げた。
タクシーを待つ列は吹き曝しの風で誰もが首を竦めていた。
都心にはない冬の大気に土の匂いが混じり、師走を感じさせる中、深い闇が浸る。
最後尾に着いた室井がスマホを青島に向かって翳した。
「見てみろ」
「なんです?うわ、全然覚えのないデータがある・・。ぇ、これも。これもだ。・・いつだ?げぇ、嘘だろ、なんだこれ・・」
そこには俺を隠し撮りした青島秘蔵画像がサムネイルで並んでいた。
いつの間にこんなん・・。しかもこの量。
ってかこれ、ちょっと、コワイ。
「今、少し引いただろう」
「はい」
こくんと大きく頷き返せば、そんなことは充分承知だという顔で、室井はスマホを奪い返し、まるで何事もなかったかのようにポケットに潜ませた。
警察手帳を仕舞うのと変わらぬ高雅な指先でだ。
ある意味、真正の犯罪者って、こういう人のことを言うのかも。
「とりあえず、俺の勝ちだ」
え、これ、何かの勝負だったの?
今、何の勝敗が決まったんだ?
コレクター魂?変態趣味?
でも、勝負と言われちゃなんか腹の奥が治まり悪くなるのは、もう性分なんだろうか。
眉をへの字に曲げ、唸っていると、貴やかな手つきでタクシーを捕まえた室井が、青島を徐に車中に押し込んだ。
続けて、尻から押し入ってくる。
んだよ、と思いつつ、足と荷物が邪魔で上手く座り込めない俺を押しやり、室井は優雅にコートを整え、シートに沈み込んだ。
「出してくれ」
どちらまで?の質問に、室井が言葉少なに答える間、青島はまだへの字のまま唸る。
俺も何か勝てるような変態度、持ってっかなぁ?
青島にとってこれは愛の印などではなく、盲点を突かれた性癖への挑戦状である。
時計にモデルガン、ミリタリー、割と多趣味な方だと思ってたけど、このひとと比べたら健全な気がしてきた。
そんな青島を横目で盗み、室井は満足気に小さく口端を上げた。
大人びたその笑みを青島が見ることはなかったが、熱を孕んだ気配に青島が無意識にネクタイに指をかける。
一度。二度。
室井と視線を交わし、降参した。
だめだ、ネタ切れだ。次にしてもらおう。
一周回って諦めた青島は隣に座る男に肩を寄せた。
「今回は譲ってあげます」
「潔いな」
「また勝負する?」
「またズルするのか」
「俺がキタナイ手、使ったみたいに言わないでくださいよ」
「君の手の内など、そろそろ読める」
「へ・・ぇ、そもそも最初に俺んことハメたの、あんただったよね?」
「私が約束を破ったんじゃない」
――君が、裏切ったんだ。
その昔、俺たちのはじまりは『破壊』だった。
このひとは大事なことは口にしない。
ただサインだけを送ってくる。行間は、指とか目とか、節々の細やかな行動に葬られる。
ピリピリとした交接の緊迫感に、俺たちは信頼し合っているのではなく、裏切り合っているのではないかと
首元に刃を突き付けられた感覚は、細胞から青島を掻き立てた。
「ヤル気と熱意だけでは刑事は成りたたないってことくらいは学んだか?」
「むっかつくなー」
タクシーの運ちゃんの目を盗んで室井を探れば、無表情のまま強面は崩れない。
でも雰囲気とか?気配とか?そういうので、なんとなくこのひとが楽しんじゃっているのは伝わってくる。
「そっちこそ。味方を作んのも悪くなかったでしょー?」
「おまえ一人で十人分だしな」
「おうよ」
「救われるもんがそこにあるんなら、それでいいんだろう」
時々、不安はある。
この恋は殺すべきだったんじゃないか。多分その選択権は俺にあって、真の正解は「どこかで逃げ出すべきだった」
だってこのひとは、こんな風に俺を――。
抜けない毒針が全身に回って自滅への一本道を辿っているのはなにも警察組織だけではなく
室井もそうであり、ひいてはもう俺たちふたりのことなのかもしれない。
こういう時、ですよねって簡単に言えなくなっちゃう俺は、やっぱり裏切り続けているのだと、腹の底で何かが澱んでいく。
「止めてくれ。降りるぞ」
駅へ直行するのかと思ったら、賑やかな街中で室井がタクシーを止めた。
礼を言い、さっさと降りてしまった室井は、タクシーのリーフに手を付いて一声だけ残す。
「少し歩く」
「どこか寄る所あったんですか?」
