25 周年お祝いシリーズ
25周年記念合同企画。







25年分の愛を込めて~室青???編
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1.
身体を揺らし肩口を叩かれる振動に室井は眠りの底から浮き上がる。
しかしまだ眠くて頭の芯が疼き小さく唸ると耳元で「起きましたー?」とやけに生き生きとした声が響いた。

「ん、呼び出し……事件、か?」
「いえ、散歩に行きましょう!」

思いがけない返答に室井は一瞬目を開いたが室内の薄暗さに直ぐその目を閉じて眉間に皺を寄せた。

「あっ、嫌そうな顔しないで下さいよ」
「……今、何時だ?」
「午前5時半ちょっと過ぎたところです」
「……もう少し寝る」

寝返りを打って背を向けた室井のその背に青島は覆いかぶさり「いやいやいやいや起きて!」と布団を剥ぎ取ろうとするので
仕方なく室井は上体を起こした。

「今日は休みだろう。散歩なら昼食後にでも付き合ってやる」
「午後からなんて駄目ですよ!溶けちゃいますし、もう足跡いっぱいです」

溶ける?足跡?とまだぼんやりする頭の中で状況を把握しようとする前にその答えはあっさりと答えられた。

「一緒に誰も踏んでない雪、踏みに行きましょう!」
「……何だそれは」
「untracked snow」
「何故英語で言う必要がある?」
「そこに雪があるからです!」

青島のテンションの高さに室井は思わず「小学生か」と笑ってしまう。

先週から関東地方に寒波が到来するというのは新聞やニュースで知っていた。
10年に1度と言われる強い寒波は日本列島に流れ込み全国的に寒い日が続き東京も真冬日となり
20cm以上の積雪が予想されると言われていた。
確かに昨日も午前中から雪が降っており、帰宅する際には道路脇に積もり始めていた。

「誰も踏んでない雪、か」
「雪が降った時の楽しみですよ」
「外、まだ暗いし寒いだろ」
「暗いですけど寒くないです!」

スッパリと言い切られて室井は仕方ないなと溜息を吐き出しながら「支度する」と冷たい床に足を下ろした。
すると青島は「そうこなきゃ!」と嬉しそうに笑った。

「40秒で支度しな!」
「……出来るか」
「3分間待ってやる」
「無茶を言うな」
「置いていきますよー!」
「お前のそのテンションの高さは何なんだ」
「俺、今バイブスぶち上げなんで!」
「バイブスって何だ」
「良いから早く着替えて下さいよ!あ、外寒いからちゃんと着こんで下さいね!」
「……お前、さっき外寒くないって言わなかったか?」

室井の問いに青島は誤魔化す様に笑顔を浮かべると「玄関で靴履いて待ってますねー」と寝室を出て行った。








2.
「うわー、結構積もりましたねぇ」

道路に出来た轍を歩く青島の後を室井も歩く。
10年に1度と言われる強い寒波は久し振りに住宅の屋根だけでなく路上もすっかり積雪で覆ったようだ。
雪は降り止んだが風に吹かれて電線に積もった雪片が降ってきて手や髪に触れては溶けた。

「今日仕事休みで良かったですね。在来線動いてんのかなぁ」
「大幅な遅れはあるようだが運休はしてないようだ」
「へぇ。でも道路凍結はしてそうですね……首都高は通行止めかな」
「あぁ。因みにレインボーブリッジも通行止めになっている」
「えぇ~!?簡単に封鎖されやがって!」
「そう言えばお前レインボーブリッジ封鎖出来ないって喚いていた事があったな」
「あの時の俺の苦労は……って懐かしい話出さないで下さいよ」
「あれは……19年前か。お前いくつになった?」
「年頃の男の子にそんな事聞かないで下さい」

青島の回答に室井は肩を竦め溜息を吐き出すとそれはすぐに白くなり目の前に広がった。
日が昇ったばかりの早朝の刺す様な冷たい風に室井は小さく震えるが青島の足取りは軽い。

「散歩って何処まで行くつもりだ?」
「公園ですかね。そこならまだ誰も踏んでいないと思うんです」
「……子供が可哀想だな」
「全部踏まずにちゃんと残しておきますよー」

