25 周年お祝いシリーズ
25周年記念合同企画。







25年分の愛を込めて~青すみ編
line
1.
吸い終わった煙草の吸殻を携帯灰皿に押し込み、「あともうひと踏ん張りするかぁ」とすっかり日が落ちて暗くなった空を見上げながら上半身を伸ばそうとした瞬間
「青島君!」という怒気が若干含まれた声で名前を呼ばれ思わず肩が跳ねた。
青島が声のした方に顔を向けると、両手を腰に当てたすみれに「やっぱり屋上に居た!仕事終わったの!?」と
やはり怒気が含まれた声で問われたので誤魔化す様にヘラリと笑った。

「報告書まだ書き終わってないんだよねぇ」
「お店の予約7時って言ったわよね?」
「はーい、すぐ戻りまーす」

駆け足ですみれがいる屋上の出入り口に向かうとすみれは不満を隠さず「6時半迄に終わらなかったら射殺するから」と言って先にエレベーターに乗り込んだ。
青島も続いてエレベーターに乗り込むと【閉】ボタンを押しながら横目でまだ不機嫌そうなすみれに小さく溜息を吐き出した。

「分かってますよ……って言うかすみれさんにお願いした方が早く仕上がるんだけど?」
「何で私が青島君の報告書を書かないといけないのよ」
「6時半迄に終わらせるために。今日のお店しゃぶしゃぶとズワイガニ食べ放題なんでしょ?遅れて良いの?」
「……分かった!じゃあ来週は丸の内で天婦羅ね!」
「ちょっと!?何でサラッと来週の予定入れてんの!?」
「無報酬で手伝う訳ないでしょー?」
「いや、今夜も俺の奢りだよね!?今日の報酬にならないの!?って、うぉ!?」

突然ガタンと音がして降下していたはずのエレベーターが大きく揺れて止まった。

「え、何?地震……じゃないわね、停電?」

エレベーター内の照明が非常電源に切り替わり薄暗くなったのですみれは非常ボタンを押すが反応は無く
青島は携帯電話を取り出すと通話履歴から和久を探し出し発信ボタンを押した。

「あ、和久君?停電したみたいだけど何かあった?」
「……青島さん、今どこにいるんですか?」

和久の小声で囁く様な話し方に違和感を感じながら「エレベーターの中。閉じ込められてるんだけど」と伝えると「えぇー」と戸惑う様な返事が返って来た。

「何があった?」

もう一度そう問うと「立てこもりです」と予想外の答えが返って来たので思わず「立てこもり!?」と聞き返してしまった。
すると律儀に和久はもう一度繰り返した。

「刑事課で立てこもりです。犯人の要求で高度セキュリティシステムが起動されました」
「立てこもり……高度セキュリティシステム?」

青島が繰り返した言葉に反応したすみれが傍に寄ってきたので青島は携帯をスピーカー通話に切り替えてすみれの背丈に合わせ少しだけ腰を屈めた。

「で、今どんな状況なんだ?怪我人はいないか?」
「はい、怪我人はいません」
「それより和久君は今電話できる状況なの?」
「僕は実は取調室に居て……ここから外の様子見てるんですよ」
「ん?誰か取り調べ中だったの?」
「いえ、和可竹の御主人が年末忘年会のお寿司の打ち合わせにいらっしゃってて……試食をいくつか持って来て下さっていたので取調室で頂いていたんです」
「え、何それ!?何で私呼んでくれないのよ!?」
「呼ぼうと思ったらすみれさんの姿無かったんですよ!」