支払いを済ませ、領収書を貰って、鞄と土産の紙袋を抱き込み、着崩れたコートもそこそこに、青島が慌てて室井の後を追う。
店先から漏れ出たオレンジの灯りに、白いものが舞って、連綿と結われた青のイルミネーションに溶けた。
またひとつ、一年が終わるんだ。
「みぞれっぽいの降ってきちゃいましたから、傘、買ってきましょうか?」
「このくらいの気温で、この湿度なら、大したことにはならない」
「なにその野生児発言」
メイン通りを外れた細道は息を顰めるような深い闇に包まれた。
躾けが美しい身のこなしが銀に縁どられ、悠然とした歩幅が、青島をどこかへ導こうとしていることを告げていた。
黒いスーツ、黒のストレートチップの革靴、整えた黒髪。
青と白の幻想的な樹木が誘う、それはまるで、樹氷のように、一歩先を行くこのひとを拝賀する。
こうして見ると、このひとはまるで遠い世界の住人だ。
きょろきょろ見回していると、やがて、闇に透け込む寺が見えた。
しめやかに鎮まる闇の中央に、雄健な瓦屋根が身構えている。
神秘的なムードから一転、寂れた電灯の質素な灯だけとなったそこは、荘重な風格を放ち、青島は一度だけ後ろを振りむいた。
「勝手に入っちゃっていいんですか?」
「門は開いていたろう?」
境内の裏手に回ると、視界は一転した。
そこは一面の赤だった。
まだ残る紅葉の稜線が煌々とライトアップされ、幽玄な赤の世界が広がっていた。
不思議な光景だった。
闇に居並ぶ樹木に金色のライトが色付く葉を浮かばせ、ここはまるで別世界だ。
黒漆のような水面に反転して映り込む鏡面紅葉は、より鮮明な赤となり、もう一つ世界が広がっているかのような仕掛けに錯覚させられる。
「すっっげぇ・・、来たことあるんですか?ここ」
「刑事も長いと、接待やら会合やらの合間に、こういうモノに詳しくなる」
「刑事じゃなくて、それ、キャリア」
言い直してやれば、室井は悪びれずに頷き返した。
こんのエリート官僚が。
「見ごろは過ぎたが師走でまだこれだけ見れるんだ、穴場だろう?」
「なぁんでそれでモテないんでしょうねぇ?」
してやったりの室井の漆黒が、ほのかに赤を写し取っていた。
闇を埋め込む真黒な水面がさざ波一つ立てずに浸り、そこにライトアップされた紅葉の赤が逆さまに映り込む。
燃えるような赤に、白い雪が散って、凍える冷たさは凛とした幻想と現実を交錯させた。
もしかしてこのひとは、この景色を俺に見せたかったんだろうか。
「なあ、青島」
不意に、名を呼ばれた。
なに?と目線だけ上げれば、室井は顔を向けず、今更に連絡用ピンマイクを細長い指先で取り外す。
「出会ってもう何年だ?」
「え、え?・・25年、くらいだったと思いますけど。なに急に?」
「二人で決めた約束まで、あとすこし、だ」
「・・そう、ですね」
何故今このようなことを言い出したのか、読み切れない。
読み切れないけど、この話題は、否が応でも青島の背筋をゾクリとさせた。
俺の相槌なんて待ってもいないのだろう、室井の漆黒は逆さまの山紅葉を映したままで、厳格な白い横顔に浮かぶものは何もない。
そのまま会話も止まって、息すら憚られる静けさと厳かな幻想に、積もりもしない淡雪が、しんしんと降る。
「やっとご、ぎたなぁ。こごまで」
耳馴染んだ訛りのトーンに、たまらず青島の胸が詰まった。
室井の声には絞り出したような重さがあった。
そんだけ長い時間一緒にいられた幸せって、なんか、なんて、とてつもなく、甘い。
「君も、そう思っていてくれたら、どんなにか」
「思ってるに決まってるでしょ?」
その答えに、室井は返事を返してはこなかった。
沈黙が、言いたいことはそこじゃないことを告げている。
室井が歩み寄り、青島の後頭部を引き寄せた。
肩に押し当てられるようにして、くしゃりと大きな冷たい手で髪を乱されると、青島の柳眉が怺るようにきゅんと歪む。
「歳をとると嘘ばかりが上手くなる」
「・・・」
「どれほど孤立しようが、俺は怖くない」
俺が恐れるのは、そこじゃない。
室井の毅然とした言葉が、今青島が感じている数多の感情に容赦なく触れてきた。
なんていうか、世の中には正しいレールってのがあって、本能の部分でみなそれを嗅ぎ取っている。