辿り着いた公園を目の前にして青島の目が一段と輝きを増した。

「真っ白ですね!」

誰にも踏まれていない一面白色の輝きに青島の声が弾む。

「見事に積もってるな」
「フッフッフッ、子ども達の楽しみを奪ってやる」
「最低な大人だな」
「ほら、行きますよ!うりゃ!」

まだ誰も踏んでいない雪の上をさくさくという音、感触を確かめながら一歩一歩足跡を付けて行く。
降りたての雪は柔らかく靴が雪に埋もれてジワリと足先が冷たくなる。
後ろを振り返り足跡が2つ並んでいるのを見て青島は満足そうに笑った。

「あー、倒れ込んで人型作りたい!」
「止めておけ。この積雪だと怪我するぞ」
「もっと積もれば良かったのに」
「都内のサラリーマンや学生を敵にする発言だな」
「そりゃあ室井さんは秋田出身だから雪なんて珍しくないでしょうけど折角こんなに積もったんですからもう少しテンション上げて楽しんで下さいよ」

雪でテンションが上がるなんて本当に子供かと室井は言いたくなるが、普段と全く装いが異なる公園の景色は確かに心を奪われる。
朝焼けの青と緋と、そして白。
新雪を踏む青島の足音を聞きながら目を閉じてピンと張りつめた空気を吸い込んだ。
冷たい空気に鼻がツンとなる。
ハァと白い息を吐き出そうとした瞬間、バフッという衝撃が顔面を襲った。
目を開けると四散したのであろう雪がコートに纏わりついている。
ヤベェ、と声のした方に視線を向けると次の雪玉を作ろうとしていたのであろう青島が引き攣った笑顔で浮かべていた。

「あの……顔に当てるつもりは無かったんですよ?狙ったのは肩だったんですけどね」
「……言いたい事はそれだけか?」
「スミマセンでした」
「謝って済むなら警察は要らない」
「要る要る!俺達の仕事……ってうぉい!?」

青島の耳元を雪玉が通り抜けた。
その速度は先程自分が投げた雪玉より早い。

「ちょっと、室井さん!室井さんのテンション上がるかなーと思って投げただけなんですからマジにならないで下さいよ!?」
「テンションは上がったから心配するな」

青島は室井が再度投げてきた雪玉の射線から体を逸らしつつ投げられた大きめの雪玉にギョッとする。

「テンション上がってんじゃなくて怒ってんでしょ!?」
「バイブスぶち上げだ」
「顔面狙ってますよね!?」
「当然だ」

次々と投げられる雪玉が胸や足に当たりドカッと衝撃が走り飛散した雪がコートに纏わりついた。

「ちょ、雪玉作るの早くない!?」
「雪国育ちを舐めるな」

青島も飛んでくる雪玉から逃げながら雪玉を作って投げつけてみるが、慣れない雪上でのヨタヨタ歩きではコントロールが定まらず
雪玉はポスンと地面に落ちて割れるだけだった。

「あー、もう、手ぇ冷てぇ!もう止めましょうよー」
「勝つまでやるに決まってるだろ」
「コレ勝ち負けあるの!?」
「観念して顔面に俺の雪玉を受けろ」
「アンタの勝利条件歪んでるよね!?」

顔面に当てられて堪るかと青島は室井に背を向け雪上を逃げ惑う。

「敵に背中を見せるとは馬鹿な奴だ」
「セリフが完璧悪役のセリフですよ!」
「何たってバイブスぶち上げだからな」
「ちょ、アンタ、バイブスの意味分かって言ってる!?ってうわぁ!」

背中にドスッと殊更重い衝撃を食らい前につんのめった青島はそのまま雪の上に突っこんだ。

「冷たぁい」と情けない声を出しながら起き上がった青島はコートや髪に付いた雪を払いながら自分が転んだその跡を苦笑いを浮かべながら眺めた。
相変わらず雪玉を作りながら近付いてきた室井も青島が作ったその跡を見て苦笑いを浮かべる。

「思ったより綺麗に出来たな、人型」
「えぇ、不本意ですが満足です。アンタも満足した?」

その問いに答えるように室井は手に持っていた雪玉を地面に放り投げた。

「怪我は無いか?」
「えぇ、怪我はないですけどめちゃくちゃ濡れました」
「帰ってさっさと着替えろ」
「そうします。あー、さっむいっ!帰ったら何か身体が温まる温かい物食べたいですね」
「きりたんぽでも食うか」
「朝から鍋ですか?」
「温まるぞ」