静かなエレベーター内にすみれの舌打ちが響くと和久も聞こえたのか「ちゃんとすみれさんの分、取ってありますよ」と若干呆れた様な返事が戻って来た。

「それで人質とか、相手の凶器とかどんな状況なんだ?」

青島が気を取り直して状況報告を求めると「僕もはっきりとした状況は不明なんですが…」と前置きをして報告を始めた。

「多分暴力団係が連れて帰って来た被疑者みたいなんですが銃を持っていて警務課の職員が人質になってます」
「何で銃なんて持ってるのよ!?」

連行する時に気付かなかったの!?と呆れるすみれに和久が「それが……」と一段と声を落とした。

「庭で猟銃を手入れしていた方が間違えて引き金引いちゃったみたいで、銃声が聞こえたと通報があって……
 それでその方が暴発させましたって猟銃と弾薬持って刑事課に来てたんですけどそれを奪ったみたいなんですよね」
「何か、前もそんな事有った気がする」
「……私も」
「犯人の要求は逃走用の車の準備とお金で、現在本店の交渉課と話してるみたいなので僕は引き続きここで様子を見ておきます」
「分かった。和可竹の親父さんの事頼むな」

通話終了ボタンを押すと静かになったエレベーター内にすみれの溜息が大きく響いた。

「青島君と居るといっつもこう!」
「俺のせい!?」
「だって青島君が屋上でサボってるのが悪いんでしょ?」
「サボってないって!煙草休憩!」
「普通に喫煙室で吸いなさいよ!何でわざわざ屋上に行くのよ!」
「気分転換も必要だろ!?書類仕事で凝り固まった身体をね…」
「あー、もう!予約したお店に連絡しておかないと!」
「聞けよ!」
「ズワイガニ~」

青島の文句を聞き入れる事無くすみれは携帯電話を取り出すと画面を操作して通話を始めた。

「あ、7時に予約した恩田です。時間の変更お願いしたいんですけど……えぇ、7時半でお願いします」

「冷静だねぇ」と呆れたように笑う青島に「出来る事をやる、当たり前の事」とすみれは全く動く様子が無いエレベーターを見上げて
「1時間後には出れるかしら」と溜息を吐き出した。

「エレベーターに閉じ込められるってドラマや映画の中での話かと思ったけど本当にあるんだね」
「確かにこの状況、ドラマの花より男子で見たわ」
「まぁ、男女が二人きりでエレベーターに閉じ込められるってベタな状況だよね」
「警察署で立てこもりが発生して署内のセキュリティ引き上げられてエレベーターに閉じ込められるこの状況のどこがベタなのよ」
「こりゃ失敬」
「大体何で相手が松潤じゃなくて青島君なのよ。どうせなら松潤が良いんだけど」
「何言ってんだよ!?それなら俺だって井上真央が良いっつーの!」
「はぁ~!?すみれさんのどこが気に入らないって言うのよっ!」
「先に言い掛かりつけてきたのは君だろ!?大体松潤のどこが良いんだよっ!」
「顔」
「正直だなっ!」

長期戦になると覚悟したのか、すみれは「よいしょ」という掛け声と共に床にぺったりと座り込むと青島もその隣に座り込み動く気配も無いエレベータの天井を見上げた。

「映画だとエレベーターの天井から外に出たりするよな」
「映画だけの話。実際はそんな事出来る訳ないから。じっとしてるのが正解」
「皆大丈夫かな……」
「きっと大丈夫。ここ警察だもん」
「立てこもりかぁ。さっき前にもこんな事あった気がするって言ってたの年末に鏡が銃を奪って立てこもったってアレだよね」
「そう言えば有ったわねー、あれ何年前だっけ?」
「えーっと25年前?」
「25年!?うわー、そんなに青島君と一緒に居るの引くわ」
「何で引くんだよ!?」
「あの時みたいにSATは入って来れないわよね……。いつ出れるかしら?」
「さぁねぇ。犯人もよくセキュリティシステムの事知ってたな」
「そりゃ引越の時にあれだけ大きな事件になって報道もされてたんだから知ってるでしょ」
「あ、なるほどね。あれ何年前だっけ?」
「んー、12年くらい前かな?」
「12年か、25年に比べると大したことないな」
「うん、でも一応軽く引いとくわ」
「引く必要ないよね!?」