意のままに生きたいと、そこから外れてしまった人間は、必要不可欠な成功体験も、最低限の社会水準も縁遠く、成し得るものを見失う。
一人じゃないだなんて強がったところで、表裏一体の逆さまの世界は、ホンモノには敵わない。
いつの間にかびっくりするほど敵を増やしていたこのひとも、何かを護る保守的な生き方に甘んじることを選ばなかったのではなく
選べなかったのだとしたら、その一端は間違いなく青島にあった。
「俺も、こわく、ないです」
喉の奥で潰れた声で返事を返した。
雪交じりの霧雨が地面を濡らし、赤が情緒煽るままに、凛冽した大気で言葉を奪う。
室井の手が思いあぐねるように青島の背中を擦り、髪を柔らかく掻き混ぜ、もう一度その胸に深く抱き込んだ。
しっとりと男の力で引き寄せられるまま、胸が咆哮した。
いつまで一緒にいられるんだろうとか、流石に考えなくなったけど。
もしこの絆が邪魔になるのなら、俺たちはいつでも惑いなくお互いに自分の首を掻き切るくらいの覚悟は出来ている。
例えその日が今夜だとしても。
お互い、意地を張るのも強がりも見透かされていると承知の男の性だ。
もちろん別れの決断じゃない、俺を踏み台にしろって意味の覚悟かな。
願わくば、この男が死ぬときに隣にいるのは自分だったらいいなと、青島は祈るような思いで燃える逆さまの紅葉を閉じた。
ふうと、耳元に残された半ば納得したような室井の息に、青島は片眉を曲げる。
――けど、このひとは本当に俺を断ち切れんのか?
断ち切る気、あるんだよね?
ゆっくりと室井の腕が解かれ、顔を上げさせられると
案の定、渋い顔をした男がそこで眉間を寄せていて、ぞっとするほど暗い流し目に射抜かれる。
逆さまの紅葉が、室井の背後で朱に染め上がる。
「答えはいつでもいい」
何の答えなのか。
そもそも何も質問されていない。
だけど、問われていることは、痛いほど肌に伝わってくる。
「そんなバレバレな顔してました?」
室井は片眉を上げただけだった。
「舐めんなよ?生半可な気持ちで俺があんたを愛しているとでも思ってんの?」
ただ、室井ほどすっきりと、本当にこれで良かったとは思えないだけで。
これだけが正解だったと言い切れる室井が、羨ましい反面、恐ろしくもあって。
近づいた口唇に重ねようとして、室井に胸倉を掴まれ、先に乱暴に口を塞がれた。
「ならば願い事を一つ、今この場で叶えてやる。言ってみろ」
「ひとつ?」
「ああ。だから一番欲しいものだ」
「言ってみろったって」
太っ腹だ。けど突然言われても。
「じゃあ、たまには遊びに――・・・」
連れてってくださいよ、と当たり障りないことでやり過ごそうとして、既にその答えを封じられていたことを知った。
「ウマい飯。室井さんの手料理」
「いつも喰わせているだろう?」
「極上のセックス」
・・も、いつも貰ってるし。
「じゃあ、じゃあ、この雪で遊ぶ?あれ?なんかちょっとチガウか・・」
言わされて、言葉を絞り出して、気持ちを探り合って、向き合っている内に
至近距離まで近づいている漆黒に囚われる。
今更離れる気はないと告げる瞳が狂おしくて、傍に居てくれと強請る瞳が灼け付くようで、可笑しくなる。
同時に、触れた瞬間、もう止まらなくなったハジメテの夜のことを、思い出した。
「ゼッタイ、トップは譲るなよ。ここまできたら」
「重複しないものを」
「ここまで、楽しかったっすねぇ・・」
震える声を怺えた。室井の声も低く掠れる。
「君の、願いだ」
「・・俺は」
やっべ。もう、限界。
風が舞って、青島の前髪を散り散りに飛ばし、渦を巻いた雪が視界を閉ざす。
どうだ。という室井の瞳が勝ち誇っていた。
「他の男では、君を落とせない」
ああもう分かってるよ。逃げるべきは、あんたの方だろ。
でも、それが結局、この人を俺に縛り付けることになる。
声が凍えた大気に震え、逆さまの紅葉が滲んでいた。
「んなこと、わかってるっつの・・」
「こンくれぇで泣ぐな馬鹿。だから餓鬼なんだ」
「うるさいよ」
雄姿を見過ごしたくなくて、瞬きをした。
上質なスーツを着こなす鍛えた体躯はこういう時、とてつもなくカッコイイ。
25年目の節目に、このひとは何を伝えたかったんだろう。