確か冷蔵庫に鶏肉有ったよな、と既に作る気になっている室井に青島はフフッと声を出して笑った。

「何故笑う?」
「25年経ったんだなって」
「何がだ」
「その約束してから」
「約束?」
「きりたんぽ食べようって約束ですよ」
「……あぁ、もうそんなに経つのか」
「社交辞令で言われただけだと思ってたんだけど、もう数えきれない程一緒に食べましたね」
「そうだな」
「あ、ヘリで迎えに来てって約束は未だに果たされてないんですけど?」
「それこそ社交辞令で言われただけだと思っていた」
「俺はいつまでも待ってますよ」
「待つな」
「俺はいつか果たしてくれるって信じてますよ」

青島の返答に室井は呆れながらそっと目を伏せた。

「……もう一つの約束も、まだ果たせていないな」

雪が積もるようなとても静かな声で室井はそう呟いた。

捜査から政治を排除して本庁と所轄の枠を取り払い捜査員全員が正しいと信じた事を出来るようにする。
それも25年前にした二人の約束。

警察組織の改革は組織改革審議委員会によって表面上は改革が行われた。
しかし長年根付いた悪弊はすぐに無くなるものでは無い。
室井は未だに組織改革について尽力しているのが現状だ。
その苦労と努力は傍に居る青島もよく理解しているつもりだ。
青島はあの日に交わした約束を果たそうとしてくれている事が嬉しくもあり、実はたまに疎ましくもある。
その自分と交わした約束が室井を苦しめているのではないかと不安になるのだ。

「ねぇ、その約束、呪いになってますか?」

青島の言葉に室井は虚を衝かれた様な顔をしたがすぐに笑った。

「そうだな、まるで呪いだな」
「……ですよね」
「だがな青島、この呪いは世界を救うぞ」

そう得意気に言った室井に今度は青島が笑った。

「俺、スゲェ呪いアンタにかけちゃったんだね」
「あぁ、だから呪いを解こうとするなよ?」
「俺達世界を救うって勇者じゃないですか」
「調子に乗るな。俺達はただの公務員だ」
「そうでした……前に言いましたよね。正しいって難しいって」
「あぁ、一人一人違うってやつか?」
「そう。でも、俺はアンタとした約束は正しいって信じてる」
「……青島」
「信じるものが……信じれるものが一つあれば世界は違うって俺は思ってますよ」

真っ直ぐと強い瞳でそう言い切った青島に室井は小さく、しかし力強く頷いた。

「必ず果たす」

その言葉に青島も頷き返した。

「俺、これからも頑張りますよ」
「お前は頑張るな」
「何でですか!?」
「お前が頑張ると碌な事にならん」
「いや、そういうのじゃなくて!」

茶化す室井に青島はコホンとわざとらしく咳払いをすると

「25年目の約束です」

と背筋を正した。

「あんたは上で頑張る、俺は下で頑張る。で、いつか上とか下とか関係なく自分達が正しいと思った事が出来る現場に…ぶぇっくしゅん!」

ズズっと鼻をすする青島に室井は溜息を吐き出す。

「……台無しだな」
「いつか上とか下とか関係なく自分達が正しいと思った事が出来る現場にしましょう!」
「キリッと言って仕切り直したつもりだろうが鼻水出てるからな」
「台無しにしてんの室井さんですからね!?そこはスルーして、アンタも乗って下さいよ!」
「心配するな、バイブスはぶち上げだ」
「だから意味分かって使ってますか!?」

「……使い方、間違ってるか?」

室井の問いに青島は仕方ないなと言う様に笑った。

「アンタの照れ隠しって事で合ってる事にしときます」
「何だその言い方は。と言うかお前いつまで鼻水出してんだ、早く拭け」
「……やっぱり台無しなんだよなぁ。って、俺ティッシュ持ってないや」

ズズっ、と鼻をすすった青島に室井は「本当にガキだな」と呆れた様にコートのポケットからポケットティッシュを取り出して青島に差し出した。

「ほら、ちゃんとチーンってしろ」
「ガキじゃないんですからやめて下さいよ」
「ガキだろ。ゴミはこの中に入れろ」

ポケットから出てきた小さなビニール袋に青島は使用して丸めたティッシュを入れながら「室井さんお母さんみたい」と呟くと
「やめろ」と心底嫌そうに室井は顔を顰めた。

「せめてお父さんにしてくれ」
「はーい、お父さん」
「……本当に呼ぶな」
「こりゃ失敬。よし、さっさと帰ってきりたんぽ鍋食べましょう!」
「あぁ、そうだな」

25年前に交わした約束はこれからも続くのだと二人は顔を見合わせ笑った。










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