2.
それから1時間エレベーターが動く気配は無く、和久からの状況報告メールも「動きなし」というシンプルな一言だけだった。

「もしもし、7時半に予約した恩田です。再度時間の変更お願いしたいんですけど……はい、8時半でお願いします」
通話を終えたすみれが疲労を隠さない溜息を吐き出すと青島は自分の膝をポンポンと叩いた。

「座ってるの疲れたら膝枕してあげようか」
「何言ってんのよ!絶対嫌に決まってんでしょ……っくしゅん!」

小さなくしゃみを出したすみれは自分の両腕を掌で擦った。

「寒い?」
「まぁ、少し冷えるわね」
「コート貸そうか?」
「嫌よ、そんな重いの。煙草臭いし」
「相変わらず人気ないねぇ、このコート」
「よくそんなに長年使えるわね」
「大事に使ってるから」

青島はコートを脱ぐとすみれの肩にかけようとするが、すみれは「いいって、っくしゅ」と断りを入れながら再度くしゃみを出した。

「ほら意地張ってないで素直に受け取りな」
「意地張ってるんじゃないって……青島君だって寒いでしょ」
「んじゃあ、俺がコート着たまますみれさんを抱きしめてあげようか?」
「はぁ?」
「後ろからバックハグ的な?お互い温かいんじゃない?」
「温かくなーい!」
「でもこういう状況の時にお互いが温め合うのってベタな状況じゃない?」
「何言ってんのよ、どんな状況よ!?」
「花より男子のドラマでも風邪ひいて寒そうにしてた松潤と井上真央が一緒にコート被って寄り添って一夜を過ごしてたでしょ?」
「……青島君もドラマ見てたの?」
「さっきググった」
「……松潤以外お断り」

すみれの返答に青島は「それまだ言う?」と呆れながらスーツジャケットの上着を脱ぐとそれをすみれの肩にかけてやった。

「それなら重くないだろ?」
「……煙草臭い」
「文句言うなよ。脱ぎたてだから温かいでしょ?」
「気持ち悪い言い方しないで!」

心底嫌そうに顔を顰めたすみれだったが「有難う」と言いながら上着の裾や袖が汚れない様に被り直す様子に青島は満足そうに笑ったが
すぐに固い表情に戻りエレベーターの天井を見上げた。

「まだ天井から脱出しようとしてる?」
「……25年前だったら確実にやってるな」
「大人になったわね」
「いつまでもガキじゃいられませんから」
「でも、現場に行きたそうな顔してるのは変わらないわね。相変わらず私より事件に恋してる」
「拗ねないでよ。お互い様でしょ」
「拗ねてないけど、お互い様っていうのは認める」
「和久君の情報だと犯人も興奮状態からかなり落ち着いてきたらしいし、もうすぐきっと解決するよ」
「ズワイガニの為に是非ともそう願うわ」










3.
それからまた1時間後、静かなエレベーター内に青島の携帯が鳴り響いた。
和久からの着信だと気付くとすぐに通話をスピーカー通話に切り替える。

「あ、青島さん!無事解決しましたよ!」

和久の弾んだ声に安堵の溜息を吐き出して怪我や器物有無などを尋ねる。
幸い誰一人怪我は無く、目立った器物損害も無いとの事だった。

「和可竹の御主人が犯人を説得してくれたんですよ」
「えぇ!?親父さんが!?」
「はい。この忙しい時期に警察に迷惑かけるんじゃない!
 ネタもシャリもどんどん固くなっていくんだからいつまでもグジグジやってないでサッサとそんな物騒なモノ、持ち主に返せ!この警察不幸者!
 ってそこから怒涛の説教タイムに突入して……」