それは言葉なんかじゃなくて、言葉にしたら積もりもしないこの雪みたいで
触れられる指先から電気が走って、湧き上がる感情が雪に煽られた。
伝えたいことがある。伝えておきたいことがある。
言って、ちゃんと届くうちに。
室井が一歩下がり、青島の崩れた顔を面白そうに覗き込んだ。
「愛している。もうずっと昔から、おまえだけだ」
「・・ッ!泣き止ませる気ないでしょっっ!」
「あァ、ないな」
どこかで訪れる喪失に慄く心を情火に隠して背を預けた。
でも、たぶん、喪失の恐怖が今尚消せないのは、室井の方なんだ。
繰り返すことを恐れるがあまり蓋をしていた激流が止め処なくなった。
違うか、本当に断ち切れないのは。
目尻に浮かぶ雫を指先で拭われ、頤を固定されると、青島は言わされたことに気が付いた。
成熟した男の頭には白髪が光り、悪戯な漆黒で、だから子供なんだとデコピンされる。
「私が警察官僚でなかったら、とっくに君を攫っている」
青島は、ぽかんと口を開けた。
今度は別の意味で赤くなった。室井の愛が強迫的なのも知っていたけど、これほど熱烈な告白を受けたことがなかった。
口説かれた時だって、有り余る情熱を躰に熱心に教え込まれたくらいで。
しかも口説いている本人は自分が何を言っているのか気づいていない素振りすらある。
「私が紳士的でよかったな」
「なん・・っ、でも、それって」
室井がニヤリと微笑する。
なんでこの人はそういうことをさらりと言ってしまうんだ。今度は誘拐か。
本当に何もわかってない。
25年経って伝わってない?
25年経って分かってくれてない?
じゃなくて、25年も経って、俺たちラブラブすぎない?
青島は片手で顔を覆った。
その指の間から覗く目尻の赤らみは隠し切れそうにない。
「そおゆうことは、もっと早く、本人を前にきちんと言うもんです」
「言っていいのか?」
「まだ続きがあるの?」
うんざりとした顔で呆れれば、室井の顔はマジだ。
さっきの写真よりも手強いわ。
青島のためなら完全犯罪どころか、盲目愛に焦げ付いてしまいそうな男に、これ、誰が制御すんの?
俺しかいないじゃん。
「こんなんじゃ全然。まだまだだ」
「んじゃー、俺んこと、喰っちゃう?」
乱暴に腕を引かれ、もう一度強く抱き締められた。
激しく舞い散る雪に包まれて、囁かれる言葉に痛みが胸に込み上げる。
想い想われ、交わす伽に、悠久を奏で、今ひとたびの絆を確かめる。
やっぱり、あんたに捧げた人生に、一片の悔いもない。
湧き上がる気持ちのまま室井のうなじにキスを捧げると、その鍛えこまれた身体を硬直させた。
一を聞いて十を知る筈の官僚はどこで気づいたのか。いつから決めていたのか。
当時の室井からは考えられない腹の据わり方、経験と自尊心を、室井が身につけたことを青島は知った。
室井が見据えているもの、室井を取り巻くもの、いつの間にか違うものにシフトしている。
なんか、こういうのって、奇跡だよな。一緒に居るって、かけがえない。
二人の視線が克ち合った瞬間、ニヤッと破顔する。
額を押し付け合って、込み上げるままに見つめ合って、蕩けるように口付け合った。
意地を張ることで背伸びした俺の斜め上を行く彼の25年分熟した愛に眩暈がする。
「ベタ惚れなのは、そっちじゃんか」
「俺に火を点けた、その責任は取ってもらう」
こっちだって、25年分熟成させて、貴方に伝えたいのは、やっぱり。
「返事は分かったからもう言わなくていい」
「そこわ言わせろよっ!」
指を絡ませた。
その薬指にはお揃いの銀のリングが光っている。
いつだって、二人で歩いてきた世界だ。
しょうがない、もうちょい付き合ってやるか。
絢爛の赤が夜に燃え、瞼の裏に焼きつく。
昏々と鎮まる黒の厳かな一幕に、このひとの清廉さを重ねていた。
信頼し合っているのではなく、裏切り合っているのだとしても
逆さまの世界で、ないはずの正解をずっと探し求めているんじゃないかと不安に駆られた日々の
逆立ちしたって出せない答えは、逆さまの世界が知っている。
さっきまでの澱んだ気持ちはもうすっかり消えていた。
俺を連れて行ってください。最後の最後、地獄の果てまで。
俺の願いは、最初から、それだけだ。
MerryChristmas!