和久の説明に青島とすみれは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。

「変わんないねぇ、親父さん」
「本当ね」
「そういう訳でセキュリティシステムはこれから解除されますからエレベーターも動くと思いますのでもう暫く待ってて下さい」

「了解、有難う」と言って通話を切るとすみれと青島はそれぞれ時計で現在時刻を確認した。

「8時20分。すみれさん、お店に電話」
「分かってるわよ!絶対ズワイガニ食べるんだから!」

すみれは意気込む様に携帯電話を操作して通話を始めた。

「度々申し訳ありません。時間の変更をお願いしたいんですが……えぇ、恩田です。9時に変更できますか?はい、必ず伺います!」

再度の時間変更依頼の電話を終えた瞬間、停止していたエレベータが動き出し、数秒後には閉じられていたままだった扉が開いた。

「青島さん、すみれさん大丈夫ですか?」

和久の問いかけにすみれの「大丈夫な訳無いでしょ!?」と憤慨した怒声がエレベーターホールに響き渡った。

「大丈夫じゃないってどうかしたんですか!?」
「あと40分しかないの!私ここでずーっとズワイガニ正座待機してたんだからね!」
「えっ、40分って?え、ズワイガニ?」

困惑する和久に青島は気にしないでと掌をヒラヒラと振るとすみれはよいしょ、と立ち上がり羽織っていたスーツの上着を青島に返した。

「ほらっ、青島君走って!鞄取りに行かないと!」
「分かってるよ!特に急ぐ報告とか書類とか無いよね?」
「あ、はい」
「じゃあ俺今日はもう上がるから、お疲れ様!」











4.
刑事課で鞄とコートを取り簡単に片づけを済ますと、もうエレベーターは使用せず階段を駆け下りて
報道陣や職員でごった返すロビーを足早に抜け路上に出ると青島とすみれは靴音を響かせながら走り始めた。

「何かさー、前もこうやって走ったこと有るわよねー?」

すみれの問いに青島は「えー?」と暗い空を見上げながら少しだけ首を傾げたがすぐに思い当たったのか
「あー、和久さんの爆弾椅子の時?」と問い返した。

「そーそー。懐かしいわねー」
「俺が湾岸署に配属されてすぐだったから……あれも25年前?」
「そんなに青島君と一緒に居るの軽く引くわ」
「だから何で引くんだよ!?」
「こりゃまた失敬」
「あの時もすみれさん、何度もお店に時間変更の電話してたよね」
「してたわねー。あの時は間に合わなかったけど、今日も駄目かなぁ」

そう諦めたように苦笑いを浮かべたすみれの右手を青島は掬い取りしっかりと握りしめた。

「なっ、何?」
「まだ間に合います」
「……何で敬語なのよ」
「あの時の俺とすみれさんこんな感じだったかなと思って」

青島の返答にすみれも当時のやりとりを思い出したのか小さく笑った。

「あの時は犯人を追って走った事も無いのにって言ってたのに、今は走りっぱなしね」
「本当だ」
「とんでもない中途採用来たなって思ってたけどあれから25年かぁ……」
「中途採用って言うな。あ、信号青に変わるよ!」

青島が走るスピードを上げた為、すみれは青島に引っ張られる様に足を動かす。

「ちょっと、引っ張らないでよ!」
「だってお店間に合わないよ?」
「ほんっと、青島君と居るといつもこう!」
「また俺のせいにして!」
「25年一緒に居た私が言うんだから間違いない!」
「ったく、26年目も宜しくお願いしますよー?」
「26年目って……ドン引きだわー」
「ドン引きかよ!?」

青島の反応にすみれは繋いだ手に力を込めた。

「青島君、26年目もいーっぱい奢ってね!」

すみれの言葉に青島は嬉しそうに笑う。
それがすみれなりの『これからも宜しく』という返事だと判るのは25年一緒に居たからだと長い年月に青島も
「俺、どれだけすみれさんに貢いだのかなぁ」と小さくぼやき、信号機が青色に変わった交差点を二人で駆け抜けた。








index